11月25日 サイトカインストームがなぜ危険か?(11月13日 Cell オンライン掲載論文)
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11月25日 サイトカインストームがなぜ危険か?(11月13日 Cell オンライン掲載論文)

2020年11月25日
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Covid-19だけでなく、ウイルス疾患の肺炎や重症化にサイトカインストームが関わることは明らかで、このサイトカインストームを抑えるための様々な薬剤が試されてきた。重症例の標準治療として効果が確認されているデキサメサゾンの効果の一部も、サイトカインストーム抑制によると考えていい。しかし、例えば期待されたIL-6抑制治療が期待ほど効果をあげなかったことから分かる様に、我々はサイトカインストームと診断をつけてわかった気になっていたが、本当はその本態について何もわかっていなかった様だ。特に、サイトカインストームがなぜ危険なのかについて、具体的に理解できていなかった。

今日紹介するメンフィスのSt.Jude小児病院からの論文は、サイトカインストームで上昇が見られる一つ一つのサイトカインの細胞死誘導効果を調べ、この活性と病態を相関させようとした研究で11月13日Cellにオンライン掲載された。タイトルは「Synergism of TNF-α and IFN-γ triggers inflammatory cell death, tissue damage, and mortality in SARS-CoV-2 infection and cytokine shock syndromes (TNFαとIFNγが共同して新型コロナウイルス感染時の炎症性の細胞死、組織障害、そしてサイトカインショック症候群の引き金を引く)」だ。

これまでの研究は、サイトカインストームで(CS)で上昇するサイトカインを抑制して症状が軽減するか調べる研究が中心だった。この研究では、サイトカインが致死的な炎症を起こすのは、誘導されたサイトカインが細胞死を誘導するからだと考え、直接症状との関わりを調べる代わりに、 CSで誘導される様々なサイトカインを組み合わせて骨髄由来マクロファージの細胞死を誘導できるか調べた。

その結果、CS で上昇する全てのサイトカインを混合したミックスは当然のことながら、その中のTNFαとIFNγの2種類だけを組み合わせたときにも同じ効果があり、また全部のミックスからこの2種類を抜いてしまうと、細胞死を誘導する効果が全くないことを発見する。また、実際の臨床例のデータベースでも、重症例では必ず両方のサイトカインが上昇していることを確認している。

この細胞レベルの結果が臨床症状と相関するか調べるため、マウスにTNFα、IFNγを注射する実験を行い両者を同時に注射したときだけマウスがショック死をおこすこと、また組織で多くの細胞の細胞死が誘導されていること、そして血小板減少、リンパ球減少、好中球上昇などの臨床指標も実際の例と一致することを明らかにする。

以上の結果から、CSにより炎症細胞の細胞死が誘導されることが組織障害の原因と考え、このサイトカインの組み合わせにより誘導される細胞死のタイプを調べ、アポトーシス、ピロトーシス、さらにはネクロプトーシスまで、複数のタイプの細胞死が誘導される、極めて恐ろしい組み合わせであることが明らかにされる。

最後に、遺伝子ノックアウトを丹念に調べ、2種類のサイトカインで刺激したときに強い細胞死ショックが起こるシグナル経路を調べ、予想通りJAK, STAT1, IRF1 が主要経路であることに加えて、なんとiNOS発現によるNO産生が下流の細胞死経路を活性化し、様々なタイプの細胞死を誘導、その結果ショック症状につながることを明らかにしている。

結果は以上で、マウスの実験とはいえ、これまで持っていたサイトカインストームの曖昧なイメージを刷新し、より明瞭なシナリオを提出した研究だと思う。すなわち、CSは細胞死を誘導するから強い肺炎及び全身症状を引き起こすという話で、経路が整理された結果様々な介入ポイントが示された。事実、JAK1/2阻害剤の効果が最近アカゲザル、人間のcovid-19感染で示されており、またTNFα阻害剤を使用中の患者さんがCovid-19に感染した場合重症化しないことも示されているので、この研究と矛盾はないが、まだ実際の臨床で両方のサイトカインが組み合わさってほとんどの病変が起こるというところまでは確認できていないと思う。この研究でも、両方のサイトカインを抑えて新型コロナウイルスを感染させる実験が行われているが、効果は完全ではないので、実際のCSはさらに役者が多いかもしれない。

個人的には、CSの主役にTNFα+IFNγが浮上したのとともに、NFκB経路に代わってiNOS、NO経路が主役に躍り出た点が印象深かった。また、TNFαは以前紹介した、自己免疫型の抗体産生に深く関わっていることから、この経路の治療可能性を大至急追求することは重要だと思う。

最後に、CSについて様々な介入手段が示されたのは大きいが、これをいかに迅速に臨床へ持ち込めばいいのか、医療機関や製薬会社をまとめて、効果を調べるためのしっかりした組織が必要な気がする。TNFαはもちろん、IFNγにもFDA承認の抗体薬が存在するが、どのぐらい増産して確保可能なのかまで計画できる組織が必要になる。公衆衛生学的介入が経済的な理由で簡単でなくなってきた現在、ワクチンとともに効果の高い標準治療の進化は鍵になる。早急に体制整備を進めてほしいと願っている。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月24日 異なる感覚を連合する視床回路(11月13日 Science 掲載論文)

