自閉症の科学10:新しい発想の大規模コホート研究SPARK
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自閉症の科学10:新しい発想の大規模コホート研究SPARK

2019年8月22日

シモンズ財団

自閉症スペクトラム(ASD)に関する論文を読んでいて、研究の多くがSimons Foundation(写真は会長のMarilyn Simmons)の助成を受けていることに気づきました。この財団のことは全く知りませんでしたが、Webで調べると、数学者で天才ディーラーと呼ばれたJames Simonsとその妻Marilynにより1994年に設立された財団で、Simons氏の専門だった数学やコンピューターサイエンスを中心に基礎科学を支援している財団のようです。2015年の支出が4.3億ドルという規模は、東大の全収入約2000億円と比べて、かなり大きな財団であることがわかります。

中でもASD研究はこの財団が焦点を当てている分野の3本の柱の一つになっています。おかげで、財団のホームページの論文のリストを見るだけで、ASDの基礎研究の現状がよく分かるようになっており大変重宝です。この財団が助成する活動の中で最も注目したいのが、SPARKと名付けられた新しい発想のコホート研究です。これについては2月号のNeuronに現状報告が掲載されているので、今日はそれを紹介します(SPARK: A US cohort of 50,000 families to accelerate autism research (SPARK: 自閉症研究を加速するための50000家族のコホート研究), Neuron 97:488, 2018)。

このレポートはSPARKプロジェクトのコンソーシアムから発表されており、SPARKの目的や現状、そして解決すべき困難などが率直に述べられています。読み通してみるとよく練られた計画で、このような計画が民間財団のサポートで実現するところが米国の活力だと感銘を受けました。

コホート研究の困難

コホート研究とは、特定の集団を長期にわたって追跡する研究で、例えば肥満の児童は将来心臓発作を起こしやすいかなどを調べるとき、児童の時期に対象を選び、成人になるまで心臓発作の発症を追いかけるような研究です。私が読んだ最も長いコホート研究は、スコットランドで始められた2ヶ国語環境で育つと認知症になりにくいかという研究で、スタートしたのが1936年、調査が行われたのが2010年という80年近い追跡研究でした。

ただこのようなコホート研究は、対象に呼びかけ、登録してもらい、さらにコホート期間中に様々なデータを提供してもらう事が大変で、膨大な労力とコストがかかります。我が国では、研究のほとんどが公的な資金で行われるため、本当に長期の研究を支え続けるのが難しくなっています。

SPARKの概要

SPARK研究は、コホート研究の困難に、様々な新しい方法を用いて挑戦しようとする斬新な取り組みだと思います。何よりも、私的な財団支援することで、例えば政策変更で研究が中断する心配がありません。この安定した助成を基盤として目指しているのが、遺伝と症状の詳細な相関関係を明らかにする事です。

ASDは多様な脳の状態(neurodiversity)として捉えられるようになっています。というのも、400-1000もの遺伝子が関連する複雑な状態で、一つとして同じ状態はないのです。ただ、こう割り切ってしまうと話が終わってしまいます。Neurodiversityを認めた上で重要なのが、本人と家族の詳しいゲノム検査に、症状や生活についてのできるだけ詳しい情報を関連づける作業です。極めて多様な状態がありますから、このような関連づけが可能になるためには最低5万家族以上のデータが必要になります。しかし言うは易く行うは難しで、コホート研究について少しでも知識があると、とてつもないプロジェクトだと尻込みしてしまいます。

SPARKも困難を理解した上で、21世紀に進む個人と個人が直接つながる(ピア・ツー・ピア)ネットワークを利用して、患者さん、主治医、研究者をつなぐことでより少ない労力でこれを実現する様々な工夫を凝らしています。

まず感心するのが、最適な構築を最初から決めることは不可能で、様々な試行錯誤を繰り返しながら発展させるしかないと割り切っている点です。多くのコホート研究では、科学性を盾に最初から計画しすぎて、計画倒れに終わることが多いように思いますが、SPARKではともかくASDの子供、家族および主治医をSPARKとネットで双方的につないでデータを蓄積するとともに、SPARKをハブとして、外部のすべての研究者とネットで結合する構造の構築を進めているようです。

次に感心するのが、このネットワークを構築するため、当然のようにゲノム検査の結果を参加者に戻すことを決めていることです。児童に関わるゲノムデータを本人や家族に戻すことは、我が国でも議論になっていると思いますが、詳しい理由は述べませんが、私はこれなしに双方向性のネット構築はないと思っています。

また、ゲノムデータの戻し方もよく計画されています。最初に調べた結果を一回きりで戻すのではなく、メンバーのデータを毎年最新の研究に基づいて解析し直し、そこで何か見つかった場合に関係する家族に連絡するという方法を採用しています。家族とSPARKが長年にわたって対話するという意味では素晴らしい方法だと思います。すでに500家族のパイロットゲノム研究が行われ、5%の家族に結果を知らせることができたようで、計画の検証も着々と行っているようです。

もちろん遺伝子解析だけではこのプロジェクトは完成しません。最も重要なのが遺伝子の違いに関連する行動などの変化を可能な限り集める事です。考えるだけで大変だと思いますが、ネットを利用して、様々な可能性が試されると期待します。事実、問診票の結果や、行動解析などSPARK拠点で集めた個人データは、ほかの人のデータおよびゲノムと関連づけた後、家族に返す仕組みになっています。これもネットワークの活動性を維持するために重要なことだと思います。

とはいえ、行動をデータ化するのは簡単なことではありません。SPARKは最初から高望みはしないという戦略で、データは時間をかけて集めればいいと割り切っているようです。例えばいくつかの決まった質問票で簡単に得られるデータを核にして、そこに主治医からのデータや、米国では患者さんと研究者をつなごうと進んでいるSync for Scienceのような外部のデータシェアサイトからもデータを集められるオープンな構造にしているようです。Sync for Scienceについてはこのレポートを読むまで、全く知りませんでしたが、我が国のこの分野の政策に関わる人にどのぐらい周知されているのでしょうか。研究者や医師と患者さんや家族の関係を根本的に見直すチャレンジですから、後追いでも、マネでもいいので、我が国でも進めてもらいたいものです。

できるだけ少ない労力でこうして立ち上げたネットワークを維持する様々な工夫も紹介されています。このために最も重要なことが、参加者に常にコミットしているという気持ちを持ってもらうことだというのは、納得です。そのため例えば、ASDについて学ぶことのできるスマートフォンプログラム、あるいは最近の注目すべき研究成果、そして何よりもSPARKから生まれた成果をスマートフォンやPCで知らせることを重視しています。

まだスタートしたばかりだと思いますが検証の目的で様々な研究を進めているようです。たとえば、ASDと診断された子供を妊娠していた時の環境暴露についてアンケート調査がすでに行われています。実際2000人近い対象に回答をお願いしたところ、なんと60%ものお母さんが妊娠時に暴露された様々な物質に対する回答を寄せており、現在のところメンバーとSPARKの対話が維持できていることを伺わせます。

現在約2万家族の登録が集まっているようですが、参加者がコミットメントする気持ちを維持するためのノウハウの蓄積も貴重です。例えば、登録の意思はあっても、必要項目を完全に書き入れ、またインフォームドコンセントを終えるのは面倒なものです。どうしても時間がかかっていたこの作業を、ユーモアたっぷりにお願いするSNSのメッセージを流す事で登録が72%まで上昇したこと、あるいは遺伝子検査のサンプル提出を抽選でiPadを提供するというプログラムで、3割から6割にアップさせたことなどが紹介されています。今後新しく計画するウェブを用いたコホート研究には本当に貴重な情報になると思います。

