12月31日:サイエンスが選んだ今年のブレークスルー(12月22日Science掲載記事)
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12月31日:サイエンスが選んだ今年のブレークスルー(12月22日Science掲載記事)

2016年12月31日
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   年末恒例になっているが、Scienceが2016年に発表された論文の中から、10のブレークスルーを選んでいる。どこかのメディアが、今年のブレークスルーのリストを紹介しながら、内容を開設せず我が国からも2グループが選ばれたことだけを報じて、見識の低さを露呈していたが、大晦日、自分なりの感慨も加えて紹介することにした。
選ばれたブレークスルーは、天文学2、人工知能1、材料工学1、有機化学1、そして生命科学5だ。選ばれた分野の論文は全て手元にあるが、専門外の5分野はScienceの紹介記事自体の紹介に留め、生命科学については原典の論文や私がホームページで紹介した記事を参照しながら紹介する。

私の専門外の5分野

1、 The cosmos aquiver(宇宙の震え)
     他の研究とは別枠にして紹介されている。今年、アインタインの一般相対性理論から導かれる重力波が、レーザー干渉重力波天文台で初めて観察されたことに始まる、物理学、天文学分野での興奮の波の広がりが紹介されている。今後は、同じ観察が再現されるかが重要だが、これにはイタリアや我が国(建設中)の観測施設の稼働が重要と結論している。これに加えて、ブラックホールや重力波生成に関わると考えられる粒子アキシオンなどに関する新しい研究が進むのではと期待を表明している。

2、 The exoplanet next door(近くの太陽系外惑星)
    太陽系からもっとも近くにある恒星プロキシマ・ケンタウリからの光の観測により、この周りを11日周期で回っている地球の1.3倍の大きさを持つ惑星が、国際チームによる発見され、分析された。表面の温度は水が液体を保てる範囲にとどまっていることから、人類が生存可能か、あるいは生命も存在するのではと大きな期待が高まっている。ただ、直接観察ではなく、様々な計測による間接的観察であるため、より詳しい研究には新しい望遠鏡の設置が必要になる。興奮は大きいようで、観測のために小さな宇宙船を送ったり、あるいは宇宙望遠鏡の計画を始めた民間団体もあるようだ。

3、 Artificial intelligence ups its game (人工知能の出番がきた)
っっっvNatureに出版されていたとは気づかなかったが、今年囲碁のチャンピオンを負かしたと大騒ぎになったグーグルの囲碁・人工知能AlphaGoについての論文が出版された。AlphaGoはチェスで有名なDeep Blueと異なり、いわゆる今流行りの深層強化学習を用いた人工知能で、数多くの対戦を学習して広い視野で現状を分析できる「value network」と、次の一手を決断する「policy network」から構成されている。最初の論文では、ヨーロッパチャンピオンが全く歯が立たなかったことを報告しているが、今や勝てる人間はいるのか?に興味が移っていると言っていいだろう。ただこの技術は囲碁にとどまらないことは確かだ。しかし、DeepBlueはIBM、そしてAlphaGoはグーグルと民間主導でAIが進むとき、官主導だけが突出している我が国はついていけるのだろうか?

4、 Protein by desing(タンパク質をデザインする)
    タンパク質にとどまらず、様々な有機化合物をデザインすることは、有機化学の夢だ。今年のノーベル化学賞もマイクロマシーンに送られた。今回のScienceの紹介では、小さなペプチドブロックを使って、思い通りの形態をもつタンパク質をデザインすることに成功したワシントン大学からの論文(Nature vol 535, 136)が紹介されている。この論文では、3種類のアミノ酸が組み合わさったペプチド300種類の結晶解析から20面体の構造をもっとも形成しやすいペプチドを特定し、これを部品として様々な構造が作れることを示している。この方法を用いて顕微鏡で輝度を測定するためのスタンダードになる蛍光キャンドルを作っている。ただ、どこまで広がるのか、酵素活性を持つ構造がこの方法でできるのかはすこし疑わしい。おそらく、他のタンパク質を安定化したりするためのマトリックスとしての用途に限られるのではないだろうか。

5、 Metalenses, megapromise(メタレンズの大きな希望)
    回折の生じない、光の波長より小さな格子を用いて光をコントロールする技術は、レンズに変わる新しい可能性を開こうとしている。特に、電子チップ合成で培った製造技術を用いることで、安価で高性能なレンズを作ることが可能になる。紹介されている論文では、405,532,660nmそれぞれの波長で170倍の像を形成させることに成功したメタレンズを報告している。素人の私にも、大きな可能性を感じさせる論文だ。我が国の光学分野の蓄積を脅かす可能性がある。

