8月28日 膵臓癌の多発家系のリスク遺伝子(Nature Genetics オンライン掲載論文)
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8月28日 膵臓癌の多発家系のリスク遺伝子(Nature Genetics オンライン掲載論文)

2019年8月28日
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近親者に多くのガン患者さんが発生しているという家系があることは確かで、膵臓癌でもこれまでBRCA2やp16の変異を持つ家系が発見されている。ただ、この2種類だけでは到底全ての多発家系を説明できず、このためには家系のメンバーを集め、丹念な遺伝子検査を積み重ねることが重要になる。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、このような家系調査から膵臓癌のドライバーになる新しい遺伝子を発見し、その機能を解明したという研究でNature Geneticsオンライン版に掲載されている。タイトルは「Mutations in RABL3 alter KRAS prenylation and are associated with hereditary pancreatic cancer(RABL3遺伝子の変異はKRASのプレニル化を促進することで遺伝的膵臓癌の原因になる)」だ。

この研究で注目された家系では、4世代46人のなかに、5人の膵臓癌、4人のメラノーマ、2人の乳がんの他、脳、肝臓、胃、大腸などのがんが1人づつ発生している凄まじい家系で、この家系の全ゲノム配列の情報から、がんとの相関性が高いとしてRABL遺伝子が36番目のアミノ酸で途切れてしまう突然変異を唯一のリスク遺伝子として特定するのに成功している。

あとはこの変異RABL3(mRABL3)がどうしてガンのリスクになるのかをオーソドックスな方法で調べている。まず、ゼブラフィッシュにこのmRABL3変異を片方の染色体に導入する実験を行い、p53欠損と組み合わせると末梢神経鞘の腫瘍が起こることを確認し、確かにmRABL3がリスクガンの原因遺伝子になることを明らかにする。

次に、発がん前のゼブラフィッシュの遺伝子発現とパスウェイ解析をもとにRABL3が関わる分子経路を探索すると、膵臓ガンドライバー遺伝子の本家本元KEASがリストされてきた。そこで実際の分子経路を生化学的に調べると、KRASのプレニル化にかかわるRAP1GDS1が特定され、mRABL3がKRASのプレニル化を促進することを特定する。すなわち、mRABL3によりKRASのプレニル化が少しだけ上昇することで、KRASの細胞膜への移行が高まり、KRAS活性が上昇することがガンリスクになっていることが示唆される。実際、プレニル化を抑制すると、mRABL3の効果は抑えられる。

この家族の膵臓癌多発についての説明はこれで十分だが、この研究ではこの変異がホモになったとき、RASopathyとよばれる、発生過程でRASが活性化される変異と同じような奇形が生じること、さらにガンデータベースのエクソーム解析の中に、新しいタイプの変異がリストされており、細胞株やゼブラフィッシュを用いた系でこれがガン化に関わることを確認している。

ガンのドライバーになる新しい遺伝子が発見されたという話だが、ゲノム解析が可能になった今こそ、家系解析の重要性を示す研究だった。

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8月27日 CDK4阻害剤の比較(8月15日号 Cell Chemical Biology 掲載論文)

2019年8月27日
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現在PD-1に対する抗体には本庶先生のオブジーボだけでなく、メルクのキイトルーダが存在するが、ノバルティス、サノフィが開発した抗体も我が国で認可されるのではないだろうか。おそらく抗体薬の場合、作用する分子の特性に差があるとは思えないが、医者として働いている場合、同じ作用機序の薬剤からどれをを選べばいいのだろうか迷うと思う。抗体でもクラスが違ったりするので、できる限り効能の違いと選択基準を示してあげないと、医師は混乱してしまうのではと懸念する。

同じ分子を標的にする抗体薬ならまだしも、さらに化学化合物で分子の機能を抑制する薬剤の場合、標榜している標的分子は同じでも、化合物自体の特性は最初から各社で異なっており、しっかりとしたガイドラインがないと、結局MRさんのいうことだけを信じて薬剤を選ぶことになる。この問題の重要性をFDAが認可したCDK4/6阻害剤で調べたのがハーバード大学からの論文で8月15日号のCell Chemical Biologyに掲載された。タイトルは「Multiomics Profiling Establishes the Polypharmacology of FDA-Approved CDK4/6 Inhibitors and the Potential for Differential Clinical Activity (複数のオミックスを組み合わせた薬剤のプロファイリングによりFDAが認可したCDK4/6阻害剤の多重薬理学が確立され臨床応用での異なる可能性が明らかになる)」だ。

