6月17日 パーキンソン病治療薬L-ドーパを分解してしまう腸内細菌(6月14日号Science掲載論文)
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6月17日 パーキンソン病治療薬L-ドーパを分解してしまう腸内細菌(6月14日号Science掲載論文)

2019年6月17日
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パーキンソン病の運動障害はドーパミンを分泌する神経細胞が変性により失われることで起こるが、これを治療するための最も重要な薬剤がL-dopaだ。ドーパミンではなく、L-dopaにするのは、ドーパミンが脳血管関門を通過できないためで、L-dopaが脳内に入った後AADC と呼ばれる酵素で脱炭酸化されてドーパミンになる。問題は、末梢にもAADCが存在するため脳に入る前にドーパミンになるL-dopaの方が6割近くあり、脳内には1−5%しか到達しない。また、末梢でドーパミンが上昇すると血管緊張性を変化させ、立ちくらみや、不整脈がおこる。

このようにもともと摂取量の調節が難しいL-dopaの効果をさらに複雑にする要因として最近腸内細菌叢が着目されるようになった。今日紹介するハーバード大学からの論文は腸内細菌によるL-dopaの代謝経路を明らかにした研究で6月14日号のScienceに掲載された。タイトルは「Discovery and inhibition of an interspecies gut bacterial pathway for Levodopa metabolism (腸内細菌の種間が協力するLevodopa代謝経路の発見と阻害)」だ。

研究ではまずデータベースからL-dopaの脱炭酸化能力のある細菌を検索し、E.Faecalisのチロシン代謝システムがL-dopaの脱炭酸化能力を持つ可能性を突き止める。そして、小腸に存在するE.Faecalisを培養して、この能力を確認している。

もし細菌叢により変換されたドーパミンがそのまま吸収されると先に述べた循環系の副作用の元になる。ただ、さらに脱水分解が進んでm-tyramineになれば問題はなくなるので、この経路を持つ細菌を腸内から分離することと次に試みている。

実際には、ドーパミンだけが電子受容体として働く培地で便を培養し、最終的にE lentaを分離し、この細菌がdopamin delydroxylaseを確かに持っており、ドーパミンをl-tyramineに変換できることを確認している。ただ、腸内に存在するこの種類の細菌のドーパミン脱水化の能力は極めて多様で、細菌の種類の検査だけではこの活性が予測できないことも明らかにしている。

次に人間の腸内でこれらの細菌が働いてL-dopaを分解しているかどうかを、便中の細菌叢の培養を用いて調べ、17例中12例の便でl-dopaがm―tyramineへ分解することを確認している。また、この活性がE.Faecalisの量と比例することも明らかにしている。またドーパミンからm-tyramineへの分解は、脱水化酵素の506番目のアミノ酸がアルギニンである系統のみが人間の腸内での分解と相関していることを示した。これにより、L-dopaを服用した時のドーパミン産生とその分解についてある程度予測可能であることが明らかになった。

最後に、L-dopaの脱炭酸化を阻害する薬剤をスクリーニングし、現在人間の脱炭酸化酵素を阻害する薬剤は細菌には効果がないこと、また新しく開発したAFMTでは腸内細菌叢特異的にL-dopaの脱炭酸化を抑えられることを示している。

以上の結果は、L-dopaが腸内細菌叢によりドーパミンになる経路を明らかにしただけでなく、患者さんたちが必要量のL-dopaを正確に摂取できるための腸内細菌叢の寄与度を確かめる臨床検査法開発、またこの活性を抑える薬剤開発までカバーした重要な貢献だとおもう。

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6月16日 母体から胎児への抗体の移行を決める要因(6月27日号Cell掲載論文)

2019年6月16日
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昨日は抗体の膣腔への移行に、B細胞が膣組織へと移動する必要があることを示す論文を紹介し、全身を循環する抗体が必ずしも全ての組織に同じように浸透できるわけではないことを知った。

