硬膜外電気刺激による慢性脊髄損傷治療の成果が企業化された
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硬膜外電気刺激による慢性脊髄損傷治療の成果が企業化された

2020年10月16日
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以前、 論文紹介で「脊髄損傷治療の大きなステップ」と、ローザンヌ大学からNatureに報告された、硬膜外電気刺激をコントロールして脊髄損傷患者さんの運動機能を取り戻す方法の開発について紹介した (https://aasj.jp/news/watch/9166)。慢性の脊髄損傷患者さんが、5ヶ月程度の比較的短いリハビリは必要だが、自分で歩行できるようになったという研究で、そこで示されたビデオ映像( https://static-content.springer.com/esm/art%3A10.1038%2Fs41586-018-0649-2/MediaObjects/41586_2018_649_MOESM8_ESM.mp4)は衝撃的だった。

この記事では、この技術を開発した研究者たちが大学からスピンオフして、GTXmedicalという会社を立ち上げ、2024年の認可を目指して、来年から治験をはじめること、またこの技術がFDAの画期的デバイスとして認められたことを報告している。

いよいよ慢性期の脊髄損傷を対象にした治療法の治験が行われることになり期待したいが、我が国でもはやく治験ができることを期待したい。

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「第1回ニーマン・ピック病(NPD)勉強会inひょうご」

2018年12月25日
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開催日時:平成30年12月16日(日)14:00~17:00 
場所:起業プラザひょうごセミナールーム(サンパル6階)
主催:日本ニーマン・ピック病の会
後援:兵庫県&神戸市難病連、難病の子供支援全国ネットワーク

・特別基調講演 「NPDの最新の治療研究と世界の動向」慈恵医大名誉教授 衛藤義勝先生

ライソゾーム病臨床治療の最高権威者で、1910年のNP病発見、1930年代の各型分類など創世記からの歴史と診断法(遺伝子診断・バイオマーカー共に未完)の現状、症状発現の原理(LDL、コレステロールの転送異常、蓄積により神経細胞を阻害、マクロファージの異常出現によるサイトカインの異常発生)、遺伝子治療開発の現状と可能性)などNPCを中心に病の現状を幅広く且つ判り易く話された。

・基調講演(1) 「NPC治療におけるCDの適正使用に向けて」熊本大学薬学部教授 入江徹美先生

消臭剤「ファブリース」や一部の医薬品の添加剤(可溶化剤)として使われているが未医薬品のHPβCDについて、NPCにどのように効くのか(ライソゾーム中でのコレステロールの運搬役と洗い流し役)、海外での開発動向(各地の研究では体重や体内濃度など基礎データすら不明のまま。Vtesse社はNIHでPhIIb/IIIおよび二重盲検終了。適切な投与設計はまだ不十分)、オーファン薬の早期承認取得には、深い現場認識の下に産官学民の協働が必須など、分り易く話された。しかし、新臨床研究法が施行されると、大学での臨床研究が進行中を含め、実質的にSTOPすると危機感を表され、厚労省への強い働きかけが是非とも必要と訴えられた。

・基調講演(2) 「NPC病の特性について」大阪大学医学部付属病院教授(小児科) 酒井則夫先生

NP病の病態(A~D型共にゴーシェ病とは異なる)、臨床症状、診断(皮膚生検のFilipin染色と遺伝子検査によるNPC遺伝子の確認で確定)、ケア(神経症状は進行し、肝・脾腫大が見られるが、心・腎機能と脳血管の障害は心配しなくてよい)等をを平易に説明され、本病は頻度少ないが患者は増えており、治療推進には、医療者、製薬会社、患者会の協力は必須で、どのような状況においても、患者さんとその家族の幸せを目指す、と結ばれた。

・全講演者をパネリストに迎えてのディスカッションが持たれ、率直で親密な意見交換がなされた。特に、新臨床研究法の施行により、医師主導の治験は難しくなることを念頭に、治療法がない稀少難病患者救済のため、特区設定による医師主導の治験機会確保を提案された。難病連の米田さんから、稀少難病患者や家族への難病連の行動の現状を話され(無力を感ずる)、医療者の対応の現状を質問された。        (田中邦大)

自閉症スペクトラム児の消化器症状チェックリスト

2018年11月3日
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昨年の5月 自閉症スペクトラム支援団体、Autism Speaksがまとめた、ASD児の健康問題についてまとめたレポートを紹介した時、消化器症状や摂食障害で本当に苦労しているというメールを何人かの家族の方からいただいた。このなかで、様々な消化器症状を主治医の先生に客観的に伝えることが難しいことも訴えられていた。できれば、ASDの子供を観察している家族が客観的にレポートができるよう、症状のチェックリストがあればいいなと思っていたら、10月22日号のJournal of Autism and Developmental Disordersに、ASDの消化器症状を早く診断するためのなかなか丁寧なチェックリストが発表されていたので、邦訳して紹介することにする。コロンビア大学、マサチューセッツ総合病院、ボストン大学医学部が共同で発表した論文で、タイトルは「Development of a Brief Parent-Report Screen for Common Gastrointestinal Disorders in Autism Spectrum Disorder(ASDによく見られる消化器異常の親による簡単な診断とレポート)」だ。

このチェックリストの目的は、家族による客観的な情報収集により、医師の診断を助け、治療につなげることだが、この論文では臨床で広く利用した時、どのような効果があるのかについての記述があまり明確ではない。この結果、このまま家族の人に紹介することは、対策もないのに家族の不安だけを煽る結果を招くのではないかという心配がある。また、家族の方のメールを読むと、我が国ではASDをケアする医療側の体制が、なかなか総合的になり得ないという問題もあり、自己診断が進むと、医師が取り合ってくれないと余計に家族のフラストレーションを貯める結果になる懸念もある。

このように色々考えて見たが、しかし言葉でのコミュニケーションがスムースでない子供の消化器症状を知るためのチェックリストは重要だと考え、あくまでも自分の子供を理解する一つの方法として読んでいただくようお願いして、このリストを邦訳することにした。

チェックリスト

以下のような症状を見た場合に、消化器の障害が併発している場合があります。右に示した数字は、今回調査に参加した米国のASDの子供の家族がYesと答えた割合です。

消化器異常の直接症状

この3ヶ月の間に、お子さんはお腹痛を訴えましたか?      33%
この3ヶ月の間に、お子さんは吐き気を訴えましたか?      13%
この3ヶ月の間に、お子さんはお腹の張りを訴えましたか?    17%
消化器症状による生活の変化