感想

さすが民間助成ならではの、長期的視野を持ちながら柔軟な、未来型のコホート研究だと感銘を受けました。何事も官に頼ってしまう我が国では、願うべくもない取り組みですが、ASD研究に国境はありません。SPARKから生まれる様々な成果が、我が国のASD診療にも生かされることは間違いないと思います。個人的にはシモンズ財団ウォッチを続けて、面白い話があればまた紹介したいと思っています。

自閉症の科学9 瞳孔反射で自閉症発症を予測する

2019年8月22日

「目は口ほどに物を言う」と言われているように、瞳孔は私たちに様々な事を教えてくれます。医師が死亡診断を下す時、必ず瞳孔反射を調べるのがその例ですが、実際には私たちが見ているものに興味を持っているかどうか、どのように物を認識しているのかどうかなど、様々な事を知る科学的手段として使われています。例えば、言葉でのコミュニケーションが取れない赤ちゃんの場合、興味を示しているかどうかは瞳孔の大きさで判断します。

とすると、当然外界への関心が低下するASDでも瞳孔の反応に何らかの変化が起こると考えられます。実際そのような研究がこれまでも行われ、ASDの児童や成人では瞳孔反射が遅くなっていることが報告されています。

今日紹介する論文を発表したウプサラ大学のグループも同じようにASDリスクと瞳孔反射の関係に興味を持ち、乳児期という早い段階にASDのリスクを予測する手段として使えないか調べていたようです。そして、2015年に発表した論文で、家族歴からASDのリスクが高いと推定される10ヶ月齢の乳児では、児童や大人とは逆に、光に対する瞳孔反射が早いことを報告しています(Nystrom et al, Molecular Autism, 6:10, 2015 )。

しかしこの論文で調べられた乳児は、あくまでもASDリスクが高いと想定されるだけで、本当にASDが発症するかどうかは追跡しないとわかりません。そこで最初の研究で調べた乳児をASDと診断できる3歳児まで追跡したのが今日紹介したい論文です(Nystrom et al, Enhanced pupillary light reflex in infancy is associated with autism diagnosis in toddlerhood (乳児期の瞳孔反射の亢進は幼児期の自閉症診断と相関する)Nature Communications 9:1678, 2018, DOI: 10.1038/s41467-018-03985-4)。

乳児が自然に行動している間に瞳孔反射を調べるのは簡単ではありません。この研究ではトビー社の視線追跡装置を用いて、自然状態で反射を繰り返し測定するのに成功しています。

最初の論文では、先に生まれた兄弟がASDと診断されている場合をハイリスク群、全くASDの家族歴がない群を通常群としてデータを比べ、ハイリスク群で瞳孔反射が高まっていることを報告していますが、この研究では147人のハイリスク群の中から3歳時でASDを発症した29人(20%)、ハイリスク群でもASDが発症しなかった118人、そして通常リスクで発症もなかった3群に分けています。

まず10ヶ月時の瞳孔反射をこの3群でプロットし直し、瞳孔反射とASD発症の相関を調べています。結果はシンプルで、ASDを発症した乳児は、ASDを発症しなかったハイリスク群の乳児と比べても瞳孔反射速度が高まっており、通常児と比べるとその差はさらにはっきりし、平均で20%ぐらい反射速度が上がっています。また瞳孔反射の数値は、2種類のASD診断指標を用いた重症度と正の相関を示します。そして、ASDの子供だけ発達に伴い瞳孔反射が大きく変化します。

もちろん他の臨床検査と同じで、実際には通常児とASDの間での検査値のオーバーラップは大きく、傾向は見られても、これだけで診断するとなると、かなりな異常値を示す乳児に限られるように思います。しかし、「瞳孔反射が高めで、次の年に変化が大きい場合は要注意」といった具合に一つの指標として使っていくことは可能だと思います。おそらく、個人差の原因を取り除いた検査の開発ができると、もっと正確な診断が可能になるかもしれません。

いずれにせよこの研究は、1)ASDという複雑な状態が、様々な神経活動の変化が総合された結果であること、2)ASDでは瞳孔反射のような感覚系の変化が強く見られること、3)このような変化は生まれた時には用意されており、発達を通して特徴的な状態が形成されること、を教えてくれます。

今後乳児期のこのような単純な反応がASD発症に関わるという発見を、現在進むMRIなどの脳構造研究と相関させることができると、ASDのメカニズム理解や診断に大きく貢献する予感がします。今後に期待したい研究です。

自閉症の科学8 自閉症の神経科学的研究の現状

2019年8月22日

現役を退いてすでに5年を超えたが、分野を問わず論文を読んでいて実感するのが、自閉症スペクトラム(ASD)についての研究の進展だ。私が門外漢であるためより興味を惹かれることもあるが、最新のテクノロジーが集められて研究が進んでいる領域であることは間違いない。ただ、実際の治療に携わる医師や心理士、教育者は、なかなか最新の研究をフォローするだけの余裕がないと思う。そんな人たちにわかりやすく最近の研究を紹介したのが今日紹介する総説だ。もちろん、一般の研究者にとっても、あるいはASDの子供を持つ家族の方にとっても、神経科学から浮き上がってくるASDの輪郭を掴むには良い総説だと思い紹介することにした(Muhle et al, The emerging clinical neuroscience of autism spectrum disorder (新しく現れてきた自閉症スペクトラムの臨床神経科学) JAMA Psychiatry 75:514, 2018)。

ASDは症状も、原因も極めて多様な病気で、その数も米国では1-2%と驚くべき数に達している。重要なのは多様性にもかかわらずASDとしてまとめられる症状を共有していることだ。しかしこのことは、ASDと診断して満足してしまうと、多様性を見失い治療の可能性を失う事すらありうることを意味する。この総説では冒頭に16p11.2欠失症候群とASDの併発している症例を例にあげ、生物学的原因を丹念に調べれば、この遺伝的変化に認可されているリスペリドンやアリピプラゾールによる治療も可能であることを強調し、ASDの生物学についての知識を持つことの重要性を説いている。その上で、1)遺伝要因、2)環境要因、3)脳イメージング、4)疾患モデル、の各項目にわけ、最近の研究状況をまとめている。

1) 遺伝要因

一卵性双生児で発症の一致率が50-80%、兄弟では25%という数字は、ASDが多様であっても特定の遺伝子の組み合わせを反映した状態であることを示している。このため、遺伝的変異をゲノム全体について特定できる新しいゲノムテクノロジー(マイクロアレー、エクソーム解析、全ゲノム解析)に大きな期待が集まり、多くの研究が行われた。

この結果、数多くの神経機能に直接関わる分子や、その分子の発現に関わる分子の変異(点突然変異、欠失、重複)などがASDと相関していることがわかった。しかし、欠失など大きな遺伝子変異が200種類、一塩基レベルの小さな変異に至っては何百もの変異がASDと相関することがわかり、最初の期待は戸惑いに変わってしまった。すなわち、多くの遺伝病のように単純な分子レベルの因果性を構想することができない点だ。

