12月10日:トランプ政権に対する科学界の懸念III(12月5日The British Journal of Medicine掲載記事)
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12月10日:トランプ政権に対する科学界の懸念III(12月5日The British Journal of Medicine掲載記事)

2016年12月10日
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   これまで2回にわたってトランプ政権に対する科学界の懸念を取材した科学紙の記事を紹介してきた。なぜこれほど科学者が心配しているかというと、彼が科学技術予算を減額するからといったレベルではなく、彼の言動から判断される彼の行動規範が、科学者一般の考え方と本能的に相容れないところがあるからだと思う。私自身も一言一言に恐怖感すら感じる。そこがトランプラリーと浮かれている経済界の人たちと根本的に違う点だろう。
   そして極め付けともいえる恐ろしいトランプの行動が、12月5日、モントリオール在住のフリーランスの記者Owen DyerさんがThe British Journal of Medicineに明らかにされた。タイトルは「Andrew Wakefield calls Trump “on our side” over vaccine after meeting(Andrew Wakefieldがトランプと会談の後、ワクチン問題で「我々の味方」と呼んだ)」だ。
   このAndrew Wakefieldとは、1998年Lancetにはしかワクチンが自閉症の原因であるという捏造論文を書いた張本人だ。私も、小保方事件と比較してWakefield事件については詳しく述べているので参考にしてほしいが(http://bylines.news.yahoo.co.jp/nishikawashinichi/?p=4#artList)、この捏造論文のおかげで反ワクチン運動が勢いづき、英国や米国で新たなはしかの流行が起こり、死者まで出た。Wakefieldは、共著者全員とLancetの編集者が捏造を認めたことで、失脚したが、米国の反ワクチン運動団体の支援を得て、現在も活動している。
   この記事でDyerさんは、Wakefieldが選挙前にトランプと会談し、会談後Wakefieldが「トランプは反ワクチン運動の味方で、3種混合ワクチンが自閉症を誘発することを認める政治家だ」とコメントしたことを報告している。
   いくら選挙前で、また反ワクチン運動が大きな票田であるからといっても、Wakefieldと会ったこと自体が問題だ。トランプとは直感に頼る煽動家で、科学的に考えることなど全く意に介していないことを示している。普通取り巻きがこのような会談を阻止するのだが、結局取り巻きも同じ穴の狢だろう
   さらにDyerさんはトランプのTwitterを調べ、トランプが従業員の子供について、「ワクチンを接種して、発熱し、自閉症になった」ツイートし、さらに「大統領になったら一度に幾つかのワクチンを接種する現在の方法はやめさせ、何回にも分けて接種させる」とツイートしていることを明らかにしている。これを読んで暗澹たる気持ちになる医学関係者は多いはずだ。
   私自身、個人が直感的に反ワクチン論を展開することに何の問題も感じないが、医学的な研究論文を全く無視した議論の展開は許すことはできない。
   この問題に関しては、大統領になってからトランプが心変わりし、専門家の意見に耳を傾けることを切に祈るが、まずCDCのワクチン行政にどう介入するか様子を見る必要があるだろう。その意味では、厚生福祉長官のトム・プライスが鍵を握るが、Dyerさんは信用できないと切り捨てている。    トランプの真実を最も語る記事だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月10日:時間(タイミング)の脳科学(12月9日号Science掲載論文)

2016年12月10日
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   時間という言葉で私たちが思い起こすのは、過去や未来を含む比較的長いスパンのことだ。今日紹介するポルトガルの「未知の問題についてのChampalimaud研究センター」から12月9日号のScienceに発表された論文は、タイトルが「Midbrain domapine neurons control judgement of time (中脳のドーパミン神経が時間の判断を支配する)」だったので、このような時間の問題にチャレンジする研究かと思って読んでみた。
   残念ながらこの研究が対象にしている時間は、過去と現在といった時間の認識ではなく、音と音の感覚の区別の脳メカニズムについての研究で、例えてみれば単語の音節のようなものだ。とはいえ、音の認識には極めて重要な高次機能で、ノーベル賞に輝いたオキーフさんたちの空間認識の機能とともに、研究が時間についても進展していることを知ることができた。
   脱線するがこの研究が行われた、「未知の問題についての研究センター」という研究所の名前は挑戦的だ。ウェッブで調べてみるとガンジー記念碑を設計したチャールズ・コレアが設計した極めてモダンな建築で、そこで時間の認識についての研究が行われている。是非一度訪れてみたいと思わせる研究所だ。
   研究は例によって、光遺伝学によるニューロンの興奮操作と、光を用いたニューロンの活動記録に、行動記録を組み合わせた定番の脳研究だ。マウスを訓練し、二つの音の間隔が1.5秒より長いか短いかを判断させ、正解の場合にはほうびがもらえる課題を行わせる。十分訓練すると、1.5秒前後のインターバルでは不正解が多くなるが、1秒以下、2秒以上だとほとんど正解するようになる。
   次にこの判断がドーパミン神経の作用であることを確かめるため、ドーパミン(DA)ニューロン特異的に神経活動を抑えると、すべての時間で失敗率が上昇する。したがって、 DAニューロンの興奮がこの判断を決めている。
   以上を確認した上で、音を聞いて判断をし、ほうびをもらう過程のDAニューロンの活動を記録すると、最初の音、次の音、判断、そしてほうびをもらう順序で活動が記録できる。実際には訓練で形成した表象と、2番目の音を聞いたときの感覚とが作用しあいほうびをもらえるという期待が生まれる。この2番目の音を聞いた時の興奮パターンと、短い・長いという判断、そして正解・不正解の結果とを比較することが行われている。
   実際の実験の内容を説明するのは難しいが、結果として2番目の音を聞いた後、DAニューロンの興奮が強いと正解している。また、2番目の音を聞いた時のDAニューロンの興奮の長さは、短い・長いの判断と逆比例している。すなわち、形成されたイメージとの比較がうまく合わないときは、反応が低下する。そして興奮パターン記録の解析から、内部イメージ自身がDAの興奮として時間を刻んでおり、実際の音と比較していることを明らかにしている。
   最後にこれを確認する目的で、トライアルの間に光でDAニューロンを興奮させ、実際判断する時間をずらせることを確認している。
   残念ながら、訓練した時間の内部イメージがどこに形成され、DAニューロンに投射しているのかなど詳細は不明だ。まだまだ研究は始まったばかりという感があるが、言葉や音楽の基本認識に重要なきっかけになるように思う。
  時間と空間が先験的と考えたカントが最近の脳研究を読んだらどう言うだろうかなとついつい考えさせる挑戦が進んでいると確信する。
カテゴリ:論文ウォッチ