2月19日:英国バイオバンクの実力:疲れやすい原因を探る(Molecular Psychiatryオンライン版掲載論文)
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2月19日:英国バイオバンクの実力:疲れやすい原因を探る(Molecular Psychiatryオンライン版掲載論文)

2017年2月19日
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    医者になりたての頃、外来で「先生、最近疲れやすく、何か悪い病気と違うでしょうか?」と聞かれるのが一番困った。診察や検査から何か異常が見つかれば、それが原因だと説明できる。しかし、一般的な検査で何もわからないとき、どこまで原因を求めて深追いをしていいのか判断できない。結局ほとんどの場合深追いはせず、「特に悪いところは見つからないので大丈夫でしょう、悪化するようならまた来てください」と帰っていただくのが精一杯だった。結局7年で医者をやめてしまったので、ベテランの医者としてこの問いに向かうことはないまま終わりそうだ。
   今日紹介する論文はこの「疲れやすい」と感じる背景に何があるのか、英国バイオバンクのデータを駆使して調べた研究でMolecular Psychiatryオンライン版に掲載された。タイトルは「Genetic contribution to self-reported tirednesss(自己申告による疲れやすさの遺伝性)」だ。
   英国バイオバンクは2006年、ウェルカムトラストと英国医学カウンシルが共同で、50万人を目標に40−69歳の英国人の様々な健康データ、血液、DNA、さらには画像データを集めた世界最大のバイオバンクで、2010年に50万人のリクルートを達成している。この論文を読んで、このバイオバンクの実力に改めて感心した。
   この研究ではUKバイオバンクの参加者のうちゲノムデータが得られる人に、「この2週間に何度疲れたと感じましたか?」と質問を送り、約10万人から回答を得ている。回答の内訳は、1)疲れを感じなかった(51416人)、2)数日(44208人)、3)1週間以上(6404人)、4)ほとんど毎日(6948人)だ。この数字をみて、改めて英国バイオバンクが初期の目的を十分果たしていることを実感するとともに、英国の人たちも疲れているのだと感じる。
   研究では、この回答と、バイオバンクの様々なデータとの相関が調べられ、
1) 自覚的な疲れやすさと直接相関する遺伝子座は存在するか?
2) 疲れやすさは健康に関わる性質と関わっているか?
3) 疲れやすさは不健康さと関わるか?
4) 疲れやすさと神経症的傾向を示すパーソナリティーとの間に遺伝的な関連性があるか?
に対する答えを見つけようとしている。
   ただ予想通り、疲れやすいという感じは、身体的状態にとどまらず、精神的状態とも連関しており結果は複雑で、結論もわかりにくい。詳細を省いて、4つの問いに対する答えだけをまとめると以下のようにまとめられるだろう。
1) ゲノムの多型解析から、疲れやすさの遺伝子として特定できるほど強い相関のある遺伝子は特定できないが、弱いが、ドーパミン受容体を始め5種類の遺伝子の多型と有意な相関が認められ、約8.4%に遺伝性が認められる。
2) 疲れやすさは、様々な健康状態や病気になりやすさと遺伝的背景を共有している。例えば、健康だという自覚や、長生きの遺伝子多型と逆相関している。
3) 疲れやすさは、代謝疾患マーカーや、肥満度マーカーなど、メタボリックシンドロームの指標と共通の遺伝背景を持っている。
4) 神経症的傾向などの精神疾患と疲れやすさは強い相関があるが、この相関は、身体的疾患との相関とは別のメカニズムによると考えられる。
実際には、バイオバンクのデータを総動員して、あれやこれやと調べており、まとまりのない仕事だ。とはいえ、誰もが当たり前と思ってしまう「疲れやすさ」を科学しようとする気概と、それを支えることのできる英国のバイオバンクにただただ感心した。
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