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7月31日:レーザー光で血小板を増やす(7月27日号Science Translational Medicine掲載論文)

2016年7月31日
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   20世紀後半に進んだ造血因子遺伝子クローニングのおかげで、赤血球が少ない患者さんにはエリスロポイエチン、白血球が少ない患者さんにはG-CSFを臨床に使うことができる。ところが、当時最後にクローニングされた血小板を作る巨核球の数を増やすトロンボポイエチンは現在も臨床利用ができていない。
  この原因は、この因子が末梢血の血小板数とは無関係に、巨核球へ分化する前駆細胞を増殖させるためで、血小板が増えすぎて血栓ができる危険性を完全に解決できなかった。このため、せっかく開発されても臨床に使われないで終わっている。
   当時のクローニング競争を知る世代から見ると、今日紹介するハーバード大学からの論文は「え!こんな方法で血小板が増えるの?」と驚く論文で7月27日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Noninvasive low-level laser therapy for thrombocytopenia (侵襲性のない低レベルレーザーによる血小板減少症の治療)」だ。
   侵襲性のない近赤外レーザー(LLL)は傷の治りを早めたり、鎮痛の目的で現在使われている。細胞を用いた研究から、近赤外光が細胞の代謝や生存に影響を及ぼすことがわかっている。この研究では、近赤外光照射によりATP量が上昇する点に注目して、ATPに強く依存する巨核球からの血小板分化を亢進できるかを確かめるところから始めている。
   期待通り、試験管内で分化が進んだ巨核球にLLLを照射するとATPの量が上昇し、細胞学的に巨核球が巨大化して、多くの血小板を作るようになる。そしてLLLがミトコンドリアの細胞内増殖を促進することが、血小板産生の上昇につながることを明らかにしている。
   実際にLLLでミトコンドリア増殖が促進される細胞学的メカニズムは大変面白い点だが、今日はこの詳細は省いて、実際にこの方法が血小板減少症の治療に使えるかどうか調べた実験のみを紹介する。
   全て体の小さいマウスモデルの話だが、まずLLLの全身照射により骨髄の巨核球のATP合成が上がることを確認した上で、γ線照射により血小板減少症を誘導した後、LLLの全身照射を行い、血小板がほぼ正常に回復することを確認している。    他にも巨核球が発現するCD41に対する抗体による細胞障害や、あるいは抗がん剤による血小板減少についてもこの方法で血小板数を正常化できることを示している。一方、正常マウスにLLL照射をしても血小板数のオーバーシュートはなく、トロンボポイエチンで見られるような副作用がないことがわかる。
   最後に、試験官内ではあるが、ヒトの巨核球もマウスと同じようにLLLに反応してATPが上昇し、血小板への分化が促進することを示している。ただ、ヒトの場合、骨髄内にLLLを到達させることは簡単でなく、残念ながらこの方法をすぐにヒトに応用するのは難しいようだ。     しかし、こんな簡単な方法で血小板だけを増やすことができる可能性は捨てがたい。なんとかこの光で骨髄内が照らされることを期待したい。他にも、 iPSなどから試験官内で血小板を作ろうとする試みが進んでいるが、この方法は使えるかもしれない。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月30日:光ピンセットの見事な利用(Natureオンライン版掲載論文)

2016年7月30日
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    物理が苦手で原理を完全に理解しているわけではないが、光ピンセットを使うと細胞から分子に至るまで捕捉して移動させることが可能であることは知っている。しかし、現役時代も含めて、光ピンセットを利用した論文を読んだという記憶はない。
   ところが今日紹介するオランダ・アムステルダム大学からの論文を読んで、「なるほど光ピンセットもこんなふうに使えるのか」とそのパワーに驚かされた。タイトルは「Sliding sleeves of XRCC4-XLF bridge DNA and connect fragments of broken DNA(XRCC4-XLF複合体が形成する移動する鞘がDNAを架橋し破断したDNAを結合する)」で、Natureオンライン版に掲載された。
