8月20日:初期の高血圧に薬剤を最初から使うのも一つの選択(8月14日米国医師会雑誌掲載論文)。
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8月20日:初期の高血圧に薬剤を最初から使うのも一つの選択(8月14日米国医師会雑誌掲載論文)。

2018年8月20日
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新聞やテレビには多くのトクホ商品のコマーシャルが溢れている。中には血圧が130を超えた軽度高血圧の人が毎日のむと血圧を下げる効果があることをうたっている商品があるが、実際のところ長期効果についてどの程度の医学的検証がなされているのかよくわからない。要するに、飲んで害にならず安ければ、飲んだ方が安心という誰もが持っている心情につけ込んだ商品と言えるだろう。個人的には、トクホ商品のアウトカム評価を国もしっかり行うべきだと思っている。もともとトクホなどは、医療費を抑制するために推進されてきた制度ではないだろうか。だとすると、高血圧や、高血糖に対するトクホ商品を認可することで、医療費がどれだけ下がったのかを調べて、これらが期待通り効果があったのかを調べて欲しいと思う。

血圧で言えば、一日100円程度で服用可能な、既に長年使用されて来た薬剤を予防に使う可能性も最近は盛んに検討されている。今日紹介するオーストラリアNew South Wales大学からの論文は、血圧が140/90以上の未治療の軽度高血圧患者さんに、最初から3種類の薬剤の組み合わせを通常の半分程度服用させる治療を行なった経過を追跡する研究で、8月14日号の米国医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Fixed Low-Dose Triple Combination Antihypertensive Medication vs Usual Care for Blood Pressure Control in Patients With Mild to Moderate Hypertension in Sri Lanka A Randomized Clinical Trial (スリランカの軽度から中等度の高血圧患者さんに対する容量を固定した低容量3種混合降圧剤と通常の治療との比較:無作為化臨床治験)」だ。

この研究では収縮期圧140以上、拡張期圧90以上の初期の高血圧約700名(スリランカ人)を無作為に、個人の症状に合わせて行う一般治療か、テルミサルタン20mg、アムロジピン2.5mg、クロルタリドン12.5mgの作用の異なる3つの薬剤を一つの合剤にした錠剤を一日一回服用の2群にわけ半年間追跡し、血圧低下作用を調べている。これらは長く使われた薬剤で、値段も安く1日にかかる薬剤費は100円程度だろう。病院には特に何もない限り1.5ヶ月目、3ヶ月目、6ヶ月目だけ訪れ、血圧の検査を行うという単純なプロトコルだ。

結果は従来のように1剤から初めて、結果を見ながら薬を変えたり増やしたりする従来法と比べたとき、最初から低容量(通常の半分)の3剤を組み合わせる方法の方が、ほとんどの人が抵抗なく服用を続け、1.5,3,6ヶ月と全ての時点で、血圧を正常に維持する効果が高い。一方副作用は、立ちくらみが起こるケースが多い以外は、両方のグループで特に変わらなかった。

話はこれだけだで、中所得国での話だが、臨床的には我が国でも考えて見る価値はある。まず血圧が高くなってきたばかりの患者さんに最初から低容量で3剤を組み合わせるというのは、安価で効果の高い標準治療として採用できる可能性が高い。さらにトクホに頼るぐらいなら、定期検診と組み合わせて、最初から市販薬としてこの合剤を服用するという可能性があってもいいとも思う。さらに、自宅で血圧を測ることが普通になった時代、容量をさらに減らした市販薬として服用させることも可能だ。もちろん、厳密な治験を行なってのことだが、このアウトカムは合剤が売れることではなく、医療費が削減できることだ。おそらく世界では、全く予防目的の治験もすでに進んでいるはずで、この結果も出てくると思う。そうなると、トクホより低用量の予防薬という時代が来るかもしれない。何れにせよ合剤にして一錠にまとめてくれる製薬会社が必要だが、この論文はそれを促すきっかけになると期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月19日:乳糜管からの脂肪吸収(8月10日号Science掲載論文)

2018年8月19日
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脂肪は腸でカイロミクロンと呼ばれるリポタンパク質へと変換され、腸の絨毛内に張り巡らされた乳糜管と呼ばれるリンパ管にまず入り、そこから腹腔リンパ管、胸管を経て血中に入る。脂肪の多い食事をとると、血液が濁ったように見えるのも、この経路で脂肪が吸収されるためだ。よく考えて見ると、脂肪代謝の入り口に位置し極めて重要な過程と言えるのに、脂肪の吸収についての論文をあまり読んだことは無かった。

