2月9日 2報目 ガンの遺伝子変異からCAR-T増強法を学ぶ(2月7日 Nature オンライン掲載論文)
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2月9日 2報目 ガンの遺伝子変異からCAR-T増強法を学ぶ(2月7日 Nature オンライン掲載論文)

2024年2月9日
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現在白血病の治療として CAR-T は定着しており、しかもベンチャーというより大手の製薬会社により提供されている。おそらく、ガン免疫治療として、最初から最後までコントロールできる可能性が、この期待の大きな理由だろう。従って、現行の治療法を改良するため、様々な方法が開発され、おそらく次から次へと治験へ進んでいると思う。

そんな中で今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、CAR-T の改良という点では同じだが、改良法をT細胞白血病の変異から学ぼうとする点でユニークだ。タイトルは「Naturally occurring T cell mutations enhance engineered T cell therapies(自然発生したT細胞変異により遺伝子操作によるT細胞治療効果を高める)」で、2月7日 Nature にオンライン掲載された。

ともかく発想が面白い。T細胞白血病は変異を繰り返しながらホスト環境にフィットする。一方、正常T細胞は増殖分化の各段階それぞれで条件が変化することから、正常細胞にガン抗原に対するキメラ受容体を導入しても、フィットした細胞だけを用いることはできない。そこで、フィットしたガン細胞の遺伝子変異の中から CAR-T の能力を高める変異を探し出そうと発想している。

T細胞系白血病から集めた遺伝子変異71個の中から、最終的にT細胞の3種類のシグナル( NFkB、AP-1、MALT1 )を変化させる CARD11-PIK3R3 変異を特定し、試験管内、およびガンを移植したマウスへの細胞移入実験でその効果を確かめている。

詳細を全て省いて結果だけをまとめると、3つのシグナルを変化させることで、IL−2 や IL-5 などのサイトカインを発現する能力とともに、抗原刺激時により高い増殖能を示すようになる。

そして、担ガンマウスに CAED11-PIK3R3 を導入した CAR-T を移入すると、通常の CAR-T と比べ、ほとんど再発がない強い抑制効果を示す。

また、CAR-T に限らず、レトロウイルスで CAED11-PIK3R3 を正常CD8T細胞に導入すると、生体内で他の細胞より多く増殖し、さらに発ガンを抑える免疫機構が発達することを示している。

これほど効果があっても、CAR-T がこの遺伝子で腫瘍化してしまったのでは本末転倒になる。この危険性さまざまな方法で調べ、抗原刺激や IL-2 刺激がないと増殖は止まること、さらに移植後長期間フォローしても問題は起こらないことを示し、ガン化のリスクは高くないと結論している。

発想はユニークなので、これほどの効果があると、たとえば必要な時にこの遺伝子が発現できないようにして使ってみたくなるのはうなづけるが、臨床応用は慎重にならざるを得ないと思う。

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2月9日 1報目 催眠のかかりやすさをTMSで高める(Nature Mental Health 1月号掲載論文)

2024年2月9日
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今日はこの紹介の後に、もう一編論文を紹介する。というのも、これから紹介する催眠のかかりやすさに関する論文があまりに短いので、紹介した気にならないからで、貧乏性と言えばそれまでだ。

とはいえ、今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、短くても面白く、今も催眠の医療応用の可能性が続けられていることがよくわかった。タイトルは「Stanford Hypnosis Integrated with Functional Connectivity-targeted Transcranial Stimulation (SHIFT): a preregistered randomized controlled trial(スタンフォード催眠術と機能的脳結合を標的にした経頭蓋脳刺激(SHIFT): 前もって登録した無作為対照試験)」だ。

つい先日、いつも世話になっている整体師さんに施術を行ってもらっているとき、整体師さんが「最近は催眠術の話をほとんど聞かないが、催眠術は利用されているのですか?」と聞かれ、答えに困った。何十年も前、テレビでも盛んに催眠術が紹介されていたように思うが、確かに最近はあまり耳にしないし、私が在籍した医学部で催眠術を利用しているのを見たこともなかった。

