12月28日 胚中心を考え直す(12月23日 Cell オンライン掲載論文)
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12月28日 胚中心を考え直す(12月23日 Cell オンライン掲載論文)

2022年12月28日
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抗原に反応するB細胞が発現する抗体遺伝子配列をなんとか決定できるようになったのは1980年代で、今でも覚えているのは、インフルエンザに対して最初反応していたV遺伝子が時間とともに突然変異を繰り返し、抗原への親和性を高める一方で、あるとき突然それまで全く隠れていた新しいV遺伝子がより高い親和性を示して、クローンが置き換わることを見事に示した Milstein の論文だった。

このような抗原に対するB細胞の選択が起こるのは、リンパ組織に形成されるのが胚中心で、これまでの研究で、抗原を長期に提示できる樹状細胞、T細胞、そしてB細胞ががっちりタッグを組んで、より高い抗原結合活性を目指して進化続けるマシナリーであることがわかっていた。そして、この目的のためには、胚中心の無関係のB細胞が入ってこないようしっかりガードされていると考えられてきた。

今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、これまでの通説を覆し、胚中心は高親和性の抗体を進化させるマシナリーであることは間違いないが、常に外部からB細胞が入り込んで、既に存在しているマシナリーと競合を繰り返していることを示した研究で、今後、胚中心での過程の再検討を促す重要な研究だと思う。タイトルは「Clonal replacement sustains long-lived germinal centers primed by respiratory viruses(呼吸器系ウイルスにより感作された長期間続く胚中心でのクローンの置き換わり)」だ。

マウスにインフルエンザウイルスを感染させ、縦隔リンパ節の胚中心B細胞を追跡すると、半年にわたって反応が続いているのがわかるが、これまで考えられてきたように、一方的にV遺伝子突然変異が蓄積するわけではなく、一度低下してまた上昇、といった波が繰り返されることを確認している。

とすると、限られたB細胞クローンだけがそこで活動している可能性は低く、胚中心といえども他のB細胞の侵入がある可能性が高い。そこで、感染後胚中心が形成されたところで、胚中心B細胞が蛍光マーカーを発現するようにして調べると、感染により胚中心を形成したB細胞以外に、常に他のB細胞が侵入していること、しかし最初に胚中心に入ったB細胞だけでV遺伝子の変異が蓄積していることを明らかにする。すなわち、他のB細胞はパッセンジャーとして入っては消えしていることがわかる。

この新しいB細胞の侵入が感染による物でないことを示すために、正常個体と血管をつなぐパラビオーシスを行い、感染個体だけでなく、全く免役されていないB細胞も胚中心に入っては消えを繰り返していることを証明している。

重要なことは、こうして侵入するB細胞は、インフルエンザ抗原と反応しない点で、抗原提示細胞を中心にスクラムを組んで他の細胞が入れないというこれまでの考えは、少なくともインフルエンザ感染では否定される。

一方、抗原特異性が限られるトランスジェニックマウスからは、全く新しいB細胞の侵入はないことから、これらのB細胞は他の抗原に対するマシナリーが同じ胚中心で形成されることで、侵入した結果ではないかと考えられる。すなわち、胚中心は一つの抗原に限られるのではなく、実際には様々な抗原に対して形成されるが、一つの胚中心で多くの抗原マシナリーが競合していることになる。

ただ、しっかりとスクラムが組めると、そのマシナリーの寿命は長く、この実験ではこのような競合があるおかげで、インフルエンザに対する高い親和性や、複数のインフルエンザ抗原に反応できる抗体への進化が、数ヶ月にわたって維持できることがわかる。

以上、一つの胚中心で、異なる抗原に対するマシナリーの競争が起こっているというシナリオは、今後ワクチン設計も含めて重要な結果だと思う。

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12月27日 青班核刺激は人工内耳による聴覚機能再建を促進する(12月21日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月27日
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補聴器を使うようになってから、音も様々な音素を脳で再構成して聞いていることがよくわかるようになった。現在会話など一般使用と、音楽会など用2種類の補聴器を使い分け、設定もスマフォでこまめに行うことで、自分のイメージに合った音の世界を手に入れている。ただ、補聴器による補正は、機能が大きく低下したとは言え、まだ空気の波を感じられる段階で、これが出来なくなると現在では人工内耳を用いて、直接内耳神経を刺激する方法が用いられる。この場合マイクで拾った音を直接神経刺激に変えるため、音の世界がうまく表象できるようになるために時間がかかり、また個人差が極めて大きい。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文は、ラットに人工内耳を設置して、聴力が失われる前の音の世界を人工内耳で表象する時、青班核を刺激することで機能回復が著明に早まることを示した重要な研究で、12月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Locus coeruleus activity improves cochlear implant performance(青班核の活性が人工内耳の性能を高める)」だ。