2020年11月24日
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先日、東大の医学部の学生さんと、東京芸大の学生さんたちが集まって、脳科学と芸術の交流を深められないか話し合う、エキサイティングなzoomミーティングに参加する機会を得て、新しい知的な刺激を受けることができた。その日のテーマは、デザイン科の学生さんが提起した「脳で触れるか?」、もう少し解題すると「映像で触覚を刺激できるか?」だった。その日は講義をするというより、まず提案の趣旨を聞くということだったので、断片的にしか私の考えを伝えることができなかったが、自分でもこの問題についてはまとめてみたいと、その時考えた。

脳科学を少しでもかじっておれば、彼女の提起した問題は、皮質の感覚野と視床の関係だとわかる。この会に参加している芸大の学生さんも、視床が鍵だというのは自習しており、感銘を受けた。視床は感覚野から神経を受けると同時に、感覚野に神経を送ることで、感覚の刺激閾値を変化させる。さらにこの回路は、first order と higher orderに分かれ、後者は皮質の様々な層、様々な領域へと神経を送ることで、より高次の調節に関わることが最近注目されてきた。実際、higher order回路は高次機能の発達に応じて拡大し、解剖学的にも大きなシナプス端末を特徴としている。

このhigher order視床についてみなさんの参考になりそうな最近の論文を探していたら11月13日号Scienceに掲載された、フランクフルト・マックスプランク脳研究所からの論文があったので紹介することにした。タイトルは「A thalamocortical top-down circuit for associative memory (視床皮質間のトップダウン回路が連合記憶に関わる)」だ。

もちろん私も専門外で詳細を理解しているかおぼつかないが、まさに学生さんたちが視床の役割を知るためには最適の論文だと思った。

この研究で焦点を当てているのが聴覚で、皮質の聴覚野と、視床で聴覚野を受け持つ領域が研究の対象になる。まず、これまで聴覚に関わるとされているhigher order 視床(HOMG)から皮質のどの範囲に神経が出て投射しているかを調べ、聴覚野に広く勾配をもって分布していることを確認する。また、脳から切り出して光遺伝学的にHOMGを刺激すると、様々な層の介在神経、錐体神経と結合していることを確認している。

解剖学的にHOMGが視床からのシグナルを聴覚野の広い範囲に送っていることがわかったので、次に音と足に加えたショックを連合させ、その時皮質に伸びたHOMGシナプスの反応を調べ、一種の恐怖として触覚と聴覚が連合した記憶が、聴覚野の第一層への刺激として伝えられることを示している。また、この連合記憶は、HOMGの活動を止めてしまうと、成立できないことから、higher order視床領域が、記憶した様々な感覚を統合して、聴覚を変調させる過程の鍵になっていることを実験的に示している。

最後に、HOMGは、皮質での錐体神経の刺激を調節する聴覚野第1相の介在神経の作用により抑制される可能性について、介在神経が遊離する神経伝達因子の阻害や活性化実験を通して示している。すなわち、統合された記憶の情報が、局所の統合を受け持つ介在神経によりさらに調節される複雑な回路を形成していることを示している。

以上が結果で、おそらく芸大の学生さんにはまだまだわかりにくいかもしれないが、異なる感覚は視床で統合されて、個々の感覚に影響することができることを教えてくれる実験だ。おそらく、これが何かを見たとき、他の感覚が動かされる回路の基本なので、「脳で触る」ことは可能だととりあえず結論しておこう。

考えてみると、医学教育はどうしても教師からまとまった知識を詰め込む方向で進められる。その意味で、違った領域の学生さんからの問題提起を考えるこの会は生きた知識を身につけ、次世代の研究者を育てるのに重要な活動だと実感した。

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11月23日 新しいVCP変異から学べること(11月20日号 Science 掲載論文)

2020年11月23日
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今もFDAが認可したアルツハイマー病 (AD)で起こる神経変性を止める薬剤はないが、引き金になるアミロイドβの発生を抑えたり、除去する薬剤、Tau分子の沈殿を抑える薬剤、そして神経炎症を抑えて病気の進行を遅らせる薬剤の開発が今も続いていると思う。ADの発症過程の複雑さを考えると、当然他にも様々な治療対象が存在すると思う。例えばAPOEなどは可能性があるが、どう介入できるのか明確ではない。

今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は家族性の前頭側頭葉型認知症の原因変異として特定されたValosin-containing protein(VCP)遺伝子の変異の解析から、アルツハイマー病治療のための新しい標的のヒントを示す面白い論文で、11月23日号Scienceに掲載された。タイトルは「Autosomal dominant VCP hypomorph mutation impairs disaggregation of PHF-tau(体染色体優性遺伝形式を示すVCP機能低下変異はPHF-tauの凝集分解を阻害する)」だ。

タイトルにあるVCPはATPを加水分解するATPaseの一つで、様々なタンパク質の安定化に関わる一種のシャペロン機能に関わる分子の一つだ。これまでこの分子の活性が高まる変異により、様々な組織の変性が起こるmultisystem proteinopathyと呼ばれる状態が起こることが知られていた。