この1年、お子さんはひどい腹痛が2時間以上つづいて何もできなくなったことはありますか?     15%
消化器異常を示す客観的兆候

この3ヶ月、お子さんの便通はどうでしたか。
週2回以下                           13%
週3回(一日3回の場合も含む)                 80%
週3回以上                           2.4%
この3ヶ月、お子さんの排便はどんな感じでしたか。
硬い、とても硬い                        25%
とても硬いわけでも柔らかいわけでもない             46%
大変柔らかい、形がない、あるいは水のよう            18%
この3ヶ月、お子さんの排便時に、粘液や痰のような塊が出た事はありますか?                             15%
この3ヶ月、お子さんのパンツが汚れていたことはありますか?   48%
  これまでお子さんの便が黒かったり、コールタールのようだったことがありますか?                              9.3%
お子さんの便に血が混じっていたことや、排便後に出血が見られたことがありますか?    8,9%
この3ヶ月、お子さんが1日2回以上吐いたことがありますか。   9.6%
この3ヶ月、お子さんが吐き気を訴えたことがありますか?      9.8%
この3ヶ月、お子さんが食べ物を口まで戻してそれをモグモグ噛んでいたことがありますか? 7.4%
この3ヶ月お子さんの体重が増えないということはありませんか?   8%
上記の兆候や症状の結果起こる活動の変化

この3ヶ月、お子さんの活動が以下の理由で制限されたことはありますか?
腹部の痛み、違和感                      11%
嘔吐                             10%
便通異常                           10%
腹部の大量のガス                        9%
消化管の運動障害

この3ヶ月、お子さんが便通時に痛がっているように見えたことがありますか?                             17%
この3ヶ月、排便のためにトイレに駆け込んだことがありますか?  25%
この3ヶ月、お子さんが便を出そうとして足を固く踏ん張ったり、お尻から足へと手で絞るような行動を見せたことがありますか?           28%
この3ヶ月、頭を横に曲げて背中を反らせる動作を取ったことがありますか?                                   5%
この3ヶ月、自分や他の人の手でお腹を押さえたり、お腹を家具などに押し付けたりする動作を見たことがありますか?              21%
この3ヶ月、胸や首を叩いたり、口に拳を突っ込んだり、理由なしに手や腕を噛んだりしたのを見たことがありますか?              16%
この3ヶ月、お子さんが食べ物を飲み込む時やその後に、息を詰まらせたり、咳き込んだりしたのを見たことがありますか?            21%
この3ヶ月、お子さんがこれまで食べていた食物の多くを急に食べたがらなくなったことはありますか?     4%


以上、子供の声にならない訴えを聴くための助けになれば幸いです。

日本での希少難病治療薬開発の現状 その1

2018年7月20日
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 (1) 2017年に稀少疾患用医薬品として承認された新有効成分を含む医薬品

今年5月に製薬協の医薬産業政策研究所(政策研)が「新医薬品の承認状況と審査期間」として平成29年のまとめを公表しましたが、その新有効成分(NME)を含む医薬品の24品目の中に、稀少疾患用医薬品が8品目(33%)と高い比率で承認されていることが判かりました。

わが国での新薬承認の遅れ(ドラッグラグ)解消の手段として、平成21年に未承認薬・適用外薬検討会議が発足し、主要国での既承認薬について利害関係者からの申請によって、公知申請を受け入れるなど迅速審査に注力した結果、ドラッグラグはほぼ解消し、併せて多くの希少難病治療薬が承認されることになりました。

その後も医療上特にその必要性が高いと優先審査の適用が可能となり、実際に審査区分別の集計では、2017年に承認されたNMEのうち、通常審査品目が15品目(63%)、希少疾病用医薬品(全て優先審査品目)が8品目(33%)、希少疾病用医薬品以外の優先審査品目が1品目(4%)でした。過去10年間で見ると、希少疾病用医薬品の割合は全体の16~37%であり、2017年の33%は比較的高い割合でした(図3)。180604_稀少疾患治療薬承認状況

さらに、本年5月9日の厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会では、医薬品医療機器等法(薬機法)改正を見据え、「条件付き早期承認制度」や「先駆け審査指定制度」の法制化の検討が始まっています。薬価制度抜本改革が断行され、新薬創出等加算が抜本的に見直される中で、研究開発型企業を中心に薬事承認制度を含めた開発上のインセンティブを強く望む声が業界内からあがっていて、この日の制度部会でも業界代表が「条件付き早期承認制度、先駆け審査指定制度については、患者アクセスに有効な制度と考えている」と話し、法制化を要望しています。

厚生労働省は省令改正を行い、既に「条件付き早期承認制度」を導入しています。検証的臨床試験の実施が難しい場合や長期間要するケースについては、探索的臨床試験で一定の有効性・安全性が確認されたことで承認されます。承認自体は前倒しされることになりますが、承認条件としてRWD(リアルワールドデータ)の利用・活用などで、有効性・安全性の確認が求められます。さらに、難病や希少疾患などで患者数が少なく対照群を置くことが難しいケースでは、対照群の代わりにRWDを利活用することで、単群、少人数での臨床試験を可能にし、革新的新薬を早期に実用化することも視野に入り、短期間・低コストでの治験実現につながります。患者にとっても革新的新薬を早期に届けることが可能になるばかりか、製薬企業にとっては、短期間・低コストでの実施が期待できる、としています。

一定の要件を満たす画期的な新薬等について、開発の比較的早期の段階から先駆け審査指定制度の対象品目に指定し、薬事承認に係る相談・審査における優先的な取扱いの対象とするとともに、承認審査のスケジュールに沿って申請者における製造体制の整備や承認後円滑に医療現場に提供するための対応が十分になされることで、更なる迅速な実用化を図かろうとしています。

 (2) 2017年に承認されたNME含有稀少疾患用医薬品8品目の概要

5. ムンデシンカプセル(ムンディファーマ):

【効能・効果】再発又は難治性の末梢性T細胞リンパ腫。 【薬効・薬理】有効成分のフォロデシン(folodesine)は,PNP(プリンヌクレオシドホスホリラーゼ)を阻害し,細胞内に蓄積された2’-デオキシグアノシン(dGuo)がリン酸化され,2’-デオキシグアノシン三リン酸(dGTP)が蓄積されることにより,アポトーシスを誘導し,腫瘍の増殖を抑制すると考えられている。 創薬会社のバイオクリスト(BioCryst Pharmaceuticals)社は、米国(AL州)での癌、自己免疫疾患、ウイルス感染の治療薬が専門のバイオベンチャー。

