11月29日午後5時半から「生命と相分離」(西川伸一のジャーナルクラブ)配信します
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11月29日午後5時半から「生命と相分離」(西川伸一のジャーナルクラブ)配信します

2019年11月26日
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今回はJT生命誌研究館の平川さんと、最近はやりの相分離について話し合います。ぜひご覧ください。サイトはここです。https://www.youtube.com/watch?v=tmN0SmZ-2pc

カテゴリ:メディア情報

11月26日 Y染色体が体の細胞から失われていく理由(11月28日号 Nature掲載論文)

2019年11月26日
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私たちのゲノムは全細胞の平均値で見ると生まれた時から変わることはないが、一個一個の細胞を取り出すと多くの変異が蓄積している。これがあるレベルを超えるとガンとなって現れるが、ここまでの道のりは遠いので心配することはない。しかし、ガンでなくても変異によって周りの細胞よりちょっと生存や分裂が高くなることがある。この老化に伴う細胞の競争については東京医科歯科大学の西村栄美さんたちの論文で可視化してくれているが(Nature 568:344)、同じような細胞の競争の例として古くから研究されているのが体細胞のY染色体欠損だ。ほとんどの場合血液で調べられており、血液細胞の中でY染色体が欠損する率が老化とともに上昇していく現象だ。この原因については、Y染色体がない方が細胞が増殖しやすいため徐々に増えるという考えと、細胞が増殖しやすい変異の蓄積がY染色体の欠損につながるという考えに分かれていた。言い換えるとY染色体欠損が原因か結果かという問題だ。

今日紹介するケンブリッジ大学を中心とした国際チームの論文はUKバイオバンクの20万人規模の男性についてY染色体喪失とそれに関連する遺伝子多型を調べた論文で11月18日号のNatureに掲載された。タイトルは「Genetic predisposition to mosaic Y chromosome loss in blood (血液中のY染色体欠損モザイクの遺伝的素因)」だ。

まずこの論文を読むと、改めて50万人のバイオデータが集まっているUKバイオバンクのすごさがわかる。また、我が国の10万人規模のバイオバンクも利用されているので、少しほっとする。

さて、これまでY染色体欠損というと染色体検査で染色体の数を数えることが中心になっていたが、この研究では多型解析に用いるアレーを用いて、SNPポジションの増減を精密に調べることでY染色体の欠損を判断している。この方法で見ると、Y染色体欠損が見られる確率は45歳ぐらいから上昇を始め、70歳で40%近くに達しており、老化のマーカーであることがよくわかる。

SNPアレーを用いると、同じサンプルの人の他の遺伝子多型も同時に測定でき、これを利用するとY染色体欠損が起こりやすい背景になる遺伝子多型が特定できる。その結果なんと156種類の遺伝子多型がY染色体欠損と相関することが明らかになった。この多型の多くは、細胞分裂に直接関わる様々な分子が多く含まれており、Y染色体の欠損は、様々な遺伝子変異の結果起こりやすくなっていることが考えられる。

ではこれらの多型は細胞の増殖と関わり、Y染色体欠損細胞がより増殖しやすい状況を作っているのか調べる目的で、Y 染色体欠損に関わる多型とガンとの関連を調べると、前立腺癌、精巣がん、脳のグリオーマ、腎臓がんなどにこれらの多型が関わることが明らかになり、Y染色体欠損につながる多型が明らかに細胞の増殖に関わっていることを示している。

またY染色体自体ではなく、これに相関する多型が女性の閉経後の健康状態にも関わることを示している。

そして最後に、Y染色体欠損を含む血液のsingle cellトランスクリプトーム解析を行い、B細胞で白血病に関わる遺伝子TCL1Aの発現が高い細胞ではY染色体が高率に欠損していることを明らかにした。

以上の結果は、Y染色体欠損はおそらく、私たちの遺伝子に積み重なった様々な変異の結果起こり、その細胞が他の細胞より少し良く増殖するという状態を反映すると考えられる。データサイエンスの重要性を示す面白い論文だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月25日 音楽の普遍性と多様性(11月22日号Science掲載論文)

