4月5日:胚盤胞形成時のアクチンの役割(4月19日号Cell掲載論文)
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4月5日:胚盤胞形成時のアクチンの役割(4月19日号Cell掲載論文)

2018年4月5日
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哺乳動物の胚は、受精後卵割を繰り返す中で将来胎盤になるトロフォブラストと、胎児へと分化する内部細胞塊に分かれる。この過程は分化マーカーも整備され、また試験管内で分化が決定して胚盤胞と呼ばれる構造ができるまでを試験管内で再現できるため、かなり研究が進んでいると言っていいだろう。この過程で最終的運命が決まるのが、8細胞期から16細胞期へと至るプロセスだが、それまで細胞が接し合う塊だったところに、構造に秩序をもたらす細胞接着構造が形成され、2種類の細胞が内と外に分離する。この、新しい秩序が分裂しながら自然に形成されることを私が実感したのは、細胞分裂のオーガナイザーである中心体が存在しないマウス胚で、紡錘糸が細胞同士の膜が接する場所に発生し、接着分子を膜へと輸送する働きを果たしながら、細胞分裂のオーガナイザーとしても働くという、思いもかけない結果を示したシンガポールからの論文を見た時だ(昨年9月5日に紹介したhttp://aasj.jp/news/watch/7325)。

そして同じシンガポールA*Starのグループから、8−16細胞期のアクチンの動きを調べ、やはり思いもかけない挙動が初期胚で見られることを示した論文が4月19日号のCellに発表された。タイトルは「Expanding Actin Rings Zipper the Mouse Embryo for Blastocyst Formation(伸びていくアクチンの輪がマウス胚の接着を閉じて胚盤胞を形成する)」だ。

一般的上皮では、細胞接着構造により細胞骨格分子がオーガナイズされ、特にアクチンは接着班に集まって見える。当然初期胚でも細胞同士は未熟ではあっても接着構造を形成しており、そこに濃縮されていると思っていた。ところが、この研究では16細胞期、接着部位と離れた表面側(apicalと呼ぶ)にアクチンが構造化されて(F-アクチン)リングをを形成し,それが大きく伸びて最終的に細胞接着部位に一体化することを発見した。これまで、多くの人が初期胚のアクチンを調べたはずなのに、どうしてこれほど特徴的な像を見落としていたのか、不思議に思う。いずれにせよ、この特徴的なアクチンの挙動を発見したことがこの研究のハイライトで、あとはすでに調べているチュブリンの挙動と対応させながら、細胞学的に詳しく調べている。美しい写真とビデオでデータが示されており、これを文章で表現するのは難しい。詳しく知りたい方は、是非論文に当たって欲しい。

ここでは詳細を省いて、これらの解析から著者らが考えているこの特徴的アクチンの挙動の分子背景、および生物学的意味だけを簡単にまとめておく。

1)アクチンリングは8細胞期でも見られ、細胞非対称性形成と密接に関わっている。この時期の紡錘糸は膜接着部位に形成されるが、これを起点としてapical側へとオーガナイズされる細胞内での物質の流れがこのリングの形成に関わる。
2)分裂が終わり16細胞期になると収縮リングに集まっていたアクチンがapical側へ移行、アクチンリングが形成され拡大する。この時、微小管はリングの上方に集まる。
3)16細胞期のアクチンリングは大きく拡大するが、こうして形成されるアクチンにはミオシンが結合していないため、アクチンの運動ではなく、細胞全体の形態が変化し、微小管の集まった外部表面が広がることで、アクチンリングが伸びると考えられる。
4)こうして広がり始めたアクチンリングは細胞接着構造に接合するが、これを起点にミオシンやカドヘリン、などさまざまな接着分子が集まり、ジッパーが閉まるように細胞接着部位を、adherence junction, tight junctionの揃った完全な上皮型接着構造に転換する。
5)これにより完全に胚内と、胚外が分離され、胚盤胞の内腔が形成される。

以上がシナリオで、最初にアクチンをリング状にまとめておくことで、非対称性だけでなく、接着構造を迅速に漏れなく形成することが可能になっている。

一般の方には難しい話になってしまったが、胚発生に関わっていた一人として、本当にうまくできていると感心した。
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4月4日:遺伝子解析から小児の神経疾患をどこまで診断できるのか(3月29日号Nature掲載論文)

2018年4月4日
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小児の神経は可塑性に富んでいる。ということは、早期に診断できれば、発達段階で何らかの介入が可能になる。現在Fragile X, Rett症候群, MECP2重複症など、遺伝性が明らかな疾患については、生まれてすぐに診断して必要に応じて遺伝子治療などを行う可能性が出てきている。このため、神経細胞を標的にした遺伝子治療に期待が集まっている。