   研究では2つ、あるいは4つの物体を同時に捕捉できる電子ピンセット、微量な流れを再現できるマイクロフルイディックス、そして蛍光顕微鏡を組み合わせて、一本の切断されたDNAをXRCC4-XLF複合体が修復するダイナミックスを分子レベルで観察している。
   これまで切断されたDNAに関わる修復複合体についてはかなり詳しく研究され、ほぼ正確な像が教科書にも示されるようになっている。しかし、この研究のように実際にXRCC4-XLFがどう切断されたDNAをつかんで修復するのかについてリアルタイムで観察することなどできなかった。この意味で、この研究は極めてエキサイティングで、例えば切断された2本のDNAがゆらゆらと流れの中で伸びているのをキャッチして結びつける、あるいは2本のDNAを捕まえた後、DNAを一方向に滑っていく様子、さらには捕まったDNAを引っ張った時、どの程度の強さで2本のDNAをホールドするかなど、光ピンセットならではの実験がこれでもか、これでもかと示されている。この技術のポテンシャルを実感する。
   この研究から明らかになった修復のシナリオを最後にまとめておこう。
    まず切断されたDNAにXRCC4のDNAへの結合はXLF分子がガイドし、そこでかなり強い結合を起こす。実際、引っ張ってみるとホールドされている部分ではずれず、DNAが切れる方が早い。こうしてできた2本のDNAを束ねるXRCC4-XLF複合体はDNA上を滑り、断端に集まりおそらく修復につながるという結果だ。
   今回はDNAを捕まえて動くという過程の可視化が中心だが、今後断端での過程や、あるいは断端で起こっているリン酸化反応など様々な過程を見ることができるだろう。将来さらに多くのビデオが見られ、DNA修復の全像を映画で見ることができるのではと期待させす論文だった。
   しかし、オランダと並んで我が国もDNA修復では世界をリードしていたと思うが、最近は論文を目にすることは多くない。どうなっているのか少し心配だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月29日:すぐに使えるスポーツ医学(8月9日号Cell Metabolism掲載論文)

2016年7月29日
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   リオオリンピックは始まる前からドーピング問題で揺れている。しかし、ほとんどのドーピングに用いられる介入はスポーツ医学、内分泌学、代謝医学から生まれた。ただ、極限状態とも言えるスポーツ選手への介入は常に危険と隣り合わせだ。このため、どの介入が危険で、どの介入が危険でないかを常にチェックする必要があるが、医学の常でグレーゾーンが必ず存在し、線引きが難しい。結果、考え方の相違が政治的対立にまで発展することさえある。
   今日紹介するオックスフォード大学とケンブリッジ大学からの共同論文は、飢餓状態で起こる体の防御反応をおこしてエネルギー代謝を変化させる方法の開発で8月9日号のCell Metabolismに掲載された。おそらく、持久力を必要とする選手なら明日からでも試したいと思う研究成果で、タイトルは「Nutritional ketosis alters fuel preference and thereby endurance performance in athletes(栄養的に誘導したケトーシスは利用するエネルギー源を変えることでスポーツ選手の持久力を高める)」だ。
   重度の糖尿病や長期の炭水化物制限はケトアシドーシスと呼ばれる、血中ケトン体が上昇する状態を誘導する。医学部の学生は、この時患者さんから出るアセトンの匂いを見逃すなと習う。ただ、このケトーシスは、貴重な炭水化物が使えないことを感知した体が、脳の維持に必須のエネルギーを脂肪にシフトさせ、肝臓でケトン体(アセト酢酸、βヒドロキシ酪酸、アセトン)を合成し体に供給することで起こる防御反応だ。脂肪酸と比べるとケトン体は水によく溶け、あらゆる細胞に摂取され、ミトコンドリアでTCAサイクルを効率よく回すことができる。このため、炭水化物を制限してケトン体を誘導することで、持続力を高めダイエットに利用する方法も実際に行われている。
   もしケトン体がそれほど利用価値が高いなら、最初からケトン体を飲んだらどうかと思うが、この結果身体が酸性になったり、塩濃度の上昇をきたすため、大量の使用は困難だった。
