5月20日:Try and Errorの脳科学(6月13日発行予定Cell掲載論文)
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5月20日:Try and Errorの脳科学(6月13日発行予定Cell掲載論文)

2019年5月20日
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脳科学は多くの細胞の活動を同時に、継時的に記録する技術と光遺伝学の技術開発により急速に進展した。とくに、判断や学習の過程を継時的に記録できるため、複雑な課題を処理するプロセスが研究できる。すなわち、脳内でより高度な統合を必要とする行動が研究できるようになる。ただ脳科学の素人にとっては、読むのがますます困難になる。今日明日と、内容は理解できても、詳細についてなかなか理解ができない論文をあえて紹介したい。

最初はカリフォルニア大学サンディエゴ校、小宮山研究室からの論文で、try-and-errorを繰り返すうちにルールを学習して熟練する過程で、この経験を蓄積・統合して決断するための主観的価値をきめている場所を特定した研究で6月13日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「Area-Specificity and Plasticity of History-Dependent Value Coding During Learning (学習過程で経験の蓄積に依存するバリューコードに関わる領域特異性と可塑性)」だ。

右か左か2者選択の正解率が異なる課題で、どちらの可能性が高いかを経験により学習させると、マウスも十分賢くて、確率の高い方を常に選ぶようになる。そこで確立が急に変わると、また学習を行ってその確率に合わせる。この過程では、try-and-errorを繰り返した歴史的経験が脳のどこかにコードされ、それを参照して褒美をもらうための決断が必要になる。

このような過程をどう研究するのか、勉強にはなるのだが、データの見方などはかなり高度になり、この分野がますます素人には理解しづらい分野になっていく印象を持つ。と断った上で、論文を読み進めると、この経験は全て外部から支持されるのではなく、主観的に形成されることから、まず数理モデリングを用いてこのような経験の積み重ねで判断の基準が形成される過程に必要な要素をパラメーターとして特定する。

この結果をもとに、脳の各領域の神経活動をカルシウムを用いた発光で記録し、学習過程で様々な反応を示す各ニューロンの中から、それぞれの素過程に最も関わる脳内領域を特定し、経験の積み重ねに基づく判断に最も相関する領域として脳梁膨大後部皮質(RSC)を特定する。

さらに、RSC内の各神経の活動は同じパターンを長く維持しており、蓄積した価値がしっかりとレファレンスとして維持されていることを示している。とはいえ、RSC神経は新しい経験に対して最もよく反応して、新しい経験をアップデートしている。

以上に基づいて、光遺伝学的にRSC神経活動を抑えると、それまでの蓄積に基づく判断ができなくなることから、RSCが経験の積み重ねという歴史を表彰しているという結果だ。

あまり間違ってはいないと思うが、しかし行動に関わる要素が複雑化し、さらに多くの細胞の反応を同時に記録し、そのなかから各要素に対応する神経細胞を特定していく、まさにビッグデータサイエンスが深まれば深まるほど、内容は面白いのだが、データの理解がわかりにくくなってくる。ゲノム研究も同じだが、素人向だがデータもある程度理解できるうまいデータ提示の方法が必要な気がする。

明日は課題がもっと複雑な論文を扱う。

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5月19日 加工食品の影響を調べる臨床治験(Cell Metabolismオンライン版掲載論文)

2019年5月19日
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ハンバーガーに代表される食べやすく加工した食品は、先進国での肥満の原因として問題にされている。事実以前紹介したように、ファストフードに限れば一品当たりのカロリーや砂糖の量は上がり続けており、消費者の好みを追求し続ける大手ファストフード会社の宿命が明らかになっている(http://aasj.jp/news/watch/9804)。ただいくら一品のカロリーが高いとはいえ、食べやすく加工したこと自体が悪いのかどうか、またなぜ悪いのかについては科学的な答えがない。

今日紹介する米国NIHからの論文は、食べやすくすることが問題になる原因を4週間被験者の食事をコントロールして調べた臨床治験でCell Metabolismにオンライン掲載された。タイトルは「Ultra-Processed Diets Cause Excess Calorie Intake and Weight Gain: An Inpatient Randomized Controlled Trial of Ad Libitum Food Intake(高度に加工した食品はカロリー摂取による肥満の原因となる:食事制限なしの院内での無作為化試験)」だ。