このことは、ASDを遺伝性が高いが、分子メカニズムが多様である状態として理解する必要性を示唆している。すなわち、症状は同じでも、各人の遺伝的条件に応じて、その症状を考え、治療を計画する必要がある。とすると、ASDのゲノム検査の重要性は明らかで、てんかんや知能の低下がある場合はいうに及ばす、ASDの疑いがある場合はほぼ全員にゲノム検査が行われることが必要になる。

2) 環境要因

一卵性双生児の場合ですら必ずしも発症が一致しないことは、生前・生後の環境要因も無視できないことを示している。このすきまに、「はしかワクチンが自閉症を誘発する」というWakefieldの世紀の大捏造が生まれたわけだが、例えば早産でASDのリスクが高まることは統計学的に証明されており、このことは脳発生に影響を及ぼすあらゆる外的要因がASDの誘因になることを意味している。事実、科学的な疫学調査で、早産、低酸素、虚血、母親の肥満、糖尿など内的要因がASDリスクを高めることが証明されている。

食品や環境に存在する化学物質のような外的要因のリストも膨大になっている。ただ神経細胞の発達に影響を持つことの明らかな薬剤を除くと、内因性の要因と比べて因果性の特定が難しく、細胞や動物レベルの研究で因果性を調べることが必要になる。

3) 脳のイメージング

MRIをはじめ様々な機器を使う脳イメージングのテクノロジーは急速に発展し、これまで測定が難しかった幼児でも検査が可能になっている。この結果、脳内の変化の多くが生まれる前の発達期に起こっていることがわかってきた。このおかげで、場合によっては6ヶ月という速さで診断する可能性も生まれている。

イメージング技術を使って明らかになった最も重要な発見は、ASDの子供は生後6ヶ月から12ヶ月にかけて脳皮質が拡大することで、シナプスの剪定の低下などが議論されているが、解釈のためには研究が必要だ。同じように、2-4歳までの発達期でも、扁桃体をはじめ社会性に関わる様々な脳領域が大きくなる一方、各領域の間の結合性は逆に低下する場合が多い。これとは逆に、皮質下の神経結合は高まっているという報告があり、総合すると脳の局所的な回路が高まる一方、広い領域を統合する回路の結合性が低下するのがASDの特徴ではないかと考えられている。

しかし、これらの検査でASDを他の病気から区別して診断できるかというと、脳の構造の多様性は大きく、イメージングだけで診断するのはまだ難しいことも現実だ。

4) 疾患モデル

コンピュータで病気を再構成するインシリコのバーチャルモデルから試験管内の細胞を用いるモデルまで、様々なASDモデルが開発されてきた。特に遺伝的要因によるASDモデル動物は、脆弱性X、Rett症候群、MECP2重複症など多くが作成され、研究に用いられている。最近では、MECP2欠損のサルのモデルも開発され、より人間に近い動物での研究に期待が集まっている。

もちろんASDを多様な症状の集まりとして考える場合、それぞれの症状に対応する動物モデルはマウスであっても十分役に立つ。特に、薬剤や遺伝子治療の可能性を試すときには動物モデルは必須で、「動物の脳は人の脳とは異なる」と片付けず、地道にモデルを開発する努力が必要だと思う。

もう一つ重要な領域は、情報科学分野を用いた疾患モデル研究で、遺伝子データと、症状や、イメージング、さらにはiPS由来の神経細胞反応性などを統合した人工知能を開発すべく、研究が加速している。 

以上がこの総説の内容だが、最終的メッセージは、Kannerが自閉症を定義した時代には考えられなかった、ASDの生物学が急速に進んでいることに尽きる。そして、ゲノム診断や、イメージング解析など、新しい展開に即応した検査を行うことが、将来の治療法開発につながる。

この総説に書かれていることは、自閉症についての個々の論文として、これまでなんども紹介してきたが、この総説は本当によくまとまっているので、この分野に関わる方にぜひ読んでほしい。

自閉症の科学 7 自閉症の考古学

2019年8月22日

今日のタイトルを見て、「自閉症と考古学?」と驚かれる読者も多いと思います。私も、Penny Spikinsさんの本や論文を読むまで、考古学と自閉症が関係するなんて考えたこともありませんでした。

Penny Spikinsさんは現在ヨーク大学考古学の講師で、石器時代の遺物から人間の優しさや道徳性といった「美しい心の存在」を読み解くという、大変ユニークな研究にチャレンジしています。私自身は、最初彼女が2015年に出版した「How compassion made us human(どのように思いやりの心が私たちを人間にしたのか?)」という著書を読んで以来、彼女の考えに魅せられました。

最近彼女は、現代の自閉症スペクトラム(ASD)の人たちを、石器時代の遺物を通して考える研究を精力的に行なっています。2016年にTime and Mindに掲載された論文では、自閉症をneurodiversity(神経の多様性)と捉える現代の主流となった考え方をさらに進めて、自閉症傾向こそ人類の進化に欠かせない重要な性質として積極的に捉えるべきだという主張を展開しています。

これについて紹介した私のブログを引用しておきましょう。

「なぜ社会性に問題があるとされる自閉症が、今も淘汰されず1-2%という高い頻度で存在しているのか?」という問いに対して、「共同的道徳性の誕生が人類進化の必要条件だが、これには多様な人材を擁することが重要になる。自閉症的傾向を持つ人材は、一つのタイプとして社会に必要とされ、また尊敬されたとしても、進化で淘汰されることはなかった」という答えが結論になっている。

Spikinsさんの新しい論文

そのSpikinsさんが年一回発行されるオープンアクセスの雑誌Open Archeologyに、またまた意欲的な論文を発表したので、自閉症の科学7として紹介することにしました(Spikins et al, How Do We Explain Autistic Traits in European Upper Palaeolithic Art(ヨーロッパの旧石器時代の美術に見られる自閉症的特徴をどう説明すればいいのか)Open Archaeology 4: 262-279, 2018)。

ほとんど同じ内容が、彼女が最近ウェッブに発表した新しいオンラインブック「Prehistory of Autism(自閉症の先史学)」にさらに詳しく述べられているので、併せて紹介しておきます

研究の概要

多くの自閉症児は社会性が低下しているためどうしても言葉の発達が遅れることが多いのですが、知能は正常な場合が大半です。なかには、以前アスペルガー症候群と診断されていた、様々な分野で高い能力を発揮する人たちもいます。例えば、一度見た景色をはっきりと記憶し、絵として正確に描くことができる人がいます(有名なStephen Wiltshireの絵が紹介されているサイトをご覧ください)。この高い視覚認知能力を持つ子供については多くの研究が行われてきましたが、Drake& WinnerのScientific Americanに発表した論文で紹介されているASDの子供たちの絵を見ると、たしかにこの子供たちは世界を違う目で見る能力を持っているのがよくわかります(Mind Scientific American Special edition, Spring 2017)。

特殊な例の話と思われるかもしれません。しかし、Block designやFigure Disembeddingと呼ばれる(説明は省きます)視覚テストで調べると、明らかに自閉症児のほうが一般児より優れていることを示す報告があります(J.Autism Dev. Disord 44:3245, 2014)。間違いなく、ASDの人たちは、一般人には出来ない世界の見方をしているようです。

