12月2日:ミトコンドリア置換によるミトコンドリア病予防(Natureオンライン版掲載論文)
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12月2日:ミトコンドリア置換によるミトコンドリア病予防(Natureオンライン版掲載論文)

2016年12月2日
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    ミトコンドリアは母親の卵子からだけ子供に受け継がれ、また細胞とは半独立に増殖することができる。この過程で一部のミトコンドリアだけにミトコンドリア(Mt)上の遺伝子突然変異によるMt機能不全が起こることがある。もちろん全てのMtが変異を起こしているわけではないので、病気として現れないことも多いが、変異ミトコンドリアの割合が増えると様々な異常が出てくる。中でも最も症状の重い病気の一つがリー脳症で、生後まもなく精神や運動発達の遅延が起こる。
   最近この病気を発症を防止するために、卵子のミトコンドリアを変えてしまう治療が試みられようとしている。これには変異ミトコンドリアの割合が多くなった卵子の核を、正常卵子に移植することが必要で、今日紹介するオレゴン大学の論文の著者であるMitalipovのグループは、分裂が停止している卵母細胞の紡錘糸を、除核した卵子に移植し受精させる方法で、これが可能であることを示してきた。今日紹介する論文はこの研究の続きで、実際のリー脳症の子供を持つ四人のお母さんの卵子から正常卵子へ紡錘糸移植を行い、本当に治療が可能かを調べた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Mitochondrial replacement in human oocytes carrying pathogenic mitochondrial disease(ミトコンドリア病を起こす異常ミトコンドリアを持つヒト卵子のミトコンドリア置換)」だ。
  この研究ではミトコンドリア遺伝子の突然変異が特定されたリー脳症3例、リー脳症と診断されても遺伝子が特定できなかった1例が研究に用いられている。他にも、MELASと呼ばれる病気についても調べているが、紹介は省く。
   これらのお母さんから卵子を採取して、正常卵子へ紡錘糸移植を行うのだが、卵子を採取する過程で、異常ミトコンドリアを持つお母さんは、排卵誘発に対する反応が悪いこともしっかり書いてある。このことは、今後治療を行う上で極めて重要な情報だ。
   次の問題は、紡錘糸移植をした卵子が受精後正常に発生するかだが、このグループがこれまで示して来たように卵子のミトコンドリア異常があっても、紡錘糸はほぼ正常に機能し、ES細胞を作成することができる。また、卵子のドナーと遺伝子がある程度離れていても、ほぼ正常に発生することを確認している。
   最後の問題は、紡錘糸移植時にどうしても異常ミトコンドリアを持ち込んでしまうことで、これが移植された卵子由来の細胞で増えてしまうと元の木阿弥になる。この悪い予想が的中し、移植卵子に由来するES細胞は培養を続けると、最終的に異常ミトコンドリアが優勢になることが分かった。異常ミトコンドリアの増殖程度はまちまちだが、87%で異常ミトコンドリアが増殖することも確認されている。移植時には99%が正常ミトコンドリアであることが確認されていることから、驚くべき結果だ。ただ、同じ異常ミトコンドリアを持っていても、違うドナーに移植した場合は異常ミトコンドリアが増えないケースも観察される。すなわち、ドナー卵子との相性が重要であることが示唆された。
   異常ミトコンドリアが増える原因をさらに調べているが、異常ミトコンドリア自体の増殖能が高い場合と、異常ミトコンドリアを多く含む細胞がよりよく増殖することの両方があることが分かった。
   これらの結果から、異常ミトコンドリアが持ち込まれる限り、リー脳症ではミトコンドリア置換によっても治療ができない可能性があり、また増殖の有無を予測することが難しいことが明らかになったと結論している。
