12月15日 ガンのゲノム不安定性を利用する(12月10日 Cell 掲載論文)
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12月15日 ガンのゲノム不安定性を利用する(12月10日 Cell 掲載論文)

2020年12月15日
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増殖するガンはDNA複製を繰り返す頻度が高いため、複製時のミスは当然多い。もちろんほとんどはミスマッチ修復システムにより修復されるが、この修復能力が落ちているガンでは、ゲノム変異の確率が上がり、この修復ミスを短い繰り返し配列を持つマイクロサテライトの反復回数の不安定性として検出することができ、ガンのマイクロサテライト不安定性検査として知られている。

ガンが遺伝子の不安定性を持つことは誰でもわかるが、しかし不安定性が高いほどガンが治る確率が高いと聞くと意外に思われるかもしれない。この理由は、ミスマッチが修復されずに残ることで、正常細胞にはない分子が発現することで、新しいガン特異的抗原(ネオ抗原)が生まれ、これがキラー細胞により検出されるからだと考えられるようになった。マイクロサテライト不安定性が見られるガンをチェックポイント治療の適用対象と認めるのも、このガンのネオ抗原に期待するからだ。

今日紹介する米国マウントサイナイ病院からの論文はマイクロサテライト不安定性が見られるガンのネオ抗原の多くは、遺伝子の読み枠のずれ(フレームシフト)により発生することを示す研究で12月10日号Cellに掲載された。タイトルは「Shared Immunogenic Poly-Epitope Frameshift Mutations in Microsatellite Unstable Tumors(マイクロサテライト不安定性を示す主要に見られる、複数の免疫原性エピトープを持つ共通のフレームシフト変異)」だ。

正直恥ずかしいことに、ミスマッチ修復で発生するネオ抗原の由来は突然変異が挿入された変異のことと私は思ってきた。しかし、マイクロサテライト不安定性の発生を考えてみると、変異が入ってコドンの読み枠が変化し、変異部から最も近いストップコドンまで、正常には存在しないペプチドが合成されることは当然のことだ。しかも、このようなペプチドは自己とは認識されず、キラーによるアタックの標的抗原(エピトープ)になる。さらに、一定の長さがあれば、このようなペプチドからは複数のエピトープが発生できることから、正常ペプチドに変異が入るよりはるかに抗原性が高い。そして、マイクロサテライト検査から想像されるように、フレームシフトによるネオ抗原は、個々のガンを超えて、共有される可能性が高い。

ある程度生物学を習っておれば、フレームシフトでもネオ抗原ができることを気づくだけで、上に述べたことを想像することができるが、この研究ではまさにこれらが実際に起こっていることを、データベースにある、子宮内膜ガン、大腸ガン、胃ガンのゲノムデータを見直すことで明らかにしている。

まず、各ガンでフレームシフトにより発生する新しいペプチド配列をリストし、その中からホストのMHCと反応できる幾つのネオ抗原が発生できるかを推定し、多くのフレームシフトで生まれるペプチドが、ガンの共通抗原として共有されること、さらにその一部はガンの種類を超えて共有されることを明らかにしている。

次に、このようなペプチドが実際に合成され、ミスマッチ修復が低下したガン患者さんでは、マイクロサテライト変異のない患者さんと比べ、その数が多く、強い抗原として働きうることを示している。

また、このようなペプチドを選び出し、正常人、ガン患者さんを問わず、末梢血中のT細胞を刺激できることも示し、ガン抗原として利用できることも示している。

ただ、フレームシフト由来の共通のネオ抗原を持つことと、ガンの予後を比べると、共通のネオ抗原と予後とはほとんど相関がなく、PD-1チェックポイント治療を行っている人で比べると、少し差があると言う程度だ。これは、ミスマッチ修復異常では共通抗原を超える数の多くの変異が発生し、これに対して免疫反応が誘導されると考えられるので、ガン共通のネオ抗原である必要はないことを意味している。

結果は以上で、一見共通のネオ抗原自体は意味がないように思えるが、このネオ抗原をワクチンとして用いることで、少なくともマイクロサテライト不安定性を持つ人共通に、ガン免疫を誘導する可能性は明らかになったと評価している。この研究でリストされたペプチドプールを用いる臨床治験を進めてほしいと期待する。

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12月14日 神経興奮のマーカーFos分子の機能(12月9日号 Nature 掲載論文)

2020年12月14日
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神経刺激に伴ってすぐに発現が上昇する転写因子群は、例えば特定の経験に対してどの神経細胞が反応しているか調べるために今や欠かせないツールになっている。中でもよく使われるのがガン遺伝子として知られているFos遺伝子経路だが、誘導されたFosは何をしているかと考えると、ほとんど何もわかっていないことに気づく。