タイトルにある青班核というのは、脳幹にあるノルアドレナリン作動性神経の小さな集合で、脳を覚醒させる網様体賦活系の一つで、刺激を受けたときの覚醒し、さらに目がさえてくるのは青班核の働きだ。また、記憶や学習時に、どの刺激を選択するかにも関わっている。

この研究では、正常ラットにまず特定の音に反応する課題を学習させた後で、内耳を破壊して聴力を喪失させた後、人工内耳を挿入、これをケージに設置したマイクと連結させ、聴力を回復させている。これにより、蝸牛核など直接音が入る神経領域の興奮は誘導できるが、正常時に学習した課題をこなすためには時間がかかる。また、人間と同じように個体差も大きい。

いずれにせよ、トライアルを重ねると、学習した課題が出来るようになる。この過程に、音に対して反応し注意を向ける過程に関わる青班核が関わると考え、学習中の青班核の反応を調べると、最初は音ではなく課題での鼻の刺激や褒美に驚いて反応していた段階から、徐々に目的の音を聞き分けて褒美の反応にリンクさせる過程が観察される。すなわち、目的の音だけが青班核を活性化出来るよう訓練されることがわかる。

そこで、目的の音を聞いたときに、光遺伝学的に青班核を刺激して、目的の音と青班核の興奮をリンクさせると、人工内耳を通して課題が出来るようになるまでの時間が大きく短縮する。

最後に、聴覚を統合している領域全体の興奮を記録し、青班核の刺激により誘導された音の表象を調べてみると、青班核を刺激された個体だけ課題を遂行する過程での興奮神経と抑制神経のバランスがとれ、さらに多くの領域が反応していることが明らかになった。またこうして測定される脳の興奮パターンの指標と、課題遂行の成績は完全に比例する。

以上の結果は、青班核による指向性の誘導が、目的の音を他の音から区別して聞き取る過程に重要な役割を演じていることを明らかにするとともに、人工内耳に早く慣れるために青班核の刺激は有効であることを示している。青班核は小さいので、特異的に刺激は難しいと想像されるし、また投射は様々な領域に広がっているので、ランダムな刺激が他の行動に影響を持つ心配もあるが、臨床応用の可能性は是非進めてほしいと思う。

しかし、ラットの内耳に人工内耳を埋め込むことだけでも大変だと思うが、このグループの聴力に関する研究への執念が感じられる論文だった。

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12月26日 意外にも Claudin1 が線維化を促進する(12月22日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2022年12月26日
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Claudin1 は、亡くなった月田さんの京大医学部研究室で、古瀬さん達によりマウス肝臓のタイトジャンクション分子として1998年報告されたが、月田さんが亡くなるまでのほぼ同じ時期を京大医学部で過ごし、遺伝子クローニングまでのいきさつを折にふれ詳しく聞くことが出来た私にとっても思い出深い分子の一つだ。論文が出て少ししてから、上皮以外にも発現する細胞があって、何か面白い機能を持っているかも知れないという話も聞いていた。

今日紹介するストラスブール大学からの論文は、その Claudin1 が、シグナル分子のスキャフォールドとして線維化を促進しており、治療標的になり得ることを明らかにした研究で、12月22日号 Science Translational Medicine に掲載された。タイトルは「A monoclonal antibody targeting nonjunctional claudin-1 inhibits fibrosis in patient-derived models by modulating cell plasticity(Claudin-1の非接着部分に対する抗体は細胞の可塑性を変化させて患者さん由来細胞モデルでの線維化を抑制する)」だ。

理研に移ってからはほとんどフォローできていなかったが、Claudin1 はC型肝炎ウイルスの侵入に寄与し、また肝臓の線維化により発現が強く上昇することが明らかになっていたようだ。