今日紹介するエール大学からの論文は絨毛で脂肪がリンパ管に吸収される精巧なしくみを明らかにしたもので8月10日号のScienceに掲載された。タイトルは「Lacteal junction zippering protects against diet-induced obesity(乳糜管の接合のチャックが食餌による肥満を防いでいる)」だ。

乳糜管が脂肪吸収に必須であることは、これまでもこのリンパ組織をノックアウトする研究からわかっていた。また、脂肪が乳糜管内へと吸収されるためには、内皮接合の強さをVEGF-Aで調節する必要があることもわかっていた。

もともとこのグループは血管内皮に発現するVEGF-AのFlk1への結合を阻害するFLT1とニューロピリン1(NRP1)の研究を行なっており、このためリンパ管を含む全ての内皮で両方の遺伝子を生まれてから欠損させるマウスを作り調べていた。その過程で、このマウスが高脂肪食をとらせても太らず、これが絨毛でのカイロミクロン吸収不全にあることに気づいた。基本的にはこの発見がこの研究のすべてで、あとはメカニズムを調べた極めてオーソドックスな血管研究だ。

入り口で脂肪吸収が阻害されると、高脂血症の全ての指標が改善しており、当たり前とはいえ驚く。また、他の血管には何の変化もなく、普通の餌を与えたマウスはコントロールと特に違いがないのも驚きだ。すなわち、この分子の生後の機能は絨毛の脂肪吸収のためにあると言っても過言でない。

組織学的に調べると、このノックアウトマウスでは、普通数多く開いている絨毛のリンパ管の接合部が閉じカイロミクロんの侵入ができなくなっている。ところが血管内皮を見ると、全く逆で内皮間の接合部が開いて毛細管が拡張し、注射した蛍光タンパク質も、この場所で漏れ出てくるのが観察できる。

この組織像の原因を確かめるため様々な実験を行い、
1) Flt1/NRP1ノックアウトではVEGF-AのFlk1への結合が阻害されるため、局所的にVEGF-Aの濃度が上昇する。
2) VEGF-Aは血管内皮の細胞接着を緩めると同時に、リンパ管内皮の接着を強める。
3) リンパ管と血管で別々にFlt1/NRP1をノックアウトする実験を行うと、血管内皮でノックアウトした時だけ同じ効果が見られるので、血管内皮でVEGF―A結合を抑制して、VEGF-Aの絨毛内濃度を高めることがFlt1/NRP1の絨毛内での機能。
4) 血管内皮の接着が緩むだけではリンパ管へのカイロミクロンの侵入は阻害できない。
5) VEGF-Aによりリンパ管の接着が高まるのは他の組織でも見られる。
などを明らかにしている。

これらの結果から、VEGF-Aがリンパ管と血管内皮の接着には逆の作用があり、これにより絨毛での脂肪吸収がうまく調節されているという、面白い結果だ。ひょっとしたら、入口を止めて高脂血症を防ぐ薬も開発できるかもしれない。

私事になるが、この研究を行ったEichmannはフランスでニコル・ドゥアランの大学院生時代、京大の私の研究室に、鶏のFlk1に対するモノクローナル抗体を作るために逗留していた。なんと、滞在中にコンストラクトを全て仕上げ、帰国後見事に抗体を作りそれから素晴らしい血管研究者に育った。いい仕事をしているのを見ると、当時が思い出される。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月18日:新しい血小板増加因子(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2018年8月18日
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骨髄造血抑制は、抗がん剤など薬剤による副作用の中でも最も深刻なもので、血液の種類を問わず殆どの細胞が減少し、放置すると貧血、感染症、失血などで死に至る。しかし、20世紀に発見された造血因子により、輸血以外に対処方法がなかった私が病院で働いていた頃と比べると、適切に処置することが可能になったと思う。この造血因子臨床応用には我が国も重要な役割を果たし、エリスロポイエチンやGCSFはその成果だと言える。ただ、各社が熾烈な競争を繰り広げ、最終的にキリンに軍配が上がった血小板増加因子トロンボポイエチンは、臨床医から最も待ち望まれた造血因子であったにもかかわらず、中和抗体や血小板が増加しすぎて血栓を作るなど、深刻な問題が明らかになり、臨床応用は中止された。代わりに現在では、トロンボポイエチンと同じ作用を持つTPO作動物質が開発され、対処が可能になった。この歴史を振り返ると、いかに分子生物学が医療を変えたか、この時代我が国の研究が生き生きしていたか実感することができる。

などとノスタルジックに話をすると、造血因子開発はもうないのかと思って意しまうが、まだまだそんなことはなく、役に立つ因子を見つけられる事を示す論文がスクリプス研究所から発表された。タイトルは「Tyrosyl-tRNA synthetase stimulates thrombopoietinindependent hematopoiesis accelerating recovery from thrombocytopenia(チロシルtRNA合成酵素はトロンボポイエチンとは独立に造血を促し血小板減少症の回復を促進する)」だ。

