10月19日 フェースブックに書かれた文章からうつ病を診断する(米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)
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10月19日 フェースブックに書かれた文章からうつ病を診断する(米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2018年10月19日
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以前紹介したように、医療現場でAIがもっとも期待されるのが、一般の人による自己診断が可能になることだ。以前紹介したのは、皮膚の腫瘤をスマフォで写真をとると、それが悪性かどうか専門医と同じレベルで診断してくれる例だが、ほかにも毎日の活動記録から医者にかかったほうがいいかをアドバイスしてくれるアプリなどが考えられる。

今日紹介するプリンストン大学からの論文は、精神科の病気、特にうつ病も同じようにAIで診断する対象になることを示した論文で米国アカデミー紀要オンライン版に出版された。タイトルは「Facebook language predicts depression in medical records(フェースブック上の言語によって医学的なうつ病の診断ができる)」だ。

この研究では病院で治療を受けた1万人あまりの患者さんからインフォームドコンセントをとって医療データとともにフェースブックに書いた文章にアクセスできるかしらべ、1175人について2008-2015年に書かれた文章を集めることに成功している。そのうちで臨床的に明確にうつ病と診断され、フェースブック上で十分な単語データがそろったのは114人だが、このデータを使ってディープラーニングを行い、うつ病ではない570人のデータと比べ、フェースブック上のどのパラメータが最も診断に利用できるのか調べている。

結果だが、人口統計的データや、フェースブックへの書込みパターン、あるいは書いた文章の長さや、書き込みの頻度などは、うつ病を予測するデータとしては利用できないが、フェースブックで使われた単語の種類など言語的側面は、7割の確率でうつ病の発生を予測できることを示している。

また、この予測確率はうつ病と診断された時点に近くなるほど上昇しており、発症前6カ月の文言語分析では72%の確率に上昇しており、診断的価値が高いことを示している。

実際に診断に役立つのはどんな言語的特徴を持っているのかも抽出しており、落ち込んだ時(涙、泣く、痛み)や、孤独感(失う、とても、ベイビー)、あるいは敵意(憎む、クソ、ウー)、などと関わる単語の使用が上昇することを示している。

残念ながら、このモデルを使ってテストを行っていないので、最終的な診断価値はわからないとしたほうがいいだろう。しかし、フェースブックなどの書き込みの文章が気分を反映することは間違いないし、これを使ったAIは間違いなく設計できるだろう。あとは、もっとも予測率の高いアルゴリズムを誰が開発するのかという競争だと思う。そしてもしこれが可能なら、パソコンやスマフォでの文章を常にモニターして、うつ病の危険を察知して自分に知らせてくれたり、あるいはかかりつけ医に知らせることが可能になるのは、そう遠い話でないと思う。おそらく、ほかの精神疾患についても同じようなAI診断が可能になるだろう。

このようなAIをどう使うのか、早急に議論を進めたほうがよさそうだ。
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10月18日:補体第5成分の扁平上皮癌特異的増殖促進活性(10月8日号Cancer Cell掲載論文

2018年10月18日
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このHPでは普通なら考えつかない面白い現象を紹介してきているが、今日紹介するOregon Health & Science Universityからの論文はその1例にだろう。

我が国ではパピローマウイルスと聞くだけで顔をしかめる人も多いが、ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染により扁平上皮癌が誘導されることは、多くの実験結果からあきらかになっている。そして、このウイルスをマウス扁平上皮で発現させる実験系は、ガン発生の優れたモデルとして現在も使われている。今日紹介する論文は HPVによる発がん実験を行う過程で、補体第5成分に対する受容体が、ガン化の過程を強く後押しすることを見出してそのメカニズムを調べた研究で、10月8日号のCancer Cell に掲載された。タイトルは「Complement C5a Fosters Squamous Carcinogenesis and Limits T Cell Response to Chemotherapy (補体成分C5aは扁平上皮のガン化を促進し、ガンに対するT細胞の反応を制限する)」だ。

繰り返すが、この研究はHPVを導入により誘導した扁平上皮のガン化がC5a受容体のノックアウトマウスでは低下しているというおそらく意外な発見に始まっている。そして、この効果がガンに浸潤している白血球のC5a受容体の発現が上昇することと相関していることを見出す。

この過程を解析し、HPV感染による上皮の異常増殖が始まると、おそらくこの細胞からの刺激で白血球のC5a受容体の発現が強く誘導されるとともに、マクロファージが分泌するウロキナーゼがC5を切断して活性化型のC5aを局所で生成し、これがC5a受容体を刺激するという悪性のサイクルが成立する。これにより、白血球が持続的に刺激される慢性炎症がガン組織で形成され、これが血管新生因子などを介して、ガンの増殖を促進するという結論を引き出している。

この結論が正しければ、ウロキナーゼを抑制することで、ガンの増殖を抑えるはずだと、移植した扁平上皮癌を微小管形のダイナミズムを抑制するパクリタキセルとウロキナーゼの阻害剤を併用することで、ガン細胞の増殖を強く抑制できることを示している。

