1月16日 ニキビ菌を遺伝子操作してニキビ菌を制する(1月9日 Nature Biotechnology オンライン掲載論文)
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1月16日 ニキビ菌を遺伝子操作してニキビ菌を制する(1月9日 Nature Biotechnology オンライン掲載論文)

2024年1月16日
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細菌叢の研究が進むと、操作した細菌を用いて細菌叢やホストの反応を制御したいと誰もが考える。これまでのヨーグルトのような経験の積み重ねで開発したプロバイオのように、最初から効果をデザインしたプロバイオだ。

多くのバクテリアの遺伝子が解読されており、様々なベクターも開発されている現在、デザインした細菌を作ることは簡単そうに見えるが、実はこれが難しい。確かに、大腸菌をはじめとする一部の細菌については遺伝子操作の方法が開発されているが、我々が付き合っているほとんどの細菌では、ただエレクトロポレーションをしたぐらいでは遺伝子を導入できない。

今日紹介するスペイン Pompeu Fabra 大学からの論文は、モデル細菌以外の遺伝子操作の困難がよくわかる研究で、1月9日 Nature Biotechnology にオンライン掲載された。タイトルは「Delivery of a sebum modulator by an engineered skin microbe in mice(皮脂のモジュレーターをマウスの操作した皮膚細菌を介して供給する)」だ。

この研究で操作したのは、ニキビ菌(Cutibacterium acnes)で、ニキビ菌に皮脂分泌を抑える働きを付与して、ニキビ菌が増殖できない皮膚に変えるという戦略だ。要するに遺伝子操作したニキビ菌で普通のニキビ菌もともに増殖できなくしてしまおうという戦略になる。

このためにはまずニキビ菌に遺伝子導入する方法が必要になる。こういう場合、とりあえず膜に電気で穴を空けるエレクトロポレーションを用いるが、ニキビ菌の場合これだけでは遺伝子導入できない。そのため、エレクトロポレーションに用いる緩衝液から検討し、なんとか遺伝子導入出来るところまで来ている。

次の難関は、ホストの防御機構で、プラスミドがホストと同じメチル化パターンを持っていないと導入したい遺伝子がすぐ壊される。そこで、大腸菌にニキビ菌のDNAメチル化システムを導入して、ここでプラスミドもメチル化した後、ニキビ菌に導入する方法を開発している。

これに加えて、細胞壁を弱める溶液を開発して、最初から比べると1200倍という遺伝子導入効率を達成している。

その上で、操作ニキビ菌の安全な選択をするため、通常の抗生物質抵抗性選択法に加えて、チミジンキナーゼ遺伝子をノックアウトしてFUDR分子でこの細菌だけ増殖させられるようにしている。

ここまではニキビ菌の遺伝子導入法の開発で、ようやく次にニキビ菌を用いたニキビの治療法に進める。ニキビ菌は皮脂腺から分泌される皮脂を栄養として増殖し、炎症を起こす。このため、よほどひどい場合レチノイド薬イソトレチノンが使われる。勿論この薬剤は催奇形性があり、さらに皮膚の落屑が起こる。この薬剤がニキビに効果を示すのは、抗炎症作用もあるが、ゲラチナーゼ分泌を促進して皮脂の量を減らす効果があるからだ。そこで、ゲラチナーゼだけをニキビ菌に組み込めば、皮脂の分泌を低下させ手、ニキビ菌全体の増殖が下がると期待できる。

このためには、最も遺伝子発現が高いプロモーターを選ぶ必要がある。その上でゲラチナーゼを組み込んだニキビ菌を作成、マウス皮膚に移植すると、期待通り毛根内に潜り込んで、皮脂の分泌を抑えることが明らかになった。

結果は以上で、この方法だと操作ニキビ菌の増殖も低下するので、ニキビを抑えることが出来ても、また再発する心配はある。ただ、モデル以外の細菌の操作の困難がよくわかる論文だと思う。

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1月15日 細菌叢を通してマウスをヒト化する(1月5日号 Science 掲載論文)