今日紹介する論文は母体から胎児への抗体の移行を決める条件についての研究で、6月27日発行予定のCellに掲載されている。同時にハーバード大学及びデューク大学から2編の論文が掲載されており、母親の抗体が必ずしも平等に胎児に移行できるわけではなく、移行しやすい抗体と、そうでないものに別れることを示す研究だ。

この多様性の原因についての解明についてはハーバード大学からの論文が進んでいるが、胎児の感染症予防という臨床研究として見ると、デューク大学の方が苦労がにじみ出ているのでそちらを中心に紹介することにした。タイトルは「Fc Characteristics Mediate Selective Placental Transfer of IgG in HIV-Infected Women (Fc部分の特徴がHIVに感染した母親のIgGの胎盤通過の選択性を媒介する)」だ。ちなみにハーバード大の論文では「Fc Glycan-Mediated Regulation of Placental Antibody Transfer(Fc糖鎖が抗体の胎盤通過の調節に関わる)」と、より明確だ。

さてデュークの論文に移ろう。この研究では、米国とマラウィで行なわれているHIVに感染したエイズの妊娠女性のコホート研究を利用し、出産時に母親の血清と臍帯血中の血清を比較して、抗体の胎盤通過性に差があるのか、差があるとしたら何により差が生まれるのかを調べている。

まず様々な抗原に対する抗体を母親と胎児で比較し、母親により胎盤通過性が大きく変化していることを発見する。特に重要なのは、比較的病気がコントロールされ、状態のいい米国の母親と比べた時、マラウィの母親では抗原にかかわらず、抗体の胎児への移行率が低く、新生児の抵抗力を伝えることができていないことがわかる。

このように、エイズの程度と抗体の胎盤移行度が反比例することがわかったので、この差を決めている要因を探っている。このために、抗原に対する抗体の移行率から、移行のしやすさを数値化し、それと母体の状態や抗体の性質との相関を順番に調べている。

母親側の問題としては、エイズの重症度を示すCD4T細胞の数、及び高ガンマグロブリン血症との相関は見つかったが、これは予想されていることで、メカニズムを示すはっきりしたものは見つかっていない。

そこで抗体の生化学的性質との相関を調べ、最終的に胎盤に発現するFc受容体との結合性を決める、サブクラス(IgG1とIgG4が移行しやすい)、そして糖鎖修飾の差が移行度に影響することを示している。そして糖鎖が、フコース化、2分化、シアル化されていると、胎盤を通過しにくいことを発見している。

これらの結果から、胎盤移行は一つの要因だけで決まるのではなく、様々な要因が重なって抗体の胎盤通過が決まると結論している。

エイズ患者に絞った目的のはっきりした研究だが、はっきり言って明確な答えを出すという点ではフラストレーションの残る論文だった。一方、ハーバードの方は、出産時の母親と臍帯血の血清の解析から、NK細胞を活性化する抗体が胎盤通過をしやすいことに着目して、抗体の糖鎖に2つのガラクトースが結合した場合に通過しやすくなることを明確に示している点で、結論は明確で、今後の臨床応用への目標は設定しやすい。

今後、それぞれの結果はさらに検討されると思うが、この研究により、母親へのワクチン接種で子供を守る際の免疫方法へのヒントが示されると期待している。

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6月15日 抗体の膣への浸透(Natureオンライン版掲載論文)

2019年6月15日
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抗体の機能など、もう研究することはほとんどないように思っていたが、実際にはまだまだわかっていないことがあるようだ。最近それを認識する論文を相次いで読んだので、今日・明日と2回に分けて紹介したい。

今日紹介するエール大学、Iwasaki Akiko研究室(おそらく日本の研究者なのだろう)からの論文は抗体の膣腔への浸透についての条件を調べた論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Migrant memory B cells secrete luminal antibody in the vagina (膣への抗体は組織に移行してきた記憶B細胞により分泌される)」だ。