しかし調べてみると、最近では脳イメージや、脳操作を加えた研究が進んでおり、痛みの軽減や、リラクゼーションとして利用が模索されているようだ。

そんなときこの論文に出会った。この論文はスタンフォード大学で催眠を研究しているグループからの研究で、特に催眠のかかりやすさをスコア化し、催眠のかかりやすさが前帯状皮質と結合が強い左背外側前頭前野の活動と相関することを明らかにしていた。

そこで、前帯状皮質と結合の強い左背外側前頭前野をMRIで選んで、この領域にゆっくりしたθ波長で磁場による刺激を行い、この領域の活動を抑えることが催眠のかかりやすさに影響するかどうかを調べている。

結果だが、個人のバラつきは大きいものの、TMS処理後すぐに催眠のかかりやすさを調べると、多くの人でかかりやすさが上昇している。また、その効果は1時間で減少していくが、それでも傾向は残っていることがわかった。

結果はこれだけで、催眠を使うための努力が続けられていること、また脳イメージングを用いてこの研究が行われていること、そして催眠のかかりやすさの回路が明らかになったことなど、催眠研究の現状がよくわかった。次回の整体では是非この話をしたいと思っている。

(もう一編の論文も予定しています。)

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2月8日 女性に全身性自己免疫病が多い原因についてのユニークなアイデア(2月1日号 Cell 掲載論文)

2024年2月8日
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SLE などの全身性自己免疫病は明らかに女性の方が多い。この原因について、これまで性ホルモンの関与や、X染色体不活化の不全などが指摘されているが、この結果として男女間の免疫反応調節が異なる結果だと考えられている。

これに対して今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、自己抗原の量と質の差がこの男女差の原因ではないかと着想し追求した研究で、2月1日号 Cell に掲載された。タイトルは「Xist ribonucleoproteins promote female sex-biased autoimmunity(Xistリボ核酸/蛋白質複合体は女性バイアスが高い自己免疫を高める)」だ。

女性では2本あるX染色体の片方を不活化するため Xist と呼ばれる long noncoding RNA を発現している。Xist はX染色体全体をエピジェネティックに変化させるため、様々な蛋白質と結合し、閉じたクロマチン構造を維持している。当然この Xist / 核蛋白質は女性特異的で、これが抗原として働くのではと着想した。

事実 SLE で検出される自己抗体にには RNA結合タンパク質に反応する抗体が多く、また XXY型男性では、ホルモン環境は男性であるにもかかわらず自己免疫発症頻度が高いことから、この着想は納得できる。

そこで、オスマウスに Xist を発現させて自己免疫発症がメスレベルになるか調べる実験を行っている。ただ、Xist をオスで発現させると、細胞には致死的になる。そこで、Xist のサイレンシングドメインと呼ばれる部位を欠損させた Xist を発現させ、様々な RNA結合タンパク質をくわえ込んだ Xist が自己抗体を誘導し、自己免疫病発症につながるかを調べている。

まず、自己免疫病の起こりにくいB6マウスでは Xist を発現させても自己免疫病は起こらない。一方、自己免疫が起こりやすい SJLマウスを用いると、病気発症や自己抗体レベルが、Xist を発現させたオスで、メスレベルに達する。従って、自己免疫が発症しやすい遺伝的バックグラウンドであれば、Xist の発現がオスとメスの違いを決めていることがわかる。

ただ、Atak-seq を用いたクロマチンテストで、記憶CD4T細胞が増えるので、免疫細胞自体のエピジェネティック変化を誘導する可能性がある。そこで Atak-seq や single cell RNA sequencing を用いて反応側の細胞レベルのエピジェネティックな変化を追求し、異常なB細胞の出現などを特定しているが、これが自己免疫反応の原因なのか、あるいは自己免疫反応の結果なのかははっきりさせていない。

しかし、人間の SLE の患者さん、SJLメス、及び Xist を発現させた SJLオス、それぞれで、共通の79種類のRNA結合タンパク質に反応する自己抗体が検出され、そのうちのなんと53種類が Xist 結合タンパク質であることを示して、Xist が自己抗原の供給源になっていると結論している。