この研究では、前頭皮質に病巣が限局している前頭側頭葉型認知症(FTD)が多発する家族のゲノムを調べ、これまで知られていなかったVCPの変異で起こることを発見する。そして、この変異による病気がmultisystem proteinopathyとは異なること、そして神経変性がTsuのフィラメント型凝集と関わることを発見し、VCPがTauの凝集に関わると考え、研究を進めている。

まず、今回発見されたVCP変異を、multisystem proteinopathy(MSP型)を誘導する変異を、酵素学的に調べるとMSP型ではATPase活性が2倍程度に上昇する一方、新しい変異は正常の30%に活性が落ちることがわかった。すなわち、この様なシャペロン機能に関わる酵素は、活性が高くても、低くても様々な以上が引き起こされることがわかった。

いずれにせよ、VCPの活性低下がTauの凝集を促進することがわかったので、TauとVCPとの相互作用を調べ、最終的にフィラメント化したTauがポリユビキチン化された後に働いて、Tauの凝集を溶かす働きがあることを確認する。すなわち、凝集Tauをユビキチン化して分解しようとする私たちの防御機能を助けていることが明らかになった。

最後に、この変異を誘導したマウスを作成し、Tauの凝集の分解が起こらず、Tauフィラメントが蓄積することを明らかにしている。

以上が結果で、Tauやアミロイドの変異とは全く独立に、VCPの機能が低下するとTauの凝集蓄積が進むことが明らかになり、今後一般的なアルツハイマー病でもこの分子の機能を調べることで、VCPへの介入を通してアルツハイマー病の進行を遅らせる可能性が生まれたと言える。期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月22日 母親のIgEが胎児に影響する(11月20日号 Science 掲載論文)

2020年11月22日
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私たち人間が進化的に近いのは当然サルの仲間だが、このサルの仲間に最も近いのが最も実験動物として用いられるネズミだ。これがよくわかるのが胎盤で、ネズミと人間はよく似ており、機能的にも母親のIgGを子供に移行させるメカニズムを備えている。従って、胎児期から抗体を通した抵抗力を持つことができる。一方、多くの哺乳類では母親の抗体は生後母乳を通して初めて与えられる。本来胎児は無菌的で、母親に守られているのに、わざわざ早くから抗体がなぜ必要なのかよくわからないが、このシステムの問題として母親のアレルギーが、抗原とは無関係に子供に伝えられる心配がある。

しかしこれまでIgGが胎児に伝わることの問題は考えたことがあったが、IgEが子供に移行してアレルギーを起こす可能性は考えたことはなかった。今日紹介するシンガポールA*STARからの論文は、「どうして今まで問われなかったのだろう」と思ってしまう、母親のアレルギーの胎児への移行の問題を取り上げた研究で、11月20日号のScienceに掲載された。タイトルは「Fetal mast cells mediate postnatal allergic responses dependent on maternal IgE(胎児のマスト細胞は母親由来IgE依存的に生後のアレルギー反応に寄与する)」だ。

この研究ではまず胎児期の皮膚のマスト細胞の表面形質を調べ、一部の細胞が中途半端とはいえ発生とともに分化を始めていることに気づく。そして、この分化が母親から移行してきたIgEがマスト細胞に結合することで起こるのではないかと考えた。

そこで抗原特異的IgEをかなりの量(100μg)投与し、胎児の皮膚マスト細胞に注射したIgEが結合しているか調べると、はっきりと結合が見られ、IgEが結合したマスト細胞は対応する抗原にさらされると、脱顆粒を起こしてアレルギー反応を起こすことを確認している。また、これは胎児期だけでなく、胎児期に母親から移行したIgEは生後もマウス皮下マスト細胞に保持され、最終的に皮膚の接触過敏症を引き起こすことを明らかにする。

この移行はIgGと同じ胎盤に発現しているTcRN受容体を介して起こることや、生後1ヶ月に渡って母親のIgEが保持され、アレルギー反応に関わる可能性があることが示されているが、詳細は必要ないだろう。

大量のIgE抗体を母親に注射しており、この結果を額面通り受け取っていいのか懸念はあるが、可能性としては母親のIgEが移行することは間違い無く、条件によっては子供にアレルギーが移ることもわかる。実際同じことが人間でもありうるのか、人間の胎児皮膚や肺のマスト細胞を分離して検討し、マウスと同じ様にマスト細胞の成熟が起こっており、表面にIgEが結合していることも確認しており、母親からアレルギーが移る可能性を今後考慮すべきだと結論している。

今後多くの新生児をこの可能性を頭に見直すことが重要になると思うが、何故こんな危険なシステムが淘汰されずに残っているかも面白い点だ。この論文では出産時の産道感染から皮膚を守ることが一つの要因だと議論しているが、この論文を読んで私の頭に浮かんだのは、阪大病理の教授をされていた北村幸彦先生の実験だ。

