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6月22日:創薬の標的を拡げる(Natureオンライン版掲載論文)

2016年6月22日
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   創薬は、特定の生命現象に効果がある薬剤を見つけてから、その作用機序を明らかにする方法と、逆に特定の現象の分子メカニズムを明らかにし、それに関わる分子をまず決めて、それを標的にして薬剤を開発する方法に分けることができる。後者の方法は、新しい創薬の方向性として20世紀後半から各製薬会社が取り入れているが、どの標的分子に対して薬剤を開発可能かがまだ明確でなく、結局多くの候補分子をスクリーニングする経験的方法に頼らざるをえない。
   今日紹介する米国スクリプス研究所からの論文は、これまでの創薬をさらに論理的に促進するための研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Proteome-wide covalent ligand discovery in native biological system(自然の生命システムを用いて特定のリガンドに共有結合する標的タンパク質を網羅的に探索する)」だ。
   この研究の目的は特定の化合物が結合するタンパク質のカタログを作ることだ。ただ最終的に治療に用いられる複雑な化合物の代わりに、様々な化合物の構造の元になる基本骨格と反応するタンパク質を網羅的にカタログ化しようと試みている。
   これまでも同じ様な試みは行われてきたが、創薬候補のリストは拡大してこなかった。この反省に立って、この研究では化合物がタンパク質のシステインと共有結合できる様にして、化合物と結合したシステインの周りの配列から候補タンパク質をリストする手法を採用している。研究では、細胞をこの化合物と培養し、反応するタンパク質のシステインをこの化合物で標識する。次に細胞を溶解した後、すべてのシステインに結合する別の化合物と反応させる。細胞が生きている時に標識に使った化合物と結合しているシステインは、溶解後の化合物と反応できないため、これによって特定の化合物と特異的に結合するタンパク質を特定することができる。こうして特定したシステインがタンパク質の機能活性部位に存在しているかどうかは、タンパク質を熱で変性させる実験を用いてさらに確かめている。
   方法の説明が長くなったが、実際の方法は重さの違うアイソトープを用いたさらに複雑な方法なので、詳細は全て省く。この研究ではこの方法で30種類程度の化合物に反応するタンパク質の活性部位を網羅的にリストしており、こうしてリストされた標的分子の数は、これまで創薬標的として分類されてきた分子の5−6倍の数に上る。すなわち、まだまだ様々な分子に対する薬剤を開発できることになる
   最後にリストされてきた特定の分子を取り上げ、この方法で発見される分子が創薬標的になることを幾つかの方法で確認している。例えば、すでに創薬標的として開発が進んでいる分子はこの方法でリストすることができ、また今回の結合を元に実際の薬剤開発が可能なことを、多くのガンで突然変異が見られるIDH分子を例に示している。
   最後に、細胞死の経路を調節するカスパーゼ8、10について、今回結合が見られた化合物をもとに、より特異性の高い化合物へと改良した化合物を作成し、FAS刺激によるT細胞の細胞死を特異的に抑制する薬剤を実際に開発できることを示している。
   私はこの分野の素人だが、このリストは自分で見定めた分子が創薬標的になるかどうかを合理的に判断するために大きく役立つ様に思う。特に、どの様な構造の化合物が効きそうかあらかじめ予測できるのは大きい。今回作成されたデータベースがどこまで公開されているのかわからないが、閲覧するために金を払う価値は十分ある様な気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ
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