2019年11月25日
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最近バロックオペラが演奏される機会が増え、しかもかなり現代的な演出で聴衆と舞台の一体感が感じられるように努力がはらわれているのがよくわかるのだが、なかなか成功していない。ところが、最近パリで見たバロックの作曲家ラモーのオペラIndes Galantesでは、アフリカ系のラップダンサーに自由に踊らせることで、ヨーロッパのバロック音楽でラップダンスが踊れることを示し(https://www.youtube.com/watch?v=TfQJZ76WR0U)音楽の普遍性を強調するだけでなく、客席との一体感を演出するのに成功していた。

このように私たちは、音楽が多様であることを知っているが、一方で必ず普遍性が存在し、民族を超えて理解できると信じている。この問題を研究するための「歌」を集めたデータベースについて音楽の都ウイーン大学のグループが11月22日のScienceに掲載している。タイトルはズバリ「Universality and diversity in human song(人間の歌の普遍性と多様性)」だ。

この研究はデータベースを作ったということが最も重要で、データの解析については今後さらに深めることが必要だと思う。さて、データベースだが2つの柱からできている。歌のデータベースというとどうしても録音をデジタル化して、簡単な説明をつけるという形式で行われてしまうが、この研究では記述型のデータベースを重要視しており、世界60地域に存在する315の小さな伝統が生きているコミュニティーから、4079種類の歌を集め、それを民俗学的に解析して記述したデータベースを作っている。これにより、解釈のバイアスはあるとはいえ、歌の内容や歌われる背景を容易に検索できるようにしている。

このデータを、宗教性、興奮性、儀式性の程度でプロットすると、例えば愛の歌と、ダンスの歌、子守唄、さらにはヒーリングの歌と、見事に分離する。すなわち、民族を超えて同じ特徴を持つことがわかる。このグループだけでなく、これまでの研究でも音楽を持たない民族は見つかっていないことから、音楽は人間に普遍的な活動であると結論できる。

この記述的データベースをバックアップするため、これらの歌をレコーディングしてデジタル化するとともに、楽譜にも書き写したデータベースを作成している。また、音や楽譜とともに、その地域の人にその歌を聴いた時の様々な感情を、そして音楽の専門家による音やリズムの解析も加えて、検索がしやすいようにできている。

この音源を用いると、歌の内容を他の文化の人が理解できるかを調べることで音楽の普遍性をはかることができる。この結果、文化が異なっていても、また伝統音楽を聴き慣れているかどうかにかかわらず、歌の背景をある程度推察することが可能で、歌の意味がわからなくても音楽には普遍的な構造があることがわかる。

また歌を専門家に聞かせてその調性の中心音の複雑さなどを歌の構造解析も行わせている。専門家による分析でほぼ同じ構造が示されることから、音楽の構造上も普遍性があることがわかるとしている。

また同じカテゴリーの歌の多様性はリズムの複雑さと、メロディーの複雑さでプロットすると、カテゴリーによるクラスターは存在せず、どのカテゴリーでも、その構造を保ったまま、単純から複雑まで、リズムとメロディーで多様性が生まれることを示している。すなわち、カテゴリーは音の調性や強さ、音素の数など構造的に決まるが、その範囲で多様な表現がリズムとメロディーで可能なことを示している。

またこのリズムやメロディーの複雑性が高いほど、そんな歌が歌われることはなくなっていることから、なぜ複雑化していくのかは重要な今後の問題になる子をと示している。

このように解析は始まったばかりで、面白いデータベースが作成され、公開されたということが重要だ。しかも、デジタル化され機械学習などコンピュータによる解析が可能になっていることが重要だと思う。音楽の都ウイーンから世界への贈り物が届いたとまとめておく。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月24日 百万年前に存在したキングコングはオランウータンの親戚だった(11月13日Nature オンライン版掲載論文)

2019年11月24日
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以前チベット地区に残る、形態学的には起源がよくわからなかった下顎骨が、骨から抽出されたコラーゲンのプロテオーム解析で、デニソーワ人のものと特定された論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/10139)DNAが保存されない時代の系統樹が推察できるようになると、これまで形態だけを基盤に続いていた多くの議論に終止符が打てる期待される。

今日紹介するデンマーク・コペンハーゲン大学からの論文は、オランウータンに近いか、ゴリラに近いかと議論が行われていたギガントピテクスの系統を歯のエネメルタンパク質から推察した研究で11月13日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Enamel proteome shows that Gigantopithecus was an early diverging pongine (エナメルのプロテオーム解析によってギガントピテクスが早くに分岐したサル目であることを示している)」だ。