   この問題を解決し、副作用なく血中のケトン体濃度を上昇させることが可能な新しい脂肪酸R-3-hydroxybutyl-R-3-hydoroxybutyrate keton ester(KE)を開発したというのがこの論文の味噌で、論文では実際のスポーツ選手を使った実験で、この分子がいかにエネルギー代謝を改善し、持久力を上昇させるかが示されている。
   KEはまず腸でβヒドロキシ酪酸とブタンジオールに分解され肝臓に入り、ブタンジオールは肝臓でさらにβヒドロキシ酪酸に変換される。すなわち、アシドーシスを誘導することなく、βヒドロキシ酪酸の血中濃度を上げることができる。そして、このβヒドロキシ酪酸はミトコンドリアに入りTCAサイクルを回して、大事な炭水化物の消費を少なくして活動を続けることができる。
   論文ではKEがいかに期待通りの代謝改善を行うかを、血液検査、バイオプシーで得られた筋肉細胞の代謝物検査から示しているが詳細は省く。ただ、運動中の筋肉疲労のバロメーターと言える血中乳酸値の上昇が、KE摂取して運動した場合半減するという結果は一般の人にもわかりやすいだろう。
   要するに、エネルギー代謝については期待通りの効果が安全に得られたということが詳しく示されている。
  当然一番気になるのが運動能力への影響だが、自転車で1時間にどれだけ走れるかを調べたタイムトライアルを行い、炭水化物だけ摂取した群では平均20100mに対しKEと炭水化物を摂取した群では20500mと、平均で411m、トラックにして1週の差が出たという結果だ。
   この結果が正しければ、まちがいなくこれまでの食事制限によるケトン体誘導法の代わりになるだろう。
  オックスフォードとケンブリッジが共同で進めた研究で、英国のスポーツ選手も全面的に協力した研究であることを考えると、この成果はリオオリンピックの英国のメダル獲得数で示されるかもしれない。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月28日:地衣類についての新説(7月21日Scienceオンライン版掲載論文)

2016年7月28日
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   異なる種の見事な共生として常に例に挙げられるのが地衣類だろう。通常、カビやキノコの仲間。子嚢菌と光合成をするパートナーになる藻類からできていると考えられてきた。
   今日紹介するグラスゴー大学からの論文は、地衣類では子嚢菌一種類だけが菌類の主体となっているとするこれまでの通説を覆し、実際には2種類の菌類が光合成を行う藻類と共生していることを示した論文でScienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Basidiomycete yeasts in the cortex of ascomycete macrolichen (Basidiomycete(担子菌)はascomycete(c)からなる大型地衣類の皮質に存在している)」だ。
  地衣類を見たことがないという子供達も今は多いかもしれない。木の幹に張り付いている葉やヒゲの形をした生物で、上に述べたように菌類と藻類が一つの個体を形成する共生生物だが、例えばハリガネキノリ属というように地衣類としての名前も持っている。
   私も知らなかったが、地衣類の研究を阻む大きな難関は実験室で地衣類を培養することができなかったことで、この原因として実際にはこれまで知られていない生物が共生のために必要ではないかと考える人が多かった。
   この研究では色の違う2種類の全く色の異なるBryoria(ハリガネキノリ属)の遺伝子発現を調べ、色の違いは子嚢菌とパートナーを組む藻類の種類の違いとして説明がつかないことに気づき、色の違いが決まる原因を探索していた。その結果、地衣類は子嚢菌だけでなくもう一つの菌類basidiomyceteから構成されており、色の違いはこのbasidiomyceteの種類の違いによることを明らかにした。すなわち、これまで2種類の生物の共生と考えられてきた地衣類には2種類の菌類と藻類からなるより複雑な種類が存在することがわかった。
   次にこのような構成が一般的なものか、あるいは最初調べた2種類の地衣類だけに適用されるのか、モンタナ州に生息する様々な地衣類の遺伝子を調べ、調べた全ての地衣類で同じように3種類以上の共生が認められることが明らかになった。
   なぜ今までこんなことが発見されなかったかについては、PCRに用いられる鋳型のバイアスのせいではないかと想像している。