今日紹介するハーバード大学からの論文は空間の新しい記憶成立に必要な海馬CA1領域の錐体細胞が、新しい環境を経験した時に興奮しFosを発現する状況を捉えて、Fosの下流の遺伝子発現と、その機能を明らかにした力作で12月9日号のNatureに掲載された。タイトルは「Bidirectional perisomatic inhibitory plasticity of a Fos neuronal network (Fos下流の神経ネットワークは興奮・抑制両方向の細胞体周辺制御に対する可塑性を決める)」だ。

海馬CA1の錐体細胞は、細胞体自身がPVorCCK発現で区別する2種類の異なる介在神経の細胞体と直接シナプスを形成する美しい構造を持ち2種類の介在神経からくる全く異なるタイプの情報を統合している。この時、Fosが発現するので、この機能を明らかにすべく研究を行っている。

繰り返すが大変な力作だ。まず、マウスが新しい環境を経験した時にFosを発現する細胞を蛍光標識し、Fosが発現すると、PV介在神経刺激に対して通常より1.7倍高く、逆にCKC介在神経に対しては1.8倍低く反応するようになる。

そして、この介在神経に対する反応変化はFos/Fosb/Junの3遺伝子をこの細胞で同時ノックアウトすることで消滅し、水迷路試験で空間記憶が侵されていることを明らかにする。

これだけでも十分面白いが、この研究ではFosにより転写調節される下流の分子についても、リボゾーム沈降、single cellトランスクリプトーム、Fos結合Chip解析など、考えられるほとんどのテクノロジーを駆使して探索し、全ての方法で共通に変化が見られた6種類の遺伝子について、局所にsiRNAを注入する実験でノックダウン実験を行い、最終的に神経内分泌分子SCG を、Fosに反応して錐体神経の反応調節に関わる分子として特定する。

最後に、SCGを錐体細胞でノックダウンし、この分子が両方の介在神経に対する反応の統合に関わることを明らかにし、錐体神経のFos-SCGシグナル経路が、両方の介在神経とで形成する回路の活性を調節していると結論する。そして、CA1でSCGをノックアウトすると、γ波の高さが低下するとともに、θ波と錐体神経細胞興奮の同調性が変化することを示している。

以上、よくここまでやったなと思える力作で、初めて私も神経興奮の指標として使われているFosが、神経細胞の転写調節を通して、神経回路の特性を持続的に変化させ、記憶形成に関わっていることがよくわかった。このシグナル経路の機能的側面については、まだまだ知りたいことは多いが、この研究が入り口になって進展が加速すると思う。

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12月13日 タスマニアデビルは絶滅から救えるか?(12月11日号 Science 掲載論文)

2020年12月13日
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新型コロナ感染についての議論を見ていると、我が国の科学レベルの低下もさることながら、政治家や役人へ正確な知識を伝えていくパイプが極端に細くなっていることがわかる。例えば感染状況は、一年たった今もPCR陽性数だけで議論されているし、社会的インパクトは結局医療レベルの逼迫で判断している。しかし、これらは決して科学的な指標にはなり得ない。その典型がGoToトラベルの影響についての判断に現れる。

ウイルスが増殖するには必ず宿主が必要で、増殖とともに変異が起こる。従って、現在流行中のウイルスのゲノムを調べることで、ウイルスの世代数、広がり、伝播経路など推察できるはずだ。例えば、東京で流行中のウイルスと、他の県でのウイルスを、今のインフォーマティックス技術で比べれば、GoToの影響を正確に評価できる。このためには、リアルタイムでウイルスゲノム解析を高いカバレージで行う必要があるが、科学を政策に生かすためにオランダで行われた3週間に200近いゲノムを解析する試みが(https://aasj.jp/news/lifescience-easily/13568)、我が国でもできないはずがない。事実リアルタイム解析でなければ、我が国からもウイルスゲノムの論文は出ている。しかし、政策に活かすにはリアルタイムで行う必要がある。オランダで使われたナノポアシークエンサーの精度を問う人もいると思うが、60カバレージで十分正確に調べられることを示した論文も発表されている(NATURE COMMUNICATIONS | (2020)11:6272 | https://doi.org/10.1038/s41467-020-20075-6 )。すなわち、実行再生産数や再生産レートも、ウイルスの系統動態(phylodynamics)と合わせて議論しないと、ただの現象に過ぎない。もし我が国でこのような努力が全く行われていないとしたら、科学と政治にとって由々しき事態だが、結果がわかっているのに発表しないとしたらもっと大変だ。

実効再生産数とphylodynamicを合わせて議論する重要性は、ウイルスに止まらないことを「感染するがん細胞」で絶滅の危機にあるタスマニアデビルで調べたのが今日紹介する米国ワシントン大学からの論文で、12月11日号のScienceに掲載された。タイトルは「A transmissible cancer shifts from emergence to endemism in Tasmanian devils (タスマニアデビルの伝染するガンは感染拡大段階からエンデミック段階にシフトした)」だ。