さてSpikinsさんの新しい論文では、ASDの人たちが示す特殊な視覚認知能力の背景には、local processing bias (部分的情報処理バイアス:LPB)とよばれる、全体にとらわれることなく細部を表現する能力があると分析しています。この能力は決してASDに限られるわけではないのですが、ASDを多くの遺伝子が関わる一つの状態と捉えると、ASDの人たちにLPBを支える遺伝子プールがより多く集まっていると言っていいでしょう。

ASDの人の絵には一般人にはない高い空間認識能力に基づくリアリズムが現れていることを確認した上で、Spikinsさんは次にフランス・ショーべ洞窟で発見された世界最古の壁画や(冒頭の写真に示した)、ドイツ・シュターデル洞窟で発見されたライオンマンのフィギャーのように、現代から見てもリアリズムの粋と言える作品は、誰が作成したのかと問います。

彼女にとって、答えは明白です。壁画やフィギャーに現れるリアリズム、すなわちlocal processing biasの強い作品は決して旧石器時代の人類一般の特徴ではなく、特殊な能力を支える遺伝子プールを持っていた一部の人に限られいたと考えています。そして、この能力を支える遺伝子プールが、ASDの人たちにより強く受け継がれ、ASDの人たちが示す優れた表現能力に結実しているというわけです。

現代のASDと3万年以上前の石器時代のアートを比べるというとてつもない発想ですが、言われてみると高い説得力があります。そしてこの結果は、人類進化の早い時期から脳に生まれたneurodiversity(多様性)を大事に育む思いやりこそが、人類成功のカギだったことを示しています。

ASDがもつ能力を理解しつつも、社会への適応性の欠如を理由に、アスペルガーやナチスは子供たちを排除しました。それに対しSpikinsさんは、ASDの持つ可能性をもっと発掘し、石器時代の人類が行ったように、ASDの能力を活かせる社会を作ることこそ、21世紀の目指すべき社会だと主張しています。これからも頑張ってほしい研究者だと期待しています。

自閉症の科学6:遺伝子の変異による発達障害を胎児期に治療する

2019年8月15日

自閉症の科学シリーズとタイトルをつけましたが、今日紹介したい論文は、胎児期に治療できる可能性がある遺伝病があることを示した研究で、自閉症とは直接関わりがないことをお断りしておいたほうがいいでしょう。しかし、自閉症の多くは胎児期・発達期の神経ネットワーク形成過程の問題に由来しています。すぐに関係がなくても、胎児期、発達期の治療法の研究は、将来の自閉症治療にもつながる可能性があると考え、シリーズとして紹介することにしました。

XLHED

日本語でも、英語でも、読もうとすると舌を噛みそうな名前、X-linked hypohidrotic ectodermal dysplasia (X染色体連載低発汗性外胚葉異形成症:XLHED)、のついた病気があります。X染色体上に位置するEDAと名前がついた分子をコードする遺伝子の突然変異が原因の病気で、突然変異を持つ男性のみに、1)汗腺の形成不全による発汗障害、2)毛根形成障害、3)歯の数の減少、の3つの症状を中心に、口腔や鼻腔の様々な発生障害が起こります。

これらの症状のうち、体温を調節する汗が出ないことが最も深刻で、体温が上昇し易く、特に子どもの場合死を招いてしまう心配があります。EDAは細胞膜から細胞外に飛び出ている分子で、毛根や汗腺の元になる皮膚上皮細胞を刺激して発生を促しています。これまでの研究で細胞が刺激されると何が起こるのかなど良く研究が進んでいます.

遺伝子の突然変異があっても、もし外から正常のEDAを供給することができれば、この病気を治療することができるはずです。EDAはもともと細胞膜上に存在していますが、細胞膜から切り離しても効果を発揮できることがわかっています。すなわち、効果を持つEDA分子を試験管内で合成できるのです。大事なことは、EDAが毛根や汗腺の発生するときだけに必要で、大人になると必要がなくなることです。実際、成長して病気が完成してしまうと、EDAに反応する細胞は皮膚から消えてしまい、外からEDAをいくら足しても、治療ができないのです。一方、EDAが必要な胎児期や発達期であれば、合成したEDAを外から加えることで、EDAの機能が欠損した子供の病気を治療することができるはずです。

この可能性にチャレンジして見事に成功したのが、今日紹介するドイツ・エアランゲン大学からの論文で、4月26日号のThe New England Journal of Medicineに発表されました(Schneider et al, Prenatal correction of X-linked hypohidrotic ectodermal dysplasia(X染色体連鎖低発汗性外胚葉異形成症の出生前の治療), The New England Journal of Medicine, 378:17, 2018: DOI: 10.1056/NEJMoa1714322)。

研究の概要

この研究では、胎児の羊水にEDAを注射し皮膚で汗腺や毛根を誘発しようと考えています。しかし、細胞膜から切り離したEDAは体内ではすぐ分解されてしまいます。また、EDAは重合しないと刺激ができません。このため、EDAをそのまま治療に用いるには、なんらかの方法で重合させた大量のEDAをなんども注射する必要があります。当然このような操作は流産の危険性を高めてしまいます。この研究では、私たちの体の中で最も安定性の高い分子と言える抗体分子の一部(Fc部分)をEDAに結合させ、EDAを安定化させるとともに自然に重合させる戦略をとっています。もちろん、実際の治療を行う前に、マウスや犬を用いて、EDA-Fcを羊水に一回注射するだけで毛の発生を促すことを確認しています。このようなマウスや犬を用いた基礎研究の結果に基づき、実際にこのEDA-Fcを2人の妊婦さんに投与し、3人のXLHEDの子供の治療に成功したのがこの研究です。

治療経過と成績

今回選ばれた妊婦さんは、以前にXLHEDを持つ子供を出産し、今度の妊娠でも子供に同じ遺伝子変異が伝わっていることが出生以前遺伝子診断で確認できている二人です。出生以前に遺伝子診断が確定すると、人工中絶を選ばれるお母さんも多いのですが、このお母さんたちは子供を望まれ、胎児期の治療の可能性にかけてみられたのだと思います。二人のお母さんのうち1人は双子を妊娠しておられたため、治療の対象となった子供さんは三人になります。

治療は妊娠26週と31週の2回、胎児の体重1kgあたり100mgのEDA-Fcを羊水中に注射するだけす。羊水への注射は常に流産の危険を伴いますが、おそらくどの病院でもその気になれば実行可能な方法だと思います。

最初の子供たち(双生児)についてですが、EDA-Fcの注射で汗腺の発達という点ではほぼ満点の治療成績を示しました。命に関わる汗腺の形成はほぼ正常レベルに回復して、実際に2歳まで発熱の発作は全く起こらなかったようです。さらに歯の数や、唾液腺、涙腺などもほぼ正常に回復して、治療がうまくいったことを示しています。

しかしもう一人の子供の場合、歯や涙腺、唾液腺についてはほぼ正常に形成されたのに、汗腺だけは完全に回復できなかったようです。おそらく、汗腺の発生のスケジュールが個人個人異なっているためと考えられます。今後投与の回数やEDA-Fcの量を増やしたほうがいいかもしれません。ただだからと言って、注射回数を増やすと流産の危険性が高まりますから、投与法も含めさらに多くの子供さんで検討する必要があると思います。

感想

発生学的にも臨床医学的にも、素晴らしい成果だと思っています。胎児期や発達期のみに必要な分子は、母親への影響をほとんど気にする事なく治療が可能なこと、そして発生期を乗り越えられれば、遺伝子が欠損していても一生生活に支障がないのではと期待できます(この研究では2歳までしか追跡できていませんが)。また、細胞外に分泌できる分子なら、EDA以外でも同じ方法を用いることができるのではないでしょうか。