2024年1月15日
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マウスを出来るだけヒトに近づけるヒト化マウスに関してはYoutubeでも配信したが(https://www.youtube.com/watch?v=0WCtzZQ5WF8)、基本的にはサイトカインやその受容体などをヒトの遺伝子に置き換え、身体をヒト化することを目指している。しかし、我々の身体の形成には環境要因も大きい。従って、環境を変化させてヒト化することも重要になる。この例が2019年米国衛生研究所のグループが Science に発表した論文で、実験室のマウスを野生マウスに育てさせ、全身の細菌叢を野生型の細菌叢で置き換えるだけで、免疫系をかなりヒト型に近づけることが出来ることを示した(Rosshart et al., Science 365, eaaw4361 (2019))。

今日紹介するワシントン大学からの論文は、免疫チェックポイント治療の副作用として重要な大腸炎がマウスではほとんど再現されないのは、細菌叢の違いに依ることを示し、大腸炎のメカニズムを野生型細菌叢を持つマウスで明らかにした研究で、1月5日号の Science に掲載された。タイトルは「Microbiota-dependent activation of CD4 + T cells induces CTLA-4 blockade–associated colitis via Fcg receptors(細菌叢により活性化されるCD4+T細胞がCTLA-4阻害による大腸炎をFcγ受容体を介して誘導している)」だ。

現在免疫チェックポイント治療には PD-1 に対する抗体とともに CTLA-4 に対する抗体も利用される。これらが抗ガン免疫を高めるとともに、自己免疫反応を誘導することも知られているが、特に CTLA-4 を利用したとき人間では大腸炎が起こることが知られている。ところが、他の臓器の自己免疫疾患誘導についてはマウスでも再現できるのに、大腸炎の再現は難しいことが知られていた。

この研究では、この違いが細菌叢にあるのではないかと考え、無菌マウスに野生マウスの細菌叢、及びSPFマウスの細菌叢を導入、チェックポイント治療を行うと、野生マウスの細菌叢を導入したマウスだけで、CTLA-4治療による大腸炎が発症する。免疫不全マウスに野生細菌叢を導入しても炎症は起こらないので、免疫依存性の大腸炎であることが確認できる。

さらに、ヒトの場合と同じで、CTLA-4抗体を用いた治療特異的に炎症が起こり、この炎症は主にCD4T細胞のインターフェロンやIL-17分泌が無制限で起こる結果であることを示している。

この免疫異常の原因を探ると、CTLA−4 を強く発言している一つの制御性T細胞サブセッが消失していることがわかる。また同じような現象を人間でも認めている。すなわち、組織内で誘導される制御性T細胞が消失して、CD4T細胞の TH1 反応が高まることで大腸炎が誘導されることがわかる。おそらく、野生型細菌叢の中の細菌が直接 TH1 反応を誘導している可能性はあるが、どの細菌とは特定されていない。

最後に、制御性T細胞が消失する原因を調べ、抗体が持つ Fc部分が腸炎発症に必須であること、またそれに対する Fcγ受容体をノックアウトすると腸炎が起こらないことを示し、Fcγ受容体が何らかの役割をしていることを示している。

以上が結果で、ラクダで作った CTLA-4ナノボディーでは副作用なしに抗腫瘍効果を得られることも示している。

詳細にはまだ迫れていないが、細菌叢がヒト化にも重要であることがよくわかる論文だと思う。

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1月14日 細胞内のチューリング反応を利用するシステム開発(1月4日 Cell オンライン掲載論文)

2024年1月14日
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互いに反応し合う複数の分子によって濃度が均一に分布するのではなくパターンが生じる系を反応拡散系と呼んでいる。これについては、現在大阪大学の近藤さんが京大時代に魚の皮膚の模様のパターンが反応拡散系であることを示した研究で、我が国では広く知られるようになっている。ただ、Min皮膚のパターンを変化させることはできても、一から作ることはまだまだ難しいと思う。しかし、細胞内の反応拡散系を再現することは、試験管内に近いのでまだ可能かもしれない。

今日紹介するウィスコンシン大学からの論文は、細菌が分裂時に細胞壁を作成する中間帯を決めるために使っている MinD、MinE反応拡散系を、哺乳動物の培養細胞に導入して同じように反応拡散系が作れるかどうかを調べ、さらにそれを将来細胞操作に使えないかを模索した研究で、1月4日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「A programmable reaction-diffusion system for spatiotemporal cell signaling circuit design(時空的細胞シグナルデザインのためのプログラム可能な反応拡散系)」だ。