これまで感染する口腔癌細胞が1970年ごろにタスマニアデビルに発生し、瞬く間に全島に広がって種絶滅の危険が迫っていることについては2015年(https://aasj.jp/news/watch/4641)以降、3回論文で取り上げている。一時絶滅直近と心配されたが、2000年を境に実効再生産数が下がり始め、現在では1を切っており、感染個体数も2005年以降は横ばいになっていることが疫学調査よりわかっている。このような疫学解析は、新型コロナウイルス感染の話を聞いているほとんどの人にとっては、馴染みの話だと思う。

ただこの研究では、疫学だけでなく、2003年から2018年という長期間に集められた51種類の腫瘍のゲノムを解析して、phylodynamicsを調べるために適した28遺伝子を選び出し、この領域(全部で450Kb:コロナゲノムの15倍)の突然変異解析からウイルスの系統樹を作成し、疫学データと合わせている。この結果、

  1. これまで大きく3種類の感染クラスターが存在すること、
  2. 3つのクラスターに地域性はなく、タスマニアデビルの移動とともに全国に広がっていること、
  3. それぞれのクラスターは拡大時期が異なっており、現在多いのはクラスター3であること、
  4. クラスターのスイッチには、ガンの増殖と免疫から逃れるために必要な遺伝子群が関わること(STAT3、シュワン細胞分化遺伝子、Wnt)、

が明らかになっている。以上の結果から、たしかに、実効再生産数は低下しているが、これはガン細胞の悪性度が低下したわけではなく、おそらく致死率100%という感染ガンの結果、個体数が減少して、3密が避けられたからだと結論している。そして、感染していない個体を隔離して、人工飼育することで絶滅から守ることの重要性をアドバイスしている。ウイルスだけでなく、これほど複雑な感染するガンでも、疫学とphylodynamicsをセットで考えることの重要性がわかっていただけたのではと思う。

ウイルス感染に疫学とphylodynamicを組み合わせるのは常識で、これがどこまでできているかはその国の科学レベルを示していると思う。我が国も、政策にphylodynamicsが取り入れられるよう、科学者にも努力してほしいと思う。

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12月12日 抗癌剤(プラチナ製剤)などによる副作用を軽減する(12月1日号 Cell Metabolism 掲載論文)

2020年12月12日
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個人のガンゲノムを解析して、そのデータに合わせて治療薬(できればガンの増殖を支える分子に対する分子標的薬)を用いるプレシジョンメディシンに期待が集まる一つの理由は、分子標的薬の副作用が比較的少ない可能性があるからだ。また、ガンの化学療法を避ける最も大きな理由は、副作用により、ガンだけでなく体も障害されることを恐れるからだ。そして、このような副作用の中で患者さんを苦しめるのが、吐き気や嘔吐、食欲不振の結果、栄養不全に陥いってしまうことだ。現在、吐き気を誘導する神経回路については研究が進んでおり、ヒドロキシトリプタミン受容体阻害剤や、ニューロキニン刺激剤などが処方されるが、効果がない場合も多い。

今日紹介する、今や新型コロナウイルスワクチンで最も有名になった製薬会社、ファイザー研究所からの論文は、悪液質と呼ばれる悪いサイクルに関わることが知られているGDF-15が、特にプラチナ製剤をはじめとするいくつかの抗ガン剤による吐き気、嘔吐、体重減少に関わっており、これに対する抗体でこの症状をかなり防ぐことができる可能性を示した研究で、12月1日号のCell Metabolismに掲載された。タイトルは「GDF-15 Neutralization Alleviates Platinum-Based Chemotherapy-Induced Emesis, Anorexia, and Weight Loss in Mice and Nonhuman Primates (GDF-15中和によりプラチナ製剤を中心にした化学療法による嘔吐、食欲不振、体重減少を、マウスおよびサルの動物実験で軽減することができる)」だ。

現在固形ガンの治療として最も広く使われているプラチナ製剤(シスプラチン)は、他の抗ガン剤と比べた時、特に吐き気、嘔吐が副作用として出やすい薬剤だが、この研究ではこれがプラチナ製剤が持つGDF-15誘導能に関わると決めて、研究を進めている。

まず、大腸ガン、肺ガン、卵巣ガンで、プラチナ製剤による治療を受けている人と、他の抗ガン剤で治療を受けている人を比べると、プラチナ製剤治療を受けている人の方が血中GDFが高い。また、体重の減少が大きい人ほどGDF-15レベルが高い。

そこでマウスモデルでプラチナ製剤の一つシスプラチンを投与する実験を行い、シスプラチンにより血中GDF-15が上昇し、これらは筋肉、腎臓、心筋など様々な組織に由来すること、そしてこの結果体重減少が起こることを明らかにする。これを確認した上で、次にGDF-15 ノックアウトマウスにシスプラチンを投与すると、体重減少が見られなくなることから、シスプラチンの副作用で食欲が低下し体重減少が起こるのは、シスプラチンがGDF-15を誘導するためだと結論している。