研究は極めてシンプルで、男10人、女10人の健常人を入院させ、無作為化して、10人は、最初2週間高度に加工した食品だけ、残りの2週間はほとんど加工食品を使わない食事、残りの10人はその逆パターンの食事を取ってもらい、その間の徹底的に様々な代謝指標を徹底的に調べ上げている。

この研究の目的は、加工して食べやすくすることの功罪を調べることなので、入院中の食事は加工食も、非加工食も、重さあたりの様々な成分はほぼ同じように合わせている。しかし、食べる量は自由にしており、当然たくさん食べればカロリーは高い。また入院中は両方のグループとも決まった一定の運動をとるようにしている。

さて結果だが、期待どおり食べやすく加工した食品を摂取している間は、摂取カロリーは上昇し、体重が増える。一方、加工しない食品をとると体重は低下するという結果だ。食品の内容は同じなので、結局食べやすく加工してあれば、ついつい多く食べてしまって体重が増えるということになる。これ以外に面白いと思った結果をまとめると、

  • 脂肪や糖質の摂取は、加工食でも上昇するのに、タンパク質の摂取は両群で変化がない。メニューにもよると思うが、なぜタンパク質だけ一定レベルになるよう自然に食事できるのか不思議だ。
  • カロリー過多になる原因は、朝食と昼食で、夕食は両群とも摂取カロリーは変化しない。すなわち、朝、昼に注意が必要。
  • 期待どおり、加工食の場合、食べる速度が上がる。カロリー比にすると1分あたりの摂取カロリーは50%上昇する。要するに、加工食品も噛めるようにすればいい。
  • 加工食では食欲を抑えるホルモンの分泌が少なく、逆に空腹ホルモンが高い。すなわち、満足までに多く食べてしまう。
  • 少なくともアメリカ人は、耐糖試験で両者に差がない。

他にも詳しい代謝試験が行われているが、詳細については是非論文を直接当たって欲しい。結論を繰り返すと、食べやすくすることで飽食の時代が来たという当然の結論だが、それを調べるためにこれほど大掛かりな治験を行うNIHに頭がさがる。

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5月18日:卵子形成で正常ミトコンドリアを選択するメカニズム(5月15日Natureオンライン掲載論文)

2019年5月18日
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ミトコンドリアは細胞の分裂から独立して増殖しており、また母親の卵子を通してだけ子孫に伝わる独自のゲノム遺伝子を持っている。このため、ミトコンドリアゲノム自体も、この過程で突然変異を起こし、一つの細胞に遺伝的に異なる種類のミトコンドリアが共存するヘテロプラスミーと言う状態が生まれる。突然変異による機能異常のミトコンドリアが存在し、その割合が増えるとホストの細胞の機能が低下するが、これがミトコンドリア病で、異常ミトコンドリアを卵子発生で除去するメカニズムがないと、種の保存は不可能になる。

この卵子発生過程でどのように異常ミトコンドリアだけを見つけ出して排除するメカニズムを研究したのが今日紹介するニューヨーク大学からの論文で5月15日号のNatureに掲載された。タイトルは「Mitochondrial fragmentation drives selective removal of deleterious mtDNA in the germline (ミトコンドリアの分断が生殖細胞での異常ミトコンドリアDNAの除去に関わる)」だ。

この研究では幹細胞から生殖細胞と体細胞へ分化する過程を目で見ることができるショウジョウバエの卵巣を用いて観察している。詳細は省くが、もともと温度が上がると機能が低下するミトコンドリアを持つショウジョウバエに、正常のミトコンドリアを移植し、温度を上げた時に機能低下ミトコンドリアの割合が低下するかどうかで、選択が起こったかどうかを調べている。また、この時様々な分子操作を行い、この選択に関わるメカニズムを明らかにしている。

結果をまとめると以下のようになる。

  • 機能低下ミトコンドリアの選択は、卵子発生の初期、卵子と体細胞が分離する時期にのみ起こり、正常ミトコンドリアがこの時増加する。
  • 体細胞や、精子形成ではこのような選択は見られない。
  • 異常ミトコンドリアの機能低下が検出できないように、外来遺伝子で機能を保証してやると、選択は起こらない。すなわち、機能異常が検出されて選択が起こる。
  • この時期のミトコンドリアは、孤立して増殖せず、通常ならミトコンドリア同士で交換する分子も交換しない。すなわち、他のミトコンドリアから完全に区別できるようになる。
  • この時、Mitofusinの発現量を高めて、ミトコンドリアの孤立化を防ぐと、選択が起こらない。実際卵子発生では、一時的にmitofusinの発現が下がり、ミトコンドリアの孤立が起こるようになっている。一方、体細胞ではミトコンドリアが長時間孤立化することはなく、互いにネットワークを維持している。
  • ミトコンドリアのATP生産量が異常ミトコンドリアを区別する指標に使われている。
  • 異常が検出されたミトコンドリアは、マイトファジーではなく、赤血球分化で見られるオートファジーのメカニズムを用いて、ミトコンドリア膜上のBNIP3蛋白を指標に除去される。