分子標的薬を各社揃って開発する時代、極めて重要な研究だと思う。この研究は最近転移性の乳がんに使われ始めているFDA認可の3種類のCDK4/6阻害剤を、様々な観点から比べている。

結論をまとめると、

  • abemaciclib, palbociclib, ribociclibの3種類は共にCDK4/6阻害剤として認可されているが、それぞれの効果は大きく異なっている。
  • 3社の中ではPalbociclibとRibociclibは比較的作用が似ているが、abemaciclibは様々なテストで見て、前2者とは作用が大きく異なっている。
  • すなわち、前2者は比較的CDK4/6特異的だが、abemaciclibは様々なキナーゼを阻害する活性があり、一般に使われる濃度でcyclinBとCDK1の反応を阻害し、G1期だけでなく、G2期にも作用がある。
  • CDK4/6特異性の高い2種類の薬剤は薬剤耐性が発生しやすいが、abemaciclibは増殖抑制だけでなく、細胞死も誘導するので耐性がでにくく、また特異性の高い薬剤に耐性を持ったガンにも効果がある。

などだ。他にも徹底的に調べてあるが、簡単にいうとpalbociclibとribociclibはDGK4/6にかなり特異的だが、特異性が高い結果増殖を抑制できても、ガンは死なないため、様々なメカニズムで薬剤抵抗性が出やすい。一方、abemaciclibは特異性が低く、ある意味で副作用が強いと予想できるが、様々な分子に効果があるため、総合作用で細胞増殖阻害だけでなく、細胞死を誘導することが可能な薬剤といえる。

残念ながら、専門ではない医師の立場から言えば、どれを選ぶのか余計迷うことになりそうだ。従って、ガンの個性に合わせたガイドラインをできるだけ早く作成してもらうこと、また作用機序が異なるとしてその違いを浮き上がらせたガイドラインを作ってもらうことが重要だと思う。各社が競争して販売している場合、最も難しい課題だが、このような点を仕分けて国民や現場の医師に明確な指示を行うのが厚労省の役目ではないだろうか。

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8月26日 海馬のリップル(高周期波)は人間の視覚記憶の呼び起こしに関わる(8月16日 Science 掲載論文)

2019年8月26日
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最近80ヘルツ以上の周波数を持つリップル波(Sharp-wave ripples: SWR)が、海馬での記憶の固定化に重要な働きをすることが動物実験から明らかになりつつあるが、人間でどうなのかについては、一般的な脳波解析は精度が悪く細かい研究は難しくなっている。

今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、人間の脳内に留置電極をおいて、海馬でのリップル波と視覚認識について調べた研究で8月16日号のScienceに掲載された。タイトルは「Hippocampal sharp-wave ripples linked to visual episodic recollection in humans (海馬の早いリップル波は視覚のエピソード記憶の思い起こしと連結している。)」だ。

この研究では脳内の海馬と皮質の両方にクラスター電極を埋め込んで、てんかんの発生場所を特定しようとしている患者さんにお願いして、14種類の馴染みのある景色や人物(例えばエッフェル塔やオバマ前大統領)の写真をを2分間見てもらった後、何を見たのか自由に思い出して、小さくつぶやいてもらうという課題を行なってもらう。その間、海馬と皮質での神経活動を記録し、記憶する過程や思い出す過程で発生するリップル波と思い出した写真との関係を調べている。

このような実験は、コンピュータによる脳波分析によって、周波数の異なる脳は成分を別々に抽出することが可能になってできるようになった。逆にいうと、実験は大変だが、記録してしまうとあとはコンピュータによる分析が中心になる。結果をまとめると以下のようになる。

  • ようするに記憶テストを行っているわけだが、リップル波は写真を見て覚える時と、思い出す時の両方で記録される。
  • 写真を見たときリップル波が強く現れた写真ほど思い出す確率が高い。
  • 強くリップル波が発生したトップ10の写真について、海馬でのリップル波が発生した時期と相関してリップル波を発生する皮質領域を探索すると、高次視覚機能に関わる様々な領域(例えば顔特異的領域、場所特異的領域など)が同時に興奮することがわかる。
  • 見て覚えるときに海馬と同調して興奮した皮質領域が思い出すときにも海馬のリップル波に導かれてリップル波を発生させる。
  • また、興奮する場所から何を思い出したのかを推察することもできる。