この研究のハイライトはこれが全てで、あとはもともとファイザーで開発してきたGDF-15に対するモノクローナル抗体を用いて、シスプラチン投与によるマウスの体重減少だけでなく、サルで見られる嘔吐、食欲不振などを軽減できることを示している。

そして、マウスにガン細胞を移植し、これをシスプラチンで治療する実験系で、GDF-15に対する抗体を投与すると、体重減少や健康状態を障害することなく、シスプラチンによる治療が可能であることを示している。

最後に、様々な抗ガン剤によるGDF-15 の誘導を調べ、これまで副作用として嘔吐が起こる確率が高いとされてきた抗ガン剤のほとんどは、血中GDF-15が上昇することを示している。

以上が結果で、副作用の原因を突き止めて、それを抑えることで、患者さんの体調を維持し、最終的な結果も改善する可能性を示す大事な研究だと思う。この他にも、他のサイトカインに対する抗体や、グレリンの刺激による食欲更新など、嘔吐や吐き気に対する治療法の開発が進んでいるが、患者さんが抗癌剤を恐れる最大の理由を除こうと、努力が続いていることを紹介できて良かった。

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12月11日 レット症候群の治療薬を探索する(EMBO Molecular Medicine e12523)

2020年12月11日
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最近病気の解析にヒトのiPSやES細胞、他様々な細胞から分化させたミニ臓器を用いている論文をよく見かける。このミニ臓器(オルガノイド)の開発には、亡くなった笹井さんや、現在慶應大学医学部の佐藤さんなど、日本の研究者の貢献は大きい。中でも、人間の脳は最も研究が難しいため、オルガノイドは人間の脳疾患の研究に欠かせないツールになっている。

今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文はその典型で、X染色体上に存在するメチル化DNA結合分子MECP2をコードする遺伝子欠損によっておこるレット症候群をの治療薬を脳のオルガノイドを用いて探索した研究でEMBO Molecular Medicine e12523にオンライン出版された。タイトルは「Pharmacological reversal of synaptic and network pathology in human MECP2-KO neurons and cortical organoids(MECP2遺伝子が欠損したヒト神経細胞と脳皮質のオルガノイドに再現されるシナプスとネットワークの異常は薬剤により正常化できる)」だ。

この研究ではレット症候群の患者さんから幹細胞を作成したのではなく、レット症候群と同じ突然変異を導入したES細胞を、元のES細胞と比べている。これにより、遺伝的背景を同じにできるので、両者の違いは全てMECP2遺伝子欠損による結果とみなすことができる。

まず正常及びMECP2欠損の神経細胞を誘導し、遺伝子発現について両者を比較すると、グルタミン酸受容体シグナルに関わる分子を筆頭として、シナプス形成に関わる遺伝子の発現が軒並み低下していることがわかる。

これらの遺伝子異常、特にシナプスシグナルの異常に効くと想定される向神経薬を14種類を選んで、正常神経細胞には影響が少なく、MECP2欠損神経細胞でシナプス形成に関わる様々な分子の発現を高める化合物を探索した結果、痴呆の進行を抑える効果があるとしてすでに用いられており、GABA受容体に結合する化合物ネフィラセタムと、アセチルコリン受容体のアゴニストPHA 543613が、神経細胞レベルで見られるMECP2欠損の効果を正常化できる可能性があることが示唆された。

次に、正常細胞と変異細胞が混じった患者さんの脳を再現するために、ES 細胞から分化させた神経幹細胞を混合して、オルガノイドを形成し、細胞数、神経興奮などを調べると、それぞれの薬剤は高い効果を示している。

最後に、ノックアウトES細胞から2ヶ月かけて脳オルガノイドを作成し、これに2つの薬剤を添加すると、オルガノイド内での細胞増殖が正常化するだけでなく、シナプス形成や神経伝達因子合成過程に関わる分子の発現が正常化し、細胞間に形成されるシナプス数、及びオルガノイド内での神経興奮数も正常の半分以上にまで回復することを示している。

以上試験管内では、結構有望なしかもすでに利用されている薬剤を突き止めたことになるが、共に神経伝達に直接関わる分子であることから、可塑性の強い幼児を対象とする点で、臨床応用までは慎重な道筋が必要だと思う。しかし、期待したい。

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12月10日 人間の脳内で時間をキープする細胞(11月10日号 米国アカデミー紀要 掲載論文)

2020年12月10日
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私たちの記憶は、何を見たか、何を聞いたかだけでなく、どの順番で見たかという時間とリンクして刻まれる。場所細胞やGPS細胞の発見以来、記憶成立や呼び起こしの時間オーダーを記憶させるシステムが存在するはずだと探索が行われ、記憶過程に時間的表象を与えるTime CellやRamping Cellが発見された。このような動物での時間表象の研究についてはすでに2回論文を紹介している(https://aasj.jp/news/watch/9152)(https://aasj.jp/news/watch/8870)。

