7月15日 嚢胞性線維症で緑膿菌感染が起こる理由(7月7日号 Cell Reports 掲載論文)
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7月15日 嚢胞性線維症で緑膿菌感染が起こる理由(7月7日号 Cell Reports 掲載論文)

2020年7月15日
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嚢胞性線維症(CF)はCFTRクロライドチャンネルの機能不全により発症することがわかっている。現在はCFTR分子の移動や機能を補助する薬剤が開発され、また遺伝子治療も試みられ、少しづつ原因分子に対する治療が進んでいる。この病気が肺だけでなく全身性の病気であることを考えると、内服でCFTRの機能を助ける方法は期待できるが、その価格は1年間で3000万円と極めて高額で、いつもなんとかならないかと思う。

ただ、この病気で最も辛い症状は肺の感染症で、特に緑膿菌の感染は厄介な問題だ。痰のキレをスムースにするためにDNase Iが効果があり、症状軽減に大きく貢献しているが、感染に対しては決定的対応ができていない。

なぜ緑膿菌感染がCFで多いのか?単純にクロライドチャンネル異常による粘液分泌上昇のせいかと考えていたが、今日紹介するジュネーブ大学からの論文はCFの気道が特に緑膿菌が接着しやすい性質を持つことが感染が起こりやすい原因である可能性を示唆している。タイトルは「Vav3 Mediates Pseudomonas aeruginosa Adhesion to the Cystic Fibrosis Airway Epithelium (VAV3は嚢胞性線維症の気道上皮への接着を媒介する)」だ。

この研究ではまず患者さんの気道上皮と正常人の気道上皮の遺伝子発現を比較し、患者さんでは細胞接着に関わるβ1インテグリンとファイブロネクチンの発現とともに、GDP/GTPの変換に関わるVAV3と呼ばれる分子の発現も高まっていることを発見する。この発見が研究のすべてで、あとはここから緑膿菌の感染までどのようなシナリオが成立するかになる。

詳細を省いて、最終的シナリオだけを紹介すると次のようになる。

  • CFTR機能不全によりVAV3の発現が高まる。
  • VAV3はGタンパク質の一つCDC42を調節して細胞骨格を再構成させる。
  • VAV3はインテグリンとファイブロネクチンの気道内への分泌を調節している。
  • CFの気道細胞でも、VAV3をノックダウンすると、構造は正常化する。
  • CFで分泌が高まっている粘液によりファイブロネクチンは分解され、この分解産物が緑膿菌を結合する。
  • 試験管内実験系だが、CFの上皮のVAV3をノックダウンすると緑膿菌の接着が抑えられる。

以上がシナリオで、納得のできる説明だと思う。問題は実際の気道で緑膿菌の接着や感染が防げるかについてのデータが示されないため、論文としてはフラストレーションが残った。とはいえ、VAV3の阻害剤の吸入、あるいはインテグリン分解産物と緑膿菌の接着を阻害する分子の吸入が開発できれば、この病気の治療はさらに前進するように感じた。

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7月14日 タンパク質同士を共有結合させて分子機能を阻害する方法(7月9日号 Cell 掲載論文)

2020年7月14日
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最近アムジェンが開発したK―RAS阻害剤の特徴は、化合物が変異アミノ酸と共有結合して離れなくなることで(https://aasj.jp/news/watch/11638)、化合物のアフィニティーは低くとも、十分な阻害活性が得る事ができる。同じ標的と共有結合する薬剤は広く普及しており、現在使われている薬剤の3割にも及ぶようだ。

今日紹介する広州にある南方医科大学からの論文は、同じ原理をタンパク質同士の反応に応用しようとした面白い研究で、こんなことも可能なのかと膝を打った。タイトルは「Developing Covalent Protein Drugs via Proximity-Enabled Reactive Therapeutics(結合により可能になる共有結合型タンパク質薬剤)」だ。

この研究では現在ガン治療に広く使われているPD-1,PD-L1の結合阻害を目的に、抗体とは異なる治療法を開発しようとしている。そのために、PD-1のPD-L1結合部位の近くに、特定のアミノ酸が近くに来ると共有結語する人工アミノ酸(fluorosulfate-l-tyrosine)を導入することから始めている。実際には、新しいコドン、tRNA を設計して、翻訳時に人工アミノ酸(FSY)が決められた場所に挿入できるようにする大掛かりな方法でFSYをPD-1に導入している。