タイトルを読むと、すごいことができるようになったのかと思ってしまったが、実際には大腸菌の反応拡散系を哺乳動物細胞株で働かせられること、それに他のシグナル系をリンクさせられることを示した、面白いがそれほど驚く研究ではなかった。

ここで使われたのは細胞膜にアンカーする MinD・ATP が MinE と結合して MinD・ADP へと変化すると幕から離れて拡散する反応系だ。大腸菌では MinC の働きが加わって反応拡散系が細胞極を中心に起こるようにできているため、中間帯を決められるようにプログラムされているが、MinD、MinE を哺乳動物に導入するだけでは極性を持ったパターンは生じない。

代わりに細胞のジオメトリーや、MinD/MinE の濃度に応じた多様なパターンの形成がおこり、それぞれの分子に蛍光分子を結合させておくと、周期的な波が生じることが示されている。少し驚くのは、3T3 でこのような反応拡散が起こっても細胞の生存に変化がない点で、実際見られるパターンの多様性から考えると、細胞をトレースして細胞分裂等々を調べる実験も必要な気がする。

逆にこの研究では、こうしてできた多様性を細胞のバーコードとして使うことを提案している。その上で、MinDと他のタンパク質がさらに相互作用を起こす系を組み込んで、細胞内でのシグナルの分布を調節する可能性を追求している。実際、化合物を加えるとMinDにタンパク質が結合するよう遺伝子操作を行うと、新しいタンパク質は化合物を加えたときだけMinDの波と合体する。

あるいは、相分離を起こすタンパク質と結合するようにすると、MinDは相分離帯に引き込まれ、波の形成はなくなる。ただ、膜直下に相分離帯を形成できるのは面白い。同じことはフィラメントを形成するアクチンと結合を誘導する系でもみられ、化合物でアクチンと結合させると、まずアクチンがMinDの波に同化するので、ここでアクチンフィラメントを形成させることが細胞の活動にどう影響するか面白い実験ができる可能性がある。

結果は以上で、反応拡散系を導入して、それに他の細胞活性をリンクさせられることは明らかになった。ただ、その結果細胞自体にどんな変化が起こるのか全く示されていないので、今のところ将来のポテンシャルが予想できるとは言い難い。例えばMinCも導入したらどうなるのか、もう少し情報が欲しい。

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1月13日 IL2・anti-CD8抗体キメラ分子によるキラー特異的T細胞活性化(1月10日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2024年1月13日
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IL2 は T細胞の増殖に必須のサイトカインで、免疫を増強する目的で臨床応用が模索されてきたが、これまでうまくいかなかった。その最大の理由は、ほとんどの T細胞から、NK細胞、さらにある種の樹状細胞まで刺激するため、刺激の範囲をコントロールすることが難しかったためだ。この問題を解決するために、例えば α受容体の結合力を弱め、制御性T細胞の刺激活性を抑えた IL2 が開発され、このブログでも何度か紹介した(https://aasj.jp/news/watch/9537)。

こうして開発されたデザインIL2 はすでに臨床応用が始まっているようだが、すでにさまざまな問題に直面しているようだ。特に、α受容体への結合能をなくしても、増やしたいキラー細胞より多くの βγ受容体を発現している樹状細胞や NK細胞が存在するため、キラー細胞の効果が落ちたり、毒性が現れる。

この問題を解決する目的でデザインIL2 を CD8 に対する抗体を結合させ、キラー細胞だけ刺激するようにしたキメラ・サイトカインの開発が今日紹介するイタリアミラノにあるサンラファエル科学研究所からの論文で、1月10日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「CD8 cis-targeted IL-2 drives potent antiviral activity against hepatitis B virus(CD8 を直接標的にする IL2 は B型肝炎に対する抗ウイルス活性を高める)」だ。

この研究では、IL2 の α受容体への結合能を抑えた上で、さらにNK細胞やδc細胞への結合を抑えるために、βγ受容体への結合力も低下させたIL2をデザインし、これを CD8抗体Fc部分に結合させている。

結果は期待通りで、試験管内の実験で CD8刺激活性に比べ、NK細胞刺激活性は2オーダー低い。このことはマウスに対する投与実験でも確認され、NK細胞や樹状細胞数はほとんど変わらないが、CD8T細胞はほぼ10倍近く増えることを確認している。

