6月7日:モルヒネによる便秘に対する新薬(6月4日号The New England Journal of Medicine掲載論文)
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6月7日:モルヒネによる便秘に対する新薬(6月4日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年6月7日
がんによる症状の中でも患者さんを最も苦しめるのが痛みだ。私が医師として病院で働き始めたのは1973年だが、現在では標準として使われているモルヒネの経口投与は行われていなかった。習慣性のある麻薬は避けるべきだと言うタブーがあったのかもしれない。そんな時イギリスのブロンプトン病院では経口モルヒネを大量投与ががん性とう痛に大きな効果を上げていることを聞いた。日本では1978年位からこの治療が始まったが、私自身は治療に利用する機会が来るまでに医師を辞めてしまった。それから40年近く、現在もがん性とう痛の最も効果的治療として世界的に何千万の患者さんに処方し続けられている。この論文を読んで不勉強を思い知ったが、現在ではがん性とう痛に限らず、様々な原因の痛みに対する治療としてモルヒネが使われるようになっているらしい。論文ではアメリカだけで1年に2億回分の処方が行われていることを紹介している。しかしモルヒネは脳内の受容体に働いて痛みを抑えるだけでなく、腸管の受容体にも働き、腸神経を刺激して腸管の動きを変化させ便が前に進まなくすると同時に、腸管腔への水分や電解質の分泌を抑えてしまう。この結果患者さんは強い便秘に悩まされる。モルヒネ投与時、下剤を処方するがなかなか期待通りの効果がないのが現状だった。今日紹介する論文はモルヒネ投与による便秘に対する新薬ナロキセゴールの第3相臨床治験の結果を報告したミシガン大学等からの研究で6月4日にThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Naloxegol for opioid-induced constipation in patients with noncancer pain(がん以外の痛みに対する麻薬投与による便秘に対するナロキセゴールの効果)」だ。ナロキセゴールはモルヒネ受容体に対する抑制剤ナロゾンにポリエチレングリコールを結合させた薬剤で、ナロゾンが脳血管障害を越えないようにすることで腸管だけに作用する様にした薬剤だ。この改変によりモルヒネの脳に対する効果はそのままで、腸管に対する効果は抑制できると言う合理的な薬剤だ。研究ではがん以外の痛みに対してモルヒネ投与を受けている患者さんを選び、投与後12週間、2重盲検無作為化を行う統計学的に確かな方法でこの薬剤の効果を確かめている。結果は期待通りで対象と比べると週3回以上の便通が起こる患者さんが15−20%増えたと言う結果だ。一方、痛みを抑制するモルヒネの効果はそのまま続き、大きな副作用もない。薬剤の原理を考えるともっと効果があっても良い様な気がするが、モルヒネによる便秘に対する論理的な薬剤が初めて開発されたことはうれしいことだ。古代エジプトに芥子の実を鎮痛に使うと言う記録があるらしく、人類の知恵が経験的に開発した痛みを抑える薬が、麻薬として一般に利用されるようになったために医療で気軽に使いにくくなり(もちろん医療でも使い続けられていたが)、その後見直されて今はがん性とう痛に限らず広く特効薬として使われているという歴史を振り返ると、人類の知恵と愚かさの両面をつくづく感じる。調べてみるとFDAの許可は昨年暮れにおりているようだ。日本でも同じ様な薬剤が進んでいる様で、更に古代からの知恵を利用できるようになると期待できる。
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6月6日:認知機能の老化に及ぼす外国語学習の効果(Annals Neurologyオンライン版掲載論文)

2014年6月6日