このウロキナーゼ抑制の効果は、炎症を抑え、血管増殖因子の分泌を抑えることも重要な要因になっているが、他にも活性型のCD8陽性のキラー細胞の腫瘍内の数が2−3倍増殖していることを発見している。ガンの立場から考えると、C5aによるマクロファージの活性化は、組織内へのCD8キラー細胞の浸潤を阻害し、またガン抗原とキラー細胞の接触時間を長引かせてキラー細胞の活性のチェックポイントに働く事で、組織障害性を弱めることでも、ガンの進展を助けていることになる。

これをさらにうがってHPVの立場で考えると、HPVは扁平上皮の感染した後、時間をかけてガン細胞の増殖を促進する環境を作り上げ、さらにガンに対するキラー活性を抑制する方向に組織化する恐ろしいウイルスであるということになりそうだ。

意外な話だったが、可能性はいろいろありそうだ。残念ながら、ウロキナーゼ阻害による効果は、強いとはいえ根治をもたらすものではないだろう。しかし、チェックポイント治療などとの組合せに関しては相性はいいのではないだろうか。扁平上皮癌の予後は比較的いい方だが、コントロールが効かなくなったケースでは、ぜひ考えてみる戦略かもしれない。しかし、こんなシナリオがあるなど想像もしなかった。
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10月17日:自閉症スペクトラムの脳活動を捉える(Human Brain Mapping 10月号掲載論文他)

2018年10月17日
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自閉症スペクトラムはもともと様々な状態が集まった状態を総称しているが、さらに正常・異常と分断せず、ニューロダイバーシティー、脳回路の多様性として連続的に捉えることが普通になってきたが、ASDに見られる共通の症状を多様性という言葉で終わらせる訳にはいかない。その実体を明らかにするためには、あらゆる医学的検査を駆使して違いを明らかにし、治療標的を探す必要がある。また、脳回路の変化を客観的に捉える方法の開発も重要で、MRIを用いて構造変化や脳領域間の結合性の変化がづつ捉えられるようになってきた。しかし、実際に働いている脳について機能的違いを発見することはそう簡単ではない。

今日紹介する2編の論文は、あまりこれまで紹介しなかった脳イメージングを用いてASDの脳変化を明らかにしようとした研究で、10月号のHuman Brain Mappingと10月3日発行のScience Translational Medicineに発表された。

まず最初のハーバード大学がHuman Brain Mapping10月号に発表した論文「 Maturational trajectories of local and long-range functional connectivity in autism during face processing (自閉症の人が顔のイメージを処理するときに起こる局所的およびび長いレンジの連結性の成長での軌跡)」から紹介していこう。

この論文では怒った顔を見たときに活性化される脳回路を自閉症と正常で、思春期から成人まで年齢を追って比較しこの回路が変化するかどうかを調べている。もちろん、思春期から成人まで、私たちの脳回路は大きく変化することが知られている。

問題は怒った顔を見た時の回路の活性をどう測るかだが、この研究では脳磁図といわれる方法で、脳神経細胞内の電気活動により誘発される磁場の変化を測定している。この方法で測れる電気活動は脳波で測る活動とは違うが、磁場は頭蓋骨に邪魔されないので、高い空間分析能をを持っている。さまざまな場所で磁場を計測し、その中で活動が同期している領域同士は神経結合があると考えられるため、この方法で知りたい領域同士が神経的に連結しているか明らかにすることができる。

この研究では顔の認知に関わる紡錘状回顔領域(FFA)内の神経連結、およびこの認識領域をトップダウンで支配していることが知られている、楔前部(PC)、前帯状皮質(ACC)および下前頭回(IFG)との連結を活動周期の同期性を指標に算定している。

さて結果だが驚くことに、怒った顔の認識に関わるこれらの回路は、思春期以前では自閉症も、一般児もほとんど変わりが無い。しかし、一般児では成人するに従って、これらの回路の結びつきが強まるのに、自閉症では逆に弱まる傾向にあることがわかった。さらに、自閉症の社会性に関わる症状の強さとこれらの領域の神経結合の強さの相関性は年齢が高まるにつれ、よりはっきりすることも分かった。

以上のことは、この怒った顔への反応を調べる課題に関する限り、自閉症での神経回路の変化は、思春期から成人への過程で起こる神経回路の成熟に大きな影響を及ぼしていることが分かる。実際、変態と同じで、発生時期と同じように思春期から成人にかけて脳も大きな変化を示す。とすると、自閉症の治療時期は、決して幼児期だけではなく、思春期からも重要であることがわかる。

もう一つのUniversity of Londonからの論文は成人した自閉症でのGABA受容体の量をPETで測定した研究で、タイトルは「GABA A receptor availability is not altered in adults with autism spectrum disorder or in mouse models(脳内のフリーのGABAa 受容体の数は自閉症スペクトラムの成人およびマウスモデルともに正常と変わらない)」だ。