次に実際の免疫反応増強効果を見るため、B型肝炎ウイルス感染マウスに aCD8-IL2 を加えると、コントロールに比して肝炎ウイルスをほぼ除去することに成功している。さらに、刺激前の CD8T細胞を肝炎マウスに投与する実験によって、aCD8-IL2 が新たな免疫機能を強く誘導する活性があることを明らかにしている。また、デザインIL2 だけでは効果がない理由についても、肝臓で樹状細胞が増えることでキラー細胞の効果を抑えることも明らかにしている。

その上で、ヒト末梢血でも CD8特異的増幅が可能なこと、そしてアカゲザルで全身投与でも毒性はなく、またNK細胞、樹状細胞、そして制御性T細胞数に変化のないことを確認し、いつでも臨床応用が可能であるところまで研究を進めている。

以上、デザインIL2 も一つづつ問題を解決し完成に近づいたことを感じさせる研究だと思う。CD8細胞が無制限に増えると問題になりそうだが、幸いにも抗原刺激を受けた細胞だけが増えるようで、今のところは問題がなさそうだが、これは臨床研究でわかると思う。

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1月12日 多発性硬化症リスク遺伝子は感染抵抗遺伝子として進化してきた(1月11日 Nature オンライン掲載論文)

2024年1月12日
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ちょうど2年前、多発性硬化症(MS)が EVウイルス感染を条件として発生することを示した Science の論文を紹介した。そして、昨年12月 EVウイルス感染から MS発症までの免疫メカニズムを詳しく解析した論文がウイーン医科大学から Cell に発表された。そして、今日紹介するのは MS がなぜヨーロッパ人、特に北欧に多いのかについて1万年にわたるゲノム解析から調べたケンブリッジ大学、オックスフォード大学、ブリストル大学他の共同論文で、1月11日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Elevated genetic risk for multiple sclerosis emerged in steppe pastoralist populations(多発性硬化症の遺伝的リスクの上昇はステップ遊牧民で発生した)」だ。

新しい治療法の開発は急務だが、MS発症のメカニズムに関しては一区切りついた気がするので、今日紹介する論文も含めて次回の Youtubeジャーナルクラブでこれまでの研究のまとめをしたいと思っている。その時はここでは紹介しなかったウイーン医科大学の研究について特に詳しく解説する。

さて、今日紹介するのは病気のリスク遺伝子が集団の中でどのように変化するかをヨーロッパを形成した様々な人種の古代ゲノムを石器時代にまで遡って調べ、現代ヨーロッパ人での MSリスク遺伝子の変遷を調べている。

一般的には、交雑と選択を繰り返して形成される現代ゲノムの中に、病気のリスク遺伝子がなぜ維持され続け、場合によってはリスクが高まる方向に選択されているのかは不思議に見える。ただ、現代の病気と、古代の病気の質を考える時病気の遺伝子リスクを多面的に見ることが必要になる。

MS のリスク多型は実に233種類も特定されているが、そのうち32種類は MHC遺伝子領域内にあり、最も高いリスクが HLA-DRB1*15:o1 と呼ばれるクラスIIMHCだ。この研究ではヨーロッパ人の基盤になる古代ゲノム、すなわちトルコから南欧の農耕ゲノム(FG)、コーカサス遊牧民ゲノム(CHG)、ウクライナからカスピ海までのステップゲノム(SG)、東欧の遊牧民ゲノム(EHG)、そして西部遊牧民ゲノム(WHG)が交雑を繰り返す中で MSリスク遺伝子がどう変遷していくのかを調べている。

すると5000年前まではほとんど存在しなかった例えば HLA-DRB1*15:o1 が、急に SG に現れ、SG がヨーロッパへと拡大する中でヨーロッパ人全体に拡大することが明らかになった。また、リスク遺伝子全体のスコアで見ると、交雑を繰り返す中でリスクが上昇していることも明らかになった。すなわち、5000年前、ちょうどヤムナ文化が発祥する頃から HLA内の MSリスクに関わる多型が急速に現れ、他の民族と交雑する中でも、そのまま自然選択され、さらに他のリスク遺伝子も合わせて、現ヨーロッパの高いMSリスクを持つゲノムができあがっていることを示している。