自己に存在する蛋白質でも強いアジュバント効果を持つ RNA とともに提供されると、免疫反応を誘導する可能性は十分ある。従って、何らかの遺伝的バックグラウンドにより、細胞死が起こりやすくなると、当然強い抗原性をもつ自己抗原が排出され、自己抗体誘導が起こるというシナリオは、十分納得できる。

ただ、今回は説明できても、治療法が浮かんでくるわけではないのが残念だ。

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2月7日 ケトン食と菜食のインパクト(1月30日 Nature Medicine オンライン掲載論文

2024年2月7日
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食事が健康に重要なことは誰も異論がない。ただ、その効果は習慣として根付いた長い「養生」の結果だとされてきた。ところが、今日紹介する米国衛生研究所からの論文は、2週間だけケトン食、あるいは菜食を続けたときのインパクトを調べた珍しい研究で、短い期間でもケトン食や菜食が我々の身体に一定の効果を及ぼすことを示した論文。1月30日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Differential peripheral immune signatures elicited by vegan versus ketogenic diets in humans(菜食とケトン食によって末梢血の免疫指標が変化する)」だ。

研究は20人を NIH に1ヶ月間缶詰にした上で、無作為に2グループに分け、一つのグループにはまず菜食を2週間、その後ケトン食を2週間摂取してもらう。もう一つのグループはその逆でケトン食から始めている。そして、実験前、2週間目、4週間目に血液、便、尿を採取、 フローサイトメーター、RNAseq、プロテオーム、メタボローム、細菌叢など、考えられる検査を徹底的に行い、それぞれの食による身体の変化を調べている。一つ問題があるとすると、菜食からケトン食、ケトン食から菜食への移行が急に行われ、ウォッシュアウト期間がないことだが、これは仕方ないだろう。

勿論参加者個人個人の多様性は大きく、全体を平均したときのトレンドが示されていると考えて欲しい。

まず驚くのが、どちらの食事も免疫系の細胞の変化を誘導できる点で、CD4、CD8エフェクター細胞が有意に上昇する。あまり議論していないが、ケトン食と菜食を比べると、Treg がケトン食で高まり、NK が菜食で高まることだ。

末梢血の RNAseq 解析ではもっとはっきりした傾向があり、例えばインターフェロンや自然免疫に関係する RNA は菜食で高い。逆に獲得免疫に関わる RNA はケトン食で高いと言った具合だ。

一方で、血清中蛋白質を網羅的に調べるプロテオーム解析では、それぞれに特徴的な差があるにはあるが、変化は大きくない。強いて言えばケトン食では肝臓だけでなく、様々な臓器由来蛋白質の変化が見られる。

食で直接影響を受ける細菌叢もそれぞれ独自の変化を示す。多様性などに変化はないが、細菌種に変化が見られる。この研究で用いられたケトン食は、低炭水化物、高脂肪、高蛋白質になっており、便中の代謝物を調べると、高タンパク食であるにもかかわらず、ケトン食では様々なアミノ酸が低下している。一般的にケトン食では細菌の代謝が低下しているように見られるが、これは菜食が多くの植物繊維を含むからかも知れない。

これとは逆に、メタボローム解析から、ケトン食では血清のアミノ酸の量が上昇するのがわかる。さらに、脂肪酸を調べると、当然のことながら不飽和脂肪酸が菜食で多く、ケトン食では飽和脂肪酸が高まっている。この結果はケトン食の設計をするとき、高脂肪を植物由来の脂肪を増やすと良いことを示唆するように思う。

結果は以上で、ではなぜこのような変化が起こるのかについては追及されておらず、また被験者数も少ないので、一般化できるかどうかはわからない。元々ケトン体には様々な急性効果があることが知られているので、納得できるのだが、これほど急性の効果が、特に菜食にあるのには驚いた。食に関してはほとんど個人の思いつきで議論されることが多いので、このような地道な研究の積み重ねの重要性は高い。

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2月6日 CRISPR-Cas III から始まる細胞死(2月2日 Science 掲載論文)

2024年2月6日
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CRISPR/Cas システムは一般的に遺伝子編集機構と考えられているが、基本は外来遺伝子をクリスパーアレーに記憶して、同じ遺伝子が感染したときにキャッチして除去するシステムと考えればいい。従って、外来遺伝子を除去するためのエフェクターであるCasシステムは現在もなお多様化している。