この研究の第一次的な目標はヘルペスウイルス2型(HSV2)により起こる性器ヘルペスの予防だ。もちろん成人にとっては決して致死的な感染症ではなないが、出産時に子どもに感染すると、重篤な問題の原因になる。これまでワクチンはほとんど効果がなかった。この原因として、ワクチンで抗体ができても、膣への抗体が移行できないため感染が防げないのではと考え、抗体が膣へ移行する条件を探ったのがこの研究だ。

しかし、抗体が作られれば身体中どこにでも浸透できるのかと思ったがそうではなかった。抗体はできても膣にはどのクラスの抗体も検出できない。そこで、このグループは膣に抗原を投与して免疫が可能か調べている。そして、1回免疫では、全身の抗体価は高まるのに、膣組織のB細胞やプラズマ細胞は全く上昇できない。ところが、もう一度免疫を繰り返すと、今度はほとんどのクラスの抗体が膣腔に分泌され、しかも記憶B細胞が大量に膣組織に浸潤していることがわかった。

さらに多発性硬化症に使われるリンパ球の血管からの遊走を止めるフィンゴリモドを用いて記憶B細胞の膣組織への移行を止めると、血中には抗体があっても、抗体が膣腔に分泌されないことを発見している。すなわち、2回目の免疫で、膣組織に抗体を作るB細胞が移動することが抗体分泌に必須であることを示している。

次にこの記憶B細胞の移行を誘導するメカニズムについて調べ、膣組織に1次免疫で形成されたT細胞と樹状細胞のクラスターが、2次免疫により刺激され、インターフェロンを介したCXCR3ケモカインを分泌することで、記憶B細胞が膣組織にリクルートされ、これが抗体を膣腔へ分泌するという結果になる。

特に最先端のテクノロジーを使っているわけではないが、必要な実験を積み重ねてシナリオを仕上げるという極めて好感の持てる研究だ。なんといっても、女性生殖器の感染予防のためのワクチン開発という点では、組織に抗原得意的T-樹状細胞セットが存在すること、B細胞が組織に移動してきて抗体をそこで分泌すること、の2つの条件が明らかになったことはワクチン開発にとって大きな進展ではないだろうか。

この影響はヘルペスワクチンにとどまらない。子宮頸部での抗体分泌と、膣とが同じかわからないが、パピローマウイルスワクチンも、実際には免疫ルートを膣に変えればさらに効果を高められるかもしれない。他にもエイズワクチンも出産時の子供への感染を防ぐために使えるかもしれない。淡々とした論文だが、多くの人を救える基礎研究だと思う。

明日は抗体の胎児への移行についての論文を紹介する。

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6月14日 サルに音楽はわからない(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2019年6月14日
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2016年の正月このブログで「サルも音楽がわかる」という論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/4655)。 そして今日、サルには音楽がわからないというブログを書いているが、矛盾しているぞなどと言わずに、このまま読み進めてほしい。最後に、なぜ矛盾する結論になるのか、私の弁明も述べるつもりだ。

今日紹介するコロンビア大学のZuckerman研究所からの論文はサルにはハーモニーを持つ音階の認識ができないという研究でNature Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Divergence in the functional organization of human and macaque auditory cortex revealed by fMRI responses to harmonic tones(人間とサルの聴覚皮質の機能的構成の違いがハーモニーを持つ音に対する機能的MRIの反応からわかる)」だ。

この研究ではヒトとアカゲザルに、ハーモニーを持つ様々な音階の音、およびピッチを合わせたノイズを聞かせて、脳の聴覚野の反応を機能的MRIで記録している。

アカゲザルもヒトもハーモニーを持たせた、ピッチの異なる音に反応するが、高いピッチと低いピッチに対する反応する領域分布はアカゲザルの方が複雑だ。次にハーモニーを持った音と、ピッチは同じだがハーモニーのないノイズを聞かせ、ハーモニーとノイズを区別する能力を調べると、サルではハーモニーのある音も、ノイズもあまり区別できない。この傾向は調べる領域を絞ってみたときにもはっきり確認でき、ヒトではハーモニーを持つ音に強く反応するのに、サルはノイズとハーモニーのある音に対する反応にはっきりした差はなく、逆に場所によってはノイズの方により強く反応する場所も見られる。