勿論 MSリスクがポジティブな選択要因になるはずはないので、主なリスク多型について他の病気との相関を調べると、結核、EVウイルス、サイトメガロウイルスなど、感染症に対する抵抗性多型が集まってMSリスク多型を形成していることが明らかになった。

一般的に Th1反応はウイルスなどの細胞内感染、Th2は細菌などの細胞外感染に対するゲノム多型につながるが、MSでは両方の反応に対するリスク多型が集まっており、極めて複雑な感染免疫システム形成の結果として生まれたリスク多型と言っていい。

ただ、その後ヨーロッパは真っ先に衛生などを通して感染症を克服してしまったために、代わりに MSリスク多型として分類されてしまったという話になる。

しかし、このような面白い歴史の書き方が出来るようになった21世紀、人間がより憎み合い殺し合うのを見ると、そんな多型も調べたくなる。

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1月11日 CRISPR/Cas10+Cam1=完全免疫 (1月10日 Nature オンライン掲載論文)

2024年1月11日
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CRISPRシステムの面白いのは、細菌が外来のウイルスやプラスミドから自分を守るための様々な戦略を開発している点だ。最も良く使われているのは Cas9 で DNA二重鎖を切断するので、ゲノム編集に用いているが、他にも特定の RNA を分解したり、Cas10 のように活性化されると手当たり次第に一本鎖核酸を分解する種類など実に多様で、これが様々な使用アイデアを産んでいる。ただ、これまで研究されてきたのはその核酸分解酵素活性だった。

ところが今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、Cas10 を含む3型クリスパーシステムに存在するもう一つの遺伝子Cam1 が膜に穴を形成して脱分極させるという面白い機能が存在することを示した研究で、1月10日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「The CRISPR effector Cam1 mediates membrane depolarization for phage defence(クリスパー関連分子の一つ Cam1 は膜の脱分極を通してファージウイルス感染に抵抗する)」だ。

これまでの研究で3型クリスパーの Cas10 が一本鎖RNAを切断するとき、Palmドメインで環状のオリゴアデニル酸を合成する。これが cAMP のようなセカンドメッセンジャーとして細胞の増殖を止める働きをすることがわかっていた。

この研究ではオリゴアデニル酸合成と細胞増殖停止に Cam1 が関わるのではと考え、まず Cas10 の存在しない細菌の Cam1 を分離、これをブドウ球菌に導入し、その機能を調べている。

まず、Cam1 とオリゴアデニル酸が結合すること、そしてこの結合により細胞の増殖が停止、一定期間静止期のまま生存できることを明らかにする。

次に、Cam1蛋白質の構造解析から、この分子が通常4量体で細胞質に存在し、Cas10 の働きでオリゴアデニル酸が合成されると、これと結合して細胞膜へと移行して細胞膜に小さなチャンネルを形成することで、細胞膜を脱分極させ、これが細胞の分裂を止めることを明らかにする。

通常この穴は十分小さく、細胞死の測定に使う PI 色素は糖鎖がないため、細胞は PI で染まらず、実際増殖を止めたままオリゴアデニル酸が消失すると、再増殖が可能になる。

最後に、Cas10、Cam1 それぞれ別々、あるいは同時に発現するブドウ球菌を用意して、ファージウイルス感染抵抗性を詳しく調べ、ウイルスが感染すると、Cas10 がまずウイルス核酸とともに、近くの一本鎖核酸をズタズタにすることでウイルスの増殖を防ぐ。この時、環状のオリゴアデニル酸が合成され、これが Cam1 4量体と結合して活性化、膜移行を誘導することで、細胞膜を脱分極させ、細胞分裂を止めることで、ウイルスの拡散を防いでいることがわかった。

我々も、バクテリアを感知する自然免疫系がカスパーゼを活性化、それにより切断されたガスデルミンが細胞膜に穴を形成、それを通して IL1 が分泌されるシステムを持っているが、似ていると言えば似ている。

おそらく、このシステムを哺乳動物細胞へ移して面白い細胞エンジニアリングを可能にする技術が既に用意されているように思う。クリスパーの輪はどんどん拡がりそうだ。

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1月10日 脂肪代謝を調節して老化を遅らせる視床下部神経(1月8日 Cell Metabolism オンライン掲載論文)