6月4日120万人の初診患者さんの血圧と心血管病との関係を調べた英国の研究を紹介し、英国のコホート研究の伝統と拡がりについて述べた。その時英国では戦後すぐに始まったコホート研究がざらにあることを述べたが、更に上手のコホート研究があった。なんと私が生まれるずっと前1936年にスコットランドで始まったコホート研究で、The Lothian Birth Cohort(LBC)と名前がついている。今日紹介する論文は、このコホートを利用して認知機能の老化に外国語学習は役に立つかどうかを調べたエジンバラ大学の研究で、Annals of Neurologyオンライン版に掲載された。タイトルは「Does bilingualism influence cognitive aging ?(2カ国語学習は認知機能の老化に影響があるか?)」だ。このコホートに登録され生存が確認されている853人が対象で、全員が11歳になった時知能テストを一度受けている。その後71歳から74歳時点でもう一度大学に来て貰って、一般知能、記憶能力、情報処理能力、認知機能、言語能力などを検査するとともに、11歳以降英語以外の外国語教育を受けたかどうか、現在も外国語を使っているかどうか、何カ国語学習したかなどを聞き取り調査し、外国語を学習しなかった群、18歳以前に学習した群、18歳以降に学習した群の3群に分けて、11歳時の知能テストと70歳を超えた時点での認知テストとの相関を調べている。もちろんこれまでにも同じ課題についての研究は数多く行われている。ただ、2カ国語を習うこと自体、家庭環境など様々な因子が介入して来て、検出される効果が原因なのか結果なのかの評価は難しかった。しかしこの研究では語学を習う前に先ず知能テストを行っていること、生まれた年、地域が揃っていること、またスコットランドに移民が流入する前からコホートが始まり、言語的にも比較的均質な集団を扱っているなどの点で、これまで行われたどの研究よりも条件が揃っている。全般的な結論としては、11歳時に測定した知能テストの結果に関わらず、外国語学習は一般的知能、読む能力の老化を防止する高い効果があることが示された。もう少し詳しく見ると、1)記憶や情報処理力にはあまり効果がない、2)IQ(11歳時)が高い場合は早くから学習した群で効果が高い、逆にIQが低い場合は遅くから学習した方が老化を防げる、3)習う外国語の数は多いほど効果がある、4)学習した後使っていなくても効果はある、などだ。外国語の習熟度が調べられていない点が少し難点ではあるが、どの項目で見ても外国語を習って悪い影響があることはないので、外国語教育は老化防止のためにも奨励すべきだろう。もちろん私の年になると既に手遅れで、この様な結果が生活に役立つことはない。しかし、これからの世代の教育政策には重要なエビデンスの一つになるだろう。この論文を読んで私が一番感心するのは、人間の一生をカバーするコホートが行われ、エビデンスを集めようとしている点だ。この研究のように教育の効果を調べたいときはなおさらだ。残念ながら敗戦で社会システムが大きく変化した我が国では、LBCの様な80年近く追跡が続くコホート研究はないと思う。しかし戦後の歩みを語る時、系統だった個人の記録がどれほど手に入るのだろう?現在エコチル調査などが行われているのは知っているが、まだ歴史は浅い。これまで教育についてあまり調べて見る機会はなかったが、我が国の教育行政に人の一生を視野に入れた調査がどの程度反映されているのか調べてみたいと思っている。
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6月5日:血液から肺がん細胞を回収して研究する(Nature Medicineオンライン版掲載)

2014年6月5日
胸部内科で働いていたとき、私も小細胞性未分化肺がん(SCLC)の患者さんの主治医になったが、全員2年以内に看取ることになった。当時SCLCの5年生存率は5%に到達していなかったと思うが、現在も状況は変わっていないようだ。ゲノム解読が進んで、腺癌、扁平上皮癌、非小細胞性未分化癌などでは治療標的になる分子が発見されたのに、SCLCからは有望な標的分子は見つかっていない。またほとんどのがんで、p53,RB1などの癌抑制遺伝子が欠損しており、悪性度が高いことも納得できる。SCLCの治療を困難にしているのが転移で、発見された時にはほとんどの例で転移が起こっている。事実5月18日に紹介したCellSearchと言う機械を使って調べると、血液を流れるがん細胞の数は乳がんの50倍近くに上る。