この研究では、慢性の肝臓病では、幹細胞だけでなく、血液や間質細胞でも Claudin1 の発現が上昇すること、また TNFα 刺激により NFκB により直接転写が上昇することをまず確認した後、既に確立していた Claudin1 の非接着部分に結合する抗体を用いて、線維化進行とともにこの抗体の染色が高まることを明らかにする。

以上の患者さんでの結果は、炎症により肝臓で分泌される TNFα により様々な細胞で非接着性Claudin1 が上昇していることを示している。そこで、Claudin1 が直接線維化に関わるかどうかを確かめる意味で、人の肝臓細胞をマウスに移植して肝臓を再構成する実験系で、siRNAを用いて Claudin1 をノックダウンする実験を行い、Claudin1 が直接線維化促進因子として働くことを明らかにしている。

この同じ実験系で、siRNAと同じ効果を非接着Claudin1 に対して作成したモノクローナル抗体が肝臓の線維化を抑えることがわかったので、そのメカニズムと臨床応用可能性について研究を行っている。

メカニズムだが、マウスモデルや、ヒト肝臓オルガノイド培養を用いた実験で、いずれも線維化が促進すること、また線維化に関わる様々なシグナル回路を同じ抗体が抑制できることから、おそらく Claudin1 は細胞表面で様々なシグナル受容体や接着分子と結合するスキャフォールドを提供し、シグナルを増強する役割を演じており、非接着Claudin1 に対する抗体は、スキャフォールドとしての機能を抑制することで線維化を抑制することを明らかにする。そのため、同じ抗体が、肝細胞、血液細胞、間質細胞それぞれで異なる作用を示し、線維化だけでなく、肝細胞の場合は成熟細胞への分化を促進することも示している。

動物モデルや肝臓のオルガノイドモデルを用いた実験結果は、肝臓線維化抑制の前臨床実験としてはかなり有望と言える。そこで次の段階として、サルを用いた抗体の安全性試験を行っている。もし接着 Claudin1 にも何らかの作用を示せば、これは大変なことになる。幸い、サルに長期投与しても細胞接着には大きな影響は見られなかったようだ。

以上が結果で、肝臓だけでなく、肺や腎臓の線維化にも効果があることを示す実験も行って、この抗体が将来線維化一般の治療に使える可能性も示唆している。思いもかけないところから、しかしかなりパワフルな治療法が開発された気がする。

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12月25日 新生児腸内細菌叢発達の徹底研究(12月22日号 Cell 掲載論文)

2022年12月25日
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このブログでも何回か紹介してきたが、生後1年は私たちの腸内細菌叢が量・質ともに大きく変化する時期で、このとき細菌叢が炎症を抑える方向に働くことが、アレルギーなどその後の免疫状態を決める重要な要因であるとして、研究が進んでいる。

最初はただリボゾームの配列から細菌叢の変化を特定するだけだった研究は、その後細菌叢の全ゲノム配列を決定する大規模研究へと変化し、結局勝負は多数のサンプルから得られるビッグデータを解析する能力になっているように思う。その結果、限られた研究所のアクティビティーがますます高くなってきている感じがする。

今日紹介するのは、フィンランドの新生児についてのコホート研究だが、コレスポンデンスは Broad研究所で、覚えておられると思うがバングラデシュの新生児の細菌叢発達について細菌叢とメタボロームを調べた(https://aasj.jp/news/watch/20882)のと同じ研究室からの論文で、対象がフィンランド人だけという違いになっている。タイトルは「Mobile genetic elements from the maternal microbiome shape infant gut microbial assembly and metabolism(母親細菌叢からの伝搬性遺伝要因が子供の腸内細菌叢と代謝の発達に関わる)」だ。

1ヶ月の間に同じ研究室からの論文を2編も紹介することになったが、バングラデシュといい今回のフィンランドといい、世界中の発達期の研究が集まってくるとはうらやましい限りだ。研究としては70組の母子の細菌叢のDNAメタゲノム配列決定、およびメタボロームの解析を経時的に行い、得られたビッグデータを読み解いており、素人の私から見ても、そんじょそこらインフォーマティスとでは太刀打ちできない力がある研究室と言える。だからこそ、フィンランドのコホートも全面的に解析を委ねているのだと思う。