このアミノ酸は、リジン、ヒスチジンに近接すると共有結合するように設計されており、もちろん分子内のリジンなどとも反応するので、どこに挿入するかには立体構造に基づく正確な検討が必要だが、この研究ではPD-L1結合サイトに近接した129番目のアミノ酸としてFSYをど運輸した時、最も効率にPD-L1にPD-1が共有結合できることを示している。

この結果がこの研究の全てで、あとは動物モデルでFSYを導入したPD-1が、標的PD-L1に結合することで、T細胞上のPD-1の機能を阻害できるか確かめている。

結論的には、ヒト大腸ガン細胞株を移植した実験系で抗PD-L1抗体より優れたガン抑制効果を示すこと、また免疫系をヒト化したマウスを用いた腫瘍移植実験でも同じように抗PD-L1抗体より優れた効果を示すこと、さらに腫瘍特異的CAR-Tを用いたガン治療システムでも、CAR-Tの疲弊を抑えて治療効果を高めることなどを示している。

そして最後に、アフィニティーなどの問題から、未だ未だ抗体を置き換えるまでには至っていないアフィボディーにこの技術を導入することで、HER2にアフィボディーを共有結合させられることを示している。

結果は以上で、アフィボディーについてはガン抑制実験結果は示されていないが、本来のタンパク質同士の相互作用を利用して、この結合を共有結合で固定してしまう方法が可能であることが示された。抗体と異なり、本来の分子結合を利用する方法なので、細胞表面上での相互作用なら短い開発期間で、阻害剤を開発できることから、今後発展する予感がする。

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7月13日 エクソーム検査をいかに迅速に行えるか(6月23日号 米国医師会雑誌)

2020年7月13日
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新型コロナウイルスで露呈してしまったが、我が国は遺伝子検査やゲノム検査の後進国と言えるだろう。これはゲノム研究が遅れているからではない。ゲノム解析を検査として診断に利用する体制が整っていないことを意味する。新型コロナについていえばPCR体制になるが、あらゆる分野のゲノム検査で同じ問題が存在する。

今日紹介するオーストラリアからの論文は、ゲノム解析を検査として定着させるために、技術だけでなく医師の努力と、それに応える体制の整備が重要かを示す論文で6月23日号の米国医師会雑誌(JAMA)に掲載された。タイトルは「Feasibility of Ultra-Rapid Exome Sequencing in Critically Ill Infants and Children With Suspected Monogenic Conditions in the Australian Public Health Care System (重篤な状態にある単一遺伝病が疑われる新生児や小児について超特急でエクソーム配列決定を行うためのオーストラリアの医療体制)」。

今やあらゆる先進国でタンパク質に翻訳されるゲノム領域、エクソームの全配列を決定する検査を行うことができる。ただ、最速でも2週間は必要で、通常1ヶ月はかかるのではないだろうか。実際、私の友人のガンのエクソーム検査を某研究機関に依頼したら、2ヶ月以上かかっても結果が出ず、結局友人はエクソームの結果を知る前に亡くなってしまった。

ガンの場合それでもまだ検査を受ける意味はあるが、遺伝変異が疑われる病気で重篤な状態にある小児の場合、2週間もかかるとほとんど検査する意味はなく、どんなに技術的に可能でも検査を諦めざるを得ない。

これを克服しようとしたのがこの研究で、2018年から1年間、オーストラリアの10箇所の病院に、重篤な状態で入院してきた新生児および幼児108人について、できる限りのスピードでエクソーム配列決定を行う体制を整備し、その体制が機能するかどうか調べている。もちろんオーストラリアでも、一つの機関が外部にエクソーム検査を依頼した場合、結果を知るまでに6ヶ月以上かかっていたようだ。これを、ゲノム倫理についての要件も全て満たして10日前後で結果が出るような体制を作ったというのがこの研究の全てで、あとはこの体制を検証している。

結果は予想以上で、サンプルを採取してからエクソーム解析レポートが出てくるのになんと平均3.3日で終わっている。また、入院日からかぞえても平均17.5日で結果が出る。そして、86%の患者さんで、入院中(退院および死亡前)にレポートが間に合っている点だ。この体制を作り上げた努力には頭が下がるが、一般の病理検査以上のスピードに持っていけることを見事に示した。

その結果、半分の患者さんではなんと変異遺伝子が特定され、そのうちの8割近くで検査は役に立ったという結果だ。

具体的な点についても述べられているが、全て割愛する。要するに、迅速なゲノム検査は、先進国ならやる気になればできる。あとは、金銭的、人的コストをかけて良いとするコンセンサスと、医師の強い意志にかかっている。

