5月8日 免疫抑制剤テリフルミドが難治性てんかんに効く可能性(6月5日発行予定Neuron掲載論文)
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5月8日 免疫抑制剤テリフルミドが難治性てんかんに効く可能性(6月5日発行予定Neuron掲載論文)

2019年5月8日
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てんかんは一過性の神経興奮なので、神経細胞へのイオンの流入を抑えるたとえばバルプロ酸、あるいは抑制性神経を高めて興奮を抑えるジアゼパム、さらにはシナプスでの伝達物質の分泌を抑制するレベチラセタムなどが用いられるが、それでも半分近くが難治性てんかんとして、これらの薬剤が効きにくい。

幸い最近になってカンナビノイド、電磁波、さらにはケトン食など、これまでとは違う作用機序の治療方法の開発が進んでいる。今日紹介するテルアビブ大学からの論文は、ミトコンドリアのカルシウムを調節することで神経の興奮閾値を下げるテリフルミドがてんかんにも使える可能性を示す論文で6月5日発行予定のNeuronに掲載された。タイトルは「Mitochondrial Regulation of the Hippocampal Firing Rate Set Point and Seizure Susceptibility (海馬の興奮頻度のセットポイントと発作の閾値をミトコンドリアを介して調節する)」だ。

この研究では、最初から神経の興奮が誘導される刺激のセットポイントを調節している一つの要因が神経の代謝にあると考え、この代謝を変化させこ神経興奮の閾値を高めて神経を興奮しにくくすることでてんかん発作を止めるという目標を立てて研究を行なっている。

まずてんかん患者さんの脳の遺伝子発現をデータベースから調べ、てんかんの人で発現が最も高まる代謝関連遺伝子の一つとして、ミトコンドリア膜に存在するDihydroorotate dehydrogenase(DHODH)を突き止める。さいわい、DHODHの機能阻害剤として、リュウマチや多発性硬化症にすでに用いられているテリフルミド(TERI )が存在しており、このTERIが神経の興奮頻度を強く抑えることを示している。また、shRNAでDHODHをノックダウンしても同じように興奮を抑制することを示し、この酵素を標的に神経興奮の閾値をあげられることを確認している。

次に、作用のメカニズムを解析し、

  • ミトコンドリアの機能の中心であるATP産生は変化させず、予備の呼吸機能のみ抑える。
  • DHOHはミトコンドリアのカルシウムを調節することで、刺激時のカルシウム濃度のバッファー機能を形成している。TERIによりこれが可逆的に抑えられることで興奮がおさえられる。
  • TERIは海馬の神経ネットワークを阻害することなく、神経自体の興奮性を下げる。
  • GABA刺激による抑制性ニューロンの作用は抑えない。

このように生理学的メカニズムを確認した後、最後に痙攣誘発剤による発作、および幼児期からはじまる難治性てんかんドラべ症候群モデルマウスのてんかんにTERIが効果があるかを調べている。痙攣誘発剤によるてんかんについては高い効果を示している。遺伝的なドラべてんかんモデルでは、発作の起こる回数を抑えることを確認している。

結果は以上で、すでに自己免疫病に使われている薬で難治性てんかんを抑える可能性があるという臨床応用可能性が高い結果だと思う。

しかしこの結果を見ると、神経のネットワークは抑えないと言っても、リュウマチや多発性硬化症でTERIを使うとき本当に神経症状はないのか気になる。

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5月7日 アルツハイマー病のsingle cell transcriptome解析は期待はずれ(Natureオンライン掲載論文)

2019年5月7日
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バーコードで単一細胞由来のmRNAをラベルして、各細胞の発現遺伝子を調べるsingle cell transcriptome 解析については何度も紹介しており、今、生命科学では最も熱いテクノロジーの一つだ。当然、アルツハイマー病のような複雑な脳の状態を調べる切り札になるのではと想像できる。

MITやハーバード大学の強みは、このような誰もが期待する研究についてはいち早くやり遂げる体制ができている点だろう。現役の頃から今までその印象は変わらない。今日紹介する論文もMITからで、アルツハイマー病患者さんの剖検時前頭皮質脳組織を採取し、48人の患者さんでsingle cell transcriptome解析を行っている。タイトルは「Single-cell transcriptomic analysis of Alzheimer’s disease (アルツハイマー病患者さんのsingle cell transcriptomic解析)」だ。

