7月14日 完璧な医療・医学チャットボットを目指して(7月12日 Nature オンライン掲載論文)
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7月14日 完璧な医療・医学チャットボットを目指して(7月12日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月14日
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自分が医学分野で活動していたこともあるが、大規模言語モデル(LLM)は患者さんと医学知識を近づけることが期待され、医学側でも医者に直接意見を聞く代わりになるかについて、様々な検証が始まっている。ただこの目的のためには、チャットボットで出てくる答えに科学的根拠があり、また致命的な間違いが起こらないことを確かめる必要がある。勿論、生身の医者ならもっと間違うという意見もあるが、同じLLMを数多くの人が用いる限り、それぞれのLLMに対して法的な検証と利用ガイドラインができるだけ早く制定される必要がある。

勿論これと平行してLLMをより完璧な医学チャットボットが可能なモデルに仕上げる努力が必要だ。今日紹介するグーグル研究所からの論文は、既存のLLMの医学知識レベルを高めるための Instruction prompt tuning を含む一連の方法を検証した研究で、7月12日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Large language models encode clinical knowledge(臨床的知識をエンコードした大規模言語モデル)」だ。

グーグルは、様々な領域での生成AIの基礎となる transformer/attention を開発し、ChatGPTと同じスケールの5400億パラメーターを持つニューラルネット上に構築した LLM、PaLM を公開している。もちろん PaLM も医学的質問に答えることは出来るが、専門家から見たときにはなかなか完璧な正解とは行かない。そのため、様々な医学情報を学習させて、医学目的に対応できる様微調整をする必要がある。ただ、これを普通の事前学習と同じように行うと、5400億パラメーター全てを変化させるという膨大な計算量が必要になる。そこで、グーグルはLLMを微調整するための Instruction fine-tuning の方法を開発し、医学医療についての質問と答えを集めたデータベースを用いて微調整した Flan-PaLM では、例えば PubMed を学習したGPTと比べて正確度で17%上昇させることに成功している、

ただそれでも67%の正確さにとどまるので、通常行われる医学ドメインに特化した強化学習を追加するのではなく、instruction prompt tuning を用いることで、元のパラメーターを変化させずに、パーフォーマンスが高まるか調べている。すなわち、この研究の主目的は医学ドメインの知識の質をプロンプト戦略が可能にするかの検証と言える。プロンプト戦略についての解説は省略する。

こうして出来たモデルが Med-PaLM で、Flan-PaLM では60%台にとどまっていた正確性が90%を超える様になっている。これについては複数の答えから正解を選ぶ米国医師国家試験で、平均点60%を大きく上回り85%の正解率であることが報告されている(https://blog.google/technology/health/ai-llm-medpalm-research-thecheckup/)。

この研究では、さらに間違ったことを言っていないかだけではなく、答えに必要な情報が全て述べられているか、答えが科学的根拠に裏付けられているか、医学的問題を起こす間違いを犯さないか、さらに一般の人へのわかりやすさなどを検証し、その全てで Med-PaLM はそれまでのLLMを凌駕していることを示している。しかし、臨床家が時間をかけて示す答えと比べると、かなり近いところに来たが、臨床家の方が勝っていることも示している。

面白いことに、一般の人の評価はJAMAの調査では ChatGPT の方に軍配が上がっていたが、Med-PaLM では、臨床家の方に軍配が上がっている。

以上が結果で、自然な会話が出来るという意味で、パラメーターや学習ワード数が何千億という規模は必須だが、それを医学の様な特定のドメンで微調整したいとき、パラメータを変化させない、すなわち計算量の少ない、しかし極めて効果の高い微調整方があることを示すとともに、患者さんが安心して使える、科学に基づいた医学チャットボットの実現は近いことを実感させてくれる。

様々な処理については私は素人だが、微調整のために、LLM の不確かさを認識させる方法が重要で、今後のさらなる研究が必要であることが述べられていたが、この分野の素人でもなるほどと納得した。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月13日 グルタミン腫瘍内投与は腫瘍免疫促進効果がある(7月5日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月13日
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少しガンについての論文紹介が続くが、今日紹介したいメンフィスの St Jude子ども病院からの論文は、腫瘍内ではグルタミンが欠乏する結果、腫瘍免疫を維持する樹状細胞機能不全が起こっており、グルタミンの局所投与でこれを治療できることを示した研究で、7月5日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「SLC38A2 and glutamine signalling in cDC1s dictate anti-tumour immunity(DC1でのSLC38A2とグルタミンシグナルが抗腫瘍免疫を指示する)」だ。

