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12月31日:ガン組織に浸潤しているT細胞を刺戟する抗原を特定する(1月25日号発行予定Cell掲載論文)

2017年12月31日
昨日紹介したNature Medicineが選んだ2017年のトピックスにはガン免疫が2つも選ばれ、免疫療法がガン根治の切り札として期待されていることをうかがわせる。そこで今年の最後を締めくくる論文として、ガン抗原の新しい特定方法の開発研究を選ぶことにした。スタンフォード大学からの論文で、タイトルは「Antigen identification for orphan T cell receptor expressed on tumor infiltrating lymphocytes(ガン組織に浸潤するリンパ球のT細胞受容体の反応する抗原を特定する)」で、1月25日号のCellに掲載される。

期待を込めて読んだが、まだまだ完全でない研究だ。しかし、研究は挑戦的だ。何度も紹介しているように、チェックポイント治療が効くかどうかは全て癌に対する免疫反応が成立しているかどうかにかかっている。これを調べるために、昔は癌と患者さんのT細胞を培養して、癌に対するT細胞を増幅することが試みられていた。ただ、この方法で実際にどのペプチドがガン抗原として働いているかは特定できなかった。

そこで、癌のゲノム解析から、癌のみで突然変異が見られるペプチドを特定して、これに反応するT細胞がある場合、これをワクチンとして免疫する方法が成功を収めた。個人的にもこの方法が当分本命かと思うが、一方で癌を切除した時、その組織にあるT細胞は免疫反応を起こしている可能性が高いなら、このT細胞のTcRに結合する抗原を特定できれば、癌特異的キラーT細胞を大量に調整して治療に役立てることができる。しかし、浸潤T細胞の数は多くなく簡単ではない。

この課題にチャレンジしたのが今日紹介する研究で、人間の組織適合抗原(MHC)を表面に発現する酵母を用いて、様々な長さのペプチドがランダムにMHCに結合してTcRに提示されるペプチドライブラリーを用意している。この方法で、すでに反応する抗原ペプチドがわかっているT細胞株を刺激できる抗原を特定できること、またネオ抗原の特異的T細胞がわかっているメラノーマで予備実験を行った後、2人の大腸癌の患者さんの組織に浸潤しているT細胞が反応する抗原を特定できるかの本実験を行っている。

最も大変なのが、ガン組織に浸潤しているTcRの調整で、一人の患者さんあたり数百個のT細胞を単離、一個づつ発現しているTcRを特定している。同じように正常組織に存在するT細胞についても同じ解析を、比較のために行っている。それぞれの単一細胞について、T細胞の形質も同時に調べている。これらのデータに基づいて、ガン組織のみで、二個以上のキラーT細胞で発現していた(すなわち組織で増殖していた)TcRを選ぶと最終的に20種類のTcRが残った。

こうして選んだ個々のTcRで表面にペプチドライブラリーを発現した酵母を染色し、染色できた酵母を増殖させ、また選択するというサイクルを3回繰り返し、残った酵母のDNA配列決定により、各TcRが認識するペプチドを特定している。

手のかかる複雑な実験の結果、この方法で特異的ペプチドの特定にまで至ったのは4種類のTcRだけで、残りのTcRでは抗原が特定できなかった。さらに、ガンのネオ抗原と反応していることが特定できたのは1つのTcRだけで、あとは正常の分子由来のペプチドだった。実際に特定できたペプチドがT細胞を刺激できることも、細胞株に各TcRを導入する実験で確認している。 ただ話はこれだけで、特定したペプチドを用いればガン免疫を誘導できるかどうか、機能についてはわからない。したがって、読んだ後、この方法に大きな期待が持てるという実感はない。しかし、人間でガンに対する免疫反応を解析するために努力していることはよくわかる研究で、この論文で終わらせずに、この解析を多くの患者さんで行い、データを蓄積して欲しいと思った。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月30日:2017医学の注目すべき進歩(Nature Medicine 12月号)

2017年12月30日
今日紹介するのは、Nature Medicineの編集者が1年を振り返って、面白いと思った研究論文を分野ごとに紹介している。私も一編を除いて全て読んでいたが、読み落とした論文があったのはショックだ。また、幾つかの論文についてはこのブログでも紹介したので、もう一度リンクさせておく。ただ、Nature, Scienceのニュースと違って、かなり専門的であることは断っておく。

ガンのチェックポイント治療
抗PD-1抗体などを用いたチェックポイント治療が現在抱える最大の課題は、効果のばらつきの原因を明らかにし、治療効果の予測を可能にするとともに、最終的には全ての人で効果が得られるようにする方法の開発だ。その点で今年最も重要な論文と指摘されたのがジョンホプキンス大学からNatureに掲載された論文(Nature 545,60,2017)だ。この研究は、治療前後で患者さんの血液のT細胞を調べ、メラノーマに関する限り全ての患者さんでガンに対するT細胞ができているが、ガン細胞の数が多すぎるとT細胞が枯渇して治療が効かない可能性を示した。この結果はチェックポイント治療の前にできるだけ腫瘍を減らすと効果が高まる可能性を示しており、新しい治療プロトコルにつながる。
もう一つの論文、ミスマッチ修復酵素が変異したガンではチェックポイント治療の効果が高いというやはりジョンホプキンス大学からの論文で、すでにメルクの抗PD-1抗体はこの適用についてFDAの認可を受けている(7月30日記事参照

ガンワクチンの可能性
私も7月8日、7月9日に紹介した、実際のガンの持つガン抗原を特定して個人用ワクチンを作成してガンを治す第1相治験論文が、ハーバード大学から、およびドイツマインツ大学からそれぞれ発表された。ともに、かなり期待を持たせる結果だ。この進歩は、ガンゲノムのDNA配列からガン抗原として働くペプチド断片を特定する技術が発展したおかげだが、現在のところ特定された抗原が免疫反応を誘導できるかは試験管内での検査が必要で、一般治療となるには時間がかかると思う。