アミノアシルtRNA合成酵素(ssRS)は核酸からタンパク質を翻訳する過程に必須の酵素で、アミノ酸をそれに対応するtRNAにロードする役割があるが、これとは全く異なる機能を併せ持つ分子が知られているらしい。このグループが注目しているのがタイトルにあるチロシルtRNA合成酵素で、これが分解されると著者らがYRSと呼ぶペプチドが分離する。YRSは血中に多く存在し、血小板にも結合していることから、著者らは血小板増加因子として利用できるのではと考え、この研究を行っている。

まず活性化型の変異YRSを合成し、この血小板増加作用をマウスで調べると、トロンボポイエチンとは異なる経路で血小板の元、巨核球を刺激しSca1+F4/80+という特殊な分化細胞を誘導して増殖させ、血小板を増加させることを明らかにしている。さらに、このメカニズムは生体の貧血に対する反応として働いている生理的過程であることも示しており、YRS投与が決して非生理的過程を誘導しているわけではないことを示している。

残るは作用メカニズムだが、これは複雑だ。YRSが直接巨核球に働くのではなく、まず他の血液細胞に働きかけ、そこから分泌される因子により増殖が起こる。このことは、iPSから誘導された巨核球幹細胞を用いた実験で確認される。一方、YRSは自然免疫に関わるTLRに結合してIL-6をはじめとする様々な因子を誘導する。この2つの実験から、YRSはまず単核球に作用して自然免疫を活性化し、この過程で分泌されるIL-6やVEGFが巨核球を刺激し、血小板産生を増加させると結論している。以上をまとめると、YRSは造血が低下するようなストレスに反応してssRSが分解されて作られ、骨髄での自然免疫活性化を通して、血小板を増加させる、一種のストレス反応過程に関わることになる。

全く新しい血小板増加因子が発見されたのかと期待して読んだが、尻切れとんぼの印象だ。ただ、個人的には生命情報のコードを理解するカギになるssRSが、他の分子機能を持っており、特にストレス反応に関わっているのはなんとなく納得できる。もちろん、トロンボポイエチン受容体の変異による強い血小板減少症の巨核球を刺激することもできるようなので、一定の臨床効果は期待できるかもしれない。もともと、血小板を増加させるための治療は血栓という副作用に悩まされる。YRSとTPO受容体作動因子と組み合わせることで、新しいプロトコルが生まれるなら、もう少し広い臨床応用も期待できるかもしれない。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月17日:なぜ象は体が大きくてもがんが多発しないのか(8月14日号Cell Reports掲載論文)

2018年8月17日
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象は地上の動物の中では最も大きい動物で、産まれるまでに2年もかかる。アフリカゾウでは大人で6トンと人間の100倍、新生児で100Kgと人間の30倍の大きさがあることを思うと、妊娠期間が長いのも当然だ。とはいえ、この論文を読むまで、体が大きく、多くの細胞を作る必要がある動物でなぜがんが多発しないのかといった疑問を持ったことはなかった。言われてみれば真っ当な疑問で、この問題は昔から指摘され、体のサイズとガンの発生率に関係がないことをPetoのパラドックスと呼ぶらしい。

しかしガンの原因になる変異の多くが増殖時のDNA複製エラーによるならガンの頻度は体の大きさに比例してもいいはずで、比例しないとすると特別なメカニズムが働いていることになる。事実、同じ種の場合体が大きいほどがんになりやすい。体が大きくなることに伴うガンの危険性の問題を象は新しいLIF遺伝子を使って解決していることを示したのが今日紹介するシカゴ大学からの論文で8月14日号のCell Reportsに掲載された。タイトルは「A Zombie LIF Gene in Elephants Is Upregulated by TP53 to Induce Apoptosis in Response to DNA Damage(象ではゾンビのように蘇ったLIF遺伝子がDNA損傷によるp53により活性化され細胞死を誘導する)」だ。

おそらく象のゲノムの特徴を調べるうちに気づいたと思うが、この研究では象だけでLIF遺伝子が繰り返し重複し、アフリカゾウでは10個以上になっていることから、これがガンの発生を抑えるのに一役買っていると最初から考えて研究を行なっている。

次にもし重複したLIFが一役買っているなら全ての細胞で発現しているはずで、アフリカゾウやインドゾウの培養ファイブロブラストや血液を調べて、分泌されない形のLIF-Tの一つLIF6をこの条件を満たす新しいLIFとして特定している。