古代ゲノム研究も含めて、デンマークは分子生物学を用いた人類学や、古生物学の中心として存在感を示しているが、この論文もその例といえる。さて、ギガントピテクスだが、ゴリラと比べてもはるかに大きく、3mの身長と350−500kgの体重があったのではと想像され、まさにキングコングと言っていい。この論文でも示されているが、地球が暖かかった時期に南中国、ベトナム、インドに分布していたことがわかっている。ヒマラヤの雪男もギガントピテクスが進化した直系の生き残りではと考えられたぐらいだ。研究では、中国赤峰市近くの洞窟から出土した約百万年前のギガントピテクスの歯からタンパク質の断片を抽出し、なんと409種類ものペプチド断片を検出している。

論文では得られた様々なエナメルタンパク質のペプチド配列が信用できるかどうかについて詳しく検討しているが、これは著者を信用することにして割愛する。さて、ペプチドの配列から推察される系統だが、最も近いのはオランウータンの仲間で、おそらく1千万年前にオランウータンの仲間から分岐したと考えられる。また、我々人類やゴリラ、チンパンジーなどを含む人科とは約2千万年前に分岐したことがわかった。ペプチドだけからなので、100%信用するとはいかないが、オランウータンに近いことは信用してもいいのではないだろうか。

以上が結果で、アジアにもおそらく様々な類人猿が存在し、オランウータンだけを残して絶滅したことがよくわかった。以前ボルネオにオランウータンを見に出かけたことがあるが、残念ながら3日間ガイドさんと探しても、観察することはできなかった。今年見ることができたゴリラやチンパンジーとちがって、地上に降りてこないためだが、このおかげでオランウータンは今もひっそりと生き残ることができたのではと思った。一度野生を見てみたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月23日 カスパーゼ8経路と細胞死の複雑さ(11月21日号Nature掲載論文)

2019年11月23日
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研究が進めば進むほど、外野から分かりにくくなっていく領域がある。最近で言えばその典型が細胞死の分野だと思う。私たちの学生時代は、細胞死=ネクローシスだった。しかしこんな細胞の死に方は周りの迷惑になる。ところが、発生では落ち葉が落ちるように、周りを助けるために多くの細胞が静かに死んでいく。これがプログラムされた細胞死で、私がまだ現役のうちに急速に進んだ。現在阪大の長田さんをはじめ、アポトーシスの分野をリードしたわが国の研究者は多い。ところが、それぞれの生化学的経路がわかって、カスパーゼ同士の相互作用や炎症との関連がわかり始めると、急速にこの分野は複雑になる。その結果、今やネクローシス、アポトーシスをはじめ、ネクロトーシス、ピロトーシスなど、専門家以外にはフォローが難しい状態になっている。

今日紹介するケルン大学からの論文はこの複雑さの鍵となっているカスパーゼ8を、ほぼ全て遺伝子改変を用いたマウス遺伝学を追求した研究で、この研究分野の複雑さがよくわかる例として選んだ。タイトルは「Caspase-8 is the molecular switch for apoptosis, necroptosis and pyroptosis (カスパーゼ8はアポトーシス、ネクロトーシス、そしてピロトーシスの分子スイッチになっている)」で、11月21日号のNatureに掲載された。

アポトーシスは静かな死と言えるが、これにはカスパーゼ8がカスパーゼ3を活性化することが関わっている。しかし、時により周りの細胞を守るためには静かな死ではなく、大騒ぎした死に方も大事で、プログラムされたネクローシス、すなわちネクロトーシスの存在が提唱され、この時中心になるのもカスパーゼ8であることがわかった。しかし、カスパーゼ8はまるっきり異なる細胞死に関わるとすると、その分子機能は多様で精密に制御される必要がある。

この研究では、カスパーゼ8のセリンプロテアーゼ活性だけを欠損させたマウスを作成して、酵素活性とは異なる部位のカスパーゼ8の機能を調べている。細胞系列特異的ノックアウトや、他の分子のノックアウトと掛け合わせたレスキュー実験など極めて複雑で、時間のかかった力作だが、あまりにも複雑なので、詳細は全て割愛して結論をまとめてみる。