これまでの研究で、自閉症ではグルタミン酸受容体を介する神経興奮が高まっており、これは神経活動を抑えるGABAaニューロンの活性が低下しているからではと考えられていた。

この研究では、知能正常で、てんかん発作のないASDの成人を選んで、脳内のGABAa受容体の数を、炭素11同位元素でラベルした2種類のGABAa受容体リガンドで計測している。

おそらく、GABAa受容体の数が減っていることを期待したと思うが、残念ながら使った2種類のリガンドで検出される受容体の数は正常とまったく差がないという結果だ。ただし、PMPテストと呼ばれる極めてコントラストの高い像を追跡するテスト(興奮性ニューロンと抑制性ニューロンのバランスを機能的に計測できる)を行うと、明らかにGABAaニューロンの活性が低下していることが推定されるので、受容体レベルではなく、GABAの分泌や、シグナル経路の異常がある可能性は高いと考えられる。受容体が正常なら、介入の手段が他にあるかもしれない。

いずれも、では大きな進歩があったかと問われると、難しいところだが、機能的脳回路に関しても、少しづつ研究が進んで、社会性の障害などを治療するための方法へと近づいているのではと期待している。
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10月16日:収穫期に入ったUKバイオバンク II 脳イメージデータベースの統合(10月11日号Nature掲載論文)

2018年10月16日
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昨日は、UKバイオバンクがどのような設計で構築され、維持され、また将来へと発展しようとしているかについてのNatureの論文を紹介した。何か新しいことがわかったという論文ではなく、多くの人々に使ってもらうため、このデータベースがいかに使いやすいかを示す論文だったと言える。この論文に続いて掲載されていたのが今日紹介するやはりオックスフォード大学からの論文で、UKバイオバンクにMRIを使って取得した脳画像データベースを統合することで、何が可能になるかを示した論文だ。タイトルは「Genome-wide association studies of brain imaging phenotypes in UK Biobank(UKバイオバンクを用いた脳画像上の形質と全ゲノムレベルの関連解析)」だ。

UKバイオバンクが所期の登録数に到達する見通しが立ったところで、参加者の脳イメージを2020年までに10万人分集めるプロジェクトがスタートしており、このプロジェクトの現状を紹介したのがこの論文だ。

もともと、脳画像を研究している科学者は、ゲノム研究との接点は多くない。この壁を取り払って、両方が協力して、脳画像とゲノム解析を統合する方法を議論し、脳の構造や機能と遺伝子との相関を調べることができるデータベースの構築を目指したのがこの研究だ。このために、一人の参加者の脳を、各部分の大きさや形に注目する構造解析、領域間の結合に注目する拡散解析、そしていくつかの課題を遂行時の脳血流を測る機能的MRIの3種類の方法で画像化し、この画像を3144種類の形質に分解し、この値と相関するゲノム領域をUKバイオバンクのDNAアレーを用いて特定している。

両方のデータベースを使って明らかになる多くの例が紹介されているが、その一部を紹介しよう。

T2強調画像と呼ばれる方法で撮影した脳各領域の形質は多くのSNPとの相関が認められるが、この画像から得られる指標は老化などによる鉄の沈着を反映していることが多い。実際、相関の認められたSNPは鉄輸送や神経変性に関わるCoasyと呼ばれる遺伝子や、SLC44A5など栄養分やミネラルの輸送にかかわる遺伝子が見つかる。すなわち、このような画像と遺伝子の相関から、老化や変性過程に関わる遺伝子の特定が可能になる。また灰白質の体積と相関する遺伝子は、知性、統合失調症を脳構造とその背景にある遺伝子に連結させてくれる。

また拡散MRIで領域間の連結に関わる形質に相関するSNPを探すと、細胞外マトリックスやEGFシグナリングに関わる遺伝子が数多く上がってくる。例えば左右の脳をつなぐ脳梁膝部とBCANと呼ばれる細胞外マトリックス遺伝子と相関が見られる。すなわち、MRI画像の取り方によって、異なるクラスの遺伝子が相関してくることを示している。

最後に、脳の機能異常では通常複数の形質が合わさるが、脳画像上の複雑な変化と相関する遺伝子領域を特定する可能性を追求し、例えば脳全体の体積と関わる複数の形質が、統合失調症との相関が認められているBANK1遺伝子と相関することなども例として示している。

実際にはさらに多くの霊が示されているが、要するに構造やネットワーク、そして機能とゲノムを相関させていくことで、最終目的である遺伝と脳の高次機能の関係を明らかにできる可能性を高らかに歌い、その基盤にUKバイオバンクが寄与できることを示している。