以上の結果は、私たちが見たものを覚えるとき、海馬にリップル波を発生させることで、視覚により起こる脳内の興奮を組織化しており、同じリップル波が思い出す時の最初の引き金にもなることを示している。

動物や脳波の研究で理解されていたことだが、何を思い出しているかを推察可能なところまで記録が進んでいるのをみると驚く。

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8月25日 抗赤血球モノクローナル抗体Ter119投与で自己免疫性炎症が治療できる(8月21日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2019年8月25日
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今日選んだカナダ血液センターからの論文は、かなり個人的感慨によるもので、論文としてはそれほどではないことを断っておく。

ドイツ留学前後から、基礎研究を目指して当時胸部疾患研究所の細菌血清学部門の桂先生の研究室で研究を始めた。自由に研究ができる雰囲気で、この時からリンパ球の発生を研究することができた。当時桂研ではモノクローナル抗体の作成を重要な手段としていたが、その中で助手の喜納さんが樹立したモノクローナル抗体がTer119で、現在も世界中でマウスの赤血球分化決定マーカーとして広く使われている。

このTer119を注射するだけで自己免疫性の炎症を抑制できるというのが今日紹介する論文で、8月21日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Treating murine inflammatory diseases with an anti-erythrocyte antibody (マウスの炎症性疾患を抗赤血球抗体で治療する)」だ。

私は全く知らなかったが、突発性の血小板減少症に赤血球のD抗原に対する抗体を投与する治療法があるそうだ。他にも、大量の免疫グロブリンを投与してFcをブロックすることも行われている。この研究では、このモデルとして、喜納さんが作ったTer119を試してみたようだ。

赤血球の前駆細胞から全ての持つglycophorinA随伴タンパク質を認識しているので、この抗体を注射すると当然赤血球に結合して貧血が起こる。実際、抗体投与後3日目には赤血球が半分になる。従って、実際の治療に用いるとした時問題になることは間違いない。しかし、この副作用とともに、マウスの自己免疫性血小板減少の血小板をほぼ3倍近くに回復させられる。

これだけではなく、T細胞受容体を操作した自己免疫性リュウマチモデル、コラーゲンに対する抗体を用いたリュウマチモデルなどいくつかの自己免疫性炎症モデルを、急性効果ではあるが見事に改善する。

ここまでがこの研究のハイライトで、副作用はあるかもしれないが、一回投与でなんとか症状を改善させるときに免疫抑制剤と併用することができるという点では大事なモデルといえる。

しかし、そのメカニズムについて探索しているが、Fc受容体を介しているらしいこと(Ter119のFc部分の糖鎖が必須)、輸血による致死的なTRALIにも効果があることから、抗体が関与する自己免疫性炎症に効果があること、ケモカインの分泌を高めて炎症細胞の浸潤を低下させること、など現象論に終始し、最終的になぜ効果があるかについて決定的な結果は示されていなかった。

その意味ではフラストレーションの残る研究だが、ドイツから帰ってきた頃を懐かしく思い出すことができ論文だった。折しも、昨日難病連関西支部の集会に呼ばれたとき、一緒に桂研の最後の頃のスタッフ河本さんと一緒に話をした。桂研の話で盛り上がったが、この出会いを覚えておく意味で、この論文を紹介することにした。皆さんごめんなさい。

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自閉症の科学24 バーチャルリアリティーを用いて恐怖症を取り除く

2019年8月25日
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自閉症スペクトラム(ASD)の主症状は、社会的なコミュニケーションの困難と反復行動だが、これとともに半分の人たちで様々な対象に対する恐怖症がある。例えば、特定の場所を極端に嫌がったり、髭を生やした人だけを恐れたり、特定の動物を恐れたり、一種の脳のアレルギーとも言える反応だ。そこで、アレルギーで抗原に慣れさせて反応を抑える脱感作治療のように、恐怖の対象を思い出させて脱感作するCognitive Behaviour Treatment(CBT)治療法が試みられているが、想像することが苦手な子供はCBTによる治療は難しい。