これらの実験では全てシンセサイザーによる合成音を用いているので、人間は慣れていても、サルは慣れていないためノイズとの差が出ない可能性がある。そこで、元の音をサルの27種類の鳴き声から合成し、様々なピッチの鳴き声とノイズとの区別ができているか調べている。サルも人間も鳴き声に反応する領域が存在するが、サルの場合はその領域も同じピッチのノイズに対する反応との差が大きくない。

以上の結果から、人間もサルも音のピッチの差を認識することはできるが、ハーモニーや声のような音の複雑なニュアンスを認識できないと結論している。

では2016年に紹介したマーモセットが人間と同じような音のピッチの変化を感知する能力があるという論文はどう考えればいいのか。このピッチのズレを感じる能力の中には、ハーモニーの乱れを感知する能力も含まれている。

これは私が考えているだけだが、2016年の論文は、ピッチのズレを感じたらレバーを押すよう訓練して認識できているかどうかを確かめている。一方、今回の論文は脳の反応を確かめただけで、それを認識できているのかどうかはわからない。おそらく、認識するという行為と脳の反応との両方を測定する研究が、この違いを説明するためには必要だろう。いずれにせよ、サルにわかるかどうかではなく、音楽とは何かを私たちはまだ解明できていない。

私のブログを音楽で検索すると33編の論文が出てくるが、人間の脳科学は着実に進んでいる。

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6月13日:恋人選びの好みは変わらない(米国アカデミー紀要オンライン掲載論文)

2019年6月13日
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個人的な話だが、フラれた経験はあっても、こちらが嫌になって付き合いをやめた経験はなく、このおかげで結婚してからすでに45年が過ぎた。振り返ってみると、これまで好きという感情を持った女性は、なんとなく似ているように感じる。

しかしもし嫌になって関係を解消した場合、次のパートナーは違ったタイプの人を選ぶのではないかと思う。しかし、この先入観が間違っていることを今日紹介するトロント大学の調査研究が米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Consistency between individuals’ past and current romantic partners’ own reports of their personalities (前と現在の恋愛相手の自己性格診断は似ている)」。だ。

この研究はドイツで進んでいる、家族や生活形態の変化を追跡するコホート研究の対象者の中から、一人の相手と恋愛関係を解消したあと、他の相手と恋愛関係を始めた332人を選び、その人と付き合っている今の相手と、前の相手の性格診断を行い、両方が似ているのかどうかを調べている。

心理学の人たちがどのように性格診断を行うのかがよくわかる論文だが、具体的にはBFI-Kとして知られる、外向性、率直さ、共感性、良心性、神経症的性格を個別に調べるテストを行い、この結果をさらに1)一般的な性格、2)相手と似ている点についての自己診断、3)そして特徴的な性格、にわけて調べている。

結果だが、全ての項目で前と今のパートナーの性格は似ていることがわかる。とくに、一般的ではないユニークな性格まで似ているということは、どんなに失敗しても、パートナーを選ぶ好みは変わらないことを示している。しかも、パートナー同士ではなく、自分とパートナーの間でも性格がよく似ている。いわゆる似た者カップルが多いことになる。もし似た者同士が付き合うのが正しいと、世界中で個人の性格の分離が続く可能性があるのは心配だ。

いずれにせよこれらは全て傾向で、もちろんパートナー選びの傾向は本人の性格に大きく左右される。とくに、共感性が高く、神経症的性格が少ない方が、パートナー同士の全般的性格が似ている。面白いのは、特殊な性格が一致しているかどうかで見ると、外交的で率直な人は浮気者の傾向があって、その結果パートナーは似ていないということになる。