   論文を読むと、このグループは一時革命と大騒ぎした体細胞核の卵子への移植を含め、生殖工学の高い技術力を持っていることがわかる。すなわち、結果は信用できる。したがって、安心してこの技術をリー脳症発生の防止に使うためには、新しい技術の開発が必要なことを示す重要な貢献だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月1日:インフルエンザワクチンは自閉症の発生に影響はない(11月28日JAMA Pediatrics掲載論文)

2016年12月1日
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   妊娠中の様々な感染や発熱は、生まれた子供の自閉症の発症に関わることが様々な調査によって指摘されている。これを聞くと、まずお母さんは最も身近な恐怖としてインフルエンザ感染を心配することになる。これを防ぐためには、今の所効果は限定されているとはいえ、インフルエンザワクチン接種以外に方法はない。しかし、妊娠初期のインフルエンザワクチンも同じように自閉症の発症率を上げる可能性を指摘している論文もある。逆に、全く影響がないとする論文も発表されているが、一般の人だけでなく、医療関係者ですらどちらを信じていいのかよくわからない状況になっている。
   この状況を打開しようと米国で900万人近くの会員を擁する保険維持機構カイザー・パーマネンテが、会員の妊婦さんを対象に大規模調査を行ったのが今日紹介する論文だ。タイトルは「Association between influenza infection and vaccination during pregnancy and risk of autism spectrum disorder(妊娠中のインフルエンザ感染とインフルエンザワクチンの自閉症スペクトラム発症リスク)」で、11月28日号のJAMA Pediatricsに掲載された。
   結論は明快で、妊娠中のどの時期でも、ワクチンだけでなくインフルエンザ感染自体も生まれた子供の自閉症の発生とは関係がないと、自信を持って言い切っている。
   ただ、相関関係があるとする論文と比べて、今回の論文はより信用に足るのかという点が問題になるが、私自身は信用できるという印象を強く持った。
   まず対象が、2000年から2010年に生まれた約20万人の子供を対象で、母数としては十分だ。
   加えて、子供達の成長記録及びお母さんの病歴、妊娠中の記録などが完全に把握できている。これは、すべての対象がカイザー・パーマネンテ(KPNC)の会員として、傘下の病院でケアを受けているからで、ワクチン接種からインフルエンザ感染の確定診断まで正確な記録が存在している。
   さらに、このサービスを受けられるのが収入の高い階層で、生活環境が一定している点も見逃せない。事実、今回対象となったお母さんの実に20%近くが大学院が最終学歴で、全体の8割が大学以上の学歴を持っている。いうまでもなく、白人が大多数で、次がアジア系アメリカ人だ。おそらく、これほど対象の階層を揃えた研究はこれまで行われたことがなかったのではないかと思う。
   実際のデータを見ると、妊娠初期(12周まで)にワクチン接種を受けたグループでは少し自閉症の発症率が高い。しかし、対象についての完全な記録が揃っているため、自閉症と関係する様々な要因を加味して、統計を取り直すことが可能で、その結果著者らは、インフルエンザワクチン、インフルエンザ感染と自閉症の発症は無関係と言い切っている。
   もちろん、社会階層が全く異なれば同じ結果になるかどうかはわからない。しかし、健康な生活を送っておれば、この結果を他の階層に当てはめてもいいのではと思う。
   この論文を読んでいて、KPCNに属する著者らの極めて自信に満ちた論調に驚いた。会員のすべての記録を電子化し、共通化して把握していることの強みをひしひしと感じる。
   同じ週にNature GeneticsにもKPCNの会員を対象に行った高血圧の遺伝子多型の論文が発表された。この論文を読んでも、200万近い、しかも様々な医療記録が完全に揃った対象について、ゲノム検査を着々と進めているKPCN傘下の研究者たちの自信に満ちた論文の書きぶりが強く印象に残った。
   保険と医療サービスを一体化したサービスに関して、これまで様々な問題が指摘されていたが、ここまでくるとKPCNの長期展望を評価せざるをえない。トランプ体制になれば、さらに揺るぎない地位をKPCNは固めていくのだろう。一方、オバマケアは風前の灯のようだ。
カテゴリ:論文ウォッチ