胎児期や発達期の脳の発達になんとか介入して正常化させるのが自閉症治療の一つのゴールだと思っています。その意味で、今回の研究は様々なヒントを与えてくれます。私は現役を退き、今や考えるだけですが、それでも実現可能なアイデアが出てくるよう、今後も励んでいきたいと思っています。

自閉症の科学5:妊娠中の炎症が脳に及ぼす影響を探る

2019年8月15日


母体の炎症の胎児脳への影響

風邪やインフルエンザなど様々な原因で妊婦さんに炎症が起こってしまうと、胎児の脳の発達に影響して自閉症などの発症率が上がることは、多くの妊婦さんとその子供を追跡する調査(疫学的調査)により確かめられています。そのため、できるだけ妊婦さんは炎症の原因を遠ざける必要があり、感染症はワクチンなどで予防するのが望ましいとされています。

ではなぜ炎症が脳の発達に影響するのでしょうか? これについては昨年9月注目すべき論文がNatureに発表され紹介しました(http://aasj.jp/news/watch/7378)。この研究によると、炎症で上昇するサイトカインの中でもIL-17が神経細胞に直接働き障害する犯人で、これを抑制できると炎症が起こっても脳への影響は最小限に止めることができる可能性が示されました。血液中のIL-17濃度は測定することができますから、是非因果関係を調べる疫学調査が行われて欲しいと思っています。

IL-17は炎症を誘導する「炎症性サイトカイン」の一つで、IL-6やTNFと呼ばれる分子も同じ仲間です。

動物実験と疫学調査をつなぐ

もちろん、妊娠時期に炎症を起こして胎児への影響を見るような実験は、動物モデルで行うしかありません。しかし、動物モデルでの神経症状が人間の症状を反映していると決めつけるのは、少し乱暴な気がします。このため、動物実験と、疫学による調査のギャップを埋める研究が待たれますが、今日紹介したいオレゴン健康・科学大学のグループがNatureに発表した論文は、まさにこの問題に挑戦した研究で、重要な研究ではないかと思っています(Rudolph et al, Maternal IL-6 during pregnancy can be estimated from newborn brain connectivity and predicts future working memory in offspring(妊娠中の母体のIL-6濃度は新生児の脳の結合と将来の作業記憶に相関する), Nature Neuroscience in press, 2018: https://doi.org/10.1038/s41593-018-0128-y)。一般の方には少し理解しづらいと思いますが、紹介することにしました。

研究の概要

この研究の目的は、母体の炎症が脳の発達過程のどこに作用するかを決めることです。この目的で、母体の炎症の強さをIL-6の血中濃度で代表させて調べています。先に紹介したIL-17とは違うのですが、ほとんどの炎症でIL-6が上昇することはよく知られています。これは急性、慢性を問いません。例えば2型糖尿病などメタボと呼ばれる慢性病の背景に炎症があると考えられていますが、この時もIL-6が上昇してきます。

次に、IL-6の濃度を測ったお母さんから生まれた新生児のMRI検査を睡眠時に行います。このような安静時のMRI検査では、脳の機能はわかりませんが、様々な解剖学的構造を知ることができます。この研究では冒頭の図に示すような、脳内各領域の間の神経結合性に注目して調べています。

IL-6濃度は一つの数値で表せる単純な指標ですが、MRI検査は大量の情報を含んでいます。そこで、脳全体をデータとして利用するのではなく、自閉症などで変化が起こると予想できる領域に絞ってデータを集めています。実際には10領域を選び、それぞれの領域内の結合性10指標、領域間の結合性45指標を算出し、これらの数値とIL-6濃度の相関を調べています。これを80人もの新生児で行うのですから、実際は大変な研究だと推察します。当然今流行りのコンピュータを使ったAIが大活躍します。目標は、脳の結合性のデータをコンピュータにインプットすれば、母体のIL-6濃度が予想できれば、これは100点のモデルができたことになります。

炎症で特に障害される領域

100点のモデルというわけにはいきませんが、妊娠時のIL-6濃度と相関する領域が見つかってきました。どの場所かを詳しく述べてもイメージがわかないでしょうから、場所についての説明は省きますが、

1) ある対象にフォーカスを当てるときに働く領域と脳活動の安定性維持に関わる回路の間の結合性、

2)空間的な注意に関わる幾つかの領域間の結合性、

3)視覚を介した注意に関わる幾つかの領域間の結合性

がIL-6が高かったお母さんから生まれた新生児では、特に低下することがわかってきました。

IL-6と作業記憶

MRI検査と脳の機能検査が集められているデータベースを用いてそれぞれの回路と脳の機能との相関を調べると、今回の研究で明らかになったネットワークの多くが、刻々と入ってくる情報を一時的に維持して、統合するために働いている、「作業記憶:ワーキングメモリー」に深く関わっていることが見えてきました。

そこで、MRI検査を行った新生児の中から選んだ46人が2歳になるのを待って、作業記憶の検査を行い、特に妊娠第3期のIL-6濃度と作業記憶が逆相関することを明らかにしています。 

結論と私的感想

人間にIL-17やIL-6を注射して実験するなど決して許されません。しかし、今回の研究が示すように、一つの指標でも多くの人間を調べれば、様々な状態が存在していることがわかります。特定の指標について一人一人の多様性を正確に把握し、この指標と脳の構造を比べる研究は、今後も動物実験と、疫学をつなぐ重要な方法として使われていくと思います。

今日紹介した研究は特に自閉症に焦点を当てているわけではありませんが、作業記憶という脳の高次機能の根幹に関わる機能と炎症の関係が、神経レベルである程度明らかになったのではないかと思います。今後同じ方法をIL-6だけでなく、ほかの炎症パラメーターについて調べ、また自閉症スペクトラムの脳を念頭に相関を調べて欲しいと思います。そして何よりも、2歳までの発達期に、どこまで脳の結合性を変化させられるのかについても知りたいと思います。まだまだですが、着実に研究が進んでいると実感しています。

自閉症の科学4 :成長に伴う脳の変化から見る自閉症

2019年8月15日

扁桃体

自閉症の症状は多様ですが、社会性に関わる困難、コミュニケーション能力の低下、反復行動の3つは診断する際の重要な症状です。それぞれの症状の背景には間違いなく共通の脳ネットワークの変化があると思います。例えば対人関係の困難によって、他の人とのコミュニケーションの機会が減ると、言語の発達は遅れます。他人や新しい状況との接触を嫌うようになると、それを避けための自己防衛行動として、反復行動が起こるのかもしれません。

しかし、この新しい状況や人に対して不安を感じる感情は多かれ少なかれ私たちも持っています。またこの新しいものに対して警戒する感情があるからこそ、私たちは無用な危険を避けることができます。そして、この感情に扁桃体と呼ばれる小さな脳領域が重要な役割を持っていることが脳科学的に明らかになってきました。

扁桃体とは文字どおり、私たちの脳の底の方に存在するアーモンド(扁桃)型をした神経細胞の塊で、さらに外則核、基底核、副基底核に分けることができます(実際にはもっと細かく分けられていますが省略します)。サルで行われた実験ですが、扁桃体を壊すと、蛇を見たときに普通の猿なら示す恐怖行動など、いわゆる情動と呼べる反応が失われます。このため、情動の障害があると考えられる自閉症と扁桃体の関係は重要な課題として研究が行われてきました。