  次の問題は2種類の菌類が地衣類の体のどこに存在するかだが、in situ hybridizationを用いて、basidiomyceteが最も外側の皮質を形成し、色の違いになっていることを明らかにしている。
   話はこれだけで、最初読み始めた時、ついに実験室で地衣類の培養が可能になったかと期待したが、ここまで研究は進んでいないようだ。しかし、構成成分が明らかにならないと培養は不可能で、その意味では大きな一歩と言えるだろう。キノコのような複雑な形態が単純な菌類からどのようにできるのかは面白い問題だ。
   また、面白いだけでなく、「私たちを魅了する松茸の培養にもつながるだろう」などと、すぐ商売に結びつけるのは品のない考えかもしれない。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月27日:アレクサンドル・リトビネンコ暗殺事件の医学(7月22日号The Lancet掲載論文)

2016年7月27日
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   アレキサンドル・リトビネンコ暗殺事件を覚えているだろうか。   リトビネンコはロシアKGBのエージェントで、命じられた実業家ベルゾフスキー暗殺を拒否したため、弾圧を受け2001年に英国に亡命した。英国では自らが関わったロシアの様々な陰謀を暴露し、プーチン政権批判の先頭に立っていた。ところが、2006年、ポロニウム210と思われる放射毒により暗殺され、当時大きく報道された。
   なんとリトビネンコが運び込まれた病院で治療や検査に関わった医師によるリトビネンコの症例報告が7月22日号のThe Lancetに掲載された。タイトルは「Polonium-210 poisoning: a first-hand account(ポロニウム210中毒:現場からの報告)」だ。
   高濃度のポロニウム210中毒など、世界中探しても経験できる症例ではない。「1度起これば必ずまた起こる」と考えるのが医学の世界で、貴重な経験を論文にまとめるのは何の不思議もない。しかし、2006年の事件が10年経ってようやく症例報告として現れたのは、やはり重大な政治問題が背景にあることを実感する。
   論文の内容は、診察に訪れてから23日目に亡くなるまでの臨床データと、その時医師達が何を考えたかの記録、そして死亡後調べられたボロニウム210の体内分布のデータだ。
  後の方から紹介すると、なんと44億ベクレルのポロニウム210を摂取し、死亡までの累積被曝は、腎臓で140Gy、肝臓で92Gy,骨髄で17Gyに達している。直接被曝で4Gy照射を受けると、骨髄死に至ることを考えると、この数字の恐ろしさがわかる。
   一般の方なら、なぜそんな大量の放射能を運んだり、飲み物に混ぜたりできたのかと訝しがられると思うが、ポロニウム210から出る放射線はα線のみで、紙一枚あれば遮ることができる。従って、暗殺者側が被爆する危険はない。しかし、いったん体内、そして細胞内に取り込まれると、DNAを切断し、生体高分子にも直接影響する。
   ではリトビネンコの治療に当たった医師はどう考えたのかだが、正直ポロニウムとは想像もできなかったというのが結論だ。
   最初和食のレストランで食事の後、胃腸の異常を訴え、強い下痢で病院に入院する。その時、中毒と感染が疑われるが、まず感染として治療が始まる。しか難治性のクロストリジウムが便から発見されたため、抗生物質の治療が続けられる。
   ところが入院1週間でレトビネンコが自分の経歴を明かし、自ら暗殺の対象になった可能性があることを医師に告げ、タリウム中毒なども疑われるが、尿中にも検出できず、原因の決め手は得られないまま、急速に貧血、脱毛、など放射線障害によるとみられる症状が進行する。2週間目以降は白血球数は0。ただ、ガイガーカウンターで調べても何も検出されず、死ぬ前の日に、血液をスライドグラスに塗布してレントゲンフィルムで露光させることで初めて、α線を照射している放射性物質が大量に体内に存在することがわかったという経過報告だ。
   この高い放射能のため、未だ組織の顕微鏡検査は行われていない。
  結論としては、最初の下痢症状はタリウムと同じで、ポロニウム自体の毒性の反映で、その後は放射線障害と考えられる。従って、教科書的には下痢を伴う胃腸症状を訴え、1週間以降急速に放射線障害を発症する患者で、ガイガーカウンターで放射線が検出できない場合はポロニウム中毒を疑えということになるのだろう。