北村先生は、現在同じ阪大病理の仲野さんの先生で、マスト細胞発生や病理の世界のリーダーだった研究者だ。ただ破天荒な性格で、決してオーソドックスでは無く、工夫に満ちた多くの実験を発表されている(仲野さんのキャラクターの一部は、こんな北村先生由来かもしれない)。中でも私の印象に残っているのは、マスト細胞の欠損マウス皮下にマスト細胞を注射し、その上に小さなケージを置いてダニを数匹飼う実験で、マスト細胞が存在するとダニの吸血能が抑えられるという実験だ。

皮膚にケージを置くなどなんとキュートな実験かと感心するが、この結果を考慮すると、生まれた時から皮下に成熟マスト細胞が存在するのは、ダニやノミから子供を守るためだったという可能性が私には最も納得できる。ただ清潔な環境で生きる様になった人間の子供には、この防御機構がアレルギーとして見えてしまうだけのことだ。ぜひ北村先生の意見を伺ってみたい。

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11月21日 ウイルス感染過程を見る:一刻も早く新型コロナでも見たい(12月23日号 Cell 掲載予定論文)

2020年11月21日
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新型コロナウイルスのようなプラス鎖RNA ウイルスは、細胞に入ると特殊なキャップ構造ですぐに翻訳が始まるようにできており、次の複製ステージに必要なタンパク質を合成する。このとき、助けてくれる味方は存在せず、細胞の中に情報を担うウイルスRNAだけが単独で存在することになる。頭で考えると、感染できても前途多難に思えるが、この最初の過程はほとんど単一分子の問題で、基本的には想像の世界だった。

今日紹介するオランダ ユトレヒト大学からの論文はウイルスの単一RNAからの翻訳された分子を一分子レベルで可視化し、ウイルスの細胞内での増殖過程を単一分子レベルで観察できるようにし、感染初期の様々な問題を解決したワクワクする論文で12月23日号Cellに掲載予定だ。タイトルは「Translation and Replication Dynamics of Single RNA Viruses (一本鎖RNAウイルスの転写と複製のダイナミックス)」。

以前紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/5290)、このグループは蛍光標識したラマの一本鎖抗体を細胞内で発現させ、タグづけされたタンパク質が翻訳されてくるのを単一分子レベルで観察するSun-Tagと呼ばれる技術を開発し、細胞内での翻訳過程をリアルタイムで観察する研究を続けている。まさにこの技術は、感染後最初に翻訳がすすむプラス鎖RNAウイルスの感染過程の可視化には最適で、今回はコクサッキーBウイルスを試験管内で感染させた後、ウイルスゲノムの複製が終了するプロセスをビデオで観察している。すべてのデータは新鮮で学ぶところが多かったが、特に印象に残った結果をまとめておく。

  1. まず、細胞質に侵入した一本のウイルスゲノムはかなりの効率(7割以上)でポリゾームを形成転写を始める能力がある。
  2. ウイルスゲノムの転写と複製は同時進行というより、どちらか一方へとスイッチオン・オフして調節される。最初の翻訳が始まらないと、もちろん複製も起こらないが、翻訳は複製が始まると、停止する。残念ながらこのスイッチの本体は特定できていないが、ゲノムの複製や、ウイルスタンパク質とは別に存在する。そのため、ウイルスタンパク質が十分準備ができていないと、次の複製段階が完全に終了できず、細胞はウイルス粒子を排出することなく死ぬ。
  3. 翻訳と転写のサイクルは、2回続く。最初は侵入したRNAの翻訳(phase1)、それに続く複製(phase2)、新たにできたプラス鎖の翻訳(phase 3)、そして複製(phase4)、そして新たな翻訳(phase5)。この時、複製がすすむphase2,4では翻訳は止まる。
  4. それぞれのサイクルは細胞によってまちまち。特にPhase1の期間は数分から数時間に及ぶ。この時、プロテアーゼで複製などに関わるタンパク質が用意されるので、常に治療のターゲットとなる。
  5. タンパク質が足りずに複製が止まると、もう一度翻訳のphase1に戻る。すなわち、初期の複製過程が最もセンシティブな時期で、ここを狙って治療を行うと効果が高そうだ。
  6. ウイルスの翻訳が始まると、すぐにホストのelF4Gが分解され、ホスト側の翻訳が抑えられる。ただ、ホストの翻訳の程度自体はウイルスの翻訳や複製には影響はなく、おそらくこの初期の翻訳抑制は、ホストの抗ウイルス反応を抑える目的がある。
  7. ウイルスタンパク質はインターフェロンにより誘導されるRNA分解酵素をはじめいくつかの分子を抑制して、自然免疫から逃れている。したがって、外部から1型インターフェロンを加えても、ウイルスを制御することは難しい。

他にも面白い話が示されているが、コロナウイルスを考える上では上記の結果が重要だと思う。

残念ながらコロナウイルスについての言及は全くない。事実、コロナウイルスは、エンテロウイルスの4倍ぐらいの大きさを持っており、さらに小胞体膜の再構成を通して、ウイルスの細胞内での動きが極めて複雑だと思う。しかし、Sun-Tagにより感染の初期過程を追跡する可能性は開けた。おそらくコロナウイルスでも準備が進んでいる思うが、エンテロウイルスでも見るということがこれほど重要であることがわかると、早く見てみたいと期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月20日 標的分子を化合物で分解する新しいメカニズム(11月18日 Nature オンライン掲載論文)