この困難をはねのけるためには更にがんのことをよく知る必要があるが、今日紹介する論文はこの血中に流れるがん細胞を集めてマウス皮下で増殖させられることを示した英国マンチェスター大学と英国がん研究所の研究でNature Medicineのオンライン版に掲載された。タイトルは「Tumorigenicity and genetic profiling of circulating tumor cells in small cell lung cancer(小細胞性肺がん患者の血中を流れるがん細胞の動物での増殖性と遺伝子プロフィール)」だ。研究では先ず6人の化学療法を受ける前の患者さんから10ccの血液を採り、赤血球以外の細胞を集めて免疫機能を完全に失ったマウスに注射している。まだ100日以上時間がかかるが、期待通り4例の血液から集めたがん細胞はマウス皮下で増大し腫瘤を形成した。5月18日に紹介した血中のがん細胞数を数えるCellSearchと呼ばれる機器で調べてみると、腫瘤を造った患者さんは458−1625個のがん細胞が7.5ccの血液中に見つかったが、がんが増えてこなかった2例は222個と20個で、血中のがん細胞は少なかった。全例でないとは言え、血液からマウスの中で増殖させられるがん細胞を採取できると、実際のがん細胞を用いた研究の可能性が一気に広がる。実際この研究の経過中に5例の患者さんは亡くなっているが、がん細胞は生きたまま残っていると、残ったがん細胞を使って治療経過と相関させたり、様々なデータが取れるはずだ。マウス皮下のような人為的な環境で増やしていると言う問題はあるが、形成された腫瘤内のがん細胞は病理的にも小細胞性未分化癌の特徴を示し、抗がん剤への反応も患者さんの反応と一致していることが確認され、患者さんの体内にあるがんを代表出来ていることが示されている。当然ゲノムについても調べており、それぞれのがん細胞が個性を持ちながら、SCLCの特徴も維持していることが確認されている。この研究では残念ながら患者さんから正常細胞を得ることが出来ていないため、見つかった変異のどれががん特異的か特定することは出来ていないが、今後正常細胞を供与してもらうことはそれほどハードルの高いことではない。最後にマウスに移植したことによりゲノムが変化していないか調べるため、もう一度血液からがん細胞を集め、マウスの皮下で増殖した細胞と遺伝子を比べている。結果はマウス皮下で増殖することで大きなゲノム変化は起こっておらず、マウス皮下でもオリジナルな性質を保てることがわかった。発想は単純だが、素晴らしい仕事だと思う。30年にわたって医学はSCLCに敗北を余儀なくされてきた。原因の一つはがんを知るための資料を得ることが難しかったためだ。今回の仕事は単純だが、患者さん由来のがん細胞を使った研究を進めて行く上での大きな一歩になるはずだ。サンプルを得るためのハードルが下がることで、創薬企業にも実際のがん細胞を用いて研究が出来るようになるだろう。この研究を転機として医学が反攻を始めることを期待したい。
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6月4日:英国初診患者電子登録システムの力(5月31日The Lancet誌掲載論文)

2014年6月4日
私のいたCDBからも多くの研究者が英国に留学している。おそらく日本人にとって英国の医療システムには戸惑う所が多いだろう。私は英国で暮らしたことがないので、知り合いから聞いたり資料から窺い知るだけだが、先ず一般医(GP)に登録しておく必要があるし、最初から病院に行くことも出来ない。また実際にGPの診断が間違っていたり、遅れて苦労した知り合いもいる。では医療ケアシステムととして全面的に劣っているかと言うと、優れた点も多い。先ず医療は完全に無料だ。一方我が国では3割の自己負担だけではなく、税金から負担している部分も多く、巨額の財政赤字の一つの原因になっている。両者を比べたとき、我が国では到底追いつかないと思えるのが、患者さんのデータ登録だ。GPでの診断治療は電子化されて残され、academic health networkを通して利用できるようになっている。他にも心臓血管病については全ての医療機関をカバーするデータ登録が行われ、GPでの記録と照合をつけることが出来る。ようやく昨年になってがんの登録法ができた我が国とは雲泥の差だ。