   国家が行う犯罪が私たちの想像を超えることがこの論文からわかる。どの民主国家でも、権力を持つということは、市民に隠された力とアクセスできるようになることだ。これを乱用するかどうかは、決して政治家の良心の問題ではない。基本法や憲法で、権力を制限できる契約を交わすことでしか防げないことが、この論文を読んだ私の印象だ。10年という月日を経た後でも、この事件が一般医学雑誌に掲載されたことは正しい選択だと思う。
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7月26日 脳内の機能的シナプス量を測るPET検査(7月20日号Science Translational Medicine掲載論文)

2016年7月26日
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    最近、水分子の拡散速度の違いを検出して脳内の神経結合をfMRIを用いて可視化する方法が可能になり、自閉症などの様々な病気の神経結合異常の特定に応用されている。とは言っても、神経間の結合は全てシナプスにより媒介されており、様々な病気での神経結合の変化を定量化するためには、シナプス接合の密度を測りたい。このため、シナプス接合で神経伝達因子の保持、遊離に関わるシナプス小胞をPETを用いて可視化するためのリガンド開発が進められてきた。
   今日紹介するエール大学PETセンターからの論文は炭素11でラベルしたシナプス小胞のタンパク質(SV2A)に結合するUCB-Jを用いると、人間の脳内で機能しているシナプスの量を測定できることを示す研究で、7月20日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Imaging synaptic density in the living human brain(生きている人間で機能するシナプス濃度を画像化する)」だ。
   この分野の専門誌を見ることはほとんどないので、脳内シナプスをが増加するためこれまでどの様な研究が行われてきたのかほとんどフォローできていない。しかし、この論文の著者らは、この論文がシナプス濃度の画像化についての最初の報告だと主張している。
   この技術のコアは、SV2Aに特異的に結合するUCB-Jの合成と炭素11同位元素での標識で、様々な全臨床研究を経て、実際の人間の脳での測定に利用できることを示したのが今回の研究だ。
   研究ではまずサルを用いてUCB-Jで画像化されているのがシナプス小胞のSV2Aであることを確認した後、まず正常人を用いてシナプス接合の多い灰白質にシグナルが集中していることを確認、またUCB-Jの結合動態を詳しく検討して、シナプス濃度を定量できることを確認している。
   次にUCB-Jの結合がSV2A特異的であることを示すために、同じタンパクに結合し抗てんかん薬として用いられているレベチラセタムと競合させ、レベチラセタム投与でUCB-JによるPET画像の強度が低下することを示している。
   最後に内側側頭葉の梗塞の結果てんかんを発症した三人の患者さんに適用して、梗塞部特異的のシナプス量を、例えば反対側の52%程度と正確に定量化でき、てんかん症状と相関させられることを示している。
   結論として、画像の広がりや定量性を比べると、これまで用いられてきたグルコースの取り込みや、MRIとは質的に異なる画像がUCB-Jを用いたPETで得られ、今後様々な病気に利用できるといえるだろう。
   素人ながら今後を考えると、tauタンパクの蓄積画像を定量できる様になってきたアルツハイマー病のシナプス機能測定にまず用いられるだろう。しかし本当にこの技術が役に立つのは、小児の脳発達とその異常の把握だと思う。そのためには、さらなる安全性とともに、シナプスの絶対量についての定量性の確認など調べるべきことは多い。しかし、期待は大きい。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月25日:類い稀なる知能に恵まれた子供の輝ける未来(Psychological Science7月号掲載論文)

2016年7月25日
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   生まれつき背が高く運動能力が優れている人たちがいるのと同じで、小さい時から図抜けて知能が優れている人がいることは、モーツアルトを始め神童と呼ばれた人の存在を見ればわかる。この様な人がどのぐらいの規模で世の中に存在し、頭がいいことでどう運命が変わるのか、誰もが興味を持っている。しかし、その様な人たちを早期に見つけて、その行く末を長期に追跡する大規模研究を行うことは簡単ではない。