神経細胞死を誘導するミクログリア
今年もミクログリアと神経細胞死の研究論文が数多く発表されているが、紹介されているのは1月スタンフォード大学から発表された論文で(Nature 541,481,2017)、ミクログリアがIL-1α、TNF、C1qを介してアストロサイトを活性化すると、アストロサイトは本来の神経保護作用を失い、神経細胞死を誘導するという恐ろしい発見だ。ただ、この恐ろしいアストロサイトは多くの変性性神経疾患で見られることから、この経路をブロックできると変性性疾患の治療も可能になるかもしれない。

GABA受容体を刺激して糖尿病を治す
1月にオーストリアとフランスからGABA受容体の活性を高めると、膵臓のα細胞がβ細胞へ転換し、糖尿病が治療できる可能性が示された。特にオーストリアからの論文は、この経路をなんとマラリアの治療薬として有名なアルテメールがGABA受容体の活性を高めることを示しており、この論文を読んだ時は本当に驚き1型糖尿病の治療が可能になるのではと大きな期待を持った。

血液系の老化と心臓病
血液幹細胞を研究していたのにこの論文は完全に見落としていた(言い訳:おそらくアフリカ旅行のせいだと思う)。末梢血液細胞のゲノムが解析され、高齢になると、一個の幹細胞クローン由来の末梢血が増えてくる現象が最近注目されている。全体の幹細胞が減るだけではなく、一部の幹細胞の増殖が強まるせいだと考えられているが、このような血液細胞でこのようなクローン性増殖を示すクローンが多いと、心筋梗塞のリスクが2倍高いことを示す論文が7月New England Journal of Medicine(377,111,2017)に発表された。原因を確かめるため、血液のクローン増殖の最も多い原因になっているTET2欠損血液細胞を移植する実験で、TET2欠損マクロファージが炎症性のサイトカインを発現して動脈硬化を悪化させることで危険性が高まることを明らかにしている。この結果は、昨日紹介した、Ilarisによる心筋梗塞再発防止につながるから驚きだ。

FSHを抑制して肥満を治療する
この論文(Nature 546,107,2017)は発表当時このブログでも紹介したが、FSHの作用による骨粗鬆症の治療薬の研究中、脂肪が減ることを発見し、そのメカニズムを追求した研究だ。詳細は全て省くが、FSHに対する抗体が白色脂肪細胞を褐色脂肪細胞へと変換させ、脂肪を燃やして、痩せることができることが明らかになり、更年期肥満の治療法が開発されたことになる。確かに、これまで見落とされていた重要な事実で、面白い論文だが、もしこの抗体で更年期肥満が治療できたとしても、個人的にはそれほど大騒ぎするほどではないように思った。

クリスパーによるヒト胚操作。
我が国でもヒト胚の遺伝子編集が大きな話題になり、中国での研究をきっかけに様々な意見がメディアに溢れた。クリスパーがあればヒト胚の遺伝子編集が可能なことはわかりきっている。それを敢えて行うからには、論文の品格が問われる。この状況で、品格が高いヒト胚研究とはどのようなものかを示したのが、この記事が取り上げたオレゴン大学からの論文だ(Nature 548, 413, 2017)。深い考えによる病気の選択(MybPC3変異)、iPSによる予備実験、Cas9によるDNA切断修復と、モザイク卵形成阻害のための条件の検討など、プロとは何かを存分に見せた品格の高い論文だった。我が国の役所でも審議されていると思うが、このぐらいの品格の高い論文を読み合せするぐらいの覚悟で議論してほしい。

細菌叢研究の新しい方向
細菌叢の研究は我が国でも盛んだが、一部の研究者を除くと、細菌の種類をゲノム解析で調べるだけの域から出ていない。すでにトップジャーナルでは、そのような研究は見向きもされない。正確に、因果性を調べることが求められる。その典型が今回選ばれたロックフェラー大学からの論文だろう(Nature 549, 48,2017)。この研究ではバイオインフォマティックスと大腸菌を用いた工学的手法を用いて、細菌叢が合成できる多数のN-アセチルアミド類(NAS)と、ホスト側のGタンパク質共役型受容体(GPCR)の相互作用を丹念に調べ、一部のNASが人間のGPCRに直接作用すること、そしてそのうちの一つがマウスの血統を低下させることを示している。わが国は、免疫でははこのような総合力のある高いレベルの研究ができているが、代謝分野はかなり遅れている印象だ。 以上、かなり妥当な選択だと感心した。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月29日Nature Medicineが選ぶ2017年認可された注目の薬剤(Nature Medicine12月号掲載論文)

2017年12月29日
Nature, Scienceでは2017年総括はあらゆる分野にまたがるが、医学研究全般を掲載するNature Medicineでは当然医学に関わる2017年のニュースがまとめられ、医学に興味のある人には便利だ。2017年見出しを飾った薬剤、と2017年注目すべき進歩の2つのパートに分けて紹介しており、今日から二回に分けて紹介する。最初は今年見出しを飾った薬剤を紹介する。多くが抗体薬で、何よりも恐ろしく価格が高い。新薬が認められるのはめでたいが、手の届く薬剤をどう開発するのか考える時期が来たことを物語る記事だ。

1、 Dupixent
RgeneronとSanofiが開発した、IL-4受容体に対する抗体で、重症の湿疹への治療効果が認められた。メカニズムから考えると当然の結果だが、1年に400万円近い金額がかかるのが難点。

2、 Ocrevus
多発性硬化症の中の15%程度に当たる、一次進行性多発性硬化症を対象にした抗体薬で、CD20陽性B細胞を標的にしており、ロッシュの子会社ジェネンテックにより開発された。同じ標的に対して、すでにリツキサンが存在するが、Ocrevusは完全にヒト化されている点で異なる。ただ、年700万円近いコストが問題。

3、 Kymriah
すでに私も何度も紹介したガン抗原に対するキメラT細胞受容体遺伝子を用いるCAR-T治療で、ノバルティスにより開発され、急性リンパ急性白血病の根治をもたらすのかもしれないと期待されている。ScienceやNatureのニュースの今年のニュースにも取り上げられているが、一回の細胞移植にかかるコストが5000万円近い。

