1月15日:私たち真核生物の先祖(Natureオンライン版掲載論文)
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1月15日:私たち真核生物の先祖(Natureオンライン版掲載論文)

2017年1月15日
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   現存の地球上の生物は、核膜でDNAを包み込んでいる真核生物と、核膜構造が見られない細菌生物に分けることができ、この細菌をさらに、真正細菌と古細菌に分けることができる。真核生物と細菌類の差は核膜の差にとどまらず、細胞骨格、ミトコンドリアやクロロプラスト、ゴルジや小胞体などの細胞小器官、細胞分裂、そしてクロマチン構造など、ありとあらゆる複雑性が真核生物誕生とともに細胞内に持ち込まれた。この過程にリン・マーギュリスの革命的アイデア内部共生説が関わることは間違いないが(生命誌研究館に書いた記事を参照してください:http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2014/post_000008.html)、ミトコンドリアや遺伝子水平移動だけでこの複雑性の全てを説明するには至らない。特に、内部共生が可能になるためには、細胞骨格の発達、ファゴサイトーシス、細胞小器官の移動の調節に関わるメカニズムがどこかで用意される必要があった。
   ゲノム時代に入って、真核生物と細菌類のゲノムの比較から、真核生物が古細菌に近いことが明らかにされ、真核生物は古細菌がαプロテオバクテリアの仲間を取り込んで生まれたと考えられるようになった。2015年に入って、これを裏付けるように、ゲノムレベルで真核生物に最も近く、これまで真核生物にしかないと考えられていた細胞骨格形成や小胞体などの輸送に関わる分子をコードする遺伝子を持つLoki古細菌及びThor古細菌が発見され、内部共生説に至る準備過程が徐々に明らかになってきた。
   もちろんLoki古細菌の発見は、真核生物誕生の新たな疑問を呼び、Loki古細菌類と真核生物のギャップを埋めるための試みが始まった。
   今日紹介するスウェーデン・ウプサラ大学からの論文はこのギャップを埋める新しい古細菌Asgard古細菌類の発見でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Asgard archea illuminate the origin of eukaryotic cellular complexity (Asgard古細菌は真核生物の細胞の複雑性の起源を明らかにする)」だ。
   この研究のハイライトは、Loki古細菌と真核生物のギャップを埋めるために選んだ方法だろう。細菌というとこれまで培養してから遺伝子を調べないと、どの遺伝子が例えばLoki古細菌に属するのか特定するのは難しかった。しかし、メタゲノム解析と呼ばれる特定の場所に存在する全ての細菌のゲノムの配列を一挙に決定した後、情報処理技術を使って一つ一つの細菌のゲノムを再構築する方法が発達し、細菌が培養できなくともゲノムを比べることが可能になった。この研究では、この方法が使われた。
   ギャップを埋める古細菌を求めて今回、Loki古細菌が見つかったロキ熱水噴出孔をはじめ、イエローストーン国立公園、竹富島の熱水噴出孔まで、世界中から集めた水中堆積物に含まれる全てのDNAの配列を解読している。実際には6880億塩基対(ヒトゲノムの200倍分)の配列を解読し、この中から30億塩基対の長い配列を再構築している。
   さて結果だが、著者らが期待した通り、真核生物特異的と考えられていた多くの遺伝子を持ち、DNA配列上でもLoki古細菌と真核生物を埋める新しい古細菌を発見することができた。Loki, Thorともに北欧神話の神々の名前で、今回新たに発見された2種類もOrdinとHeimdallという北欧神話の名前がつけられた。そしてLoki,Thorを合わせた群を北欧の神々が棲む世界Asgardと命名している。
   新たに発見されたHeimdall, Ordinから得られた進展をまとめると、
1) ゲノム配列を様々な方法で比べ、Asgard古細菌群と真核生物は共通祖先から別れてきた生物で、最も真核生物に近いのがHeimdallである事。
2) これまで真核生物特異的とされてきたほとんどの遺伝子群は、Asgard群全体を探索すると特定できる事、
3) 特に、角膜形成、小胞体のゴルジ体への輸送、他の細胞を取り込むために必要な貪食などに関わる、細胞内膜制御分子が揃っている事、
4) 小胞体輸送に関わる遺伝子群はクラスターを形成してセットになっていること、
5) これまで探し求められていたチュブリンの相同分子が特定できた事、
などをあげる事ができるが、これらはこれから始まる大きな物語の序章に過ぎないだろう。
   真核生物誕生まで、生物の全進化時間のほぼ半分以上が費やされている。なぜ進化は複雑化の方向へ進むのか、遺伝子の水平移動や、細胞同士の合体など、Asgard古細菌群の研究は今後ゲノム研究を超え、実際の進化再現研究へと大きく展開する可能性を秘めている。
カテゴリ:論文ウォッチ