新型コロナ感染ではPCR体制ばかりに議論が集中したが、PCR検査体制だけにこだわっては、コストだけがかかる歪ものになると思う。ぜひPCR体制にとどめないで、ゲノム検査体制の問題として真剣に取り組んでほしいと願っている。

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7月12日 ポリネシアとアメリカ大陸の人類学的接点(7月8日号 Nature 掲載論文)

2020年7月12日
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全く知らなかったのだが、南米に最も近いポリネシア、イースター島ではアメリカ原住民とポリネシア人が、それぞれの地域にヨーロッパが進出するずっと以前にコンタクトがあり、文化や遺伝子が南米から流入した可能性が議論されていたようだ。そこでゲノムの出番と、今までに少人数のイースター島住民のゲノムを調べているが、その証拠は見つかっていなかったようだ。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文はこの可能性を調べるために、イースター島だけでなく、広い範囲のポリネシア人と太平洋岸の様々な地区のアメリカ原住民のゲノムを比較し、確かに両者にコンタクトがあったことを証明した論文で7月8日号のNatureに掲載された。タイトルは「Native American gene flow into Polynesia predating Easter Island settlement(イースター島への移住前に、アメリカ原住民からポリネシア人への遺伝子流入が存在した)」だ。

それぞれの関係を調べると、マルキネス諸島より東のポリネシア人には北部中南米とチリ付近のアメリカ原住民のゲノム流入が明らかに存在していることを発見している。ただ、それぞれの地域には別々にヨーロッパ人が進出し、さらには奴隷として連れ去られる悲しい歴史が残っている。そのため、アメリカ原住民の遺伝子流入を正確に推定するためにはヨーロッパ人からのゲノム流入を詳しく調べる必要があり、これとは独立に起こったアメリカ原住民との交雑を特定する必要がある。

結果、中南米北部のコロンビア付近の原住民のゲノムが、たしかにポリネシア人に存在し、それはヨーロッパ人の影響とは全く無関係に起こったことを明らかにしている。すなわち、コロンビア付近のアメリカ原住民が、自力でポリネシアのどこかの島にたどり着いたことを示している。

最後にこのイベントが起こった時期を計算し、ヨーロッパの植民による南米からの遺伝子流入とは別に、各島ごとにばらつきはあるが紀元1150年から1230年までに収まることを明らかにしてる。

以上が結果で、海流が存在するとはいえ、進んだ航海技術なしにアメリカ原住民とポリネシア人がどうコンタクトしたのかは明らかでない。著者らは一つの可能性として、ポリネシア人が移住していなかった島にアメリカ原住民がまず流れ着き、そこでポリネシア人との交雑が起こったと考えるのが、一番今回の研究結果と合致することを示唆しているが、他にも様々な可能性があるかもしれない。いずれにせよ、多くの島に別れて住んでいるポリネシア人には別々の歴史が存在するはずで、今後個別の調査によって、歴史が明らかになるのではと期待できる。

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7月11日 生物以前のタンパク質の機能を探る(7月7日号米国アカデミー起用掲載論文)

2020年7月11日
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現代の生物学はもともと生命の自然発生を否定するパストゥールのテーゼ「生命は生命から」に始まっている。しかし、40億年前の地球では、このテーゼに反するAbiogenesis, 無生物から生物が発生した。現役を退いてからまずやってみたいと思ったのが、このAbiogenesisに関して行われている研究を調べ、自分なりにそのシナリオを理解することだった。最初どうなるかと思ったが、この分野が力強く進んでおり、自分でも納得できるシナリオをまとめることができた。そして大胆にも、阪大や東大の学生さんにAbiogenesisを講義している 。その内容はHPでもYoutubeで紹介しているのでぜひご覧いただきたい(https://www.youtube.com/watch?v=fN9PZtj_UGk)、

ただ、この講義ではいわゆるRNAワールドを基本に講義を構成しており、アミノ酸が繋がったペプチドのabiogenesisの可能性は講義しても、自然発生したタンパク質と機能との相関についてはほとんど講義していない。これは、自然発生では機能という目的性が全く存在せず、取りつく島がないからだが、今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文はこの分野の方向性を示す面白い研究だと思ったので紹介する。タイトルは「Primordial emergence of a nucleic acid-binding protein via phase separation and statistical ornithine-to-arginine conversion (核酸結合タンパク質は原始の世界で、オルニチンがアルギニンに転換し、相分離が起こることで自然発生した)」だ。

