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2月4日:視覚に関する学習の効果を上げるコツ(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2017年2月4日
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   脳機能の研究は21世紀最大の課題で、分子生物学から心理学まで、あらゆる分野の研究者が参加し、あらゆるレベルの研究を長期にわたって支援する必要がある。ただ、重要なのは各分野の連携で、これはそう簡単ではない。おそらく、大所高所からこのような研究を眺めて、統合のためのシグナルを送る役割を担う人物が必要だろう。今まで読んだ脳科学の本を元にこの難しい課題が果たせそうだと思い当たるのはアントニオ・ダマシオさんだが、こんな心配をするのは、論文を読んでいると、まだまだ各研究領域は独立しており、対話は容易でないと感じるからだ。例えば、心理学と認知についての医学研究の間ですらそんな壁を感じる。
   今日紹介するブラウン大学からの論文は、心理学分野で、脳の中で新しい学習がどのように安定化されるか調べた、Nature Neuroscienceオンライン版に掲載された研究だ。タイトルは「Overlerning hyperstabilizes a skill by rapidly making neurochemical processing inhibitory dominant(余分に学習することにより急速に抑制優位の神経化学的状態が生まれスキルを強く安定化する)」だ。
   この研究はブラウン大学で研究を行っている渡辺さんという日本人の研究室の仕事で、所属を見ると心理科学となっているので、心理学と言っていいのだろう。面白い研究で、最新のMRI技術を用いて生理学的因果性についても調べた良い研究で、これからも頑張って欲しいと期待する。
   しかし、医学出身の私にとって、わかりにくいというか、心理学領域への壁を感じる論文でもあったので最後にその感想も述べる。
   この研究では、繰り返して訓練を行い学習させた効果が、時間をおかず始めさせた別の学習により邪魔されるという現象に焦点を当てている。面白いことに、最初の訓練をこれ以上繰り返してもそれ以上上達しないというレベルを超えて、さらに訓練を繰り返すと、違う課題の訓練をすぐ始めても、邪魔されにくくなる。もっと面白いのは、最初の訓練を余分に繰り返すと、次の課題の学習が今度は邪魔される。ところが、最初の学習と、次の学習の間に十分時間をおくと、両方ともしっかり固定されるという結果だ。
   心理学としては十分面白いが、この脳生理学的基盤をMRIによる成分分析を用いて調べ、視覚野ではたらく神経伝達物質のうち、興奮性のGlutamateと抑制性のGABAの濃度の比が、余分に学習することで低下する、すなわち抑制性にシフトすることが、最初の学習を安定化させるのに聞いていることを明らかにしている。
   私なりに解釈すると、学習が十分できると脳内で興奮性が高まるが、この時邪魔が入ると、学習効果が消える。従って、十分休んでから(この研究では3.5時間以上)次の課題にかかるのが望ましい。一番いいのは、これで十分と思っても、余分に学習すると、脳内の興奮が強く抑制できるので、邪魔が入っても最初の学習はのこる。ただ、課題もしっかり学習したい場合は、やはり十分間隔を開けないと、今度は新しい学習効果がなくなる。面白いのは、脳が余分な学習になると自然に抑制性にシフトすることで、さらなる研究を期待したい。
   最後に心理学の壁だが、学習の課題にガボールパッチが使われているが、これは心理学特有ではないだろうか。他の課題でも同じ結果になるのだろうか。また、実験結果が正しいかどうかの検証が完全に統計学に依存している点だ。もちろんどちらも問題はないのだが、医学部出身者にとってはどうしても違和感を感じる。こんな小さな違和感がおそらく大きな壁に発展するように思う。この小さな違いをぜひ両方で乗り越え、対話を深めて欲しいと感じた。
カテゴリ:論文ウォッチ
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