【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/770098_4291050M1027_1_01.pdf

6. ニンラーロカプセル(武田薬品):

【効能・効果】再発又は難治性の多発性骨髄腫。 【薬効・薬理】有効成分の経口プロテソーム阻害剤イキサゾミブ(ixazomib)は、20Sプロテアソームのβ5サブユニットに結合 し、キモトリプシン様活性を阻害することにより、腫瘍細胞のアポトーシスを誘導し、腫瘍増殖を抑制すると考えら れている。

【添付文書】:https://www.takedamed.com/mcm/medicine/download.jsp?id=1212&type=ATTACHMENT_DOCUMENT

7.ケイセントラ注(CSLベーリング):

【効能・効果】血液凝固第IX因子として、ビタミンK拮抗薬投与中の患者における、急性重篤出血時、又は重大な出血が予想される緊急を要する手術・処置の施行時の出血傾向の抑制。 【薬効・薬理】有効成分のヒト・プロトロンビン複合体は、血液凝固第II・第VII・第IX・第X因子、プロテインC及びプロテインSを含有し、血液凝固第II、第VII、第IX及び第X因子は肝臓でビタミンKの存在下で生合成される血液凝固因子である。本剤は、ビタミンK拮抗薬の投与により減少したこれらの因子を補充することにより出血傾向を抑制する。

【添付文書】:http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/drugdic/prd/63/6343449D2020.html 

11. ジフォルタ注射液(ムンディファーマ):

【効能・効果】再発又は難治性の末梢性T細胞リンパ腫。 【薬効・薬理】有効成分のプララトレキサート(pralatrexate)は、葉酸からジヒドロ葉酸、及びジヒドロ葉酸からテトラヒドロ葉酸への還元反応を触媒するジヒドロ葉酸還元酵素を競合的に阻害することにより、腫瘍細胞のDNA合成を阻害し、腫瘍の増殖を抑制する。

【添付文書】:http://ptcl.jp/pdf/difolta.pdf 

12. イストダックス点滴静注剤(セルジーン):

【効能・効果】再発又は難治性の末梢性T細胞リンパ腫。 【薬効・薬理】有効成分のロミデプシン(romidepsin)は、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)の活性を阻害する。HDAC活性阻害によりヒストン等の脱アセチル化が阻害され、細胞周期停止及びアポトーシス誘導が生じることにより、腫瘍増殖が抑制されると推測されている。 【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/380809_4291440D1026_1_01.pdf 

13. スピンラザ髄注(バイオジェン):

【効能・効果】乳児型脊髄性筋萎縮症(SMA:指定難病 3)。 【薬効・薬理】有効成分は、核酸医薬ヌシネルセンナトリウム(nusinersen Sodium: 分子量7500.89)で、そのヌシネルセンはアンチセンスオリゴヌクレオチドであり、SMN2 mRNA前駆体のイントロン7に結合し、エクソン7のスキッピングを抑制することで、エクソン7含有SMN2 mRNAを生成させ、完全長SMNタンパクを発現させることにより脊髄性筋萎縮症に対する作用を示す。

【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/630499_1190403A1022_1_02.pdf 

22. ダラザゼックス点滴静注(ヤンセンファーマ):

【効能・効果】再発又は難治性の多発性骨髄腫(指定難病 270)。 【薬効・薬理】有効成分のダラツムマブ(daratumumab)は、ヒトCD38に結合し、補体依存性細胞傷害(CDC)活性、抗体依存性細胞傷害(ADCC)活性、抗体依存性細胞貪食(ADCP)活性等により、腫瘍の増殖を抑制すると考えられている。

【添付文書】:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/800155_4291437A1028_1_01.pdf 

24. バベンチオ点滴静注(メルクセローノ):

【効能・効果】 根治切除不能なメルケル細胞癌。 【薬効・薬理】有効成分のアベルマブ(avelumab)は、ヒトPD-L1に対する抗体であり、PD-L1とその受容体であるPD-1との結合を阻害し、腫瘍抗原特異的なT細胞の細胞傷害活性を増強すること等により、腫瘍の増殖を抑制すると考えられる。

【添付文書】:http://database.japic.or.jp/pdf/newPINS/00067176.pdf 

(3) まとめ

昨年に承認された希少疾病用医薬品8品目ですが、その内6品目は腫瘍治療薬であって、難病指定を受けている難治性希少疾患の治療薬(オーファン薬)は唯一品目で、乳児型脊髄性筋萎縮症(SMA)治療剤の「スピンラザ髄注」のみでした。本剤は遺伝性難病の原因遺伝子を直接治療しての根治療法を目指す医薬品で、我国初のアンチセンス核酸医薬品とのことで、幸いに欧米主要国とほぼ同時に承認されました。

遺伝性希少難病の治療方法として、遺伝子編集の技術開発にも期待が持たれていますが、その代表的なCRISPR-Cas9遺伝子改変で、広範囲に遺伝子変異を高い頻度引き起こす恐れがあることが報告され、実用化までにはまだ時間が必要なようです。

一方、スピンラザ髄注の薬価は932万円/バイアルと非常に高価で、一人当たりの年間薬剤費は、2,796万円となります。薬価算出において、希少疾病用医薬品についてはその大部分が新薬創出等加算の優遇を受けているための異常な高薬価です。指定難病患者の医療費の負担は、大部分を健康保険など公費で負担していることから、研究開発へのインセンティブを与えつつもより合理的な薬価算定方法が必要となるでしょう。

                                      (田中邦大)

米国FDAがエダラボン(三菱田辺製薬)をALS進行を遅らせる治療薬として認可した

2017年5月16日
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2015年、137人のALS患者さんが参加したエダラボンの効果を調べる第3相治験で、エダラボン静注によって筋肉低下が33%程度抑えることができるという結果が得られた。この結果を検討した米国FDAは、5月5日、エダラボン(米国ではRadicava)をオーファンドラッグ指定として認可した。FDAにより効果が認められたALS治療薬はなんと20年ぶりになる。(西川記)

5月4日:自閉症と健康III (Autism Speaks特別レポート)