おそらく、このような相関解析の結果新たな課題がわかると、そのためにまた新しいデータを足していくのだろう。おそらく、このデータベースは脳、特に脳疾患の研究者には役に立つだろう。診断でMRI検査をした時、その結果から遺伝子を想定することが可能になる。データベースは構築して、公開すればそれで終わりではない。それをより少ない努力やコストで、もっと多くの課題に使えるように発展させることが重要になる。この当たり前のことが良くわかる、UKバンクについての紹介論文だった。
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10月15日 収穫期に入った英国バイオバンク I 、構築と維持(10月11日号Nature 掲載論文)

2018年10月15日
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先週号のNatureにUKバイオバンクと銘打った論文が2編発表されていたので、今日と明日で紹介する。完全にオープンアクセスになっているので、実際の論文に是非アクセスしながら読んで欲しいと思う。

最初はオックスフォード大学が中心になっているが、様々な国が参加してまとめた論文でUKバイオバンクとは何かについて詳しく書いている。タイトルは「The UK Biobank resource with deep phenotyping and genomic data(詳し形質解析とゲノムデータが集まったUKバイオバンク)」だ。

21世紀人間学の最大のテーマは、個々の人間の情報をゲノム情報と統合して、個人や社会を理解することだが、そのためには100万人規模のデータベースを構築する必要がある。これに国をあげて早くから取り組んできたのがUKバイオバンクで、現在50万人規模のデータベースとしてすでに多くの研究者が利用しており、UK biobankでPubMedを検索するとすでに1074編の論文が出版されている。

この論文はこのバンクの設立や維持に関する、科学的苦労話といった感じの論文で、読むとUKバイオバンクの成功の秘密と将来性がよくわかるように書かれている。

この分野、特にゲノム分野は進展が著しいが、その様な進展は後からいくらでも付け足せると考えて、まずゲノムと身体サンプル、データを集める事に集中している。実際最初から完全を求めると、結局失敗する。このため、全ゲノム配列決定は無視して、病気を中心にさまざまな遺伝子マーカーを集めたUK Biobank Axiom Arrayで、一塩基多型や、欠損挿入データを集めている。これに、血液、唾液、尿を採取してリアルなサンプルとして連結するとともに、身体データ、家族データ、社会データなどまで集めて連結させている。こうして生まれたコアには、あとからデータを足せるし、また1年ごとにフォローアップを行い、すでに14000人が死亡、79000人がガンと診断され、約40万人がなんらかの病気で病院のお世話になっている。

問題はこのようにして集めたデータの精度をどう確かめるかだ。たとえば自己申告の性別とゲノムを対応させることで、データのとり間違いを含む様々な人為的ミスとともに、当然染色体と性が一致しない、性決定障害がみつかる。こんなノウハウがしっかり語られている。

もう一つ重要な点は、こうして出来たデータベースが、英国民の構成を反映し、現時点での英国の構図まで分かるようになっている点だ。さらに、意図しなくとも、50万人集めると、自然に親子親戚がその中に含まれ、遺伝検査のパワーが上がる。これに今後死亡統計や、病気の発生率などが加わって行くのだろう。研究者だけでなく、社会学や行政にも有用なデータへと発展することがわかる。

すでに40万の病気データが集まっていることから、もちろん病気のリスクについて新しい発見も生まれるだろう。その例として、病気との関わりが深いMHCと多発性硬化症との関連を調べ、これまで明らかになっているHLAとの連関を確認している。

他にも様々なことが述べられているが、この論文はバイオバンクを構築し、データの質を高め、発展可能なデータベースを維持するためのマニュアルと考えればいい。従って、これ以上の詳細は割愛するが、常にクオリティーコントロールを怠らず、そのためのアプリケーションをバージョンアップしていくことの重要性がわかる。すなわち、一旦始めたら、それを発展させるために、より大きなコストを払う覚悟がいるということだ。一方、明日紹介する論文では、このデータベースの一種の使い方を示しており、ぜひ続けて読んで欲しい。

ただ、これだけではあまりにそっけないので、この論文でも取り上げられている身長とゲノムについてUKバイオバンクを使った最近Genetics10月号にミシガン大学のグループが発表した論文を紹介したい。タイトルは「Accurate Genomic Prediction of Human Height(Accurate genomic prediction of human height (ゲノムによる身長の正確な予測))だ。

まずこの論文には英国の研究者は参加しておらず、アメリカ、デンマーク、中国の研究者による論文だ。すなわち、UKバイオバンクがどの国にも開かれていることを示している。

これまでSNPと身長というと、身長と相関するSNPをリストすることが中心になってしまっていたが、この論文では、50万人のデータを用いて、ゲノムから身長を予測することができるかを調べている。実際にはLASSOと呼ばれるアルゴリズムを用いて45万人分のSNPデータを学習させ、こうして教育したAIにゲノムから身長を予測させる実験を行い、だいたい10cmの広がりはあるが、150cmから190cmまで、かなり正確に身長を予測することが可能になったことを示している。

このように、50万人という数は、定量的予測を行えるAIの開発を可能にし始めている。我が国のゲノム研究は、UKバイオバンクと比べて、どの辺にあるのか、ぜひ報告書ではなく、外野の人間でも目にできるような論文として発表していって欲しい。
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10月14日:ビタミンCによる癌治療(11月11日号 Cancer Cell 発行予定論文)

