1月8日 発生の時間プログラムと代謝(1月4日 Nature オンライン掲載論文)
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1月8日 発生の時間プログラムと代謝(1月4日 Nature オンライン掲載論文)

2023年1月8日
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先日、試験管内での体節形成に関する京大からの論文を紹介したとき、同じ時にハーバード大学のこの分野の大御所Pourquieグループが同じ内容の論文を発表していることを言及した。その大御所の研究室から、続けて体節形成で発生する周期性の時間差について徹底的に検討し、その背景にある代謝システムの変化を突き止めた研究が1月4日 Nature にオンライン掲載された。さすがの着眼点と思える仕事で、タイトルは「Metabolic regulation of species-specific developmental rates(発生速度の種の違いは代謝が調節している)」だ。

多能性幹細胞が培養できるようになって、試験管内でも細胞分化のスピードがヒトの細胞では極めて遅いこともよくわかってきた。発生に、マウスは20日、人間は300日発生にかかるから当然だろうと済ましてきたのだと思うが、体節形成のように直接時間が関わる現象を観察していたPourquieにとってそのまま済ますわけにはいかなかったのだろう。

この前紹介したように、体節形成の波に見られる時間周期性は、presomitic mesoderm(PSM)細胞レベルで独立に存在している。すなわち、周期性は細胞の中で発生している。その周期をヒトとマウスで比べると、マウスの方が周期が半分になっている。

この周期の違いが、それぞれの細胞のもつ代謝特性を反映していると仮定し、周期を調節する過程を徹底的に探ったのがこの研究になる。おそらくこの分野の専門家の意見を元に、様々な可能性が検討されている。まずPSM細胞内の物質量で調整した代謝レートがマウスで高く、さらにミトコンドリアの数もマウスが高いことを確認した後、ミトコンドリア電子伝達系の阻害剤などを用いた実験から、最初想定されたATPではなく、重要な電子伝達系NAD/NADH比が体節形成周期に強く関わり、細胞内でのNAD量を高めると、周期を早めることが出来ることを示している。

最後に、このNAD産生の差がどこから来るのかを調べ、蛋白質合成の差が、NAD合成活性の差につながる可能性が高いことを示している。実際、細胞内質量あたりの転写量を調べるとヒト細胞はマウスの6割程度に抑えられている。

以上が結果で、実際には圧巻の代謝実験についてはすっ飛ばしたが、周期の時間差を説明するのに成功している。おそらく、同じことは他の細胞系列の発生でも言えるのではと思う。今後、様々な分化系を比較する実験が行われ、試験管内での発生を早める培地なども開発されるだろう。

しかし、NAD/NADHのバランスは、ガン細胞の増殖、さらには老化でも鍵になることが知られている。とすると、必要に応じて、生物の時間がこのようにコントロールされていることになり、新しい分野が広がる気がする。

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1月7日 誰もがかかる変形性関節炎の治療法を探る(12月21日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2023年1月7日
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この年になってくると、どこか関節が痛くなってくる。元気に歩けているので足の方は大丈夫だが、夫婦とも曲げるのが痛いか、もう曲がらない指がある。これらのほとんどは変形性関節症(osteoarthritis:OA)による症状で、70歳を超えるとまず半分以上はどこかに OA を抱えている。しかも現在なお、OA に対する薬物治療は開発できていない。

この課題にチャレンジしたオックスフォード大学からの論文は臨床研究のお手本のような研究で、12月21日 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Variants in ALDH1A2 reveal an anti-inflammatory role for retinoic acid and a new class of disease-modifying drugs in osteoarthritis(ALDH1A2の多型がレチノイン酸の抗炎症効果を明らかにし、新しいタイプの変形性関節症治療薬の可能性を明らかにした)」だ。

この研究は、これまで指摘されていたレチノイン酸合成に関わる ALDH1A2遺伝子領域の多型が OA に相関することを確認した後、2種類の多型が ALDH1A2 の発現にどう影響しているのか、OA の痛みを軽減するために行われる指の手術 Trapeziectomy で得られた大菱形骨軟骨での遺伝子発現を調べ、OA のリスク多型は全て ALDH1A2 の低下を誘導することを確認する。

次に、ALDH1A2 が低下する影響を遺伝子発現を比べて探索すると、基本的には ALDH1A2 の発現が低い軟骨では炎症が高まっていることを確認する。

ALDH1A2 はレチノイン酸合成の鍵になる酵素なので、レチノイン酸濃度に変化があるか調べているが、テクニカルな問題で実現していない。ただ、ブタの関節損傷によりレチノイン酸の濃度が高まること、またその下流の分子の発現が高まることを確認できたので、ALDH1A2 低下はレチノイン酸の低下につながり、これにより炎症が長引くと結論している。