2020年11月20日
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標的分子の機能を抑制する化合物の中には、分子に結合してE3ユビキチンリガーゼをリクルートして、標的分子を分解するタイプが存在し、抗癌剤として利用されている。最もポピュラーなのは、サリドマイド・アナログのレナリドマイドで、標的分子に結合したレナリノマイドにCUL4–RBX1–DDB1–CRBNと4種類の分子からなる複合体が結合し、例えば骨髄腫細胞の増殖に必要な転写因子IKZF1などを分解してくれる。通常阻害剤の開発が難しい転写因子に適用できることから、現在もこのメカニズムの探索が進んでいる。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文は、レナリドマイドと同じように標的分子の分解を誘導する化合物だが、新しいメカニズムでBリンパ腫を誘導するBcl6を分解する化合物の開発研究で、11月18日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Small-molecule-induced polymerization triggers degradation of BCL6 (Bcl6を重合させて分解する低分子化合物)」だ。

詳しくは書いていないが、Bcl6依存性に増殖するリンパ腫細胞株などを用いて化合物の探索を行う過程で発見された化合物の一つBI-3802で細胞を処理すると、Bcl6が特異的に分解されることを発見したところからこの研究は始まる。

この分解に至るメカニズムを探ろうと、Bcl6に傾向分子を結合させBI-3802で処理すると、分解される前に、まず分子が凝集して大きなスポットを作り、それが分解されることを発見する。クライオ電顕などを使って、この凝集塊を調べると、螺旋状のフィラメントが形成されることがわかった。すなわち、レナリドマイドとは異なり、BI-3802はBcl6同士を結合させる作用があることがわかった。

では凝集した分子を分解するメカニズムは何か?これを調べるため、BI-3802によるBcl6不活化に関わる分子をクリスパー/Cas9を用いて探索し、E3ユビキチンリガーゼの一つSIAH1が特異的に分解に関わることを発見する。そして、凝集することでBI-3802結合部位の反対側に存在するBcl6のVxPモチーフが露出しそこにSIAH1が結合、分解に至ることを明らかにしている。

話は以上で、新しいメカニズムに基づくBcl6阻害剤が発見されたという結論だが、今後Bcl6のような対称型の分子について、同じメカニズムを用いた阻害剤を開発できる可能性がある。多くの転写因子が発癌に関わり、その一部しか阻害剤が開発できていないことを考えると、サリドマイド型のメカニズムに加えて、分子を凝集させて分解させる新しいメカニズムの発見は重要だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月19日 RNAワクチンの科学(11月12日号 The New England Journal of Medicine 掲載論文他)

2020年11月19日
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ファイザー/ビオンテック及びモデルナのRNAワクチンの第3相治験の中間レポートの話題で世の中は持ちきりだ。もちろん最終的臨床効果の判断は、あらかじめ決めた評価基準と評価時期でワクチン接種群と対照群を比べることで行われる。従って、ワクチン接種後早期の効果としては、この治験の判断が全てで、中間レポートとしては期待できる結果だ。ただ有効な医薬・ワクチンは、大規模治験に進む前に、まず信頼できる科学に裏付けられた実験結果に支えられている。この臨床応用前に示される科学的データは、臨床的効果を評価、予測するための理論的根拠となり、常に参照することが重要になる。現在メディアがRNAワクチンの背景にある科学をどの様に伝えているのかわからないが、科学の今を論文紹介を通して伝える科学報道AASJとしては、今回話題になっている2種類のRNAワクチンの中から、モデルナのmRNA-1273の科学について、モデルナから今年の8月5日、及び11月12日に以下の2篇の論文を紹介することにした。ぜひ参考にしていただきたい。

まず最初のNature論文は、マウスを用いたmRNA-1273の前臨床研究で、RNAワクチンが今後のパンデミックに対応するための切り札としていかに重要かを強調した論文だ。すなわち、今回のCovid-19にとどまらず、ゲノム配列が特定されたウイルスに対して、とりあえず予防手段を迅速に提供するという目的に沿って、研究が行われている。

事実このグループは、一般的にコロナウイルススパイク分子が細胞側の受容体に結合する前のperfusion conformationと呼ばれる構造を解析してきた研究実績があり、他のコロナウイルスでの経験から、スパイク分子にわざわざ変異を導入することで、安定にperfusion conformationを取らせることができること、そしてこの構造を抗原とする方が10倍高い抗体を誘導できることを示している。

こうして特定した安定なスパイク分子をコードするmRNAが効率よく翻訳される様に改変した、mRNA-1273を脂肪酸ナノ粒子と混合したワクチンの抗体誘導能力を、同じ変異型スパイク分子をアジュバントと混合した組み換えタンパク質ワクチンと比べ、中和抗体レベルではほぼ同等、T細胞免疫誘導ではより優れていることを示している。RNAワクチンの場合、RNA自体が細胞内アジュバントとして働き、アジュバントを加える必要はないようだ、。もちろん、感染実験で肺炎の発症を抑えることができる。