この問題を解決するため、ニューカッスル大学のグループは、恐怖症の対象を映像で経験させて恐怖症を取り除く大掛かりなシステムを開発し、その効果を無作為化試験で確かめJournal of Autism and Developmental Disordersにオンライン出版した(Maskey et al, A Randomised Controlled Feasibility Trial of Immersive Virtual Reality Treatment with Cognitive Behaviour Therapy for Specific Phobias in Young People with Autism Spectrum Disorder(ASDの若者の特定の恐怖症を取り除く没入型バーチャルリアリティーを組み合わせたCBT治療の可能性を確かめる不作為化対照試験) Journal of Autism and Developmental Disorders in press, https://doi.org/10.1007/s10803-018-3861-x, 2019)。

タイトルからわかるように、この研究はBlue Room VREと名付けられ、医療用機器として特許化された360度全面に映像が映り音楽が流れる部屋と、その部屋で映写する治療用ソフトがセットになったシステムの治験研究だ。この部屋で実際に行われる治療の様子は英語ではあるがYouTubeに掲載されている。(https://www.youtube.com/watch?v=9U-rRC8jc28

この研究では、8-14歳のASDの児童32人をリクルートし、ASDであることを確認した上で、まず各人の恐怖症の対象を特定している。

実に様々な対象が恐怖症の対象になっており、ハチ、広い場所、エレベーター、犬、暗い場所、昆虫、見つめられること、天気の変化、風船、コウモリ、トイレ、車に乗ること、自動オモチャなど、驚くことにバナナまで恐怖症の対象になっている。

この研究ではそれぞれの対象に応じたビデオプログラムを作成し、Blue Roomで投射して治療に用いており、究極のテイラーメイド治療になる。例えば広場に恐怖を感じる子供には、そこに鳩が飛んでくるような設定で安心させるプログラムなど、どのようなコンテンツを作成するかが治療のカギになるように感じる。

治療では、CBTの訓練を受けたセラピストと一緒に部屋に入りゆったりと腰掛ける。最初は海の中をイルカが泳ぐといったリラックスする映像が映って、部屋の中でセラピストと会話することに慣れるセッションの後、各児童の恐怖症に合わせたプログラムを投射する。セラピストはこの画面を見ながら、CBTで行うのと同じように会話しながら恐怖症の対象に慣れさせる。

CBTだけとは異なり、実際の映像を見ながら反応を確かめながら慣れていくので、場面を想像する必要はない。セラピストも反応をみながら、画面をコントロールし、恐怖を取り除いていく。この様子を親は医師とともに室外のモニターで観察し、いつでも止めるよう指令することができる。このセッションを2回繰り返して治療は終わる。

効果の判断は、この治療とは無関係の医師が、治療を受けたかどうかも知らされずに行っている。論文で示されている診断スコアがどの程度の症状変化を意味するのか専門家でないのでわからないが、6ヶ月後に調べると40%近い子供に改善が認められた。一方、コントロールでは全く改善がない。また、治療を受けた後症状が悪化したケースは16例中1例だけでだが、コントロール群ではなんと15例中5名にも達する。これに基づき全般的にかなり高い効果があると結論している。

結果は以上で、12ヶ月目でも効果の見られた人の割合は変わっていないので、今後セッションを増やしたり、映写する映像を変化させたりすることでさらに大きな効果が期待できるような気がする。

ASD治療の第一歩は、普通の人にはない様々な恐怖症を取り除くことであることを考えると、他にも応用範囲は広いのではと期待する。しかし、誰もが考えそうなことを、しっかりと治療機器としてまとめてくる努力に感心した。

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8月24日: シュワン細胞は皮膚のメカノセンサーとして働いている(8月16日号 Science 掲載論文)

2019年8月24日
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先月皮膚の感覚神経が、痛みや温度を感じるだけでなく、刺激されるとCGRPαを分泌して炎症を誘導するという論文を紹介した(http://aasj.jp/date/2019/07/27) 先月皮膚の感覚神経が、痛みや温度を感じるだけでなく、刺激されるとCGRPαを分泌して炎症を誘導するという論文を紹介した。光遺伝学によりこれまで照明が難しかったことが明らかになる例の一つだ。ただ、この時感覚神経は、裸で皮内に端末を投射していると考えていた。