この考えをさらに確かめるため、レチノイン酸の分解を抑える talarozole を皮下に投与して関節損傷を誘導すると、炎症が抑えられること、またレチノイン酸の効果が PPARγ を介して作用していることを確認している。おそらく、レチノイン酸受容体と PPARγ の複合分子による転写が、炎症を抑えることを発見している。

最後に、talarozole 皮下投与で関節の機械的損傷後の炎症を抑えることが出来ること、また損傷後の OA の発症も抑えられることから、今後 OA の治療に talarozole が使える可能性を示している。

以上が結果で、レチノイン酸を投与するのと違い、talarozole 自体は分解を阻害するので、影響を局所にとどめられること、また既に薬剤として使われていることから、今後 OA治療に向けた治験が行われると期待できる。当たり前の病気ほど治療が難しい状況を変えられるか、期待したい。

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1月6日 今年注目される治験研究(2022年12月号 Nature Medicine 掲載記事)

2023年1月6日
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昨年のNature Medicine12月号に今年期待される治験研究がリストされていたので、紹介する。記事自体はオープンアクセスなので、気になる方は是非読んで欲しい。

  • パーキンソン病に対するExenatide:Excenatideはトカゲの毒液の中から発見されたペプチドで、インシュリン分泌作用で知られる消化管ホルモンGLP-1とほぼ同じ作用を持つ薬剤で、既に10年近く2型糖尿病治療に利用されてきた。この薬剤は、脳の炎症をしずめ、細胞の生存を助けることが知られ、2017年パーキンソン病に対する第二相治験で病気の進行を抑えることが示された。その後行われてきた第3相治験結果が今年発表される予定で、大きな期待を持って待たれている。
  • 卵巣ガンに対するmirvetuximab―soravtansine: 乳ガンに対する第一三共の trastuzumab deruxtecan が昨年認可され、薬剤を結合させた抗体薬に期待が集まっているが、卵巣ガンに対する葉酸受容体にPARP阻害剤を結合させた mirvetuximab-soravtasine を、プラチナ製剤耐性の卵巣ガンに使う治験が進んでおり、結果が今年前半に発表されると期待される。これまでの小規模な治験では、確定奏功率31.7%で、最終結果が期待される。また、これが承認されると、薬剤を結合させた抗体治療ADCは一段と加速する。
  • 筋ジストロフィーに対するCRISPR-Cas9編集: これはFirst in human治験で、6人の患者さんに対し、CRISPR-Cas9で遺伝子編集した自己筋肉幹細胞を移植することが計画されている。最初は安全性を中心に2年間の経過観察が行われる予定だ。
  • 子宮頸ガンワクチンの効果を検証する治験:様々な問題で我が国への導入が遅れたヒトパピローマウイルスワクチンは、接種が始まってから既に15年を経過しており、実際にウイルス感染が防げたのか国際治験での検証が行われる。またこの機会を利用して、新しい免疫プロトコルなども同時に調べられる。
  • 地中海食の心血管病予防効果に関する治験:地中海食に代表される体重管理が心血管病予防に役立つかどうかを調べた治験は以前も行われ、有名な Look Aheadプロジェクトは効果なしと中断されたが、ヨーロッパで続けられている第3相の治験が報告される予定になっている。
  • 眠り病に対するfexinidazole: トリパノゾーマ感染による眠り病は現在も有効な治療はあまりなく、副作用の強いヒ素剤arsoprol や suramin が使われている。これに対し、1978年に開発されていた fexinidazole を新しいイニシアチブ組織がサノフィ社の協力を得て利用可能にした fexinidazole の第3相治験データが今年発表される予定。
  • 末梢血中のガン細胞CTCを乳ガンの治療に利用する:血中を流れるガン細胞(CTC) を診断に用いる可能性はこのHPで何度も紹介したが、乳ガンの場合 CTC が細胞の集合を作ったまま流れている場合、転移確率が高いことが示されてきた。また、この集合をジゴキシン投与により分散させられることもわかっている。これにもとづいて、今年から CTC集塊が発見された場合ジゴキシン投与を行い転移を防げるかについての治験が行われる。
  • アルツハイマー病に対するLecanemab:アミロイドβ を除去する抗体、Aducamab の治験を中断後、エーザイが次の切り札として今年承認申請を行うのが Lecanemab で、既にその効果については The New England Journal of Medicine に発表され、約30%に病気進行を遅らせる効果を示した。一方、トップジャーナルで、脳出血が副作用として見られることが報道されている。しかし、Nature も Nature Medicine も、ADに対する最初の薬剤としては期待して見守っているようだ。
  • HIV患者さんに対するCovid-19 mRNAワクチン効果:Covid-19 の変異株は免疫不全患者さんでインキュベートされる中で生まれることが推定されている。これを止めるには、免疫不全患者さんでCovid-19特異的免疫を誘導することが重要だが、14500人の対象者について行った治験結果が今年発表される。
  • 鎌形赤血球症に対する遺伝子編集:血液幹細胞を CRISPR-Cas で遺伝子編集して赤血球を正常化し、これを移植した治験研究の中間結果が今年発表される予定で、筋ジストロフィーと合わせ、着々と遺伝子編集治療が前進していることを覗わせる。
  • 前立腺ガンのスクリーニング法の治験:前立腺ガンスクリーニングというとPSAだが、私も経験あるがガン以外でも陽性になることが多い。これをバイオプシー前にさらに絞り込むための20万人スケールの治験がフィンランドで行われている。基本的には PSA、kallikrein、 MRIを用いた検査を比べ、コストとベネフィットがどうバランスするかが示される。この治験終了は2032年なので、中間報告になる。
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1月5日 Expansion 顕微鏡の進化(1月2日 Nature Biotechnology オンライン掲載論文)