血管内皮、皮膚、腸管上皮特異的に変異型カスパーゼ8(mC8)を導入すると、炎症の誘導を伴う様々な異常が誘導できる。すなわち、カスパーゼの酵素活性がなくても様々な異常を誘導できる。この時、ネクロトーシス経路が活性化される場合はMLKL分子が必須で、実際この分子のノックアウトしてやるとネクロトーシスは抑えられる。そこで、mC8マウスにMLKLノックアウトを掛け合わせることで、それぞれの組織異常が正常化するか調べると、心臓血管系、皮膚の異常は完全に抑制できることがわかった。すなわちこれらの組織では、カスパーゼ8の酵素活性がないと、ネクロトーシスが活性化される、賑やかな死が誘導されて、様々な異常がおこる。一方腸管では、MLKLをノックアウトすると、さらに異常が強くなることがわかった。

この原因を調べるうち、サイトカインが多量に分泌されるようになること、そしてASC分子の沈殿が起こるという、カスパーゼ1が主役のピロトーシスが起こっていることに気づく。すなわち、腸管ではカスパーゼ8がピロトーシスのスイッチに効いていることが明らかになった。実際、カスパーゼ1やASCノックアウトをこのマウスにかけ合わせると、腸管の異常は消えることも確認している。

以上が結果で、カスパーゼ8の酵素活性がアポトーシスに関わることを考えると、カスパーゼ8は様々な分子との相互作用を介して、静かな死から、賑やかな死まで様々な死に方の選択に関わっているという結論だ。しかし、余計にわかりにくくなったかもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月22日 半球切除をうけた小児は片方の脳半球欠損をどう乗り越えたのか(11月19日 Cell Reports掲載論文)

2019年11月22日
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大人の脳でも、卒中や手術で失われた機能をかなり回復させられる。すなわち、新しい脳回路を開発できる可塑性を有している。しかし、この能力で見ると小児の可塑性は大人の比ではない。このことは、てんかん発作を止めるために片方の脳半球をほぼ完全に切除した小児を調べることでわかる。もちろん最初は左右の脳半球を使う感覚や運動が失われるが、例えば視覚などの能力はかなり回復させることができる。さらに、言語能力のような高次機能は、正常に発達することが知られている。

今日紹介するカリフォルニア工科大学からの論文は、6人の大脳半球切除を受けた子供(3ヶ月で手術した子供を除くと、手術は4−11歳と、言葉が始まってから行われている)の脳のネットワークをMRIで詳しく調べた論文で11月19日号のCell Reportsに掲載された。タイトルは「Intrinsic Functional Connectivity of the Brain in Adults with a Single Cerebral Hemisphere(片方の大脳半球しか存在しない成人脳の機能的結合性)」だ。

研究ではまず機能的MRIでの血流の上昇の同調から各半球200に分けた区分間の結合を調べ、さらに安静時の各部位からの神経の伸びる方向性を解析するテンソルMRIが、機能的結合と一致することを確認し、脳のネットワークを7種類の基本ネットワーク(視覚、運動 などなど)に分解している。このネットワークを基礎にして、片方の脳しか残っていない患者さんでの神経結合と、正常の脳の結合を調べている。

成人するまでに残った方の半球で新しい脳回路が形成され、失われた半球の機能をできるだけ代償していると考えられるが、どの程度のリモデリングが起こっているのかが最大の焦点になる。

まず大事なことは、このようなネットワーク内、ネットワーク間の結合性は個人によって大きく異なり、脳がいかに多様であるかを物語っている。このことを念頭に半球切除した人の結合を見ると、驚くことに、視覚も含めてそれぞれのネットワーク内での結合性はほとんど正常範囲内で収まっている。しかし、異なるネットワーク間の結合性を調べると、片方が欠損した人たちは、結合性がかなり上昇している。

面白いことに、何か特定のネットワーク同士の結合が高まるというより、全体にネットワーク間の結合が上昇しており、それぞれの上昇の程度は6人それぞれまちまちであることも明らかになった。しかも、上昇した結合のマップは、正常の人とはかなり異なり、片方の脳の欠如を補うための特異的な変化が見られることがわかった。

以上がこの研究からの重要なメッセージで、なるほど脳はそれぞれの問題を回路開発で解決していると納得してしまう結果だ。しかしよく考えると、せっかく新しい回路の詳細がわかるのだとすれば、新しい回路の機能的側面を示す努力があっても良かったと思う。おそらくこれからの研究だと思うが、これがないと、「なるほど人間の脳の可塑性はすごい」と終わってしまうだけだ。しかし、医療の進歩のおかげで、ほとんど想像もできない脳の状態に遭遇できることは確かで、今後このような患者さんの承諾を得て、詳しく調べることで、新しいリハビリテーションの手がかりが得られると期待される。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月21日 満腹感はどこからくる(11月14日号Cell 掲載論文)