なんとなく急いでいたのか、全体的に雑な感じの論文で、48人の患者さんなのに全体で8万個の細胞を分析したというのは少し少ない感じがする。おそらく解剖の後凍結保存する過程で様々な死後変化が起こっており、また単一細胞の浮遊液を作るのも簡単でなかったのではと思う。もう少し方法を詰めて結果を出して欲しいと思う。

結局全く新しいメッセージは出てきていないように思う。神経細胞は興奮ニューロンも抑制ニューロンも正常と比べると、ほとんどの遺伝子の発現が低下している一方、アストロサイトやグリアでは多くの遺伝子の発現が上昇していると結論しているが、神経細胞のRNAが壊れやすいだけである可能性はないとは言えない。

それぞれの遺伝子の上がり下がりは細胞特異的だが、最も変化する遺伝子の機能を調べると、例えばミエリン化や軸索伸長など細胞同士が強調しているので、この変化は意味がある変化ではないかとも結論している。

次に、遺伝子発現の変化を症状やアミロイド沈着などとの相関を調べ、各細胞でアルツハイマーの症状・病理と関わる遺伝子群を1−10まで分離している。例えば、グリアでは炎症性分子の上昇がアミロイドの沈着と相関するし、M9はオリゴデンドロサイトのミエリン化遺伝子が症状と関わる。またこうしてアルツハイマーの症状病理と関わることがわかった遺伝子の一部は、ゲノム解析でのリスク遺伝子とオーバーラップする。このように結局特に新しい発見はない。

この方法の最大の利点は、病的な細胞が生まれるまでの経過を追いかけられる点だが、この研究でもそれぞれの細胞のサブセットが存在することは示せているが、残念ながら病理的細胞への経過は示せていない。

唯一新しい発見として、病気が進行するときの細胞レベルの変化が男女で大きく異なるという発見だ。例えば病期が進むと、オリゴデンドロサイトの転写が高まり修復過程がオンになるが、女性ではこれが認められない。また、興奮・抑制ニューロンともに転写は女性では病気の進行とともに低下が激しいが、男性では程度が低い。これらの変化を実際の病理と対応させ、アルツハイマー病で女性に強く皮質の白質の縮小が見られるのに男性では強くないことと関わると結論している。

結局最初期待したほどの大発見はなく、MITといえども論文を通すのに一年近くかかっているのも頷ける。少し批判的に書きすぎたが、ただ、この方向の研究は重要だ。特に、死後変化も加味して、情報を処理できるインフォーマティックスの確立は病理学を変えると思う。

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5月6日 白血球から漏れ出したヒストンH4が動脈硬化の引き金を引く(Natureオンライン版掲載論文)

2019年5月6日
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動脈硬化を一種の炎症として捉えることが20世紀後半から行われるようになったが、細菌感染とは違うので、なぜ自分の組織の破壊という炎症のシグナルが動脈硬化で発生するのかよくわかっていない。

今日紹介するミュンヘン・ルードビッヒ・マクシミリアン大学からの論文は、この問題にチャレンジし、好中球のヒストンH4がその引き金であることを突き止めた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Externalized histone H4 orchestrates chronic inflammation by inducing lytic cell death(細胞外のヒストンH4が細胞を融解して炎症を組織化する)」だ。

この研究では、動脈硬化のプラーク内で細胞死が急速に起こって、プラークが不安定になる現象に着目し、この現象と関係する細胞浸潤をまず探索している。その結果、好中球がプラークの不安定性、および血管平滑筋の細胞死と強く関わることを確認する。次にモデルマウスを用いて、好中球数を減らす操作をすると、これを防止できること、逆に白血球が集まるように操作すると、悪化させることを示している。

以上の結果から、好中球と血管平滑筋との相互作用が動脈硬化の引き金になると仮説を立て、平滑筋に好中球を集めるメカニズムについて調べ、活性化された平滑筋が出すCCL7が好中球を集め、そこに好中球がトラップされることが平滑筋の細胞死を誘導することを明らかにしている。