ただ、これらの神経細胞は一つの領域として存在するのではなく、海馬、嗅内野や側頭葉に散在しているため、単一神経を記録することが難しい人間では研究が進んでいなかった。今日紹介するテキサス大学からの論文は癲癇の開始部位を調べるために脳にクラスター電極を留置した患者さんにお願いして、この時間細胞を特定しようとした研究で11月10日号米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Time cells in the human hippocampus and entorhinal cortex support episodic memory(人間の海馬及び嗅内野に存在する時間細胞がEP記憶に関わっている)」だ。

この研究では、Free Callと呼ばれる、一定間隔ごとに順番に提示される単語(例えば 「家」 「世界」 「女王」・・・)を記憶してもらい、記憶後全く関係ない数学問題を解いた後、記憶した単語をどんな順番でも良いので思い出してもらうという課題を行ない、その間にクラスター電極で拾える細胞の興奮を記録している。この課題では、提示された順番を気にせず思い出してもらうのだが、実際には早い段階で提示された単語はよく記憶されており、また時間的に近接して提示された単語がまとまって記憶されることが多い。

この研究の目的は動物と同じような、課題で提示される単語とは無関係に時間だけを刻むTime cellと、各サイクルでの興奮の程度がさらに大きなサイクルで上がり下がりするramping cellが発見できるかに絞っており、これ以上でも、これ以下でもない。ただ、動物の実験と比べると、興奮のサイクルの明瞭さが低いため、発見自体が難しいのかも知らない。

とはいえ、記憶する過程、呼び出し過程で、一定のインターバルで興奮を繰り返すTime cellを海馬や嗅内野で検出できる。そしてこれらは特に集団を作らず、それぞれの領域に散在している。また、記憶成立時と呼び起こしの両方で反応しているTime cellも検出できる。

さらに、課題を行なっている間、Time cellの中には、それぞれ独自のサイクルでの興奮の程度が、大きなサイクルで上がり下がりするRamping cellも検出できる。そして、記憶成立過程で、time cellの興奮の揺れはθ波と呼ばれる4Hz程度のサイクルを刻んでいることがわかった。

最後に、記憶過程で示された単語の順番と、Time cellの興奮の相関を調べると、明らかに提示された単語の順番と相関が見られることから、単語を覚える過程でのTime cellとの連結が、私たちの記憶に時間表象を与えてくれることがわかる。

動物実験と比べると、実際の興奮のサイクルは明瞭さに欠けているようには感じるが、素人の私にも、確かに私たちの脳の中に時間細胞が存在し、それとの統合が私たちの記憶に時間を与えていることが実感できた。

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12月9日 ウイルス感染検査の将来(11月25日 Cell オンライン掲載論文)

2020年12月9日
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新型コロナウイルス(covid-19)感染が始まった頃、メディアやSNSで続いた最も熱い議論は「PCR検査をもっと拡大すべきか」、そして「マスクは必要か」だった。賛成・反対どちらの意見にも理由があったと思うが、結局検査もマスクも現在の感染状況に立ち向かうための必須の条件となっている。ただ、現在必須アイテムになったからと言って、将来はわからない。マスクはコストという面で置き換えは難しい気がするが、上気道にスプレーして感染を防ぐ方法は様々な方法が現在開発中だ。例えばナノボディーを使う方法は、大腸菌で抗体を作れることから価格も抑えられるだろう。顰蹙を買った吉村知事のヨードによるうがいも、他人に感染させないという点では意味がある(実際歯科医のガイドラインは患者さんにオーラルリンスをお願いすることで、医師の感染機会を減らすことを推奨している)。おそらく「自分のことだけ考えず、周りの人を感染させない、人を思いやる気持ちを持ちましょう」とでも言っておれば、称賛されたと思う。

同じことは現在検査のスタンダードになっているPCRでも言えるだろう。PCRは今も遺伝子配列が明らかな病原体に対する感度の高い検査方法だが、定量性、機器、検査時間など、問題は多い。よく、陽性者の8割しか診断できないPCRは社会政策上問題があるという意見を述べる人がいるが、「だからPCRが必要ない」ではなく、「まだまだ改良すべき点が多い」と問題を指摘するのが筋だ。最近抗原検査が行われるようになってきたが、この検査には良い抗体が必要で、パンデミック初期にはまず利用できない。

その意味で、PCR検査に代わる新しい核酸検査の開発は必要で、我が国も備えが必要だと思う。時間短縮や機器の必要性の問題で言えば以前紹介したLAMP法もあり、事実検査として利用できるところまで来ていると思うが、これも遺伝子を増幅するという点では定量性の問題がある。