今日紹介する論文は、この登録システムを使った血圧と心臓血管疾患の関係を調べた健康情報を研究するFarr研究所からの研究で、5月31日号のThe Lancetに掲載された。タイトルは「Blood pressure and incidence of twelve cardiovascular diseases:lifetime risk, healthy life-years lost, and age-specific associations in 1.25 million people(12種類の心臓血管疾患と血圧の関係:125万人の調査からわかる障害リスク、健康生活損失、年齢ごとのかかり易さ)」だ。結果は明快で、収縮期圧が高いと、脳内出血、くも膜下出血、狭心症のリスクが40%以上上昇し、一方拡張期圧が高いと腹部大動脈瘤の危険が高まると言う結果だ。他の新血管疾患、年齢ごとのデータ、健康生命予後など詳しいデータが示されているが詳細は割愛する。これまでの調査と特に変わらないように思えるが、血圧が高いからと言ってあらゆる心疾患のリスクが上昇するわけではないこと、また高齢者同士で比べると高血圧の影響は減少することなどはこの研究で新たに明らかになったと言える。しかし何と言ってもこの研究の素晴らしさは、120万人という大規模な調査を可能にするこれまでの蓄積にある。英国ではこれだけでなく、長期間一定の対象を追跡する様々なコホート研究が進んでいる。戦後すぐから始まったコホートもざらにある。この様な蓄積が正しいデータを生み、健康行政の自信につながる。様々な問題を抱えながらも、英国がこの健康ケアシステムを維持する自信はこの様な記録に支えられているのだろう。私は21世紀がゲノムを始め個人の記録が蓄積され、パブリックに利用できるようになる世紀だと思う。この観点から見ると、おそらく我が国は英国に大きく遅れをとっていること間違いない。研究者も私利私欲を捨てて協力し合い、この問題に取り組んで欲しいと願っている。高齢化、財政問題などを考えると我が国に残された時間は少ない。
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6月3日:暴露される歴代イギリス王室の病気(5月31日号The Lancet掲載論文)

2014年6月3日
私は読んでいないが、シェークスピアの戯曲「リチャード3世」では、王を狡猾・残忍な陰謀家でせむしの男として描いているらしい。作り話とする説もあるが、当時の歴史家John Rousがリチャード三世を「体格は小さめで、右肩が上がっていた」と書いていることから、せむしと言うのもまんざら間違いではないように思われていた。リチャード3世はボズワースで戦死、グレイフライアースに埋葬される。我が国では考えられないがその後遺体は発掘しなおされ、その時確かに側彎症があることが確認された。今日紹介するレスター大学の論文は、発掘された遺体のCT検査を行い、3次元画像を再構成、3Dプリンターを用いて脊柱を再現して更に詳しく異常の原因を調べた研究だ。論文は5月31日号のThe Lancetに掲載され、「The scoliosis of Richard III, last Plantagenet King of England:diagnosis and clinical significance(最後のプランタジネット家英国王リチャード3世の側彎症:診断と臨床的意義)」だ。結論は、リチャード3世は確かに側彎症だったが、足を引きずるほどではなく、遺伝的原因や脳麻痺などが原因である可能性はなく、いわゆる学童期に始まる「突発性側彎症」と診断できると言う結果だ。The Lancetでは以前も、ジョージ3世のポルフィリン尿症について詳しい検証を行った論文を掲載している(The Lancet, 366, 332, 2005)。この論文では、ジョージ3世の髪の毛に含まれるヒ素の含有量について調べて、毛髪全体に一様に分布していることから、ポルフィリン症の胃腸症状に対して投与されたアンチモンのなかにヒ素が混入していたと結論している。驚くのは、この毛髪が個人所有された後、オークションで取引され最終的にウェルカム財団の博物館に所有されていることだ。リチャード3世や、ジョージ3世については様々な歴史記述が残っている。これらの記述が正しいかどうか、医学的に確認することは歴史を知るためにも重要だ。とは言え、王の遺体を再発掘し、毛髪を自由取引で博物館展示を許す。イギリス国民と王室の関係は、我が国とは全く違っていることがよくわかる。