この細胞学的な確認実験の後、ではなぜ好中球が集まると平滑筋の細胞死が誘導されるのかについて、好中球の集合に分泌される分子に対する抗体を用いて細胞死を抑制する実験を行い、なんとヒストンH4に対する抗体が、平滑筋の細胞死を防ぎ、プラークの安定性を高めることを発見する。

この発見が研究のハイライトで、圧巻はリコンビナントのヒストンH4を加えるだけで平滑筋細胞が障害されること、またこれにはヒストンH4の強い陽イオン性が陰イオンの膜と相互作用を起こすことが問題で、細胞表面の陰イオン性をオレイルアミンで抑えると細胞毒性は減じ、またコレステロール硫酸で処理すると障害性が高まることを示している。

そして原子間顕微鏡を用いてヒストンH4で処理した平滑筋膜には穴が空いており、これが細胞融解を誘導することを突き止める。最後に、ヒストンH4のこの穴を開ける作用の中心として働くN末端が細胞膜と接触するのを抑制するペプチドを特定し、これを注射すると平滑筋の細胞死が防げ、動脈硬化巣も安定化することを示している。

全く予想外のメカニズムで驚くが、これが正しいとすると、好中球だけでなく細胞が破壊されヒストンH4が漏れ出てきたら全て炎症の巣になるように思えるが、おそらく好中球にはH4をうまく使う能力がもともと備わっているのかもしれない。好中球特異的だとしても、動脈硬化以外でも同じようなことが起こるのか研究が進むのを期待する。

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5月5日 非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)の新しいメカニズム(5月2日号Cell掲載論文)

2019年5月5日
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ウイルスやアルコールが原因ではない慢性脂肪性肝炎は、私が医学部を卒業する前から知られていたようだが、疾患単位としてはっきりしたのは、1980年で、事実、私が卒業して医師として働いていた7年間もほとんど聞いたことはなかった。しかし、現在でははかなり高い有病率で、慢性肝炎の中ではかなりの割合に達するはずだ。これほど重要な病気だが、はっきりした発症メカニズムはわかっていなかった。

今日紹介するバロセロナ生物医学研究所からの論文はこの原因がミトコンドリアと小胞体(ER)間のフォスファチディルセリン(PS)の受け渡しの異常によるとする新しいメカニズムと、それに基づく治療可能性を示した画期的な研究で5月2日号のCellに掲載された。タイトルは「Deficient Endoplasmic Reticulum-Mitochondrial Phosphatidylserine Transfer Causes Liver Disease (ERとミトコンドリアの間のPSの受け渡しの低下が肝疾患の原因になる)」だ。

これまでNASHの原因としてERストレスがあると考えられていたが、このグループはERで合成された脂肪がミトコンドリア(Mt)にうまく移行できないことがERストレス、脂肪代謝異常が合併したNASHの原因ではないかと着想し、MtとERの膜同士の融合を調節するMitofusin2(Mfn2)分子に着目した。

まずNASHの患者さんの肝臓生検標本でMfn2の発現を調べると、単純な脂肪肝の半分程度に低下している。また、メチオニン摂取で誘導するマウスNASHモデルでも低下していることを突き止めた。

次に、肝臓細胞だけでMfn2がノックアウトされるマウスを用いると、肝臓の慢性炎症がおこり、肝細胞の細胞死が高まり、肝硬変へと進行することがわかった。すなわち、Mfn2によるER/Mt膜のコンタクトがうまくいかないとNASHを発症することがわかった。また生化学的な検討から、Mfn2は、PSがER膜からMt膜へと移行し、そこで、Phospatidylethanolamin(PE)が合成され、またこのPEがER膜に戻ってPhosphatidylcholin(PC)が合成される過程にMnf2がPSS1,PSS2分子の調節を介して関わることを示している。実際、PSS1/PSS2の発現を肝臓へshRNAを導入するノックダウンで低下させると、Mnf2ノックアウトと同じ効果があることがわかった。すなわち、このphospholipid代謝異常がNASHを引き起こすことがわかる。以上の結果から、Mfn2により特にPSのERからMtへの移行が進むことで、phospholipidの密度の高いER/Mtコンタクトサイトが形成され、脂肪代謝とERストレスが調節されていると結論している。