RNAワクチンがタンパク質と同等かそれ以上であることを示した上で、次になぜタンパク質+アジュバントではなく、RNAワクチンかについて、効能より、生産の迅速性にあると結論している。それを示すために、今回彼らが進めてきた工程表が示されており、1月13日にはmRNA-1273の設計図を決め、次の日には医療用グレードのRNAの生産を始め、2月には上に述べた動物実験を始めている。そして、スパイクの構造について2月19日にはScienceに報告し、驚くことに3月2日にはFDAに申請、16日にこれから紹介するThe New England Journal of Medicineに発表された論文の元となる第1相試験を始めるというスピードだ。

要するに、組み換え分子をワクチンとして用いる場合は、迅速性でRNAワクチンに勝るものはなく、もし一定の期間免疫が誘導されれば、長期効果の有無にかかわらず、パンデミックをおさえこむ効果があると考えている様だ。

これを知ると、2番目の第1相論文が第3相の中間レポートのタイミングで出てきたことがよく理解できる。すなわち、3月に始められた第1相の目的は、安全性と、人間で中和抗体が誘導できるか調べることだが、この治験に参加した45人の成人については、半年という本来このワクチンが目指した中期効果の予測のデータを示すことができるわけだ。

結果は2回の接種により、回復患者さんの抗体を上回る中和抗体活性が誘導でき、100μg接種ではばらつきも少ない。しかも、2ヶ月では抗体の力価はプラトーで維持されている。おそらく、タンパク質や、不活化ウイルスをチャレンジする実験も計画されているだろうが、perfusion conformationを狙って中期の免疫防御を実現するという意味では、合格点と言える。残念ながらマウスと異なり、強いキラーT細胞活性は誘導できていないので、感染してしまった後にはこのワクチンの効果は期待できない様に思う。

最後に重要な副反応だが、2回目の注射を受けたあとは、用量に応じて様々な副反応が出る。実際に使われる100μgで見ると、倦怠感、寒気、頭痛、局所の痛みなどが半分以上の人に現れるが、その後半年間の経過観察で、これら以外に問題は出ていない。すなわち、急性の副反応が中心になる。これについては、第3相の3万人の詳しいデータが示されることが待たれるが、すぐに発表されるだろう。副反応の主な原因は、自然免疫による炎症であると考えると、RNA自体が持つアジュバント効果の強さに驚く。

細かい点までよく考えられた、科学的成果としても目的のはっきりした優れた論文だし、感染が拡大し始めたときの防御の第一線として、RNAワクチンが優れていることがよくわかった。

最後にでは私は接種を受けるかと考えると、仕事で出張(実は今日も東京)があり、マスクはしていても対面の仕事もあり、学生さんに直に講義したいと望み、すでに再開されたコンサートも楽しんでおり、できる限り早く海外にも出かけたいと思っているので、今の様に感染が拡大している状況ならぜひリスクを取りたいと思うし、その気にさせる科学的説得力がある。

アフリカの誘惑に駆られて、治験中の黄熱病ワクチンを受けて1週間倦怠感に襲われたが、今回も同じで、normalな生活への欲望は抑えられないとたかをくくっている。

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11月18日 農家での成長を町内細菌叢から定義する(11月2日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2020年11月18日
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新型コロナ対策のおかげで、我が国の清潔度は急速に高まっている様に思う。もちろん優先順位はCovid-19感染防御なので、清潔になることの副作用などを心配し始めると、不謹慎と咎められると思うが、子供の成長に興味を持って論文を読んでいると、やはり気になる。一つは、両親以外マスクをした人間の顔しか見ないで育つことの精神的影響で、もう一つは腸内細菌叢の成長が清潔な環境で遅れることだ。

今日紹介するドイツミュンヘン大学からの論文は乳児期の腸内細菌叢の成長に関する指標を工夫し、腸内細菌叢の成長度が喘息予防に重要な要因になることを示すとともに、農家での成長が細菌叢の成長を高めることを示した研究で11月2日、Nature Medicineにオンライン掲載された。タイトルは「Maturation of the gut microbiome during the first year of life contributes to the protective farm effect on childhood asthma(腸内細菌叢の生後一年での成長は農家で育つことが喘息を予防する効果に貢献している)」だ。

帝王切開で生まれた子供は腸内細菌叢の成長が遅く、その結果様々な炎症性疾患にかかるリスクが高まるが、これを母親の便移植で改善することができる(https://aasj.jp/news/watch/14064)。この結果は、乳児期の腸内細菌叢の成長の重要性を見事に示すが、同じことが農家で育つと喘息になるリスクが低下するという観察からも示唆され、農家での成長により変化する腸内細菌を特定する研究が進められている。

この研究ではオーストリア、スイス、ドイツ、フィンランドの子供(半分は農家で生まれ育った)930人の腸内細菌叢を生後2ヶ月と、12ヶ月で調べ、喘息の発症率との相関を調べている。すなわち、喘息と農家で育つこととの相関とともに、それに寄与する腸内細菌叢の変化を特定しようとするコホート研究だ。