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6月2日刺激に依存する神経結合過程の可視化(Science誌5月23日号掲載論文)

2014年6月2日
論文を読んで昔の知識がよみがえった。私たち人間の視神経は脳の両側に軸索を伸ばし、両眼からの刺激統合が必要な立体視を可能にしている。もちろんほとんどのカエルでも同じ事が言える。しかし変態前のオタマジャクシは目が左右に完全に分離しており、視神経も脳の反対側だけに投射している。カエルへと変態が始まると、目の位置が顔の前の方に移動、立体視が必要になると視神経が同じ側の脳に投射するようになる。発生学の教科書を初めて読んだとき、なかなか合目的に出来ていると感心したものだ。今日紹介するモントリオール・McGill大学の研究はこのオタマジャクシの特徴をフルに生かして、視覚刺激により安定した神経結合が形成されるプロセスを研究している。論文は5月23日号のScience誌に掲載され、「Rapid Hebbian axonal remodeling mediated by visual stimulation (視覚刺激によって引き起こされる急速なヘッブ法則に従う軸索再構成)」がタイトルだ。ヘッブ法則と言うのは1949年やはりMcGill大学の教授だったヘッブ博士が提唱した「同調して興奮している神経細胞は結合するが、同調していない神経細胞は結合を失う」と言う法則を意味する。ただこれを証明するためには、刺激に反応する神経軸索の振る舞いをリアルタイムにモニターする必要がある。オタマジャクシを用いるとこのことを確かめる実験が可能であることを思いついたのがこの研究の全てだ。発生学から生理学までの深い知識に基づきこの研究が行われている。私も知らなかったが、確かにオタマジャクシの視神経は反対側の脳に投射するのだが、発生の間違いで少しは同側にも投射が起こるらしい。この一種の間違いを利用して、この同側に紛れ込んだ神経軸索が視覚野で安定な神経結合を形成する条件を調べている。即ちこの視神経が紛れ込んだ側のほとんどの神経は反対側の視神経から刺激を受ける。これを利用して、反対側の目に対する刺激と、紛れ込んだ視神経が由来する同側の目に対する刺激のパターンを同期あるいは非同期させて与えることで、紛れ込んだ神経が周りの神経と同期する場合と、非同期の場合が設定できる。納得だ。さらにメラニン色素のない透き通ったオタマジャクシを使い脳神経を直接観察できるようにしている。そして、同側から紛れ込んだ視神経をラベルする方法を利用して、軸索の短期間の振る舞いを細胞レベルで調べることを可能にしている。独創的なほれぼれする実験系だ。論文ではヘッブの法則を確認するだけでなく、新しい発見も示している。まず軸索の刺激が周りの神経と同期していないと軸索成長の速度が上がる。これは新しい発見だ。しかしヘッブが予想した通り、もし周りと同期していない場合は形成されたシナプスが早期に消失すると言う結果だ。そして同期された場合も、シナプスでの神経伝達を阻害すると、安定なシナプス結合が失われる。さらにこの様な反応は予想以上に早いと言うこともビデオで確認している。この結果から、単一神経への刺激だけでなく、常に全体の刺激状況を瞬時にモニターしながら、最適な神経結合が組織化されて行く様子がよく理解できる。今後多くの研究室が採用しそうな実験系だ。しかし、同じ大学で提唱された法則を証明するために次の世代が努力しているのを見ると、科学はグローバルと簡単に言えない伝統を感じる。
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6月1日慢性リンパ性白血病の薬剤抵抗性(5月28日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年6月1日
