聞こえが悪いのに補聴器を使わないと認知症リスクが上がる (2019.9.22:米国老年学会誌掲載論文)
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聞こえが悪いのに補聴器を使わないと認知症リスクが上がる (2019.9.22:米国老年学会誌掲載論文)

2019年9月22日

私自身は40代から特に右耳の難聴があり、65歳の引退を機に補聴器を購入して使っている。音楽会も含めて日常生活は補聴器なしで済ませることができるが、会議や会話になるといまや補聴器はなしで済ませない。

これまでの研究で、聞こえが悪くなり周りとの関わりが減ると認知症になったり、うつ病になるリスクが高まる可能性が指摘されていた。この可能性を検証するため、ミシガン大学のグループは10万人を超す難聴と診断された66歳以上の高齢者について調べた論文を米国老年医学誌にオンライン発表したので紹介する。

この研究では、米国で2008年から2016年にかけて難聴と診断され医療保険が利用された113862人の66歳以上の高齢者を追跡し、アルツハイマー病、うつ病、そして転倒による外傷の発症頻度を、補聴器を使い始めた人と(女性11.3%,男性13.3%)と、使わなかった人で比べている。

結果は明確で、難聴と診断され補聴器を使い始めた人たちの方が、アルツハイマー病、うつ病と不安神経症、転倒による外傷の相対危険度がそれぞれ0.83、0.86、0.87と優位に低かった。

以上の結果から、難聴と診断されればやせ我慢しないで補聴器を使うべきだと結論している。

「ごもっとも」と納得できる論文だが、それならもう少し補聴器が安くなることを期待する。

ゴリラの水遊び (2019.9.20 Primate オンライン版掲載論文)

2019年9月20日

実は先週、ウガンダに旅行し野生のゴリラやチンパンジーを求めて、KibaleやBiwindi国立公園の山中をトレッキングしてきた。特にゴリラは違ったファミリーとの出会いを求めて、2日連続で山歩きを敢行し、70を越した我が身の老化を思い知った。それでも、予想外に静かなゴリラ・ファミリーとの出会いは疲れを忘れさせた。そして、まだ歩けるうちに思い切ってウガンダ旅行を決断して良かったと、忙しい日本に帰って旅行を振り返っている。

そんな時、Primateという雑誌のオンライン版に京都大学の霊長類研究所と、ポルトガル、ウガンダの研究機関の研究者たちが、まさに私たちが歩いていた領域のゴリラファミリーを観察し続けた論文を発表しているのをみて興奮し、紹介することにした。タイトルは「Water games by mountain gorillas: implications for behavioral development and flexibility—a case report (マウンテンゴリラの水遊び:行動の発達と可塑性―一例報告)」だ。

京大霊長類研究所はコンゴで研究を行なっているとばかり思っていたが、野生とはいえ毎日1時間、入れ替わり立ち替わり8人ぐらいの観光客の訪問を受けるマウンテンゴリラも観察対象にしていることを知り驚いた。

おそらく私たちが見た2つの家族とは違う家族だと思うが、この研究グループはこの地区に生息する一つのファミリーの行動を、特に水遊びに焦点を当てて観察を続けていた。と言うのも、チンパンジーでは記録がある様だが、ゴリラが水遊びをすると言う記録はないらしく、水場の観察がしやすい場所で2018年1月から2月にかけて観察を続けている。

そして幸運なのか、あるいはかなり準備をしていた結果か、2ヶ月に満たない観察期間の内に3回ゴリラが水遊びをするのを観察するのに成功している。

1回目はKanywaniと名付けられている若いオスゴリラが、水飲みに出かけた時、水を飲むだけでなく、手を水中にいれて渦ができるのを見る行動を繰り返した。近くにいたメスのKamaraも同じ様な動作を繰り返していたが、Kanywaniがドラミングで誘っても反応せず、それぞれ勝手に遊んでいた。

2回目は全メンバーが水場に降りてきた際、Kamaraが水の上にしゃがみ込んで水しぶきをあげる行動を繰り返した。そこにKanyndo, Kabunga, Kanywaniが近づいて、一緒にではなくそれぞれ独自に水しぶきをあげる遊びを繰り返した。

3回目は2回目に登場した7歳のオスKabungaが、ほんの短い瞬間水しぶきを上げて遊んだが、シルバーバックが近くにいたためか、すぐに遊びをやめた。

以上が結果で、たった3回の水遊びの観察かなどと思われるかもしれないが、実際に観察してみると、2時間にわたって眺めていて、ただただ草を食べているのしかわからなかった私と違い、さすがプロだと思う。