おそらくこの論文の著者らも最初の機能的タンパク質がRNAワールドとともに生まれたと考えていると思う。そのため、核酸を安定化させるという機能を持った核酸結合性タンパク質が生まれた過程のシナリオを目指している。

そこで注目したのがリボゾームに結合するタンパク質S13などが属している、二重鎖の核酸に結合するヘリックス・ヘアピン・ヘリックス構造を持つ一群のタンパク質だ。選択は恣意的と言えるが、RNAワールドから考えると十分納得がいく。

さて、この研究では現在存在するHhH分子の系統樹から、最も祖先形と考えられる配列を推定し、その配列を合成してDNA結合能を調べるところから始めている。現在のHhHモチーフはよく似た異なるペプチドが2量体を形成しているが、このような複雑な組み合わせは原始の世界ではあり得ないので、同じHhHモチーフがリンカーで合体した分子を、おそらく最初に生まれた原始形として再現している。

実際にはHhHモチーフをつなぐリンカーなどを工夫が必要だが、最終的に核酸結合能を持ったタンパク質を再現でき、これをスタートに、まず生物以前に存在できたアミノ酸に置き換えている。すなわち、His,Phe,Tyr,Lysなどは原始の世界では存在しないので、それを他のアミノ酸に置き換える作業だが、これが一番難航したと思う。アミノ酸の化学的性質の近似や、構造などから推察を繰り返し、最終的にアラニンを14個含むペプチドにたどり着き、これが核酸結合能を持つことを確認している。

そして最後に、アラニン以前に多く存在したと考えられるオルニチンでこのアラニンを置き換えてみると、核酸結合能が失われることから、原始の世界ではオルニチンが少しづつアラニンで置き換わる過程が存在したと仮定し、ランダムにオルニチンを置き換えていくと、タンパク質が折りたたまれるようになり、変換の数に従って核酸結合能が回復する。

そしてきわめつけは、アルギニンへの転換が多いほど、核酸を加えた液相で、大きな相分離した液滴を作ることまで示している。相分離は原始の世界を説明するのに重要だと感じていたが、相分離がタンパク質の一つの機能だとすると、私の中のAbiogenesisのシナリオはさらに現実性を持ち始めた。

結果は以上で、これまで抜けていたタンパク質の機能についてのピースが見つかったような気になった。来年の講義から是非使いたいと思う素晴らしい発想の論文だと思う。

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7月10日 新型コロナウイルスに対する抗体レパートリー(Cellオンライン掲載プレプリント)

2020年7月10日
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新型コロナウイルスに対する抗体反応は不思議な点が多い。それをブラックボックスのまま、例えば日本人の特性と結びつけて議論してもほとんど意味のないことだ。確かに一般の人やマスメディアはブラックボックスでもすぐに答えを欲しがるため、「ブラックボックスなのです」という答えでも、答えとして満足をあたえるようだ。山中さんのファクターXという言葉に納得しているメディアからそれがわかる。すなわち、「わからない」という答えを「ブラックボックスです」という肯定形に転換するマジックは科学には通用しない。

科学者は。「いつかわかるようになる」と語ればいいと思う。というのも、現在の科学は、多くの「まだわかっていない」を、時間さえかければ「わかった」に転換する方法を備えている。例えば、新型コロナウイルスに対する抗体反応については、メディアも含めて様々な議論が行われているが、まだ完全な解析が行われていない段階では、満足いく答えなどあり得ない。

その意味で今日紹介するドイツ・ケルン大学からの論文は新型コロナウイルスに対する私たちの抗体反応、というよりB細胞の反応を遺伝子レベルで徹底的に解析した研究で、新型コロナウイルスに対する免疫反応が、これまで私自身が持っていた抗体反応の常識に合わないことを示していた。タイトルは「Longitudinal isolation of potent near-germline SARS-CoV-2-neutralizing antibodies from COVID-19 patients (ほとんど突然変異のないしかもウイルス感染を中和する抗体がCovid-19患者さんから長期間分離される)」だ。

どの方法論を取るかは別にして、手間はかかっても必ずどこかで探求が進行していると期待して、論文が出るのを今か今かと待っているといった研究があるが、この論文もその典型だ。いうまでもなく抗体反応は、抗原に反応する個々のB細胞が分泌する抗体の集まりで、新型コロナに対しても多くのB細胞が動員されると考えられる。さらに、インフルエンザを含む多くのウイルス感染の研究から、これらのB細胞は突然変異を繰り返し、急速に抗原への結合能が高い抗体遺伝子へと進化することが知られている。

