8月20日:Opioid epidemic:オピオイドのまん延(7月27日号The New England Journal of Medicine掲載総説、他)
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8月20日:Opioid epidemic:オピオイドのまん延(7月27日号The New England Journal of Medicine掲載総説、他)

2017年8月20日
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トランプやプライス保険衛生局長が現在最も重要な米国の健康問題としてOpioid epidemic(麻薬まん延)を名指しし、非常事態として深刻に受け止めていることを最近表明したが、昨日の日本経済新聞はニューヨーク支社の大塚さんたちの連名で、この問題について記事を掲載していた。この記事ではopioid epidemicが医師の処方から始まることを匂わせつつも、この問題を最近の白人至上主義運動と連結させて、「トランプ支持の中核といえる労働市場から排除された白人中間層の崩壊の背景の一つにopioid epidemicがあり、この問題を政権が深刻に受け止めている」と抽象的な話で終わろうとしているように私には読めた。

これまでトランプも、メキシコからの麻薬の流入や、それを防ぐための国境の壁建設と絡めて、この問題についての意見を述べてきた。しかし、今回のトランプやプライスのステートメントには、この危機が医療によりもたらされている「医原病」であり、1980年代に蔓延したクラックなどとは本質的に違う危機であるという明確な認識がある。事実、トランプは「薬物中毒や過剰摂取をやめる最も良い方法は最初の場所(医療現場)で薬物乱用が起こらないようにすることだ」とはっきり述べている。2015年、麻薬による死亡はじつに33000人を超えているが、この半数は医師の処方によるopioidが原因だ。

トランプに言われるまでもなく、米国医学界は米国を蝕むOpioid epidemicを医療の問題と理解しており、ここ数年多くの医学雑誌で特集が組まれ、また公的な調査レポートも発表されてきた。7月以降発表された論文だけでも30はくだらない。そこで、米国医師会雑誌と、The New England Journalに掲載された意見論文や、総説を今日は簡単に紹介する。

プライス長官が「毎年ヤンキースタジアムやドジャーススタジアムの観客数と同じ数の人たちが死んでいることを考えると、Opioid epidemicはまさに緊急事態と言える」と語ったように、8月1日号の米国医師会雑誌(Bonnie et al, JAMA 318:423, 2017)によると、opioidの過剰摂取による死亡が2011年の7019人だったのが、2015年には19884人に増加している。

   この意見論文では痛みの治療に対して、本当にopioidが長期効果を持つのか疑う意見もあることから、opioidの使用が完全に禁止される可能性すらあること(トランプ、プライスではこの可能性がないとは言えない)を懸念し、より現実的な方策を模索した米国アカデミーからの「Pai Management and the Opioid Endemic」を紹介している。

同じ JAMA には、国家機関であるFDA自身が、具体的な薬剤投与プロトコル提案も含めてこの危機を終わらす決意で取り組んでいる対策の概要について報告している(Gottlieb and Woodcock JAMA ,318:421)。詳細は省くが、いずれの意見広告も、opioidが医療に役立っていることも評価した上で、科学的証拠に基づきこの問題に対処すべきことを強調するものだ。

この問題をあくまでも科学的に解決しようとする米国医学界の考えを最も代表する特別レポートが7月27日号のThe New England Journal of Medicineに掲載されているので、最後にこの論文をかいつまんで紹介する。タイトルは「The role of science in addressing opioid crisis(opioid危機に対する科学の役割)」だ。

このオピニオン論文では、opioidの過剰摂取、中毒に対する薬剤の開発とともに、opioidに代わる鎮痛剤の開発がこの問題の解決に必要であることが述べられている。

現在のopioid過剰摂取による死亡の主な原因は、ヘロインの50-5000倍も薬効の高いμオピオイド受容体刺激剤であるフェンタニルやカルフェタニルで、救急で投与される拮抗剤のナロキサンの効果が追いつかないことを指摘し、これに対して新しいopioid拮抗剤の開発が急務であることを指摘した上で、全く新しい経路を介する過剰摂取患者の治療法の開発、自宅で過剰摂取を検知して自動で拮抗剤を投与する機器の開発などが中長期的方法として現在開発されていることを紹介している。

中毒に対しては現在メタドーン、ブプレノフィン、ナルトレゾンが利用できるが、効果が短いためどうしても回復施設での教育が必要で、当然数が足りない。従って、現在利用できる3剤を組み合わせて、外来でも治療可能なプロトコルを開発して当座をしのぎつつ、例えばロルカセリンやロフェキシジンなど全くメカニズムの異なる新しい薬剤の効果を早急に確かめる。最後にこれと並行して、長期効果の有る薬剤の開発、さらにはopioidに対するワクチンや交代の開発まで視野に入れた研究が進んでいることを指摘している。

最後に、一番効果があるのはより安全で、習慣性のない鎮痛剤の開発で、製薬企業も開発にしのぎを削っているが、短期的にはやはり医師の教育を含めて、新しいopioidと他の鎮痛剤を組み合わせた投与プロトコルの開発でしのぐしかないことを強調している(もちろんこの成否には、保険会社の理解も必要で、フェンタニルとヘロインはメディケイドも認める安価な鎮痛剤だ)。長期的展望としては、遺伝子治療から細胞治療まで挙げられており、政府の旗振りがなくとも開発が進むと確信できる。

このような対策に加え、緊急に行う必要のあるのは処方する医師の教育だ。これに関して全米経済研究所は「Addressing the opioid epidemic: is there a role for physician education?(医師の教育はopioid endemicに役立つか)」という恐るべきレポートを出しているので最後に紹介する(http://www.nber.org/papers/w23645でダウンロード可能)。論文では医師の出身校のランクと、麻薬の処方量を比較し、ハーバードをトップとした時、全米ランキングの低い医学校出身者ほど麻薬処方量は高く、例えば全米トップのハーバード出身者と比べた時、最低ランクの大学の医師は、なんと3倍も処方していることを明らかにしている。出身校で医師のランキングが決まるわけでは決してないが、平均値として考えた時、大学格差が医療にとって重要な問題であることを示している。

最後に、これは決して対岸の火事ではない。我が国でも、全ての薬剤は処方可能で、痛みから解放してほしいという要望も強い。全米経済研究所のレポートを読んで、問題が深刻にならないうちに教育と、opioidの新しい安全なプロトコルの開発から始めるべきだと思った。
カテゴリ:論文ウォッチ