このなかの Type III と分類されるシステムは、非特異的に RNA など一本鎖核酸をズタズタにする Cas7 や Cas10 分解酵素を持っている。すなわち、外来遺伝子に限らず核酸を分解するため、核酸を分解すること以外の目的が存在すると考えられてきた。特に、Cas10のPalmドメインには環状核酸を合成する活性があることから、これをシグナル分子として使っている可能性が追求され、いくつかの面白い経路が特定されている。

今日紹介するオランダ、ワゲニンゲン大学からの論文は、Haliangium ochraceum 粘液細菌類の CRISPR/Cas10 に続いてコードされている SAVED-CHAT遺伝子以下、5種類の遺伝子の機能を調べ、この系が、我々の細胞が Caspase3 によりアポトーシスを誘導するのと同じような、細菌のアポトーシス誘導システムであることを明らかにした研究で、2月2日号 Science に掲載された。タイトルは「Type III-B CRISPR-Cas cascade of proteolytic cleavages(IIIB型クリスパー/Casは蛋白分解カスケードのスイッチを入れる)」だ。

この研究では Haliangium ochraceum の type III B クリスパーシステムが SAVED-CHAT や PC-σ、そして細胞死誘導に関わると思われるPCカスパーゼを含んでいることに注目し、これら遺伝子の機能を詳しく調べている。この領域にはもう一つキナーゼ活性を持つと考えられる PCk も存在するが、これについてはほとんどタッチしていない。

まず、SAVED-CHAT が Cas10 により合成された環状ATP(cA) をシグナルとして、蛋白分解連鎖の始まりとなることを調べている。すると期待通り、cAで活性化された SAVED-CHAT は、同じオペロン内の PCaspase を見事に切断する。

さらに、SAVED―CHAT により切断され活性化された PCaspase は、同じオペロン内の PC-σ と PCi を分解することもわかったが、これは特異的な反応ではなく、PCaspase が非特異的に様々な蛋白質のアルギニン部分を切断することがわかった。すなわち、SAVE-CHAT/PCaspase システムは Cas10 が合成する cA で活性化されると、細胞内の様々な蛋白質を分解することがわかった。とすると、最も考えられるのは、外来遺伝子の伝搬を防ぐため、細胞死が誘導されることだ。

これを確かめるため、CRISPR/Cas10 とともに、SAVED-CHAT/PCaspase を別々に大腸菌に導入し、外来遺伝子を感染させスィッチを入れると、外来遺伝子が感染した細胞だけが細胞死に陥ることを確認し、このシステムが細胞自体を守るのではなく、逆に細胞死を誘導して集団を守る働きがあることを示している。

他にも、構造学的に SAVED-CHAT が cA で活性化するメカニズムや、同じく PCrisper で分解された Ciがこの反応を抑制することなどを明らかにしているが、割愛する。要するに、クリスパーシステムは外来遺伝子の分解に加えて、細胞死を誘導するシグナルを入れることで、感染の伝搬を防いでいる系を作り上げおり、我々の自然免疫と細胞死の一体化されたメカニズムのルーツがここにあることがわかる。

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2月5日 ガンにより誘発される認知症のメカニズム(1月31日 Cell オンライン掲載論文)

2024年2月5日
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私たちの身体で働く分子の中には、ウイルスがコードする分子を拝借したケースがあることが知られている。神経細胞でシナプス形成に関わるArc分子はその典型で、Ty3レトロトランスポゾンの Gag蛋白質と相同性があり、実際神経細胞内に存在するRNAを取り込んだウイルス様粒子を形成し、他の細胞へ伝搬させることが知られている。

今日紹介するユタ大学からの論文は、同じTy3由来と考えられる神経細胞分子PNMA が、Arc と同じようにウイルス様粒子を形成して細胞外に分泌され。これが一種の自己抗体を誘発して認知症を誘導するというシナリオを示した、ちょっと恐ろしい研究で1月31日 Cell にオンライン掲載された。タイトルは「PNMA2 forms immunogenic non-enveloped virus-like capsids associated with paraneoplastic neurological syndrome(PNMA2は免疫原性の強い非エンベロップ型ウイルス様粒子を形成し、ガンに随伴する神経症状を誘発する)」だ。