この様な小さな発見の積み重ねが、人間とサルの違いを教えてくれるのだろう。

などとわかった様なことは言わないでおく。今日の記事は、京大の後輩(おそらく)が、同じ場所に観察に来ていたと言う興奮と、撮影したシルバーバックの写真を見せたくて書いた。

若い人の原因不明の視力低下はジャンクフードを疑え(2019.9.06)

2019年9月6日

Annals Internal Medicineという雑誌にセンセーショナルなタイトル「Blindness caused by Junkfood(ジャンクフードによる失明)という一例報告が掲載された(Harrison et al, Annals Internal Medicine:doi: 10.7326/L19-0361)

17歳ぐらいから急速に視力が低下した視神経症の男性の症例報告だが、よくよく原因を探していくと、子供の時からフライドポテト、ポテトチップス、ハムとソーセージしか食べない偏った食生活のため、ビタミンB12や銅、セレンなどの低下し、それにより視力低下が来たことが明らかになった。

問題は、栄養を正常に戻しても、視力は戻らなかった点で、不可逆的な変化が起こってしまうことを示している。

この満ち足りた世の中で、こんな特殊な栄養失調が起こるなど、医者でもまず考えられない。その意味で、この症例報告は重要だと思う。

更年期障害のホルモン補充療法による乳ガン発生リスク(8月29日The Lancetオンライン掲載論文)(20 19.09.03)

2019年9月3日

我が国での普及は5%に達していないと思うが、閉経による様々な症状を、エストロジェン、あるいはエストロジェン+プロゲステロンのホルモン補充によって治療するホルモン補充療法(MHT)は、欧米で広く普及している。自覚症状だけでなく、動脈硬化、骨粗鬆症、肌の老化などが防げ、気持ちも前向きになるなど、いいことづくめに思えるが、ホルモンを補充することで乳ガンの発症リスクがあるという指摘がなされた。

今日紹介する英国を中心とする国際共同チームが英国の医学誌The Lancetに発表した論文は、MHTの乳ガンリスクについてのほぼ決定版と言える論文で、閉経後乳がんを発症した約10万人の患者さんについての調査研究だ(The Lancet: http://dx.doi.org/10.1016/S0140-6736(19)31709-X)。

結論だけをまとめると、MHTは間違いなく乳ガンのリスクを高める。特に、エストロジェンにプロゲステロンを加える治療法はさらにリスクを高める。

様々な統計数値が計算で示されているが、最も分かりやすい例だけ説明すると、

  • 毎日プロゲステロンを服用するMHTを5年以上続けた場合、20年後に乳がんを発症する率は、MHTを受けない場合の6.3%から8.3%に上昇する(すなわち100人あたり2人多く発症する)。
  • 一方、エストロジェンのみのMHTの場合、リスクは上昇するが6.3%から6.8%に増加が止まる。
  • 10年以上MHTを続けると同じ条件でのリスクは倍加する。

以上が結果で、まず間違いなく乳ガンリスクは高まると言っていいだろう。

ただこれは全て欧米での調査結果で、これをそのまま日本人のリスクに当てはめられるかどうかわからない。

またMHTの多面的な効果はすでに実証されており、乳ガンリスクを理解した上で、MHTを続ける意義は十分ある。今後この治療を説明するために重要な統計は、MHTを受けた場合の疾患を問わない生存率で、これがわかれば更年期の女性も自分でMHTを受けるかどうか、十分考えて決断することができる様になるのではないだろうか。

3歳以下のてんかんに対するケトン食(2019.8.30)

2019年8月30日

今日の論文紹介は、ケトン体と幹細胞の話だったが(http://aasj.jp/news/watch/11238)少し理解しづらかったと思うので、一般向けの記事として、10年にわたって治療法のない3歳以下の幼児のてんかん患者(109人)に対してケトン食療法を続けた、シカゴにあるルリエ小児病院の経験について報告した論文を紹介する(Scientific Reports 9:8736, 2019)。

平均1.4歳という幼児でも、ケトン食を始めると3ヶ月で約4割の子供でてんかん発作が50%減り、20%の子供ではほぼ完全に発作をコントロールできたと言う、素晴らしい結果だ。さらに問題になるような副作用は見られず、3歳以下の子供でも安全に治療できることから、一般治療が困難なてんかんの場合、ケトン食は重要な選択肢になると結論している。