4、Radicava
我が国から唯一選ばれた薬剤で、田辺三菱製薬により開発され20年ぶりにALSに効果があることがFDAにより認められた神経保護剤だ。治すことはできないが、進行を33%遅らせる効果がある。

5、 Ilaris

ノバルティスにより子供の全身性リュウマチに対する薬剤として利用されていたIL-1βに対する抗体薬だが、2017年、心臓発作の既往のある患者さんの再発を抑える効果があることが発表され注目されている。3ヶ月に一回、皮下投与だが、一回150万円程度の費用がかかる。

6、 Idhifa
Celegeneによって開発された、IDH2遺伝子の変異により増殖していることが確認される急性骨髄性の治療薬。IDH2に対する阻害剤としては最初の薬剤で、経口投与可能。2割近くの患者さんが、この治療で完全寛解する。治療には月300万円程度かかる。

7、 Imfinzi
非小細胞性肺ガンに対する抗体薬で、PD-1に結合するリガンドPD-L1を認識する。アストラゼネカによる開発された。ステージ3以上の患者さんに効くのは予想できるが、PD-1に対する抗体が普及している今、どのように利用されるのか予想できない。

8、 Heplisav-B
Dynavaxにより開発された大人に対してB型肝炎ウイルスの感染を予防するためのワクチン。何度も認可が拒否されたいわくつきのワクチンだ。ワクチンが認可されたのは喜ばしいが、小児への効果は低いらしいので、どのような状況で利用するのか?

以上は完全成功例だが、黄色信号、赤信号が灯った薬剤についても見出しを飾ったとして紹介している。CAR-TをAMLに使おうとCD123をがん抗原として用いたフランスCellctisの第1相治験で死亡事故があり、臨床治験が差し止められた。CAR-Tはパワフルな治療だけに、今後もこのような事故は予測できる。メルクの抗PD-1抗体薬だが、ミスマッチ修復変異を対象にするという今年の10大ニュースになったヒットを飛ばしたものの、頭頸部腫瘍に対する効果は初期効果を上げていない。最後が、AlnylamとSanofiが開発した血友病に対するRNA薬で、異常たんぱく質の産生を抑える目的で開発されたが、第2相治験中に死亡事故で、治験がやり直しになった。

   治験がうまくいかなかった薬剤について紹介する気はないが、一つだけ残念なのが、メルクが開発していたアルツハイマー病に対するBACE阻害剤だ。実際、私のブログでもメルクのScience Translational Medicine論文を紹介したが、実際の治験になると効果がないことがわかていたとすると、論文を書くための論文を書いたということになる。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月28日:アジア人の起源と形成(12月8日Scienceオンライン掲載総説論文)

2017年12月28日
アフリカでこれまで考えられていたよりはるかに古い時代のホモサピエンスの骨が出土し、またオーストラリアで6万年より古い人骨が見つかったことで、ホモサピエンスのルーツと広がりについての考えが大きく見直され始めており、この分野の進展はサイエンスの今年のブレークスルーにも選ばれた。

これまで、ホモサピエンスはアフリカで20万年前に誕生し、イスラエルを通って4−5万年前にヨーロッパに移動したと考えられてきた。しかし、今年のサイエンス10大ブレークスルーでも取り上げられたように、モロッコで30万年より前のホモサピエンスの化石が見つかったことから、ホモサピエンスはかなり早くからアフルカに広く分布し、この結果アジアへの移動がヨーロッパへの移動と同じ時期に起こったと考える必要がないことがわかってきた。

今日紹介するハワイホノルル大学とドイツ・イエナ・マックスプランク研究所から共同で出された総説は、アジアへのホモサピエンスの移動を、新しい事実に基づいて再構成した総説で、10大ニュースをさらに詳しく理解できるタイムリーでよくまとまった総説だと思う。タイトルは「On the origin of modern humans:Asian perspectives(現代人の起源:アジアからの視点)」だ。

この総説も、我々の先祖のアフリカからユーラシアへの移動がいつ、どのルートで起こったのかについての議論から始めている。実際この問題が最も重要なテーマだ。ヨーロッパへの移動についてはこれまで通り、6万年以降にイスラエル、東ヨーロッパを経由して西ヨーロッパに移動したと考えられる。我が国に渡った先祖も、このグループに属していると考えられるが、これは出土する最も古い人骨が、韓国で4−5万年前の骨、そして日本では沖縄山下町洞窟の人骨(3.8万年前)しか発見されていないためで、南のルートでもしもっと古い人骨が発見されると、話は変わるだろう。

ヨーロッパと異なり、北アフリカからアジア、オセアニアにかけて6万年以前の人骨が数多く発見されるようになっている。まずモロッコでは30万年以上前、エチオピアでは15−20万年前、UAEでは12万年前、北インドで9万年前、南中国では8−13万年前、ニューギニアで6.3-7.3万年前、そしてオーストラリア北部で6.5万年前の人骨が発見され、これをたどると10万年前後にアラビア半島を通って直接アジアに移動したルートが見えてくる。特に面白いのは、このグループがデニソーワ人との交雑が最もハッキリしているグループになる点だ。さらに期待されているのが、このルートでアジアに来た先祖は、ネアンデルタールやデニソーワだけでなく、当時アジアに住んでいた直立原人の末裔とも交雑した可能性がある点で、今後の解析からインドネシアで見つかった謎の多いもう一人の原人、ホモ・フロレンシスの実態解明に至る可能性すらある。そのために最も重要なのは、ゲノムを人骨に残る特徴と対応させることだ。これにより、ジャワの小人フロレンシスの謎も解かれる日が来るかも知れない。

移動時期とルートというハイライト以外にもいくつか面白ん問題が存在する。例えば、ホモサピエンスがこのように世界の隅々に移動できたのも、身体的な進化より、文化の伝播に因るところが大きい。この点についてもアジアは重要で、例えば現在より海面水位は低いとはいえ、4万年前に日本に渡った人類は船を使ったと思われる。さらに、先の陸地が見えなくとも、海に漕ぎ出す気持ちがどう生まれたのかも面白い問題だろう。