以上が結果で、ショウジョウバエの特徴を生かしたオーソドックスな研究だ。おそらく同じようなメカニズムは他の種でも見られるはずで、特にmitofusinを調節することで、異常ミトコンドリアを選択できるとすると、ミトコンドリア病の治療のヒントが得られるかもしれない。

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5月17日 新しい移植抗原を探す(5月16日号The New England Journal of Medicine)

2019年5月17日
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我が国ではドナー不足はまだまだ続いているが、多くの先進国では医療の一つの柱として重要な位置を占めている。また、移植にとって最も重要な問題、臓器拒絶反応についても、適合抗原のマッチング、免疫抑制剤など対策がすすみ、多くの臓器で安全な医療になっている。

と思っていたら、一定の割合で理由がわからない拒絶反応がおこってしまい、移植臓器が定着できない問題が今も立ちはだかっているようだ。今日紹介するコロンビア大学からの論文は、一般的に普及している組織適合性テスト以外に移植した腎臓を拒絶する抗原の一つを突き止めた論文で5月16日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Genomic Mismatch at LIMS1 Locus and Kidney Allograft Rejection (LIMS1遺伝子座のミスマッチが腎臓の拒絶に関わる)」だ。

現在の組織適合性テストは、ドナーとレシピエント別々に遺伝子多型を調べ、最もマッチングしている組み合わせを選ぶことで行われる。結局タイピングが最も進んだ主要組織適合性抗原のマッチングが中心になる。しかし、当然他の細胞抗原も移植に関わる可能性はあることは、癌のネオ抗原が拒絶に関わることを考えると当然のことだ。

この研究では、癌のネオ抗原と同じで、ドナーに存在して、レシピエントに存在しない分子がもしあれば(彼らは遺伝子衝突とよんでいる)と考え、このような組み合わせが高い頻度でおこる多型を選び、腎臓移植の失敗率と相関させて、最終的に細胞接着に関わるLIMS1遺伝子のイントロンに存在する一つの多型を特定することに成功している。

これまでに発見されてもいいように思えるが、実際にはドナーとレシピエントの組み合わせを調べる必要があるため、このように焦点を絞った探索で初めて発見されたと考えられる。

LIMS1はインテグリンのシグナルに関わるアダプター分子で腎臓に強く発現が見られる。今回特定された多型がGの場合、この分子の発現が低下することも確認され、さらに移植がうまくいかないケースでは、LIMS1に対する抗体が誘導されていることも明らかにしている。

結果は以上で、昨日と同じで少しでも移植の成功確率を高めようと、地道な努力が行われていることがよくわかる論文だった。とはいえ、分子の機能がアダプターである点や、まだこの多型を合わせてマッチングを行う前向きの研究ができていない点で、この発見の最終的評価は定まってはいないと思う。しかし、この検査はどこでも簡単にできると思うので、できるだけ早く用意してほしいと思う。

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5月16日:バクテリオファージを用いた感染症治療(Nature Medicine5月号掲載論文)

2019年5月16日
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私たちが医学部に入った50年前はちょうど最初の世代の分子生物学が最盛期を迎えていた頃で、それを牽引したのがバクテリオファージだった。私も様々な本を読んだが、中でも富沢、小関両先生が和訳したウォルマンの「細菌の性と遺伝」はバイブルといってもいい本だった。しかし、月面着陸機のような形をしたファージがバクテリアに遺伝子を注入している像は、自分の前に開ける生命の探求の象徴だった。

考えてみれば、このようにバクテリアを溶かしてしまうバクテリオファージはもっと臨床応用されてもいいと思うが、おそらくクリスパーをはじめとするバクテリア側の免疫機能が明らかになり、簡単ではないと考えられるようになったのだろう。今日紹介するピッツバーグ大学とロンドンオルモンドストリート病院からの論文を読むまで、ファージによる感染症治療の論文を見ることはなかった。タイトルは「Engineered bacteriophages for treatment of a patient with a disseminated drug-resistant Mycobacterium abscessus (全身に広がった薬剤抵抗性の非定型性抗酸菌症を遺伝子操作したバクテリオファージで治療する)」だ。

