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6月2日:メラノーマ治療の一例報告(5月30日号The Journal of Experimental Medicine 掲載論文)

2016年6月2日
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  今日紹介するシアトル・フレッドハッチンソンガンセンターからの論文が掲載されたThe Journal of Experimental Medicineはロックフェラー大学から発行されている伝統ある実験医学のトップジャーナルの一つだ。免疫学に関わっていた頃はほぼ毎月目を通していたが、神戸に移ってからはたまにしか読まなくなっている。いずれにせよ、卒業してからこれまで、ほぼ40年にわたって付き合ってきたが、これまで患者さんの1例報告が掲載されているのを見たことはなかった。ところが今日紹介する論文は、StageIVの一人のメラノーマ患者さんの治療記録だ。タイトルは「Combined IL-21-primed polyclonal CTL plus CTLA4 blockade controls refractory metastatic melanoma in a patients (IL-21で感作したポリクローナル細胞障害性T細胞と抗CTLA4抗体の複合治療は難治性の点性メラノーマを制御する)」だ。
  一例報告を掲載するぐらいだからよほど価値のある報告だろうと読んでみると、確かに手術と免疫療法を続けても進行を止めることができなかったメラノーマが、今回の治療で完全寛解し、3年目からは全く治療なしで経過観察だけで再発なく5年目を迎えているという結果だ。一例報告をそのまま鵜呑みにしてはいけないとわかっていても、期待できる。
   ではどのような治療を受けたのか?最初に行われた治療は、メラノーマの発現するMART-1と呼ばれるペプチドに対する細胞障害性T細胞を誘導し、反応性細胞をクローン化して投与する治療だ。普通はクローン化することなくガン特異的キラーT細胞として移入されることが多いが、より確実な治療効果を求めてクローン化まで行い投与している。ところが期待に反し、この治療は全く効果がなく、移入した細胞もすぐ消滅してしまった。
  そこで、チェックポイント阻害治療としてCTLA4抗体の投与を始めたが、これもあまり効果ががない。実際、患者さんの末梢血のメラノーマペプチドに対する反応を調べているが、弱い反応しか見られない。
  そこで、今度は末梢血をMART-1ペプチドを用いてT細胞を刺激するとき、抑制性T細胞を完全に除いたあとのT細胞を刺激している。さらに細胞障害性T細胞の誘導力の強いIL-21と培養してキラーT細胞を増幅し、得られた細胞をそのまま患者さんに移入する治療を行っている。加えて、移入した細胞の活性が抑制されないように今度は最初から抗CTLA4抗体を同時に投与している。
  すると、治療開始後1ヶ月目からメラノーマが縮小しはじめ、約8ヶ月で完全消滅し、その後再発がないという結果だ。経過中の免疫反応は詳細にモニターされており、MART-1のみならず、多くのメラノーマ関連ペプチドに対する反応性のT細胞が出現していることが分かった。すなわち、IL-21処理により、抗原として用いたペプチド以外の様々な抗原に対するT細胞が誘導され、患者さんの体の中でさらに強力に育っていたことになる。事実、治療により患者さんの毛は白髪になってしまっていることから、正常のメラノサイトも殺すだけのキラーT細胞が誘導できたことになる。
   以上、たった一例の経験であっても、1)効果のあった治療となかった治療を比べることが出来ていること、2)完治していること、から重要性が認められたと思う。この治療法なら、コストもそこそこで、現実味がある。早急に症例数を重ねてほしいと思う。ただ気になるのは、この患者さんが手術や免疫療法を受けていても、標的治療を含む化学療法を全く受けていないことだ。実際には、ほとんどのメラノーマ患者さんは化学療法を受けている。従って、化学療法を受けた患者さんも同じ治療が可能かどうかも是非調べてほしいと思う。
  しかし、メラノーマの治療は百花騒乱の状態になってきた。この中から、早く確実な根治療法はどれか決めてほしいと思う。
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