   今日紹介するデューク大学からの論文は、まさにこんな調査を三十年以上にわたって成し遂げ、知能に恵まれた子供には一般より素晴らしい未来が待っていることを明らかにした研究でPsychological Science7月号(Vol27, p1004)に掲載された。タイトルは「When lightning strikes twice: profoundly gifted, profoundly accomplished(雷が2回も落ちたら:顕著に能力が高いと、顕著な成果をあげる)」だ。
    残念ながら、著者がWhen lightning strikes twiceとタイトルに使った比喩を完全に理解しているわけではないが、稀なことが2回も起こることを指しているのだろう。研究はわかりやすく、米国で大学資格試験に使われるSAT-VerbalとSAT-mathematicsを13歳児に行って、高い成績をあげた1万人に一人の能力を持った人たちを259人特定し、40歳時点でその人たちがどうなったか調べている。このコホート研究はDuke University Talent Identification Program(TIP:デューク大学優れた人材発掘プログラム)という枠組みで行われ、おそらく今後も長期にわたって追跡が行われ、今後はゲノム研究も行われるのだろう。
   実は同じ様な試みが米国で、Study of Mathematically Precocious Youth(SMPY:早熟な数学能力を持つ若者についての研究)がすでに行われ、トップ0.01%の能力を持つ子供達は、その能力に見合った職業についているという結果が報告されている。ただ、一回きりの調査をそのまま鵜呑みにするのは問題だと、同じ調査を行い、結果を確認したのが今回の論文だ。普通30年以上追跡が必要なコホート調査の追試が行われることは稀だが、それが行われたということは、この問題の重要性が強く認識されているからだろう。論文では、両方の調査結果が比べられている。
   まず選ばれた人たちの大学資格試験の結果からみてみよう。このコホートが行われた時点の大学資格試験は、読解力についてのSAT-verbalと数学能力についてのSAT-mathで、この研究ではどちらかのテストで高い点数をとった児童が選ばれている。
   点数の分布を見ると、読解力の高い子供の数学力は広くばらつき、同じ様に数学能力が高い子供は読解力で広くばらつく。すなわち明確に異なる能力がテストできているのがわかる。
   次に、この子供達の30年後だが、37%が博士号を取得、7.5%が大学で終身保障されたポジションについており、9%は特許を取得している。
   面白いのは、読解力試験と、数学能力試験の点数を職業を相関させた図で、読解力が優れた子供たちは、芸術家、小説家、編集者、会社経営者などの文系の職業におついていることが多く、一方数学能力に高い子供は数学、医学を含む理科系の職業についている。両方平均的に点数をとった子供たちには、なんと法律家が多い。
   この結果は両方のコホートで一致しており、ほとんどの人が「そうなんだ」と納得する結果と言えるが、一方でドラマを期待する気持ちから見ると少しがっかりだ。
   要するに類い稀なる能力があると、それが制約となって、自然に能力を生かす様に生きていくという結果だ。ただ、これは類い稀なる能力の場合で、トップ1%について調べた研究では、ばらつきは大きい様だ。やはり凡人は努力するしかないことも申し添えておく。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月24日:リンパ球からのインターフェロンが社会性を決める?(7月21日発行Nature掲載論文)

2016年7月24日
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    脳には、感覚器のみならず、体の活動状態が常にインプットされている。ただ、このためにはインプットするための結合が必要で、神経自体や内分泌系が主要なインプット経路と考えられている。加えて、免疫システムも脳に直接作用を及ぼし、行動に影響する可能性についての研究も根強く存在しているが、大きな分野に発展するには至っていない。
   今日紹介するバージニア大学からの論文はリンパ球が分泌するインターフェロンが様々な動物の脳に直接働きかけ社会性を抑制するという研究で7月21日号のNatureに掲載された。タイトルは「Unexpected role of interferon-γ in regulating neuronal connectivity and social behaviour(神経の連結や社会行動の調節に関わるインターフェロンγの思いがけない役割)」だ。