この論文を読むと、ファージを使った感染症治療についてはすでに昨年、一昨年と論文が出ているようだ。いずれも多剤耐性の緑膿菌やアシネトバクターなど、いわゆる現在最も問題になっている感染症の治療で、いずれも治療が成功していることからもっと真剣に使用を考えてもいいように思える結果だ。

今日紹介する論文は嚢胞性線維症の治療目的で肺移植を行なった患者さんに発生した全身に拡がる非定型抗酸菌症で、移植による免疫抑制で通常病原性の弱い非定型抗酸菌の感染が拡大するケースで、治療の手段はほとんど残されていない。実際、この論文の図を見ると、皮膚にまで肉芽を伴う膿瘍が拡大している。

通常お手上げと思ってしまうのだが、しかしこのグループは違った。すでにストックされているゲノムが完全に解読された1800種類のファージの中から、抗酸菌に感染することがわかっているファージを選び、さらに患者さんから分離した抗酸菌に感染し、溶血活性が高まるよう遺伝子操作や、培養での選択を行なって、3種類の異なるファージを分離し、皮膚病巣で効果を確かめた後、静脈注射している。

結果は素晴らしく、注入直後から効果がみられ、1ヶ月で腎臓、肺、肝臓、皮膚の膿瘍は全て消失し、また血中や痰からも抗酸菌は消失している。

3種類同時に投与することで早期の免疫を阻止するなど色々考えたのだろうと思うが、なによりも、ファージの可能性に思い当たった臨床医の知識水準の高さと、あきらめず究極のテーラーメード医療を短期間で成し遂げたことに感心する。

他のファージを使った論文も、患者さんのマネージができなくなった時点でファージを用意していることから、分子生物学の創生期、遺伝的変異のスピードから選ばれたファージの特徴を生かして、実際に治療が可能であることは示された。ぜひ拡大できる体制をとってほしいと思う。

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5月15日 PD-1とCTLA-4がつながった(5月10日号Science掲載論文)

2019年5月15日
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昨年のノーベル賞の受賞理由にも書かれていたが、PD-1とCTLA-4はそれぞれ全く独立したシグナルで、PD-1はPD-L1と、CTLA-4はCD80/86と反応することで、T細胞の免疫反応を抑制する。PD-L1は腫瘍細胞だけでなく樹状細胞にも発現しているが、この場合もCD80/86とは独立していると考えられてきた。

ところが今日紹介する徳島大学疾患ゲノム研究センターの岡崎さんたちの論文は、同じ樹状細胞内でPD-L1とCD80が結合してPD-1を効かなくすることを示す予想外の相互作用を示した研究で、この分野で最近我が国から発表された中では出色の研究だとおもう。タイトルは「Restriction of PD-1 function by cis-PD-L1/CD80 interactions is required for optimal T cell responses(PD-L1/CD80結合分子がPD-1の機能を抑制して至適なT細胞反応を誘導する)」だ。

イントロダクションからだけでは、なぜこのような着想に至ったのかは理解できなかったが、長年のPD-1に関する研究から生まれたのだろう。この研究では、同じ細胞でPD-1とCD80が相互作用をすることで、PD-L1のPD-1への刺激が減弱するのではという可能性を、まずPD-1の細胞外ドメインを多量化した可溶性タンパク質を用いてPD-L1やCD80を同じ程度発現している細胞を染色するエレガントな方法で調べている。

もちろんPD-L1を発現している腹腔マクロファージはPD-1で染色できるが、同じようにPD-L1を発現していても、同時にCD80を発現している樹状細胞では染色が低下することを発見する。そして、CD80ノックアウトマウス由来の樹状細胞を用いると、染色が正常化する。また、両方の分子を発現している細胞では、分子複合物が形成されていることも証明している。

以上の結果は、CD80がCTLA-4を刺激してチェックポイントを動かすと同時に、PD-L1と結合してPD-1チェックポイントが働かなくしているという複雑な反応が同じ樹状細胞で起こっていることを示している。とすると、最終的な免疫反応に対するPD-L1/CD80相互作用のネットの影響はどうなのか調べる必要がある。ただ、CD80をノックアウトしてしまうと、CTLA4への効果もなくなり、ネットの効果を見ることができない。