もともと細胞内で止まるLIF-Tは細胞死誘導を助けることがわかっているので、このシナリオに沿ってLIF6についての実験を行い、
1) DNA損傷により誘導されるp53により転写が高まる
2) ファイブロブラストに遺伝子導入すると、細胞死を誘導できる
3) LIF6による細胞死もカスパーゼ阻害で完全にブロックできる
4) LIF6を象以外の動物細胞に誘導しても細胞死を誘導できる
5) マンモスやパレオォクソドンなど化石DNAや現存の象のDNAを比較し、LIF6はすでにこれらの絶滅象にも存在し、6千万年ほど前に進化した時一旦機能が失われるが、その後2.5千万年前に機能を回復させる突然変異が起こり、大きな象を実現するのに働いた
などを明らかにしている。

ゲノムから細胞実験まで、結構実力のあるチームだと思うし、面白いストーリーだった。もちろんこれ一つで全て説明できるかどうかはわからない。ただ、象は体が大きいだけではなく、長生きだ。損傷した細胞をいち早く除去することが長生きの秘訣であることはわかっているので、LIF-Tを使った長寿法も開発されるようになるかも知れない。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月16日 うつ病は血液検査で診断できるか?(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2018年8月16日
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うつ病にせよ統合失調症にせよ、精神疾患を一般的健康診断で見つけることは難しい。これは専ら、健康診断の得意な血液検査では診断することが出来ず、面談による診察が必要だからだ。一般的には自己申告制の問診票から危険度をいち早く察知する以外に方法はない。今後は、AIに基づく問診表などができるように思う。

今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、最終診断の決め手とまではいかないにせよ、正常グループと比べ、うつ病グループで平均値が確かに低下している検査を開発するポテンシャルがある研究で米国アカデミー紀要のオンライン版に掲載された。タイトルはAcetyl-L-carnitine deficiency in patients with major depressive disorder (アセチルL カルニチン(LAC)が大うつ病患者さんの血中では低下している)」だ。

この研究の目的の一つは、うつ病を血液検査で診断する方法の開発だと思うが、実際にはうつ病の発症にLACが関わることを明らかにすることが主目的という立て付けになっている。というのも、ネズミを用いたうつ病モデルで、ヒストンアセチル化を促進すると症状が改善され、特にヒストンアセチル化の促進因子の一つLACの血中濃度の低いマウスでは、LAC投与によりうつ症状が軽減することが知られていた。これは、ヒストンアセチル化により、シナプス結合に関わる遺伝子の発現が変化するためと考えられている。ただ、これらは全て動物モデルなので、まず人間の患者さんでLACが低下しているかどうかを調べるところから始めている。

コントロール45人、大うつ病患者71人の血中LACを調べると、血中LAC濃度の平均値は大うつ病で30%以上低下している。ただ正常の人でも数値が広く分布しており、ざっと見たところ、うつ病の人の75%は、正常値の分布とオーバーラップしている。しかし正常範囲から完全に飛び出した人たちが25%近くいるので、診断的価値もあるように思う。また、この違いは今回参加した2つの病院で同じように見られる。

さらに重要なことは、LACの値が、治療の困難なうつ病ほど低く、さらにこの難治性のうつ病の原因の一つである児童期の虐待の頻度とLACの血中濃度は明らかに逆相関していることが明らかになった。このことから、うつ病で児童期のトラウマによるエピジェネティックな変化が関わる可能性があり、これがLACの血中濃度に反映されているのかもしれない。ただ、エピジェネティックな変化は身体中で起こることから、この相関の意味については研究が必要だろう。

結果は以上で、LACがなんらかの形でうつ病に関わっている事はありそうだ。そしてLACはうつ病診断のための数少ない血液検査になる可能性も明らかになった。もしLACの低下が因果的作用を持っているなら、LACを補充することで、治りにくいうつ病の治療が可能になるかもしれない。もともと血中に存在する分子で、しかも脳血管関門を通ることから、おそらく臨床治験が始まっているか、計画されていると思う。メカニズムの理解は難しいが、それでも治療法の一つになる可能性は期待できる。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月15日:変わる蛍光抗体染色:見るから読むへ(8月9日号Cell掲載論文)

2018年8月15日
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7月31日、アイソトープ、酵素反応、蛍光などを標識した遺伝子プローブを用いて遺伝子発現を「見て」いたこれまでのin situ hybridization法を、バーコードでラベルしたプローブを用いて、発現遺伝子を「見る」代わりに、塩基配列を「読む」ことで検出するという、今年京都賞を受賞したDeisserothtたちが開発した画期的な論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/8740)。