PNMA2 は、Paraneoplastic Ma antigen の略で、文字通りガンに随伴しておこる神経症状の患者さんの抗体が認識する抗原(Ma)のことで、神経細胞で発現しているのはわかっているが、一種の自己抗体を誘発する以外の機能はわかっていない。

この研究では PNMA2 がなぜ Ma抗原に対する抗体を誘導するのか、またそれが神経症状を発生するまでのメカニズムを探っている。

まず、PNMA2 は哺乳動物の進化過程で Gag抗原の一部が DPYSL2遺伝子近くに挿入され、この遺伝子のプロモータを発現に使うようになったこと、その結果海馬で強い発現が見られることを明らかにしている。

次に大腸菌で合成させた PNMA2 を電子顕微鏡で解析、ヒトPNMA2、マウスPNMA2ともにHIVに似たウイルス粒子を形成すること、また皮質神経の培養上清を精製すると、同じような粒子が特定されること、そしてこの粒子はエンベロップでくるまれずに細胞外へ排出されることを確認している。

次に粒子形成が出来ない変異を導入したPNMA2分子を設計し、細胞外への PNMA2分泌には粒子形成が必要であることも明らかにしている。

この粒子5マイクログラムをマウスに注射すると、アジュバントなしに強い抗体産生を誘導し、特に粒子表面でスパイクのように突き出た5‘末端部に対する抗体が誘導される。この強い免疫原性のメカニズムを探ると、PNMA2粒子が樹状細胞に取り込まれると、成熟を誘導し、T細胞刺激に必要な共受容体分子とともに、炎症性サイトカイン分泌を誘導する結果であることを示している。

最後に、PNMA2粒子に対する抗体をマウスに注射すると、認知機能の低下が見られること、しかし神経実質に対する免疫細胞の浸潤は見られないことを示し、例えばシナプス機能を直接阻害するような抗体が誘導される結果であることを示している。

最後の症状につながるメカニズムは明らかになってはいないが、1億年前にウイルス分子を自己として取り込んだ結果の、自己と他かの区別がつかないような免疫病が存在することがわかった。

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2月4日 子供の体験記録を介してコンピュータに言語を教える(2月2日号 Science 掲載論文)

2024年2月4日
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子供は1歳前後で言葉を覚えだし、2歳までに300語程度の単語を理解するようになる。そして、その後、砂が水を吸い込むようにボキャブラリーを含む言語能力が指数的に高まる。例えばドイツ語圏で子供は2-3歳で格変化を正しく使って話せるようになる。このように、子供の言語学習過程は、言語の構造を知るための鍵で、これまでは子供の発話パターンを中心に研究されてきた。例えばチョムスキーの生成文法や普遍文法のアイデアはこのような観察に基づいている。

しかし、発話パターンは子供の学習結果で、肝心の脳内での学習がどう行われているかは実験のしようがないと考えられていた。しかし人工知能はこれを可能にし始めている。すなわち、子供の体験をインプットとして人工知能を学習させることが可能になってきた。

今日紹介するニューヨーク大学からの論文は、頭にカメラを装着して視線の先を撮影するとともに、その時子供が聞いている言葉を記録したスナップショットを人工知能に学習させたとき、言葉を学習できるかどうか調べた研究で、2月2日号の Science に掲載された。タイトルは「Grounded language acquisition through the eyes and ears of a single child(一人の子供の目と耳を通して獲得される基本的言語)」だ。

ChatGPTを使うようになってから、いつかこの大規模言語モデルは、私たち一人一人の経験を記録したアバターとして利用される日が来ると確信しているが、その始まりを感じさせる研究だ。

ビデオカメラを目として一人の子供の視線の先を記録し、その時の子供が聞く音を記録し、1-2秒の画像と音のスナップショットをまず作成している。16時間ぐらいの記録で、最終的に60万イメージと、38000の短い文章を採取し、画像と文章を連結されたスナップショットを人工知能に学習させる。

一般的な教師付学習では、一つ一つの画像にアノテーションをつけて学習させるが、この研究ではContrastive learning と呼ばれる方法を用いて学習させている。実際、子供が目で見たときに聞いている音は「これは何々ですと」というラベルがあるわけではない。見ている対象に関係する様々な内容、すなわちラベルなしデータを学習していることになる。従って、Contrastive learning を用いるのは納得できる。

こうしてラベルなしContrastive 学習させたモデルは、画像からそれに対応する単語を答えることが出来るか?