ところが一月も経たないうちに皮膚感覚にかかわる神経にシュワン細胞がぴったりと接着して走り、特に触覚のセンサーとして働いていることを示す論文がスウェーデンのカロリンスカ研究所から8月16日号のScienceに発表された。タイトル「Specialized cutaneous Schwann cells initiate pain sensation (特殊な皮膚シュワン細胞が痛みの感覚の起点になる)」だ。

おそらくこの研究は皮膚のグリア細胞の分布を調べるために始めたと思うが、グリア細胞特異的に蛍光タンパク質が発現するようにしたマウスを調べると、なんと真皮と上皮の間にシュワン細胞が存在して、そこから神経を囲むようにして真皮に伸びていることを発見する。ミエリン鞘こそ形成しないが、まさに感覚神経とセットになっている。

もちろんグリア細胞は神経に栄養を与えたり様々なサポートを提供する細胞だが、この研究ではひょっとしたら感覚にも関わっているのではないかと、チャンネルロドプシンをシュワン細胞特異的に発現させ、光を当てた時の行動や神経の興奮を調べると、シュワン細胞の興奮が感覚として神経に伝わることを発見する。

さらに、光をあてると神経興奮を抑制する逆方向のチャンネルを導入して、どの刺激に対する感覚が抑制されるか実験を行い、熱や寒さには関係ないが、抑えた時のメカノセンサーに関わることを確認する。

最後に直接興奮を記録する方法で、機械刺激に対するシュワン細胞の反応特性を調べると、押す、引くなどポジティブ、ネガティブな刺激に極めて迅速に反応するが、すぐにアダプテーションして持続刺激には反応しなくなることを示している。

皮膚の感覚は極めて繊細で、その異常は持続すると不快感につながるが、このような精密な分業体制があるとすると、今後の薬剤開発も神経だけではなく、シュワン細胞も含めて考える必要があるだろう。高齢者としてすぐ考えるのは、老化した皮膚ではどうかという問題で、ぜひ人間で詳しい研究を進めてほしいと思う。

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8月23日 統合失調症に見られる皮質遺伝子発現概日リズムの変化( Nature Communication:10, 3355 掲載論文 )

2019年8月23日
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私たちの体内で発現している多くの遺伝子が日内変動しており、これによって体の様々な調子が調整されていることが知られており、研究も進んでいる。したがって、様々な組織の遺伝子発現についての研究も、対象となる遺伝子が概日リズムを刻んでいるかどうか、その場合は時間を決めて調べる必要がある。

このような事情で、概日リズムの研究は全て生きている時に行う必要があると思っていた。ところが今日紹介するピッツバーグ大学からの論文は、亡くなった統合失調症の患者さんの脳を用いて遺伝子発現の概日リズムを調べた研究でNature Communicationsに掲載された。タイトルは「Diurnal rhythms in gene expression in the prefrontal cortex in schizophrenia (統合失調症患者さんの前頭前皮質遺伝子発現の概日リズム)」だ。

この研究では病理解剖時に前頭前皮質を採取し、通常通りmRNAの配列を調べただけの研究だが、これに患者さんの死亡時間を調べて、組織が採取された時間を変数として加える一手間かけることで、多くの患者さんをプロットすると自然に遺伝子発現の概日リズムがわかると着想した。

概日リズムがこの方法でわかるか調べるために、おなじ実験をまず精神疾患以外の解剖例で行い、死亡時間を加えて遺伝子発現をプロットすると、期待通りこれまで知られていたのと同じ概日リズムを刻む遺伝子のリスト、そのリズムを抽出することができる。

この基礎データの上に、次に統合失調症の患者さんの解剖例で同じ実験を行うと、コントロールのサンプルで見られた概日リズムがほとんど消え、逆にコントロールでは概日リズムが見られなかった遺伝子が概日リズムを刻むことを発見した。実際にはコントロールで概日リズムを刻んでいた遺伝子のうち424種類の概日リズムが消失し、逆に560の遺伝子が概日リズムをスタートさせている。

面白いことに、新しくリズムを刻む遺伝子の多くはミトコンドリアに関係する遺伝子で、逆にリズムが失われる遺伝子の多くは免疫機能に関係する遺伝子だった。

最後に、これまで統合失調症に特異的としてリストされていた遺伝子を調べると、実際には新しく概日リズムが始まった結果リストされた遺伝子が多いことを明らかにしている。

結果は以上で、人間の解剖サンプルによる遺伝子発現を調べる時に、常に死亡時間を頭に入れて考えることの重要性を示した面白い研究だと思う。しかし、本当にこの方法で正確な遺伝子発現の概日リズムが測定できるのか、また統合失調症でこれほど大きな変化が起こっているのかについては、追試が必要だと思う。