しかしガンと同じで、小児の疾患の中には、例えば父親の精子形成時に起こった新たな突然変異が病気の原因になっているケースも多い。発生過程でこのような遺伝子変異が影響してしまうと、心臓や脳の発達異常が起こってしまう。ただ、この場合も、子供で新しい遺伝子変異が生まれていることは確認できることから、どの遺伝子に異常があるのか、早期に診断できる可能性がある。このことを最も強く示したのが、昨年英国のサンガーセンターを中心発表された小児の診断がつかない神経疾患についてのエクソーム解析で、このような症例の42%は、新たな突然変異が原因である可能性を示していた(Nature 542:433,2017)。

しかしそれでも6割は原因不明のまま残る。これをなんとか遺伝子で診断できるようにできないか努力したのが今日紹介する、同じサンガーセンターからの論文で3月29日号のNatureに掲載された。タイトルは「De novo mutations in regulatory elements in neurodevelopmental disorders(神経発達障害での遺伝子調節領域の新しい突然変異の寄与)」だ。

この研究もDDDとよばれている発達障害の子供のコホートを対象にした研究で、今回はエクソーム(タンパク質に翻訳される領域)ではなく、遺伝子発現を調節している領域に絞って、新たな突然変異(De Novo Mutation)が起こっていないか調べている。このためには当然全ゲノム解析が望ましいが、4000人にもなる患者さんの全ゲノムのDNA配列を解読することはできるだろうが、そのデータを解析するのは至難の技だ。この研究では、代わりに進化的に保存された、すなわち神経発生に機能していると考えられる非翻訳領域(CNE)に絞って解析している。この時心臓の発生に関わることがわかっているCNEも同時に調べ、神経発生異常に特徴的な突然変異を探索している。

それでもデータは膨大で、結果はデータを統計学的、推計学的処理を行ったグラフや表で示され、その内容について私も正確な判断ができるわけではない。このため、詳細は省いて結論だけをまとめておく。

1)まず間違いなく、遺伝子発現調節領域や、スプライシングに関わる領域に生じた新たな(de novo)突然変異と関連づけられる発達異常は存在する。
2)ただ、推計学的に因果性が示唆されても、個々の変異により障害が誘導されるメカニズムを特定することは、まだまだ時間がかかる。
3)今回の研究で新たな変異として6000近くの変異が発見されているが、統計学的には、このうち良くて5%が病気の発症に関わっていると推定されるだけで、おそらく調節領域に起こった新たな変異のほとんどは発達異常を誘導している可能性は少ない。
一言で行ってしまうと、これまで研究が進んでいる遺伝子調節領域やスプライシング領域のみ対象にしても、遺伝子による原因不明の病気の診断率は期待したほど上がると期待できないという、ちょっと拍子抜けの結論だ(もちろんこれがわかることは極めて重要で、この論文の重要性は変わらない)。

原因として、多くの障害は結局エピジェネティックな過程によるのかもしれない。ただ、遺伝子発現調節について、進化的に保存されている場所はそれほど多くないことも考えられる。従って、情報処理力を上昇させて、全ゲノム解析を行うことが次のステップになるだろう。親からの遺伝性のない発達障害を、エピジェネティックとして片付けないで、どこまで「ゲノムによる診断率をあげられるのか、著者らの執念が感じられる研究だった。
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4月3日:脳梗塞の緊急診断デバイス(Journal of Neuro-interventional Surgeryオンライン版掲載論文)

2018年4月3日
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ガンや変性疾患などと違って報道される機会は多くないが、心臓や脳の血管が詰まる卒中に対する治療は急速に進展してきている。実際、早く病院に搬送されて血栓溶解のためのtPA治療を受けた友人は、本当に卒中が起こったのと思わせるくらい完全回復している。このような治療は発作後治療が始まるまでの時間との戦いになる。TPA治療の場合は5時間が目安といえる。これに加えて、血栓を溶かすのではなく、カテーテルで掻き出す血管内治療も行われ、目覚ましい成績を上げている。特に血栓が大きい場合はその効果は絶大だ。ただこの治療法の場合は、設備が整い、熟練の医師がいる施設が必要だ。従って、卒中と診断された後、救急車内で血栓除去を行う程度か、tPA治療でいいかを判断する必要がある。もちろん血栓除去術でも時間との戦いで、快復率は1時間かかるごとに20%低下する。