この研究では、軽症および無症状の感染者をPCRによる検査陽性が判明した時点から最長69日まで、新型コロナウイルスのスパイク抗原に焦点を絞って抗体反応を追跡している。ただ、これまでの研究と異なり、血清中の抗体だけでなく、抗体を分泌しているB細胞を2000個近く末梢血から分離、それぞれの抗体遺伝子配列を決定し、一部については遺伝子から抗体を再構成しなおして活性を調べている。要するにウイルスに対する抗体のレパートリーを徹底的に調べる手間をかけた研究を行なっている。

考えるだけでも大変で膨大な実験だが、手間に見合った成果は大きかった。できるだけわかりやすく、結果を箇条書きにして説明しよう。

  • 無症状から軽症の感染者では、中和抗体も含めて、血清中に抗体が速やかに現れる。しかも、抗体は少なくとも2ヶ月は維持される。
  • これと相応して、スパイク抗原に反応するB細胞も0.2-1%(全B細胞のうち)の割合で出現し、その割合はほとんどのケースで時間とともに上昇する。
  • 1751個のB細胞の抗体遺伝子(VHとVL)配列を調べると、特定のクローンに収束することなく、多くのVH、VL遺伝子が反応していることがわかる。すなわち、スパイクという一つのタンパク質に対して、多くの異なる抗体遺伝子が動員されている。
  • 抗原に反応するB細胞が時間とともに増加することは、B細胞が増殖していることを示すが、異なる時点でスパイクに反応するB細胞を採取し、抗体遺伝子を解析すると、一部のクローンは最初から60日まで維持されていることがわかる。
  • 普通はこのような持続するクローンが優勢になるのだが、コロナ感染の場合、必ずしも少数のクローンが優勢になるわけではなく、常に多くのクローンが抗原に対して維持され続けている。
  • 特定のクローンが優勢にならないということは、どのVH、VL遺伝子が選ばれているかからもわかる。すなわち人間が生まれついてもっているVH、VLの多くが反応しており、例えばVHでは第3グループが選ばれる確率が高いが、中和抗体でも驚くほど多くのV遺伝子が使われている。
  • 抗体遺伝子の多様性は遺伝子再構成場所の挿入欠失で起こり、この変異は確かに多様性があり、この時高い反応性の抗体が生まれていると思う。しかし、驚くことに多くのウイルス感染で見られるV遺伝子への突然変異の蓄積がほとんどない。すなわち、生まれつき持っているV遺伝子の組み合わせで、活性の高い中和抗体ができる可能性がある。
  • これを確かめるため、12人の患者さんから新たにB細胞を採取、その遺伝子を再構成して、中和活性の高い抗体を特定し、その上でこれに対応するV遺伝子を調べると、やはり多くのV遺伝子が選ばれている。しかも、突然変異の蓄積と、再構成した抗体の中和活性にはほとんど相関はなく、元々持っているV遺伝子セットでも高い中和活性を実現できていることがわかる。
  • しかも、再構成した28種類V遺伝子セットのうち、4種類はなんと自己反応性が存在する。
  • 祖先B細胞が特定できるB細胞クローンを選んで突然変異の蓄積率を調べると、1週間にようやく0.1ー0.5突然変異が蓄積する程度の変異率しかない。すなわち、ダーウィン進化でいう自然選択圧が低い。
  • 中和活性のあるV遺伝子セットを、感染歴のない正常人のV遺伝子レパートリーと比べると、L鎖遺伝子ではほとんど変異がなく、VH遺伝子も生まれつき持っているV遺伝子レパートリーに近い。そして、正常のV遺伝子セットから、十分中和活性のある抗体を再構成できる。

以上が結果で、かなり詳しく紹介した。要するに、少なくとも軽症者についていえば、感染後のB細胞の進化過程がミニマムでも、十分高い中和抗体が形成できることを示している。すなわち、元々持っているV遺伝子セットを抗原で増殖させるだけで良いということになる。これは、中和抗体を目指すワクチン開発には大きな朗報と言えるだろう。もちろんT細胞免疫についても忘れてはならない。

なぜこのような独特の免疫反応が起こるのか、また重症者ではどうなのか、同じような研究が進んでいると思う。この点についていうと、ワクチン研究はまさにこの問題に迫れる、感染がコントロールされた人体実験でもある。この機会に、今度はワクチン接種後の抗体レパートリーの変化を、ぜひこの研究と同じレベルで解析してほしいと思う。T細胞でも同じだ。