2019年11月21日
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光遺伝学が開発されてから、食欲など動物の行動や快感に関わる神経回路が続々明らかにされているが、よく考えてみると食べたという満腹シグナルがどこからくるのかについては、胃を膨らませる機械的刺激を与える研究から、胃の機械的刺激を感知する迷走神経から満腹シグナルがくると思い込んでいた。

ところが今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、満腹シグナルが胃より腸の迷走神経から強く入ってくるという意外な事実を示した研究で11月14日号のCellに掲載された。タイトルは「Genetic Identification of Vagal Sensory Neurons That Control Feeding (摂食を調節する感覚迷走神経の特定)」だ。

この論文から、現在の神経科学がどれほどダイナミックに進むかがよくわかる。まずquestionはどの迷走神経が満腹感を誘導するかだが、迷走神経は極めて多様だ。そこでまず、迷走神経が存在する神経節に蛍光標識遺伝子を導入、感覚迷走神経だけで遺伝子スイッチが起こるようにして、消化管に投射している迷走神経端末を調べ、それぞれの組織で形態学的に複雑な迷走神経端末が存在すること、また同じ迷走神経が異なる組織に投射することは極めて稀であることを確認している。

次は、各組織の迷走神経を別々に特定する分子マーカーの開発が必要になるが、これには消化管でラベルして調整した迷走神経を500個手作業で分離して、single cellトランスクリプトームアッセイを行い、全部で17種類の細胞に分類できること、そして9種類のクラスターについて特異的な分子マーカーを開発している。

さらに、この分子マーカーによるクラスターを、迷走神経の中枢神経節から採取した細胞のsingle cellトランスクリプトームと比較し、迷走神経全体ではそれぞれの組織、例えば消化管以外にも心臓などの内臓に投射する27種類のクラスターが存在し、この中に消化管からラベルしたクラスターも存在することを確認している。

このように分子マーカーが開発できると、それぞれの発現と機能を組織場で確認できるが、特に細胞の伸長など機械刺激を感じる迷走神経特異的分子マーカーを使った光遺伝学で、各組織の迷走神経を別々に刺激、食欲の変化を見てみると、これまで満腹感に関わると考えられてきた胃のストレッチを感知する迷走神経刺激では食欲はほんの少ししか抑えられず、代わりに小腸に分布する機械刺激を感知するタイプの迷走神経刺激で強く食欲が抑えられることがわかった。

満腹感につながると考えられるストレッチを感知する迷走神経が明らかになったので、次にこの神経が中枢の満足中枢と結合しているかを調べている。詳細は省くが、期待通り視床下部で摂食を高める働きのあるAgRP神経の活動を、小腸の迷走神経が抑制して食欲を抑えていることを明らかにする。

この回路を確認するために、すぐに小腸をストレッチできるマンニトールなどを摂取させる実験を行い、小腸が膨らむとAgRPの活動が低下、摂食が低下することを確認している。しかし、胃がまず膨らむセルロースではこのような反応が見られないことも確認している。

実際には正確を期すためにさらに詳しい実験が行われているが、紹介は割愛する。満腹は胃ではなく小腸で感じるという意外な話だが、なんとなくわかる気もする。というのも、同じ量食べても、満腹感がない場合と、ある場合が確かにある。胃で感じるならこんなことはないはずだ。甘いものは別腹というのも同じ原理かもしれない。ただ、これは全く科学的根拠がないので私の独り言として聞き流して欲しい。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月20日 電子カルテと燃え尽き(Mayo Clinics 紀要オンライン掲載論文)

2019年11月20日
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このブログは医師の方々にも読んでいただいているが、今日は医師の労働環境についての論文を紹介したい。

私が病院で働いていた頃は、ワープロすらなくカルテは全て手書きと、返ってきた検査データ伝票を貼ることで作っていた。もちろんレントゲンもスケッチは欠かさなかった。しかし現在ほとんどの病院で電子カルテが導入されている。その結果、患者さんが来ると(私は自分で診察をすることはないので、全て患者として医師に診てもらっている)医師はまずPCに向かって検査データを見たり、訴えを書き込んだりするのが普通になっている。