同じ課題は心筋梗塞でも見られるが、この場合心電図という強い味方があり、救急車内で適切な診断が可能になっている。ところが、脳卒中になるとその程度を診断する方法は、幾つかの症状や兆候を組み合わせた診断基準によるしかなく、血栓除去術の適応かどうかを決めるためのトリアージの精度はどうしても低かった。特に、必要ないのに必要と診断する率が3割以上(米国の話)で、これでは熟練の医師も体がいくつあっても足らない。

今日紹介する米国マウントサイナイ病院からの論文は卒中の程度をラジオ波を用いて診断するデバイスの検証論文でJournal of Neuro-interventional surgeryにオンライン出版された。タイトルは「The VITAL study and overall pooled analysis with the VIPS non-invasive stroke detection device(非侵襲的卒中検出デバイス(VIPS)のVITAL プロジェクト研究)」だ。

この研究では、約250名の卒中の患者さんに、通常のトリアージと診断を行うとともに、VIPSと呼ばれる頭に装着して卒中の程度を診断するデバイスによる診断と比較している。

このデバイスは、左右の後頭部から低いエネルギーの高周波を照射し、前にあるセンサーで受けるという比較的簡単な機器で、要するに超音波の代わりに頭蓋を通る高周波の電波を用いて、脳の状態を調べる機械だ。画像は全くでないが、卒中により血流が止まり、脳組織のインピーダンスが変化すると、その程度をほぼ瞬時に診断できる。また、経時的にも悪化していくスピードもわかる。幸い卒中が両側で起こることはほとんどないので、左右を比べることで程度の診断がしやすい。おそらく救急車に設置することはコスト面でも、技術面でもそう難しくないと思う。

結果だが、血栓除去術の対象者の診断率は93%で、救急車内での搬送先の診断に大きく貢献するという結論だ。救急医療としては大きな進展ではないだろうか。いつでも卒中に襲われる年齢の人間としては心強い。

もちろん、このトリアージの前提として、卒中に対する地域の救急体制の構築があるだろう。
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4月2日:細胞増殖分子の機能的探索(4月19日Cell掲載論文)

2018年4月2日
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私が熊本大学で自分の教室を持てるようになった1980年代後半は、細胞増殖に関わる遺伝子が急速に明らかになった時期で、血液学や免疫学ではサイトカインの遺伝子クローニングラッシュだったし、遺伝学的にも増殖に関わる突然変異マウスの遺伝子同定が可能になり、私たちもM-CSFやc-Kitなどに焦点を当てて研究ができた。この頃印象に残っているのは、ランダムに遺伝子を細胞に導入してガン遺伝子を特定する機能的遺伝子探索で、我が国でも例えば京大では同じ棟に教室を持っていた野田さんなどはその典型だったと思う。いずれにせよ、この頃の研究は包括的にスクリーニングを行なっても、機能は個々の遺伝子に絞って研究を行うのが普通だった。

それから20年、ガンゲノム解析が進んだ現在は一つのガンに多くの分子が関わることが分かってしまって、解析が進めば進むほど当時のような増殖に関わる機能的探索が難しくなっている気がする。そんな隙間を埋めるのが今日紹介するハーバード大学からの論文で、4月19日号発行予定のCellに掲載された。タイトルは、「Profound Tissue Specificity in Proliferation Control Underlies Cancer Drivers and Aneuploidy Patterns(細胞増殖のコントロールの組織特異性がガンのドライバー遺伝子の染色体異常の背景に存在する)だ。

タイトルを見て研究者なら、何を今更と思ったと思う。それぞれの細胞は組織特異的な増殖調節機構を持っており、ガンの増殖もこの制限からは逃れられないことは周知の事実だ。しかし一つの組織でガン発生に関わる組織を網羅的に探索する機能研究の数は多くない。この研究では、乳がんとすい臓がんについて、バーコードでラベルし、タモキシフェンで平均的に発現を誘導できるようにした6ー8万のオープンリーディングフレーム(ORF)をレトロウイルスで乳腺と膵管上皮細胞に導入、遺伝子を誘導する条件で10回継代を繰り返した後、培養細胞中に残っている遺伝子をバーコードで特定している。

もしORFが増殖を促進するなら継代により選ばれた増殖力の高い細胞では濃縮されているはずだし、一方細胞の増殖を抑制する遺伝子は全て除去されていると期待される。この方法で、それぞれの細胞について200を越す増殖促進分子が、やはり400ー600種類の増殖を抑制する遺伝子を特定している。個別の遺伝子に焦点を当てない、新しいタイプの機能アッセイが可能になっている。

