12月29日:妊娠は脳構造を変化させて子供への愛情を高める(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文:doi:10.1038/nn.4458 )
AASJホームページ > 2016年 > 12月 > 29日

12月29日:妊娠は脳構造を変化させて子供への愛情を高める(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文:doi:10.1038/nn.4458 )

2016年12月29日
SNSシェア
   私たちは思春期を迎えると、身体的に成熟するだけでなく、精神的にも大きく変化する。例えば「色気付いて」異性にときめきを感じるのも精神的変化だ。これは、性ホルモンが脳構造を変化させるからで、実際脳の広い範囲にわたって灰白質の厚さが減ることが知られている。脳の厚さが減ると聞くと心配になるかもしれないが、もちろん痴呆のように神経細胞自体が減ることでも起こるが、神経同士の結合が整理されて(シナプス剪定)特定の回路に集約することでも起こる。思春期ではおそらく後者が起こっているのだろう。
   同じように、妊娠によっても体の内分泌バランスは大きく変化する。例えば多くの妊婦さんが経験する物忘れも、ラットを使った研究では、内分泌系の変化により海馬の樹状突起の形態変化や、幹細胞の増殖低下が誘導されるからだとされている。しかし、動物実験結果を安易に人間に当てはめるわけにはいかない。このギャップを埋めるため、妊娠が人間の脳構造に及ぼす影響を調べる研究が求められていた。
   今日紹介するスペイン・バルセロナ大学及びオランダ・ライデン大学からの論文は、妊娠前から長期間にわたって女性の脳構造変化をMRIで追跡するコホート研究で、妊娠の脳構造への影響を調べた研究としては規模、期間において最も徹底した研究だ。タイトルは「Pregnancy leads to long-lasting changes in human brain strucuture(妊娠は長期間続く脳構造の変化につながる)」で、Nature Neuroscienceにオンラインで出版された(doi:10.1038/nn.4458)。
   研究では妊娠による脳構造の変化をMRIで調べる研究を理解して応募していただいた65人の女性、57人の男性のMRIを参加時点で撮影し追跡している。このうち43人の女性は子供を望んでおり、一年以内に25人が妊娠、全員が出産している。出産直後、及び2年目にもう一度MRI検査を行い、前後の画像を比べている。参加者の中には当分妊娠する計画がないカップルも20人含まれており、この人たちも一定期間のあとMRI検査を行っている。最終的に、25人の妊娠女性、19人の男性パートナー、20人の妊娠を経験しない女性、17人のそのパートナーのMRI画像と、筆記やインタビューを交えた検査を総合して、妊娠により脳構造が変化するかどうかを調べている。
   結果は驚くべきもので、妊娠を経験すると脳の正中領域、前頭前皮質、側頭皮質の灰白質が例外なく減少する。対照と比べるとその差は明瞭で、MRI検査の画像から妊娠したかどうかほぼ判断できるほどだ。
   この変化はパートナーの男性には見られず、また自然妊娠、人工授精を問わず全ての妊娠女性に起こる。さらに、その後妊娠しない場合も、この変化は2年以上安定に維持される。また、灰白質の減少がより進行することもない。
   結果の中で最も面白いのは、灰白質の減少が、他の人も自分と同じ心を持っていると私たちが感じる(Theory of Mind)時に活動する領域の灰白質が選択的に減少している点だ。さらに灰白質の減少する領域は、母親が自分の子供の写真を見たとき強い反応を示す領域で、驚くことに灰白質の現象が強い母親ほど子供の写真に強い反応を示す。
   結果は以上で、妊娠によりTheory of Mindに関わる領域のシナプス剪定が行われ、この結果自分の子供を特別視する感情が生まれることはまちがいないようだ。さらに詳しいメカニズムについては研究が必要で、勝手な解釈を拡散させるのは慎むべきだと思う。しかし、お母さんは常に自分の子供が何を考えているのか感じ取る必要がある。この能力が妊娠中に準備されているとしたら、なんと素晴らしいことだろう。面白い領域が始まったと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