まだ若い時、直接V遺伝子配列を決めることが可能になって、アイソトープにまみれて抗体遺伝子のレパートリーを調べたことがある。その時の経験からも、さらには最近進む多くの感染症での抗体レパートリーの研究からも、レパートリーが進化するという常識が形成されていたが、新型コロナウイルスに対する抗体反応はこの常識を覆す(と言っても必ず共通の説明は可能なはずだ)。基礎研究としても極めて重要な免疫分野が生まれていると感じる。

追記 中和抗体がほとんど変異していないセットでできるという論文はImmunityにも掲載されている。

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7月9日 ストレス反応とIL-6 (7月23日号 Cell 掲載論文)

2020年7月9日
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私たち世代にとってストレス反応=ハンス・セリエで、彼のStress in Lifeを読んだ時、病気を特有の症状から考えるだけではなく、病気全体に共通の症状から考えることの重要性を説いた彼の主張になるほどと納得したのを今も覚えている。このとき精神と身体を結合させているのが、コルチコステロイドで、この考えは今でも色あせていないと思う。

しかし、ストレス自体の定義は多様化してきている。今日紹介するイェール大学からの論文はIL-6もストレス反応のメディエーターとして重要な働きをしていることを示した研究で7月23日号のCellに掲載されている。タイトルは「Origin and Function of Stress-Induced IL-6 in Murine Models (マウスでストレスにより誘導されるIL-6の起源と機能)」だ。

この研究ではストレスにより誘導されるサイトカインを探索して、IL-6が様々なストレスで急速に誘導されることを発見する。そこで、ストレスに反応してIL-6を生産する組織を探索し、この反応は副腎のコルチコステロイドとは独立の反応で、交感神経の刺激により褐色脂肪組織から産生されることを突き止めている。

次に、IL-6により媒介されるストレス反応の身体的影響を調べ、エネルギー収支とは独立に、IL-6が血中グルコース濃度を高めることを明らかにする。様々な糖代謝検査を行った結果、この血中グルコース上昇は、IL-6が肝臓に働いてPck1やG6Pcなどグルコース新生に関わる分子が誘導されて起こるグルコース新生の結果であることを明らかにする。

一方で、ストレスによりIL-6の血中濃度が高まると、LPSによる炎症性ショックに対して感受性がたかまり、ショックによる死亡率が上昇する。

結果は以上で、最後のエンドトキシンショックへの感受性と、それ以前の話のつながりが悪く、Cellのレベルには達していないかなとも思うが、1)神経ストレスで交感神経が興奮、2)その結果褐色脂肪組織でIL-6が誘導され、3)それが肝臓に働いてグルコース新生を誘導する、というシナリオについては、代謝のリプログラムがストレスを受けて次の状況に備えるために誘導されるという点では十分納得できる。

例えばギリギリの状態で身体能力を発揮しているプロスポーツ選手を考えてみると、ストレスで利用できるグルコースが上昇することは、それ以降の身体能力発揮には重要だが、その分さらなるストレスへ無防備になると考えればいいのだろうか。

論文としては驚くほどではなかったが、しかし代謝学が急速にメジャーな領域に再登場してきているのがわかる論文だった。

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7月8日 高齢者の急性骨髄性白血病の新しい治療プロトコル(6月29日号 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2020年7月8日
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高齢者になると、骨髄移植は原則困難なので、急性骨髄性白血病(AML)の治療は難しい。最近になって、メチル化阻害剤のデシタビンやアザシチジンが使える様になり、病気の進行をある程度抑えることができる様になったが、治癒には程遠い。この様な薬剤による治療がうまくいかない背景には、白血病細胞集団の中に存在するガン幹細胞が薬剤では叩ききれないためと考えられ、幹細胞の増殖を抑える方法が研究されてきた。最近になって、AML幹細胞がCD70とCD28(リガンドと受容体)の両方を発現して刺激を維持することで増殖していることがわかっていた。そこで、CD70に対する抗体を使ってAMLを治療する試みが始まっている。

今日紹介するスイス・ベルン大学からの論文はCD70に対する抗体とメチル化阻害剤(人間の場合アザシチジン)を組み合わせることで、半数の患者さんで白血病を抑えることが可能であることを示した重要な研究で6月29日号Nature Medicineに掲載された。タイトルは「Targeting CD70 with cusatuzumab eliminates acute myeloid leukemia stem cells in patients treated with hypomethylating agents(CD70に対する抗体Cusatuzumabは、メチル化阻害剤で治療を受けている患者さんの急性白血病の幹細胞を除去できる)」だ。