勿論普通のラベル付き学習と比べるわけには行かないが、人工知能は画像とともに聞いた音の関連性から、6割の対象については正しい単語を示すことが出来ている。

しかも、一種のカテゴリー化も出来ており、全く同じ画像でなくとも異なる種類の蝶々やボタンといったアイテムを、ボタンとして答えることが出来る。

言語発達研究に人工知能を用いる最大の利点は、知能の内部の解析が行えることで、例えば経験した画像と単語の関係を分析することが出来る。この結果、例えば「車」と「道」という単語が比較的近接したベクトル空間に存在していることがわかる。逆にこのようなスナップショットだけでは「手」と「オモチャ」と言った関係性を整理するのが苦手なこともわかる。さらには、ビジョンマップなので、単語と関連させてどこを見ていたのかも解析出来る。これにより、ボールという言葉と、視線上のボールが一致していることも確認できる。

結果は以上で、要するに、聞いた文章を画像とともに記録する中で、人工知能の中にコンテクストが形成できている。個人の体験を人工知能に移して、その解析から個人の脳内過程を知るための研究が可能なことを教えてくれる論文だ。驚くのは子供の体験時間から言えば本当に短い時間での体験だけで、ここまでの言語が獲得できる点で、今後連続的時間の記録が可能になれば、さらに面白い研究が可能になる。

ChatGPTでは自然言語だけ、すなわち我々の脳内を一度通ったデータばインプットととして使われているが、マルチモーダルな埋め込みでの学習法開発が進んでおり、よりより人間の体験を今後学習させられるようになると、脳の解析が難しい実験は人工知能に移して調べることが普通になるだろう。

こんな面白い時代までなんとか生きることが出来ている喜びを感じる。

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2月3日 手話の系統樹をコンピュータに描かせる(2月2日号Science 掲載論文)

2024年2月3日
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昨日に続いて、今日、明日と言語に関する論文を紹介する。今日は手話の系統樹だ。

手話が体系的に作られるのは近代に入ってから聾唖の子供達が学校に集められるようになってからで、多くは自然に発生してくる。手話が自然発生する過程が最も詳しく研究されたのは、ニカラグアの聾唖ストリートチルドレンが集められた施設で発生したニカラグアの手話で、我々人間が一定数集まると言語が自然発生することの証拠と考えられている。ただ、完全に自然発生するのは稀で、多くの場合聾唖学校が設立され、自然発生的手話が体系化されるという経過を辿ることが多い。

今日紹介する論文が対象とする手話は、音に対応させた手話とは異なり、例えば日本には日本語対応手話と日本手話が存在するが、日本手話の方にあたる。手話は各国に存在し、それぞれの関係については歴史的記述に基づいて記述されているが、言語のようにコンピュータを用いた解析はほとんど行われてこなかった。

今日紹介するワシントン大学からの論文は、手話をコード化して、19カ国の手話の系統樹をコンピュータに描かせようとした論文で、2月2日号の Science に掲載された。タイトルは「Computational phylogenetics reveal histories of sign languages(コンピュータによる系統樹により手話の歴史が明らかになる)」だ。

この研究の核は手話で使われる100の単語を、1)利き手、2)手の形、3)手の場所、4)動きをもとにコード化し、類似性をコンピュータで計算させることでそれぞれの系統樹を書かせることだが、この方法部分は私の理解を超えているので、結果だけを紹介する。

要するに、各国で現在使われている手話の系統樹が描けたということが重要だ。系統樹は、アジアとヨーロッパで完全に分離している。すなわち、元になった共通の自然発生手話が全く存在しないことを示している。この理由についてははっきりしないが、少なくともアジアの手話にグループとしての一定の共通性があるということは、さらにルーツを遡る重要性を示している。