がんは未熟な幹細胞の増殖異常だとするのが現在の通説だが、もちろん例外もある。特に抗体を造るBリンパ球が異常増殖をする骨髄腫や慢性リンパ性白血病(CLL)はその典型で、間違いなく完全に成熟した細胞からおこるがんと言える。CLLは欧米の高齢者には深刻な問題だが、幸い我が国ではあまり多くない白血病だ。完全に原因がわかっているかと聞かれると、答えはNOだが、抗原に反応して増殖するという、B細胞の本来の機能に必須のシグナル伝達経路の異常活性化がその背景にあると考えられている。これを裏付けるのが抗原からのシグナルを伝えるために必須のBtkと呼ばれる分子の活性がCLLで上昇している点だ。この結果を治療に生かすために、Btkの活性を抑制する分子イブルチニブが開発され期待通りの効果を上げている。ただ一定の割合で薬剤耐性の白血病が発生することがわかって来て、耐性のメカニズム解明が待たれていた。今日紹介する論文は、イブルチニブ耐性のメカニズムについてのオハイオ州立大の研究で、5月28日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは、「Resistance mechanisms for the Bruton’s tyrosine kinase inhibitor iburtinib(ブルトン型チロシンキナーゼ阻害剤イブルチニブ耐性のメカニズム)」だ。研究では6例のイブルチニブ耐性を獲得したCLLの全エクソーム配列を決定し、耐性獲得前の遺伝子と比較した。驚くべきことに、全ての耐性獲得CLLでBtk遺伝子か、PLCγ遺伝子の同じ場所に、同じ変異が見つかったことだ。Btkに対する薬剤だから、Btkが突然変異しても不思議はないが、同じ突然変異が全てに見られることは、耐性の獲得ががんにとってもそう簡単でないことを意味している。また、Btkが直接作用するPLCγの突然変異でも同じ耐性が獲得されると言う結果は、Btkからのシグナル経路がCLLの主要な役割を演じ続けていることを示している。この研究では次にこの変異の生化学的性質を詳しく調べている。詳細は全て割愛してまとめると、Btkの突然変異は、Btkとイブルチニブの結合を不安定にして薬剤の効果を減少させる変異であること、及びPLCγ分子の突然変異は他の分子の調節を受けなくなる異常活性化状態を作り出すことが明らかになった。今回の結果から、がんのしたたかさを垣間みることが出来るが、しかしこれなら必ず対応方法がある。是非新しい異常分子に対する薬剤を早期に開発して欲しいと思う。
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5月31日:タウ蛋白もプリオンになる(Neuron誌6月号掲載論文)

2014年5月31日
タウ蛋白、プリオンと言われてもよくわからないと言う人は多いだろう。先ずタウ蛋白は伸びた神経の構造を保つ微小管形成に必須の分子だ。ただ、アルツハイマー病や幾つかの神経変性疾患は、このタウ蛋白が細胞内で集まって沈殿するために起こることが知られている。プリオンは狂牛病の原因として知られているが、この本態は細菌やビールスとは全く異なり、実は細胞間シグナル伝達に関わると考えられる普通の分子PrPに由来する異常蛋白そのものだ。タンパク質が機能するためには正確に一定の3次元構造へと折り畳まれる必要がある。ただ、どんなことも失敗がある。折り畳みに失敗したタンパク質も造られるが、通常細胞内で処理される。ただ幾つかのタンパク質では処理できずに細胞内に蓄積する場合があり、これが様々な神経変性疾患を引き起こす。プリオンも、PrP蛋白がうまく折り畳まれなかった一種廃棄物と言える。プリオンが問題なのは、うまく折り畳まれなかった失敗作プリオンが、正常のPrPの折り畳み過程に影響して、失敗作プリオンにしてしまう点だ。細胞内で失敗作が失敗作を増やして行く。更に、シナプスを介して拡がる。このように感染力があるにもかかわらず遺伝子は全く必要ない。幸いこの様な恐ろしい力を持つ蛋白はこれまでプリオンと、酵母に存在する蛋白の2種類しか知られていなかった。今日紹介するワシントン大学からの論文は、タウ蛋白もプリオンと同じように感染し、拡がることを示した研究で6月号Neuron誌に掲載された。タイトルは「Distinct Tau prion strains propagate in cells and mice and define different Tauopathies(タウ蛋白から異なる形のプリオンが造られ、細胞やマウスの中で増えてタウ蛋白症を引き起こす)」だ。