グルタミンはアミノ酸の中でも多様な効果を持つアミノ酸で、TCAサイクルを介したエネルギー生産、活性酸素合成、さらにはエピジェネティックス調節だけでなく、アミノ酸や核酸合成、そしてリソゾーム形成調節を介したオートファジーにまで関わっている。従って、グルタミンがガン免疫に関わることは特に不思議はない。

しかし、この研究は、グルタミンをガン局所に投与するとガンの増殖が抑えられるという想像以上の効果がグルタミンにあることをまず示す。ガン局所にグルタミンを投与するなど、敵に塩を贈るようなものだと考えてしまうが、実際にはガンがグルタミンを取り込む結果、局所でグルタミン欠乏が起こっていること、そしてガン局所にグルタミンを補充してこの欠乏を止めるとガン免疫が高まり、たとえばPD1抗体によるチェックポイント治療効果が高まることを示した。

あとはこのメカニズムを解析し、まずグルタミン欠乏に弱い細胞を探索し、CD8活性に関わる1型樹状細胞(DC1)の機能がグルタミンに強く依存しており、グルタミン投与でDC1が活性化されると、CD8キラー細胞が局所で維持されることを明らかにする。

先に述べたように、グルタミンはさまざまな経路に関わっているので、DC1細胞内のどの経路がこの現象にかかわるかを調べている。詳細を全て省いてまとめてしまうと(実際、この研究過程が極めて複雑)次のようになる。

グルタミンを細胞内に取り込むトランスポーターは複数存在するが、DC1はSLC38A2に完全に依存しており、この分子を通して得られるグルタミン量が細胞内のセンサーに感知されることになる。

おそらくグルタミン欠乏によって他の効果も存在するとは思うが、DC1では栄養欠乏時にリソゾーム膜に結合し細胞内代謝調節の核であるmTOR分子のリソゾームへのリクルートを阻害する分子、folliculinとその結合蛋白FNIP2の結合が低下する。逆にグルタミンを補充すると、folliculin-FLNPが活性化して、リソゾームへのmTORリクルートが阻害される。mTOR活性が低下すると、TFEBと呼ばれるオートファジーを調節する転写因子のリン酸化が低下し、その結果核内移行によりオートファジーに関わる分子の転写が高まり、その結果DC1が活性化される。

以上がシナリオで、結構複雑な経路がグルタミンで活性化されることがわかる。しかしメカニズムはともかく(これがないと論文がアクセプトされないのだが)、この論文のハイライトは、グルタミンを腫瘍組織に補充するという単純な方法でガン免疫を高められるという発見だろう。おもしろい。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月12日 変異キナーゼに対する標的薬の効果が長続きしない理由(7月5日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月12日
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21世紀に入ってガンのゲノム研究がすすむと、ガンのドライバー変異が続々発見され、それらに対して開発された標的薬が大きな効果を示すことがわかり、ゲノム研究によりガンが制圧できるのではという高揚した気分が生まれた。しかしその後の研究で、どれほど大きな効果が見られても、最終的に標的薬に耐性のガンクローンが現れることがわかり、今や標的薬だけで根治が可能と考える人はいなくなった。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、非小細胞性肺ガンでさまざまな標的薬治療を受け、耐性になったガンのゲノムを調べ、一本鎖核酸のCをU/Tに変換するデアミナーゼAPOBECが、耐性変異誘導に一役買っていることを明らかにした研究で、7月5日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Therapy-induced APOBEC3A drives evolution of persistent cancer cells(治療により誘導されるAPOBEC3Aが持続的ガン細胞の進化を誘導する)」だ。

非小細胞性肺ガンは、ALKやEGFRなどのキナーゼ変異をドライバーにしていることが多く、この変異型分子に対する標的薬の治療を受けるが、効果は長続きしないケースが多く、ガンのコントロールができなくなる。この研究では、こうして発生した治療耐性ガンのゲノムを調べると、多くがAPOBECによる作用で起こった変異であることに気づく。

そこで試験管内でキナーゼ阻害を行い耐性発生前後の変異の方を調べると、APOBEC型の変異が増えることを確認している。すなわち、治療によりAPOBEC型変異が選択的に誘導されることがわかる。