これに対しこれまで何度も紹介した(https://aasj.jp/news/watch/6731)、(https://aasj.jp/news/watch/12887)、特異的なガイドRNAを認識すると、一本鎖RNAやDNAを配列に関係なく切断するCas12やCas13を用いたクリスパー検査法は将来性が高いと思う。事実、Gootenbergにより開発されたSHERLOCKはFDAに検査として認可され、現在では核酸抽出プロセスの必要ないバージョンSHINEが完成している。

この方法の利点は、ガイドRNAさえうまく設計すれば、あとはCas13DNA切断酵素の量がそのままガイド/ウイルスRNAの量を反映できるので、定量性が高い点だ。残念ながら、SHERLOCKにはウイルスRNAをリニアに増幅するプロセスが入っているが、今後同じウイルス配列から設計されるガイドの数を増やせば感度も上げることが可能になる。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、全く増幅なしに複数のガイドRNAを組み合わせることで、定量的にCov2コピー数を検出する検査方法の開発で11月25日Cellにプレプルーフ版が出版された。タイトルは「Amplification-free detection of SARS-CoV-2 with CRISPR-Cas13a and mobile phone microscopy (CRISPR-Cas13aとスマフォ顕微鏡を利用した増幅の必要のないSARS-CoV-2検査)」だ。

いかに将来重要だと言っても、この論文がCellに掲載されるというのは、著者にDoudnaさんが入っているのと、非常時だからかと思ってしまう研究で、特に目新しさはなく、一言で言うと各コンポーネントを至適化し、実際の患者さんのウイルス量を定量できるようにしたという結果だ。

原理としては、ガイドに結合するウイルスRNAの存在で活性化されるCas13aを、結合しているRNAが切断されると蛍光分子が発色する構造を持った基質で検出する。このとき、感度が上げるガイドの選択、ガイドの数、そしてoff targetの活性で偽陽性の防止法など検討し、現状のPCRを凌駕する感度を持ち、30分で判断できる検査に仕上げている。

これら反応液は素人でも使える形にできるので、最後に蛍光量を分光計を用いて測定する代わりに、スマフォに装着したスマフォ顕微鏡を用いて、測定が可能にして、将来は家庭でも診断が可能になると結論している。すなわち、PCR検査の問題、機器、時間、定量性、そして人手を一気に解決できるという話だ。

ただ、私がこの技術に注目するのは、これらの利点以上に、CRISPR-Cas12/13システムは、

  1. 配列さえわかれば同じプラットフォームですぐに検査キットを作成で、新しいパンデミックに備えられる、
  2. そして、一種類だけでなく、ガイドさえ増やせば、何十種類、何百種類のウイルスの存在をまとめて検査できる、

可能性を持っているからだ。

我が国でもすでに多くの投資がPCRに費やされたが、この投資に縛られると将来を失う。PCRは現在必要な投資として割り切って、将来のパンデミックや疫学に備える技術を我が国も今から準備することが重要だと思う。

今日はCRISPRを取り上げたが、他にもグラフェンを用いたバイオセンサーも開発されている(Alafeef et al, ACS NANO, https://dx.doi.org/10.1021/acsnano.0c06392)ので、CRISPRにこだわることもない。

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12月8日 サルがチキンレースゲームをしたら(11月23日号 Nature Neuroscience 掲載論文)

2020年12月8日
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集団で狩をする動物は多いが、一見協力しているように見えても、基本は自己の欲望をドライブに、あとは周りの状況を見ながら個々にアタックを繰り返すことで相手を倒す。ただ、その後の獲物の分配については、力関係に基づくルールがある(狼の例:MacNulty DR, Tallian A, Stahler DR, Smith DW (2014) Influence of Group Size on the Success of Wolves Hunting Bison.
PLOS ONE 9(11): e112884. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0112884)。 面白いことに、このパターンは知能の発達したチンパンジーでも同じで、声を掛け合いながら獲物を追い詰めるように見えても、基本は自分の欲望に基づく自発的行動が集まっただけで、人間の狩のような役割分担が分化していないと考えられているようだ(例:Boesch and Bosche, Hunting behavior of wild chimpanzees in the Tai’ National Park, American Journal of Physical Anthropology 78:547, 1989)。

このようなサルの行動の脳機能を調べたのが、今日紹介するペンシルバニア大学からの論文で、行動の課題は結構複雑だが、生理学的には昔ながらのタングステンニードルを用いて目的の領域の神経を一個づつ記録する古典的手法を用いた研究だ。タイトルは「Neuronal correlates of strategic cooperation in monkeys(サルでの戦略的協力に対応する神経活動)」で、11月23日号のNature Neuroscienceに掲載された。