この異常は、Mfn2遺伝子を組み込んだアデノウイルスベクター投与で解消し、NASHを治すことができるが、同じマウスの肝臓にBIP遺伝子を導入してER ストレスだけを抑えると、脂肪肝はそのままで、炎症や肝硬変の発症を防ぐことがわかる。

最後に、メチオニンを摂取させて起こすNASHモデルをMnf2遺伝子導入で治療する可能性を検討し、Mfn2を組み込んだアデノウイルス注射により、PSS1/PSS2の関わるPE、PCの合成が正常化し、肝硬変の進行を抑えられることを示している。

以上、まとめるとMfn2はPSのERからMtへの移行を促進することで、PE、PC 合成サイクルをまわし、fospholipidが濃縮したMt/ER膜領域を形成することで、脂肪代謝を調整し、ERストレスを防いでいる。しかし、Mfn2が低下するとこれがうまく働かなくなり、ERストレスと脂肪代謝異常が起こる。したがって、原因はともかくNASHの場合、Mfn2を肝臓に導入することによりNASH治療が可能になるというシナリオだ。

なかなか面白い仮説で、肝臓はアデノウイルスでの遺伝子治療が簡単な臓器なので、NASHにも原因に直接働きかける治療が可能になるかもしれないと期待している。

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5月4日 転座由来のガン抗原(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2019年5月4日
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ガンに対する免疫反応を高めるチェックポイント治療は、ガンに対して間違いなく免疫反応が起こっていること、すなわちガン細胞にはガン特異的な抗原が発現していることをはっきりさせた。実際これまでの研究で、メラノーマや肺ガンのように、突然変異が多いガンほどチェックポイント治療に反応する。また、DNA修復酵素の変異により突然変異が多いことが確認できると、ガンの種類を問わず抗PD1治療の対象として認められる。

では突然変異が多いガンしかチェックポイント治療の効果がないのかというとそうではない場合も多く知られている。今日紹介するスローンケッタリングガンセンターからの論文は、このような患者さんの一人を丹念に調べて、ガンのドライバーになる遺伝子転座が特に強いガン抗原になることを明らかにした、臨床的には重要な研究でNature Medicineオンライン版に掲載されている。タイトルは「Immunogenic neoantigens derived from gene fusions stimulate T cell responses(転座による融合遺伝子由来のネオ抗原はT細胞反応を誘導できる)」だ。

この研究は抗PD1治療で完治したと言えるステージ4の頭頸部扁平上皮ガン患者さんの症例を詳しく検討するところから始まっている。この患者さんは肺転移もあることから最初は一般的化学療法が行われ、一年後に再発した後PD1抗体治療を行い、8ヶ月後にガンは全て消失、その後二年近く再発無しで経過している。通常、頭頸部ガンは突然変異が少なく、チェックポイント治療の適用にならないので、この結果は驚きで、なぜこれほど免疫反応が強いのか調べるため、全ゲノム配列決定や、遺伝子発現を調べた結果、この患者さんでは予想通りほとんどガン抗原となる突然変異がない代わりに、頭頸部ガンの原因になることがあきらかな転座によるDEKとAFF2遺伝子が融合が見られ、この融合分子がガンで発現していることがわかった。

あとは、この融合遺伝子が免疫反応を誘導している可能性を調べ、この患者さんの場合、融合分子由来のペプチドがHLAの構造を安定化することで免疫反応を起こしていることを明らかにする。またこの患者さんではガンへのT細胞の浸潤は少ないものの、この抗原に対するT細胞がしっかり誘導され、ガンを叩いていることを証明している。もちろん他のガン抗原が全くないと結論するのは早いが、突然変異がなくともチェックポイント治療の対象になるケースがあり、これはプレシジョンメディシンで予測可能であることを示す結果だ。

次に同じ突然変異の数が少ない頭頸部ガンの患者さん30人を調べ、13人に転座に基づく融合遺伝子が形成され、発現されていることを確認した後、ペプチドを合成して末梢血のT細胞を刺激する実験を行い、一人の患者さんで確かにT細胞の反応を確かめることが可能であることを示している。

