12月16日:タツノオトシゴのゲノム(12月15日号Nature掲載論文)
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12月16日:タツノオトシゴのゲノム(12月15日号Nature掲載論文)

2016年12月16日
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   何年か前までは、様々な動植物の全ゲノム解析についての論文がNatureやScienceなどの一般科学雑誌にも多く掲載されていた。しかし、ゲノム解析は当たり前になり、現在も続々ゲノム解析論文は発表されているが、ほとんどが専門誌に回るようになっている。それでも、極めて特異的な性質について明快な機能的答えが示せると、一般紙も掲載する。
   今日紹介する中国、ドイツ、そしてシンガポールの研究施設が共同で12月15日号のNatureに発表した論文はタツノオトシゴについてのゲノム研究で、この魚が持つ幾つかの特徴を機能的にも説明した面白い研究だ。タイトルは「The seahorse genome and the evolution of its specialized morphology(タツノオトシゴのゲノムと特異的な形態の進化)」だ。
   研究はタツノオトシゴの全ゲノムを解読し、魚とは思えない形態や機能を見たときに感じる一つ一つの疑問をゲノムから見直している。論文は読みやすく、読んだ後でなるほどと納得するのだが、半分は著者らにマインドコントロールされた結果かなとも思う。
   まずタツノオトシゴと他の魚との系統関係だ。これまでタツノオトシゴはトゲウオの仲間で、ティラピアやメダカに近いと考えられていたが、ゲノムが明らかになりこれが確認された。一億年前の白亜紀に他の種から分離したことがわかる。タンパク質をコードする遺伝子で見ても、コードしない遺伝子でみても、進化速度が速くこの結果かくも不思議な形態を進化させることができたのだろう。
  次に特異な特徴に関わる遺伝子欠損について調べ、重要な遺伝子の欠損を指摘している。
   一つはカルシウム結合性のリンタンパク質で、骨や歯の形成のために幾つかのファミリー分子を我々は有しているが、この中でタツノオトシゴは、歯のエナメル質の形成に関わる遺伝子のみ完全欠損していることがわかった。これが、タツノオトシゴでは歯が存在しないことと一致する。鳥類など他にも歯を失った脊椎動物でもエナメル形成に関わるこのファミリー分子の欠損が知られているが、タツノオトシゴではこれに関わるほぼ全ての遺伝子が欠損していることが特徴的だ。
   タツノオトシゴの顔つきを見ると鼻が長いように見えるが、驚くことに匂いを感じるための遺伝子の多くを失っており、これまで最も少ない匂い受容体を持つとされていたエイの仲間の60個と比べても少なく、25個しか見つからない。今後、タツノオトシゴの生態を考える上で重要な発見だ。
  最後にタツノオトシゴがなぜ胸ビレを失ったかについても検討し、Tbx4と呼ばれる遺伝子が欠損していることを発見している。例えば同じ胸ビレを失ったフグではHoxd9a遺伝子の発現パターンの調節変化がこれに関わっている。このように、形態進化の道筋は多様だ。Tbx4はノックアウトするとマウスの後ろ足がなくなることも知られている。この研究ではCRISPR-Casを用いてゼブラフィッシュの遺伝子をノックアウトし、確かに胸ビレが欠損することまで確認している。
   次に、進化で数が増えた遺伝子についても探索し、パトリスタシンと呼ばれる魚の卵の成分を分解する酵素の遺伝子が増加していることを発見する。タツノオトシゴはオスが育児嚢と呼ばれる場所で卵を孵化させるが、この孵化時にこれらの酵素で卵を分解するのだろう。メスが体内で孵化させるプラティフィッシュもパトリスタシンファミリー遺伝子の数を増やしている。したがって、体内の孵化に重要な進化といえる。ただ、それぞれの魚は異なる遺伝子を増幅しており、ここでも進化の道筋の多様性がわかる。
   ではタツノオトシゴの特異な形態はゲノムから説明できるのだろうか?これに対し、著者らは魚で保存されている遺伝子をコードしない領域(CNE)がタツノオトシゴで異常に多く失われていることに着目している。しかも失われたCNEは形態形成に関わる重要な遺伝子の近くに存在している。このことから、CNEが大きく変化することで特有の形が生まれたのではと提案している。これを裏付けるため、7箇所のCNEに標識遺伝子をつないでゼブラフィッシュに導入して、タツノオトシゴが失ったCNEが確かに領域特異的遺伝子発現に関与していることを示している。
   以上が示された結果だが、かなり納得できたのではないだろうか?私は完全にマインドコントロールされ、納得した。
カテゴリ:論文ウォッチ