タイトルにもあるように、この論文の最大の売りは、母親と子供の遺伝子配列の解析から、11種類の母親に存在するバクテリア種から、なんと977種類の遺伝子が、子供の細菌叢に水平遺伝子伝播したという結果だ。すなわち、伝搬したと考えられ得る遺伝子の前後配列が、母親と子供では異なることや、その遺伝子が伝搬したホスト細菌と、元の細菌の種類が異なることなどが確認され、細菌自体が増殖したのではないことを示している。これを調べられるだけのデータ解析力は感心する。

しかし、遺伝子断片と言っても別の個体間で伝達される必要があり、ほとんどがファージを介すると言っても、ファージ自体が個体間で伝搬したとは考えにくいだろう。元々、外部からのバクテリアの定着率は低いが、なんとか腸まで達した母親由来バクテリアから、ファージウイルスが活性化され、広まることで水平伝搬が起こったと考えるのが最もわかりやすい。

事実、伝搬される多くの遺伝子は炭水化物やアミノ酸の代謝に関わり、遺伝子を獲得したバクテリアの選択を通して、細菌叢の構成を決めている可能性を示している。ただ、水平遺伝子伝搬については納得できるが、それが都合よく子供の細菌叢の機能を高めているという話は、まだまだ検討が必要だと思う。

さて、これ以外にも様々な面白い結果が示されているので箇条書きにしておく。

  • 妊娠前、妊娠中、そして産後と、妊婦さんの細菌叢は大きく変化する。特に細菌叢による胆汁酸の代謝と、硫化水素代謝が大きく影響されることがわかった。ただ、その意味については明確ではない。
  • 代謝物の解析から、人工栄養の子供は腸内環境が炎症に引っ張られている可能性が、細菌や代謝物から示唆された。ただ、この研究のもう一つの目的である、抗原性のあるタンパク質を徹底的にペプチドへと加水分解した人工栄養を与えることで、炎症性の変化は抑えることが出来る。
  • 母乳による炎症環境抑制に、炎症のメディエーターとして知られるエイコサノイドが直接関わることがわかった。即ち、母乳で育つ子供だけが、便中のエイコサノイドが存在する。

以上が気になった点だ。今後、もう少し焦点を絞って詳しい解析が行われると思うが、いずれにせよ生後1年という大事な時期の解析が、世界規模で進むことの意味は大きい。

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12月24日 能ある鷹は爪を隠し、透明のガラスガエルは赤血球を隠す(12月22日号 Science 掲載論文)

2022年12月24日
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写真はCDB時代、研究員として在籍し、現在スイスETHの教授をしているTimm Schroederが、おそらくコスタリカで撮影して送ってくれた「Glassfrogガラスガエル」の写真だ。Timmは大学教授にしておくのは惜しいほどの写真の腕前で、多くの生物の写真を送ってくれているので、機会があれば今後も紹介したい。

今日紹介するデューク大学からの論文は、ガラスガエルの透明性の秘密に迫った驚きの研究で、12月22日号 Science に掲載された。タイトルは「Glassfrogs conceal blood in their liver to maintain transparency(ガラスガエルは透明性を保つために血液を隠す)」だ。

この研究が対象にしたガラスガエル、Hyalinobatrachium fleischmanniは皮膚の色素がほとんどないためTimmの写真よりさらに透明に見える。しかし、なぜこれほどの透明性が、不透明のヘモグロビンが詰まった赤血球を全身に循環させる必要がある脊椎動物で可能なのか?

この研究では、この透明性は睡眠中の現象で、動いているときは体中に赤血球が循環して透明性が低下することに注目し、睡眠中は赤血球が全身の循環から切り離されるのではと着想した。

勿論これを確かめるためには、生きて睡眠中のカエルの赤血球の居場所を調べる必要があるが、光だけでは透明でよくわからない。そこで登場するのが以前紹介した photoacoustic microscopy(PAM) で、光がヘモグロビンに吸収される時に発生する超音波を拾って画像化する技術だ(https://aasj.jp/news/watch/19684)。

PAMの技術は素晴らしく、睡眠中になんと8−9割の赤血球が肝臓に隔離されることを見事に明らかにした。これは、肝臓に存在する類洞に多くの赤血球を貯蔵できるためで、他のカエルも原則同じことが可能かも知れないが、実際はガラスガエルだけが、循環を大きく変化させられるメカニズムを持っている。このダイナミズムを見ると、一種の冬眠に近い状態が日々繰り返されていることになる。