最後に融合遺伝子がガン抗原として働ける可能性をガンのデータベースで調べ、融合遺伝子を発現する6000種類のうち、24%が癌のネオ抗原として働ける可能性を示唆している。また、様々な指標をもとに融合遺伝子との連鎖を解析して、融合遺伝子が存在する癌では、免疫チェックポイントがはたらいていることをしめし、これを抑制するチェックポイント治療の効果が一般的に期待できることを示唆している。

以上の結果から、融合遺伝子は全てのガン細胞で発現している可能性が高く、免疫治療の標的としては最も望ましい抗原となることを示し、チェックポイント治療の適応を見極めるためのプレシジョンメディシンの重要性を示している。しかし、例外的な一例をしっかり調べるところから、一般的治療を構想するという臨床医学の真髄を見る論文だった。

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5月3日 チベット高原のデニソーワ人(Natureオンライン版掲載論文)

2019年5月3日
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デニソーワ人に関しては2つの大きな謎があった。一つは、現代人の中でメラネシア人が5%という例外的に高いデニソーワ人ゲノムを受け継いでいる点、そして現代のチベット人やヒマラヤのシェルパの高地順応遺伝子の一つがデニソーワ人由来であることだ。

最初の謎については、先日紹介したように、デニソーワ人がポリネシアに直接進出して、14000年ぐらい前までそこで生活していたことが明らかにされ、今後この地域でのデニソーワ人の遺跡を探す研究が進むように思う。

一方、チベット人の高地順応遺伝子の由来がデニソーワ人だったという謎は、今日紹介する中国蘭州大学とドイツ マックスプランク研究所の共同論文により大きく前進した。タイトルは「A late Middle Pleistocene Denisovan mandible from the Tibetan Plateau(チベット高地で発見された中更新世後期のデニソーワ人下顎)」で、Natureに掲載された。

中国チベットの夏河洞窟から1980年に出土していた、アイソトープを用いた年代測定で16万年前後の骨と特定されていた、下顎骨と歯がすでに出土していたが、DNAはすでに破壊されており、ゲノム解析が困難だった。そこに登場したのが、最近古生物学で利用され始めたコラーゲンのアミノ酸解析技術で、たんぱく質自体は核酸より経時的変化に強いので、系統解析に使えると期待されている。

この研究では、この骨から6種類のコラーゲンを取り出し、そのペプチドの配列から系統樹を解析し、これまで発見されている人類の中ではデニソーワ人に最も近いことを明らかにしている。

新しいデータはこれだけだか、これが正しいとするとインパクトは極めて大きい。

  • 同じ形状の下顎と歯はチベットを含む中国で中更新世人類として既に多く発見されており、今後の解析で、それらがデニソーワ人であることが確認される可能性が高い。
  • 今回解析された歯の形状は初期ホモ・サピエンスと、中更新世人の中間に位置しており、デニソーワ人と考えても問題はない。
  • デニソーワ洞窟以外のデニソーワ人が初めて発見され、今後骨格についてさらに研究が進む期待が持てる。
  • 3000mの高地で発見されており、高地順応遺伝子の謎が解ける。

などだ。しかしでデニソーワ洞窟の歴史に関する論文やポリネシアへの移動から、デニソーワ人は暖かいところが好きかと考えていたが、氷河期の寒い時代に高地で生息していたとすると、極めて高い適応能力があった人類かもしれない。

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5月2日 血液中に漏れ出たガンDNAを使う診断法が実用に近づいてきた(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2019年5月2日
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ダウン症候群の子供を、母親の血液に漏れ出てきたDNAで出生前診断することは、すでに信頼の置ける検査として定着している。このように、増殖と細胞の破壊が並行して起こる場合は、その細胞由来のDNAが血中で検出できる。当然、同じことはガンでも起こり、バイオプシーの代わりに血液中のDNAでガンを診断する方法の開発が進んでいる。

ダウン症のように、ガンで特異的に見られる突然変異をマーカーとして使える場合は、治療効果や、再発、転移を診断するために利用できることも確認されている。しかし、存在するかもしれないガン細胞がどの遺伝子を発現しているのか全くわからない場合は、血中のDNAを網羅的に調べて、突然変異の同定から始める必要があり、簡単ではない。