そこでこのグループは、それぞれPD-1やCTLA-4への刺激作用は正常だが、互いに結合できないPD-L1とCD80の突然変異を分離し、最終的にCTLA4と正常に反応できるが、PD-L1と同じ細胞状で反応できないマウスを作成している。こうして用意したマウスの卵白アルブミンに対する反応を調べると、変異を持つマウス、すなわちCTLA4は刺激できるが、PD-1は刺激できないマウスでは反応が強く抑制されることを示している。また同じ系で癌に対するT細胞の反応も低下することをしめしている。同じように、自己免疫性の脳炎も、PD-1がチェックポイントに関わっており、CD80/PD-L1の相互作用がおこると、このブレーキが聞かないことも明らかにしている。

以上の結果から、PD-L1/CD80相互作用が生理学的機能として免疫の調節に関わることが示されたと思う。全く予想外の新しい発想の研究で、創意と知識の感じられる丁寧な実験に裏付けられている。例えばこれまでよく理解できなかったPD-L1抗体とPD-1抗体の作用の違いをはじめ、この分野に新しい可能性を開いた重要な貢献だとおもう。

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5月14日 深海に適応した視覚進化(5月10日号Science掲載論文)

2019年5月14日
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網膜で光を感じる最初の入り口は桿体細胞と錐体細胞からなる視細胞で、それぞれには異なる波長に反応する色素が存在している。通常の場合、桿体細胞には一種類の色素ロドプシン1が存在し、光の有無を高感度で検出できるが、色は認識できない。一方、錐体細胞には様々な波長に反応する異なる色素が数種類存在し、明るい光の中で様々な色を感じられるようになっている。

今日紹介するスイスバーゼル・動物学研究所からの論文は、ほとんど光がささない深海での視覚の進化を、特にロドプシン1(RH1)に焦点を絞って調べた研究で、久しぶりに一つの分子に絞った進化の論文を読んだという気持ちがした。タイトルは「Vision using multiple distinct rod opsins in deep-sea fishes (深海魚は複数の異なるロドプシンを進化させて使っている)」だ。

まず百種類の魚のゲノムを比較し、種とは別に深海に生息するように進化した魚では、まず海底まで届かない波長の長い光に反応する色素を失う。これは、どの種類でも同じように起こる。一方、他の短い波長に反応する色素はまちまちの変化が起こっており、ハダカイワシやステューレポルスでは緑に反応するRH2の数が増える。同時に、それぞれDH1のコピー数が増大している。すなわち、カメラと同じで、光吸収効率を高めて少ない光に反応できるよう進化したことになる。

中でも面白いのは、和名ナカムラギンメで、他の色素のコピー数は増えないが、なんとRH1については18コピーに増え、また同じ種の和名フチマルギンメではなんと38コピーと急速に増大している。

これも感度を高めるためと納得してしまうとそれまでで、著者らはこの遺伝子重複が、少しづつ異なる波長に反応する色素を生成し、その結果桿体細胞で波長の違い、すなわち色の違いを感じられるのではと着想し、ギンメのRH1遺伝子の配列を調べ、24種類の部位で反応する波長が変わるアミノ酸置換が起こっていること、またそれぞれの色素は網膜で発現していることを明らかにしている。また、ギンメではRH1でアミノ酸置換を起こす変異が他の種と比べて圧倒的に多く、深海での進化圧が強く関わっていることを示している。

話はこれだけで、本来なら行動や、あるいは一個の桿体細胞での色素発現様態など、もう少し深入りしたら面白いのにと思はないでもないが、まあ十分楽しめる論文だと思う。

魚の中にはアイスフィッシュのように、必要がなければヘモグロビンやミオグロビンまで失うと同時に、赤血球を作る仕組みも皆捨て去った種が存在する。その意味で、このような多様性は高等生命の生理について多くのことを教えてくれると思う。しかし、水族館で飼育されているギンメの色素遺伝子はそのまま存在しているのだろうか、興味がわく。

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5月13日 線維筋痛症にメトフォルミンが効く (5月6日Plos One掲載論文)

