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3月30日;唯名論についての歴史的論争を思い出させる論文(3月24日号Science掲載論文)

2017年3月30日
    私たちが経験する個別の事項と、それを超えた普遍的概念のどちらが先かについて、実在論か唯名論かを激しく争ったのは中世のスコラ哲学だ。
   この時まず私たち個別の経験が先にあって、これが私たちの脳で普遍的な概念へと高められ、言葉になると明快に唯名論の立場をとったのがオッカムだ。おそらく彼を、その後に続く、ロック、バークレイ、ヒュームといったイギリス経験論の先駆けと言ってもいいだろう。
    いずれにせよ、唯名論と実在論は欧米の知識人の議論に今も顔を出すほど馴染みのあるもので、なぜ私たちが個別的事項を普遍化したがるのか、脳科学や心理学の重要な問題として考えられているように思う。
   このことを典型的に示すミシガン大学からの論文が3月24日号のサイエンスに掲載された。「何々?」と誰もを惹きつけるタイトル「How “You” makes meaning(「You」はどのようにして意味づけられるか?)」だ。
   タイトルにあるmake meaningは心理学用語で、親しい人を失った時、自分の経験をどう意味付けて処理するかを指すのだと思うが、この問題が特定の個人を指す場合もあるし、普遍的に人間一般を指すこともある「You」という単語の使い方の背景にある心理とオーバーラップすると着想したのがこの仕事のハイライトだ。
   最初に例文としてトランプがCBSで彼の税制について語った文章「I fight like hell to pay as little as possible….I am a businessman. And that is the way you are supposed to do it」が引かれている。訳すのはやめるが、要するに彼はYouを二人称で使うことで支持を得た。これを聞いた人たちは、まさに「私(I)」が税を払わないで済むと思う。一方、例えば宗教の経典や、普遍的な話の場合「You」は、人間全てを指している。すなわち、このYouの使い方の転換の背景に、個人の経験を普遍化する力学が働いていることを証明しようとしている。
   このため行った実験は簡単で、例えば「あなたはハンマーで何をすべきか?」と聞いた人が、Iで答えるか、Youで答えるかを調べる。この問いに対する答えはほとんどYouが使われるが、「あなたはハンマーで何がしたいですか?」と聞くとIで答える人がほとんどになる。同じような問いを使って、Shouldのように、規範的内容を文章に感じた時、人間はYouを人間一般として普遍化していることがわかる。
   この実験に加えて、「何をしてはいけないか」について文章をYouを使って書かせた時、文章が自分の問題からどれほど離れて感じられているかを調べ、規範化された経験が、自分の体験から離れて受け取られることを示している。
   いくつかの実験を組み合わせて上に述べた解釈が正しいことを確かめているが、結果はこれだけで、おそらく読者の多くはこれでScienceに通るのかと拍子抜けするかもしれない。
   しかし、中世の唯名論に関する論争はは、よく考えてみると言語が生まれた脳科学と深く関わる。言語が生まれるためには、Theory of Mind、すなわち他の人間が自分と同じように考えているという脳回路が必要だ。そして「他の人間=You」を前にいる「あなた」から、普遍化した「あなた方、人間一般」に転換できる回路も必要になる。その意味で、Youという言葉に着目した点は高く評価できる。
   しかし、Youを表現する単語が驚くほど多い日本語では、普遍化に多くの価値づけが行われる。その意味では、本当の普遍化が難しいが、仲間内意識が強い日本人をよく表している気がする。
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