2023年1月5日
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2015年1月なので、今から8年前に紹介した論文なので、覚えておられないか、あるいは見たこともないと思うが、組織を10倍に膨らませてから観察して、顕微鏡の限界を補うという、まさに逆転の発想で開発された expansion microscopy を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/2759)。テクノロジーは紙オムツの原理で、組織内でアクリルを重合させた後、水につけるとアクリルに水がトラップされ、その結果組織が拡大する減少を利用している。要するに、顕微鏡の性能を上げる代わりに、組織を大きく見やすくする技術と言える。

しかし、あれから8年たつのに、普及は遅れているようで、毎日論文を読んでいてもこのテクノロジーを用いた研究をほとんど見かけない。今日紹介するカーネギーメロン大学からの論文は、これまでの expansion microscopy に様々な改良を加え、さらに応用範囲を高めた技術開発研究で1月2日 Nature Biotechnology にオンライン掲載された。タイトルは「Magnify is a universal molecular anchoring strategy for expansion microscopy(Magnifyはexpansion microscopyに使用可能な様々な用途に使える分子を局在化させる技術)」だ。

Expansion microscopy の普及を阻んでいたのは、拡大できる組織が神経組織に限定されていたこと、そしてアクリルの浸透を高める処理のため、細胞内の分子の局在が保存されないという問題があった。この研究では、小さな化合物 Metacrolein を用いて、蛋白質、核酸、脂質を重合したポリマーに結合させることで、ほぼ全ての生体分子の局在が、組織拡大後も保存されるようになり、また生体高分子の抗原性を維持するいくつかの工夫を加えることで、従来の expansion microscopy の問題をほぼ解決することに成功している。その結果、

  • 強いフォルマリン処理を施した組織でない限り、ほぼ全ての組織のパラフィン標本も、割れることなく元の形態を保ったまま拡大できる。
  • 蛋白分解酵素で細胞内にアクリルを浸透させる処理を工夫すれば、蛋白質の多くの抗原決定基を保存でき、蛍光抗体法を拡大標本で使える。また、in situ hybridizationで DNA や RNA の局在を特定できる。そして、脂肪に関しても局在を保ったまま、標本内で保持できる。
  • その結果、通常の光学顕微鏡では見るのが難しい、シナプス接合、繊毛、鞭毛、など通常電子顕微鏡が必要な構造についても、光学顕微鏡で見ることが出来、それを電子顕微鏡像とともに示している。

結局、写真を見ないとそのパワーはわからないが、かなりのレベルだと感じる。

結果は以上だが、評価は今後の発展次第だろう。多くの大学や研究機関では高解像度の顕微鏡を使うことが出来るようになっている。それを超えて、こちらの技術を使おうと思うためには、さらに異なる用途を開発する必要がある。

これを読んで個人的に思いついた用途が、初期胚のwhole mountで、7日胚以前の胚が、10倍とまでは行かなくても、5倍に大きくなるだけで、発生学にとっては革命的な技術革新になると思う。ぜひ、5倍に膨らました、マウス7日胚を見てみたい。

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1月4日 ヒトiPSから体節を誘導する(12月21日 Nature オンライン掲載論文)