一機関だけの結果で、さらに長期の効果、あるいはケトン食をやめたらどうなるかなど、まだまだ知りたい点は多いが、研究を拡大する十分な動機になる論文だと思う。

個人的に興味を持ったのは、幼児に食べさせるケトン食のベースになる加工食材を簡単にネットなどから手に入れることができる点で、この病院でも積極的に市販品を使ったプロトコルを作成して、誰でもが簡単にケトン食を続けられるようにしている。輸入でもいいので、我が国でも簡単に利用できるようにして欲しいと思った。

抗生物質を使いすぎると大腸ガンのリスクが高まる(2019 ,8.26)

2019年8月26日

腸内細菌叢がガンを含む様々な病気に影響を持っていることについてはもう疑う人はいない。とすると、経口で抗生物質を服用するという行為は、腸内細菌叢の構成に大きな変化をもたらしてしまい、対象となる病気だけでなく、予想しなかった病気のリスクを招く可能性がある。

実際、経口抗生物質を服用している人の方が、様々なガンのリスクが高まることを示す疫学調査も報告されている。ただ、がんのリスクを正確に調べるためには、抗生物質服用以外の様々な条件を揃える必要があり、これまでの研究は決定的とは言い難かった。

これに対し米国ジョンホプキンス大学のグループは、世界最大と言われる英国の医療電子データを用いて、他の条件をできるだけ揃えた大腸ガンの発生率調査を行い英国消化器学会の機関紙Gutに報告した(Zhang et al Gut in press, 2019:doi:10.1136/gutjnl-2019-318593)

結果をまとめると次のようになる。

1)大腸ガンを発症したグループは、発症しなかったグループに比較して抗生物質の服用歴を持つ人が多い(71.3% vs 69.2%)

2)大腸ガンの発症で見ると、抗生物質の服用期間が長いほどリスクが高まる。

3)一方直腸癌で見ると、60日以上の服用歴のある人では、ガンのリスクが低下する。

4)15年以上長期の追跡が行えるグループではより大腸ガンリスクの上昇がはっきりする。

この研究の重要性は、英国のデジタルビッグデータを用いて、十分な対象数についてリスクを計算できた点で、驚くほどリスクが高まるというわけではないが、確かにリスクがあることは確認できた。

個人的には、この程度のリスク上昇では、抗生物質を使わないリスクと比べた時、抗生物質を避けるという決断はないと思う。したがって、今後は抗生物質の種類や、影響を受ける細菌を特定して、より安全な抗生物質の使用法を確立してほしい。

ニーマンピック病遺伝子治療の大きな進展(Science Translatioal Medicine掲載論文)(08/23/2019)

2019年8月23日

ニーマンピック病はスフィンゴミエリナーゼと呼ばれる酵素が欠損する病気で、最も重いものでは早くから進行性の脳障害をきたす病気だ。酵素活性がある程度残っている患者さんでは、脳は正常だが、スフィンゴミエリンの蓄積によるライソゾーム機能異常により、肝臓脾臓腫大、呼吸機能低下が起こる。最近、この酵素を注射すると体の様々な臓器に取り込まれて、リソゾーム機能が回復することが示され、脳障害のない子供を治療する治験が進んでいる。しかし、酵素は脳に到達できないので、脳症状は遺伝子治療が最も近道と考えられてきた。

実際、モデル動物を用いて脳に直接アデノ随伴ウイルスベクターに組み込んだ遺伝子を注射する研究が行われてきたが、ウイルスベクターが万遍なく脳に広がらないため、局所的にスフィンゴミエリナーゼの発現が高くなりすぎ、その結果スフィンゴミエリンの分解物が強い炎症を引き起こすという問題が立ちはだかっていた。

これに対し、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究グループは、この問題をアデノウイルスに組み込んだスフィンゴミエリナーゼ遺伝子を小脳延髄槽に注入することで解決できることを示し、この病気の遺伝子治療を一歩進めることに成功した。(Samaranch et al, Adeno-associated viral vector serotype 9–based gene therapy for Niemann-Pick disease type A Science Translational Medicine 11, eaat3738).

この研究のミソは、向神経性の強いアデノ随伴ウイルスベクター(AAV9)を用いたことと、図に示したように小脳と延髄の間にある脳室にウイルスを注射した点にある。

詳細は全て省くが、私が理解した限り、マウスでは小脳だけでなく、海馬から皮質に至るまで神経細胞とグリア細胞の両方にスフィンゴミエリナーゼを発現させることに成功し、運動機能、記憶機能の回復とともに、通常30週ぐらいで始まる死亡を完全に抑制することに成功している。

もちろん同じプロトコルが人間で有効かどうかはやってみないとわからないが、脳症状については根本的治療方法がない現状で、一刻も早く実際の治験に進んで欲しいと思う。マウスでの前臨床データから見る限り、臨床治験に進むのを躊躇する理由は見当たらない。そして、ぜひ現実的な価格で治療を受けられるようにして欲しいと思う。