特定された遺伝子を眺めて一番驚くのは、乳腺細胞、膵管細胞、線維芽細胞の3種類で共通に増殖促進作用が認められるのは3種類しかなく、他は全て組織特異的である点だ。サイクリンなどもっと出てきても良さそうだが、基本増殖メカニズムは十分足りているのだろう。一方、増殖抑制遺伝子については100を越す分子が共通に働いており、発生学的に考えると、なるほど合理的にできていると思う。

とはいえ、それぞれの組織で発がん遺伝子ネットワークとして知られているものは、ほとんど今回の機能アッセイで特定されている。また、ガンに関わるゲノム上のコピー数の変化や、染色体異常と、今回明らかになった遺伝子は相関性が強く、今後このような機能アッセイによる増殖促進、抑制分子のリストがあると、ゲノムの解析もさらに楽になると考えられる。また、クリスパーなどを用いたノックアウト実験も行い、今回特定された遺伝子が確かに増殖に関わることまで調べているので精度も高い。

このように、機能が確認された増殖関連遺伝子のリストが、それぞれの組織で作成できることを示したことがこの研究の重要性で、これ以上詳細に踏み込むことはやめるが、乳がん、すい臓がんという重要なガンを、今回明らかになった遺伝子を眺めながら考えてみることは重要だろう。

これを示す例として挙げられた驚くべき結果は、乳がんの増殖に関わるケラチン関連遺伝子が20個近く発見され、それらがE2Fを介して増殖誘導に関わることがこの研究で発見されたことだ。すなわち、これまでゲノム解析からわかっていたとしても、機能的側面がわからないためそのままになっていた分子が、新しくガンに関わるとして特定できることだ。

是非多くの組織で、同じような機能分子のリストができることを期待する。
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4月1日:線虫を使ってメチシリン耐性黄色ブドウ球菌に効果のある抗生物質を探索する(Nature オンライン版掲載論文

2018年4月1日
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我が国に正確な統計があるのか把握していないが、5年前の米国の統計ではメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の年間感染数は8万余で、1万以上の死亡数に達している。この死亡率から考えると、MRSAはまちがいなく現代医学に残された最も重要な感染症の一つと言える。

もちろん、多くの製薬会社でもMRSAに効果のある抗生物質の開発にしのぎを削っていると思うが、アカデミアならではの方法でMRSAに対する抗生物質開発にチャレンジしているブラウン大学からの論文を見つけたので紹介する。タイトルは「A new class of synthetic retinoid antibiotics effective against bacterial persisters(耐性細菌に効果を持つ新しいクラスの合成レチノイド系抗生物質)」で、Natureにオンライン出版された。

この論文が最も印象深かったのは抗生物質のスクリーニングの方法だ。MRSAを培養したマイクロウェルに線虫を加え、ここに抗生物質を加えて線虫が生存できるか調べている。MRSAは線虫を殺すので、線虫が生き残るということはMRSAに効果がある薬剤が発見できたことになる。細菌を直接標的にすればもっと簡単にスクリーニングができるのにと訝しく思われると思うが、もちろんこれまではその方法で化合物が探索された。しかし、発見される多くの化合物は細菌だけでなく、細胞毒性が強いため、結局あとで他の細胞を用いた様々なテストが必要になる。これを一石二鳥でやってしまおうとするのがこの方法で、なるほどと納得する。

この方法で8万種類の化合物をスクリーニングし全部で185種類の化合物を特定している。その中から、現在卵巣癌に使われているadaroteneと同じレチノイド構造をもつ2種類の化合物に着目し、これらがMRSAに対する抗生剤に発展できる可能性を示している。

我が国メディアでは、一時、線虫でガンを診断するという方法がもてはやされたことがあるが、大事なのは現象論を科学に仕上げていく実力で、これがないと話題提供で終わる。この論文の著者らはこの点で極めてパワフルで、薬剤開発のために必要なあらゆる技術を駆使して選んだ2種類の化合物の作用機序を明らかにしている。

詳細を省いて概要だけ説明すると、この2種類のレチノイド化合物は疎水性の部分を用いて膜の脂肪2重膜に侵入し、その結果MRSAの細胞膜の透過性を上げることで殺菌効果を示す。同じように、卵巣癌に対する抗がん剤Adroteneも同じように脂肪2重層に突き刺さるが、効率が低い。都合のいいことに、MRSAには毒性があっても、同じ濃度では正常細胞に対しては毒性が低い。 抗生物質としてみたとき、これらの化合物はほとんど耐性が生じない点でも優れている。更に、細胞膜の透過性を上げるという性質から、ゲンタマイシンなどのタンパク阻害剤と組み合わせると高い効果を示してくれることも示している。