アジアでの移動ルートがこのように明らかになってくると、例えば7万年前に起こったジャワの火山の大噴火の影響もわかってくる。この火山の噴火は世界規模の気候変動をもたらし、ユーラシア北部のホモサピエンスの滅亡を招いたのではと想像されている。この前後の遺跡の分布は多くのことを教えてくれるはずだ。また、氷河期は海面が現在より100m低かったため、中国から南アジアの海岸に点在した遺跡は水中に没したと考えられる。おそらく、この発掘が可能になれば新しい発見がいくつもあると思われる。

もうこのぐらいにしておくが、論文で断片的に知識を仕入れるのと異なり、よくまとまって「アジアの人類進化学は面白い」ことがよくわかる。この面白さに対応して我が国にも優れた新しいタイプの人類学者が育つことを期待する。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月27日:電流を流してガンの増殖を抑える(12月19日号米国医師会雑誌掲載論文)

2017年12月27日
腫瘍を物理的な刺激で殺す試みはこれまでも様々な方法が開発されてきた。おそらく最もポピュラーな治療は、マイクロウェーブを腫瘍に照射するガンの温熱療法で、現状については把握していないが、多くの医療機関で利用されていると思う。今日紹介するのも、ガンの物理学的治療法の一つになると思うが、なんと弱い電流を用いる方法だ。ドイツで開発され、現在はNovacureという会社により製品化され、中皮腫、肺がん、膵臓癌など多くの難治性のガンの治験を行っている。

今日紹介するのは、脳腫瘍の中では予後が極めて悪いグリオブラストーマに、頭蓋の外から持続的に弱い電場をかけ続けて細胞死を誘導するという治療法で、電場でここまでできるのかと驚いた。論文は12月19日発行の米国医師会雑誌に掲載され、タイトルは「Effect of tumor treating fields plus maintenance temozolomide vs maintenance Temozolomide alone on survival in patients with glioblastoma: a randomized clinical trial(グリオブラストーマ患者さんのTumor treting fuieldとTemozolomideの維持療法組み合わせと、Tamozolomide単独維持療法の比較:無作為臨床治験)」だ。

この論文を読むまで、Tumor Treating Fields(TTF)治療については全く知らなかったが、この治療法を提供しているNovacure社の説明を見ると、脳腫瘍の場合頭蓋の外から縦横方向の異なる電流を交互に流すことで、細胞分裂中のチュブリンの重合を阻害するという原理に基づいた治療法のようだ。もちろんチュブリンに対する薬剤は現在も数多くあるが、局所に電場をかけるという点で、腫瘍特異的に分裂を止め、最終的に細胞死を誘導できるという原理だ。

この研究では、予後の極めて悪いグリオブラストーマの患者さんについて、できるだけ腫瘍を切除した後、テモゾロミドを用いた維持療法に入る際、無作為的にTTFを使用する群と、使用しない群に分けて、両者を比べている。勝者は、1日18時間というから、1日中電場をかけ続けていることになる。もちろんできる限り長く装着を続ける

結果だが、がんの再発を抑える期間が2.7ヶ月延長し、生存期間も4.9ヶ月延長できたという結果だ。一方副作用のほとんどはテモゾロミドによるもので、電極を設置した部位の皮膚の刺激症状が半分以上に見られるのが、TTF特異的症状として明らかになった。残念ながら、がんを完全に殺すという治療法ではなさそうだ。

全生存期間で、4.9ヶ月の延長を長いと考えるか、短いと考えるかは難しいが、治療法がほとんどないグリオブラストーマが対象で副作用がほとんどないという利点を考えると、試す価値はあるように思った。また、他の薬剤との組み合わせで、より高い効果が得られる可能性もある。重要なのは、根治しないのを当たり前と思わないで、なぜ抵抗して増殖を続けるガン細胞が存在できるのか明らかにすることだろう。いずれにせよ、治験としては成功と言える。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月26日:骨髄幹細胞の末梢への新しい動員方法(1月11日発行予定Cell掲載論文)

2017年12月26日
造血幹細胞移植による白血病の治療が始まった頃、幹細胞はまず100%ドナーの腸骨骨髄を全身麻酔下で吸引採取する方法で調整する骨髄移植 (BMT)だった。しかし2000年前後から、ほぼ同じ効果のある幹細胞を末梢血から得る方法が開発され、血縁者間の造血幹細胞移植では末梢血幹細胞を調整して移植する末梢血細胞移植(PBSCT)の方が主流になっている。全身麻酔を必要としないという点では確かに楽に見えるが、実際にはG-CSFを何回も投与し、4日目から2−3日続けてアフェレシスという方法で3−4時間かけて幹細胞を分離する。このため、拘束時間でいうと、PBSCTは長い時間かかるのが難点だ。これを改善するためには、骨髄から幹細胞を末梢に動員する新しい方法の開発が待たれていた。

今日紹介するハーバード大学からの論文はひょっとしたらPBSCTの方法を一変させる可能性を秘めた骨髄幹細胞動員方法の開発で1月11日号のCellに掲載される予定だ。タイトルは「Rapid mobilization reveals a highly engraftable hematopoietic stem cells(迅速動員法により移植効率の極めて高い血液幹細胞の存在が明らかになった)」だ。

このグループはもともと、G-CSFの代わりにCXCR2を刺激するケモカインGROβが利用できないか人間を用いた治験を行っていたようだが、期待したほどの効果を得ることができていなかった。そこで、G-CSFと合わせて使われるCXCR4阻害剤AMD3100とGROβのコンビならどうかと、マウスを用いる前臨床研究を行ったところ、同時に両方を投与することで、幹細胞の動員を3倍以上に促進すること、しかも一回投与で、15分後にはすでに動員がピークになることを発見する。すなわち、G-CSFによる幹細胞動員方法を、簡便さでも、採取できる幹細胞の量でもはるかに凌駕できる可能性が生まれた。