2023年1月4日
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1981年 ES細胞が樹立されたとき、留学中の私は、この細胞をうまく使うと、個々の細胞の分化とともに、バラバラの細胞からスタートして、胚構造が形成される過程を研究出来るはずだと、未来を語り合ったのを覚えている。あれから40年の時間がたち、昨年の8月、イスラエルJacob Hannaのグループが、ES細胞から体節形成も始まったマウス初期胚を誘導したときは(https://aasj.jp/news/watch/20257), 40年はかかったが期待が徐々に実現していることを感じた。

このように全胚を形成するのは別にすると、胚中の特徴的な構造の形成原理研究になるが、中でも体節形成に関する研究が極めてホットだ。おもしろいことに、昨年の Nature オンライン版の最後は、ヒトiPS から試験管内で体節を形成させたという論文が2報 side by side で掲載されている。一報は体節で初めて Hairy分子の波を観察し、体節形成の時間プロセスを研究してきた大御所、現在はハーバード大の Pourquieグループだが、もう一報は、京大に斉藤さんを中心に新たに生まれた世界拠点ASHBiで研究を行っている Cantas Alev のグループからだ。大御所の論文は成熟しており、さすがと思うが、Cantasは日本に来たときからずっと見守ってきたので、今回は日本での研究は紹介しないという禁を破ってCantasの論文を紹介することにする。

Olivier も Cantas も2年前にやはり同時に、iPSから試験管内で体節細胞が誘導でき、細胞レベルで遺伝子発現の波が観察できることを発表していた。従って、今度は構造化した体節で何が起こるか調べる段階に移っている。

Cantasグループは、iPSから中胚葉を誘導した後丸い細胞塊が長く伸び始めた時期にマトリジェルに封入して培養を続けると、自然に体節が形成されることを観察する。このように構造化が可能になったことが最大のハイライトで、後はこの構造が体節としての条件を備えているか、そして構造化のメカニズムについて、研究を進めている。

体節構造では、中胚葉からの上皮化が起こること、前後軸の延長とともに体節数が増え、各体節で Hox遺伝子を中心に前後軸に応じた分化が起こっていること、HES7分子などを指標に見られる時間経過にリンクして観察される遺伝子発現の波が見られることなどが揃う必要がある。

研究では基本的に全てが揃った体節が作られること、また人間の12体節期の single cell RNA sequencing による解析と比べ、極めて良く似た細胞が誘導されており、実際の胚で起こる過程に近いことを single cell解析や in situ hybridization を用いて示している。

そして、それまで体節形成に関わる3種類のシグナル分子、レチノイン酸、Wnt、Notchを個別に検討し、

  • レチノイン酸の役割はこれまで考えられてきたのとはかなり異なり、基本的には中胚葉から上皮化が起こる過程を支配している。すなわち体節形成自体のシグナルになっていることを明らかにしている。私の知識はあまりアップデートできていないが、前後軸の違いの形成に全く関わらないというのは驚きだ。この点は新しい領域として重要になる気がする。
  • これに対して、Notch は転写の波を形成するのに重要な働きをしている。これは、Hes7 が波のマーカーになってくることからも当然だ。
  • 一方、同じように波の形成に関わると思っていた FGF や Wnt は前後軸を伸ばし、体節の数を増やすのに関わることが示された。

以上、個人的に驚くのは、体節構造にリンクして統合されているように思えるこれらのシグナルが、完全に独立した過程に因数分解できることで、今後構造と細胞という関係がさらに明らかになると期待される。また、ヒトiPSを使って、様々な発生異常研究できることも示しており、今後は催奇形物質の作用研究にも役立つと期待される。

最後に Cantas は20年ほど前にCDBに現れ、様々な研究室を渡り歩いて、京大世界拠点に落ち着いた。最初会ったときからよく話すスマートな若い研究者という印象だったが、何がしたいのかがよくわからなかった。今、ヒトiPS と出会って、これまでの経験を生かせる分野を確立しつつあるようで、是非日本に残って頑張って欲しいとおもう。彼がオーガナイザーの一人として働く淡路での Cold Spring Harbor Asia シンポジウムの情報も最後に添付しておく(https://www.facebook.com/photo?fbid=5680593085350662&set=a.644546182288736

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1月3日 痛いとき七転八倒するとどうして痛みが和らぐのか?(12月23日 Science 掲載論文)

2023年1月3日
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痛みで七転八倒すると言うことがあるが、痛いときに「痛い!痛い!」と喚きながら動いた方が少し痛みが楽になる気がするのは確かに経験する。実際、運動野に電流を通して刺激して痛みを和らげる治療も行われており、我々の感覚もまんざら間違いではない。