最後に、このうち化合物CD437により細胞毒性の低い化合物へと転換できる可能性も示している。線虫を使うという生物学者のセンスと、薬剤開発のプロ、メディシナルケミストとしてのセンスが両立していることがここからもよくわかる。もちろん最終的な化学構造に到達できたかどうかは、さらに検討が必要だが、レチノイドを骨格荷物化合物の可能性が示された点では重要な貢献だと思う。
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3月31日 リンパ節転移は血管を通して全身に広がる(2月23日号Science掲載論文)

2018年3月31日
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ガンのステージングは、腫瘍の大きさ、リンパ節転移、そして遠隔転移を組み合わせて行われる。すなわち、リンパ節転移は遠隔転移とは別の意味があるとしてこれまで利用されてきたことを意味する。ガンのリンパ節転移を考えて見ると、局所で腫瘍から組織へとこぼれ落ちたがん細胞は、組織に張り巡らされた輸入リンパ管を通してリンパ節に到着する。そのあと、今度は輸出リンパ管を伝ってほかのリンパ節に移動し、いわゆる累々とリンパ節が腫れるという状況を作り出す。そして、リンパ管系は最終的に胸管を介して血液に繋がっているので、最後は血管転移に進むことは考えられるが、このルートの場合血管転移は最後の最後になる。この考えに立つと、リンパ節は血管転移を守ってくれるとすら言えるため、リンパ節郭清の意義については、疑問を持つ人も多かった。

今日紹介するウィーン医科大学病理学教室からの論文は、リンパ節転移と血管転移という病理学の伝統的問題にチャレンジした実験研究で3月23日号のScienceに掲載された。タイトルは、「Lymph node blood vessels provide exit routes for metastatic tumor cell dissemination in mice (リンパ節内の血管がマウスでの腫瘍の全身転移のための出口になっている)」だ。 このグループは腫瘍を輸入リンパ管に直接注入する方法を開発し2011年Nature Immunology報告している。これまで転移研究では、原発巣から少しづつこぼれ落ちる細胞を追いかけていたが、時間がかかりすぎてラチがあかないのでできるだけ多くの腫瘍を輸入リンパ管に注射してリンパ節を腫瘍で満たすという病理学者ならでの方法だ。臨床医として働いていた時、一度リンパ管造影を行なった経験があるが、人間でもリンパ管を探すのは簡単ではない。ほかの研究室でもそう簡単にできないだろう。

さてこの方法で大量のがん細胞をリンパ節に移動させると、2ー3日でリンパ節の内部に到達し、様々な転移マーカーが誘導され、3日目にはほとんどが、リンパ節特有の血管構造High endothelial vessel(HEV)と密接な接触を保つようになる。驚くことに、この方法でリンパ節に多くのがん細胞を注入すると、6ー11日目には肺に転移層が見つかる。このスピードはリンパ管を順番に伝って胸管をとおして血管に入ったとは考えにくく、HEVを出口として血管に侵入したと考えざるを得ない。

この結論がこの研究のハイライトで、あとは胸管を通った転移でないことをリンパ管を結紮して証明したり、彼らの実験系が非生理的な特殊な現象ではないことを示すための実験を行なっているが、詳細は必要ないだろう。

しかしリンパ管に直接大量のがん細胞を注入するのは、非生理的と言わざるを得ないが、それでもこのような方法で初めて見えたことがあることが重要だ。この研究では現象論的レベルで終わっているが、もし本当にHEV を介してしか転移が起こらないとすると、今後全身転移を防ぐ新しい方法も開発できるかもしれない。もちろん、リンパ節郭清の意味についても新しい視点で考える必要がある。

病理というと古臭いと思う若い人が多いかもしれないが、まだまだ重要な問題は多く横たわっている。ウイーンの病理学というと、体液説を掲げてベルリンのウィルヒョウと張り合ったロキタンスキーを思い出すが、ウィーンらしい研究だと思った。

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3月30日 後期のネアンデルタール人ゲノム(3月21日号Nature掲載論文

2018年3月30日
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ネアンデルタール人のゲノムが、我々の先祖ホモ・サピエンス(現生人類)に流入していることは何度も紹介したが、実際にこれまで確認できる流入時期は現生人類がまだヨーロッパ進出を果たす前の5ー6万年前の話だと考えられている。しかし、私的興味としては、シナイ半島で10万年近く維持されてきたネアンデルタール人とホモ・サピエンスの均衡が破れ、ホモ・サピエンスが怒涛のごとくユーラシアに進出、そしてネアンデルタール人がヨーロッパから消え去るまで、すなわち45000-40000年ぐらいの時代で。この非対称性が生じた時期にも、交雑が行われていたのか、あるいはほとんど行われなくなったのかを知ることは、ネアンデルタール人の滅亡の原因を知るためには重要な課題になると言える。一つはっきりしているのは、この時の現生人類には多くのネアンデルタールゲノムが流入していることだ。では逆はどうか?