例えば、てんかんが脳のどこから始まるのか調べるために、脳内の様々な場所に電極を一定期間留置して電気活動を測ることがあります。この目的のため扁桃体に電極を設置した自閉症児と一般児の扁桃体の活動を比べると、一般児なら目に反応する扁桃体内の領域が、なんと口を見たとき反応することがわかりました(私のブログで紹介しています)。このような機能研究から、発生・発達過程を通して形成される扁桃体の脳回路が自閉症児では発達初期から違っていると考えられ、出来ればこの回路をなんとか一般児に近づける方法を開発したいと、早期診断、早期介入のための研究が進められています。

しかし機能的変化からだけでは、自閉症児の扁桃体の変化の実態を理解するには不十分です。機能が変化する背景には必ず解剖学的な変化があるはずで、出来れば背景にある解剖学的な変化を特定したいのですが、脳の病理学的解析が許されるのは、死んだ後ですから、十分な数の死亡例を集めて、解剖学的変化を調べることはそう簡単ではありません。

論文の概要

我が国の状況は残念ながら把握できていませんが、米国では事故などで亡くなった自閉症児の脳を集めて、研究に利用するバイオバンクの整備が進んでいるようです。というのも、このバイオバンクの標本を用いて自閉症児の扁桃体の細胞数を正確に測定した論文がカリフォルニア大学デービス校から米国アカデミー紀要に発表されました(Avino et al, Neuron numbers increase in the human amygdala from

birth to adulthood, but not in autism, PNAS in press, 2018, www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1801912115 )。

丹念に脳組織の細胞数を測定した大変オーソドックスな研究で、研究方法などの新しさはありませんが、24例もの自閉症の症例の扁桃体を年齢ごとに比べている点で、将来の自閉症の脳研究にとって重要な貢献だと思い紹介することにしました。ちなみにタイトルを邦訳すると、「扁桃体の神経細胞数は生後増加を続け、成人後もこの増加は続くが、自閉症ではそうではない」になります。

この研究の結論は、タイトルが全て語っています。まず驚くのは、細胞がほとんど増加しない脳で、扁桃体細胞数だけは50歳に至るまで増加を続けていることで、最初1100万個程度だったのが、4ー50歳では1300万個にまで増加します。ところが自閉症症例では、最初(2歳齢)は1200万個と正常より10%近く多いのに、その後は減少を続け、40歳では1000万個と20%近く減少しています。この減少は扁桃体のすべての核で観察されますが、基底核での減少が最も強いようです。同時に細胞分化マーカーを使って未熟細胞の数を比べていますが、こちらの方は一般人と自閉症で特に大きな違いは見られないことから、自閉症児で減少するのは、成熟した神経細胞のようです。

以上が結果の全てで、結果の意味を理解するのは現段階では難しいと思います。幸い、扁桃体のそれぞれの核の神経結合や生理学的機能は少しづつ明らかになっているので、自閉症の理解に役立つ日が来ることは間違いないと思っています。この論文では、一般児では社会とのコンタクトが、適度の刺激として働き神経細胞の結合性の増加を誘導するのに、自閉症児では扁桃体の神経細胞が興奮しすぎて細胞が失われてしまう可能性を考えているようですが、まだ推察段階と考えたほうがよさそうです。今後は自閉症で変化が見られる遺伝子発現も合わせた詳しい組織学的な研究が進むのを期待しています。

このように、臨床医学、心理学に加えて、機能を調べる大脳生理学、構造を調べる解剖学、病理学が密接な連携していくことが、今後の自閉症研究にとって最も重要な課題です。そして私たちの脳の奥にある小さな扁桃体は、自閉症の脳研究のホットスポットとして間違いなく注目を集めていくことでしょう。このためにも、組織や遺伝子を臨床データと連結させて集めておくバイオバンクの整備と研究者への公開が、我が国でも進むことを望んでいます。

自閉症の科学 3: 幼児期の脳波検査の意味

2019年8月15日

自閉症の科学3回目は、自閉症児の脳の画像検査に関する研究を紹介する。

早期診断の重要性

自閉症スペクトラム(ASD)が主に発生時と発達時期の脳回路の形成の異常として発生することはほぼ間違いのない事実と考えられるようになっている。原因として複雑な遺伝子変化の組み合わせによる遺伝的要因が大きいが、母体がさらされている低栄養、アルコール、感染、発熱、炎症、そして神経刺激物質(治療薬や農薬を含むあらゆる神経刺激物質)など様々な外的要因によっても発症リスクが高まる。従って、これらの要因を取り除くことが現在私たちにできる唯一の予防と言えるが、現代社会で、妊婦さんをこのような要因から完璧に守ることは簡単ではない。

完全な予防が難しければ、まだ脳が融通性を保っている発達期に介入して、脳回路を一般児と同じ方向へ発達させる方法の開発が必要で、100人に1人という自閉症の発症率を考えると21世紀医学の重要な課題だ。しかしそのためには、できるだけ早く診断を確定しなければならない。

ゲノム研究が始まってから、場合によっては生まれる前から解析可能なゲノム検査で早期の診断が可能になるのではと大きく期待されたが、ASDの脳回路形成が多くのゲノム領域の関わる複雑な過程で一筋縄では理解できないことがわかり、単一遺伝子による一部の症例を除いて、ゲノム検査で早期診断するというゴールは遠のいた。

代わりにMRIを用いてASDを脳の構造から診断する試みも続いている。昨年私のブログでも紹介したように、家族歴から自閉症のリスクの高い幼児を選び、その子供達のMRI検査を様々な発達時期に行って発達期の脳の構造変化を調べたノースカロライナ大学の論文がNatureに発表された。この研究により、ASDの子供の脳皮質の増加率が一般児より大きく、これを指標とすることで症状が現れる前から診断できることが示された。(Hazelett et al, Nature 542:348, 2017)

また昨年6月には同じノースカロライナ大学を中心とする研究グループが、自閉症のリスクが高い幼児のMRI検査で、今度は脳内各領域の結合を調べた論文を発表し、この方法を使っても生後6ヶ月で診断が可能と結論している(Emerson et al, Science Translational Medicine 9:eaag2882, 2017)(詳しい紹介は私のブログを参照)。

ただこれらの方法は、自然睡眠時を狙ってMRI検査ができる能力の高い機械が必要な点、および睡眠中しか測定できないため、脳の構造しかわからないという欠点がある。

一方、幼児の行動異常を早期に診断する試みも行われている。やはり私のブログで紹介したが、視線を追跡するアイトラッカーを用いてブラウン管に現れる人の顔への反応を調べることで生後6ヶ月目から自閉症と診断できるという論文が発表されている。

このように、行動、脳構造、遺伝子解析などを総合して早期診断する期待は着実に実現されつつあると言える。

今日紹介する論文

これまで行われてきた、早期診断のための取り組みについて理解いただけたと期待するが、今日紹介するジュネーブ大学からの研究は、脳波計(EEG)による脳の活動記録と、視線を追いかけるアイトラッカー検査や、行動評価のために開発された指標を相関させようとする試みで、オンライン雑誌eLifeに最近発表された。(Sperdin et al, eLife :Early alterations of social brain networks in young children with autism(自閉症と診断された幼児の社会性の脳回路に早期から見られる変化), DOI: https://doi.org/10.7554/eLife.31670:この雑誌はフリーアクセスなので、誰でも読むことができる)。