同じように塩基配列をバーコードとして用いる方法は、抗体による組織染色にも用いることができることを示したのが今日紹介するスタンフォード大学からの論文で8月9日号のCellに掲載された。タイトルは「Deep Profiling of Mouse Splenic Architecture with CODEX Multiplexed Imaging (CODEX多重イメージングによるマウス脾臓の構築の詳細な解析)」だ。

この研究を行ったのはCyTofと呼ばれる単一細胞の発現するタンパク質を、さまざまな金属イオンでラベルした抗体を用いて、フローサイトメトリーと連結させたTOFで検出するという離れ業を開発したGary Nolanらのグループだ。光遺伝学や新しいin situ hybridizationを開発したDeisserothもスタンフォード大学で、この大学にはHerzenbergによって開発されたFACSの伝統が今も息づいているのを感じる。

さて、タイトルにあるCODEXと呼ばれる方法だが、Co-detecting by indexing(インデックスを用いて同時に検出する)の略で、抗体を蛍光物質でラベルする代わりに、異なる塩基配列を持つ核酸で標識して、その核酸の配列をインデックスとして用いて組織上で読み取ることで、抗体が結合する分子の組織局在を調べる方法の開発だ。Deisserothと同じように、組織中でインデックスの配列を読みとる方法も用いることができるとは思うが、抗体染色の場合利用可能な抗体の種類も限られており、1000種類もの異なる分子を調べることはまずないことから、数十種類の異なる抗体を別々にインデックスするのに適した方法を新たに開発している。

具体的には5‘端が2、3、4、5merと異なる長さの一本鎖オーバーハングを持つDNAでそれぞれの抗体をラベル、2merづつオーバーハング末端を埋める(endfilling反応)時に蛍光標識核酸を取り込ませ、反応が終わったところで顕微鏡で写真をとる。写真撮影後蛍光分子だけを組織から切り離して洗い流した後、次に残った3mer(実際には最初の反応で一つ塩基が埋まってこのラウンドでは2merのオーバーハングになっている)を埋める時に、同じように蛍光分子を末端に取り込ませる。このサイクルを繰り返せば、一回に2色、うまくインデックスを設計すれば、原理的には幾つでも異なる抗体を用いた組織抗体染色ができるというわけだ。

蛍光物質を用いそれを顕微鏡で撮影する点では従来の螢光抗体法と同じだが、endfilling反応を行う各ラウンドで同じ蛍光物質を用いても、前のラウンドで使った蛍光標識は洗い流しているので、ラウンド毎の蛍光撮影結果を重ねていくことで、多重染色と同じ結果が得られる。「見る」のではなくインデックスを「読む」ことで、何十種類もの抗体による組織染色に成功している。ただ、シークエンス反応とは異なり、反応時間は短いため、30の異なる抗体による染色はだいたい3.5時間で終了する。逆に、時間をかければ、組織が反応の繰り返しに耐える限り、そして抗体が手に入る限り、ほぼ無限の種類のタンパク質を組織上で検出できることになる。

この方法の有効性を示すために、自己免疫反応が自然に起こるMRLマウスの脾臓での組織細胞構築の変化を30種類の抗体で追跡して、これまでの組織染色法では不可能だった様々な情報を一挙に得ることができることを示している。例えば、組織内で起こる細胞相互作用の動態(i-nichと呼んでいる)を単一細胞レベルで調べることができ、これまで調べることが難しかった、環境ニッチにより発現が変化しやすい細胞表面シグナル分子を特定するなど極めて詳細な解析が可能になっているが、詳細の紹介はいいだろう。この方法のポテンシャルがお分かりいただければ十分だ。

私が大学に入るより少し前に、蛍光抗体染色法がクーンズらにより開発されたが、それから半世紀を経て、今全く新しい方法に生まれ変わろうとしているのがよくわかる。現役を退いて5年になるが、生命科学分野の革新の速度に本当に圧倒される。
カテゴリ:論文ウォッチ

ドイツへのまなざし「バウハウス100年に向けてー多様性の中の総合/総合の中の多様性」

2018年8月14日
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今年は、ドイツでバウハウスが設立され100周年に当たります。我が国でも多くの企画が進んでいますが、AASJも日本フンボルト協会と共同で「バウハウス100年に向けてー多様性の中の総合/総合の中の多様性」というタイトルで、フンボルト協会会員による対談をを以下の通り行い、Youtubeで放送します。

日時 8月19日 日曜日 午後2時
出演者:京都工業繊維大学教授 三木順子
同志社大学名誉教授 岡林洋
京都大学名誉教授.・平安女学院大学教授 高橋義人
聞き手 AASJ代表 西川伸一
番組 YouTube site:

をクリックしてください。

三木先生による番組の概要

2019年、バウハウス創立100周年を迎えます。1919年に設立されたバウハウスは、モダンデザインの中心的な教育機関のひとつとして、1933年に閉校するまでのあいだの14年間にわたって、ドイツ国内外から多くの学生を迎え入れました。その教育方法や造形思考は、後世に大きな影響を与えるものとしてなお注目されています。バウハウス100年に際して、バウハウスを今日的でグローバルな視点から再考する国際プロジェクト「bauhaus imaginista(創造のバウハウス)」が立ち上げられ、現在、世界の各地でイヴェントが繰り広げられています。この国際プロジェクトの一環として、日本では京都国立近代美術館で、日本とインドの造形教育におけるバウハウス受容の足跡を辿る展覧会が開催されています。

 よく知られているように、バウハウスは、14年間のあいだにワイマールからデッサウ、ベルリンへと場所を変え、経営母体も国から市へと移り、最終的には私立の学校となることを余儀なくされました。校長を務めた3名の建築家のそれぞれが掲げた主張はけっして同一のものではなく、具体的な授業を受け持つマイスター(教員)らもまた、それぞれに独自の造形と教育の方法論をもっていました。バウハウスとは、変化と多様性をはらみながら展開した、大きなプロジェクトであったとみなされねばなりません。

 とはいえ、バウハウスは、ただ多様であっただけではありません。むしろその多様性の根底では、一貫して、ある志向が推進力として機能していました。それは、「総合(Gesamtheit/Einheit)」への志向です。バウハウスにおいては、総合という理念もまた多義的でした。それは、諸芸術の総合や芸術と技術の統合を意味しただけでなく、あるときは、中世のギルドを範とする共同制作を意味し、あるときは、合理的な機械の時代にふさわしい生産ラインの一本化のことを指し、またあるときは、社会主義的な共同体思想と共鳴してもいました。

 変化や多様性というものに自覚的であると同時に、総合や全体性という理念の普遍性を希求し、近代の新しい住まいと生活と社会の形成(Gestaltung)ことを目指したのがバウハウスというプロジェクトであったといえるでしょう。多様性と総合という二つのキーワードのもとにバウハウスを振り返り、100年という年月を経たそのアクチュアリティを議論してみたいと思います
カテゴリ:ワークショップ

8月14日 グリオブラストーマの起源を探る(Natureオンライン版掲載論文)

2018年8月14日
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グリオブラストーマは現在も完治の難しいガンの一つだ。最近のゲノム研究でグリオブラストーマに高い頻度で現れるさまざまな突然変異が特定されているが、このような変化が蓄積するガン発生前の過程については、今だによくわからない。グリオブラストーマと言うぐらいだから、当然アストロサイトなどのグリア細胞やその幹細胞由来と考えられるが、本当の由来すらわからないというのが現状だと思う。

今日紹介する韓国の先端科学技術研究所KAISTと延世大学医学部からの論文は、最初から脳室のすぐ下にある神経幹細胞のニッチ領域(SVZ:subventricular zone)の神経幹細胞が人間のグリオブラストーマの起源だと仮説を立て、患者さんの手術時に、がんと同時にSVZ細胞も集めて、遺伝子変異を比べた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Human glioblastoma arises from subventricular zone cells with low-level driver mutations(人間のグリオブラストーマは低いレベルのドライバー変異を持った脳室下帯の細胞から発生する)」だ。

この研究は全て人間の患者さんの脳組織で行われており、その意味で最初からグリオブラストーマの起源をSVZと決めて研究を進めている。そのため、患者さんのグリオブラストーマ細胞と、そこから離れた場所のSVZ、及び全く正常部位の脳皮質あるいは、血液細胞の3種類の細胞の全ゲノムを同時に調べ、正常組織にない変異がすでにSVZ細胞に存在するかどうか調べるところから始めている。

驚くことに(あるいは期待通り)、ガンから遠く離れたところにあるSVZ細胞にも比較的多くの変異が見られる。また多くの患者さんでは、がん細胞で見られる変異がSVZ細胞でも存在する。このようなガンと共通の変異を持つ例を詳しく見ると、グリオブラストーマのドライバーとして最も有名なisocitrate dehydrogenase(IDH)に変異が存在しない場合のみSVZ細胞にも共通の変異が認められ、なんとその8割が、TERT(テロメア合成酵素)のプロモーターやガンのドライバー遺伝子自体の変異を持っている。このことから、IDH変異のないグリオブラストーマではまずTERTのプロモーターなどドライバー遺伝子が変異を起こし、その上でガン化に伴うガン特異的変異が積み重なることでグリオブラストーマが成立すると提案している。TERTプロモーター変異については、PCRで他の病気の脳組織についても調べているが、グリオブラストーマの患者さんのように高い例はなかった。