とはいえ、赤血球が肝臓に集まればそれだけで余計目立つのではと心配になる。これについては既に研究があり、ガラスガエルの内臓は光を反射するクリスタルでデコレートされた袋に入っているため、外部から内部が見えにくくなっているようだ。

いずれにせよ、こんなに赤血球を詰め込んで血栓ができないのかなど、医学的にも興味がわく面白い研究だった。何よりも、クリスマスに子供に語るお話として最適だ。

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12月23日 Asgardアーキアの細胞骨格が見えた(12月21日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月23日
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Science の今年のニュースは先週発表されたが、Natureは今年の10人だけで、ニュースの発表は12月21日号にも掲載されていなかった。おそらく来週になると思うので、その時今年のニュースを振り返るzoomを計画したい。おそらく本当の年末になる気がする。

さて、2019年 Sience が選んだ10大ニュースの中に、産総研の高井さん達が Nature に発表した生きた Asgardアーキアの分離が選ばれたのは記憶に新しい(https://aasj.jp/news/watch/12204)。それまで、メタゲノム解析から、アーキアと真核生物をつなぐリンクとして特定されていた Asgardアーキアの増殖条件を決定し、その特異な形態を示したインパクトは大きい。

それだけでなく、Asgardアーキアが長い突起を使ってバクテリア代謝系を徐々に取り込み真核生物へと進化するという高井さん達のストーリーは、形態と機能の見本のような話で説得力があった。

当然、細胞体から蜘蛛の足のように突起が伸びる形態の分子背景を知りたくなるが、今日紹介するウィーン大学からの論文は、もう少し扱いやすい新しい Asgardアーキアを分離し、その細胞骨格の構造を示すことに成功した研究で12月21日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Actin cytoskeleton and complex cell architecture in an Asgard archaeon(Asgard-アーキアのアクチン細胞骨格と複雑な細胞構造)」だ。

産総研の論文は、深海の沈殿物から分離した Asgardアーキア(AA) が、装飾が遅く壊れやすい生物であるかを示していた。おそらく、電子顕微鏡レベルで細胞骨格を研究するの極めて難しい課題のようだ。

この研究は産総研の AA を使うのではなく、スロベニアの運河河口の泥から新しい種類を分離している。この結果は、海水が存在すれば、深海でなくとも AA が存在し、分離できることを示している。今後さらに多くの AA が分離されるが、今回分離された種は産総研の Ca P.syntrophicum と極めて近い関係にある AA なので、良く似た AA が世界中に拡がっている可能性が高い。

面白いのは産総研の AA と比べて、遺伝子数が多いことで、例えばリボゾームRNAは産総研の AA が1種類しかないのに対し3種類存在する。すなわち、近縁でも AA で遺伝子の獲得、喪失など大きな変化が起こっていることを示している。そのおかげか、増殖スピードは産総研の AA より少し速い。それでも、純粋な培養は難しく、エサになるバクテリアなどが培養に混在しないと増殖できない。その結果、最も純粋な培養で AA が80%で、残りは他のバクテリアが2種類存在する培養になる。

細胞骨格を調べる場合、骨格の基本となるアクチンを検出する抗体と、電顕などが必要になるが、AA は極めて壊れやすく簡単ではなかったようだ。いずれにせよ、様々な工夫を重ねて混在しているバクテリア特別して AA を電顕で撮影する方法を開発し、またアクチンに対する抗体を作成し、最終的に細胞骨格が細胞突起の隅々に張り巡らされていること、また細胞体内では膜近くに存在すること、さらにクライオ電顕上でヘリックス構造を持つ構造をとって、まさに細胞骨格として働いていることを示している。

アクチンに対する抗体で染色することで、一般の顕微鏡でも特異的観察が可能になり、電顕で観察されるのと同じように、突起の隅々までアクチンが重合していることが明らかになった。

基本的には、AA の細胞骨格をついに見ることが出来たのがこの論文のハイライトで、今後新しい方法や抗体を用いて、さらに多くの研究が続く気がする。そして、ようやく真核生物が進化について明らかにされると思う。

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12月22日 脳弓深部刺激のアルツハイマー病への効果を検証する(12月14日 Nature Communications オンライン掲載論文)

2022年12月22日
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今年の4月、アミロイドβとTauの蓄積を元にアルツハイマー病( AD ) の進展様式を調べた研究を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/19541)。この結果が示すのは、アルツハイマー病も嗅内野からつながる神経回路に沿って進展する回路病であることを示唆している。とすると、刺激によりこの神経回路を増強することで AD 進行を遅らせられるのではと着想し、動物実験を経て臨床治験が行われている。