今日紹介するマンチェスター大学を中心とする研究グループからの論文は、全遺伝子ではないが、ガンで変異で起こりやすい641種類の変異に焦点を絞って、血中のDNAにリストした遺伝子の変異があるか調べる簡易型の方法を用いれば、かなりの確率で新しいガンの遺伝子診断が可能であることを示した論文でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Utility of ctDNA to support patient selection for early phase clinical trials: the TARGET study (血中DNAを初期段階の臨床試験の患者さん選びに用いる可能性:TARGET研究)」だ。

この研究では、バイオプシーしたサンプルと、血中DNAに存在するガン特異的変異の存在を比べることで、ガンの診断を行うだけでなく、分子標的薬の治験の対象者を選ぶときに使えるか調べている。

まず決まった641種類の遺伝子に焦点を絞って純化した後増幅することで、ガン特異的変異についての信頼できるデータが得られられるようになっている。テクノロジーを見ていると、古代人の骨から採取したほんの少量のDNAの配列を調べる方法とほとんど同じで、一般に販売されているキットを組み合わせてデータが得られるように計画されている。

最初様々な条件を20人のサンプルで検討した後、22種類のガンと診断された100人の患者さんで、実際の臨床で治療のための最適な分子標的薬を選択できるかについて調べている。検査にかかる日数は、20−80日とばらつくが、平均33日で、現在イギリスでのゲノム診断が30日なので、実用的レベルに達している。

結果だが、バイオプシーによる遺伝子検査との一致率は79%で、十分実用的になってきたと言える。さらに、この方法では遺伝子コピー数の変異も調べられる点で、現時点でもバイオプシーを補完するところまでは間違いなくきている。

個々のガンで見ると、メラノーマ、小細胞性未分化ガン、乳ガン、大腸ガンなどで変異の発見率が高く、非小細胞性肺ガンや前立腺ガンが続く。特殊なガンを除くと、半分以上は遺伝子変異を見つけることができる。

ただ遺伝子変異があるからといって、ガンと診断できるわけではない。実際、前ガン状態でほとんど重要な変異が見つかる場合も多く、さらに同じ細胞がすべての変異を持つということをこの方法では決められない。

そこで、この研究では発見した遺伝子変異をもとに治療薬を決め治療するということに絞って検討している。すると、100人中41人で治療可能な変異が見つかっている。そのうち、17人は分子標的薬を使わず、通常の治療法を行なっている。13人は治験参加を断られている。残る11人は発見された変異に基づく分子標的薬を用いた治療を行なっている。

結果は、遺伝子変異を元に治療した場合のみ、腫瘍の縮小が見られている。残りの症例も、病状は安定して進行は抑えられたという結果だ。

以上をまとめると、末梢血10mlで、ガンの確定診断はできないが、ガンの遺伝子変異についてはかなりの確度で診断でき、ガンに合わせて治療選択するプレシジョンメディシンのためのとしてはかなり有望な検査に仕上がっていると思う。今後、500人規模の治験が予定されているので、期待したい。

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5月1日 腸管各領域の所属リンパ節は機能的に違っている(Natureオンライン掲載論文)

2019年5月1日
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腸管は免疫反応が誘導される最前線で、ここでの自然免疫状態に腸管内の細菌叢が重要な役割を演じている。この前線と司令基地としての所属リンパ節を結んでいるのはリンパ管で、このルートを通ってリンパ球や樹状細胞が腸管組織と所属リンパ節を行き来する。このため、所属リンパ節は、それぞれがカバーしている腸管組織の様々な状態が反映されている。ところが、腸内での免疫を考えるとき、私たちは全てを一括りにして考える傾向がある。

今日紹介するロックフェラー大学からの論文は腸管各領域に所属するリンパ節の細胞構成と免疫機能を丹念に調べた研究で、このような検討がまだできていなかったと驚くとともに、好感が持てる研究だった。タイトルは「Compartmentalized gut lymph node drainage dictates adaptive immune responses (各領域に分離されたリンパ節への流入は獲得免疫を規定する)」だ。