そこで、動物モデルや試験管内刺激実験ででメカニズムを完全に明らかにしようと様々な実験を行い、

1) GROβは好中球のマトリックス分解に関わるMMP9の発現分泌を誘導するが、CXCR4を阻害するとこの効果が高まる。
2) 同じことは、人の好中球でも確認できる。
3) 幹細胞の動員に関わるのはMMP9で、この活性が弱い系統ではこの方法の動員効果が落ちる。
4) この動員には骨髄中の血管透過性が上昇することも関与している。

などを明らかにしている。

これだけでも臨床応用の価値はあるが、ただ話はこれだけで終わらない。最大のハイライトは、この方法で得られた細胞の幹細胞としての能力がG-CSFを用いた方法と比べ2倍以上に高いことの発見だ。放射線で障害された骨髄を移植で再構成する実験で、幹細胞能力を詳しく調べる実験から、幹細胞の質が異なっていることが予想され、この差の原因を遺伝子発現を比べて検討した結果、新しい方法で動員された幹細胞が、なんと胎児肝臓造血細胞に近いことを突き止めている。

これ以上の分析はなされておらず、なぜ胎児肝造血細胞型に先祖返りするのかについての答えは出ていないが、短い時間で幹細胞が採取でき、しかもそれがこれまでの方法より高い能力を持つ幹細胞なら、臨床的には画期的な結果だと思う。おそらく、人間での治験研究も着々進んでいると予想できるので、この可能性が応用可能かどうかわかるのにそう時間はかからないだろう。なんとなく瓢箪から駒という気がする。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月25日:Natureが選んだ今年の10人

2017年12月25日
Natureは今年の科学界を振り返るため、今年の10人を選び、彼・彼女らを通して今年のトレンドをクローズアップしようとしている。選ばれた人たちは、科学者だけではない。患者さんもいるし、反科学者もいる。個人的には名前を知らない人の方が多かったが、読んでみると2017年の科学界がよくわかる人選だ。中でも最後のToukan博士の話が一番印象に残った。感想を交えながら紹介する。

今年の10人

David Liu: Gene corrector (遺伝子編集者)
サイエンス誌の10大ブレークスルーにも選ばれていた。2重鎖RNAに働く デアミネースを用いて、DNAを切断することなく一塩基を編集する技術の開発だが、ゲノム編集できるようにするため、RNAデアミネースに変異を導入して、DNAにも働く一種の人工的酵素を作成、これをクリスパーシステムに組み込んで、任意のゲノム領域の一塩基をAからGに変換することに成功している。同じ時期にブロドー研究所からRNAをデアミネースで一塩基編集する技術が報告されたが、Liuが開発した方法の方がゲノム遺伝子編集テクノロジーとしてはもっとよくデザインされている印象がある。
  以上は私の感想で、記事ではLiuが学生時代から完全無欠とも言える優秀な学生だったこと、リスクを恐れず研究を進めること、大学院時代からタンパク質に自然にはないアミノ酸を取り込ませることに成功するなど、自然をデザインすることに熱意を持って取り組んでいたことが紹介されている。
多くの疾患が一塩基置換であることを考えると、この酵素を使った遺伝子編集への期待は高い。この技術がヒト胚の編集に使えることがすでに中国から報告されている。

Marica Branchesi: Merger maker(中性子星合体の大観測体制)
昨日のサイエンス誌今年のブレークスルーの記事を参照してほしいが、中性子星合体過程で発生する重力波を始めて捉え、それをいち早く世界に発信して、今回の全世界の天文学者を巻き込んだ大リレー観察を仕立て上げた天文学者。 これまでも物理学と天文学の橋渡しを行い、また米国との共同実験のオーガナイザーとして働く研究者で、この外交的センスのおかげで、昨日紹介した一大天文ショーのリレー観察が可能になったと皆が認めている。

Emily Whitehead: Living testimonyial(生き証人)
CAR-Tは、抗体の抗原結合部位と、T細胞を活性化する細胞内ドメインとを融合させた遺伝子を、自分のT細胞に組み込んで患者さんに戻し、抗体が認識できる抗原を持つガン細胞を特異的に攻撃する治療法だ。いわば、遺伝子治療と細胞治療が合体した治療法で、随分前から10大ニュースとして取り上げられている。 CAR-Tが再び取り上げられたのは、今年ノバルティスが申請していたこの治療がFDAに認可されたからだ。この時認可を決めるヒアリングに同席したのが、Emily Whiteheadで、サイトカイン遊離症候群というこの治療最大の副作用を乗り越え、CAR-T治療により白血病が完治した患者さんの一人だ。審査会での彼女の無言の訴えが、多くの共感を呼び、認可につながったことが紹介されている。
(昨日も述べたが、最終的にこの治療は5000万円近くの費用がかかることが決まっている。個人的には、先進治療の価格の決め方を議論する時が来たと思っている)

Scott Pruitt:Agency dismantler(環境保護局解体請負人)
今年トランプ政権により環境保護局の長官に選ばれたオクラホマ州の元司法長官で、環境保護を目的とした環境保護局を完全に解体することをトランプにより託された、期待にたがわず、有言実行で付託に応え、排水の規制など12のルールを棚上げし、化学会社から大歓迎されている。さらに、環境保護についての研究者を環境省のアドバイザーから駆逐し、企業人に置き換えた。さらに自らの省の予算を40%カットし、米国の地球温暖化などの研究は間違いなく瀕死の状態に陥ると懸念されている。
(トランプ政権の反科学政策は、自分の意見が正しいとエビデンス無しに主張する捏造の思想と共通していると思う。今年、環境研究所をスタートさせ、優秀な研究者を世界から集めることを決めたフランス大統領は、このことを最もよくわかっている政治家だと思う。反対でも、賛成でも、科学的検証が必要なはずだが?トランプはガリレオに対する当時の教皇と重なって見える)。

Pan Jianwei:量子通信の父
地上の光子と1400km離れた衛星上の光子の間で量子もつれを発生させ、世界を驚かせた中国の研究者で、中国では量子の父と呼ばれている。さらに9月には量子暗号化した光子通信を衛星から中国とウィーンに送ることに成功している。 今後中国の宇宙ステーションを利用した数多くの量子もつれの宇宙実験が計画されており、また全面的に中国政府の支援を得ている。
熱意のみなぎる楽天的性格で、リスクをとって、よく考えて選んだテーマに果敢にチャレンジする研究者として記事では紹介している。夢は、量子もつれを利用した高解像度宇宙望遠鏡らしいが、新しい中国科学のシンボルとして活躍するだろう。