今日紹介するハイデルベルグ大学からの論文は、運動すると痛みが和らぐ神経回路解明にチャレンジした論文で、12月23日号 Science に掲載された。タイトルは「Layer-specific pain relief pathways originating from primary motor cortex(一次運動野から発する痛みを和らげる層別の回路)」だ。

この研究では、後ろ足の腓腹神経を切断したときの痛みや足裏を低温に晒したときの痛みを、一次運動野全体の刺激で抑えられることをまず確認し、そのあと、運動野の興奮性神経の活動で起こること、それも第5層および第6層の刺激が効果を持つことを明らかにしている。

作用のスタートラインがわかると、後は光遺伝学や回路トレースのテクノロジーを駆使して、運動野神経興奮が脊髄からの痛み感覚を抑制するのか神経回路を丹念に調べることになる。論文を読むと、時間や人手のかかる研究だが、現代のテクノロジーをもってすれば、確実に突き止められることがわかる。ただ、「丹念に回路を特定する」実験過程は全て飛ばして、明らかになった2本の回路をそのまま紹介する。

まず運動野第5層から投射する神経だが、運動野興奮神経は視床の不確帯と呼ばれる部分と、元々痛覚抑制作用が知られる水道周囲灰白質へと投射し、ここから脳幹の青班核やRostral Ventromedial Medullaという部分に投射し、ここから直接痛み感覚を抑えるシグナルが発生する。すなわち、運動野が興奮すると直接痛み感覚が上記の回路を経て抑制される。

次に運動野第6層の興奮神経は視床背内束核へと投射し、ここから側座核のGABA作動性神経へつながり、ドーパミンの分泌を変化させ、痛みによる環状のストレスを和らげることが明らかになった。

結果は以上だが、光遺伝学、電気刺激、回路トレースなど、現在神経科学で利用できるテクノロジーの完成度がよくわかる論文だ。とはいえ、これを全てこなして研究を完成させることは大変な仕事だ。そのおかげで、七転八倒することでなぜ痛みが和らぐのか少し理解できた。また、うまくいけば痛みを抑える新しい方法も開発できるかも知れない。

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1月2日 死細胞の除去(エフェロサイトーシス)を促進する新しいテクノロジー(12月23日号 Cell 掲載論文)

2023年1月2日
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エフェロサイトーシスについては1度このブログで紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/19743)、マクロファージが細胞死が始まった細胞を見分けて組織から除去するプロセスのことで、これがうまくいかないと、死にかけの細胞により修復が遅れたり、炎症が起こったりする。勿論老化にともなうゼノリシスにも関わる。

エフェロサイトーシスは死にかけの細胞を区別するところから始まるが、これには健康細胞では細胞内にとどまっているフォスファチジルセリンが細胞膜上に出てくるので、これを BAI1 や TIM4分子が認識し、細胞の貪食を誘導することが知られている。このことからフォスファチジルセリンが老化予防のサプリとして売られている。

今日紹介するバージニア大学からの論文は、BAI1 や TIM4分子の細胞内シグナル経路をショートカットできるように遺伝子操作し、エフェロサイトーシスを高めることで、様々な炎症や組織障害を抑制するのに大きな効果があることを示した研究で、12月22日号 Cell に掲載された。タイトルは「Chimeric efferocytic receptors improve apoptotic cell clearance and alleviate inflammation(エフェロサイトーシスに関わる受容体キメラは死細胞の除去を高め、炎症改善する)」だ。 この論文の筆頭及び責任著者は米国で活躍している森岡さんで日本の研究者だ。

この研究の発想は極めてストレートだ。BAI1 が貪食とそれに続く処理機能を誘導するためには、フォスファチジルセリンと結合した後、ELMO分子、Dock180、そして Rac1 とシグナルカスケードが続くが、この中で反応効率を左右する ELMO分子との相互作用をスキップして、直接 Dock180 を活性化したら、エフェロサイトーシスを高められるのではと着想した。

そこで ELMO の Dock180 結合領域を BAI1 の細胞内ドメインに直接結合させたキメラ分子を作成し、これを試験管内で細胞に導入するとふぁごサイトーシスをなんと5倍に高められること、そして細胞の貪食だけでなく、貪食した細胞の処理も上昇するという、願っても無い効果があることを確認している。