2019年5月13日
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Fibromyalgia (FM: 線維筋痛症)は、脳内での痛みの閾値が低下することで、他の人より小さな刺激でも強い痛みとして感じてしまう病気で、苦しんでいる人は多い。一番問題は、診断が確立しておらず、専門医の診断と自己診断が大きく食い違うことについては以前紹介した(http://aasj.jp/news/watch/9681)。このため、FMの診断を確定できなくとも、助けてくれる血液検査が求められていた。

今日紹介するテキサス大学ガルベストン校からの論文はFMの患者さんがいわゆるインシュリン抵抗性の状態にあり、メトフォルミンで痛みを軽減できるという、本当なら患者さんにとって画期的な研究で、5月6日号のPlos Oneに掲載された。タイトルは「Is insulin resistance the cause of fibromyalgia? A preliminary report (インシュリン抵抗性は線維筋痛症の原因か?:予備的報告)」だ。

このグループは、糖尿病による脳の微小循環障害を研究していたのだろう。その延長で、脳の痛みの閾値が下がるFMにも何らかの差があるのではないかと、様々な指標を検討していた。実際、これまでの研究でFMの人では糖尿病のリスクが高いことも知られている。

この結果出てきたのが糖尿病の診断に使われるHbA1cで、全体で見ると正常範囲に収まるように見えるが、年齢別にプロットすると、それぞれの年齢で正常よりだいたい0.6高いことに気がついた。

ほとんど詳しい検査が行われていないこと、および23人という小規模研究なので何とも言えないが、この傾向をインシュリン抵抗性による可能性が高いと結論している。

この上で、16人の患者さんに糖尿病に最も用いられるメトフォルミンを1日1000mg投与すると、なんと8人の患者さんで痛みが完全に軽減し、残りの患者さんも、通常の治療よりははるかに痛みが軽減したという結果だ。

話はこれだけで、治験としては全く不十分なため、トップジャーナルには掲載できないのだろうと思う。しかし、この可能性はかなり短期間に大規模治験で確認できる。またメトフォルミンは、現在では糖尿病の予防にすら使われる、薬の中では長期間服用することに関するデータがしっかりある薬剤で、副作用は少ない。したがって、二重盲検無作為化試験もすぐに計画できる。もし治験結果がポジティブなら、治療だけでなくFMのメカニズムも含めこの分野の画期的なブレークスルーになるように思う。

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5月12日 CRISPR/Cas 阻害剤の開発(5月2日号Cell掲載論文)

2019年5月12日
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CRISPR/Casの研究も、徐々に成熟期を迎え、画期的な技術の開発にはかなり新しい発想の研究が要求されるようになっているが、一方技術の利用については人間への臨床応用も含め着実に身を結んでいると言える。ずっと前から言っているが、ノーベル賞はまちがいなく、またいつ受賞してもおかしくない。

こんな成熟度を反映して、Cas9とガイドRNAの結合を阻害する化学化合物の開発論文がハーバード大学から5月2日のCellに発表された。タイトルは「A High-Throughput Platform to Identify Small-Molecule Inhibitors of CRISPR-Cas9(CRISPR-Cas9を阻害する小分子化合物を特定するハイスループットプラットフォーム)」だ。

自分でCRISPR/Casを使っているわけではないので、Cas9の阻害剤が実際にどのぐらい必要なのか実感がないが、オフターゲットサイトへの活性や、さらに特異性を上げるためには活性を小分子化合物で調節できるようにすることは、この技術のさらなる発展に必須だというのが著者らの主張だ。

その上で、論文自体は現在の薬剤開発はどう行われるのかを知るための格好の論文になっているので、薬剤の開発過程の段階を追って紹介する。

この研究ではCas9とガイドRNAのPAM配列との結合を蛍光偏光法を用いて測定する方法を開発してる。様々な条件検討を行い最終的にPAMが12個繰り返すDNAを用いて安定した結合アッセイを確立している。

同時に、試験管内のスクリーニングで得られた化合物の活性を測定するための細胞システムを3種類用意している。例えばCas9が働いたとき蛍光が消えるような細胞を用いるアッセイを用意している。

このスクリーニングとアッセイ方法を確立した上で、まず約10万種類の化合物を試験管内の結合アッセイを用いてスクリーニングし、水溶性で活性の高い化合物BRD7087を突き止めている。また、細胞を用いた方法でも活性があること、細胞毒性がないことを確認している。

次に、いわゆるメディシナルケミストの独壇場とも言えるリード化合物を少しづつ変化させて更に利用しやすい化合物へと改良する過程を通して、最適化した化合物BRD0539を開発している。