もちろん医療レコードを整理して保存するという意味では電子カルテシステムはデータを共有するという意味で、手書きのカルテに代わるのが当然で、ぜひ日本中の医療機関で同じプラットフォームの電子カルテが導入されることを願う。しかし、最近患者の立場で診療所に行くと、医師がコンピュータに向かっている時間が長くなったのではないかと心配してしまう。ベテランならともかく、おそら経験の少ない医師ほど、コンピュータに縛り付けられる時間は長くなるのではないだろうか。電子カルテシステムが本当に医師の労働の重しになっていないか、常に見直すことは重要だ。

今日紹介するエール大学からの論文は、電子カルテを使うことを義務付けられた現在の米国の医師たちが、電子カルテの使い勝手をどう思っているのか、また最近問題になっている燃え尽き症候群と電子カルテの使い勝手からくるストレスと関係あるかについてアンケート調査をした論文でMayo Clinic紀要にオンライン掲載されている。タイトルは「The Association Between Perceived Electronic Health Record Usability and Professional Burnout Among US Physicians (米国の医師の電子カルテの使い勝手についての感覚と専門職の燃え尽き症候群の経験)」だ。

調査では、電子カルテの使い勝手をsystem usability scaleと呼ばれる評価基準に従って調べている。このスコアで最も使い勝手がいいのはグーグル検索で100点満点の93、みなさんが使っているGPSは71、エクセルソフトは57という結果になっている。診療科を問わず約3万人の医師に協力を依頼、その中で承諾を得た1250人に詳しいアンケートをおくり、870人から完全な回答を得ている。同時に、燃え尽き症候群を診断するための診断ツールで、それぞれの医師の燃え尽き度を診断してもらっている。

結果だが、使い勝手のスコアは平均値で45と、大至急改善が必要という結果が出た。もちろん一人一人が付けた点数は多様で、10以下から90まで正規分布している。高い点数をつけているのが、麻酔科、小児科、内科とともに、なんと救急まで入っている。一方、低い点は整形外科、一般外科の医師がつけている。しかし最も点数が高い麻酔科でも50止まりだ。すなわちまだまだ改善の余地があるということだ。

次に、各人がつけた使い勝手点数と、参加者の自己診断に基づく燃え尽き度を調べると、使い勝手が悪いと感じている人ほど、燃え尽き度が高いことがわかった。各科ごとに見ていくと、神経内科や救急のように使い勝手点数が高かったのに、燃え尽き度も高いというケースもあり、燃え尽き度が電子カルテで決まるとは思はないが、少なくともなんらかの形で寄与していることは確かなようだ。

結果は以上だが、最も重要なことは、電子カルテをさらに発展させる重要性だろう。パソコンと違って、一度導入するとフォーマットを変えにくいことはわかる。しかし、パソコンが普及し始めるとき、アップルのアイコンシステムが、使う側に立って考えるシンボルとなったように、user friendlyかどうか常に医師の方から声を上げることが重要だと思う。今、働き方改革の議論が進むわが国で真っ先に問題になっているのが、医師のオーバーワークだ。是非、労働の内容を正確に把握して、労働環境改善を真面目に考えてほしいと思う。またこのようなデータを、わが国からも国際誌に発表していってほしいと思う。

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11月19日 ダウン症の神経症状を改善できる可能性(11月15日Science掲載論文)

2019年11月19日
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ダウン症は21番目の染色体の数が1本増えることで起こる病気で、知能の発達遅延とともに、様々な身体的変化を合併する複雑な状態を指す。確かに染色体数は増えてはいるが、21番染色体上の遺伝子は正常なので、なぜ様々な症状が出るのか、まだまだ基本的なことがわかっていない。そのため、一部の対症療法を別にすると、これまで基本的な症状に対する治療法は全く開発されていない。

今日紹介するテキサス・ベーラーカレッジからの論文は、ダウン症の原因となるトリソミーにより脳細胞がストレスを受けるため、翻訳の開始が低下するのが症状の一つの原因で、この経路を正常化してやることで、トリソミーはそのままで症状を改善させられる可能性を示した論文で11月15日号のScienceに掲載された。タイトルは「Activation of the ISR mediates the behavioral and neurophysiological abnormalities in Down syndrome (統合的ストレス反応が活性化されることがダウン症の行動や神経生理学的異常の原因になっている)」だ。