メカニズムを探ると、なんとAPOBEC A3Aが標的薬にさらされることで、NfKBを解する経路で誘導され、DNA 合成時に複製中の核酸のCを脱アミノ化し、その結果DNA障害が起こりやすくなることで、APOBEC型変異が増えるとともに、さまざまな大きな構造変異が誘導されることがわかった。

そこで、APOBEC A3Aを今日発現させたり、あるいはノックアウトした細胞株を作成し、標的薬施処理する実験を行うと、A3Aが過剰発現した細胞株では耐性ガン細胞が出やすい一方、ノックアウトした細胞株では耐性ガンが出にくいことを明らかにし、APOBECが標的阻害剤耐性ガンの発生に重要な役割を演じていることを明らかにする。

以上が結果で、おそらく標的薬によりガン細胞の起こった一種のストレス反応が、APOBEC A3Aの誘導を介して、変異の誘導効率を上昇させているという恐ろしい話だ。

とはいえ、ここで示されたようにA3A誘導が大きな貢献をしているとすると、APOBECを阻害した上で標的薬治療を続ければ、耐性ガン細胞は出にくいと予想できるので、標的薬の効果を長続きさせる可能性示した大きな貢献だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月11日 CAR-T + ワクチン=Antigen Spreading (抗原拡散)(7月5日号 Cell オンライン掲載論文)

2023年7月11日
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何度も紹介している様に、ガンが発現する表面抗原に対する抗体をT細胞受容体の代わりに使ったキメラ抗原受容体T細胞(CAR-T)は、B細胞系の白血病に対して大きな効果を上げている。しかし、たとえば小児の白血病で特に顕著だが、注入したCAR-Tを何年も維持することは簡単ではない。

他にもガンの方から抗原が消えてしまう問題、さらにはまだ固形ガンに対しては確立された方法がないなど、最初の期待と比べると、まだまだ満足できるレベルに達していないといえる。

今日紹介するMITからの論文は、CAR-Tの刺激を、ガン細胞だけではなく、ワクチンの形でリンパ節でCAR-Tをさらに刺激することで、CAR-T自身を活性化するだけでなく、他のガン抗原に対する免疫反応を誘導する抗原拡散現象が起こり、ガンの根治も可能であることを示した研究で、7月5日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「Vaccine-boosted CAR T crosstalk with host immunity to reject tumors with antigen heterogeneity(ワクチンによりブーストをかけたCAR-Tはホストの免疫系と相互作用して複数のガン抗原に対するガン免疫を誘導する)」だ。

CAR-Tの維持が重要なことがわかっていて、これまでCAR-Tをワクチンを使って刺激する研究が行われてこなかったのは不思議な気がするが、ワクチンの設計が簡単ではなかったのだと思う。この研究ではCAR-Tが認識する抗原(この研究ではグリオーマを標的にEGF受容体を抗原として使っている)に、アルブミンに結合する部位と共に直接細胞膜に突き刺さって細胞表面に提示される様にしたワクチンを設計している。これをアルブミンとアジュバントに混ぜて皮下に免疫すると、リンパ節の抗原提示細胞で取り込まれて表面にEGF受容体が発現する。すなわち、ガン局所とは全く異なる場所で全身に分布したCAR-Tを刺激することになる。

これにより、期待通りCAR-Tを刺激し、ガンに対するキラー活性が高まっただけでなく、ミトコンドリアが増加し代謝活性が高まったCAR-T細胞へプログラムし直せるのだが、これに加えて、EGF受容体を発現しなくなったガンに対してもキラー活性が誘導できることを明らかにする。

すなわち、CAR-Tを強く刺激することで、他のガン抗原に対するキラー活性を誘導する抗原拡散が誘導できることを明らかにした。この発見が論文のハイライトで、あとは抗原拡散が誘導されるメカニズムを詳しく解析し、さらに強力な固形ガンに対するCAR-Tデザインを模索している。