読んでみると、この研究は最初から著者らが重要と考える脳回路を決めた上で進められているのがわかる。ただ脳研究では、特に珍しいことではない。膨大な領域同士が結合している脳を調べる場合、特に注目すべき場所をROIと呼んで、その領域に限って調べないと、複雑すぎて収拾がつかないことになる。

この研究では、まずASDにかかわる領域として、眼窩前頭野、内側前頭前皮質、上側頭皮質、側頭極、扁桃体、楔前部、側頭頭頂境界、前帯状皮質、そして島皮質(これらの領域については気にせず読み飛ばしてほしい)を注目する領域として選び、これら領域の活動から計算される領域の間の神経結合を一般児と、ASD児で比べている。これらの領域は、社会性に関わる脳ネットワークを形成する重要な領域だ。

EEGですら、2-4歳という極めて早い段階のASDの子供を麻酔なしで解析することは難しかったようだ。この研究でもこの時期の子供は静かにしないので、忍耐強く動きの少ない時の脳波を集めている。また検査のために集まってもらった半分の子供は、動きすぎて研究から除外せざるをえなくなっている。

この研究では、記録した活動を脳波の各波長別にSummed Outflow(脳をネットワークとして各部位の活動を起こす神経的因果性を調べるモデルを用いて計算した指標)に計算して指標として用いている。ただ、研究手法や結果は専門的で、一般の方にはわかりにくい。したがって、専門の方には、オープンアクセスの論文を読んでもらうことにして、誤解を恐れずわかりやすくまとめると以下の3点になるだろう。

  1. この方法で調べると、ASDの幼児では社会性に関わる脳のネットワーク内各領域の結合性が高まっており、その結果それぞれの領域から出る情報の量も上昇している。
  2. 各領域の活動量は、様々な行動指標と個別に相関している。例えば、VABS-2と呼ばれる適応行動を総合的に評価する指標は、文字処理に関わるLingual領域の活動と相関を示す。遊びながら測定できるPEP-3と呼ばれる教育診断検査指標は、弁蓋部の情報量と相関する。そして、顔を見たときの視線の反応では、帯状回の情報量とが相関していた。
  3. この時の相関は、逆の相関で、対応する領域の活動が高いほど、実際の行動は異常性が高まる。

これまで、年長児の脳活動を他の方法で測ると、例えば顔を見たときの弁蓋部の活動が抑制されていることが知られており、社会性の脳ネットワークが全体的に上昇しているという今回の結果は、ASDでは脳の活動が抑えられているのではという直感に反するように思える。しかし、先に紹介した幼児の脳構造を調べた結果は、ASD児で皮質の面積が増大していることを示している。これについて、著者らは「発生時に形成された回路の問題点を解決しようと代償的に社会性のネットワークが活動している」と考察している。

例えばスポーツなどで、一つの筋肉に不具合が生じたまま運動を続けると、他の筋肉がオーバーワークになることで、最終的に元に戻せないアンバランスが生じることが知られている。私には、今日紹介した幼児期のASDの研究は、同じことが脳回路形成でも起こっている可能性を示唆しているように思える。とすると、オーバーワークを引き起こす元の回路の異常を見つけることが最も重要になるが、残念ながら核心は闇の中のようだ。とはいえ、幼児期の脳機能、脳構造の研究の重要性を実感する。

少し専門的になりすぎてわかりにくかったと反省しています。

自閉症の科学2 遺伝的自閉症の治療可能性

2019年8月15日

今日は、原因となる遺伝子が特定されている自閉症スペクトラム(ASD)の一つ、FragileX症候群の発症メカニズムと治療可能性を示したマサチューセッツ工科大学からの論文を核に、遺伝子が特定されているASDと遺伝子治療の可能性についてまとめてみた。少し難解とは思うが、我慢して読んでいただきたい。

遺伝子が特定されている自閉症

自閉症は、一卵性双生児での発症の一致率が高く、遺伝性があることは間違いがない。しかしこれまで強くASDと関係があることが示された遺伝子は100種類近くに上り、また弱い相関は倍以上の遺伝子で見つかっている。個々の例は、これら何十もの遺伝子の小さな違いが組み合わさって発症に関わっていると考えられる。

私たちの脳の回路の複雑さを考えるとこれは当然のことで、ASDは様々な遺伝子の小さな変化の組み合わせで起こってくると考えて貰えばいい。

それでも、特定の遺伝子の突然変異で、発生過程の大きな変化が起こってしまい、その結果としてASDが起こる場合がある。このうち最も研究が進んでいるのが、Fragile X、Rett症候群、MECP2重複症で、ASD発症までのメカニズムの理解も進んでいる。

これらの病気については今後おいおい紹介するとして、今日焦点を当てるのはFragile X症候群だ。

Fragile X症候群

X染色体上にあるFMR1遺伝子の変異により起こるのがFragile X症候群(FXS)で、男児のみ知的障害など、精神・身体的多様な症状を示す遺伝病だ。全員にASDが見られるわけではなく、おおよそ1/3の子供にASD症状がみられる。FXSは決してまれな疾患ではなく、約3000人の男児に一人の頻度で起こる病気だ。

FXSの遺伝的変異は、FMR1遺伝子のRNAが読み始められるポイントの少し上流にある通常5-40個のCGG繰り返し配列の数が増え、55-200個になるという不思議な変異だ。そしてCGGの繰り返し配列が増えることで、正常なFMR1遺伝子は存在しているのに機能を失い、結局遺伝子がなくなったのと同じことになる。

FMR1遺伝子がないと、神経間の伝達がうまく調整できず、発生から発達時期の脳回路の形成がうまくいかないため、知能障害やASD症状が生まれる。

iPSとクリスパー技術を使ったFXSの発症メカニズムの解明についての新しい論文

なぜCGGの長い繰り返し配列ができてしまうと、遺伝子からRNAができなくなるのかを明らかにすることが、発症メカニズムの解明と治療法の開発に必要になる。今日紹介するマサチューセッツ工科大学(MIT)からの論文はこの問題を患者さんのiPSと現在最も注目を集めているクリスパー遺伝子編集技術を用いて解明することに成功した(Liu et al Cell in press, 2018:https://doi.org/10.1016/j.cell.2018.01.012)。

遺伝子の機能を抑えるDNAメチル化

この論文を理解するには、まずDNAメチル化について勉強しておく必要がある。染色体上には多くのCG(シトシン、グアニン)塩基が繰り返す場所があり、しばしばこの中のシトシンにメチル基が添加されている。特にCG配列が繰り返す領域は強くメチル化されていることが多い。そしてメチル化された塩基の密度が高まっている領域では、遺伝子の機能が抑えられることが多い。

FXS患者さんではFMR1遺伝子のCGGの繰り返しが200にも及ぶため、これがメチル化されると、FMR1遺伝子の機能を抑えてしまうことになる。

クリスパー技術を用いてFMR1遺伝子からメチル基を除去する

患者さんのFMR1遺伝子のCGG繰り返し領域は強くメチル化されている。しかし、このせいで遺伝子の機能が抑えられていると結論するためにはこの領域のメチル基を除去して、遺伝子の機能が回復できるか調べる必要がある。

この課題をクリスパー技術を用いて解決したのが今回の論文だ。しかし、クリスパーは遺伝子編集の方法ではなかったか?