かなり詳細な実験が行われているので、個々の実験についての解説は省いて、研究の流れと、結果の要約だけを紹介する。

この研究はメチル化阻害剤で白血病細胞を処理すると、CD70が上昇するという発見から研究を進めている。これはCD70遺伝子の転写調節領域のメチル化が外れることでおこり、白血病の幹細胞のCD70抗体による治療を容易にすることがわかる。そしてこの可能性を、白血病細胞を移植したマウスの治療実験で確かめ、メチル化阻害剤とCD70抗体の両方を投与した群では、ほぼ完全に白血病細胞を除去できることを示している。

次に、白血病抑制のメカニズムについて検討し、メチル化阻害剤がCD70の幹細胞での発現を高めると同時に、分化した白血病細胞の除去に貢献し、一方でCD70抗体は、CD70/CD28シグナルを抑えると同時に、NK細胞など抗体依存性細胞障害機構を使って、幹細胞を除去するという2段構えになっていることをモデル実験系で示している。

この研究が重要なのは、上記の前臨床研究をもとに、平均年齢75歳の高齢者のAMLを対象にPhaseI/IIの治験が含まれている点で、最初異なる用量のCD70抗体を投与した後で、アザシチジンとCD70抗体を組み合わせる1ヶ月ごとの治療プロトコルを12人に投与、経過を観察している。

結果は上々で、全てのCD70に対する抗体量で治療効果が見られ、そのうち10人ではcomplete remissionが見られている。このうち1例は骨髄移植を行えたので中止、また4例は再発により治験を中止している。しかし残りの6例は治療を継続しており、最初に治験に参加した2人は2年近くcomplete remissionのまま経過している。

高齢者のAML治療のこれまでの状況から考えると、かなり有望な方法に思える。今後第3相が行われると思うが、期待している。

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7月7日 果糖も上手にとれば健康に良い?(6月22日 Nature Metabolism オンライン掲載論文)

2020年7月7日
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果糖は文字通り果物に多く含まれる糖で、私が学生の頃は体に悪いという話は全くなかった。その後清涼飲料水の普及に従い、甘み付けに用いられるコーンシロップ中の果糖が肝臓に直接流入して代謝されると、脂肪肝の原因になることが明らかになり、現在では果糖を取り過ぎない様注意が喚起されている。とはいえ、果糖を多く含む果物は今でも健康に良いとされ、摂取が推奨されている。要するに、清涼飲料水の様に一度に果糖を摂取するのが危険ということだが、果糖の安全性を担保してくれているのが、果糖が最初に通る小腸上皮による、果糖の分解能力にあることが最近明らかになった(https://aasj.jp/news/watch/8072)。

今日紹介する同じプリンストン大学からの論文は、この小腸が果たしている果糖のバリアー機能を、小腸特異的ケトンヘキソキナーゼ(KHK)ノックアウトを用いてさらに明確にした研究で6月22日Nature Metabolismオンライン版に掲載された。タイトルは「The small intestine shields the liver from fructose-induced steatosis (小腸は果糖による脂肪肝発生の障壁になっている)」だ。

繰り返すが以前紹介した様に(https://aasj.jp/news/watch/8072)この研究グループは、果糖を食べると、まず小腸上皮でグルコースとグリセレートに分解されるが、処理能力を超える量は直接肝臓に入って脂肪へと変換されることを明らかにした。

この研究はその続きで、では小腸で果糖の分解ができないとどうなるか、小腸特異的にKHKをノックアウトしたマウスを作成し調べている。結果は予想通りで、小腸で分解できないと、多くの果糖が肝臓に流入し、脂肪酸代謝経路に取り込まれることを示している。

この結果血中のtriglyceridesが上昇、ショ糖を8週間摂取させた時に起こる脂肪肝、脂肪肝の程度がさらに悪化することを明らかにしている。これにより、確かに小腸での果糖分解が肝臓を守ってくれていることが明らかになった。

では、小腸で果糖分解能を高めてやればどうなるのか?KHK遺伝子を小腸特異的に過剰発現させたマウスを作って調べている。これも予想通りで、果糖はほとんどグルコースへと転換され、肝臓へ直接移行する量は抑えられる。これに伴い、脂肪代謝経路に取り込まれる量が低下する。