このメカニズムだが、ワクチンで刺激されたCAR―Tはガン組織にリクルートされるが、そこでγインターフェロン(IFNγ)を発現することで、ガン局所のマクロファージや樹状細胞を刺激、その結果樹状細胞からIL12が分泌される。このIL12はCAR-Tを刺激することで、CAR-T/IFNγvs樹状細胞/IL-12というループを形成し、ガン組織で持続的な免疫の核を形成する。これに引き込まれて、浸潤してきたさまざまなガン抗原に対するリンパ球がガンに対するキラー活性を発揮し、EGF受容体を失ったガンでも傷害することが可能になるというシナリオだ。実際、ガン免疫が成立するかどうか、ガン組織にリンパ組織様の構造形成が必要なことが指摘されているが、この核にCAR―Tと樹状細胞の相互作用が存在する可能性を示している。

以上の結果に基づき、CAR-Tが抗原刺激によりさらに強いIFNγを分泌するよう遺伝子操作すると、通常のCAR-Tでは到達できないガンの根治まで進める可能性も動物実験で示している。

以上、一石二鳥も三鳥も、ワクチンが可能にするという話で、CAR-Tの次のブレークが水面下で進んでいることがよくわかる。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月10日 ウイルスによる水平遺伝子伝播の痕跡を線虫で探す(6月30日号 Science 掲載論文)

2023年7月10日
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ホスト由来のガン遺伝子を捕まえて自身の遺伝子としてコードしたレトロウイルスの発見がガン研究の突破口を開いたことは有名な話だが、これは水平遺伝子伝播の一つと言っていいだろう。実際、こうして研究される様になったレトロウイルスは、人為的に遺伝子を導入するベクターとして使われている。

今日紹介するオーストリアの分子バイオテクノロジー研究所からの論文は、広い系統の線虫間での遺伝子伝搬に関わったマーベリックと名付けたウイルス用水平伝搬システムの発見で、6月30日 Science に掲載された。タイトルは「Virus-like transposons cross the species barrier and drive the evolution of genetic incompatibilities(ウイルス様のトランスポゾンは種の壁を超えて遺伝的不適合性の進化に関わった)」だ。

ウイルスによる水平遺伝子伝搬は、バクテリアだけでなくヒトも含む後生動物でも知られており、珍しくないのだが、この研究ではマーベリック発見までに至る長い過程が面白い。このグループは、異種線虫間の掛け合わせを行う際、F2レベルで一部の個体の発生が遅れる現象を発見し、これが卵子で発現している毒性分子とそれを解毒する遺伝子セットが種によって存在しないためであることを突き止めていた。すなわち、卵子に毒を仕込ませることで、解毒作用をセットで持つ染色体だけが選択され、他の染色体を排除する仕組みを、多くの野生の線虫を用いて調べていた。

この研究では、まず日本種と標準種を掛け合わせてこの現象に関わる毒素分子と解毒分子を特定する話から始まっており、最終的にF2の発生を遅らせるセリンプロテアーゼ活性を持つ毒素の遺伝子を特定することに成功する。

普通はこれで終わりだが、このグループはこの毒素の周りの遺伝子を調べ、両端に繰り返し配列を持ち、中に遺伝子組み換えを誘導するトランスポゼース活性の存在に気づき、毒素遺伝子がウイルスにより水平伝搬した可能性を着想し、この新しいウイルスをマーベリックと名づけた。

事実、毒素分子の分布と配列を調べると、さまざまな属種の線虫に分布しているだけでなく、人間と線虫ぐらい進化的に離れたといえる属間でもほとんど相同であることから、独立に進化したとは考えられず、何千万年か前に別れた線虫から、現在広く研究されている線虫属へ水平伝搬したと考えざるを得ない。

次に、毒素遺伝子を含むマーベリックが実際の水平遺伝子伝搬に使われたことを調べるため、さまざまな線虫種でマーベリックが挿入された部位を調べ、マーベリックがコードする遺伝子の可能性を調べた結果、マーベリックはウイルス粒子をコードする遺伝子をはじめ、細胞と融合する分子、宿主細胞に組み込むインテグラーぜ、DNA合成酵素がコードされていることを発見する。面白いことに、細胞融合分子はヘルペスウイルスの分子を利用しており、ウイルス自体がより効率に伝播できる様進化していることもわかった。

その意味で、このウイルスがたまたま取り込んだセリンプロテアーゼを、一種の細胞毒素と、その解毒分子へと進化させることで、自分のゲノムを他のゲノムより優先して存続できる様に利用した、まさに利己的遺伝子の例であることがわかった。

進化と利己的遺伝子の面白い話といえるが、このウイルスをベクターに仕上げてみようと思う研究者も現れる様に思う。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月9日 1型糖尿病発症の最初の免疫反応を捉える(7月5日号 Science Translational Medicine )