話はこれだけで、まあよくやるなといった感じだが、自分の過去の恋愛体験を思い出させてくれる面白い論文だった

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6月12日 明かりの下で寝ると太る(6月12日JAMA Internal Medicine掲載論文)

2019年6月12日
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最近硬い話題が多かったので、今日はすこし気楽な論文を選ぶことにした。

私たちの生活環境には、夜も光が満ち溢れている。さらに、いつもテレビを見ながら寝たり、あるいは全く暗くして寝るのが嫌な人も多い。これまでの動物実験で、睡眠中も光にさらされていると、肥満が起こることが実験的に確かめられていたが、今日紹介する米国・国立衛生研究所からの論文はこの可能性をヒトで疫学的に確かめて研究で、れっきとした臨床雑誌JAMA Internal Medicineの6月10日号に掲載された。タイトルは「Association of Exposure to Artificial Light at Night While Sleeping With Risk of Obesity in Women(夜間の睡眠中も人工光に晒される女性は肥満リスクが高くなる)だ。

研究は単純だ。最終的に43722人の35歳から75歳の女性を、2003年から平均5.7年追跡し、体重・睡眠・食事などを中心に様々なデータを集めている。最初のインタビューで、夜就寝時の光の状態を、光なし、小さな光、部屋の外に光、部屋の中にテレビか明かり、の中から自己申告させ、この結果と様々な指標とを送還させている。

結果だが、全く光なしで寝ている人は7000人、逆に明かりかテレビをつけて寝ている人が5000人、残りが少し光があるという状態で睡眠している。様々な指標で比べても、全く光なしと、少し光がある場合ではほとんど差はない。しかし、テレビか明かりをつけて寝ている人たちは、BMI、ウエストとヒップ比、ウェストと身長比など全ての面で最初から肥満が見られる。

またその後の追跡で体重やBMIの変化を調べると、体重やBMIがはっきりと増加する人の割合が、光の下で就寝している人では5%近く高い。

この原因を様々な生活習慣と対応させると、たしかに光をつけて寝ている人は、睡眠が少なく、夜食を食べたり、独り住まいが多いなどの生活上の問題が存在する。しかし、これらを全て差し引いても、明かりをつけて寝ている人たちには肥満傾向が見られるという結果だ。

これに基づいて、光がメラトニンの分泌を慢性的に抑制することで、概日周期が壊れ、他の要因がなくとも肥満の危険が増す可能性も挙げているが、個人的には、光をつけて寝る習慣を持っていること自体、まだ気づかれない生活要因があるように思う。

ただこの論文により同じような研究がわが国でも行われていることがわかったので早速読んでみた。被験者が高齢者に限定され、数は537人と少ないものの、かなり丁寧な研究が奈良医大から2013年に発表されている(Obayashi et al, J.Clin.Endocrinol Metab, 98:337, 2013)。

この研究では、各家庭を訪れて体重などの様々な指標を調べるとともに、睡眠時の部屋の明るさを測定している。結果は見事で、就寝中の部屋の明るさが肥満や糖尿病の割合と比例することが示されている。とすると、この話は決して日本人には無関係というわけではない。

結局夜を失うことは、健康も失うことのようだ。

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6月11日 理想的前臨床研究:FragileX症候群の発達期ロバスタチン投与による治療の可能性(5月29日号Science Translational Medicine掲載論文)

2019年6月11日
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Fragile X症候群(FXS)は、知能障害と自閉症が合併する遺伝病で、まだ完全に機能がわからないFMR1遺伝子の機能が、遺伝子内のCGG繰り返し配列の数が増加することで失われることで起こる。昨年2月にこのブログで紹介したように、FMR1遺伝子の機能が失われる理由はCGGリピート配列がメチル化されて遺伝子の転写が抑えられることで、メチル化をはずすことでFXSを治すことができる(http://aasj.jp/news/watch/8091)。