クリスパーが遺伝子編集と言われるのは、特定の配列に結合したガイドRNAを指標にリクルートされてきたCas9が、遺伝子を切断してくれるからだ。これにより遺伝子をノックアウトしたり、あるいは他の遺伝子断片を切断した場所に挿入することができる。

しかしこのシステムの素晴らしいのは、ガイドRNAを認識するCas9かそれに相当する分子さえあれば、どんな酵素も染色体の思った場所に連れてくることができる点だ。例えば、Cas9のDNA切断能力を除去して、代わりに蛍光タンパク質をつなげた分子を用いると、生きた細胞の染色体上の特定の遺伝子を光らせて追いかけることができる。

この原理で、DNA切断能力を除去したCas9にメチル化を除去するTet1と呼ばれるタンパク質を結合させると、TMR1遺伝子のCGG繰り返し配列に添加されたメチル基を外すことができる。

この研究では、FXS患者さんからiPSを作成し、この細胞に目的の場所を標識するガイドRNAとCas9-Tet1を導入することで、見事に遺伝子自体を全く変化させることなく、FMR1のCGG繰り返し配列のメチル基を外し、遺伝子の機能を復元することに成功している。この結果、FMR1遺伝子は活動を始め、正常な神経細胞に分化することができる。

以上の結果から、FXSの変異でなぜFMR1遺伝子の機能がなくなるのか、またそれを治療するにはどうすればいいのかの方法が確立された。

ASDの遺伝子治療

この研究については、専門的になるのでこれ以上説明は控える。

ただ、この研究もそうだが、単一の遺伝子変異によるASDや知能障害の研究が進むことで、発達時期の遺伝子治療により、様々な障害を改善できることが示されている。今回の研究で、FXSの根本的遺伝子治療法の可能性が示されたが、クリスパーを使わなくとも、FMR1遺伝子を脳内に注射するより簡単な方法でも治療できる可能性は高い。

同じようにMECP2遺伝子が欠損しているRett症候群や、逆に多すぎるMECP2重複症でも、動物モデルを用いた遺伝子治療の前臨床研究は成功しており、患者さんや家族から大きな期待が集まっている。

しかし、このような治療は患者さんの数が少ないことから、可能性がわかっても企業が手を出しにくい分野だ。従って、公的なベクター(遺伝子の運び屋)施設などを整備し、少数の患者さんに対応する体制をとることは、少子化が進むわが国の成育医療の重要な課題になると思っている。実際、このような計画を政府は準備しているという話を耳にする。一刻も早く実現することを期待するとともに、患者さんたちとともに、全面的に支援して行こうと思っている。

自閉症の科学1:自閉症と小脳

2019年8月14日

多くの自閉症で小脳と大脳皮質の回路に変化が見られる

小脳と聞くと、運動の制御や学習にかかわる中枢だと思い込んでいることが多い、しかし小脳が障害された方の中に、言語や性格障害を示すケースが発見され、大脳皮質とネットワークを形成して運動以外の大脳の高次認識機構を支える重要な領域だと考えられるようになった。

その後MRIを用いた検査が普及すると、小脳の体積の増加、灰白質の減少などの小脳の変化が自閉症の人に高い頻度で見られることがわかり、自閉症諸症状に対する小脳、特に小脳皮質の関与が注目され始めた。これを裏付けるように、2012年Tsaiらが、小脳のプルキンエ細胞でTsc1遺伝子がノックアウトされたマウスでは(分子メカニズムの説明は省く)、プルキンエ細胞の代謝活性が上昇し、行動学的には社会性の低下や反復行動などの自閉症様症状が現れるという驚くべき論文を発表したことで、小脳は一躍自閉症研究の主役に躍り出た。

自閉症様症状への小脳皮質の関与を直接調べた研究が発表された

もちろんモデルマウスの結果がそのまま人間に当てはまるわけではない。これを示すためには、人間とマウスで同じ回路を操作して効果を比べる必要がある。もちろん、人間の脳に電極を刺すなどもってのほかで、切ったり刺したりすることなく、小脳皮質の操作や記録が必要だ。

Tsc1ノックアウトマウスの論文を出版してから5年、Tsaiのグループはこの課題にチャレンジし、ついに自閉症スペクトラムに対する小脳の関わりを、マウスと人で比べる実験を12月号のNature Neuroscienceに発表した(Stoodley et al, Altered cerebellar connectivity in autism and cerebellar medicated rescue of autism-related behaviors in mice(自閉症で見られる小脳の神経結合性の変化と、小脳を介するマウスの自閉症様治療)、Nature Neuroscience, 20:1744,2017)。

実験の概要

研究ではまず、正常人34人について右側の小脳皮質(CrusIと呼ばれる部位)と機能的に結合している脳領域を調べ、これまでの研究で自閉症との関わりが指摘されている神経ネットワークとの結合があることを確認している。この研究では、何もせずにボーとしている時に活動している大脳の領域、IPLに存在するdefault-mode-networkと呼ばれる回路との結合に特に焦点を当てている。

結合が確認されると、この結合性を操作できるかが次の問題だ。この研究では右側の小脳皮質を頭蓋の外に直接電流を流す方法(anodal tDCSと呼ばれている)で刺激し、小脳皮質とIPLの結合性が低下することを見出している。しかし、人間でできる実験はここまでだ。マウスを用いて、小脳皮質のニューロン(プルキンエ細胞:PN)を抑制してIPLの反応を調べ、マウスでも人間と同じように小脳とIPL回路に結合があることを確認している。そしてこの回路を遺伝子操作を用いて刺激・抑制する実験を行い、プルキンエ細胞がIPLを抑制的に支配していることを実験的に明らかにしている。

この結果に基づきプルキンエ細胞でTsc1をノックアウトした自閉症モデルマウスを調べなおすと、予想どおりプルキンエ細胞の活動が上がり小脳皮質とIPLの結合が上昇している。さらに、自閉症の患者さんのMRI検査でも小脳皮質とIPLの結合が上昇していることを確認し、この回路に関する限り、人間とマウスの自閉症がほとんど同じことを示している。

最後にもう一度マウスモデルに戻り、正常マウスのプルキンエ細胞を操作してIPLとの結合を高めると、自閉症症状が現れること、逆に自閉症モデルマウスでこの回路の結合性を低下させると、反復行動は正常化しないが、社会性は正常に戻ることを示している。

感想

結果をまとめると、右小脳皮質とIPLの結合性が高まり、IPLの活動が抑制されることが、少なくとも自閉症で見られる社会性の低下などの症状の原因であることが明らかになったと思う。個人的理解だが、社会的な行動に重要なIPLを抑える小脳からの抑制回路がなぜか発達してしまったのが自閉症の一つの原因で、この回路を抑えることで、IPLの活動を回復させられると解釈している。実際マウスを用いた実験で、この結合性を低下させることで自閉症症状を改善できることを示しているし、人間でもこの回路は、頭蓋の外側から電流を流すことで操作できることも示している。もちろん先は長いと思うが、将来右小脳皮質への電磁場照射による自閉症の治療が可能かもしれないと期待する。もちろん頭蓋の外からとはいえ、脳操作が必要になる。その時は、焦らず注意深い治験を計画してほしい。