2023年7月9日
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1型糖尿病(T1D)は複数の遺伝子が関わる典型的な自己免疫疾患で、NODモデルマウスと比較しながら非可逆的な自己免疫反応が起こるまでの様々な解析が行われてきた。この中で最も重要なヒントになったのは、発症に必要な条件としてClass II MHC(MHC II)が存在するという発見で、昨年亡くなったこの分野の大御所 McDevitt らにより、T1DリスクMHCは57番目のアスパラギンが中性のアミノ酸に変わっていることが明らかにされ(P9スイッチとして知られている)、発症に細胞障害性のキラーだけでなく、P9スイッチを持つT1D型のMHC IIを認識するCD4T細胞が関わることがわかった。

その後NODモデルマウスの発症前の研究から、一過性にインシュリンペプチド(12−20番のアミノ酸::Ins12-20)に反応するCD4T細胞が膵臓β細胞に現れ、これにより局所の炎症が誘導されることが、その後のキラー細胞やB細胞を主体とする慢性炎症につながることが示唆された。しかしこれを人間で確かめることは、まだ発症前の人を長期に追跡することが必要で、簡単ではない。

今日紹介する米国・スクリップス研究所からの論文は、ステージの異なる複数のコホート研究の参加者を対象にすることで、発症前の様々な段階を一度に調べるという戦略で、コホート参加者のCD4T細胞を徹底的に調べ、人間でもマウスで見られた同じようなCD4T細胞が組織炎症を引き起こす段階があることを示した研究で、7月5日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Measuring anti-islet autoimmunity in mouse and human by profiling peripheral blood antigen-specific CD4 T cells(マウスと人間の末梢血抗原特異的T細胞をプロファイルすることで膵島に対する自己免疫反応を測定できる)」だ。

この研究ではまずNODマウス末梢血のT細胞プロファイルを継時的に調べて、組織で特定されたIns12-20に反応するT細胞が末梢血でも測定できることを確認し、発症前、モニター中、発症後のコホート参加者の抹消CD4T細胞をsingle cellレベルで詳しく調べ、発症前でも特殊な活性化型CD4T細胞が確かに存在することを確認している。

ついで発症前にT1D型MHC II+Ins12-20に反応するCD4T細胞を探索し、発症前に存在してその後徐々に消失するNODマウスで特定されたのと同じCD4T細胞が存在することを明らかにする。また、反応性のT細胞受容体遺伝子を再構成して、こうして検出されたCD4T細胞が確かに機能的なIns12-20反応性のT細胞であることを明らかにしている。

このT1D型MHC II+Ins12-20に反応するCD4T細胞の抗原受容体は特定のクローンといいうより多様なポピュレーションからなっているが、抗原反応部位(CD3部位)のアミノ酸配列の電荷に特徴があり、この特徴を用いると、発症前に存在して局所炎症を誘導するT細胞をほぼ完全に特定することができる。またマウスと同じで、これらは完全に発症した患者さんでは消えてしまっている。

この発症初期に局所炎症を誘導するT細胞を表面マーカーを使ってさらに検討し、抗原受容体の配列を調べなくても、Ins12-20反応性T細胞の存在を予測する方法を開発し、これにより発症経過をある程度予想できることを、様々なステージの参加者を調べて明らかにしている。

以上、人間でも自己免疫反応の引き金を引く最初のイベントを捉える可能性が示された。この検査には、リスクが明確なT1D型MHC IIとIns12-20を結合させた、テトラマー分子が必要だが、実際の検査用にテトラマーライブラリーを前もって用意することは可能だと思う。こうして初期のイベントを発見することができれば、現在用いられているCD3抗体による発症予防よりさらに強力な方法の開発が可能になること間違い無い。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月8日 最小ゲノム生命その後(7月5日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月8日
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1999年Science誌の最終号に、あたかも来たる21世紀の先駆けとしての使命を背負うかの様に、900あるマイコプラズマの遺伝子を500近くに減らしてもなお自律的に生きているMinimal Cellが報告された。

最小ゲノム細胞というと、これこそ最初の生命に近いと勘違いしてしまうが、実際進化可能な最初の細胞が地球上に生まれたときは、決してミニマルではなく、ある程度遊びがあったと考えられる。というのも、ミニマルだと一つの遺伝子に変異が起きてしまうとにっちもさっちも行かなくなり、進化どころか死んでしまうと想像されるからだ。