SVZ自体は幹細胞以外の様々な細胞からできているので、次にSVZからレーザーによる顕微解剖により細胞をとりだしTERTプロモーター変異を調べると、神経幹細胞が存在する層だけにガンと同じ変異を見つけられる事を示している。

ガンから離れたSVZのドライバー変異が既に存在していることは、グリオブラストーマの起源はガン発生場所のグリアではなく、他の場所の神経幹細胞から発生する可能性を示唆している。これを確かめるため、今度はマウスモデルで脳の一部の領域のSVZに存在する細胞だけにがん遺伝子を発現させ、ガンが発生するまでの経過を追いかける実験を行い、まずSVZの幹細胞で変異が起こり、その後増殖しまた移動する過程で他のがん遺伝子が変異を起こしてグリオブラストーマが発生することを、マウスで確認している。

結果をまとめると、グリオブラストーマも白血病や多くのガンと同じで、幹細胞の増殖がほんの少し高まるレベルの変異を基礎として、少し増殖能力が上昇した幹細胞に他の遺伝子変異が蓄積してできるという話で、特に目新しいというわけではない。しかし、人間でそれを確かめるための研究を計画して示した点が重要だ。しかし、幹細胞から変異が始まるとすると、ガンを制圧する困難を再認識させられる。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月13日:腸内細菌代謝を標的にした血栓予防薬(Nature Medicine掲載論文)

2018年8月13日
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私たちの身体の中で腸内細菌叢がもう一人の自分として、ポジティブ、ネガティブ両面の作用を発揮していることがわかってきたが、それぞれの作用についてのハッキリとした因果性が明らかにされ、明確な介入方法が構想できるケースはそう多くない。そんな一つの例が、腸内細菌叢の作用で血中の濃度が上昇するTrimethylamine N-Oxide(TMAO)による血小板の活性上昇、それに続く動脈硬化の誘導ではないだろうか。

今日紹介するクリーブランドクリニックからの論文は、腸内細菌叢によるTMAOの血中濃度上昇を抑える薬剤開発についての研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Development of a gut microbe–targeted nonlethal therapeutic to inhibit thrombosis potential (血栓の可能性を抑制する殺細菌性のない腸内細菌叢を標的にした治療法の開発)」だ。

TMAOの合成経路はよくわかっており、コリンやカルニチンなどを多く含む食事をとると、それを原料としてまず細菌によりtrimethylamine(TMA)が合成され、それが私たちの肝臓の中で酸化を受けてTAMAOに変換される。卵やレバーなどに多く含まれるコリンは私たちの体にとっては重要な栄養素だが、これが体に害を及ぼす分子へと細菌により変化させられるのは確かに悩ましい問題だ。そこで、細菌のTMA合成を阻害する化合物の探索が行われジメチル・ブタノール(DMB)が候補として発見されていた。

この研究ではマウスを用いて、DMBが本当にTMAO合成を抑制し、さらに血栓形成を抑えるかを調べ、確かに効果はあるが、血中のTMAO濃度の抑制、及び血栓の抑制効果は完全でないことがわかった。そこで、理論的にこの合成経路を抑制するために必要な条件を列挙し、これを満たす、細菌に対する毒性はないが、TMAO合成に関わるCut/D酵素を非可逆的に不活化し、しかも細菌の中に入って初めて作用を持つコリンアナログの開発に成功している。

この極めて論理的なコリンアナログの開発がこの研究のハイライトで、あとは開発した2つのアナログFMCとIMC の薬剤としての効果の検証をマウスを用いて行っている。

まず期待通り、FMC,IMC投与により、血中のTAMAOは完全に抑制される。そして、これらアナログは盲腸や大腸の細菌内に蓄積して長く維持される。これに対応して、大腸内のコリン濃度は上昇しており、バクテリアのコリン利用を抑制できていることがわかる。

次に高コリン食を取らせたマウスで起こる血栓形成を指標にその効果を調べると、血栓形成までの時間を大幅に抑制することができる。しかも、多くの抗血栓薬が持つ出血という副作用は全く見られない。他にも、動物実験で調べられる副作用は全く見当たらない。すなわち、血栓予防薬としては理想的だと結論している。

さらにこのアナログ自体は殺細菌効果はないが、それでも栄養を介して腸内細菌叢の変化を誘導し、これまで肥満やてんかんを抑える効果がある細菌として知られるAkkermansiaの割合を高める効果があることまで示している。

あとは、人間に対する効果を検証するだけだと思うが、これが成功すると、腸内細菌叢を標的にした治療薬としては最初の成功例になるのではないだろうか。慢性炎症とそれに伴う血栓の予防は、現在多くの研究室が取り組む創薬の重要テーマの一つなので、期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