2017年5月4日
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最終日の今日は「自閉症と精神衛生」、「自閉症と早死に」について紹介する。
V. 自閉症と精神衛生
  正直、この内容は患者さんや家族を混乱させるだけかもしれないと心配する。というのも、私が読んでいて内容が一般向けというより、自閉症の方々を診察している一般医向けではないかと印象を持った。そのことをまず断って紹介したい。
   自閉症だけでなく、多くの精神疾患の背景に、発生過程で起こる神経ネットワーク形成の様々な異常が存在すると考えられるようになっている。実際、論文を調べると、自閉症の30-61%が注意欠陥・多動性障害(ADHD)、11-42%が不安障害、7%の児童、26%の成人がうつ病、4-35%の成人が統合失調症、6-27%が双極性障害を併発しているという報告がある。しかし、本当に併発しているのかを診断するのは難しい。そのため、専門家により自閉症と他の精神疾患を区別するためのガイドラインが発表されている。
自閉症とADHD
ADHDでは、注意力欠陥、多動、衝動的行動により、学校で物事に集中できず不注意なミスを繰り返す結果、社会性の発達や学習が阻害される。一般児がADHDに罹る確率は6-7%だが、自閉症児になると30−61%と跳ね上がる。Autism Speaksによる調査で、自閉症児の半数にADHDが認められ、両方が併発すると生活の質が著しく阻害されるにもかかわらず、1割程度しか適切な治療を受けていないことが明らかになった。
   この理由は2013年まで、米国精神医学会のガイドラインで、ADHDと自閉症は併発しないとされていたからで、2013年以降この考えは改められた。それでも、両者の症状は似ており、どう区別するかさらなる研究が必要だ。
  一方小児科雑誌Pediatrisは自閉症児のADHDを診断するガイドラインを発表し、精密な診断の上で個人に適合した投薬が必要であることを強調している。
自閉症と不安症
   自閉症に不安症が併発する確率は11-42%と論文ごとに違う。ただ、一般成人でも15%と不安症の比率は高い。とはいえ、新しい人に会ったり、人混みを極端に恐れ、一旦始まると不安を抑えることが難しいのは自閉症児の不安症の特徴で、成人後も続くと考えられている。要するに自閉症児は変化を嫌うと考えればいい。
   不安症についての最大の問題は、会話が難しいケースでは診断が難しいことで、研究が進められている。
   2016年Pediatrics誌は自閉症に併発する不安症を認識し治療するためのガイドラインを発表している。このガイドラインが最も重視している点は、自閉症の人たちが不安な気持ちを伝えられないことで、実際の症状、例えば動悸、筋肉の緊張、腹痛などの症状を通して診断しなければならない点だ。不安は様々な行動を誘導する。例えば頭や体を激しく揺らしたり、場合によって壁に頭をぶつけたりするSelf-soothing(自慰)行動や反復行動、あるいは急に反抗的になったりすることがこれにあたる。ガイドラインでは個人の症状に合わせた認知行動治療の有効性を述べているが、実施となると難しい。(認知行動治療では論理的思考、ロールプレイ、勇気を思い浮かべる、徐々に恐れのもとに近づくなどで、ネガティブな感情を克服させる。自閉症児用のプログラムも作られており、例えば漫画の主人公を使って困難を克服させる訓練など。言葉や知能に問題のない自閉症では特に論理的な思考により不安を克服できることがある。)
行動治療やカウンセリングで改善が見られない場合薬剤治療が行われるが、自閉症の不安症に効果が証明された薬剤はまだないと言っていい。従って、一般に処方されるセロトニン再吸収阻害剤(プロザックなど)が処方されるが、自閉症の人には効果が低いことが報告されている。
自閉症とうつ病
   自閉症児の7%、成人の26%がうつ病を併発すると報告されている。このように、うつ病は成長とともに増加する。これは自閉症の人たちが社会から孤立することと関係する。従って、正常のIQを持つ自閉症の人については常にうつ病の可能性を考慮する必要がある。
  長期間にわたって憂鬱感、絶望感、無価値感、虚無感などが続き、活動量が低下、そして自殺を考え実行するなどがうつ病の症状だが、自閉症の症状とも重なるので診断が難しい。これに対しては2015年に自閉症児のうつ病診断のためのガイドラインが発表されている。
   10歳を過ぎると、うつ病の自閉症児の自殺傾向は高まる。これは知能と関係ない。
  認知行動治療の効果が期待できることが示されている。一方、薬剤治療については自閉症に特異的な治療法はなく、一般人と同じ薬剤が処方される。ただ、自閉症の人たちは、眠気、興奮、イライラなどの副作用が多い傾向にある。
自閉症と統合失調症
   両者の関係については、長年議論されてきているが、現在も背景には多くの共通の要因があると考えられているが(例えば妊娠時の炎症、遺伝的背景など)、1990年代に両者が異なる病態であることはほぼ確認された。最も大きな違いは幻覚のような精神異常は自閉症には見られないこと、及び発症年齢だ。
重要なのは両方の疾患が高率に併発することで、統合失調症と診断された成人のどの程度に自閉症が併発するか調査が望まれる。
自閉症と双極障害
   双極障害は、躁と鬱が繰り返す気分障害だが、自閉症との併発率については6%から27%と論文により大きく異なっている。例えば躁状態で初対面の人と話し込んだり、不適切な言葉で傷つけるなどは自閉症でも見られるため、過剰に診断されているのではと専門家は警告している。
   これは、双極障害治療に使われるリチウムで起こる喉の渇きや震えといった副作用が、自分の状態を伝えるのが下手な自閉症児では気がつかれず、命に関わるためで、より安全なバルプロン酸の投与から始めるのが推奨されている。
VI 自閉症と早死に
   自閉症児の平均寿命が36歳という驚くべき結果はすでに述べた。この結果は自閉症の人の平均寿命が54歳と示したスウェーデンの大規模調査でも確認されている。
  すなわち自閉症の人たちは早死にする危険があることを示している。最大の理由は事故死で、例えば自閉症の子供の水の事故は正常児の160倍に達することが報告されている。スウェーデンの統計では、自殺及びてんかん発作による死亡が自閉症では8倍高い。ただこれに加えて、冠動脈疾患、消化器疾患、呼吸器疾患など他の病気での死亡率も自閉症では高いことが示されており、さらに詳しい調査に基づいて、早死にを予防する方法の開発が望まれる。
以上3日間にわたってAutism Speaksの特別レポートを紹介した。私自身の感想だが、自閉症の研究を推進し、様々な重要な情報を発信できる患者団体が存在する米国をはじめ寄附先進国を本当に羨ましいと思った。
カテゴリ:疾患ナビ論文ウォッチ