ところが23年を経てこの最小ゲノム細胞を研究しているインディアナ大学から、最小ゲノム細胞でもある程度の進化は可能であることが示され、7月5日号の Nature にオンライン掲載された。タイトルはずばり「Evolution of a minimal cell(最小ゲノム細胞の進化)」だ。

研究では、ただただ2000世代まで細胞を維持し発生してきた集団を、元の細胞と比べ、変異や適応が起こっているかを調べている。もともとマイコプラズマには複製時の信頼性を高める酵素が存在せず、最小ゲノム細胞(MC)だけでなく、元となったマイコプラズマ(OC)も、突然変異の数が普通の細胞より100倍高い。さらに驚くのはMCでも同じ様に変異は起こっており、一般に考えられている様に変異の許容力が著しく低下するわけではない。

さらに驚くのは、一塩基変異のみならず、挿入や欠損を伴う変異も、OCと同じ程度に起こっており、それでも生きてきている点だ。実際、変異の数や種類で見るとほとんどMCとOCで差はない。唯一あるのは、MCで間違ったウラシルを切り出す酵素を削ってあるので、C:G変異がMC で高い。

ではこれらの変異は、細胞の進化を伴っているのか。ここではストレスを与える選択を行うのではなく、ただ増殖率を1代目と2000代目で比較している。驚くなかれ、全く同じ培地を用いて培養を続けていても、増殖率が1代目と比べて2倍に上昇している。すなわち、変異が細胞の適応性をさらに高めていることがわかる。

ではどの様な遺伝子の変異が適応力に寄与しているのかを調べるため、アミノ酸配列が変化するさまざまな変異が集中している遺伝子を調べると、14種類の遺伝子が見つかり、たとえば細胞分裂の場所を示す ftsZC遺伝子変異を1代目の細胞で発生させると、増殖が高まることを明らかにしている。これは、MCでも、まだまだ合理化が可能であることを示している。

アミノ酸変化が起こる遺伝子は、有機合成に関わる酵素、特に脂肪代謝にかかわるものが多く、今後一つ一つ調べられると思う。

これまでの原核細胞進化研究では進化と共に細胞の大きさが上昇することが観察されており、OCでも2000代を経ると、体積で10倍になるが、MCではこれは見られない。おそらくゲノムを合理化して、許容力がなくなった結果がこんなところに見られるのだろう。

以上が主な結果で、MCも変異をベースに進化することがわかった。次は遺伝子が複雑化して遊びや許容力が生まれ、進化の質が変化するか検討が続くだろう。21世紀生まれのMCが今世紀どこまで進化するか、目が離せない。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月7日 細胞周期の通説を見直す II (7月5日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月7日
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6月18日、細胞周期の通説を見直すと題して、CDK2阻害実験から、CDK4/6がG1期を超えて作用することで、サイクリンAの転写を促すことで、CDK2阻害剤で通常のRb1のリン酸化経路を止めても、CDK2阻害剤の効きにくいCDK2/サイクリンAを維持することが、CDK2阻害剤が使いにくい理由であることを紹介した(https://aasj.jp/news/watch/22329)。すなわち、CDK4/6はG1期に働くという通説が細胞によっては通用しないことを明らかにした論文だ。

今日紹介する論文も結局はCDK4/6活性がG2から分裂期へのチェックポイントでも働いているという結論だが、メカニズムについては新しい可能性を示しているので、細胞周期の再検討が進んでいることを示すいい例として紹介することにする。タイトルは「Loss of CDK4/6 activity in S/G2 phase leads to cell cycle reversal(CDK4/6活性がS/G2期に失われると細胞周期の逆行につながる)」で、7月5日 Nature にオンライン掲載された。

もう一度細胞周期の通説をおさらいしておこう。増殖因子の作用でサイクリンD/CDK4/6が活性化されるとRb1分子をリン酸化し、これにより活動が阻害されていたE2F1が活性化、その結果細胞周期後期に関わるサイクリンE/A・CDK2が活性化され、この作用でサイクリンD/CDK4/6がなくともRb1のリン酸化が維持される。これにより、増殖因子がなくなっても、細胞周期はそのまま維持され、分裂期に進む。