この研究では最初からトリソミーは統合的ストレス反応によりタンパク質の翻訳が低下させ、これが症状につながるのではないかと仮説を立て、その検証から始めている。まず統合的ストレスが起こると、elF2aを介して翻訳が低下するため、mRNA上のリボゾームの数が低下する(ポリゾームが減る)。そこで、ダウン症と同じトリソミーを持ったモデルマウスの海馬や皮質を調べると、正常マウスに比較してポリゾームが低下していることを確認し、確かに総合的ストレス反応が起こっていることを明らかにした。また総合的ストレスはelF2がリン酸化されることで転写開始を抑えるが、ダウン症モデルでは、ポリゾームの低下と並行してリン酸化eIF2が上昇していることを明らかにしている。

elF2のリン酸化は4つの経路で誘導されることがわかっているが、ダウン症モデルの場合、例えばウイルス感染などで誘導されるPKR分子経路が活性化されていることを発見する。

このようにメカニズムの一部とその経路が明らかになると、治療可能性が生まれる。これを確かめるため、まずPKR遺伝子をノックアウトしたダウン症モデルマウスを作成して、記憶や行動を生理学的に調べると、完全ではないが大きな改善が見られている。

最後に、統合的ストレス反応を抑えることが知られている化合物ISRIBをマウスに投与し、長期記憶能力を回復させられること、これが抑制性神経の興奮を抑えることを介して起こっている可能性を示唆している。結果は以上で、トリソミー、PKR活性化、elF2リン酸化による統合的ストレス反応、翻訳異常、神経症状、という連鎖を明らかにして、遺伝的変異をそのままにしてダウン症を治療できる可能性を示したと言える。おそらくISRIBを用いる治療は他の問題も大きいと思うので、今後はPKR阻害を標的に研究を進め、ダウン症の症状を少しでも改善してほしいと思う。

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11月18日 製剤に関する地道な研究(11月13日Science Translational Medicine掲載論文)

2019年11月18日
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以前、アメリカ小児科学会が選んだ、小児の命を救った7つの成果の中に、ワクチンやガン治療とともに、なんと幼児用チャイルドシートが選ばれていたのを知って、臨床医学が実際には広い分野に及んでいることを認識した(https://aasj.jp/news/watch/3336)。

健康に関していえば、栄養も多くの人を救うことができる重要な分野で、低開発国だけでなく、先進国でも子供の貧困による栄養障害は重要な問題になっている。もちろん、ビタミンやミネラルなどのマイクロニュートリエントは、現代の食生活でも不足する心配が常にあり、主に開発途上国でこの不足により毎年2百万人の子供が死亡していることから、この分野の研究は多くの人命を救う研究になることは間違いない。

今日紹介するマサチューセッツ工科大学からの論文はこのmicronutrientを安定に食品に添加できるカプセルの設計でScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「A heat-stable microparticle platform for oral micronutrient delivery (マイクロニュートリエントを経口投与するための熱に安定なミクロカプセルの基盤技術)」だ。

実際食糧援助という状況でマイクロニュートリエントを考えると、サプリメントではなく食材に添加して、調理するのが最も有効だ。しかし、異なる性質のビタミンやミネラルの活性を保ったまま調理することは難しい。

この研究の目的は、マイクロニュートリエントを保護して高温でも活性を維持できるマイクロ粒子の開発で、最終的にFDAが許可しているBMCと、ヒアルロン酸やジェラチンを組み合わせてマイクロニュートリエントを包むことで、酸性の環境でだけ壊れ、熱に安定な、マイクロニュートリエントを実現できることを示している。

実験では、11種類のビタミンやミネラルについて一つ一つ調べ、100度で加熱しても全くカプセルから流出せず、胃を通った時だけ分解して摂取できることを示している。

ただ、鉄についてはアイソトープを用いた摂取実験から、やはりBMCで包むと摂取量が37%に落ちる。そこで、少し工程を工夫して、何倍もの鉄を粒子に取り込ませるための技術も開発している。

結果はこれだけで、本当にこれが安価なマイクロニュートリエント作成につながり、多くの子どもの命を救えるのか確かめられたわけではない。ただこの論文を読んでいて、チャイルドシートと同じで、一般の食品メーカーでも、多くの命を守り、さらにScience Translational Medicineに掲載される論文が書けることを示している意味で、紹介することにした。

カテゴリ:論文ウォッチ