5月3日:自閉症と健康 II(Autism Speaks 特別レポート)

2017年5月3日
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今回は「自閉症と睡眠」と「自閉症と食事」についてレポートの内容を紹介する。

III 自閉症と睡眠障害

  最近の論文によると、自閉症の人たちの半数が、寝つきが悪い、なんども目がさめる、朝起きるのが極端に早いなどの睡眠障害を持っている。これに昼間の行動障害が加わり、学習を妨げ生活の質を落としてしまう。
   同時に睡眠障害の子供を持つ親も、徘徊して事故が起きるのではと、睡眠が障害され、強いストレスにさらされている。実際、4歳を超えると徘徊による事故は命に関わる。
   自閉症に伴う睡眠障害は病気として捉える必要がある。例えば自閉症の場合概日周期(夜と昼のリズム)に関わる遺伝子の変異する確率が2倍高い。   就寝中に起こるてんかん発作で睡眠が妨げられている場合があること、自閉症の人の11-40%が様々な不安障害を抱えていること、も知られており、これが睡眠障害の原因になることを念頭におく必要がある。
   脳波を調べる睡眠相の研究も行われており、自閉症の場合動眼神経が活動するREM睡眠の比率が少ないことがわかっている。このレポートではREM睡眠をそのまま夢を見ることと関連させているが、最近の研究ではREM=夢という通説は間違っていることがわかっており、頭頂後頭皮質のような夢中枢の研究が今後必要になると思う。
他にも、メラトニンの分泌が少ないなど研究は着実に行われている。もしこの結果が正しい場合、メラトニンの投与は治療のための選択肢になる。
現在睡眠障害の治療として期待されているのは、バンダービルト大学で開発された、自閉症児の親に対する教育プログラムで、ワークショップでは、両親に日中の運動とアウトドアでの活動の重要性を説き、子供が決まった時間に就寝し、途中で起きてもすぐに寝るための様々な方法を教えている。ワークショップ参加者の声から判断すると、このプログラムは効果があるようで、同時に両親もストレスから解放されることができたと述べている。

IV 自閉症と摂食障害


   最近の総説論文によると実に70%の自閉症スペクトラムの子供に何らかの摂食障害が見られ、36%は重い摂食障害と診断される。
   限られた種類の食物や、特定の色や口当たりの食べ物しか口にしなかったり、食事を中断するなどが症状になる。ただ、全てが精神的な症状ではなく、例えば運動障害によって咀嚼や嚥下機能が低下していたり、胃から腸への排出が遅れたりする場合もある。
以上は摂食障害(feeding disorder)だが、食欲や食行動の異常(eating disorder)、すなわち食べなかったり食べ過ぎたりする行動異常もしばしば見られる。
慢性的な過食症は、子供だけでなく、成人しても見られる異常で、満腹感が低下していることが多い。また、自閉症児は食物の匂いや口当たりに感受性が高く、その結果決まった高カロリー食品を偏食することになる。この場合、肥満になるだけでなく、栄養素によっては不足することになる。自閉症治療に認可されているリスペリドンも食欲増強作用があるので注意する必要がある。
異食症
  食べ物とは言えない様々なもの、例えば釘、ガラス片、時には壁から禿げた塗料や消毒材など、を口に入れる異食症は、知的障害を持つ自閉症児にとっては命に関わる重大な事故につながり、最も注意の必要な症状になる。
  幸い、行動治療の効果が出ると、異食症も改善する。
   最近アトランタの自閉症センターから、異食症を改善するプログラムが発表されている。このプログラムでは、セラピストが自閉症児に、問題となる様々なものを示し、子供が避けると褒美を与えたり、興味を違う対象に向けさせたり、間違ったものを食べるのを止める気持ちをもたせたりするセッションを繰り返す。必要な場合、なんと87セッションが行われる。
   現在短期効果については確認されているが、長期効果がわかるためには今後の追跡調査が必要。
摂食障害対策
  家庭で対応しきれないことが多い。このレポートでは、医師、栄養士、介護士からなるチームによる、食生活の診断、それに基づく治療プログラム作成、そして児童に対する個別指導などの必要性が強調されている。
  特に、
1) 野菜、果物、タンパク質など、どれかを完全に避ける、
2) 特定のブランド、あるいは特定の形や色の食品しか食べない、
3) 食べさせようとすると、口を閉ざしたり、嘔吐したり、食事を中断する。
4) 食べ物に興味を示さない。また褒めても反応しない。
5) 専門家により咀嚼などの運動障害があると診断される。
6) 専門家により栄養不足と診断される。
などの項目の2つ以上が認められるときは、治療が必要。
過食症:
   最近の研究によれば、過食は早期から始まり、2−5歳の自閉症児の16%が肥満であることが明らかになった。これは正常児の10%と比べると明らかに高い。原因か結果かは明らかでないが、過食児の多くは、複数の向精神薬を服用している場合があり、専門家とよく相談して治療方針を決める必要がある。
   治療としては、偏食を治し、量を減らし、エクササイズを進めるといった一般的な方法しかない。冷蔵庫や食べ物の保存場所に鍵をかけるのも対策の一つになる。自閉症を持つ家族のためのマニュアルが公開されており、この利用も対策の一つになる(我が国の状況は把握できていない)。
問題は、アウトドアでのエクササイズといっても、自閉症児には難しいことが多い点で、これがもとになって、両親のストレスが増えるようでは元も子もない。行動異常や知的障害のある子供達も可能なメニューの開発が望まれる。

最終回の明日は精神的な問題について紹介する。
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5月2日:自閉症と健康 I(Autism Speaks(NPO)の最新レポートより)