今日紹介するライプチッヒマックスプランク人類研究所からの論文は、現生人類がヨーロッパ進出を果たした後にヨーロッパに暮らしていた(44000-39000)ネアンデルタール人の骨をヨーロッパ各地から集め、ゲノム解析した論文で3月12日号Natureに掲載された。タイトルは「Reconstructing the genetic history of late Neanderthals(後期ネアンデルタール人の遺伝的歴史を再構成する)」だ。

ペーボさんももちろん著者に入っているが、彼らの論文を読んでいると常にゲノムの調整方法に工夫が加わっているのがわかるが、今回は次亜塩素酸処理により骨の表面に存在する様々なDNAのコンタミを防ぐ方法を取り入れている。また、DNA量も9-60mg 程度しか採取できていないが、1-2.7倍のカバレージで全ゲノムを解析している。

もちろん今回あらたに後期のネアンデルタール人ゲノムが加わる程度では、驚くほどの話は出にくくなっている。従って、着実に進むゲノム解析の中間報告といった感じの論文という印象だ。

まず、これまでに解析が終わっっているほかのネアンデルタール人との系統関係が、ミトコンドリア、核 DNA、Y染色体DNAがそれぞれで調べられている。基本的には一元性の単純な系統樹で、シベリアで発見されるネアンデルタールが最も古く、早くからヨーロッパ全土に広がっているのがわかる。とはいえ、同じ地方から発見されるゲノムの類似性は当然高い。今回の研究で一番面白いのは、現生人類と同じでネアンデルタール人も、集団の入れ替えが起こっており、厳しい環境で強いものが生き残る世界であったこともわかる。征服や融合もあったのかもしれない。

最も興味があるのが、現生人類との交流だ。この詳細を明らかにするには、もっともっと古代人ゲノムを解読する必要がある。というのも、例えばルーマニアで見つかった4万年前の現生人類のゲノムは、ヨーロッパ進出後も交雑が普通に行われていたことを示している。ただ、この現生人類は最終的に死滅しており、私たちのゲノムにはほとんど寄与していない。従って、4万年前後のヨーロッパの現生人類とネアンデルタール人の解析されたゲノムをもっと増やしていく必要がある。いずれにせよ、現代の私たちのゲノムの中にみつかるネアンデルタール人ゲノムは、シベリアのネアンデルタールから15万年前に分かれコーカサスに移動して暮らしていたグループとの交雑で流入したものがほとんどで、現生人類のヨーロッパ進出前というこれまでの結果と同じだ。

これに加え、後期ネアンデルタール人のゲノムが解析されることで、後期のネアンデルタール人のゲノムにほとんど現生人類のゲノムが流入していないことがわかった。これは、当時の現生人類のゲノムにネアンデルタール人ゲノムがかなり流入しているのと全く逆の結果で、何が起こっていたのかさらに興味がわく。普通、強い民族が弱い民族を征服したとき、その民族にゲノムが流入してくるのだが、この単純な図式では理解できないようだ。なかなか面白くなってきた。
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3月29日:自閉症では成長とともに扁桃体神経細胞の減少がみられる(米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2018年3月29日
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扁桃体とは文字どおり、私たちの脳の底の方に存在するアーモンド型をした神経細胞の塊で、さらに外則核、基底核、副基底核に分けられる(実際にはもっと詳しく分けられるが省く)。サルで扁桃体を障害すると、例えば蛇を見たときに示す恐怖行動がなくなるなど、基本的な情動と呼ばれる反応が障害される。このことから、自閉症でも最も研究が進んでいる脳領域の一つで、例えばてんかんの診断用に留置した電極で扁桃体の活動を持続的に記録し、一般児なら目に反応する領域が口を見たとき反応することや、情動に関わる課題を行うときの扁桃体の反応が一般児と異なることも示されている。これらの結果から、発生・発達過程で形成される扁桃体が関わる神経回路の変化が自閉症の症状の元になっていると考えられるようになった。このことは、MRIを用いる脳内の結合や、構造を調べる検査でも確認されている。ただ、実際の脳がどうなっているのかについては死亡後の解剖が必要で、画像解析の病理学的確認は系統的には進んでいなかった。

