1月19日:動物のロボット化(1月12日号Cell掲載論文)
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1月19日:動物のロボット化(1月12日号Cell掲載論文)

2017年1月19日
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   分野を問わず論文に目を通すようになって感じるのは、読者から見たとき脳研究領域が面白いという点だ。もちろん脳の解明は21世紀を超えた最も重要な分野で、何を今更と言われそうだが、この面白さの感覚は、重要性の認識や、新しいことがわかるということとは別の原因があるように感じていた。
   同じことを考えながら今日紹介する、ネズミが餌を追いかけて食べるという一連の過程に関わる脳回路を調べたイェール大学の論文を読んでいるうちに、突然、ずいぶん昔に見たキューブリックの映画「時計仕掛けのオレンジ」が頭に浮かんだ。黒、白、赤が強調された原色の画面と、大音量で暴力シーンに流れるベートーベンの第9交響曲以外の詳細は思い出さないが、この映画の主人公アレックスの暴力性を脳科学的に治療しようとするイメージが、この論文と重なった。そのおかげで、最近の脳科学の面白さの一つの理由が、生きた生物を、機械仕掛けのロボットのように意のままに動かすという研究者の欲望を、光遺伝学をはじめとする様々なテクノロジーが解放したからではないかということに気がついた。
   前置きが長くなったが論文のタイトルは「Integrated control of predatory hunting by the central nucleus of the amygdala(捕食行動は扁桃体中心核により統合的に制御されている)」だ。
   この研究では、ネズミがコオロギを追いかけ、補足し、食べるという一連の動作に関わる神経回路の解明を目指している。これまでの論文なら、行動中の脳活動の記録から始まるのだが、この論文では最初から扁桃体中心核がこの過程をコントロールするとあたりをつけて、中心核のGABA作動性神経を光でコントロールできるマウスを作成し、疑似餌にたいしても補足し噛みつくこと、また本当のコウロギをハントする速度が上がることを示すことから始めている。
   その後、実際の捕食活動での記録、光遺伝学を用いた様々なタイプの神経(GABA 作動性、グルタミン酸作動性)の操作、同じく化学物質を用いた操作をそれに組み合わせる実験などから、扁桃体中心核が、捕食のための首と肩の筋肉の動き、補足後に食べるかどうかの判断など、必要なすべての行動を制御していることを明らかにしている。例えば、扁桃体から網様体へ投射する小細胞性ニューロンは噛みつく動作を抑制しており、この神経を活性化すると、噛み付いて殺す動作が抑えられる(この辺を読んでいたとき突然時計仕掛けのオレンジがひらめいた)。
   詳細は全て省いていいと思うが、一連の動作の促進も抑制も、同じ場所に収束し統合されていることが解剖学的、生理学的に示されている。この様な領域は例えばダマシオらがConvergence-divergence region (CDR)と呼んだ機能領域に一致するが、これを操作して本当にマウスを機械仕掛けの様に動かせるのは圧巻だ。新しいテクノロジーを用いた脳科学も一つのピークに差し掛かった気がする。
   さて時計仕掛けのオレンジに戻ると、映画では人為的洗脳は完全でないことが示唆される。すなわち、暴力性に対抗する良心が生まれるのではなく、暴力性だけが抑制されただけであることがわかる。しかしそんなことにはお構いなく、人間のマインドコントロールに使えないかなどと思い始める権力者がでないとは限らないとちょっと心配になる。
   幸いこの研究グループは脳に限らず広い視野を持っている様で、捕食活動は、顎を持った脊椎動物の進化とともに発生したはずで、これは顎を持たない八つ目ウナギに扁桃体結合が存在しないことから想像できることを議論している。
   今の脳科学が生物を機械の様に動かしたいという研究者の本能を解放したことを考えると、広い視野と倫理性を持つ若者の育成の必要性を実感する。
カテゴリ:論文ウォッチ