2017年5月2日
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このブログは第一線の学生や研究者に読んでいただいているが、難解な表現が多くあるにもかかわらず、専門外の方々にも読んでいただいている。そこで今日から3日間は連休特集として、論文紹介ではなく、最近Autism Speaksと呼ばれる米国NPOから発表された「Autism and health(自閉症と健康)」と題された特別レポートを紹介しようと思っている。このレポートはAutism Speaksのウェッブサイトからダウンロードできる
   このレポートの目的は、自閉症自体の治療ではなく、自閉症の患者さんがかかりやすい様々な病気についてわかりやすく解説することだ。内容は、
1) 自閉症とてんかん
2) 自閉症と消化器の異常
3) 自閉症と不眠
4) 自閉症と食事
5) 自閉症と精神衛生
6) 自閉症と突然死
からなっており、自閉症の方々に起こりやすい病気をあらかじめ知ってもらって、できるだけ健康な生活を送ってもらうための情報を提供している。
   私は自閉症の専門家では全くないが、このレポートの前書に、「自閉症を持つ人たちの平均寿命が36歳である」と書かれているのに驚いた。これを知ると、自閉症を全身疾患として捉え直し、少しでも健康な生活を送ってもらうことを目的とするこのレポート重要性は計り知れない。本来ならAutism Speaksの許可を得て紹介するのが筋だろうが、日本の人にも正確な情報が届くなら、おそらく問題にはなるまいと、私の一存で紹介することにした。
自閉症とてんかん
   てんかんの発症率は1-2%だが、自閉症の方ではなんと発症率が20-33%で、就学前と思春期に発症のピークが見られる。自閉症の約1/3を占める知的障害(IQ70以下)を併発するケースで発症率が高くなる。    21編の論文をまとめた最近の研究は、てんかんが自閉症の死因の7−30%を占めることが示されており、自閉症の健康を守るための最優先項目になっている。
   症状としては、1)何かをじっと見つめる発作、2)筋肉硬直、3)四肢の不随意発作などが特徴的だが、もともとてんかん自体は多様な症状を示すので診断は専門家に相談することが最も大事だ。てんかんが自閉症に多いことをしっかり認識するのが、患者さんや家族にとって重要な点だ。
    てんかんの治療については専門家に任せることになるが、症状を抑える抗てんかん剤は約2/3の患者さんに効果がある。効かない場合は、迷走神経刺激、あるいはてんかん発作の引き金を脳領域を外科的に除去する場合もある。
   最近自閉症とてんかんを誘導する様々な遺伝的異常が明らかにされてきた。それぞれは、特定の遺伝子の変異による特異的な病気だが、共通のメカニズムがわかると、多くの患者さんに利用できる治療法の開発が期待できる。
自閉症と消化器異常
  2014年、自閉症児は正常児と比べて8倍、慢性の消化器症状を示すことが明らかにされた。腹痛、腹部のガス、下痢、便秘、排便痛などが症状で、一般的に自閉症の症状が重いほど、腹部症状も重い。特に、コミュニケーションが取りにくい子供で症状が重くなるので注意が必要。
   
自閉症児のお母さんの観察にヒントを得て研究が行われ、細菌の毒素が消化管と脳をつなぐ迷走神経を刺激して、脳に影響を及ぼすことを発見している。すなわち、腸の細菌叢は自閉症児の行動異常を悪化させることがある。 今年、自閉症児の腸内細菌叢を調べた研究が発表され、1)毒素を持つクロストリジウムのような細菌の比率が高いこと、2)このような細菌の増殖と腸内での炎症反応がセロトニンなどの神経伝達物質のバランスを変化させることが示された。この結果を受けて、正常児の細菌叢を移植する臨床治験が始まっている。
これらの例からわかるように、自閉症のケアは常に消化器の異常の可能性を念頭に置いて進める必要がある。その例として、
慢性の便秘:一過性の便秘と異なり、持続的で腹痛を伴い、場合により直腸裂傷、痔、脱肛などに発展する。コミュニケーションがうまくとれない子供では発見が遅れ、重大な結果につながることがあるため、子供の様子がおかしいと思う場合(背中をそらせて弓なりの体位をとる、お腹を押さえる、歯をくいしばる)場合は医師に相談する必要がある。便秘は腸内細菌叢を変化させ、様々な行動異常を悪化させることもある。
   原因としては、1)無グルテン食や偏食により食物繊維がとれない、2)リスペリドン(リスパダール)などの向精神薬、3)行動異常に伴うトイレ習慣の乱れ、が主なものだが、腸管の奇形や運動異常など器質的変化も常に考慮が必要。
(無グルテン食が自閉症の症状を改善するというレポートが出されているが、統計学的にしっかりと計画された治験でほとんど影響がないことが明らかにされている。特殊なケースを除くと、無グルテン食など制限食により食物繊維不足になる方が心配)
  治療は、薬剤治療と行動治療を並行して行うが、家庭としてはできるだけ食物繊維をとらせるよう心がける。

慢性下痢:下痢が続く場合は様々な疾患を考えることが必要。自閉症の場合に注意が必要なのは、便秘が原因で下痢が続くことがある点だ。原因を特定することが重要で、もちろん医師の指示に従う。
胃食道逆流症も自閉症児にはよく見られるので注意が必要。喉に引っかかった感じや胸焼けを訴える場合はこの病気が隠れていることがある。結果、食が細ったり、就寝前の食事を避けるようになる。また、会話が難しい子供は、自損行動や反抗的な態度として現れることもある。
治療は制酸剤、ヒスタミン阻害剤、プロトンポンプ阻害剤で治すことができる。
ヨーグルトなどのプロバイオの効果は、まだ動物実験段階で、統計学的に信頼に足る治験は行われていない。宣伝に惑わされないことが重要。
明日は睡眠障害、食事についての内容を紹介する。
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8月7日:最近の膵臓ガン研究:IV (最終回)膵臓ガンの間質