しかし、クリスパーを用いるこのような治療は将来の切り札にはなっても、まだまだ開発に時間がかかる。そこで、FMR1遺伝子欠損によるプロセスを解析して、FMR1以外の治療標的を探す試みも行われ、現在多くの薬剤が治験段階にある。その中の一つが、高脂血症に用いられるロバスタチンで、マウスモデルでシナプスの変化を正常化できることがわかり、現在8歳から55歳までのFXSの治験が進んでいる。

今日紹介するエジンバラ大学からの論文はロバスタチンを脳の発達がおこるもっと早い時期に投与すれば、よる根本的な治療が可能になる可能性を確認するためのラットを用いた前臨床研究で5月30日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Sustained correction of associative learning deficits after brief, early treatment in a rat model of Fragile X Syndrome (ラットFXSモデルを早い時期に短期に治療することで連合学習を長期にわたって正常化できる)」だ。

FXSは通常3歳ぐらいで知能異常や自閉症が発見される。この研究では、異常が発生する早い時期にロバスタチン治療の効果を調べることを目的としており、まず脳の様々な認知機能の発達をFXSラットで調べ、生後4-6週から発達する、複数のインプットを連合させる学習が必要な場所対象認識や場所と文脈を組み合わせた対象の認識機能だけが、選択的に抑えられることを確認する。

つぎに、ロバスタチンを5週から餌に混ぜて投与し、連合学習脳を調べると、ほぼ完全に回復していることを確認する。しかも、こうして正常化した機能は、ロバスタチンをやめた後も長く維持される。

さらにロバスタチン投与したラットの脳の生理機能についても調べ、FXSで見られる海馬のタンパク質合成の上昇をおさえ、前頭前皮質の興奮の長期増強の異常を正常化できることも示している。

結果は以上で、基本的には脳の発達の場合、発達時に早期介入してネットワークを形成できれば、いくら遺伝的欠損があっても、機能を維持できるという前臨床的証明で、現在のロバスタチン治験と並行して、3歳までの介入治験の必要性を示している。

このようにFXSはロバスタチン、メトフォルミン、アルバコルフェンなど異なるメカニズムの薬剤の治験が進んでいるし、また遺伝子やエピゲノムを操作する研究も進んでおり、近い将来に治療法の確立が期待される遺伝病の一つになっている。

ただ、FXSでの経験は、他の原因による自閉症や知能障害を早期介入して治療する方法の開発にとっても、様々なヒントを提供してくれることは間違いない。その意味で、発達障害を持つ多くの子どもたちの期待を集めている分野だと思う。

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6月10日 血中のDNAの分断のされ方でガンの診断精度をあげられる(Natureオンライン版掲載論文)

2019年6月10日
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ガン組織が破壊される時に末梢血に漏れ出てくるDNAを診断に使うことは実用に近づいている。例えばダウン症など胎児の染色体異常検査を羊水検査の代わりに行うことは実際の臨床で行われている。また、発ガン遺伝子の断片を探索してガンの存在を確かめる検査も進んできている。例えば先月紹介したマンチェスター大学の研究では、641遺伝子変異に標的を絞って検査した場合、バイオプシーによる遺伝子診断とくらべたとき、79%の一致率まで高まってきている。しかし、これだけでは6−8割の診断率で止まって、これ以上の精度を上げることが難しかった。

今日紹介するジョンホプキンス大学からの論文は、ガン組織から漏れ出たDNA断片の分断のされ方が正常細胞由来のDNAと異なることを利用してがんの診断率を上げる試みでNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Genome-wide cell-free DNA fragmentation in patients with cancer (ガン患者さんの末梢血に流れるDNAの全ゲノムレベルので分断化)」だ。

血中DNAの診断は、これまでは特定の領域に絞って行われてきたが、ガン組織と正常組織から漏れ出るDNAの分解のされ方がもし違っているなら、それを指標にガンを診断できるのではと着想したのがこの研究のきっかけだろう。