限定戦争は難しい

2019年8月22日

おそらく人類誕生以来、人間は戦争を繰り返してきた。確かに、未開民族の研究では、多くの戦争は相手を殲滅させる全面戦争というより、できるだけ生命の犠牲が少ない形で白黒をつける儀式と考えられているが、数千年前、帝国が誕生し国家間の戦争が始まると、全面戦争が普通になっていったことは、多くの資料が物語っている。

この生存を重視する自制に基づく限定戦争から、全面戦争への転換がいつ起こったのか、それぞれの文化や民族が持つ国家観によるところが大きいが、マヤ文化では9−10世紀の古典時代の終期以前には、集団の間で争っても、全面戦争を防ぐ合意が存在していたと考えられてきた。

ところが最近米国地質学研究所のグループは、マヤ文明でも7世紀にはすでに相手を殲滅する目的の全面戦争が行われていたことを碑文と発掘資料から明らかにしNature Human Behaviourに発表した (Wahl et al, Palaeoenvironmental, epigraphic and archaeological evidence of total warfare among the Classic Maya , Nature Human Behaviour :https://doi.org/10.1038/s41562-019-0671-x)。

全て詳細は省くが、この研究では碑文に書かれた「(西暦に換算して)696年5月21日にがWitznaがPuluuy(燃え尽きた)」という表現が、どの程度の破壊であったのかを、Witzna近くの湖の炭素沈殿物から推察している。

結果は碑文と一致して、400年から650年まで何回か大きな火事が起こったこと、650年に最大の火事が起こって、その後人間の活動がこの地域からほとんど消滅したことを発見している。

この結果は、Puluuyという単語が、単純な火事を指すのではなく、全面戦争という意味を持っており、650年の戦争で、その地域は人間が生活できないところまで完全に破壊されたことを物語っている。

これまでマヤ古代文明では、わが国と同じでその地域の支配者やその一族が犠牲になることで、戦争は終わると考えられてきたが、そうではなかったという結論だ。

これと比較すると、わが国で多くの争いを終わらせた切腹という儀式がいかに人道的なものであったのかよく理解できるが、ひょっとしたらこの背景には、天皇という、独立した国家観が君臨していたおかげかも知れない。


制酸剤はアレルギーのリスクになる (08/19/2019)

2019年8月19日

毎日書いている論文ウォッチは主に生命科学の大学生以上を対象としているので、一般の方に対する情報としては少し難しい。そこで、今日から一般の方にもわかりやすい論文を紹介する「生命科学をわかりやすく」というセクションを設けることにした。毎日紹介することはできないが、こちらもぜひ読んでほしい。原則として、査読を受けた論文を対象としているので、間違った情報が発信される確率は低いが、もちろん捏造という場合もあるので、そこは大目に見てほしい。

第一回目の今日はウィーン医学大学からの論文で、最もよく処方される薬剤の一つ、胃酸を抑制する抗酸剤の使用が、アレルギーを増やしているという研究でNature Communicationに掲載された(Nature Communications (2019) 10:3298 | https://doi.org/10.1038/s41467-019-10914-6)。タイトルは「Country-wide medical records infer increased allergy risk of gastric acid inhibition (オーストリア全国の医療記録から胃酸抑制によりアレルギーのリスクが高まることが推察される)」だ。

この研究は最初から制酸剤を投与するとアレルギーリスクが高まるということを仮定して研究を進めている。2009年から2013年までの期間、オーストリアで処方された制酸剤、抗アレルギー剤、そして高脂血症や高血圧に対する一般的な処方を抜き出し、それぞれの薬剤が組み合わさる確率を調べただけの研究だ。これにより、制酸剤とアレルギー発症の関係を調べられると期待できる。

結論は明確で、様々な制酸剤(プロトンポンプ阻害剤が一番多い)が処方された後、抗アレルギー剤が処方される確率は、全オーストラリアで2倍近くに達し、一部の地域ではなんと3倍に達するという結果だ。

女性の方が影響を受ける確率が高く、また60歳以上の高齢者は、20歳以下の若者よりリスクが高い。

様々な原因が考えられるが、制酸剤の免疫細胞への直接作用よりは、胃酸をおさえて食べ物の消化が抑えられることで、抗原が分解されずに摂取されることが、最も大きく寄与しているようだ。

他にも原因は考えられるが、原因追及より先に制酸剤の処方をもう少し慎重に行うことが重要だと思う。