その上で、結合メカニズムの解析を行っているが、この研究ではタンパク質と化合物の立体構造解析ではなく、化合物の方を少しづつ変えて結合状態を推定する比較的古典的な方法で決めている。このようなデータは、同じ化合物をさらに至適化するのに必要になる。

この研究では更に進んで、遺伝子ノックアウトだけではなくガイドで指定された場所で転写を活性化できるCas9を用いて阻害活性を調べ、このアッセイでは同じリード由来のBRD20322,BRD0048という化合物の方が活性が強いことを示している。

結果は以上で、なるほどご苦労さんと言った感じの研究だ。実際これらの化合物をどう使えばいいのかは、生物学者の発想にかかるだろう。ただ、転写を止めるというシステムは、可逆的なので、新しい遺伝子ON/OFFの系として広く使われるようになるのではと感じる。

いずれにせよ、化合物はこうして開発しますということを勉強するにはよく書けた論文だと思う。

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5月11日 バソプレシン系を標的にしたASD治療治験(5月8日号Science Translational Medicine 掲載論文)

2019年5月11日
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自閉症スペクトラムの薬剤としてオキシトシンとともに期待されているのがバソプレシンだ。両者はともに9つのアミノ酸からできており、途中のシステインで同じような立体構造を取っている。またこれらが結合する受容体は複雑で、完全に特異性があるわけではない。

これまでの研究でオキシトシンと同じようにバソプレシンを鼻から投与する方法でASDの症状が一過性に改善すること、またASDの脳ではバソプレシンが低下しているという研究があったため、バソプレシンでASDを治療する治験が進んでいた。

今日紹介したい2編の論文は、一つはバソプレシンを経鼻的に投与する従来の方法についての治験、もう一編はなんとバソプレシンの受容体のうちのV1AR特異的な阻害剤を用いた治験で、ともに5月8日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは最初が「A randomized placebo-controlled pilot trial shows that intranasal vasopressin improves social deficits in children with autism(バソプレシンの無作為化盲検法による小規模治験は自閉症の児童に対して効果を示した)」で、もう一編は「A phase 2 clinical trial of a vasopressin V1a receptor antagonist shows improved adaptive behaviors in men with autism spectrum disorder(バソプレシン受容体V1aの阻害剤はASDの大人の適応行動を改善した)」だ。

詳細は省いて治験の概要と結果だけを紹介する。

最初の論文は最終的に条件を満たした30人の6−12歳の児童を無作為化し、両親にも気づかれない形で盲検化したバソプレシン経鼻薬を4週間投与、様々な指標での症状改善を調べている。詳細は全て省くが、社会性、反復行動、過度の不安など全てではっきりとした改善が認められ、また心配される血管や腎臓の副作用もないという素晴らしい結果だ。示されたデータを見ると、素人の私でも改善がはっきりしているのがわかる。また一つ重要な発見として、治療前のバソプレシン血中濃度が高い子供ほど効果がある。この理由は特定されていないが、今後の症例選択に役立つ可能性がある。

もう一編の論文は、アゴニストではなくVA1R 受容体の特異的阻害剤を用いている。なぜ阻害剤が効くのかについてはおそらく受容体が何種類もあり、それぞれの受容体の効果が異なるため、特定の一つを抑えることが、全体のバランスを変えることで効果が見られることがあるのだろう。

この治験では12週間阻害剤を内服させている。AVR1は当然抗利尿作用などもあるので、すぐに児童での治験は難しく、知能は正常でASD症状をもつ大人について、用量を変えて効果を確かめている。

付き添いの人の印象での改善度で見ると4mgまで全く効果がないが10mgでは効果が少しみられている。一方他の客観指標では、用量を増加させるとともに改善が見られ、全体としてはまだ有望だと結論している。副作用では不思議なことに、プラセボ群と比べても最も多い10mgを投与した群が少ないため、おそらく長期の使用にも耐えるだろうと結論している。

片方は刺激剤、もう片方は阻害剤が共に効果を示すという一見理解しにくい結果だが、これが正しいとするとVAIRは逆に自閉症症状を高める働きをしていることになり、オキシトシンを含め今後の治療法開発に大きなブレークスルーになるように思う。何れにせよVA1Rの阻害剤も児童での効果を慎重に調べるところから進めてほしいと思う。いずれにせよ、ASDの薬剤による治療も一歩一歩進んでいる。

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