この研究では、十二指腸、小腸、大腸と所属リンパ節を領域ごとに分けて、それぞれの違いを丹念に調べ、免疫反応との関わりを調べている。特に新しいテクノロジーを使うわけでもなく、極めてオーソドックスな研究で、要するに問題設定が面白い点が評価された研究だと思う。結果は箇条書きにする。

  • 所属リンパ節間の連結はなく、従ってそれぞれが独立した免疫の司令基地として働いていることが確認される。
  • レチノイン酸のような脂肪に溶ける物質は、ほとんどが十二指腸で吸収され、所属リンパ節に直接流入するが、他のリンパ節へは循環に入ってからしか流入しない。これは、薬剤の効果を考えるとき重要。
  • 樹状細胞の遺伝子発現を調べると各所属リンパ節間で大きな変化が見られる。また下部消化管に行くほど所属リンパ節には炎症を促進するタイプの樹状細胞が多くなり、一方制御性T細胞の流入を促進するケモカインを分泌するタイプは十二指腸所属リンパ節に多い。
  • これを反映して、制御性T細胞は十二指腸所属リンパ節に多く、炎症性T細胞は下部消化管所属リンパ節に多い。
  • 十二指腸、回腸に直接抗原を注射して腸炎の発症を調べると、回腸に抗原感作した時のみ炎症が起こる。
  • 十二指腸に選択的に感染する寄生虫を感染させると、十二指腸所属リンパ節の制御性T細胞が減少し、トレランスの成立が低下する。

などを示している。様々な感染実験を組み合わせた、さすがロックフェラー大学と思える、オーソドックスな研究で、古い世代としては大変好感を持った。実際同じことが人でも言えるのか、さらに研究が必要だが、ワクチンや、食物アレルギーを防ぐといった観点から考えると、抗原の投与方法の開発で、より抗原特異的免疫操作が可能になるのではと期待する。

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4月30日 全身性自己免疫病は皮膚変化が原因(4月18日号JCI Insight掲載論文)

2019年4月30日
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SLEを代表とする全身性の自己免疫病は女性に多い。私たちの頃は単純に男女の内分泌システムの違いがこの原因だとされてきた。しかし、性ホルモンが原因だとすると、なぜ思春期前、あるいは閉経後も女性に自己免疫病が多い状態が続くのかを説明できない。

この問題に対してVGLL3転写因子の男女での発現差が自己免疫病の発症頻度の差を決める可能性を示す論文がミシガン大学から4月18日号のJCI Insightに発表された。タイトルは「The female-biased factor VGLL3 drives cutaneous and systemic autoimmunity (VGLL3の女性優位の発現が皮膚と全身の自己免疫を駆動する)」だ。

タイトルにあるVGLL3はまだまだ機能が理解できているとは言えない転写に関わる分子で、脂肪細胞分化や、炎症に関わる可能性が最近指摘されるようになった。このグループは以前、VGLL3が女性の皮膚に男性の3倍程度発現している事を発見し、これが全身性の自己免疫病の原因になっているのではないかという可能性を指摘していた。

この研究では、この仮説を動物実験レベルで確かめるため、皮膚のケラチノサイトでVGLL3を過剰発現させた場合、全身性の自己免疫病が起こるか、トランスジェニックマウスを用いて調べている。この方法では、正常の5−50倍という高いVGLL3の皮膚での発現が誘導される。実験では雄マウスを用いており、これによりVGLL3の効果を性ホルモンとは切り離して検証できる。

結果は著者らの期待通りで、3ヶ月までにはケラチン層の肥厚を伴う強い皮膚炎症が誘導され、病理学的にも人のSLEとよく似ている。遺伝子発現で見ると、VGLL3過剰発現によりインターフェロンやケモカインなど多くの炎症性サイトカインが誘導され、これが炎症の引き金になっていることを示唆する。また、人間のSLE患者さんの皮膚での遺伝子発現と比べると、遺伝子発現プロファイルがよく似ていることが確認される。