   もともとこのグループの所属は「脳免疫学とグリア部門」で、免疫系と脳機能の関わりが研究対象で、特に免疫異常で自閉症様症状の社会行動の異常が起こるという報告に興味を持っていたらしい。
   この研究ではthree chamber testと呼ばれる、他のマウスへの関心の程度を調べる方法を用いて、リンパ球の存在しないscidマウスと正常マウスを比較し、リンパ球が欠損すると他のマウスへの関心が薄れることを発見している。この様な話はよく聞くし、またscidマウスはDNA切断修復異常マウスなので、興奮でDNA切断が起こる神経の異常が起こっても何の不思議はないが、この異常を正常のリンパ球を移入することで治すことができるとなると話は俄然面白くなる。
   次に、リンパ球が社会行動に影響するメカニズムを調べ、先ずこの効果がインターフェロンγに媒介されていることを発見する。実際、インターフェロンが欠損したマウスにインターフェロンを注射すると、急に社会性が戻る実験を示している。そして、このインターフェロンがグリアなどの炎症に関わる細胞ではなく、直接前頭前皮質のGABA作動性神経に働きかけ、抑制性ニューロンを活性化させることで社会行動をサポートしていることを示している。
   最後に、この様な連結が確立した理由を、感染などで炎症を起こした個体が、インターフェロンγにより社会性を高めることで、集団の中で守られることが種の保存に役に立ったからではないかと仮説を立て、ラット、ゼブラフィッシュ、ショウジョウバエの社会行動と脳の遺伝子発現を調べた文献のデータを、今回の結論を下に再検討し、すべての種で社会性の欠如する状況に置かれた個体はインターフェロンが低下していることを示している。
   この論文の結論は、「脳内でのリンパ球の活性化と、インターフェロンγの分泌が社会性の維持に重要」になるが、実際には正常マウスが対照になっていることを考えると、正常状態でリンパ球の活性化が起こり、社会性を維持していることになる。だとすると、病的状態で実際にこのレベル以上のインターフェロンが何をしているのかについてははっきりしない。
   また私の様なあまのじゃくから見れば、感染時あまり社会性が上がると他の個体に病原菌が拡がらないかも心配だ。
   現象は面白いが、この仮説をそのまま受け入れるにはまだまだデータが欲しいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月23日:専用の終始コドンの存在しない生物(7月28日号Cell掲載予定論文)

2016年7月23日
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    昨日はカメのこうらの論文を紹介したが、我が道を行くかのような進化を遂げている生物にはいつも驚かされる。特に、ほぼ全ての生物とは異なる道を歩んだ生物の存在は、生物に常識はないことを教えてくれる。例えば、乾燥した後水で生き返るだけでなく、性生殖を全くやめたワムシもそうだし、ゲノムサイズの違う大核と小核を使い分け、ゲノム同士の引き算や足し算を繰り返すゾウリムシなどは、私には特に印象深い。
   今日紹介するスイス・ベルン大学からの論文もゾウリムシと同じ繊毛虫の仲間、CondylostomとParduczia の話で、繊毛虫では特異的な終始コドンが存在しないことを示す研究が7月28日号発行予定のCellに掲載されている。タイトルは「Genetic codes with no dedicated stop codon: context-dependent translation termination (専用の終始コドンが存在しない遺伝子コード:コンテクストに依存した翻訳停止)」だ。
   私たちはコドン表(すなわち遺伝子コードとアミノ酸を対応させた表)に記載されたコドンはほぼ全ての生物共通に使われると習う。このため、大腸菌で人間のタンパク質を作ることができる。ただ、幾つかの種でこのコドン表に合致しない例が見つかっている。特に、通常3種類存在する、releasing factorと呼ばれる分子に認識される翻訳の停止を決める終始コドンが、アミノ酸に対応するコードとして使われる例があることが繊毛虫やカビの仲間で知られていた。
   この研究は、CondylostomとParducziaのゲノム解析から、これらの繊毛虫では全ての終始コドンに対応して、tRNAが存在し、アミノ酸に翻訳されることをまず明らかにしている。