面白いことに、小腸での果糖分解が上昇すると、果糖を避ける様になり(フルクトース1リン酸の蓄積によると考えられる)、このマウスでは脂肪肝が抑えられるかどうかを示すことはできていない。しかし、脂肪代謝から見て、小腸のKHKレベルが果糖の肝臓毒性を和らげていることは間違いない。

これらの結果から、前回述べた様に果糖の毒性を和らげる最大のポイントは、小腸での果糖代謝能力を上昇させ、小腸の処理能力を超えて一度に摂取しないという戦略が成立する。これを確かめるため、同じ量の果糖を4回に分けてとるグループと、一度に摂るグループに分けて調べると、同じ量を摂取しても脂肪代謝経路への取り込みはほとんど上昇しないことを明らかにしている。すなわち果物の果糖は他の成分とともにとるため、少しづつ溶け出して処理されるから健康に良いことになる。

このグループのこれまでの研究を総合すると、果糖を使った、甘くしかも体に良い食べ物も設計できるかもしれない。

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7月6日 Pelizaeus-Merzbacher病の遺伝子治療の可能性(6月24日号 Nature 掲載論文)

2020年7月6日
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学生時代神経内科学は苦手としていたが、その最大の原因は人の名前が付いている病気が多いことだ。もちろん、この問題は特に自分に特有の問題ではないはずだが、もともと人の名前を覚えるのが苦手だった私には、余計に苦手に感じられたのだと思う。

最近になってこれらの病気の多くが特定の遺伝子の変異による疾患であることがわかり、理屈が分かってくるとだんだん苦手意識は消えてきて、今は知らない名前の病気が出てくると、逆に興味が惹かれる。

今日紹介するCase Western Reserve大学からの論文もそんな一つで、これまで聞いたこともなかったPelizaeus-Merzbacher病の遺伝子治療の開発についての研究だ。タイトルは「Suppression of proteolipid protein rescues Pelizaeus-Merzbacher disease (プロテオリピッドを抑えてPelizaeus-Merzbacher 病を正常化する)だ。

この病気はミエリン形成に関わるとされるProteolipid protein1(PLP1)の変異で起こるが、調べてみるとPLP1の機能は完全に理解できているわけではない。細胞膜上に発現し、ミエリンを形成するMBP1と結合し、ミエリン鞘の圧縮に関わっているとされ、実際この分子の突然変異ではミエリンが形成されないための神経症状で患者さんは亡くなる。しかし、病気が起こるのは遺伝子重複や、活性化変異が起こる場合で、不思議なことに遺伝子機能が完全に欠損した患者さんでは症状が軽い。

この研究は、この不思議な現象をそのまま遺伝子治療に使えないかと考えた。すなわち、アンチセンスRNAを用いて遺伝子の発現を逆に抑えることで治療しようと考えた。

まず活性が高まる変異を持つモデルマウスを作成し、この遺伝子を遺伝子操作したノックアウトマウスを発生させると、ミエリン鞘の圧縮の異常は残るものの、ミエリン形成が正常化し、その結果神経機能が回復することを確認している。重要なのは、脳幹のミエリン形成が正常化することで、震えがとまり、運動機能が回復し、呼吸機能が正常化して、ほぼ正常な活動性が戻ることで、マウスの場合、子供ができることも確認している。

この様に、発生初期からPLP1遺伝子機能をノックアウトすると、症状の多くを抑えることがわかったので、次に生後すぐに遺伝子治療を行った時、症状がどこまで回復するのか調べている。

遺伝子導入のための様々な基礎実験を行なった後、アンチセンスRNAを生後一回だけ脳室内に投与することで、機能をどこまで回復できるか調べている。結果は期待通りで、一回投与するだけで、何もしなければ3週間以内に全例死亡する突然変異マウスで、振戦の消失、運動機能の回復がみられ、少なくとも8ヶ月まで生存できることが明らかになった。また、組織学的にも、遺伝子ノックアウトと比べると回復は劣るものの、ミエリン形成が脳のほとんどの場所で回復していることを示している。

結果は以上で、比較的単純なアンチセンスをしかも一回注射するだけで、1年近く継続する効果が見られるというのがこの研究の最大のポイントだ。すなわち、神経発達期の初期さえうまく乗り越えれば、可塑的に脳発達が可能な例が存在し、治療できるということがわかった。とすると、遺伝子変異をいかに早く見つけて治療するかが重要になるが、そのためには、新生児期に遺伝子治療を可能にするための、遺伝子検査体制が必要になる。おそらく、我が国にとってはここがいちばんのボトルネックになる様に思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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