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7月12日:T細胞とミトコンドリア(6月30日号Cell掲載論文)

2016年7月12日
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   学生時代から代謝の勉強には熱が入らなかった方だが、最近は生命誕生を考えたり、ミトコンドリア病について理解する必要から、少しずつこの分野にもアレルギーはなくなってきた。こうして得てきた知識の中でも最も驚くのは、細胞内での独立器官ミトコンドリアのダイナミズムだ。2014年10月19日にこのホームページで紹介したが、卵子発生時にミトコンドリアの数はなんと40個以下にまで低下し、そこから増殖し直すことで機能が低下したミトコンドリアをふるいにかけている(http://aasj.jp/news/watch/2311)。
   今日紹介するドイツフライブルグ・マックスプランク免疫・エピジェネティック研究所からの論文は、ミトコンドリアの形態がエフェクターT細胞 (Te)と記憶T細胞(Tm)状態を決めているという研究で6月30日号Cellに掲載されている。タイトルは「Mitochondorial dynamics controls T cell fate through metabolic programming (ミトコンドリアのダイナミズムが代謝プログラムを通してT細胞の運命を決定する)」だ。
   T細胞は抗原刺激後、刺激されるサイトカインに応じてTe,Tmへと分化する。Teは抗原に反応して様々な免疫反応に関わり役目を終えると死ぬが、Tmは次の抗原刺激に備える一種の記憶反応に関わる。この状態変化に、ミトコンドリアを中心にした代謝状態の変化が重要な働きをしていることはこれまでもわかっていた。これは100m競争と長距離走でミトコンドリアの機能が変化するのと同じことで、Teには100m走と同じ状態が求められる。
  この細胞のエネルギー代謝の変化が、ミトコンドリアの形態変化と対応しているという発見がこの研究の発端だ。即ち、Teではミトコンドリアが分裂により小型の形態を維持している。一方、Tmではミトコンドリアが融合して細長い形態を維持している。これはそれなりに面白い発見だが、著者らはさらに進んで、ではこの形態変化自体を刺激にしてTeとTmの状態変化を誘導できないかと考えた。
   実際、ミトコンドリアの融合に必須の分子Opa1遺伝子をノックアウトした細胞ではTmが欠損するが、Teは正常のままだ。次に、ミトコンドリアの分裂を阻害する方法、あるいはOpa1などのミトコンドリア融合を促進する分子を強制発現させる方法を用いてT細胞内のミトコンドリアを融合させると、Te誘導条件でもTmが出現することを明らかにしている。普通ミトコンドリアの変化や代謝は刺激による2次的変化と考えてしまうが、ミトコンドリア代謝自体がT細胞分化を決めることを示したのがこの研究のハイライトだ。
   もちろん詳細な実験により、代謝、ミトコンドリアの形態、T細胞の機能が対応付けられているが、詳細を省いて提案されたシナリオを紹介すると次のようになるだろう。
   ミトコンドリアの分裂が抑制され、融合が進むと、ミトコンドリア膜がタイトになり、電子伝達系が互いに近接することで酸化的リン酸化が高まり、脂肪酸化が高い状態が維持される。この代謝状態が記憶T細胞の状態を誘導するのに十分な条件になる。一方、細胞が活性化されると、ミトコンドリアの分裂が進み、この結果膜が緩むことで、電子伝達系の活性が低下する。これにより、酸化的ブドウ糖分解が進み、速やかなT細胞反応が可能になる。
   おそらくT細胞にとどまらず、幹細胞など様々な系に研究が広がることを予感させる論文だった。   
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