最近頭の動きが鈍ってきたせいか、脳研究で用いられる課題を理解するのに時間がかかるようになった。絵入りで説明されていても、なかなか飲み込めない。よくよく読んでみると、この研究で使われたのは、いわゆるチキンレースゲームと言える課題で、自分の車を走らせてゴールを目指すときに、相手が反対側のゴールを目指して疾走してくると、そのまま勇気を奮って突っ走るか、それとも避けるか、を決断する必要がある。もちろん実際の車ではなく、向かい合ったサルの間にモニターを置き、そこに現れるサークルをそれぞれの車と見立て、向こうにあるご褒美までそのサークルを動かして囲い込む。ただ、このサークルをコントロールするジョイスティックは前か左右にしか動かせないため、そのまま前に進むと相手とクラッシュする。このとき、クラッシュを恐れずそのまま褒美にありつくと、ジュースがたくさん飲める。ただ、クラッシュすると全くジュースは飲めない。いっぽう、衝突を避ける決断をした方は、相手と比べると量は少ないが少しジュースがもらえる。ただ普通のチキンレースと違い、両方が同じ方向に避けた場合は、両方に褒美のジュースが十分もらえるが、これは相手と行動が完全に一致する必要がある。

このようなチキンレースゲームを行わせながら、サルの視線を追いかけると、突っ走る、避ける、協力する判断の時に、相手の顔、行動、ゴール、サークルなど、どこから情報を集めて判断しているかがわかる。詳細を省いて結果を述べると、サルも最終的にどうすれば一番得するかを理解でき、そのために協力関係を結んで、同じ方向に車をむけて衝突を避けるようになる。そして、視線解析から、何か一つの要員で決めるのではなく、500msという短い間に様々な情報を集め総合していることがわかる。このパターンは、野外で観察される狩での協力関係のパターンに似ていると思う。

このとき、共感や情動に関わる前帯状皮質(ACC)および、相手をみて社会的関係の判断に必要な上側頭溝(STS)の神経細胞をそれぞれ500個前後記録して、視線や行動との相関を調べ、判断の神経プログラムを探っている。

結論としては、期待通り社会的判断に際し相手の顔を見ているときにSTSの神経細胞が興奮する割合が多いが、しかしACCにも同じときに反応する神経細胞があり、それぞれ協力関係を成立させ他ときに反応することなど、相手の行動判断(例えばselfish, cooperative)ごとに異なる神経が興奮する。そして、例えば協力すると判断した時興奮した神経細胞は、その結果ジュースにありついたときにも強く興奮する。要するに、判断に関わるそれぞれの情報に対応して興奮する神経が存在し、それが組み合わさって(例えば協力するときは顔に反応する神経)一つの戦略を決めているという結論だ。

結構大変な実験だが、わかりやすい結論に絞れたわけではなく、意地悪く言ってしまうと複雑な行動の神経支配は複雑だと言っておしまいになっている感がある。とはいえ、この課題で見る限り、サルの判断は生きたサルが相手でも、人形や、モニター上のサルが相手でも変わらないという結果は興味深い。すなわち、現実とバーチャルが区別できていない。 神経科学的には何も結論できなかったが、行動科学的には興味深い研究だった。

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12月7日 動脈硬化に対する自己治癒機構がある?(12月2日号 Nature オンライン掲載論文)

2020年12月7日
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動脈硬化を炎症の観点で見直すことの重要性は、ハーバード大学のPeter Libbyらにより指摘されたように思うが、その後外因ではなく、内因性の炎症が糖尿病や肥満を始め、アルツハイマー病まで多くの慢性疾患の病理を決める重要な要因になっていることは広く認められるようになった。この背景には、炎症が全ての細胞で、根本的には同じメカニズムで誘導できることがわかってきたからだと思う。

当然内因性炎症は自然免疫と重なることから、動脈硬化症で免疫機能が高まっている可能性はある。今日紹介するスペインの心臓血管研究所からの論文は、動脈硬化で血管内にプラークができることで、自己抗体が誘導されるのではないかと構想して行われたのではないかと思える研究で12月2日Natureにオンライン出版された。タイトルは「ALDH4A1 is an atherosclerosis auto-antigen targeted by protective antibodies (ALDH4A1は動脈硬化症の自己抗原で抗体による治療標的になる)」だ。

先に述べたように、この研究では動脈硬化が進行すると内因性炎症により自己抗体が誘導されるのではないかという単純な構想に基づいて始められている。この可能性を調べるために、高脂肪食を与えたLDL受容体欠損マウス(動脈硬化マウス)のリンパ節を見てみると、胚中心形成が高まり、記憶B細胞や、T 細胞、プラズマ細胞が上昇しており、特異的免疫反応が進行しているとを発見する。

次に、胚中心に存在するB細胞の抗原特異性を調べる目的で、発現している抗体遺伝子を1700個のB細胞について調べると、クラススイッチという点では動脈硬化マウスでIgG2aへのスイッチが強く誘導されている以外は、特定の抗原に対して抗体ができていることを示唆する抗体遺伝子の偏りの証拠は出なかった。しかし、抗体遺伝子の突然変異の蓄積で見ると、動脈硬化マウスで明らかに蓄積が高まっているので、特定の抗原ではなく、動脈硬化巣で発現する様々な抗原に対して免疫が進行していることが示唆された。