この研究のポイントは、タウ蛋白が感染性のプリオンへと変化したかどうかを調べるための検出系細胞を確立したことだ。この細胞に折り畳みに失敗したプリオン化タウ蛋白を導入すると、細胞内で発現している蛍光標識したタウ蛋白が塊を形成させるので、検出が可能になる。驚くべきことに、プリオン化タウ蛋白には様々な立体構造があり、細胞内で正常タウを自分と同じ形をしたプリオン化タウに変える。さらに、形の違うプリオン化タウごとに引き起こされる異常も違っていると言う結果だ。もちろん、マウスからマウスへとこのプリオン化タウを伝搬できることなど、タウ蛋白からプリオンと言える全ての性質を持つプリオン化タウが出来ることを示している。専門でないので正確に評価できないが、著者等はこの研究がタウ蛋白がプリオン化することを示した最初の研究だと主張している。重要なことは、タウ蛋白蓄積によるアルツハイマー病の細胞から抽出した蛋白をこの検出系に加えると、同じ構造を増殖させられることだ。もし患者ごとにプリオン化タウ蛋白の構造が違うとしても、それを増やして調べることが出来る。感染性物質の研究はそれを増殖させる実験系が必須だ。この様なプリオン化蛋白は細胞から細胞へと伝播することが知られているが、この過程を特異的な抗体で抑制できるかもしれない。既に紹介したように、抗体を脳の中に移行させる技術も開発されている。タウ蛋白がプリオン化することは恐ろしいことだが、同時に新しい光が見える研究だ。
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5月30日:脳血流量に見られる思春期男女の大きな差(アメリカアカデミー紀要オンライン版系再論文)

2014年5月30日
まだ実現していない差別のない社会を確立することは21世紀の課題だ。ただ本当に差別をなくし平等を実現するためには、差別の元になる違いをしっかり理解した上で、なぜそれを克服して平等を実現するかという理論構築が重要だ。これまで人類が克服を目指して来た差別の中でも男女差別はこの典型で、まだまだ不十分とは言え、差を認めた上での平等の実現を目指した取り組みが進んでいる。ただ、男女差についてまだまだ知らないことが多い。今日紹介する論文は、脳の様々な部分の血流を思春期前後の男女で比較したペンシルバニア大学の研究でアメリカアカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Impact of puberty on the evolution of cerebral perfusion during adolescence (青年期の脳血液かん流の進化に対する思春期のインパクト)」だ。この研究ではArterial Spin Labeling(ASL)というMRIテクノロジーを使って脳血流量を測定している。原理は私も完全に理解できているわけではないが、脳に流入する血液中の水分子のスピンを変化させて標識し、それが普通の水と置き換わる速度をMRIを使って測定すると考えればいい。通常血流量を測定するにはアイソトープや造影剤が必要なため、思春期の健常人に利用するには敷居が高すぎた。しかしASLではこの必要がないため、900人を超す健常人の脳血流の測定が初めて可能になった。この研究はASLにより検出される脳血流量変化の大規模コホート研究と言える。結果には驚かされる。通常脳血流量は小児期に高く、その後徐々に低下するが、女性の脳の特定の部位では思春期に低下が止まり、青年期にかけて上昇することが発見された。この変化は脳全体で見られるのではなく、default mode networkと名付けられている、記憶を辿ったり、夢想したりといった内省的過程に必要な脳内ネットワークの拠点領域や、あるいは感情に反応して何かを決めたりするのに必要な領域でこの傾向が最も著しい。一方男性では、これらの領域の血流量は青年期にかけて低下する一方だ。なぜこの差が生まれるのかについては今後の研究が必要だが、脳の特定の領域でしか見られないことを考えると。思春期の女性ホルモンに反応すると言った全身的な反応ではない。おそらく女性特有の思春期の脳発生を反映しているのではと推論している。この研究ではまだ現象論の範囲を超えないが、今後様々な異常状態を調べることで、男女の脳の発生や生理の差が明らかになるだろう。例えば性同一性障害などの基盤もわかるようになるかもしれない。調べてみると、ペンシルバニア大学はASLを開発しこの分野のセンターとなっている。この新しい方法を取り入れた長期にわたる脳発達のコホートが行われていることを知ると、脳研究に取り組むアメリカの本気度がよくわかる。