2024年1月10日
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高齢者として狙われているのか、FBでは老化を遅らせることをうたったNMNの宣伝がよく来る。NMNは経口可能な NAD前駆体で、体内の細胞で NAD を上昇させ、サーチュイン(SIRT)を活性化して、様々な蛋白質の脱アセチル化を通して老化を遅らせるというワシントン大学の今井さん達が強く推奨している方法だ。

今井さん達はさらに脂肪細胞から血中に放出されるエクソゾームに含まれた NAD合成酵素が脳の視床下部に達して、視床下部活性化を通して脂肪細胞をコントロールするフィードバック回路を提唱している。

今日紹介するワシントン大学の今井さんの論文は、このフィードバックループ、すなわち視床下部の脂肪細胞調節機構に視床下部神経が発現するフォスファターゼ分子 Ppp1r17 が関与していることを調べた研究で、1月8日 Cell Metabolism に掲載されている。タイトルは「DMH Ppp1r17 neurons regulate aging and lifespan in mice through hypothalamic-adipose inter-tissue communication(視床下部背内側核は視床下部―脂肪間のコミュニケーションを通して老化と寿命を調節する)」だ。

読んでみると、この研究は視床下部背内側核(DMH)と脂肪組織との関係に関わる研究として独立している。これまで DMH には老化に関わる遺伝子SIRT1 が発現していることがわかっていたが、この中の一部が SIRT1 で活性化される Nkx2.1 により誘導され、食欲や脂肪代謝の調節に関わることが知られていたPpp1r17 を発現していることを発見している。

Ppp1r17 を発現している神経の投射を調べると、交感神経を通して末梢組織と関わる領域への投射が見られる。そこでアデノウイルスを用いて DMH神経の Ppp1r17遺伝子をノックダウンすると、白色脂肪組織が肥大している。

以前交感神経のオキシトシンが脂肪代謝を高める論文を紹介したが、まさに Ppp1r17神経により調節される交感神経は脂肪分解に関わることを意味している。

次に Ppp1r17 の視床下部での機能を調べる目的で、遺伝子発現を調べると、この分子が神経細胞の代謝とともに、シナプス形成にも関わっていること、さらには試験管内での神経培養を用いて、Ppp1r17 が神経の自発的興奮に関わることを明らかにしている。すなわち、Ppp1r17 がノックダウンされると、神経活動が低下する。実際、Ppp1r17陽性細胞をジフテリアトキシンで傷害しても、同じように肥満が起こることから、DMH細胞中の Ppp1r17陽性神経細胞は交感神経系を介して脂肪細胞の活性化に関わることが明らかになった。

Ppp1r17 はサイクリック GMP依存性プロテインかイネース(PKG)の調節を受けているので、同じ細胞で PKG をノックアウトすると、Ppp1r17 の核外への輸送が低下し、Ppp1r17 の機能が保たれる。この結果、Ppp1r17ノックダウンの反対の結果、すなわち脂肪代謝が高まることが示された。

驚くことに、このマウスでは老化が遅れ、運動機能も保たれる。さらに、今井さん達が提唱してきたNAD合成酵素を含むエクソゾームの血中濃度が高まる。

以上が結果で、老化との関係はまだまだ詰める必要があると思うが、白色脂肪組織の中枢支配メカニズムとしては面白い研究だと思う。

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1月9日 新しいメカニズムの抗生物質の開発(1月3日 Nature オンライン掲載論文)

2024年1月9日
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多剤耐性菌による院内感染は医学の重要な課題で、そのためにはこれまでとは異なるメカニズムの抗生剤の開発が必要で、多くの企業がしのぎを削っている。

今日紹介するロッシュ研究所からの論文は、LPSを細胞壁へ輸送する過程を阻害するこれまでとは全く異なるメカニズムの環状ペプチドの開発で、1月3日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「A novel antibiotic class targeting the lipopolysaccharide transporter(リポポリサッカライド輸送系を標的とする新しいクラスの抗生物質)」だ。

大晦日に、中外製薬研究所独自の環状ペプチドライブラリーを用いた K-Ras阻害剤開発の話を紹介したが、もともと微生物から分離した薬剤のなかにはサイクロスポリンやバンコマイシンのような環状ペプチドが存在する。このことから、さまざまなサイズの環状ペプチド、あるいはそれにアミノ酸以外のジョイントが結合したテザード環状ペプチドライブラリーを合成して提供するベンチャー企業が存在し、この研究ではこの会社から45000種類のライブラリーを購入し、さまざまな細菌でスクリーニングした結果、多剤耐性菌にも作用する化合物を発見する。