最初は、特定の細菌が喘息リスクや農家育ちと関わるか調べたと思うが、強い相関を示す細菌は特定できなかった。代わりに、生後2ヶ月、12ヶ月での細菌叢の構成から5種類のクラスターを同定し、2ヶ月齢では1−3のクラスターに分けられ、12ヶ月になると3−5のクラスターへと変化することを示している。すなわち、クラスター(C)1、2は未熟クラスター、C3が中間、そしてC3.5が成熟型と分類している。

このことから、細菌叢は未熟型から成熟型へ成長することがわかるが、C3の中間型で止まるグループも出てくる。この中間型と喘息を調べると、2ヶ月でも12ヶ月でも喘息リスクが高まることから、2ヶ月で早く中間型になることも喘息リスクを高めるし、12ヶ月経って中間型で止まっていることも喘息リスクを高めることがわかった。すなわち、2ヶ月から12ヶ月までの成長速度が重要と思われ、モデリングから成長度EMAという指標を算出している。

あとは、最終的にどのクラスターへと変化したかという結果より、EMAが様々な喘息指標と逆相関していること、そして農家で育つということがEMAと正の相関を持つことを示している。農家の生活条件のいくつかと、EMAとの相関を調べると、家畜に晒されること、農家自家製の卵を食べることなどが強く相関すること、逆に12ヶ月になっても母親のミルクを飲んでいる子供は腸内細菌叢の成長が遅いことを示している。

あとはこのEMAの元となる主成分となる細菌種間のネットワークや、これら細菌が生産する単鎖脂肪酸の種類の分析などが行われているが、割愛する。要するに、乳児期に腸内細菌叢成長を高めることがアレルギー疾患の予防になるという話で、この成長とは何かという点について、わかりやすいイメージを与えてくれる論文だと思う。

農家が不潔とは言わないが、清潔を実現するため環境の多様性が失われてしまうと、とんでもないしっぺ返しを食う様な予感がする。

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11月17日 長期記憶を支えるメカニズム(11月11日 Nature オンライン掲載論文)

2020年11月17日
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だれにでも、正常な認知機能が維持される限り一生涯続く記憶があると思う。実際、70を越した今でも、幼稚園や小学校時代の記憶がふっと頭に浮かぶことがある。知っている限りの乏しい知識をもとに考えると、この様な長期記憶が成立するためには、一部の神経細胞が持続的な変化、発生学上の分化を遂げる必要がある。これにより神経ネットワークの構造が持続的に変化することになるが、発生と同じでシナプス自体の形態変化を伴う分化が起こっている。

などとわかった様な気になっても、実際特定の記憶を長期に維持するために変化した細胞を捕捉することは簡単でない。今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、長期記憶に関わる細胞分化を遂げた脳細胞を特定し、どの様な分化が起こっているのか調べた研究で、11月11日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Persistent transcriptional programmes are associated with remote memory (持続的な転写のプログラムが長期記憶に関わっている)」だ。

なんとも平凡なタイトルだが、こんなことも実際には明らかにされていないという気持ちがこもっている様な気がする。カンデル以来、皆がわかっていると思っている記憶は転写プログラムの変化だということを明らかにするためには、まず長期記憶過程を支えるために機能的に変化した細胞を探し出す必要がある。いくら強烈な記憶だからと言って、動物の脳全体から見るとほんの一部の細胞でしかなく、機能的長期記憶細胞を他の細胞から区別して取り出せるのか?

この課題を、特別な部屋に入った時電気ショックを与えて強い恐怖記憶を誘発し、16日後に再度同じ部屋に入れて恐怖を思い出した時活動した細胞を、活動時に発現する様操作したタモキシフェン依存性Cre組み換え酵素を用いて、蛍光標識する、複雑な実験システムを用いて実現している。 

電気ショックを与えなかった群や、電気ショックだけの群など、様々な条件で標識を行い、最終的になんと1.5%もの細胞が標識されることを発見する。一回の記憶でこれほど脳細胞を使ってしまったら、足りなくなるのではと心配するが、様々な条件検討から、この中に長期記憶のために機能的に変化した細胞が存在することを確認している。

特定の経験についての長期記憶に関わる細胞を他の細胞から区別して取り出すことができたというのがこの研究のハイライトで、あとはこの細胞をFACSを用いてソートし、single cell RNA seqを用いて、細胞の種類、転写プログラムの特徴などを調べているただ、明らかになった転写プログラムと、長期記憶機能との関係が解明されたわけではないので、私が面白いと思った点だけまとめておく。