その後、生体内でこのキメラ蛋白が機能することをゼブラフィッシュで確認した後、細胞特異的に発現を誘導できる系を用いてトランスジェニックマウスを作成している。

そしてこのマウスを用いて、組織障害後に発生する 1)腸炎モデル、2)肝炎モデル、そして 3)腎炎モデルを用いて、キメラ分子が炎症を抑え修復を早める効果を確かめている。全てのモデルで、組織内のエフェロサイトーシスが2−3倍に高まり、炎症性サイトカインの分泌を強く抑制、逆に炎症を抑える IL10のようなサイトカインの分泌を高められ、炎症を抑制できることを示している。さらに、組織に存在する死細胞の数を調べると、キメラ分子を発現したマウスではほぼ完全に死細胞が覗けていることもわかった。

この驚くべき効果のメカニズムを探るべく遺伝子発現を調べ、炎症反応が抑えられるだけでなく、ERでの蛋白質分解処理を高めて ERストレスを抑えていることを明らかにしている。すなわち、Rac1 によりアクチン系を活性化してファゴサイトーシスを高めた後、その細胞をスムースに処理するだけの細胞側の耐性が準備されていることを明らかにしている。

最後に、臨床応用を目指すため、BAI1 の代わりに TIM4 にELMO の Dock180結合部位を結合させた、少し小さな分子量のキメラ分子を作成、これをアデノウイルスに運ばせて、虚血による腎障害後の炎症を抑制できるか調べている。クレアチニンの上昇や、死亡率で見ても明確な効果が見られており、この発見が臨床にも応用可能であることを示している。

以上、細胞死研究は我が国の強い分野だが、新しい世代もしっかり育っていることがよくわかった。

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1月1日 因果性の脳科学(12月23日 Science オンライン掲載論文)

2023年1月1日
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「生命科学の目で見る哲学書」で現在取り組んでいるデビッド・ヒュームのまとめに時間がかかっている。ヒュームは経験論が陥る主観主義の罠を、因果性と蓋然性の概念を導入して克服した哲学者で、このアイデアは生命科学者から見て「ブラボー」と叫ぶしかないのだが、まとめるのが難しい。なんとか松の内の間にと考えているとき、今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文に出会った。まさに、ヒュームが考えた因果性の経験についての脳科学が行われており、感心した。是非ヒュームの原稿にも使いたいと思う論文だ。タイトルは「Mesolimbic dopamine release conveys causal associations(中脳辺縁系でのドーパミン遊離が因果的関係を伝達する)」だ。

科学的因果性を少し忘れて考えて欲しいが、我々は日常の経験から様々な因果関係を抽出し記憶している。動物実験では、一種の条件付けも因果性の判断に入り、ベルが鳴って砂糖水を得る経験を繰り返すと、ベルと砂糖水に因果関係があると判断する。この二つのイベントの因果性の判断に、中脳辺縁系でのドーパミンが関わることが知られているが、従来はこの過程を、ベルの音による砂糖水への予測が生まれ、その予測の成否で記憶をアップデートして学習が進めると考ていた。すなわち、原因から結果を推定するのが脳の因果性判断のアルゴリズムだと考えられ来た。これは原因と結果の時間的関係を考えると当然の結果だと思う。

しかしこの研究は、結果から過去を振り返って原因を探るのが脳のアルゴリズムで、この過程に中脳辺縁系でのドーパミンが関わると仮説を立て、予測の成否から学ぶか、結果から原因を探って学ぶのかを、ベルと砂糖水の提供の仕方を様々に変化させ、ネズミの学習過程を記録するとともに、中脳辺縁系でのドーパミン遊離量を連続的に量る実験を繰り返して、区別している。

実際には、同じような実験はこれまで何度も行われ、予測に基づく因果性の学習仮説が形成されたはずなのだが、結果から学習する可能性をこれまで全く考慮していなかったため、区別するための適切な実験が行われていなかったというのが批判だ。

このようにどちらかを区別するための実験が全部で11種類考案され、全ての実験で、因果関係は結果から振り返って原因を探り学習することで判断されるという仮説が正しいことを示している。

