12月3日:非結核性抗酸菌症の広がり(11月11日号Science掲載論文)
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12月3日:非結核性抗酸菌症の広がり(11月11日号Science掲載論文)

2016年12月3日
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   非結核性抗酸菌症と言われても一般の人には馴染みがないと思うが、名前の通り抗酸菌によりおこる結核以外の病気を指している。ただ、同じく抗酸菌の仲間のらい菌が原因のハンセン病は別に扱っている。非結核性抗酸菌(NTM)症とひとくくりにしているのは、元気な人にはほとんど問題にならない菌で、まず人から人に感染することはないとされていた。現状は把握していないが、私が医者として働いていた40年前には、非定型抗酸菌症と呼ばれ、M.aviumとM Kansasiiによるものがほぼ全てだった。
   今日紹介する英国・サンガー研究所からの論文は私が考えたこともなかった(不勉強で)M. abscesssusが肺の嚢胞性線維症の患者さんを中心に広がり始めていることを示唆する研究で11月11日号のScienceに掲載された。タイトルは「Emergence and spread of a human-transmissible multidrug-resistant non-tuberculous mycobacterium(伝染性で多剤耐性の非結核性抗酸菌の出現と拡大)」だ。
   一般的に健康な人にはNTMが感染することは稀で、欧米でM.abscessus(MAS)感染が問題になるのは、嚢胞性線維症と呼ばれる遺伝性疾患だ。一旦感染すると、慢性化する確率が高く、また薬剤耐性菌が出やすい。この研究では、英国、アイルランド、米国、オーストラリアの嚢胞性線維症センターで治療を受けている患者さん517人から分離した1080株のMASの全ゲノムを解読し、異なる患者さんに感染した菌の間の関係を調べている。
   すでに述べたように、NTMは人から人に感染性が低く、主に飲み水などから感染すると考えてきた。実際、1990−2000に分離された菌の研究から、患者さんごとに菌株の配列が違っていることが示されており、感染は孤発性であることが確認されていた。
   ところが、この研究で調べた患者さんの75%は孤発性ではなく、起源が共通のファミリーに属する菌に感染しており、中でも3種のファミリーに属する菌が広がっていることが分かった。すなわち、嚢胞性線維症の患者さんのあいだであるとはいえ、特定の菌が最近急速に世界中に広がっているという恐ろしい結果だ。
   DNA配列の比較と広がりから、これらの菌は1970年中期に出現したと推定される。また、感染形式を調べるため、一人の患者さんから得られた菌のゲノムを分析し、菌が慢性感染を起こすうちに体内で進化し、他の患者さんに感染したケースまで特定している。これらの結果は、最初孤発性だったMASは患者さんの中で進化を遂げ、人から人へと感染する能力を獲得し、嚢胞性線維症の患者さんを中心に世界中に広がっていることを示している。試験管内の実験から、こうして生まれたMASはマクロファージに取り込まれやすく、また細胞内での生存力が強く、様々な抗生物質に耐性であることが明らかになった。
   この結果が正しく、人から人へと感染する菌が現れたとすると、嚢胞性線維症患者さんだけでなく、基礎疾患で免疫機能が低下している人や高齢者は気をつける必要がある。
   気になって調べてみると、2010年西神戸医療センターから呼吸器外科学会誌に発表された論文では、この時点で我が国でのこの菌による感染症の報告は32例で、全例基礎疾患はあっても嚢胞性線維症ではない。このことは、人から人への感染性を獲得したこの菌が、新しい結核として、嚢胞性線維症以外の人に蔓延する可能性がある。今後注視していきたいと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