解析されたアジア4カ国の手話は、中国/香港型と日本/台湾型に分かれる。手話が音や文法とは独立して形成されるとしても、日本と台湾が同じグループというのは不思議に思う。この論文には各国手話形成の歴史についてのサマリーもついており、これによると台湾の手話は、日本人の教育者の影響下で形成されたようだ。すなわち、ゲノムと同じようにコンピュータ系統樹を歴史と対応させることもできる。とすると、韓国も入れた比較は面白いと思う。

ヨーロッパ各国は1700年代に聾唖学校を設立し、これが手話成立のきっかけになっている。例えば、ドイツ、オーストリア、チェコ、あるいはエストニア、ラトビア、リトアニア、ウクライナ、ロシアが一つの系統に分類されるのは、歴史的経緯を反映しており、コンピュータ解析の妥当性をよく示している。

しかし、アメリカ合衆国と、イギリス/ニュージーランドグループが完全に分離しているのは面白い。すなわち、手話が体系化されるまでに国として別れると、同じ言葉を話していても、全く別の手話が発生することを示している。

さらに、同じルーツであっても、離れて発生すると、独自の変化を遂げることも言語と同じで、日本と台湾、あるいは英国とニュージーランドの手話を比べるとわかる。

結果は以上で、例えば完全に独立した手話と言える、イタリア、フランス、スペイン、ポーランド、アメリカなどを、もう一度脳科学を含む新たな視点から見直すことは言語の発生条件を知る意味で面白い。

最初に述べたように、手話は歴史が新しい点で、言語の発生を理解するために貴重な材料になる。現在使われているような体系化が起こる前には、より小さな集団で、聾唖者と正常とのコミュニケーションに使われた手話が存在し、また遺伝的に聾唖の多い地域、例えばアラブのベドウィン手話や、奄美大島の古仁屋手話なども存在する。コンピュータが導入されたことで、今後これらの統合的研究が加速すると期待する。

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2月2日 発話過程の単一神経レベルの解析(1月31日 Nature オンライン掲載論文)

2024年2月2日
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私たちが話しているとき、まず話したい内容に合わせて単語を並べるが、その単語は子音や母音が合わさったシラブルと、音素と呼ばれる(調子やイントネーションまで含んでいる)音の最小単位が組みあわせられる。

この作業を次から次へと出来る脳の仕組みが存在する言うことが驚きだが、21世紀はその驚きのメカニズムが明らかにされると思う。特に大規模言語モデルの能力を比較することが可能になった今、大きな進展が期待できる。ただ、そのためには感知から発話までの様々な過程の脳活動を記録していくことが必要になる。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、単一神経の活動を記録することが出来るクラスター電極を運動野に挿入した患者さんが、自然に話している時、発生した言葉の要素に対応する神経細胞を記録した研究で、1月31日 Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Single-neuronal elements of speech production in humans(人間の発話に関わる単一神経要素)」だ。

この研究では、細い一本の針に接触している異なる神経細胞の活動を拾うことが出来るクラスター電極を設置した患者さんで実験を行っている。実際には、自然に話してもらった時の、発生された文章を音素、シラブル、そして形態素(表現最小単位)に分解、これに対応する神経活動を拾っている。すなわち、考えた文章を音素、シラブル、形態素が集まる言葉として発話に至るまでの神経過程を解析した膨大な研究で、詳細は全て省いて、いくつかの重要な点を箇条書きにするが、発話を単一細胞レベルで調べられること自体が驚くべき話だ。

  1. この研究では、4000語の発話過程200あまりの神経を弁別して記録できているが、驚くのはこの小さな領域に、例えば全ての子音の発生と相関する神経が存在している点だ。言語のような複雑な研究では、広い範囲での記録が必要だと思うが、小さな領域にこれほどの多様性が備わっているのに驚く。
  2. 勿論発話に関わる神経の興奮は、実際の発話より前に起こるが、音素の指令に関わる神経は、音素の構造のプランにも関わっていることが時間差からわかる。そして、これらの要素から発話された内容を推定できる。
  3. 音素発話に対応する神経の一部は、話を聞いているときにも反応するが、これらは言葉のプランニングで反応する神経とは全く異なる。すなわち、発話とヒアリングは相互に補完してはいるが、全く別のプロセスであることがわかる。
  4. シラブルと音素の関係が異なっている単語の発話過程の解析から、シラブル、そして形態素に特異的な神経も存在し、発話のプランニング時に活動していることが明らかになった。
  5. これらの神経の活動ピークを並べると、形態素に対応する神経興奮の後(-400ms)、音素に対応する神経(-160ms)、そしてシラブルに対応する神経興奮(-70ms)と続いている。
  6. さらに、それぞれの要素に対応する神経は、空間的にもある程度まとめられており、早い反応を可能にしている。