またなぜこんなことが起こるのかも面白い。概日リズムが消える遺伝子の多くが免疫関係だということは、逆に統合失調症ではこれを上回る免疫反応が起こっているのかもしれない。薬の影響も知る必要がある。いずれにせよ、重要な指摘が行われたと思っている。

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8月22日 頭が固くなるメカニズム(8月22日号 Nature 掲載論文)

2019年8月22日
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年をとると頭が固くなるとよく言われるが、機能を支える脳組織までが固くなっているとは、今日紹介するケンブリッジ大学幹細胞研究所からの論文を読むまで想像だにしなかった。タイトルは「Niche stiffness underlies the ageing of central nervous system progenitor cells (ニッチが固くなることが神経前駆細胞の老化の背景にある)」だ。

もともと著者らはOPCと呼ばれる脳に存在する多能性の幹細胞の老化について研究していた様だ。新生児と老化マウスから採取したOPCを通常の条件で培養すると、たしかに老化OPCの増殖は遅い。ただ、この性質が老化した脳という環境によって誘導された結果なのか、OPC自体の老化なのかを調べるために、老化OPCを新生児の脳に移植すると、若返って増殖能を回復することを発見する。すなわち、脳の環境が違っている。

このニッチによるOPCの老化の分子メカニズムを探るべく、老化脳と新生児脳の組織から全て細胞を取り除き、マトリックスだけにしてOPCを培養すると、ニッチは細胞ではなく、マトリックスにより形成されていること、そして実際にはマトリックスが硬いとOPCの老化が進むことを、コンドロイチナーゼでマトリックスを分解して柔らかくする実験で確かめる。すなわち、老化マトリックスも酵素処理で柔らかくすると、老化OPCが若返る。

そこで、ただOPCを培養する基質の硬さを変えるだけで同じことが起こるかどうか、硬さの違うハイドロゲルの上でOPCを培養すると、柔らかいハイドロゲルの上で培養した老化OPCが若返る一方、硬いハイドロゲルの上で培養した新生児OPCが老化することを発見する。

ここまでくると、細胞が硬さを認識するメカニズムが老化を決めていると想像できるので、メカノセンサー分子PIEZO1に焦点を絞って研究を行い、老化OPC ではPIEZO1の発現が高まっていることを確認し、さらにこのセンサーの発現を落とすと、老化した環境でもOPCの増殖が維持できることを明らかにする。

最後に老化マウスの脳内のPIEZO1をCRISPRシステムを利用して発現量を落とすと、増殖が高まり、さらにミエリンの再生能も高まることを明らかにし、老化によって固くなった頭を認識している機構がOPC上のPIEZOであることを明らかにする。

最後に、PIEZOの正常での機能を確かめる目的で、この分子を新生児期にノックダウンすると、OPCの数が5倍に増えることがわかり、この分子がOPCの脳内での数を決める分子であると確認している。

話はこれだけで、PIEZOが上昇するのが、頭が固くなった結果なのかがはっきりしない点は問題だが、文字通り頭が固いことについての研究だと思うと、面白い。

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8月21日 胆石のでき方(Immunity オンライン掲載論文)

2019年8月21日
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胆石はビリルビンとコレステロールが混ざり合って胆嚢のなかで結晶化することで起こる。胆嚢内に存在するだけでは問題ないのだが、胆汁の流れを止めると炎症を起こして痛みの発作をおこす。脂肪の摂取が増えて、コレステロールが析出しやすくなったために、引き金が引かれるのだろうと漠然と考えていたが、厳密にいうと、何が胆石の核になって結晶化の引き金を引くのかはよくわかっていなかった様だ。

今日紹介するドイツ のフリードリッヒ アレキサンダー大学からの論文は、胆石の結晶化の引き金になるのが白血球のDNAであることを示した研究でImmunityのオンライン版に掲載された。タイトルは「Neutrophil Extracellular Traps Initiate Gallstone Formation(好中球の細胞外分泌物が胆石形成を開始させる)」だ。

