6月3日:一夫一婦制の生物学的起源(6月8日号Nature掲載予定論文)
AASJホームページ > 2017年 > 6月 > 3日

6月3日:一夫一婦制の生物学的起源(6月8日号Nature掲載予定論文)

2017年6月3日
SNSシェア
   決まったパートナーと一生を添い遂げる一夫一婦制の哺乳動物は、人間も含めて(?)5%しかないようだ。進化的に考えれば、強いオスが子孫を残す方がいいようにも思うが、必ずしも腕力だけで適応が可能なわけではなく、社会の維持という観点からは、個体の多様性が維持できる一夫一婦制もアドバンテージはある。とはいえ、フロイトに指摘されるまでもなく性的欲望が行動を促す強い力になるとすると、一夫一婦制の哺乳動物もこの欲望に対抗する強い脳回路が必要になる。
   この難関に挑んだのが今日紹介する米国エモリー大学のグループで、来週発行予定のNatureに論文を発表している。タイトルは「Dynamic corticostrial activity biases social bonding in monogamous female prairie vole(一夫一婦制のプレーリー・ハタネズミの社会的結びつきに影響する皮質線条体回路)」だ。
   この研究の最大の売りは、一夫一婦制の哺乳動物、プレーリーハタネズミを実験室で飼育し、最新の光遺伝学まで使った実験ができるようにした努力だ。ハタネズミの夫婦形態は生態学的にも解析が進んでいるとはいえ、これを実験室で使うとなると、大変だっただろうと想像する。したがって、研究の進め方は「最初に仮説ありき」で、前頭前皮質から、情動に関わる側坐核への神経結合が、側坐核の神経興奮を調節する過程が、一生のパートナーを見つける過程に関わると仮説を立て、これを確かめる方向で研究を進めている。
   まず研究対象になった行動だが、始めて出会ったオスとメスが最終的にパートナーとなるまでの時間を調べると1時間から4時間と大きな個体差がある。要するにオスとメスが出会えばパートナーができるわけではない。パートナー誕生までの過程には、オスがメスへマウンティングしたりするメーティング行動、自分自身の毛づくろい、そしてペアで体を寄せ合って同じ場所で過ごすハドリングが認められる。実験では前頭前皮質、側坐核、それ以外の領域などに電極を設置し、神経活動を記録しながら、オスと初めて出会ってからとる上記の行動と、神経活動との相関を調べている。
   この研究が注目したのは側坐核の神経興奮を示す高周波電気活動が、前頭前皮質の低周波神経活動に影響される程度で、これを行動と対応させると、メーティング行動が繰り返されるにつれて、前頭前皮質の側坐核への影響が強まり、最終的なペアが誕生しハドリングが始まると、この影響が低下することがあきらかになった。また、ハドリングまでの時間と、メーティング時の前頭前皮質から側坐核への神経の影響の程度は完全に逆相関を示すことから、メーティング時の前頭前皮質から側坐核への影響が強いほどスムースにペアができることがわかった。
   この結果は、前頭前皮質の低周波活動が側坐核の高周波活動に介入することが、最終的ペアリングの動機になることを示しており、これを示すために光遺伝学的に前頭前皮質から側坐核への経路を刺激してハドリングまでの時間を見ると、あまり綺麗な結果とはいえないがハドリングが促進されることを示している。
   結論としては、前頭前皮質から側坐核への神経支配が、ペア形成への気持ちを高めるという予想通りの結果だ。
   残念ながらこの結果は、ペアリングまでの脳活動と行動とを相関させた研究で、ペアが成立してから一夫一婦制が守られる生物学起源には迫れていない。今後同じ実験系を使ったもう少し複雑な関係性についての研究、例えば成立した一夫一婦制の破綻(浮気)や、オキシトシンの影響など徐々にあきらかになるのだと期待している。野生動物を実験室モデルにするのは簡単でない。それにチャレンジしたこの実験系への私の期待は高い。
カテゴリ:論文ウォッチ