以上が主な結果で、これから何を考えるか、それぞれの自由な世界が開かれていると思う。例えば言語に続いて文字が形成される過程をかぶせるのも面白いかも知れない。というのも、ほとんど母音を表記しないフェニキア以前の表音文字が、アルファベットで全ての音を表記できるようになる過程や、我々のようにシラブルを文字にするまでの過程を理解するにも、ひょっとしたらこのような研究が大きなヒントを与えてくれる気がする。

単一神経の記録は、AIのニューラルネットの各要素での反応を記録するのと同じで、おそらく大規模言語モデルでもそんな実験が行われると思うが、これと比べるのも面白い。次に何が出てくるか楽しみだ。

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2月1日 またまた腸内感染と補体(1月26日 Cell オンライン掲載論文)

2024年2月1日
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補体は主に肝臓で作られ、抗体によって、時にはオルタナティブ経路で活性化され、バクテリアや細胞に穴を空けて傷害するというのが一般的な理解だが、最近では様々な細胞が補体成分を合成し、局所で働くことが知られるようになってきた。中でも面白いのは、補体が神経シナプスの剪定に関わり、この異常がアルツハイマー病や、統合失調症に関わるという話だ(https://aasj.jp/news/watch/5056)。また最近紹介したように、腸管感染防御に母乳由来の補体成分が関わるという話も(https://aasj.jp/news/watch/23772)、意外な場所で補体が作られ、抗体を介さず感染防御に活躍していることを示している。

母乳内の補体成分の役割について紹介したのが1月23日だが、1週間しないうちに同じ Cell からハーバード大学のグループが発表したのが大人の腸内で合成され働いている補体成分の研究で、1月26日にオンライン掲載されている。タイトルは「Gut complement induced by the microbiota combats pathogens and spares commensals(細菌叢により誘導される腸内の補体成分は病原菌と戦い常在菌を保全する)」だ。

補体の合成される細胞や場所を特定する試みが広く行われているようだが、この研究では便中の補体C3成分無菌マウスではほとんど存在しないこと、さらにSPFマウスの細菌叢移植で誘導されることに着目し、まず腸内のC3の由来を探索している。

C3遺伝子に蛍光マーカーをノックインしたマウスや Single cell RNA sequencing を用いた検討から、従来想定されてこなかったストローマ細胞が最も多くのC3を発現していることを明らかにしている。また組織内での遺伝子発現も調べ、大腸では粘膜下でリンパ球が集合している領域の間質細胞で特に強い発現が見られることを明らかにしている。

C3合成の誘導に関しては、マウス側のバクテリア感知システム(Toll like receptorなど)のノックアウトマウスを用いて、TLR4/Myd88経路が主に働いており、このシグナル系を刺激できる最近は、グラム陰性陽性を問わず、C3誘導能があること、なかでも Prevotella属に誘導能力が高いことを示している。

次に腸内でのC3の機能を調べ、母乳中のC3についての論文でも用いられたマウス腸炎を誘導するバクテリア Citrobactor rodentum 感染を抑える働きがあること、そして細菌傷害メカニズムは細胞壁にC3が結合することで、白血球に貪食され、除去されることを示している。

以上が結果で、母乳による感染防御では、全ての補体成分が細菌にとりついて穴を空けることで細菌を傷害していたのと比べると、大人の腸管では他の補体成分の合成がないため結局白血球の貪食能力に頼っているようだ。

以上が結果で、補体だけで感染防御の最前線を担っていることは間違いない。

カテゴリ:論文ウォッチ
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