実験を全部紹介するのは大変なので、2−3紹介しておこう。

  1. これまでの実験ではベルと砂糖水の間隔は一定に保たれていた。すなわち、予測が当たるか外れるかが問題で、ベルが鳴ってからどこまで待って予測の成否を決めるのかなどの実験は行われなかった。しかし、砂糖水までの間隔が長すぎると、間違っていたと判断し、記憶はリセットされる。一方、砂糖水という結果から振り返ってベルという原因を探す場合、原因と結果の時間差の影響は少なく、100%確信がある場合はじっと待てる。実際、ドーパミンの反応を見ると砂糖水までの時間が長くても決して落ち込まず、一定のレベルを維持するので、後者の可能性を支持している。
  2. ベルと砂糖水の間隔は同じでも、学習後砂糖水が来ない、あるいはベルの後砂糖水が何回も来るという設定の実験も行っている。この場合砂糖水が来ないと予測型学習では確信が低下するが、結果から振り返る場合、いくらベルが鳴っていても、砂糖水が出ない場合は学習効果にほとんど影響はない。一方、褒美が何回も来る場合は逆で、砂糖水が何回も来てしまうと振り返り学習の確信は低下するが、期待型には何の影響もない。この実験でも、行動やドーパミンの反応は全て、振り返り型学習仮説を支持している。
  3. ベルの後に異なるベルの音が鳴って、その後砂糖水が出るという課題の学習では、過去を振り返ると2番目のベルは1番目のベルにより鳴ると学習しており、最初のベルで砂糖水が来るという学習は、ドーパミンを光遺伝学的に抑制しても変化しない。

実験が複雑で、説明がわかりにくかったとお詫びするが、要するに私たちは因果関係について、原因から未来を予想することで学習するのではなく、結果から過去を振り返って学習していることを示している。

我々は原因と結果というと、時間関係が厳密に決まっていることを知っている。すなわち、結果が先にあることは決してない。しかしこのように、脳のアルゴリズムが常に結果から始まるとすると、最初から結果と原因の時間の逆転が起こっている。それでも因果性がはっきり学習できる場合はいいが、そうでない場合、世界という結果についての様々な神話に見られる原因論のような、自由な観念に委ねることになってしまう。私たちの脳はそのように出来てしまっているのだ。この点については、ヒュームも看破していたはずで、是非ヒュームとともに最後議論したい。

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12月31日 Rループが細胞質へ移行して自然免疫を誘導する(12月21日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月31日
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意外なことや例外は科学の世界にいくらでも存在するのはわかっているが、いつも思うのは、例外に出会ったとき、間違いと片付けずに、その現象を調べてみる人がいることだ。私の記憶に一番残っているのは、βカテニンで、カドヘリンと協調して接着斑形成に関わることが明らかになった頃、βカテニンを認識する抗体が核も染色していることが気になって、専門家に聞いたことがある。その時の答えは、抗体のアーティファクトということだったが、その後 βカテニンの核移行は Wntシグナルの重要な過程であることがわかり、この事実を核に新しい細胞生物学が再構成された。

さて、今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、免疫学者ならおなじみの核内で様々な状況で生まれる RNA-DNA ハイブリッドを核に形成されるR-ループが細胞質に移行して自然免疫を誘導することを示した研究で、12月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「R-loop-derived cytoplasmic RNA–DNA hybrids activate an immune response(R-ループ由来の細胞質RNA-DNAハイブリッドが免疫反応を活性化する)」だ。

一般の人にとっては R-ループと言われても何のことかわからないと思う。転写によって生成された RNA と核内DNA がハイブリッドを形成するとき、RNA より長い DNA のハイブリッド形成しなかった部分が作る構造で、実際にはこの発見がイントロンの発見につながっている。免疫学では、このループ形成がクラススイッチ分子 AID の作用に必須であることが知られており、R-ループが様々な生物過程で積極的に利用されている一つの証拠になっている。ただ、これらは全て核内の現象で、R-ループは速やかに RNAse により解消され、核外に出ることはないと考えていた(私だけかも知れないが)。

この研究では、R-ループを認識して RNA を分解する RNaseH1 を蛍光標識して細胞を染めると、細胞質にもかすかな染色が認められることに気がつくところから始まっている。そこで、R-ループレベルを高めることが知られているヘリカーゼ、SETX や BRCA1 を阻害すると、細胞質の染色も強くなることから、Rループが細胞質に存在することが明らかになった。

これをさらに明らかにするために、核と細胞質を分離し免疫沈降を行い,細胞質内での R-ループ存在を確認した後、その RNA 及び DNA配列を決定し、細胞質に存在する R-ループは、まず核内で出来た R-ループが一定のプロセスを経て細胞質へと移行することを明らかにする。

しかし全ての核内 R-ループが細胞質へ移行する訳ではなく、配列からかんがえておそらく同じ DNA で、異なる転写がぶつかり合う convergent transcription の際に形成される R-ループが選択的に細胞質へ移行することがわかった。そして、様々なノックダウンや阻害剤を用いた研究から、このような convergent transcription 特有の物理的性質を持つ R-ループは RNaseH1 に抵抗性で、半減期が長いため、XPG や XPFエンドヌクレアーゼがリクルートされ、切れた断片が核膜の輸送システムを用いて細胞内へ排出されることを明らかにしている。