生命科学分野

1、 Killing old cells to stay young(古い細胞を殺して若さを保つ)
   これについては私のHPで「老害」というタイトルで紹介しているので内容はこの記事を参考にしてほしい(http://aasj.jp/news/watch/4819)。老化して細胞分裂を抑える分子を発現する細胞を常に除去すると、寿命が3割伸びるという話だ。私から見ると、素朴な発想の勝利といった論文だが、生物だけでなく、私たちの社会でもこの問題を真剣に考える時がきているように思う。
2、 Mind-reading great apes(心を読む類人猿)
   この論文もHPで紹介している(http://aasj.jp/news/watch/5895)。類人猿の視線を追跡する技術を用いて、類人猿もTheory of Mind、すなわち他人も自分と同じように考える、すなわち心を持っていることを考える能力を持つことを証明した論文で、熊本にある京大チンパンジー施設と、ドイツライプチッヒのマックスプランク研究所の両方で同じ実験を行い、長年の問題を解決した。確認のための研究は必要だが、次の課題は類人猿も利他的行動を取れるかに映るような気がする。
3、 Mouse eggs made in the lab(マウスの卵子を試験管内で形成できる)
   多能性幹細胞から試験管内で生殖細胞を分化させる研究が加速している。この分野は、京大の斎藤さん、またそこから独立した林さんたちがリードしており以前2度紹介したことがある(http://aasj.jp/news/watch/2646)。今回取り上げられたのは、試験管内で受精させると発生して子供を作る能力を持った卵子を試験管内で誘導したという話だ。同じく今年、中国のグループにより顕微受精で子供を作る能力のある精子の誘導が報告された(http://aasj.jp/news/watch/4921)。すなわち、オス、メス両方の生殖細胞を試験管内で誘導するというゴールが達成されたことになる。
   すでに英国留学中の入江さんがヒトES細胞から始原生殖細胞の誘導に成功しており(http://aasj.jp/news/watch/2646)、ヒトでどこまで研究が許されるのか、クリスパー以上に議論が必要になったと思う。
   私がまだ特定胚及びヒト胚研究の専門委員会座長を勤めていた頃、斎藤さんから意見を聞き、実験動物で試験管内だけで機能的な生殖細胞ができた時点で議論がもう一度必要だと思ったが、そのことを改めて思い出した。
4、A single wave of migration from Africa peopled the globe(アフリカからの一回の移動で人類は世界に広がった)
   この論文も私のHPで紹介している(http://aasj.jp/news/watch/5824)。人類がアフリカ起源だとすると、もっとも遠くまで移動した民族がオーストラリアに暮らすアボリジニなる。これまで、アボリジニは他の人類より少し早くアフリカから移動したのではないかという考えがあったが、アボリジニのゲノム研究は明確にこれを否定した。結論としては、アボリジニも7万年前にアフリカから移動した共通の先祖に由来し、5万8000年前にユーラシアの他の民族から分離したことがわかった。ゲノム研究のおかげで、人類起源についての夢はますますふくらむ。さて来年は何が出てくるのか楽しみだ。
5、 Genome sequencing in the hand and bush(ゲノム配列決定が手に乗る機械で可能になり野外で利用できる)
   MiniOnと呼ばれる手のひらに乗る大きさの使い捨て塩基配列決定装置が英国の会社から提供され始めたことは2014年の暮れに私のHPで紹介した(http://aasj.jp/news/watch/2646)。正確さなど、様々な問題はあっても、安価、使い捨て、しかもラップトップコンビュータとつないで配列決定ができる手軽さは、全く新しい分野を開く。実際、宇宙でゲノム解析が行えることが証明されているし、将来は中学や高校の教育現場にさえ登場するだろう。これを証明する論文が今年2月Nature(vol 530, 229)に発表された。国際チームがエボラウイルスの流行するアフリカでウイルスゲノムの進化を解析した研究で、野外で簡単に解析ができること、さらには使い捨てであることの利点が最大に行かせることを示している。ゲノム研究はついにあらゆる人の手元に来たことを実感させるブレークスルーだ。 以上、来年ももっと多くのブレークスルーを期待しているし、生命科学については続けて紹介していきたいと思っている。
カテゴリ:論文ウォッチ