Jennifer Byrne:Error sleuth(論文の間違いを暴く刑事)
ガン研究者としてオーストラリアで研究活動を行う中で、多くの論文が間違い、時には捏造データを含んでいることに気づき、粘り強くこの問題を指摘する論文を発表した結果、ようやくその努力が報われ始めている。そして今年フランスのCyril Labbeと協力して、論文の間違いを暴き出すソフト「Seek & Blastn」 を発表した。
(感想:これで捏造論文がなくなるとは思えないが、抑止力とともに、初期段階で注意を喚起できる意味で大きな前進だと思う)

Lassina Zerbo: Test-ban tracker(核実験禁止協定違反追跡者)
ブルキナ・ファソ生まれで、フランスで地球物理の学位を取得した研究者で、包括的核実験禁止条約の実行組織(CTBTO)に勤務している。「科学は世界政策と結びつくべきだ」という信念で、北朝鮮の核実験が続いた今年は忙しい日を過ごしている。Zerboは核実験による様々な情報を世界中が共有出来るシステムを立ち上げた功績者で、今年の核実験の時も、様々な情報を集めて世界に発信している。もちろん我が国との関係も深く、昨年は長崎で日本の学生に話したようだ。

VÍCTOR CRUZ-ATIENZA:quake chaser(地震追跡者)
11歳の時、1985年メキシコを襲ったM8.0の地震に遭遇したCruz-Atienzaは地震科学を目指し、地球物理学者としてキャリアを積んでいる。現在はメキシコシティーにある地球物理学研究所に勤務し、断層の破断について研究している。2016年彼は断層がずれた時メキシコシティーが乗っている古い湖がどう反応し、メキシコシティーのそれぞれの場所がどのように揺れるか予測した論文を発表している。
今年9月、M7.1地震がメキシコシティーを襲った時、彼の予測はほぼ的中し、現在最も信頼の置ける地震学者として、一般人の教育や政策立案にまで広く関わっている。

Ann Olivarius: Legal champion(法律のチャンピオン)
今年米国では、政界・経済界・メディア界・そして科学界を含む様々な分野でセクハラ問題が吹き荒れた。特にアカデミアでの性的違法行為を告発する先頭に立っている法律家がAnn Olivariusだ。現在事務所の20%のスタッフは、セクハラについての女性研究者の訴えを聞く係として配置しており、母校のエール大学をはじめ、ロチェスター、オックスフォード大学などの案件を扱ってきている。現在は、この問題を解決するための法の制定に奔走している。

Khaled Toukan:opening sesame(開けゴマ)
今年ヨルダンに中東初のシンクロトロンが20年の奮闘の末ついに稼働にこぎつけた。この計画を支え続けたのが、Toukanで、物理学者としてスタートした後、大学の学長、そして3回も大臣としてヨルダンと中東の科学を支えた立役者だ。ほとんどの人は、中東でシンクロトロン(スプリング8と同じ目的の施設)設置のための取り組みが進んでいたことはご存知ないと思う。私も、全く知らなかった。しかし調べてみると、よくまあこの施設がオープンしたなと思う。というのも、中東各国がこの施設に参加しているのはわかるにしても、その国々とはパキスタン、イラン、ヨルダン、エジプト、トルコ、キプロス、そして極めつけがイスラエルと、パレスチナだ。例えるなら、我が国が、中国やロシアは言うに及ばず、北朝鮮と韓国が参加する科学プロジェクトをスタートさせるようなものだ。途中で、イスラエルがパレスチナ援助に向かったトルコの船を攻撃するという事件まで起こっている。それでもこのプロジェクトを続けることができたのは,Toukanさんのおかげだと全員が高く評価している。このプロジェクトは、アラビアンナイトの「開けゴマ」で有名な、Open sesameを意識して、SESAMEプロジェクトと名付けられている。この歴史的な偉業を我が国政府も支援し続けて欲しいと思うし、トランプにより振り出しに戻ることは避けて欲しいと思う。憎み合っている国々も、科学を核に協力し合えることを示した偉業だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月24日:サイエンスの選んだ今年の科学10大ブレークスルー

2017年12月24日
恒例の今年の科学界Top Newsの発表が行われている。雑誌サイエンスは「Breakthrough of the year(今年のブレークスルー)」を12月21日号に発表した。生命科学以外についての私の理解はおぼつかないので、わかる範囲で記事を紹介するだけにした。興味のある方は、是非自分で内容を確かめてほしい。

Cosmic convergence:中性子星の衝突

1億3000万光年離れた宇宙で、2個の超高密度の中性子星が合体する過程で発生した重力波を含む様々なシグナルが、多くの天文学者の協力で観察されたことが、今年最大のニュースに選ばれている。
2016年のニュースも重力波の検出だが、これはブラックホール合体による重力波で、後には何も残っていない。一方、中性子星の合体過程での重力波は衝突による破片を他の方法でも捉えることができるため、世界中の天文台が前代未聞の規模でリレー研究を行った。
最初はフランス・イタリアが設置した重力波検出装置だった。このチームからの連絡を受けて、衛星の観測器がこの過程で出てきたガンマ線をもとに、場所を特定する。その後多くの天文学者が一斉にこのイベントの観察を始め、まず光学望遠鏡と赤外線望遠鏡を使って、そして最後は多くの電波望遠鏡が参加して、このスペクタクルのいわばリレー観察が行われる。今後、集まったデータの解析が進めば、さらに世紀の大発見が生まれる可能性があると期待されている。また今回示された重力波検出に始まるリレー観察体制は、銀河衝突や、中性子星とブラックホールの衝突などにも役に立つと期待されている。(この要約は、元の文章を訳し、まとめているだけで、理解については責任が持てないことを告白しておく)