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5月29日:遺伝子診断を治療に利用する(5月21日号アメリカ医師会雑誌掲載)

2014年5月29日
様々ながんの遺伝子診断の拡がりについてこれまで紹介して来た。しかし設備や知識の面で我が国の医療機関がこの進展について行けていないのが事実だ。とすると我が国でがんの遺伝子診断をした所で何の役にも立たないかもしれない。さらにこれまで紹介したように、遺伝子診断により現在の医療では対応出来ないことがはっきりして、よけいに失望することになるかもしれない。それでも原理的に考えると、がんを知って戦う方が治療可能性は高いはずだ。事実、白血病、非小細胞性未分化肺癌、乳がんなど遺伝子診断結果に基づいた治療の効果が確認されたがんの数は増えつつある。今日紹介する論文は肺の腺癌について遺伝子診断を行う意義について調べた研究だ。スローンケッタリングがん研究所を中心とする多施設の研究で、5月21日号のアメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Using multiplexed assays of oncogenic drivers in lung cancers to select targeted drugs (複数のドライバーがん遺伝子についての検査結果をがん治療薬の選択に使う)」だ。これまで紹介して来たように、がんの発見時には既に複数の突然変異が重なっていることがわかっている。この突然変異の中で、がん細胞の異常増殖を直接刺激する遺伝子をドライバーがん遺伝子と呼び、治療標的の第一候補だ。この研究では、これまで肺腺癌で活性化されていることが知られている10種類のドライバー遺伝子についての検査結果と、がんの経過を調べている。対象として、転移が確認されたステージ4(最も進んだ)肺腺癌と診断され、まだ寝たきりになっていない患者さんが選ばれている。検査法は既に臨床に導入されている機器を使って、突然変異を同定している。結果は10種類の遺伝子について検査すると64%のがんのドライバー遺伝子の突然変異が見つかる。先ず安心するのは、ドライバー遺伝子が複数変異しているケースはほとんどないことだ(2種類のドライバー遺伝子の突然変異が同時に起こると予後は悪い)。次に、変異したドライバーの種類とがんの予後にははっきりした相関はないようだ。次にドライバー遺伝子に対する標的治療の可能性だが、残念ながらドライバー遺伝子が特定されてもそれに対する薬剤がない場合も多い。その典型がRAS 遺伝子で、肺がんだけでなく多くのがんのドライバー遺伝子になっている。このことは、なんとしてもRAS遺伝子を標的とする薬剤を開発する必要があることを再確認させる。ただ肺腺癌では他にも様々なドライバー遺伝子が特定され、既に薬剤が開発されている標的が見つかっている。この研究では、標的に対し薬剤が存在する場合はそれを優先して使用、標的に対する薬剤が得られない場合や、ドライバー遺伝子が特定できなかった場合には通常の化学療法を行っている。効果については生存期間の中央値として計算されているが、ドライバー遺伝子に対する薬剤を使った場合は3〜5年、薬剤が使えなかった場合は2〜4年で大きな差がある。予想通り、がんを知って戦うことの重要性がまた明らかになった。今回の研究は2009年に始まり、まだエクソーム解析など高価なため、どうしても遺伝子を決めて調べるしかなかった。しかしエクソーム解析のように発現する遺伝子全てについて変異を調べることが可能になった今、より多くのドライバー遺伝子を特定する可能性は確実に上がっている。我が国でも是非がんを知って戦う治療が普及する様、私もお手伝いしたいと思っている。
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