2016年8月7日
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   一般的にはあまり知られていないが、膵臓ガンを語るときに忘れてならないのが、ガンの発生場所に起こる複雑で強い間質反応だ。間質反応とは、ガンの周りに線維芽細胞が増殖し、コラーゲンが分泌され、その中に様々な炎症細胞や血管が複雑に絡み合った構造ができることを意味する。
  他のガンでもガンが浸潤すると多かれ少なかれ間質反応は起こってくるのだが、膵臓癌では特に強い。その結果組織手術ができず、バイオプシーで診断する場合、腫瘍内から採取された組織にガンが見つからないことすらある。また間質反応が強いと、多くのエネルギーを消費する悪性のガンも、実際には血流に乏しい低酸素状態にさらされているのではと考えられている。また、血流が悪いと薬剤の浸透も悪くなる。さらには、間質の反応によりガン免疫を抑える抑制性T細胞の浸潤が増え、ガン免疫が働きにくいことを示す論文も多く発表されている。
       これらの事実は膵臓ガンの悪性度を含む様々な性質は、間質を除いて考えることは難しいことを示している。
   事実、膵臓ガン組織のガンと間質を一つの単位として遺伝子発現を調べることで膵臓ガンを、1)扁平上皮型、2)成熟型、3)未熟型、4)免疫細胞型の4型に分類でき、扁平上皮型が最も悪性度が高いことが最近報告された(Bailey et al, Nature 531:47, 2016)。面白いのは、変異遺伝子の発現からだけではこのような分類が不可能なことで、膵臓ガンの間質の重要性を物語る。
   「膵臓ガンは進行性」+「膵臓ガンは間質反応が強い」の2つの性質を単純に足し算して間質反応が膵臓ガンを悪性にさせているという考えが長く通説になっていた。事実間質反応の強さが膵臓ガンの予後を決めているというコホート研究成果も発表されている(Erkan et al, Clin Gastroenterol. Hepatol. 6:1155, 2008)。従って、膵臓ガンの制御にはガン自体だけでなく間質反応を制御する必要があると考えられ、研究が続いている。
   最近の例を紹介すると、膵臓ガンの間質には強くビタミンD受容体が発現しており、ビタミンD受容体刺激剤を注射すると、ガンの周りの炎症と、間質反応が強く抑制され、その結果薬剤がガンに取り込まれ、ガンの化学療法の効き目が高まることがソーク研究所から報告されている(Sherman et al, Cell, 80. 2014)。
  またワシントン大学のグループは膵臓ガンの動物モデルで、ガン組織ではFAKと呼ばれる細胞と間質との相互作用を調節する分子の発現が間質反応とよく相関し、この分子をVS-4718と呼ばれるキナーゼ阻害剤で抑制すると、薬剤の効果が高まり、なんと今はやりのチェックポイント治療ではほぼ完全にガンを消滅させられることを報告している(Jiang et al, Nat Med, 22:851, 2016)。
   ここで紹介した薬剤は明日からでも使える薬剤で、私見だが十分考慮に値すると思える。

   ところが最近、ガンの間質反応が必ずしも悪い効果だけでないことを示唆する論文が相次いで報告された。
最初の論文では膵臓ガンが分泌するShhが間質反応の引き金役であるという発見に基づいて、この分子を欠損させた膵臓ガンを作成し、間質反応がShhで誘導されるか調べている。結果は予想通りで、Shh欠損ガンでは間質反応が強く抑えられたが、予想に反してガンの増殖は高まったという結果だ。この効果は血管新生を抑制すると消えるので、間質反応は血管新生を抑制してガンを抑えると結論している(Rhim et al, Cancer Cell 25:735, 2014)。
もう一つの論文では、間質の活性化線維芽細胞を薬剤で除去できるようにしたマウスを使って、ガン増殖に及ぼす線維芽細胞の役割を調べ、線維芽細胞を除去すると膵臓ガンの増殖が亢進することを示している(Cancer cell, 25:719, 2014)。
  臨床的にも、間質反応の強い膵臓ガン患者さんの方が予後が良いという論文もジョンホプキンス大学から出されており(Bever et al, HPB(Oxford), 17:292, 2014)、膵臓ガンの間質反応の意義についてはさらに研究が必要だ。
   ただどちらの意見をとるにせよ、ガンの間質が膵臓ガンの性質が決まるのに大きな役割を演じており、また血管新生や、ガンに対する免疫反応に大きな影響があることは間違いない。
最初紹介したように、これら間質反応を分子レベルで理解することが徐々にできてきた。また、間質の様々な細胞に働き、膵臓ガンの進行を遅らせることが確認された薬剤も増えてきた。この意味で、膵臓ガンの間質反応についての研究は治療に直結している。
   最終回は、「膵臓ガンの間質反応は極めて複雑で、good or badといった2者選択の問題ではない。先入観を排しデータを十分吟味することから、その多面的役割が明らかにされる。幸い、ビタミンDやFAK阻害剤などすぐ臨床で確かめられる成果が集まっている」とまとめておく。
       全体をまとめると
「他のガンと比べても、膵臓ガンは研究者の層も厚く、論文の数も増えてきている。また、紹介したように、やる気になれば明日からでも可能な治療が少しづつ集まってきた印象だ。我が国の研究の現状は把握できていないが、世界レベルでは着実に研究は進化しており、十分期待できる。    一方新薬、リパーパシングを問わず薬剤の治験を推進する必要があるが、それを進める枠組みを早急に整備する必要がある。薬剤が複数の会社にまたがる場合、治験は誰が主体になり、費用はどうするのかなど、問題が多い。私は、膵臓ガンと戦いたいと思う患者さんや市民を中心にこのような枠組みが作られることが重要だと思っている。「パンキャンジャパン」など膵臓ガンには活発に活動する団体が存在する。ぜひ、このような運動が主導する議論が深まることを期待したい。
最後に、今ガン治療で最も注目されている、ガン免疫療法や、チェックポイント阻害治療については複雑すぎて、まだ頭の整理がつかず、今回は割愛した。またいつか、ガンに対する免疫治療として改めてまとめてみたいと思う。
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8月6日:最近の膵臓ガン研究:III RAS阻害剤の開発