この化合物は3種類のアミノ酸が diphenyl-sulfide で環状になったテザード環状ペプチドで、ここから耐性菌の代表 A. baumannii への効果が高まった化合物をアミノ酸の置換や側鎖の改変により開発している。

この化合物は感染動物の治療に効果があるが、LDL を沈殿させる副作用があり、濃度が高まると致死的になる。そこで、LDL沈殿活性が低下した化合物を、さまざまな情報をもとに改変して、最終的に LDL沈殿作用のない zosurabalpin の開発に成功した。

あとは、zosurabalpin がこれまでの抗生物質とは異なる作用機序であることを示すため、まず zosurabalpin が結合するバクテリア分子の同定を行い、プラズマメンブレン上に存在する LPS を細胞壁へと移行させる分子コンプレックスに結合し、実際この輸送系の機能を阻害することを明らかにしている。すなわち、これまで全く標的になっていなかった過程で、多剤耐性菌についても効果が期待できる。

この研究は薬剤の開発で終わっているが、同じ時に発表されたハーバード大学からの論文は、LPS が結合した輸送タンパク質に結合することで輸送が阻害され、一種の通行止め状態が誘導され、細胞壁の維持形成ができなくなることを示している。

以上が結果で、多剤耐性対策も一息つけるかもしれない。また、なんとなく環状ペプチドへの注目がますます高まっている気がする。

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1月8日 最古の光合成藍藻の化石(1月3日 Nature オンライン掲載論文)

2024年1月8日
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世界最古の化石についてご存知だろうか。まだ、生命誌研究館の顧問をしていた時代、「進化研究を覗く」と題して時々のトピックスを紹介していたが、2014年世界最古の化石がどの様に研究されているのかをまとめて紹介したことがある(https://www.brh.co.jp/salon/shinka/2014/post_000005.php)。これによると、35億年前の保存性が高い地層に存在する粘液細菌からなると考えられるストロマライトの中に認められる構造物こそが、細菌の化石とされている。もちろんなかなか証明が難しい分野なので異論も多い。しかし、多細胞生物が地球上に発生する6億年より前の生物は全て単細胞生物なので、この時期の化石研究は、当然単細胞の様な極小の構造を探すことになる。

今日紹介するベルギーリエージュ大学からの論文は、地球で光合成が始まり、酸素環境が形成されるきっかけになったシアノバクテリア、すなわち藍藻の発生時期を化石から調べ、おおよそ17億年以前には進化していたことを示した研究で、1月3日 Nature にオンライン掲載されている。タイトルは「Oldest thylakoids in fossil cells directly evidence oxygenic photosynthesis(化石の中に見られる最も古いティラコイドは酸素発生性光合成の直接的証拠になる)」だ。

光合成は植物に特徴的と思ってしまうが、他にもクロレラなどの藻類、そして藍藻の様な原核生物でも行われる。そして、この藍藻が葉緑体の起源となっており、ゲノムから見ると藍藻の進化は30億年前と推定されている。この結果、地球に初めて酸素が生まれ、その後酸素を利用する生物が進化してくることになるが、実際藍藻に似た細菌が古い地層に残っているのか、研究が続けられている。

しかし、細菌の化石を特定できるとしても、光合成を行っていたことをどう証明するのか。この研究では藍藻や葉緑素に存在する光合成のための膜に結合した小器官ティラコイドに着目した。そこで、オーストラリア、カナダ、そしてコンゴのシェール層から見つかっていた藍藻の仲間と考えられる化石を電子顕微鏡を用いて観察し、オーストラリア、カナダの化石の中に、明確にティラコイドと言える構造を発見する。

これが結果の全てで、あとはこれが化石形成過程のアーチファクトではないことを、例えばこの細菌が化石化された条件(Burial temperature)をラマン顕微鏡で調べると言った方法で確認している。すなわち、化石化が起こる過程の温度は180−200度程度で、十分に細胞内の構造が保存されることを示している。この様に、この分野で最も重要なのは、年代測定と、化石化課程の検証になるようだ。

