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8月22日:多くのガンでメチル化DNAが上昇する一つの理由(8月17日号Nature掲載論文)

2016年8月22日
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   染色体の構造の変化を媒体として遺伝子発現を調節するエピジェネティック機構の研究は21世紀に入って急速に進展した。その中の一つが、メチル化DNAのメチル基をハイドロオキシメチル基に変え、最終的にメチル基を外してしまう酵素TETの発見だろう。私が特に興味を持っていた血液の腫瘍でこの分子が欠損しているという発見は、DNAメチル化の調節が発ガンを抑えるのにいかに重要かを示してくれた。特に、TETは転写と連動して特定のメチル基を変化させると考えられ、この発見はガンのエピジェネティックス解明に大きく貢献したと思う。
   今日紹介するベルギー・ルーベンカトリック大学からの論文は、これまで原因のはっきりしなかったガンでメチル化DNAが上昇する現象の一部が低酸素によるTET分子の機能不全によることを示した研究で8月17日号のNatureに掲載された。タイトルは「Tumor hypoxia causes DNA hyper-methylation by reducing TET activity(腫瘍の低酸素はTETの活性を低下させメチル化DNAを上昇させる)」だ。
   白血病のようにTETが欠損するケースは、メチル化DNAの上昇を説明することは容易だが、ほとんどのガンでTET遺伝子は正常なことが多い。従って、メチル化DNA上昇をTETで説明するのは困難だった。この研究では、多くのガンが置かれている状況、すなわち低酸素状態がTETの機能を阻害して、その結果ガンでDNAメチル化が上昇するのではと着想した。
   多くのガン細胞株を低酸素状態で培養し、TET活性の指標となるハイドロオキシメチルDNA(hmDNA)の量を調べたところ、期待どおり著明に低下していることが明らかになった。次にこの原因が、低酸素によりTET分子の発現が低下しているからではなく、TET自体の活性が低酸素により変化するためであることを示している。TETがPHDドメインを持っており低酸素で直接活性が変化することは私にとっても初耳だった。この結果から、TETの変異や発現異常がなくとも、低酸素でTETの機能が低下し、hmDNAが低下し、結果としてメチル化DNAが上昇することが明らかになった。
   次に、TETの作用に特異性があるかどうか、ガン細胞が低酸素にさらされることでhmDNAが低下し、メチル基が外れないゲノム部位を調べると、決してランダムではなく、少なくとも半数の部位は、低酸素で特異的に影響されることが明らかになった。
   以上の結果から、
1) TET活性が低酸素により阻害されることが、ガンでメチル化DNAが上昇する重要な原因であること、
2) メチル基が残る部位は決してランダムではなく、特異性があり、これが発ガン促進に関わること、
3) 従って、ガンを低酸素状態にさらさないことが重要で、ガンの血管新生を抑制する治療は注意が必要であること
が結論として導き出される。
   個人的には、なぜ白血病だけがTET変異が起こるのかわかった気になった。固形ガンではわざわざ変異がなくとも低酸素でその活性を抑えられるが、多くの血液細胞は正常酸素分圧で生きているため、TETを欠損させるしか活性を抑える方法がない。ガンのDNAメチル化調節機構の重要性を再認識した。
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