この発見以外の残りの9ブレークスルーはほぼ同列として扱われている。記載されている順に紹介しておこう。


A new great ape species:新しい類人猿種の発見

これまで類人猿は、オラウータン、ゴリラ、ボノボ、チンパンジーの4種類だったが、インドネシアスマトラ島でDNA、解剖学、生態学的にはっきり他の種と区別できる新しいオラウータンの種が発見された。ゲノム解析から、340万年前に現在のオラウータンから分岐したが、最終的な種分化は68万年前と推定されている。現在800個体に減少しており、保護政策が求められる。

Life at the atomic level: クライオ顕微鏡による分子構造解析の進展。

今年のノーベル化学賞はクライオ顕微鏡開発に与えられたが、この技術の核はハードの開発より、多くの分子の画像を集めて一つの画像にまとめる計算技術の発展に負うところが大きい。この技術を用いて、RNAスプライシングに関わるタンパク質複合体、アルツハイマー病で蓄積するプラーク、遺伝子編集過程に関わるタンパク質の構造など、他の技術では難しいタンパク質構造解析が、今年も進んだ。

Biology preprints take off: 出版前の論文の公表

発表前のドラフトの段階で論文内容をシェアすることは、物理学や数学では当たり前になっていたが、生物学では反対も多く、4年前にこれを目指したbioRxivはなかなか受け入れられなかった。今年に入って多くの雑誌が、出版前にbioRixivなどへのアップロードを認めるようになり、この動きはついに市民権を得始めた。現在bioRixivにアップロードする論文は全体の1.5%に満たず(物理学では70%)、生命科学研究者の意識改革にはまだ時間がかかると思われるが、それでも間違いなくこの動きは加速している。

Pinpoint gene editing: 一塩基レベルの遺伝子編集。

DNAの2重鎖を切断するCasを用いる遺伝子編集では、一塩基レベルで遺伝子を編集することは難しかった。ハーバード大学のDavid Liuはクリスパーシステムを切断ではなく、2重鎖をほどいて化学的に塩基を修飾することで一塩基レベルの書き換えを可能にした。すでに中国ではこの技術の人胚の遺伝子変種に使えることが示されている。

A cancer drug’s broad swipe:ガン・チェックポイント治療対象の新しい選択法

抗PD-1抗体を用いるチェックポイント治療はずっと昔にブレークスルーに選ばれている。今回ブレークスルーとして評価されたのは、このチェックポイント治療を、特定のガンではなく、特定の遺伝子変異を持つガン全てに適用することがFDAにより認められた点だ。この申請はメルクが、自社の抗PD-1抗体キートゥルーダについて行ったもので、突然変異が急速に蓄積するミスマッチ修復に関わる遺伝子変異を持つガンでは、ガンの起源を問わずこの治療が有効であることを示して認可を得た。今年発表されたジョンホプキンス大学からの論文では、12種類のガンでミスマッチ修復酵素の欠損がある場合、なんと53%の患者さんに効果があることが示されている。チェックポイント治療のメカニズムをちょっと考えれば当然の話で、この論文を読んだ時、本家本元の我が国で、この発想での適用申請が行われていないことにがっかりしたぐらいだ。個人的には、方向性は正しいが、本当にブレークスルーか疑問は残る。

Earth’s atmosphere 2.7 million years ago:270万年前の大気を調べる

今年プリンストン大学とOrono海洋大学は南極の氷のボーリングにより、270万年前に氷結した氷を採掘するのに成功した。この解析から、当時の炭酸ガス濃度は300ppm以下で、現在の400ppmよりはるかに低いことがわかった。今後さらに掘削を進め、500万年前の氷を採掘できると、過去の地球温暖化時代と現在を比べることができ、現在始まっている地球温暖化について理解が深まると期待される。

Deeper roots for homo sapiens: ホモサピエンスの起源の見直し

1961年モロッコの鉱山で発見され、長くネアンデルタール人と分類されてきた骨が、実際にはネアンデルタールと、ホモサピエンスの両方の形態を示し、30万年前のホモサピエンスの骨であることが新しい年代測定技術で確認された。この結果に触発され、モロッコで新たな発掘が行われ、ついに30万年以上前のホモサピエンスの骨が発見された。この結果、アフリカでの人類誕生は少なくとも30万年以上前で、ここから広くアフリカに分布したことが想像される。この結果は、アフリカでのホモサピエンス誕生の歴史の再考を促し、新しいホモサピエンス史が着々と準備されている。

Gene therapy triumph:遺伝子治療の勝利

アデノ随伴ウイルスを用いた遺伝子治療の小規模臨床治験が今年急速に進展した。特に注目を集めたのが、脊髄性筋萎縮症の遺伝子治療で、従来の方法では2年生きるのがやっとだった患者さんの多く(11/12)が生長し、そのうちの一部が歩いたり走ったりする姿が公開された。同じ病気に対し、脊髄注射でウイルスを注入する治療も認可されている。同じように、CAR-T治療も今年FDAにより認可された。今後、希少遺伝子疾患などの治療が続々可能になると期待されている。(このレポートでは触れていないが、どちらの治療もその価格が数千万円レベルに設定され、今後このような治療をどう広めるのか、重大な問題になりつつあり、手放しで喜べない状態ではないかと思う)。

A tiny detector for the shiest particles:小さなニュートリノ検出器

このニュースも専門外で、ただ訳してまとめているだけで、誰か専門の方に解説してもらってほしい。
我が国でニュートリノ検出というと、ノーベル賞の小柴先生のスーパーカミオカンデを思い浮かべるのが普通だ。超大規模検出装置建設の苦労話は何度聞いても面白く、基礎科学振興のシンボルになっている。
このエネルギーの殆どないニュートリノは量子波として振る舞い、他の原子核と相互作用しコヒーレント散乱が起こることが予想されていた。この予想が、今年ついに実験的に証明された。このとき使われたニュートリノ検出器はたったの14kgと小さなもので、ニュートリノ観察法が大きくかわることを示唆している。ただ、ニュートリノのコヒーレント散乱が証明されたことで、ニュートリノも他の物質の観察の邪魔になることがわかり、今計画されている暗黒物質の検出法の見直しが必要になる(ようだ)。
カテゴリ:論文ウォッチ