今日紹介するカリフォルニア大学デービス校からの論文は、米国のバイオバンクに保存されている、自閉症と診断された様々な年齢の脳の扁桃体の大きさを詳しく解析した極めて古典的な研究だが、24例もの自閉症の症例を系統的に観察した点で重要な研究になった。タイトルは「Neuron numbers increase in human amygdala from birth to adulthood, but not in autism(扁桃体の神経細胞数は生まれてから大人にかけて増加し続けるが、自閉症ではそうではない)」で、米国アカデミー紀要にオンライン出版された。

すでに述べたように、病理組織を正確に計測して扁桃体の正確な細胞数を計算しただけの研究で、結論も極めて単純だ。

まず、正常人の場合扁桃体細胞数は50歳に至るまで増加を続け、最初1千100万個だったのが、1千300万個にまで増加する。普通神経細胞は増殖しないとされているので、扁桃体は全くの例外であることがわかる。一方自閉症症例では、最初(2歳齢)は1千200万個と正常より10%近く多いのに、その後は減少を続け、40歳では1千万個と20%近く減少してしまう。この減少は扁桃体のすべての核で見られるが、基底核で最も変化が大きい。同時にBcl2の染色を行って未熟細胞の数を比べているが、こちらの方は一般人と自閉症で特に大きな違いは見られない。

以上が結果のすべてで、最も驚くのは、普通なら増加する神経細胞が自閉症で細胞数が減り続けていることだが、もちろんその原因はわからない。例えば、社会とのコンタクトにより普通なら適度の刺激で神経増殖が刺激されるところが、強い反応が続く結果、細胞が失われる可能性などが考えられるが、今後遺伝子発現も含む詳しい検査を進めて欲しいと思う。もちろん、神経間結合を明らかにすることも重要だ。しかし、まだまだ時間はかかりそうだ。しかし、今でも病理学的検査は重要な最終検査であることは間違いない。その意味で、しっかりとバイオバンクにこれほどの数の標本が維持されているのは心強い。病理学としては最も苦手な領域だろうが、期待している。
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3月28日:iPSを冬眠させる:着想に脱帽(Cellオンライン版掲載論文)

2018年3月28日
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iPSのパワーは、モデルとして広く用いられている実験動物でなくても、多能性の幹細胞を樹立できれば、細胞レベルの研究を繰り返し行える点だ。私が研究総括を務めていたJSTの先駆け研究「iPS細胞と生命機能」でも、たとえば本多さんのように、希少動物であるアマミトゲネズミの生殖細胞分化を研究する目的でiPSの樹立にチャレンジしていた研究員がおり、研究の進展を楽しみにしていた。

このように、モデル実験動物以外の研究が可能になることはよくわかっていたが、今日紹介する冬眠を可能にする細胞メカニズムをiPSを樹立して解明しようとした米国NIHからの論文を読んで、その着想の豊かさに意表を突かれた。タイトルは「iPSCs from hibernator provides a platform for studying cold adaptation and its potential medical application(冬眠動物からのiPSは低温に対する適応研究の基盤を提供するとともに、冬眠メカニズムの医学応用に発展する可能性がある)」で、Cellの5月号に掲載予定だ。

はっきり言って、冬眠をiPSを用いて研究しようと考えた着想だけでこの論文は十分価値があると思う。実際私自身の冬眠のイメージは、エネルギー消費を落として寒い冬を乗り越えるというもので、眠りを誘導する脳の機能として捉えていた。しかしリスの仲間には冬眠中の体温が一時的には0℃に近づく場合もあるようで、ただエネルギーを温存するために寝れば済むというものではなく、細胞自体が低温に耐えて生存する必要がある。この細胞の低温耐性を明らかにしようと試みたのがこの研究だ。

この研究ではアメリカからカナダにかけて生息する「13線地リス(GSと略す)」からiPSを樹立し、そこから神経細胞を誘導して実験に用いている。冬眠しないラットやヒトiPS由来の神経細胞ももちろん摂氏4度で生きてはいるが、細胞骨格の屋台骨と言える微小管を調べると、ズタズタに分解していることがわかる。実際、冬眠しない恒温動物では4℃と言わなくても、ほんの数度温度が下がるだけで微小管は分解する。ところがGSから樹立したiPS由来の神経細胞では微小管はそのまま維持されている。微小管を研究している細胞生物学者なら、絶対注目しそうだ。

次に、低温でも微小管が守られるメカニズムを探索し、ミトコンドリアを構成する分子の発現の変化により、低温で誘導される活性酸素の産生が抑えられ、さらにシャペロンによりたんぱく質の分解を抑えることで、リソゾーム膜の透過性が上がって分解酵素が流れ出すのを防ぐことが、低温耐性の重要な要因であることを突き止める。すなわち、低温耐性のかなりの部分が、分子の質的変化ではなく、量的変化で調節されていることになる。