こんなことが起こると当然心配になるのは、細胞質に存在する安定な DNA-RNA ハイブリッドにより自然免疫系が活性化されることだが、実際 R-ループは cGAS と TLR3 により探知され、自然免疫が活性化され、炎症や細胞死が誘導されることを示している。

以上のことから、細胞質の R-ループが上昇するような遺伝子変異は当然、細胞の変性や炎症の元になることが考えられ、実際 HIV感染から細胞を守る SAMHD1 が欠損する Aicardi-Goutieres 症候群の病態はR-ループの量が上昇するためと考えられることを示している。

以上が結果で、一般の人には申し訳なかったが、私の頭の中では様々なメカニズムを勉強し直せる、一年を締めくくるにふさわしい論文だった。おそらく多くのまだメカニズムのわからない疾患の手がかりにもなると思う。

今年一年、ご愛読ありがとうございました。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月30日 摂生の仕方も治験が必要(12月21日 Cell Metabolism オンライン掲載論文)

2022年12月30日
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専門家以外の人と話していても、最近ファスティングという言葉はかなり周知されるようになってきたのではと感じる。おそらくある程度のカロリーや糖質制限、運動などは、これまでも多くの人が心がけていると思うが、ファスティングまで登場するとなると、今度は選択に困るのではと思う。それぞれ効果や生理学が異なるので、一度、ダイエット、ファスティング、ケトン食、などについてまとめてジャーナルクラブをやってみるたいと思う。

いずれにせよ、このような方法も、その効果を確かめるためには治験研究が必要になる。特に新顔のファスティングについては、様々な方法があり、治験研究が多く行われているが、効果についてはまだ統一できていないことが多い。

今日紹介するイリノイ大学からの論文は、一日おきのファスティングと運動を組み合わせた効果を、脂肪肝で調べた研究で、いくつか面白いヒントがあったので紹介する。タイトルは「Effect of alternate day fasting combined with aerobic exercise on non-alcoholic fatty liver disease: A randomized controlled trial(一日おきのファスティングとエアロビックエクササイズの、非アルコール性脂肪肝への効果:無作為化対照研究)」だ。

この研究では、線維化は軽度だが、MRI で調べる肝臓内トリグリセライドで確定診断される非アルコール性脂肪肝の患者さんを80人リクルートし、ランダムに、何もしない、運動だけ、一日おきのファスティング(ADF: alternate day fasting)、そして運動と ADF のグループにわけ、3ヶ月後の肝臓内トリグリセライド(IHTG)への影響を、他の指標とともに調べている。

エクササイズは1週間に5日間、トレーナー監視の下に60分、トレッドミル、エアロバイクで行っている。ADFは、食べない日は夜だけ600Kcalの食事、それ以外の日は自由に食べる方法で行っている。

別に特別なこともない治験だが、いくつかの面白い結果が得られている。

  • 一群20人の小さな調査だが、ドロップアウト率がエクササイズ、ADF 両方という最も厳しい群で0だったことで、非アルコール性脂肪肝というはっきりした診断があると、人間は努力することを示している。多分メタボぐらいでは強制力にならないのかもしれない。
  • IHTG という医学的指標を判断基準にしているが、エクササイズ/ADF群が期待通り最も高い効果を示し、平均で5%もトリグリセライドを低下させている。ただ、ADF も捨てたものではなく、4.1%の低下で、母数が少ないため両方行った群との有意差はない。トレーナーにコントロールされた運動を週5回というのは難しいことも多いので、ADFは最初に試してみる価値はある。
  • 3ヶ月 AFDだけの群で見ても、特に脂肪を除いた体重は変化ないので、制限による筋肉退縮などは心配なさそうだ。
  • 以外と運動だけというのは効果がなく、IHTG のみならず、メタボ(ウエスト、内臓脂肪)やグルコース代謝などの改善はほとんど見られていない。一方 ADF では、メタボの改善点、空腹時血糖改善、さらには A1cヘモグロビンまで改善している。
  • 両方組み合わせる効果がはっきりしていたのは、インシュリン抵抗性指標で、今後さらに追求する価値はある。

以上が主な結果で、肝硬変になるかもしれないと考えると、ほとんどの人は節制をすることがはっきりしたので、このような日常の取り組みはどんどん取り入れればいいと思う。非アルコール性脂肪肝に対する ADF の効果についてでは否定的な研究も多いが、1日夜600Kcalの食事をとれるなら、多くの人が可能ではないだろうか。なにより、様々な摂生法についても、このレベルの治験を行ってほしい。

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