  1. 99種類の長期記憶に関わると考えられる分子の多くは、スパインと呼ばれるシナプス結合に関わる分子がリストされた。なかでも、フォスファチジルセリンレベルを調節して、小胞体の膜融合に関わる過程に関わる分子が目立つが、この過程はこれまでも記憶の固定に必須であることが知られている。
  2. これらの遺伝子発現には、共通の転写因子が関わると考え、シスモチーフを探すと、なんと低酸素で誘導されるHIF1βであることがわかった。最近海馬の記憶にもこの分子の関与が示されているので、HIFがどう関わるのか興味深い。
  3. 神経細胞だけでなく、アストロサイトやグリア細胞でも、神経細胞以上の数の分子の発現がプログラムされ直している。すなわち、我々の頭の中では、神経だけでなく、神経を支える細胞も変化し、記憶を維持している。実際、アストロサイトと神経の間で、neurexin1とその受容体neuroligin-1の相補的セットが誘導されており、長期記憶過程で相互作用が高まることがわかる。面白いのは、ミクログリアでは自然免疫に関わる分子が高まっており、これが何を意味するのか興味が湧く。

以上が結果で、まず入り口に到達したという話だ。今後、特異的分子の組織内発言、ATACseqなどを用いたsingle cellレベルのエピジェネティック過程、遺伝子ノックアウトを用いる機能研究など、新しい分野が開かれたと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月16日 プレシジョンメディシンは追求するに値するか?(10月26日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2020年11月16日
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今回の新型コロナウイルス感染で露呈したが、我が国のゲノム医療レベルは先進国の中でもかなりレベルの低い位置に甘んじている様に思う。研究の方ではまだ頑張っているとは思うが、その応用になると十年は遅れている。例えば、我が国でもようやくガンゲノム医療が始まったと騒がれているが、特定の遺伝子をキャプチャーして配列を調べる対象の遺伝子が固定されているなど、診療する側の自由を縛るという方向で検査システム全体が決められている。例えば次世代シークエンサーを用いたエクソーム検査を利用したくても、検査の自由とクオリティーを保証する米国のCLIA基準がないため、研究者以外が次世代シークエンサーデータを使うことは難しいし、オンコパネル法でも、疾患ごとに対象遺伝子を変えることは難しい。

今日紹介する米国白血病リンパ腫協会からの論文は米国で進められている高齢者のAMLをゲノム情報に基づいて行う重要性を問うた治験研究で、米国でのガンゲノム治験の自由度について学ぶところが多いので、紹介することにした。タイトルは「Precision medicine treatment in acute myeloid leukemia using prospective genomic profiling: feasibility and preliminary efficacy of the Beat AML Master Trial(前向きのゲノムプロファイルを用いた急性骨髄性白血病のプレシジョンメディシンに基づく治療:Beat AML 基幹治験の実行可能性と予備的な有効性評価)」だ。

この研究の目的は、60歳以上の急性骨髄性白血病(AML)と診断された患者さん(平均年齢72歳)を対象に、ゲノム検査に基づく白血病治療の有効性を調べることだ。骨髄移植や幹細胞移植が普及してから、白血病の治療は根治へと大きく転換したが、骨髄移植に耐えられない高齢者の白血病に関しては、薬剤を用いる治療が中心になる。幸いこのHPでも紹介したアザシチジンとBcl2阻害剤を組み合わせる治験が終わり、かなり有効な標準治療の認可が近いと思うが、ガンのゲノムに基づくプレシジョンメディシンへの期待が最も高い分野だと思う。

この治験研究は骨髄細胞を吸引で採取してから1週間以内に、がん関連ゲノム配列決定を含むゲノム検査とその分析を終え、その結果に基づいて標的治療薬を決め、治療を行うプロトコルが実際に可能かを調べている。

我が国のオンコパネル検査は、がんセンターの資料によると1−2ヶ月検査に必要となっている。一方、この治験では組織診断とともに、我が国のオンコパネルで調べる113種類の遺伝子のなんと4倍、406遺伝子と、大きな変異を検出するための31遺伝子、さらには265遺伝子についての遺伝子発現まで行って、これを1週間で医師に返すフローを確立している。

最終的に参加施設により差は見られるが、各施設の達成率は90−100%で、これほどの迅速診断が可能であること見事に示した。ただ、7日というスピード診断にもかかわらず、この間に2.3%の方が亡くなり、8%の人は検査結果を待たずに治療開始を余儀なくされ、さらに10%近くの人は治療を諦めている。すなわち、高齢者のAMLの場合、1−2ヶ月で診断できますなどと悠長なことは言っておられないのだ。

ここまでして、ようやく57%の人が、標的治療薬治療へとたどり着け、残りの人は通常の治療方法に回されている。すなわち、この治験の最初のアウトカムとしては、現時点で約60%の高齢者AMLがプレシジョンメディシンを受けられるという結論になる。

そして、まだプレリミナリーな段階だが、標的薬を中心に治療を行った場合の方が50%生存率は13ヶ月対4ヶ月と大幅に異なる。また、一部の人は、ゲノム検査に基づき開発段階の治療を受け、この場合さらに成績は良い。

以上が結果で、

  • プレシジョンメディシンは生存期間を伸ばす点で有効性が期待できるが、高齢者AMLの場合、診断の迅速性が重要。
  • AMLの場合、利用できる標的治療薬が多く、また今後も増えていくため、プレシジョンメディシンを受けるチャンスは高くなる。

が示された。

しかし、このスピード感と自由度がなぜ我が国では可能でないのか、「努力しても結果は同じ」と嘯くことなく、是非真剣に考え、本当のガンゲノム診療実現に取り組んでほしいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