12月23日:脳障害により誘発される犯罪(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2017年12月23日
亡くなった義理の父が小脳に軽い梗塞発作を起こした後、怒りっぽくなったと周りが気にしていた。同じようなことは多くの人が経験すると思うが、私たちの行動は全て脳の活動により決まることを考えると、当然の話だ。実際には、もっとドラマチックな症例が存在する。鉄パイプが前頭葉に突き刺さって左の腹側正中前頭前皮質(vmPFC)が大きく障害されたあと、それまでは慎しみ深い紳士的性格が一変し、粗野で凶暴な性格に変わってしまったフィネス・ゲージの症例や、扁桃体の視床下部を圧迫する脳腫瘍が発生したあと性格が変わり、ついに母親、妻を含む16人を射殺したチャールズ・ウィットマンの症例は脳科学の本にもよく紹介されている。

今日紹介するバンダービルト大学からの論文は、これまで脳障害が犯罪を誘発したことが明らかな報告例40例をもう一度読み返し、現在進んでいる脳内各領域のネットワークと重ね合わせて犯罪につながる脳ネットワークを特定しようと試みた論文で、米国アカデミー紀要にオンライン掲載された。タイトルは「Lesion network localization of criminal behaviour(犯罪行動の病変とネットワークの局在性)」だ。

何よりも驚くのは、MRI検査が行われている症例報告を見直すことで、ここまで様々な分析ができることだ。
研究では犯罪者の脳イメージング検査を報告した論文を集め、まず脳に障害を受けた後、それまで問題なかった人が犯罪に走った例を17人集めている。これまで、ゲージなどについて書いている本では、犯罪や性格と、特定の脳領域の関係が注目されてきたが、17人集めてみると、障害部位は極めて多様で、特定の部位を犯罪行動と連関させるのは難しい。

著者らは、障害場所は違っていても、それぞれがネットワークされているのではと思いつき、1000人の正常人について脳内の結合性を調べたデータベースを利用して、17人の障害部位を重ね合わせると、ほとんどがゲージが喪失したvmPFCと結合しており、また多くはdmPFC(vmPFCの上方)とも結合していることを突き止めている。

あとは、見えてきたネットワークの性格や行動との関連を調べて、障害領域がつながる領域が、
1) これまで道徳に関わるとして特定されていた、価値判断に関わるネットワークやTheory of Mind(他人が自分と同じように考えているという認識位)のネットワークと深く関わること、
2) 功利主義的、非道徳的行動に関わる回路と、不公正を拒否する道徳的回路の両方に犯罪行動と関わるネットワークは連結しており、功利的or道徳的かの綱引きの最終判断をしていること、
を明らかにしている。 最後に、障害歴と犯罪歴の時間関係がわからないため、最初の解析から除いた23例について、今回明らかになったネットワークにそれぞれの障害領域が重なるかを調べ、障害領域が犯罪行為と関わるネットワークと重なることを確認している。

結果としては理解しやすく、結論先にありきかという印象は強いが、逆にこれまでのデータを掘り起こしてここまでの解析ができるのかと、ビッグデータ時代を感じる。

しかし読んだ後はたと考えると、もしこの話を受け入れて、すべての犯罪者を脳の多様性という枠で捉えるようになれば、犯罪者の何をどう罰すべきか考え直す必要があることに思い至る。自分もほんの小さな障害で、16人の人を殺すかもしれないと想像するなら、脳の多様性を受け入れる社会と懲罰的死刑を受け入れる社会は両立しないことをもう一度考える必要があると思う。
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12月22日:母親のNK細胞が胎児の成長を助ける(12月19日号Immunity掲載論文)

2017年12月22日
我が国では、NK細胞についての一般向けの本も多く、例えば笑うと数が上昇するといった話と結びつけて、よく知られている細胞ではないだろうか。しかし免疫に関わる細胞の中では、私にとっては馴染みが薄く、まあ自然免疫の一つかと考えてきた。

今日紹介する中国安徽大学からの論文は子宮内のNK細胞が胎児の成長を助けるという予想外の話で12月19日号のImmunityに掲載された。タイトルは「Natural Killer cells promote fetal development through the secretion of growth promoting factors(NK細胞は成長促進因子を分泌して胎児の発生を促進する)」だ。

この研究は、妊娠初期に子宮内のNK細胞数が上昇し、胎盤形成後に数が減るという現象に着目し、妊娠初期にNK細胞が重要な役割を演じているのではと着想したことに端を発している。着想してしまえば、NK細胞はよく研究されており、道具も揃っている。

まず子宮のNK細胞がCD49陽性で転写因子eomesoderminを発現しているポピュレーションであることを確認し、このNK細胞が胎盤に分化するトロフォブラストの発現するHLA-Gに刺激され、IGF2,ITGAD(インテグリンファミリー)、血管増殖因子などが分泌されることを突き止める。

次に、遺伝子操作でNK細胞が欠損したマウスを調べ、NK細胞が欠損した母親では、胎児数が低下し、骨格を中心に発達遅延が起こることを示している。この異常は、年齢が高い母親でより著明に見られるようになる。

最後に、体外受精した人間の胚についても調べ、HLA-Gが発現していることを確認したあと、習慣性流産の患者さんの子宮脱落膜中のNK細胞数を調べ、予想どおり数が半分以下に低下していることを調べている。

その上でマウスの実験で、NK細胞を静脈内に移植すると、NK細胞欠損による発生異常を治すことができることを示すとともに、移植実験でNK細胞が分泌する増殖因子が胎児発生にかかわることも証明している。

話は以上で、わかりやすいシナリオだ。もし習慣性流産患者さんで、なぜNK細胞が減っているのかまで説明できれば、満点だっただろうが、これについてはわからないままだ。しかし、NK細胞であることがわかっているので、遺伝子発現など原因を突き止めることもそれほど難しくないだろう。習慣性流産の患者さんの治療については新しい切り口なので、今後臨床研究も速やかに行われるような気がする。

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