異なる刺激場所についての治験が進んでいるが、今日紹介するハーバード大学からの論文は、脳弓を刺激して、海馬から乳糖体まで大脳の辺縁系を取り囲んで存在するパペッツ回路を増強する治験についてのMRIを用いた検証研究で、12月14日 Nature Communications にオンライン掲載された。タイトルは「Optimal deep brain stimulation sites and networks for stimulation of the fornix in Alzheimer’s disease(脳弓刺激によるアルツハイマー病の深部刺激治療のための刺激部位とネットワーク)」だ。

この治験は、認知機能の改善・悪化が混在し、効果なしと判定されている。しかし、明らかに改善したと思われる患者さんが存在すること、高齢者の方に改善する人が多かったことなどから、完全に効果なしと判定するのは忍びないと考えたようだ。そこで、改善した患者さんと、悪化した患者さんの間の脳回路や機能に差があるか、1)MRI で検出できる記憶回路の構造、2)刺激場所と臨床症状の相関、3)fMRI による機能的ネットワーク、の3点について調べている。

結果は明瞭で、改善の著しい患者さんでは、刺激場所の脳弓から分界床核への脳弓回路がしっかりと特定できる。またこの神経投射と症状改善は比例する。

同じことは安静時 fMRI で測定できる領域間の同調性から推測される回路(この場合は以前紹介した default mode network になる:https://aasj.jp/news/watch/19488)でも同じで、症状の改善の高い人は、default mode network の結合性が高まる。

以上のことから、うまく当たれば深部刺激はADの症状改善に寄与することが強く示唆される。しかし、刺激場所と症状改善との相関を調べると、改善につながる sweet spot は患者さんの間で変化が大きく、現段階で手術時に sweet spot を決めることは難しいので、どうしても出たとこ勝負になることがわかった。

結果は以上で、今後他の領域を刺激した治験を待つことになるが、sweet spot さえ見つけることが可能になれば、間違いなくAD の症状を抑えることが出来ることがわかった。

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12月21日 レトロウイルスベクターの全く新しい利用法(12月22日 Cell 掲載論文)

2022年12月21日
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レンチウイルスをベースにしたベクターが登場してから、遺伝子導入の効率が高まり、実験室での遺伝子導入だけでなく、臨床現場でも利用されるようになっている。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、このレトロウイルスのenv蛋白質を改変して、抗体やT細胞受容体(TcR)と結合できる抗原に変化させることで、抗原特異的リンパ球に感染させ、様々な目的に利用出来るようにした開発研究で12月22日 Cell に掲載された。タイトルは「Engineered cell entry links receptor biology with single-cell genomics(細胞への侵入を操作することで受容体生物学と単一細胞ゲノミックスをつなげることが出来る)」だ。

レンチウイルスは相手の細胞に吸着した後、細胞膜と融合してウイルス粒子ないの分子を注入する。この過程を完全に操作して、抗原やMHC+ペプチドを吸着のための分子として使い、VSVウイルスの細胞膜融合システムを利用したウイルスを設計することで、抗原特異的B細胞や、T細胞のみ標識したり、遺伝子を導入したりすることが出来ると期待される。

研究ではまず、CD19抗原をファージ粒子に発現させウイルス感染分子として利用するための様々な条件設定を行い、最終的にICAM分子の膜結合ドメインとCD19が結合したリガンドが、膜融合分子とともに膜状に発現し、さらにGFPを融合させたウイルスGAG蛋白質、そして導入したいRNAをパッケージしたウイルス粒子を作るのに成功している。また、同抗原の代わりに、抗原ペプチド/β2ミクログロブリン/MHC複合体を使ってTcRを標的にすることにも成功している。この結果、抗原、標的細胞標識、RNA導入の3つの機能を持つウイルスが作成された。

まず、これによりウイルスと結合して感染したB細胞やT細胞は、感染直後からGAG-GFPにより抗原特異的細胞を特定でき、抗原に反応する抗体やTcRを特定できる。

同じことは、蛍光標識した抗原やMHC/ペプチド・テトラマーでも可能だが、この方法だと細胞自体をGAG-GFPやRNAでラベルされるので、抗原刺激後の変化を追いかけることも出来る。