8月12日:ホモ・サピエンスと他の人類との違いを考える(Nature Human Behaviour7月号掲載論文)

2018年8月12日
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肉食動物、草食動物と分けるように、人間のような雑食動物はそう多くない。勿論ヒトに近いゴリラ、チンパンジー、ボノボも雑食で、高たんぱく質の肉食が脳の発達を支えてきた。しかし我々現生人類ホモ・サピエンスを考えてみると、文化によって食べ物が大きく多様化し、というより食べ物の違いが文化の核となっている。とはいえ、特殊化した食の魅力は万国共通で、今や日本人もカタツムリを食し、外国人がフグを食べる。このような、何でも食べることと、食を極めることが両立しているのがホモ・サピエンスの特徴で、これが我々をネアンデルタール人や、デニソーワ人から分けたのではという問題提起がドイツ イエナのマックスプランク人類史研究所とミシガン大学考古学博物館の研究者から投げかけられた。タイトルは「Defining the ‘generalist specialist’ niche for Pleistocene Homo sapiens(ホモ・サピエンスのgeneralist-specialistニッチを定義する)」だ。

この研究者に限らず、生物に興味がある人ならなぜ我々ホモ・サピエンスが、ネアンデルタール人など他の人類を差し置いて地球の王者となったのか、その謎を解きたいと思っている。わたし自身は、シナイ半島で10万年もの間、現生人類とネアンデルタール人が互いの領域に踏み込むことなく生きていたのに、4.5万年前後に急にこのバランスが崩れ、現生人類がヨーロッパを制圧したのは、音を使った複雑な言語の誕生ではないかと思ってきた。さらに、この音を使う言語の獲得はどの人類にもチャンスがあったのに、偶然ホモ・サピエンスが先に獲得したのではないかと思っていた。

ところが、この論文の著者らは、ホモ・サピエンスだけがgeneralist-specialist、すなわち何にでもトライし(generalist)、それを極める(specialist)オープンな能力を持っていたことから、世界のあらゆる場所に棲息することができ、必然的に他の人類を凌駕したと提案している。

他の動物と比べたとき、すべての人類はある程度Generalist-Specialist(GS)といえ、その結果直立原人はすでにユーラシア全体に広がることができた。しかしその後に移動したネアンデルタール人やデニソーワ人の先祖がアフリカ脱出を果たしたのは50万年ごろだが、ネアンデルタール人はヨーロッパから西アジア以上に棲息範囲は広がらず、また正確にはわかっていないがデニソーワ人もアルタイを中心にした領域のみに棲息していたと考えられている。それに対し、ホモ・サピエンスで南ルートを通って拡大したグループは、なんと海を渡ってオーストラリアまで6万5千年前には到達している。さらに、4.5万年ほど前にシナイルートを通って北に分布したグループは、その後ベーリング海峡を渡り、南アメリカまで全世界に瞬く間に広がっている。

この背景には棲息地を求めて、あえて困難な場所を選びそれに適応するチャレンジ精神がホモ・サピエンスだけのあったというのがこの論文の主張だ。その証拠としてあげられているのが、数万年前からホモ・サピエンスが生存には厳しい環境を選んで生きていたことを示す遺跡で、それをまとめると次のようになる。

1) ホモ・サピエンスの出アフリカが最初に行われた南ルートには、人類一般の棲息場所としてのサバンナだけではなく、サウジの砂漠、そして熱帯雨林とともに、海が存在しており、これらを乗り越えるだけでなく、それぞれの環境で子孫を残しながら、5万年でオーストラリアにまで広がったのは、GS能力がないと不可能だ。
2) 全大陸で、ほとんど生存に適さない高地に適応した人類が生まれている。
3) 日本への進出を始め、海をこえた移住が行われている。
4) 高地も含め、極端な寒冷地に適応した民族が生まれている。

ナミブ砂漠、カラハリ砂漠、北極圏の遺跡など具体的例が挙げられているが、詳細は良いだろう。要するに、必要があったとはいえ、わざわざ生存に適しそうもない環境を選ぶチャレンジ能力は、決して最近の話ではなく、数万年前からホモ・サピエンスにだけ見られるという結論だ。食に限って、この人間のGS能力の対極にあるのが、笹しか食べないパンダやユーカリしかたべないコアラだろう。

確かに、面白い指摘だが、この可能性をどう証明していくのか、生きたネアンデルタール人がいない以上、このようなチャレンジ精神の背景にある脳回路を明らかにする事が必要になるだろう。ぜひそのような総合的考古学が我が国にも根ずくことを願っている。
カテゴリ:論文ウォッチ