今日紹介する論文では、G1期を超えてしまえば増殖因子なしに細胞周期は最後まで進むかについて調べ、DNA合成が終わったG2期の細胞の一部がG2期で止まってしまうことを発見する。また、CDK4/6阻害剤でも同じようにG2期で止まった細胞が発生することを明らかにする。

勿論、残りの細胞は同じ条件で、通説通り細胞分裂を終え、次のG1期で止まること、増殖因子が常に存在すれば、全ての細胞が分裂を終えることから、G2期でCDK4/6依存的なチェックポイントが働いて、このシグナルが存在しないと細胞周期が止まってしまう可能性が示唆された。

すなわちCDK4/6の影響が後期でも存在するという、以前紹介した論文と同じ結論が示されたことだが、この過程をさらに検討し、少し異なる結論に至っているので、詳細を省いてそのシナリオだけを紹介する。

この研究でサイクリンD/CDK4/6は、これまで知られているRb1→E2F1→サイクリンA/CDK2という経路だけでなく、G1期を超えてたあとも、増殖因子依存的にRb1のファミリー分子p107/130→E2F4/5→サイクリンA2/CDK2とつながるフィードフォワード経路を活性化し、細胞周期がつつがなく完結できる様に設計され、安全機構が働いている。しかし増殖因子がなくなると、後者の安全機構経路がなくなるため、分裂期に入れない細胞が出来てくること、そしてこれらをG2期で安全に停止させることで、新しく増殖因子が得られるようになると、G2期で止まっていた細胞も、速やかにCDK4/6依存的に次のステージに進めるというシナリオだ。

以上のことから分かる様に、前回紹介した論文で扱われたCDK2阻害剤がなぜ完全に効かないかという問題も、今日紹介した論文のシナリオで十分説明できるので、是非考えてみて欲しい。

いずれにせよ、CDK4/6がG1期を超えて働くと考えることで新しい目で細胞周期を見直すことが出来、おそらくガンの治療に撮って重要なヒントが続々得られると期待できる。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月6日 自閉症と相関する遺伝子を自閉症にとらわれずに見直す(6月26日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2023年7月6日
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自閉症スペクトラム (ASD) についての論文紹介は長く休止状態だが、これは私がサボっているからだけではなく、この2年間是非紹介したいと思える論文の数が減っていることも理由の一つだ。勿論臨床や専門的研究での状況はわからないが、例えばゲノム研究で言うと、ASDの発生過程で新たに起こる de novo レアバリアントと、一般にも広く分布するコモンバリアントが整理され、複数のコモンバリアントが組み合わさった上に、レアバリアントの一押しがASD発症に至るという図式が認められる様になり、それぞれの遺伝子の発現パターンや、動物やiPS細胞での機能実験も行われたが、それ以降めぼしい進展がない。ゲノム領域で言えば研究は停滞していると言っていいのではないだろうか。

そんな中、今日紹介するパストゥール研究所からの論文は、これまで明らかになったレアバリアントをもう少し広い視野で見直すことで新しい研究方向が見えないか調べた研究で、6月28日 Nature Medicine にオンライン掲載された。タイトルは「Phenotypic effects of genetic variants associated with autism(自閉症と相関する遺伝的バリアントの形質への影響)」だ。

これまでのゲノム研究の方向性は、自閉症と相関する遺伝探索をもっぱらの目的としている。しかし、レアバリアントで de novo のバリアントと言っても、100%自閉症を発症する変異は、発生異常を除くと、まず存在しない。すなわち、変異を持っていても発症しないケースの方が多い。すなわち、自閉症とは異なる形質との相関も存在してよい。

この研究ではこれまで強い相関が見られている de novo のレアバリアントの中から、特に強い相関を示す変異を選び出し、それぞれの自閉症への相関をオッズ比としてはじき出している。

次にこれら遺伝子の発現を調べ、大脳発生過程で強い発現が見られるシナプス形成に関わる遺伝子であることを確認し、自閉症との相関が神経細胞自体の問題であることを示している。

その上で、自閉症との強い相関を示すレアバリアントを、今度は自閉症ではなく、性格や能力についての相関を調べ直すと、知能や言語能力との相関が見られることを確認、個々の性質と遺伝子変異の相関として見直すことの重要性を明らかにしている。