実際末梢血中に流れているDNAはズタズタに分断化されており、この分断化のパターンはヒストンや他の核内タンパク質との結合、またDNAの修飾のされ方で異なる。それぞれのガンに特徴的なエピジェネティックな変化が、遺伝子レベルの変化とともに必ず存在することは常識になっており、もしそうならDNAが分断化されるパターンが異なる可能性がある。

そこで、正常人とガン患者さんで血中に存在するDNA配列を網羅的に調べ、流れているDNAの長さを調べてみると、正常人では大体同じような長さの断片化が起こっているのに、ガン患者さんではこの長さの分布が大きく変動する。

これを正常組織とガン細胞のヌクレオソームの構造と対比させると、概ねこの違いが反映されており、全DNAの配列と長さの分布パターンがガンと正常を区別できる可能性を示している。

その上で、ガン患者さんと正常者のDNA断片の分布についていくつかの補正を加えて機械学習させると、大体30億リードでステージIでも7割の確率で診断が可能になっている。特に肺がんや、診断の困難な胆管がん、卵巣癌で9割を超えている。

ただ、この方法だけではガンのタイプなどを決定するのは難しいので、これまで開発されてきたガンの変異を検出する方法と組み合わせる診断法を確立すると、診断確率が平均で73%から91%に高まり、精度も98%に上昇している。

ガンが持っているあらゆる特徴を組み合わせて診断する極めて合理的な考え方で、言われてみるともっともな話だが、一つの方法にこだわらない柔軟な発想の研究だと思う。コストはともかく、血中のDNAでガンを正確に診断する段階にまた一歩近づいた。

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6月9日 新しい病気の理解も注意深い症状観察から始まる(6月5日号Science Translational Medicine掲載論文)

2019年6月9日
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病気の治療は、まず正確な診断を行い、それに基づき適切な治療を選ぶことだ。ここで重要なのは、診断ができたからといって、すなわち病名を確定したからといって、病気が理解できているわけではない。既存の診断基準で病名を確定した後も、注意深い症状観察により、新しい病気の側面が発見されることはいくらでもある。その結果、新しい治療法に思い至ることが、臨床医の醍醐味だろう。

今日紹介する米国NIH からの論文は病気の新しい側面の気づきが治療につながるという一つの例で6月5日号のScience Translational Medicine に掲載された。タイトルは「Lymphocyte-driven regional immunopathology in pneumonitis caused by impaired central immune tolerance(中枢性の免疫トレランスの異常によって起こる肺炎に見られるリンパ球により誘導される病理)」だ。

この研究の対象は胸腺や骨髄でT細胞やΒ細胞の免疫トレランス誘導に関わる分子AIRE機能低下によって起こる、様々な臓器、特に内分泌臓器が影響される事故免疫病だ。中枢性トレランスの障害なので、あらゆる臓器で自己免疫性炎症が起こってもいいが、病名が自己免疫性多内分泌症候群という名前が付いているように、診断には副腎などの内分泌症状が重視されるため、これまで肺症状についてはほとんど問題にされていなかった。そのため、全身性の自己免疫病であるにもかかわらず、症状が出ている内分泌臓器ホルモンの補充療法が優先されてきた。

この研究では自己免疫性多内分泌症候群の患者さんでは早い時期から様々な呼吸器症状が現れることに気づき、これらの異常は肺のCTで捉えられることを確認する。

そして、患者さんの気管には好中球の浸潤が認められること、また好中球の浸潤蓄積がリンパ球、特にT細胞の肺実質への浸潤と関連していることを、バイオプシーによる組織検査で突き止める。すなわち、肺症状、好中球を含む痰が、特異的ではないがこの病気の重要な症状になることを明らかにしている。

この結果は、中枢性の免疫トレランスの破綻により肺実質へ浸潤した自己反応性リンパ球により、2次的に好中球の蓄積が誘導され、肺炎が起こることを示唆する。そこで、今度はAIRE欠損動物モデルのT細胞を除去する実験を行い、このシナリオを確認する。