2018年10月14日
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ビタミンC(VC)がガンの予防に効くという考えは、ノーベル化学賞に輝いたライナスポーリングの後押しもあって、私の学生時代は注目を浴びていたように思うが、私が医師として働くようになってからは、ビタミンC をがん治療や予防に使うという話は立ち消えになっていた。ところが21世紀に入ってから、このHPでも何度か紹介したように、ビタミンCのがん治療への効果が見直されはじめている。この状況をまとめてくれた総説が11月11日発行予定のCancer Cell に掲載されるので、まとめの意味で紹介する。タイトルは「Ascorbic Acid in Cancer Treatment: Let the Phoenix Fly(がん治療としてのビタミンC:不死鳥よ飛べ)」だ。

メイヨークリニックで行なわれたビタミンC経口投与の臨床治験が否定的な結果で終わってからはVC治療はほぼ忘れ去られるが、21世紀に入って、VC自身の体内での動態が詳しく調べられ、経口投与ではなく静脈注射なら高い血中濃度を達成できることが明らかになる。

そして以前このHPで紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/6679)VCががん細胞特異的細胞障害性を示すことが相次いで示され、さらにそのメカニズムも明らかにされて来た。この結果、臨床的にも再評価が始まり、2,010年代に入ると、体重1kgあたり1gのVCを静注するプロトコルで臨床治験が行われ、化学療法の効果を高めると同時に、化学療法の副作用を低下させることが報告される。

最初この効果は、VCにより細胞外に発生する過酸化水素の効果だと説明されてきたが、最近になって他のメカニズムも注目されるようになってきた。まず昨年8月の論文ウォッチで紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/7291)、VCがDNAのメチル化を外す酵素TETの効果を高めることが明らかになった。

このことから、DNAメチル化の影響が強いと考えられる骨髄単球性白血病、骨髄異形成症候群をはじめ、TET2の変異やTETの機能が抑えられるIDH変異の存在する様々なガンでその効果を期待することができる。また、このようなTETの明確な変異がなくても、VCには過酸化水素を介するがん細胞特異的障害性は存在し、加えてガンにエピジェネティックスが重要な働きをすることが明らかになってきた今、正常TETの機能をさらに高めてVCが効果を示す可能性は十分ある。

このように、VCに過酸化水素を介するガン特異的細胞障害、及びDNA立つメチル化促進する作用を通したがん治療への可能性が新しく評価されるようになった結果、米国の治験サイトでアスコルビン酸とガンというキーワードで検索すると、117件の治験が進んでいることがわかる。ざっと見たところ、すい臓がんの治験の数が最も多いが、それ以外にも様々なガンで治験が進んでいる。しかも終了した治験も多いことからおいおい結果は発表されていくと思う。今後期待通りの結果が発表されれば、ぜひ安価な治療として積極的に導入されることを期待する。

この総説では最後に、経口投与で到達できる濃度で、がんを治療したり、予防したりする可能性についても議論しているが、著者は原則的にこの考えに対しては否定的だ。というのも、大量の静脈注射(50g以上)に患者さんは十分耐えられることがわかっているし、対象となる患者さんで最低量を決める治験を行うことは煩雑で、倫理的にも問題があると考えており、私も完全に同意する。

そして不死鳥(VC)は蘇るとして、最も重要なのは患者さんの生存と抗ガン効果を一次評価項目にした治験結果が集まることだとして、多くの医師に科学的治験を呼びかけている。ぜひわが国でも多くの機関で真剣に検討されることを願う。
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10月13日:黄色ブドウ球菌を排除する細菌(Natureオンライン版掲載論文)

2018年10月13日
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昨日、顧問先の研究員たちと体内の細菌叢について議論していた時、少し気になったのが、ほとんどの人が良い細菌叢という実態があると決めてかかっていることだ。すなわち、プロバイオやプレバイオが目指すべきは、多様でバランスの取れた良い細菌叢と考えている。ただ、これまでの多くの論文を読んできて、良いバランスのとれた細菌叢の実体を本当に定義できるのかかなり疑問に感じる。確かに多くの総説では、dysbiosisなる言葉で、細菌叢の乱れが病気につながるなどと書いている。ただdysbiosisという結論を認めることは、それ以上の解析を放棄することにつながる。多くの細菌の種類を決めるのメタゲノムの進歩が、理解できるまでとことん追求するという意欲を削いでいるような気がした。

今日紹介する米国NIHからの論文はdysbiosisの背景には単純な因果性があるかもしれないことを示した面白い研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Pathogen elimination by probiotic Bacillus via signalling interference(Bacillusを用いるプロバイオはシグナル阻害により病原菌を除去する)」だ。