そこで動脈硬化が進展しているマウスで繰り返し出現するクラスター抗体を56種類再構成し、動脈硬化巣を抗体染色すると、なんと32%の(正常マウスでは8%)の抗体が動脈硬化組織を染色することがわかり、動脈硬化巣由来の抗原が免疫誘導に関わることが示された。

最初の話はここまでで、動脈硬化組織に外来抗原が存在しないなら、動脈硬化は一種の自己抗体を誘導することが示された。このことをさらに明確に示すために、これらの抗体の中から動脈硬化組織に高い反応性を示すA12と名付けた抗体を選び出し、反応する抗原を探索して、ミトコンドリアでタンパク質の分解に関わるaldehyde dehydrogenase 4 A1(ALDH4A1)がその抗原であることを特定している。実際、正常マウスでもALDH4A1で免疫すると抗体を誘導することができることから、動脈硬化による炎症の結果細胞死が誘導され、遊離された抗原に対して自己抗体ができると結論している。事実動脈硬化患者さんでは血中ALDH4A1が上昇している。

これだけでも面白いと思うが、最後にこの自己抗体を動脈硬化マウスに12週間投与する実験を行い、血中ALDH4A1の上昇を抑えるだけでなく、コレステロールやLDLのレベルを低下させ、肝臓での脂肪代謝を改善し、その結果としてプラーク形成を抑えることを示している。

以上、動脈硬化が自己免疫を誘導するのではと探索を始めて、それを証明しただけでなく、動脈硬化の新しい治療標的を発見したという盛り沢山の論文になっている。しかし、もしALDH4A1に対する抗体産生が動脈硬化で高頻度に見られるとすると、自己抗体が動脈硬化の進行を抑えてくれていることになるはずだ。本当ならさらに面白い発見なので、是非人間でALDH4A1反応性B細胞を追跡してほしい。

カテゴリ:論文ウォッチ

12月6日 山中ファクターと細胞老化(12月2日 Nature オンライン掲載論文)

2020年12月6日
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山中4ファクターを導入して体細胞からiPSを作成する効率は、確かに老化細胞では低下することが知られているが、それでも一定の確率で誘導は可能だ。すなわち、老化により蓄積するエピジェネティックな変化を元に戻すことができたことになる。実際、老化のほとんどの変化はエピジェネティックな変化ととらえ、iPS技術をエピジェネティックなリプログラミング技術と捉えると、iPSを用いて細胞を若返らせられないか調べるのは当然の方向と言える。しかし生体内で山中ファクターを発現させ、若返りを誘導しようとすると、Myc遺伝子を抜いたとしても腫瘍性の増殖が誘導されることがわかり、若返りどころではなかった。

今日紹介するハーバード大学からの論文はアデノウイルスベクターと、テトラサイクリンによる遺伝子発現コントロールシステムを使って、視神経に焦点を絞って山中ファクターと実際の若返りとの関係を調べた研究で12月2日Nature にオンライン出版された。タイトルは「Reprogramming to recover youthful epigenetic information and restore vision(若いエピジェネティック情報をリプログラミングで回復することで視力も回復する)」だ。

この実験系では山中4因子のうちから主要誘導性の高いMycを除いたOct4, Sox2, Klf4の3因子をセットで発現できるようにしたベクターを用いて、視神経に遺伝子を導入し、テトラサイクリンを飲ませて遺伝子発現を調節して、3因子の効果を調べている。

テクノロジーの詳細は全て省いて結論だけをまとめると、

  1. 3因子を発現させると、視神経を障害したときの、再生能が高まる。
  2. 視神経が障害されると、メチル化パターンが大きく変化するが、3因子を発現させるとこの再生能の上昇と並行して、DNAのメチル化が元に戻る。
  3. この再生能の上昇は、Tet1、Tet2など脱メチル化酵素をノックアウトすると起こらないので、DNAメチル化を含むリプログラム依存的と考えられる。
  4. 物理的障害ではなく、ミクロ粒子を投与して眼圧を上昇させる緑内障モデルでも、同じように再生能を高め、実際、視力も回復させられる。
  5. 以上の実験で、障害を受けた視神経のメチル化パターンは老化神経のパターンに類似していることから、リプログラミングは老化マウスの神経機能改善にも役立つと考え、老化マウス視神経に3因子を4週間続けて発現させると、一種の動態視力検査が上昇する。そして、これらの改善に、DNAメチル化の変化が並行している。

になる。

要するに、山中ファクターによるリプログラミングもうまく利用すると、細胞の再生能だけでなく、エピジェネティックな変化により失われた機能改善に役立つことを示した論文で、特に見たり聞いたりする感覚機能の改善法の一つになるのではと期待する。

研究としては、転写レベルの詳しい結果がない点や、ヒストンコードについての検討がされていないことなど問題はあるが、視力の若返りの方向性として研究が進むような予感がする。

カテゴリ:論文ウォッチ
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