そしてこのシナリオに基づき、リツキシマブによるΒ細胞抑制、アザチオプリン(ミコフェノール酸モフェチル)によるT細胞抑制治療を5人の患者に行い、肺炎をほぼ完全に抑えることに成功している。

話は以上で、注意深い観察に基づく臨床での気づきが、患者酸へ新しい治療をもたらした、さすがプロと思える研究だった。また、同じことはチェックポイント治療でも起こる。がんのチェックポイント治療の副作用をコントロールするためにも、重要な研究だと思う。

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6月8日 細胞増殖を変化させる変異は正常細胞に常に起こっている(6月7日号Science掲載論文)

2019年6月8日
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がん細胞が現れる前から、正常細胞で起こった遺伝子変異やエピジェネティックな変異によって細胞の増殖が高まり、他の細胞を押しのけてクローン性増殖が起こることはよく知られた事実で、食道のバレット症候群細胞のようにガンのドライバー遺伝子と、がん抑制遺伝子の欠損といった発ガンのための必要なセットがすでに揃ってしまっているケースすらある。この結果は、ガンと正常の境はガン遺伝子の変異といった以上に複雑であることを示しており、このような正常細胞の異常増殖を系統的に調べることの重要性を物語っている。

今日紹介するハーバード大学Broad研究所からの論文はなんと29箇所の異なる組織から7000近いバイオプシーサンプルを取り出して正常細胞の増殖変異を調べた研究で6月7日号のScienceに掲載された。タイトルは「RNA sequence analysis reveals macroscopic somatic clonal expansion across normal tissues (RNA配列解析により正常組織全体で体細胞のクローン性増殖拡大がみとめられる)」だ。

これまで同じような目的の研究は数多く報告されているが、クローン性増殖を調べるためにゲノムDNAの変異が調べられた。ただ、この場合異常細胞を詳しく調べるためにはDNA配列の解析を何百回も繰り返す(ultradeep sequencing)必要があった。今日紹介する研究の売りは、 DNAの代わりに、発現されているRNAの配列からゲノムでの遺伝子変異を推察する方法を開発したことで、詳細は省くがRNAをDNA変異の指標として用いる時の問題を、比較的簡単な条件の導入で解決している。従って、この論文の最初は新しいRNA-MuTectと呼ばれる方法が、DNA解析と同じレベルの変異解析精度を持っていることを詳しく示している。また、allelic imbalanceとして知られる対立染色体の変化もこの方法で検出できることまでしめしている。

あとは、29組織、7000近いバイオプシーサンプルをRNA-MuTectで解析し、ほとんどの組織で突然変異が起こった細胞がクローン性に増殖していることを明らかにしている。なかでも、皮膚、肺、食道ではこのような変異が最も多くみられるが、これはガン細胞での変異の数を調べたこれまでの結果と全く同じだ。

これも予想通りだが、変異は年齢とともに蓄積し、皮膚で見ると太陽にさらされたところが圧倒的に変異数が多い。

変異により細胞の増殖優位性が生まれる変異のなかに多くのガン遺伝子は含まれているが、ガンでは圧倒的に変異の数が多いRAS遺伝子の変異は思いのほか少ない。すなわち、増殖が高まっても、ガンとは異なるメカニズムによる増殖が起こっているようだ。ただ、p53とNotch1の変異は、他の遺伝子と比べて4倍近く認められることから、最初のクローン性増殖はまず増殖抑制メカニズムが外れることで起こることを示唆している。

話はこれだけで、ほぼ予想通りの結果で、要するに身体中で突然変異が蓄積していることを示している。従って、この研究の売りはあくまでRNA-MuTectの開発といっていいだろう。おそらくこのような結果は、外界の発がん物質との関係を深掘りするより、ゲノムレベルでのガンになりやすさと合わせてみていくことで、かなり重要な情報が得られるように思う。

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