バランスのいい腸内細菌叢というエコロジカルな発想の原点が、病原菌の増殖を止めるために行われる便の移植だろう。ただ、これらの効果のメカニズムについてはよくわかっていないのが実情だ。この研究では抗生剤耐性菌の典型である黄色ブドウ球菌の体内への定着を抑える細菌叢のメカニズムを調べている。

都会生活では、どうしても食品の中の抗生物質や殺菌剤の影響で、自然状態で起こる黄色ブドウ球菌の体内への定着を観察することが難しい。そこで、タイの田舎で、自然の食品を食べて生活している人200人の便と鼻水を調べ、黄色ブドウ球菌が常在している人25人を特定している。この調査では、ブドウ球菌の腸管と鼻腔での定着は完全に一致している。

さて、ブドウ球菌が定着している人で、便の細菌叢のメタゲノムを調べても、全体の多様性や量といったエコロジーにほとんど差はないが、ブドウ球菌の定着した人の便には全くバシラス属が存在しないことに気付く。重要なことは、これが都会から離れて暮らしているタイの人特有の結果で、これまで都会人などで調べられていた細菌叢解析を見直してもこのような差は無い。したがって、おそらくブドウ球菌が定着するのをバシラス属が阻害するのではないかと考え、ブドウ球菌の定着に必要な条件を次に探索している。

定着についてはすでに論文があったようで、ブドウ球菌間で情報をやりとりして、代謝を変化させるクオラムセンシングのメカニズムのうちの一つAgr系が定着に必要なことが示唆されていた。この研究でも、これを確認し、Agrクオラムセンシングが存在しないと、マウス腸内への定着ができないことを確認している。

あとは、このクオラムセンシングシステムを抑えるバシラス属の分子を探索し、バシラス属が分泌するフェンギシンがAgr-クオラムセンシングシステムののうちの細胞膜でおこる情報のセンシング、すなわち情報伝達ホルモンと言えるAIPとその受容体のAgrCの結合を阻害し、このクオラムセンシングシステムに支配されるオペロンが抑制されることを示している。

話は以上で、この結果は良い菌叢がフェンギシンに収束できるという話で、今後dysbiosisとして話を決着させることへの強い逆風になると思う。さらにこの結果は、難治性のブドウ球菌の治療にフェンギシンが使えることも意味し、重要な貢献になっていると思う。申し添えるが、もちろんバシラス属の定着にエコロジーが関わる可能性は十分ある。
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10月12日:ネアンデルタール人のゲノムがなぜ何万年も我々のゲノムに残り続けるのか?(10月4日号Cell掲載論文)

2018年10月12日
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私たちのゲノムの中に、ネアンデルタール人由来のゲノムの断片が存在することがわかってから、排除されもせず、薄まりもせず後生大事に維持しているネアンデルタール人由来のゲノム領域にはどんな機能があるのか調べる研究が進んできた。例えば、生殖にかかわるネアンデルタール人由来の遺伝子はほぼ完全に消滅している。すなわち排除された。逆に、日光に対する皮膚の反応や免疫反応を抑える重要な領域は、ネアンデルタール由来であることもわかってきた。これは、ネアンデルタールゲノムがホモ・サピエンスにはない優れた性質を持っているため、一端導入されると自然選択で維持されてきたと考えられる。役に立つなら、当然遺伝子は維持され、また伝搬する。ただこれまでの研究の主流派、まずネアンデルタール人由来領域を決め、その領域にある遺伝子について一つ一つ機能を調べるという手法で研究が進んで来た。

これに対し今日紹介するアリゾナ大学からの論文は、両者の交雑と接触は、必ずそれぞれが独自に持っているウイルスの相互感染を誘発する。しかも、これは交雑にかかわらず、接触で感染する。この未経験のウイルスに対処するためには、それぞれの人類が持つ防御遺伝子が必要になる。このため、ネアンデルタール人由来のゲノムの中には、この様なウイルス感染に対処する機能を持つ遺伝子が多く含まれると仮説を立て、この仮説の妥当性を検証するという、新しい手法でこの問題に取り組んでいる。タイトルは「Evidence that RNA Viruses Drove Adaptive Introgression between Neanderthals and Modern Humans (RNAウイルスがネアンデルタール人と現生人類の間の遺伝子侵入の原動力になった)」だ。

この研究は、すでに積み上がっているデータを、自分の仮説から見直す、すなわちトップダウンで、バイアスを全面に押し出した手法の研究だ。この基本になるのが著者らがこれまでの研究でウイルスと相互作用する分子(VIP)としてリストしてきた4000余りの遺伝子だ。リストが示されてはいるが、4000ともなると全遺伝子の四分の1で、見てもなんのことかわからず、そうだと信用するしかない。レフリーによっては、恐らくこれだけで論文をリジェクトしたと思われるが、いいレフリーに当たったようだ。