さらに、ベクターゲノムに様々な遺伝子を組み込み、抗原特異的なT細胞やB細胞特異的に細胞死を誘導出来ることを示し、抗原特異的細胞操作の可能性を示している。

これらの特徴を利用して、健常人の末梢血CD8T細胞からサイトメガロウイルス特異的細胞を特定し、サイトメガロウイルスに対するTcRの多様性や、細胞の分化段階などを詳しく解析し、サイトメガロウイルスのような慢性感染では、TcRの多様性だけでなく、様々なステージのT細胞が共存することを示している。

結果は以上で、原理的には抗原特異的、あるいは様々な分子特異的細胞を蛍光GAG分子と遺伝子導入で標識するという実験系だが、様々な可能性が浮かんでくる方法で、免疫系に限らず、神経系など今後利用が進むような気がする。

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12月20日 人工Notch-IL2回路は固形ガンに対するCAR-T治療の切り札になるか(12月16日 Science 掲載論文)

2022年12月20日
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CAR-T 治療は、既に何年も臨床で利用され、抗原特異的免疫治療がガンに確実に効果があることを示した。同時に、ガンが標的抗原を発現しているのに、全く効果が見られないケースが多く存在することがわかってきた。特に、固形ガンではガン特異的抗原が存在しても CAR-T は無力なことが多く、例えばいくつかの腫瘍特異的抗原の存在が特定されている膵臓ガンはもとより、メラノーマでもまだ臨床応用にこぎ着けられていない。

この原因にはいくつかあるが、注射した細胞がガン組織に浸潤できないことと、ガン組織内に入った T細胞の機能が抑制されることが主な要因で、これを克服する方法の開発は大きな資金を集めて開発が続いている。これは当然で、腫瘍特異的抗原が同定され、ガン組織へ CAR-T を遊走させ、機能を発揮させられることが可能になれば、これまでの免疫治療は CAR-T に収束してしまう可能性すらある。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、先日紹介した、Notchシグナル系を、細胞外も細胞内も異なる分子に置き換え、遺伝子発現を調節する人工Notchを用いることで、ガン特異的な抗原に反応して、一定のレベルの IL-2 が分泌できる CAR-T が固形ガンに浸潤してガンの増殖を抑制できることを示した研究で、12月16日 Science に掲載された。タイトルは「Synthetic cytokine circuits that drive T cells into immune-excluded tumors(人工サイトカイン回路はT細胞を免疫系を排除する腫瘍にも侵入させる)」だ。

CAR-T がガン局所で増殖できるよう、IL-2 や変異型IL-2 を用いる研究や治験は行われてきた。また最近では CAR-T に IL-2 などのサイトカイン遺伝子を導入して、CAR-T の機能を高める研究も数多く行われてきた。

その中でこの研究は、ガン特異的 CAR-T に、同じガンの発現する分子でトリガーされれ IL-2 を分泌する人工Notch を導入した T細胞を作った点が、これまでの研究とは異なる。

この研究でも、例えば常に IL2 を発現するようにしたコンストラクトや、T細胞が抗原刺激されたときに IL-2 を発現する様にした CAR-T も作成し比べているが、固形ガンにはほとんど効果がない。ところが人工Notch シグナルで IL-2 を分泌できる様にした細胞は、膵臓ガンをはじめ、メラノーマなどいくつかの固形ガンに高い効果を示す。膵臓ガンではメゾセリン、メラノーマでは NY-ESO のように、臨床応用が試みられうまくいっていない抗原を用いた実験系で、効果があることを示している。

この研究で驚いたのは、よく用いられる免疫不全マウスに腫瘍を移植し、そこに CAR-T を注入するモデルで効果があっても、正常マウスでホストのリンパ球が存在する条件では、全く効果を示せないことが多いことを示している点で、ホストのリンパ球が全て揃った条件で効果を確かめることの重要性がよくわかった。そして、この条件でも効果があるのは人工Notch で IL2 を分泌する系だけと言うことが示されている。

まだ動物モデル段階だが、治療の難しい膵臓ガンには、すぐにでも試されるのではないかと期待できる結果だ。

臨床応用を進めるためにも、なぜ人工Notch-IL2がこれほど優れているかを理由を確かめる必要があり、腫瘍組織で他のCAR-T系と比べている。結果だが、何よりも腫瘍組織内への浸潤が強い。また IL-2 を分泌するため抑制性T細胞などの誘導が心配されるが、軽度で終わっており、基本的に CAR-T の分泌した IL-2 は CAR-T 自身が使える状態で、腫瘍組織の他の細胞では利用しにくいことが明らかになった。