このグループは胆石形成の核になる物質を探す目的で、胆汁の中の小さな沈殿物を調べ、その中にDNAと好中球のエラスターゼが存在することを発見、また好中球の存在下に胆石を加えるとエラスターゼが吸着すること、そして好中球のDNAトラップがコレステロールとカルシウムの凝集を促進することを調べ、胆石形成の最初の過程に好中球が関わると結論した。

この発見がまさにこの研究のハイライトで、あとは好中球がどの様にコレステロールなどの胆石の成分を集めて胆石を形成するのかを順を追って調べている。詳細を省いて結論をまとめると次の様になる。

コレステロールが析出してできた結晶と好中球とが触れると、マクロピノサイトーシスと呼ばれる過程が誘導され、結晶が細胞内に取り込まれ、これにより活性酸素が誘導され、またリソゾームからカテプシンなどの酵素が細胞質に漏れて、クロマチンを破壊、粘着性のDNAが組織に発生し、これがコレステロールとカルシウムの凝集を誘導して胆石が形成されることを示している。そして、それぞれの過程を遺伝的、あるいは薬剤で阻害すると、この発生を抑制して、胆石を抑えることができる。

話はこれだけだが、マウスモデルでこの過程に関わるaruginin deaminaseを抑制すると、胆石形成を抑制できることも示しており、さらにすでにできている胆石の成長を遅らせることができることも示している。その意味で単純だが、根本治療が開発されることも期待できる面白い仕事だと思った。ただ、どうしてImmunityに掲載されるのか、それは謎だ。

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8月20日 アルツハイマー病の新しい治療標的(8月14日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2019年8月20日
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アルツハイマー病研究の基本は現在も、異常アミロイド(Aβ)とTauの制御だが、この上流、下流についての研究は多様性が増して、あらゆる可能性が試されるという新しいフェーズに入った感がある。

今日紹介するテキサス大学からの論文は、Aβとグレリン受容体との関係を追求した研究で8月14日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Disrupted hippocampal growth hormone secretagogue receptor 1a interaction with dopamine receptor D1 plays a role in Alzheimer′s disease (海馬でのsecretagogue受容体(GHSR1a)とドーパミンD1受容体(DRD1a)の相互作用の阻害がアルツハイマー病の発症に関わる)」だ。

タイトルにあるsecretagogue受容体は、国立循環器病センターの寒川さんらによって発見されたグレリンの受容体で、下垂体の成長ホルモンの分泌に関わるが、海馬ではドーパミン受容体と相互作用を起こして、シナプス活性を促進することが知られていた。この研究は、この GHSR1a と DRD1 の相互作用をAβが阻害して、アルツハイマー病の記憶障害が起こるのではと仮説をたて、これを検証している。

まず、アルツハイマー病(AD)モデルマウスを用い、ADでは海馬のGHSR1aの発現が上昇していること、そしてGHSR1aがAβと結合していることを発見する。そこでGHSR1aを培養細胞に発現させてAβとの結合を見ると、切断されたAβ42のみGHSR1aと結合できることを明らかにしている。

次に、同じ細胞を用いてAβによりGHSR1aとDRD1との相互作用が抑制されること、そしてADマウスでは時間とともに海馬での両者の結合が低下しており、この結果海馬のシナプス密度と機能が低下し、記憶障害が起こっている可能性を示している。

以上の結果は、AβによりGHSR1a/DRD1相互作用が拮抗的に抑制されていることを示しているので、これをそれぞれの受容体に対する刺激剤で高められるか、まず海馬のスライス培養で調べると、GHSR1a,DRD1それぞれの刺激剤では効果がみられないが、両方を同時に加えるとAβとGHSR1aの結合を抑制できることを確認する。

この結果を受けて、両方の刺激剤をアルツハイマーモデルマウスに投与すると、AβとGHSR1aの結合が低下、シナプスの密度が上昇し、記憶が正常化することを明らかにしている。この様に薬剤で機能的回復が誘導できるが、AβやTauの蓄積自体にはこの治療法はなんの効果もないことも示している。

以上、根本原因は除去できておらず、その結果としての神経変性については抑制できない可能性が大きいが、記憶の低下を防げるだけでも患者さんは助かる。相手が大きいと、一つでも対策が多い方がいいのは当然だ。

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