さて、この研究のロジックは、ネアンデルタール人と交雑が起こる状況では、様々な新しい感染症にも晒されることになる。ウイルスの選択圧は強いため、この感染に対処するためにネアンデルタール人ゲノム内に準備された遺伝子は、急速にホモ・サピエンスに広がり、かなりの割合の人がこの領域を持つことになる。その後、感染が収束したとしても、遺伝子を持っ人の割合が高まっているおかげで、組み換えが進んでこの領域は断片化したとしても、領域全体はホモ・サピエンスの集団に残り続けるという予想に基づいている。

このロジックだと、ネアンデルタール人由来のゲノム領域の中に、ウイルスと相互作用する遺伝子(VIP)が当然濃縮されているはずで、データベースを彼らのVIPのリストを手に比べてみると、ネアンデルタール人のゲノムを長い領域にわたって再構成できる領域には、VIPがそれ以外の遺伝子と比べ強く濃縮されているという事を発見する。まさにこの発見が、この研究の全てだ。

ただ繰り返すが、これらはVIPのリストが全くバイアスなしにできたかどうかにかかっているが、ここではこの問題は問わないでおこう。その上で、VIPの中でもどのような遺伝子がネアンデルタール人から持ち込まれているのかを調べ、ウイルスの中でもHIVやインフルエンザウイルスのようなRNAウイルスと直接相互作用する分子が濃縮されていることを見出している。中でも、ウイルスが細胞へ感染するときの分子と、免疫反応に関わる分子は特に濃縮されている。データは少ないが、同じ事を逆の組み合わせ、すなわちネアンデルタール人ゲノムの中のホモ・サピエンスゲノムについても調べており、やはりVIPが濃縮していることを示している。

以上のことから、ネアンデルタール人のゲノムが長期間維持されている重要な原動力の一つが、ネアンデルタール人からもらった新しいウイルス感染による自然選択だと結論している。

面白いが、やはり本当かなという疑いが残る論文だった。しかし、個人的には、自分の仮説と、インフォーマティックスを武器に、世界中に積み上がったデータを調べる研究者は是非応援したいと思っている。そのため、今度頼まれた大学院講義では、「科研費が取れない時は絶望せず、インフォーマティックスでしのげ」という話で、他人のデータを駆使した素晴らしい研究の話をしようと思っているが、この論文も加えたいと思う。とはいえ、こんな論文がレフリーに回ってきたとき、本当にしっかりと審査できるのかちょっと心配になる。
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10月11日:上皮を支える間質細胞の多様性と可塑性(10月4日号Cell 掲載論文)

2018年10月11日
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これまでなんども、個々の細胞から得られるmRNAにバーコードをつけて、転写されている全遺伝子を解読するsingle cell transcriptomeプロファイリング方法が、発生学や医学を大きく変化させていることを紹介してきたが、このテクノロジーにかかれば、同じように見える細胞も中身はそれぞれ特徴を持っていることが明らかになる。しかも、これまでの遺伝子発現などの研究のおかげで、発現しているmRNAからだいたいどんな細胞かも想像がつき、その上でこれまで明らかになっていなかった新しい分子標識を見つけて、それぞれの細胞集団の組織上の位置を調べることができる。

こう考えると、このテクノロジーは区別が難しい細胞の種類ほど力を発揮できる。その意味で、見た感じは普通の線維芽細胞と見分けがつかない間質細胞を分類するのに最適のテクノロジーと言える。今日紹介するオックスフォード大学からの論文は、腸管上皮を裏打ちしている間質細胞にこの方法を応用して、上皮細胞のニッチとしての間質細胞も働いている事を示した論文で10月4日号のCell に掲載された。タイトルは「Structural Remodeling of the Human Colonic Mesenchyme in Inflammatory Bowel Disease(人間の大腸の間質細胞は腸炎により構造的に変化する)」だ。

この研究では、正常人および炎症性腸疾患の大腸鏡検査時にバイオプシーで得られた腸組織から上皮や血液を除き、残りの細胞のsingle cell transcriptomeをプロファイリングしている。その結果、明らかな血管周囲細胞や、筋線維芽細胞に加え、4種類の特徴のある間質細胞を特定することに成功している。さらにこの中から、Sox6を発現しているS2と名付けた間質細胞が上皮細胞のニッチとして働いていることを、発現遺伝子とその組織局在から明らかにしている。ただその他の集団の本態については、まだ解析途中といった段階だ。

このニッチ間質細胞の特定がこの研究のハイライトで、実際にマウスの間質細胞集団も同じように解析して、S2は種を超えて保存されていること、またマウスの系を用いて試験管内で、S2間質細胞が上皮幹細胞の維持に関わっている事を示している。今後は、マウスを用いてさらに詳しい研究が行われるだろう。また、同じ研究手法は、毛根を始めほぼ全ての組織に存在する間質細胞ニッチの解析に使われているだろう。これまで私たちが間質細胞、あるいはストローマ細胞として一括りにしていた細胞集団が、どのように分類されていくのかを考えると興奮する。この研究でも、それぞれの間質細胞集団の分化過程の系統樹が出来上がっており、この系統樹がより詳細になっていくと思われる。