2016年8月6日
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分子標的薬
他のガンと同じで、膵臓ガンも、早期発見して、手術、あるいは手術と放射線療法の組み合わせで治療するのが完治のための王道だ。ただ発見が遅れるケースが多いため、どうしても抗がん剤に頼らざるを得ない。現在膵臓ガンに使われる抗がん剤は、様々なメカニズムでDNA合成を阻害する薬剤で、ガン以外の細胞も影響を受けるため、副作用が出る。これに対し、それぞれのガンのドライバー分子を標的にした薬剤の開発が進んでおり、分子標的薬と呼ばれている。
膵臓ガンのドライバーRAS
Rasはラットの肉腫を発生させるウイルスから発見された発がん遺伝子で、KRAS、HRAS、NRASの3種の遺伝子どれかに活性化型変異が起こるとガン化することがわかっている。生命科学、特に細胞内のシグナル伝達について学んだことがあれば、最も重要なGタンパク質としてその機能を詳しく教えられたはずだ。
しかし、一般の方にとってはRASは耳慣れない名前だと思う。ここで詳しい講義をする余裕はないので、
1) Rasは細胞内のシグナルネットワークの中心分子で、増殖、分化、代謝、そして細胞死に至るまで様々な過程に関わっていること。
2) K-rasが欠損してもマウスは生まれてくるが、主に貧血が原因で2週間以内に死亡すること。
3) N-ras, H-rasが欠損してもマウスの生命や生殖に影響がないこと。
4) しかし、どのRASも一旦突然変異を起こして活性化されっぱなしになると、発がんのドライバーになること。
5) 人間のガンのほぼ3割がいずれかのRASの変異をドライバーとして使っていること、
6)  そしてほとんどの膵臓癌は変異型KRASがドライバーになっていること、
を知っていただけば十分だろう。
RASに対する分子標的薬の困難
このようにもし膵臓ガンに対する薬剤を開発したいと思うなら、まず変異型RASの阻害剤を開発するのが最も近道だ。もちろん膵臓ガンだけでない。同じ変異が他の多くのガンでも見られる。RAS阻害薬が開発されれば、その恩恵を受ける患者さんの数は膨大な数に上る。
1982年発がん性のある変異RAS 分子が人間のガンで発見されて以来、アカデミア、製薬企業を問わず、多くの研究者がRAS阻害剤の開発に乗り出した。しかし30年経った今日でも、臨床現場で使える活性化RASの阻害剤は皆無で、しかもほとんどの大手製薬会社が開発から撤退してしまった。
この失意の歴史についてはNatureのコラムニストHeidi Ledfordが2015年7月1日発行のNatureに詳しく紹介している。
この歴史から、RAS阻害剤開発の困難は、RASとGTPとの結合が極めて強固な上に、阻害剤が入り込むポケットが見つからないというRASに共通の分子構造にあることがわかる。
RAS阻害剤の開発の現状
もちろん大手が撤退しても、研究は続けられており、最近3年間で私が目にしたKRASを直接標的とした薬剤開発の論文は4編あった(Ostrem et al, Nature 503:548, 2013, Hunter et al, PNAS 111:8895, 2014, Lim et al, Angew Chem Int Ed 53:199, 2014)。いずれも全ての活性化型KRAS変異を対象にする代わりに、KRAS12番目のグリシンがシスティンに置き換わったG12C変異を対象にし、薬剤を変異したシスティンに共有結合させてKRAS機能を抑制する戦略を採用している。ポケットに入り込めないのなら、変異したアミノ酸に直接化合物を共有結合させるというアイデアは説得力がある。しかし残念ながら、これらの阻害剤はまだ試験管内で分子機能を阻害するという段階で、私が調べた限り細胞を用いた実験の報告はない。
少し変わり種では、化学化合物の代わりに、分解性のバイオポリマーに包んだRNAiのタブレットを膵臓ガン患部に植え込む方法で、マウスモデルの膵臓ガンを縮小させる報告も発表されているが(Khvalevsky et al, PNAS 110:20723, 2013)、直感的に臨床応用は難しそうに思う。
この現状を見ると、KRASを直接の標的とする薬剤の開発は今も出口が見えていないと言わざるを得ない。
RAS下流シグナルの阻害剤
代わりに研究が加速しているのがRASを直接の標的にするのではなく、RASの下流で働く分子や、RASにより新たに生まれるガンの弱点に対する治療法の開発で、到底紹介できない数の論文が発表され、研究は加速している。また、治験登録サイトClinicaltrial.govを調べても、40近い治験が進んでいる。当面、患者さんたちが期待をかけることができるのは、この方向の研究だろう。
私が目にした論文から幾つか紹介しよう。
RASが活性化し、増殖が昂まると正常の細胞にはない弱点が生まれてくる。例えばKRASが活性化するとブドウ糖代謝が亢進し、その結果ブドウ糖欠乏に弱くなるため、ブドウ糖類似体を使ってガン細胞を選択的に殺せることが報告されている(Kerr et al, Nature 531:110, 2016)。
今月号のCell Reportsに報告された論文は、KRASにより誘導されるAXSL3は、ガン細胞の脂肪代謝を増殖を促進できるよう編成し直す酵素で、この分子をKRASによるガンの増殖抑制のための分子標的に利用できることを示している。
この方向の研究は、ガンを完全に叩くという目的には合致しないかもしれない。しかし、ガンを弱める目的では今後かなり有望な方法になるのではないかと期待している。特に、糖代謝や脂肪代謝経路の阻害剤については各製薬会社はデータを蓄積しているはずだ。
もう一つの開発方向が、RASの下流で働くシグナル伝達経路を標的にする薬剤の開発で、論文の数も多く、現在の研究の焦点になっていると言える。
最後に、今年私が目にしたこの方向の論文の中で、臨床へ応用への期待が持てるだけでなく、明日からでも治験が始められると思った2編の論文を紹介して終わろう。
最初は4月21日号のCellに掲載されたマウントサイナイ病院からの論文で(Krishna et al, Cell 165:643, 2016)、 KRASの分子構造に似た化合物(Rigosertib)を使ってKRASと下流のシグナル分子が連結できないようにする化合物で、動物実験レベルでは期待できる結果が示されている。この論文の重要性は、この研究に使われたRigosertibが骨髄異形成症候群の治験に使われていることで、膵臓ガンにも当然治験を始めることは可能だろう。
最後はスローンケッタリング研究所からの論文で(Manchando et al, Nature 534:647, 2015)、KRAS下流でシグナルを伝えるMEK分子の阻害剤(Trametinib)とFGFR1の阻害剤(Ponatinib)を組み合わせると、RASをドライバーとするガンの増殖を抑制できることを示している。この研究で使われたTrametinibはすでに悪性黒色腫で利用されており、Ponatinibも白血病治療の治験が進んでいるはずだ。
もちろんこれらの薬剤を膵臓ガンに使うためには、まず治験を進めることが必須だが、RASの下流を標的にする薬剤開発分野は期待できる。
以上を私なりにまとめると次のようになる。
「膵臓ガンに対して現在使われている抗がん剤治療は、出来る限りガンのゲノムを調べ、DNA修復に欠損があるケースを選んで使ったほうがいいだろう。もし、DNA修復機能に異常がない場合は、今の時点で今日紹介したようなRAS下流のシグナルを抑える薬剤の組み合わせのほうが期待できる。今日紹介した論文のように、すでに臨床で使われている薬剤で効果が示される場合は、早期に治験が行われることを期待したい」
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