これを確かめるため、今度は人間のiPS由来の神経細胞でも、この二つの経路を抑えれば、低温耐性を誘導できるか、ミトコンドリアの活性酸素合成を、ミトコンドリア膜上でプロトンの出入りとATP合成の連結を外す化学的アンカプラーBAM15で抑制し、たんぱく質分解阻害剤でリソゾームの透過性の上昇を抑制すると、人間やラットの細胞でも微小管の分解が抑制できることを明らかにしている。 この処置により微小管だけでなく、低温にさらされた神経細胞や腎臓細胞の機能が維持されることも示している。

もちろん他にも様々なメカニズムが動員されていると思うが、冬眠による低温耐性が、特殊な分子ではなく、どの細胞にもあるメカニズムをうまく調節することで獲得されているという結果は、理にかなっているように思う。もちろんタイトルにあるように冬眠の理解だけでなく、培養細胞の保存という面でも様々な可能性が広がるのではないかと思う。冬眠と言うより、細胞の低温耐性のメカニズムの研究だが、楽しく読むことができた。
カテゴリ:論文ウォッチ

3月27日:母親の愛情とトランスポゾン(3月23日号Science掲載論文)

2018年3月27日
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単一細胞レベルのゲノム解析が行われ、脳の発達期に、ここの神経細胞のゲノムに様々な突然変異が入り、多様な細胞のモザイクになってしまうことがわかってきた。そもそも、神経が興奮すると、DNAが切断されることすらあることはすでに2015年6月に紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3560)。また、神経興奮はエピジェネティックな変化を引き起こし、さらにエピジェネティックな変化によりDNAにストレスがかかることも知られており、これに分裂が加わると、ゲノムがダイナミックに変化するのは不思議ではなくなる。ほとんどの細胞では生まれた後DNAが大きな変化を遂げることはほとんどなく、起こるとしたらガンのような異常状態だけだが、こと神経細胞となると別と考えられる。

この問題を長く研究してきたのがソーク研究所のGageの研究室だが、母親が子供のケアに時間を割くほど、脳細胞のゲノムが安定するという驚くべき結果をを3月23日号のScienceに発表した。タイトルは「Early life experience drives structural variation of neural genomes in mide (生後初期の発達期の経験はマウスの神経ゲノムの構造的変化を引き起こす)」だ。

この研究ではゲノム上に存在するL1トランスポゾンの数の変化をゲノムの不安定さの指標として用い、新生児期の母親のケアの程度によりその数がどう変化するかを算定している。方法としては、新生児期遺伝子の数を正確に測ることができるデジタルPCRという方法を用い、L1トランスポゾンの遺伝子数を、領域ごとにカウントしている。

よくこんな実験を着想したと思えるが、驚く結果で、生後2週間、親が新生児と寄り添っている時間をもとに新生児が受けたケアの程度を算定し、その条件で育てられた子供の脳細胞のL1トランスポゾン数を数えると、手厚いケアを受けたほど、ほぼすべての領域でL1の数が少ない。言い換えると、母親のケアの程度が低い子供ほど、ゲノムが不安定になっていることになる。

この実験では、自然の状態で個々の母親が示す、ケアにかける時間の個体差を用いて、ケアと遺伝子不安定性の関係を調べているが、次に親を一定時間子供から隔離するという人為的手段を用いて、ケアにかける時間を低下させる実験を行い、ケアにかける時間が減るほど、子供の脳細胞のゲノムの不安定性が上昇することを確認している。

最後に、ケアが少ないとゲノムが不安定化する原因を、神経細胞の分裂の違いか、L1トランスポゾンのDNAメチル化を介するエピジェネティックな変化によるのか、2つの可能性について調べている。結果だが、細胞分裂はケアを受ける時間が減っても変わりはなかった。一方海馬の神経細胞でL1遺伝子のDNAメチル化について調べると、ケアが少ないマウスではメチル化の程度が低下していることが明らかになった。これに対応して、新たにDNAをメチル化するときに働くDNMT3aの発現がケアを受ける時間が少ないマウスでは低下していることも明らかにしている。

以上の結果は、発達期にトランスポゾンは新たにメチル化され不活化されるが、母親のケアが低下するとDNMT3aの発現が下がり、メチル化が低下して、ゲノムの不安定性が発生することを示している。マウスの話だが、子供のネグレクトがいかに重大な変化を脳に及ぼすのかを具体的に教えてくれる重要な論文だと思う。
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