次に皮膚に浸潤してくる細胞および、全身の免疫細胞状態を組織学、FACS、さらにCyTofと呼ばれる細胞内のタンパク質発現を単一細胞レベルで調べる方法を用いて調べ、皮膚病変はT細胞、B細胞、樹状細胞が浸潤する典型的SLE病変が起こり、おそらくこの結果として皮膚からのリンパ球を集めるリンパ節や脾臓での強いB細胞の増殖が起こっていることを示している。

この結果として、SLEの代表的な指標である抗DNA抗体をはじめとする自己抗体が上昇し、腎臓にも抗体の沈着が見られることを示している。

以上の結果は、VGLL3の発現が女性で高まるため、炎症性のサイトカインが慢性に分泌され、毎日壊されている皮膚の自己抗原が自己免疫を誘導、その結果B細胞全体の活性が高まるのがSLEではないかと示唆している。

実際には、この分子が皮膚で欠損した場合どうなるのか、自己免疫を誘導した後皮膚からこのトランスジーンを除いたらどうか、など鍵になる実験が欲しいところだが、これが本当なら全身性の自己免疫の治療や予防に向けた明確な戦略が一つ新たに生まれたことになる。

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4月29日 うつ状態とスパイン(4月12日号Science掲載論文)

2019年4月29日
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うつ病は現代社会にとって緊急課題になってきているが、最近経頭蓋的磁場照射を含む様々な新しい治療が開発されてきた。中でも麻酔剤ケタミンを一回投与するだけで、うつ症状が即座に軽快することがわかり、特に自殺防止の点から大きな期待を集めている。この発見は、低調だった向精神薬の開発を加速させ、最近ではエスケタミンという薬剤がFDAにより認可され、本当にこんな高価な薬剤をケタミンの代わりに使っていいのか話題を呼んだ。ケタミンは確かに即効性があるが、長期的観察では効果がなくなるため、臨床試験だけでなく、並行して動物実験による効果のメカニズムを明らかにする必要がある。

今日紹介するコーネル大学からの論文は、マウスにコルチコステロイドホルモンを投与するといううつ病モデルを用いてケタミンが神経伝達のダイナミズムを反映する神経軸索でのスパイン形成にどのような影響を及ぼすか調べた研究で、4月12日のScienceに掲載された。タイトルは「Sustained rescue of prefrontal circuit dysfunction by antidepressant-induced spine formation (前頭前皮質回路の異常を抗うつ剤によるスパイン形成が持続的に回復させる)」だ。

この研究では、まず生きたマウスの脳の中のスパイン形成を継時的に観察し続け、うつ状態により新しいスパイン形成が低下し、逆にスパインの消失速度が高まることで、スパイン形成が強く抑制されること、そしてケタミンを一回投与すると24時間でスパインの形成がん元に戻ることを発見している。

このスパインの回復は、全く新しいスパインの回復だけでなく、半分以上はうつ状態で消失したスパインが回復することを明らかにしている。

次にカルシウムを検出するイメージングを用いて観察視野内でのシナプス活動を調べると、スパイン数の低下を反映して、うつ状態になるとシナプス活動が低下し、それをケタミンによって回復させられることを明らかにしている。すなわち、スパイン形成は生理学的変化と並行している。

さらに、行動とスパイン形成、シナプス活性をつなぐ目的で、マウスの尻尾を持ってぶら下げたときに体を元に戻そうと努力するモチベーションを調べるテストを用いて、それぞれの関係を調べている。このテストで見ると、うつ状態では元に戻す意欲が低下しているが、ケタミンで回復させることができる。

この3つの指標を同時に調べると、行動に対するケタミンの効果は、スパインの回復に先立って起こり、神経回路の回復と一致している。したがって、スパイン自体はケタミンによる神経活動の回復による二次的効果であることがわかる。次に、東大の河西さんたちが開発した方法を用いてスパインを消失させ、ケタミンの効果を調べることで、ケタミンにより神経活動が回復した結果として形成されたスパイン形成は、体を元に戻そうとするモチベーションが長期間維持されるために必要であることも示している。

以上は全てモデル動物の話だが、このような基礎的研究の上に新しい薬剤を地道に開発する努力が必要かと思う。その意味で、新しい点鼻薬についても、くり返し投与がどのような効果があるのか調べてみたいと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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