その上で、英国バイオバンクのデータを用いて、自閉症と診断されていない集団で、それぞれのレアバリアントがどのような形質と相関するかを調べている。

すると、失業率、収入、車の所有率、持ち家率、など、Taunsent deprivation index と呼ばれる社会からの疎外に関わる形質と強く相関することがわかった。しかし、このような社会からの疎外は社会性の問題より、様々ないわゆる流動性知性と、個別に相関していることもわかった。

さらに、これら遺伝子は発生過程で強い発現が見られるが、MRI解析で見られる脳構造や結合性の変化とは全く相関しないこともわかった。

以上が結果で、自閉症から一度離れて、自閉症と相関する変異を見ることで、自閉症の社会性変化も、結局様々な流動性知性の低下が集まった結果である可能性が示唆された。すなわち、遺伝子診断によりリスクを判断し、強化した学習を行えば、治療できる可能性を示唆している。

停滞をブレークスルーしたとは到底言えないが、しかし様々な模索が行われ、そろそろ面白い論文を紹介できる様になるのではと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月5日 真核生物のRNAガイドによるDNA編集(6月29日 Nature オンライン掲載論文)

2023年7月5日
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生命科学は今やCRISPR/Casなしに考えられないようになってきたが、これはRNAガイドによりCas分子をゲノムの思った場所にリクルートできるという、とてつもない技術的進歩のおかげだ。さらに、Cas分子自体が示す多様性のおかげで、Cas9のような標的DNA切断にとどまらず、RNAを含む様々な標的を編集できる様になり、新しいCas活性を探す研究が加速している。

このようなCas多様性についての研究は、2021年自身のゲノムにコードしたRNAをガイドRNAとしてDNAを切断するTnpBが特定されてから、Cas以外にもRNAをガイドとして特異的に遺伝子を編集する分子の存在についての確信となって大きな転換点を迎えた。特に今年になって東大・濡木さんの研究室により解読されたTnpBの構造はCRISPR/Casと比べてよりコンパクトな遺伝子編集システムが可能であることを明らかにした。

今日紹介するMITのBroad研究所からの論文は、TnpBに相同性を持つファミリー分子を追求し、なんと真核細胞にもRNAガイドを用いる遺伝子編集システム分子が存在すること、そしてその構造と機能を明らかにした研究で、6月29日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Fanzor is a eukaryotic programmable RNA-guided endonuclease(Fanzor蛋白質は真核生物のプログラム可能なRNAにガイドされるDNA切断酵素)」だ。

Fanzor(Fz)分子は2013年に真核生物のもつTnpBファミリー分子として特定されていたが、研究は進んでいなかった。この研究では、Fz分子の系統樹をデータベースから探索し、649種類の真核生物がコードするFz分子、80種類の特に巨大ウイルスがコードするFz分子を特定して(Fz1、Fz2の二つの流れに分類できる)、これらがおそらくトランスポゾンの機能と結合して広く分布した大きなファミリー分子であることを確認する。

TnpBやCas12は濡木研により詳しく解読されているので、いくつかのFz分子をこれらと比較しながら、これらがRNAにガイドされるDNA切断酵素であることを構造的に確認している。

さらに構造解析に加えて、酵母のFz1蛋白質に焦点を当て、Fz1のゲノム挿入部位から、3‘側に存在するノンコーディングRNAが、切断するDNA側の特異配列を認識するガイド及び、Fz1が認識する部位として働いていることを確認する。

これらの解析を元に、Fz1により人間の細胞のゲノム編集に使えないか、蛋白質の至適化、及びヒト遺伝子に対するガイドの至適化などを重ね、特異的遺伝子にFz1の種類に応じた欠損を発生させられることを示している。

後は、Fz1蛋白質とガイド、TAM、標的DNAの構造解析を詳しく行い、さらには遺伝子の配列やガイドの配列を変化させ、最もコンパクトで効率の高い遺伝子編集可能なFz1を作成している。

以上が結果で、実際には紹介しきらないほどの様々なデータが含まれ、是非使ってみようと思うこと間違いない。特に、特異性が高くオフターゲットの切断が少ない点、さらにはCasと比べて小さな蛋白質で編集が可能なことなどから、新しい遺伝子編集システムとして期待できると思う。

ただ、遺伝子編集利用と言うだけでなく、真核細胞にRNAガイドDNA切断酵素が発見されたことは、我々のゲノム進化を考える上でも重要な貢献だと思う。この分野の発展は止まらない。

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