この研究では、これらの間質細胞サブセットが、炎症によりどう変化するのかを調べ、炎症によりS2が低下する代わりに、S4が上昇することを示している。S2がニッチとして正常上皮を支え、また基底膜の産生して腸上皮のバリア機能を維持していることから、S2の低下は腸の上皮構造の破壊を招くことになる。一方、S4は普通にはあまり存在しない集団で、リンパ球を局所に移動させるケモカインを分泌する炎症促進型の細胞で、面白いことに腸上皮を静止期に誘導する働きを持っている。炎症が上皮幹細胞を静止期に誘導するとは全く考えたことも無かったが、もしそうならS2で支えられる増殖幹細胞システムの中に、正常でもほんの少し存在するS4が静止期幹細胞を誘導するニッチを作っている可能性すら示唆している。解析が待たれる。

いずれにせよ、これまで間質が炎症の一つの中心として働くとするモデルが確認されたことになる。しかし炎症も急性、慢性、さらには特殊な炎症と、いろいろだ。この点でも、今後炎症組織の間質細胞の分類が進むと期待される。

私は現役時代、ストローマ細胞に焦点を当てて、炎症や発生を見てきたため、この研究は特に印象が強かった。これまで自分が知りたいと思っていたことが、加速度的に明らかになっていく予感がする。おそらくこの分野は、全く新しい展開を遂げるのではないだろうか。特にプロファイリングは分子発現と直結する事から、特定の支持機能だけを失った間質細胞を作ることも可能になるだろう。Single cell profilingの威力はすごいが、しかしこれは始まりに過ぎないことがよくわかる。
カテゴリ:論文ウォッチ

10月10日:地中海食による乳腺細菌叢の変化(10月2日号Cell Reports掲載論文)

2018年10月10日
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体外に直接開いている組織は、必ず細菌感染の可能性がある。腸管は当たり前だが、尿管、感染や皮脂腺など、全て外界に開いた管状構造をとり、常に感染の危険がある。誰もが経験するニキビはその典型だろう。また、当然のように常在細菌も存在し、細菌叢研究が進むとともに、研究の対象になっており、多くの論文が発表されている。

この外界に開いた管状構造のもう一つの典型が乳腺で、母乳を飲む子供の腸内細菌叢への影響を調べる意味で乳腺内の細菌叢研究が行われるようになった。今日紹介する米国ウェークフォレスト大学医学部からの論文は、その中でもかなり変わり種で、猿に地中海食を食べさせたとき乳腺の細菌叢の構成が変化するかどうか調べた研究で10月2日号のCell Reportsに掲載された。タイトルは「Consumption of Mediterranean versus Western Diet Leads to Distinct Mammary Gland Microbiome Populations(地中海食と普通食は異なる乳腺の細菌叢の原因になる)」だ。

変わり種といったのは、体に良いことが示されているオリーブオイル中心の地中海食を30週間(8ヶ月近く)アカゲザルに摂取させ、しかも乳腺組織内の細菌層を調べた徹底性で、おそらくこれが可能な研究所はそう多くないだろう。 また、地中海食など、長期的食習慣の効果を確かめた研究結果は、メカニズムが思い通りに追求できない現象であるため一般紙に登場することは、あまりないが、この点でもこの研究は変わり種だ。しかし、両方の間で大きな違いが示されており、雑誌でも掲載を決めたのだろう。

結果をまとめると、「細菌叢の絶対バクテリア数などでは何の変化も起こらないが、細菌叢の多様性には大きく貢献し、また個々の細菌の数については大きな変化を引き起こす」になる。

個人的に意外に思ったのは、地中海食により、セルロース分解性のルミノコッカスノコッカスが腸でも乳腺でも減少することだ。このようにまだまだ腸内細菌叢の変化を頭のなかで理屈をつけて理解するのは難しい。 中でも最も大きな変化を示すのが、乳酸菌でなんと10倍も数が増える。これまで、乳酸菌が乳がんの予防に効くという論文もあるが、どうして食べた乳酸菌が乳腺に到達するのか説明できていなかった。この研究では、地中海食による腸内での変化が、乳腺の細菌叢の変化を誘導し、回り回って乳がんの予防効果を持つと考えている。腸内で起こる変化を理解しようと、乳腺のメタボロームも調べ、胆汁に含まれる様々なメタボライトが地中海食で上昇することを見出している。すなわち、胆汁成分を分解する腸内の細菌層の変化が、胆汁由来代謝物を介して乳腺細菌叢の変化を誘導するというシナリオだ。結局、食の効果は全て腸内細菌叢を通して起こることになるが、このシナリオの妥当性については直接実験が行われておらず、現象論でとどまっている。 以上が結果で、普通の研究になれた頭から考えると、変わり種としか言いようがない。しかし、薬剤開発と異なり、食の栄養学的評価はそう簡単ではなく、おそらく21世紀の重要な課題と言えるだろう。その意味で、このような変わり種の研究が積み重なることは重要だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ
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