  では終始コドンは全くないのかと、releasing factorの性質を調べると、他の生物と同じように全ての終始コドンを認識できることが分かった。すなわち、繊毛虫では終始コドンが、ある時はアミノ酸に、ある時は翻訳停止に使われるいい加減さを持っていることが明らかになった。
  最後に、専用の終始コドンなしに翻訳停止がどのように行われているかを調べ、mRNAの3’端に近い終始コドンが翻訳停止のために使われるが、離れた終始コドンは全てアミノ酸へ翻訳されることを見出している。
   データを示しているわけではないが、これらの結果から、CondylostomとParducziaではmRNAの3’端に存在するpolyAに結合するPABPタンパク質が、releasing factorと相互作用するときだけ終始コドンが翻訳停止に使われるという仮説を提案している。
   すなわち、繊毛虫たちは、同じ終始コドンやreleasing factorを使いながらも、異なる翻訳停止機構を開発したため、コドンルールにしばられない生物となった。一方、他の動物では翻訳停止機構がコドンルールを完全に制約したおかげで、私たちの習ったコドン表が成立していることを示している。
   これから何が出てくるのか、繊毛虫はこれからもますます目が離せない、楽しみな生物だ。
カテゴリ:論文ウォッチ

7月22日:亀の甲羅の起源(7月25日号Current Biology掲載論文)

2016年7月22日
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   キリンの首や亀の甲羅のように、飛び抜けて特異な形態には、生物学者と言わずとも多くの人が魅せられる。ダーウィンとラマルクの進化論の比較には「キリンの首はなぜ長い」という問いが使われ、個体の多様性と選択により首が長くなるというダーウィンの考え(すなわち結果が最初から多様性としてあるという画期的な考え)が教えられる。ただこの時、キリンの首は高い木の葉っぱや実を食べるということが選択圧になったことを疑う人は多くない。
  同じように亀の甲羅は体を隠すためにあるという話も、今の亀を見れば納得するし、私も疑ったことはなかった。
  今日紹介するデンバーの自然科学博物館からの論文はこの定説に対して、亀の甲羅は穴を掘るための適応から始まったという新たな説を提案する研究で7月25日号のCurrent Biologyに掲載された。タイトルはズバリ「Fossorial origin of the turtle shell(亀の甲羅は穴掘りから生まれた)」だ。
   亀の甲羅ができるためには、肋骨が前後に太くなり融合する必要がある。このように甲羅が完成した亀(プロガノケリス)と、まだ完全完成していない亀(オドントケリス、パッポケリス)の化石から、2億5千年前から約2億年ぐらいにかけて身体を守るために肋骨の前後への肥大、融合が起こったと考えられてきた。
   一方、著者らは、もし、身を守るために肋骨が肥大したとすると、この結果肺機能と運動機能が極端に損なわれたのではないかと疑問を呈している。確かにトカゲの運動を見ると身体を左右に曲げながら移動する。もし肋骨が肥大すると、この動きは抑えられる。さらに、私たち人間にとっても肋骨は呼吸に重要な働きをしていることから、肋骨の動きが阻害されると肺機能が落ちる。これは充分納得の議論だ。
  この疑問を解くのが南アフリカで新たに発見された2億6千万年前のユーノトザウルスの化石だ。ユーノトザウルスの肋骨はオドントケリスと比べても強く肥大している。しかし、頭や手足は完全に露出しており、頭を隠すためにこの構造が発達したとは思えない。一方、目の構造、頭の構造、手の力強い構造、強い指に長い爪、などから考えると、穴を掘る強い手足を支える構造として肋骨が肥大した可能性は充分ある。
   オドントケリスなど他の亀も、肘が張った強い尺骨を持っており、同じように穴掘りが得意だったと考えられる。
   ユーノトザウルスの化石は氾濫原の地層から発見されるが、パッポケリスやプロガノケリスも湖の近くの陸上に住んでいたと考えられている。したがって、みな本来穴掘り亀だろう
  これらを総合して、著者らは乾期にはほとんど水がない氾濫原で、水を待ってた穴掘りの上手なトカゲが、進化を生き延びたと提案している。
  ここからは個人的感想だが、運動や呼吸を犠牲にして得た形態が次に穴の代わりになったとすると、進化を「環境の自己への同化」という視点から見ている私の考えには完全に合致する。
カテゴリ:論文ウォッチ
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