個人的印象だが、これは大きなブレークスルーになる気がする。現在 CAR-T は、自分の T細胞でなく、内因性の受容体をノックアウトした off-shelf型の CAR-T をあらかじめ用意する方向に進んでいる。この系に人工Notch を組み込むことは簡単だろう。希望的観測だが、1−2年で臨床まで行くような気がする。

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12月19日 Covid-19 で死亡した44人の解剖所見(12月14日 Nature オンライン掲載論文)

2022年12月19日
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どんなに感度のいい研究手法が開発されても、死亡後の病理解剖は重要だ。Covid-19 は、感染症で、また膨大な数の死亡例が発生していたことから、病理解剖まで進むケースは少ないと思うが、それでも論文として発表され、臨床から得られる理解を深めるのに貢献してきた。このブログでも、ちょうど今から1年前、18例の Covid-19 死亡例についての米国・国立衛生研究所からの論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/18361)。この報告では、感染による様々な臓器の病理組織変化についての解析が中心だったが、ウイルスが様々な組織に速やかに感染するのかについて重点を置いた同じ米国・国立衛生研究所 (NIH) から12月14日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「SARS-CoV-2 infection and persistence in the human body and brain at autopsy(解剖時の身体や脳組織で見られるSARS-CoV-2感染と持続)」だ。

このようにNIHでは剖検症例を積み重ねているようだが、前回紹介した論文よりシステミックな解析が行われている印象が強い。まず、様々な臓器を固定する前に保存して、PCRだけでなく、時にはVERO細胞への感染実験も含めて、ウイルスの広がりを調べている。例えば、ウイルス増殖が細胞内で高まると、subgenomic(sg) RNAと呼ばれる短いRNAが合成されるが、sgRNAを区別して調べており、極めて重要な情報になっている。

また、この研究では感染確認後早期に死亡した例が17人も含まれている点も、感染後ウイルスがどう広がったのかを確認するためには重要な情報になっている。

さて結果だが、特に重要と思われる点をまとめておく。

  • 最も知りたいのは、ウイルスが気道以外に感染し、そこで増殖するかだ。これについては、PCRでの確認に加えて、in situ hybridization、免疫染色、感染実験、さらに全ゲノム配列決定などを駆使して調べている。そして、呼吸器系にとどまらず、多くの臓器に実際の感染が、早期から広がっていることを明らかにしている。
  • 脳での感染が確認できた症例では、ウイルスの神経細胞での増殖が確認される。これまで、感染の広がりは感染血液細胞が広がる結果という可能性が示唆されてきたが、血液ではほとんどウイルスが検出できないのに、十分な量のウイルスが脳で検出されることは、早い段階からウイルスが血液などを介して脳に到達し、神経内で独自に増殖していることを強く示唆している。
  • 全ゲノム配列で、呼吸器系で分離されるウイルスとは異なる変異を持ったウイルスが存在していることや、一部でsgRNAが検出されることから、ウイルスは各臓器で独立に増殖していることを示している。従って、気道の検査でウイルスネガティブになっても、患者さんのウイルスが消滅したことを意味しない。
  • 早期にウイルス血症で全身に広がるにもかかわらず、強い炎症像は呼吸器系に特異的に見られる。また、心血管系への感染は以前から報告されており、今回も確認されているが、血栓などは二次的な現象で、直接ウイルスにより誘導されている可能性は低い。
  • 子供では、全身への感染がほとんど全身性の炎症を伴わないで広がることが確認された。
  • 全身に感染は拡がるが、ウイルス産生量で見ると初期は呼吸器系での増殖が100倍多い。ただ、感染が長引くとこの差は縮まり、他の組織でもウイルス量が増え、50%以上の長期感染者でウイルス増殖が持続している。

以上、全てこれまで示唆されてきたこととは言え、剖検例の詳しい検討の重要性を物語る。特に初期にウイルス血症が起こって全身に広がるとすると、抗体薬の投与のタイミングの重要性がよくわかる。ただ、実際の臨床で実現するのは簡単ではない。

カテゴリ:論文ウォッチ
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