結論としては、最も古い光合成を示す化石として17億年が示された。さらにコンゴから出土した藍藻類の化石にティラコイドが存在しなかったことは、12億年前には現在に見られるような光合成藍藻と、光合成を行わない藍藻が分離していたことも明らかになった。

これまでほとんど使われてこなかった電子顕微鏡を使える様にしたことが、細菌化石の解析が、最古の光合成細菌を特定に繋がったことになる。同じ方法を使って探せば、さらに古い藍藻化石が見つかることが期待できそうだ。地球規模で考えれば地学と生物学は近い。

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1月7日 GLP-1受容体アゴニストとDPP-4阻害剤の違い(1月号 Diabetes 掲載論文)

2024年1月7日
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昨年の科学のトップニュースとして、GLP-1Rアゴニストが痩せ薬として受け入れられ、今や薬が手に入らなくなるほどのブロックバスターになっていることを NatureもScience も共にリストしていたのは意外だった。それほど肥満への関心が高いということだと思うが、本当に服用し続けて問題がないのかはもっと長いスパンで見ていく必要があるだろう。実際、GLP-1Rを刺激する治療と言っても様々な方法があり、肥満も含めたメタボ改善という観点でどの治療が一番安全で効果があるのか、糖尿病から少し離れた観点から効果を調べていくことは重要だ。

今日紹介するバンダービルド大学からの論文は、GLP-1Rアゴニストと、内因性のGLP-1レベルを高めるDPP-4阻害剤を、インシュリン感受性改善という点に絞って調べた治験研究で、1月号の Diabetes に掲載された。タイトルは「Weight Loss–Independent Effect of Liraglutide on Insulin Sensitivity in Individuals With Obesity and Prediabetes(肥満の糖尿病予備軍に対する、体重減少による効果とは別のリラグルタイドのインシュリン感受性改善効果)」だ。

GLP-1アゴニストは、皮下注射、あるいは内服で直接GLP-1受容体(GLP-1R)を刺激する治療で、現在痩せ薬として注目されている薬剤だ。これに対しDPP-4阻害剤は、GLP-1やGIPなどいくつかの消化管ホルモンを分解する酵素DPP-4を阻害することで、GLP-1など消化管ホルモンの局所での濃度を上昇させる働きがある。

薬剤グループは、無作為化偽薬試験として効果を確かめているが、調べた母数が少ないのが問題になる。この問題を認めた上で、結果だが、GLP-1RアゴニストもDPP-4阻害剤もほぼ同じ効果があると思っていた私にとっては驚きだ。

最も重要な目的は、体重低下が始まる前から、GLP-1R刺激によりインシュリン感受性が上昇するのか調べることだ。というのも、GLP-1Rアゴニストが魅力があるのは、体重が低下するだけでなく、インシュリン抵抗性などメタボ指標が大きく改善することだが、これが体重減少の結果なのか、GLP-1Rアゴニストの直接効果なのかはわかっていなかった。

結果は明瞭で、体重減少が始まるより以前、すなわち薬剤投与後2週間から、空腹時血糖、インシュリン濃度、そして HOMAR-IR と呼ばれる指標から、GLP-Rアゴニストではインシュリン感受性が上昇していること、一方ダイエットやDPP-4阻害剤ではこの様な効果が全く見られないことが明らかになった。

さらにこの効果は、GLP-1R阻害剤で完全に消失することから GLP-1R に対する刺激であることは明らかだ。

結果はこれだけだが、同じメカニズムと思っていた薬剤も、効果が全く異なることに驚く。さらに、体重で見るとDPP-4阻害剤は14週目でもほとんど減少がない。この薬剤は、早くから糖尿病薬として使われてきたが、痩せ薬という騒ぎが起こらなかったのもよくわかる。

なぜこの違いが出るのか。内因性のGLP-1の場合、おそらくまず膵臓や肝臓に作用すると思われる。また、DPP-4阻害剤は GLP-1 だけでなく、様々な消化管ホルモンに作用する。実際、DPP-1阻害剤だけで、血中グルカゴンの濃度が高まっている。

今後動物実験を含めて、それぞれの治療法の長期効果と、具体的な作用とを対応させる研究が必要になると思う。しかし、これだけ歴史のある薬剤でも、本当にわからないことが多い。

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