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音楽と科学についてのシンポジウムのご案内

2017年9月10日
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10月8日東京芸大でのイベントに参加します。
登録が必要ですが、ぜひ参加ください。

http://www.natureasia.com/ja-jp/nature-cafe/events/19-ams
カテゴリ:ワークショップ

9月10日:卓越したドイツ科学の秘密(9月7日号Nature特集記事)

2017年9月10日
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先日、大学を去る友人の最後の講義を聞きに出かけた。東京から離れた地方の大学を支え続けてきた友人の最後の講義は、彼の研究の話ではなく、30年にわたる自らの経験をもとに、日本の大学を高いレベルに保つためには、何をすべきかを、若い人たちに熱く語るものだった。 講義で友人は、どんな状況にあっても大学は長期視野に基づく優れた計画のもと自らを変え続ける必要があることを訴えていたが、講演の最後に、このような努力を無にしてしまう政府の見識の低さが最近目立ち始めたことを嘆いていた。その例として友人は、安倍首相が2016年OECD閣僚理事会で行った演説の一節を引用していたが、それを見て私も驚いたので、もう一度英語と日本語の両方を読み直してみた。 この演説は、安倍ミックスをはじめとする様々な改革と集中投資で日本経済は生まれ変わったことを強調する内容だが、その中で政府が目指すイノベーションの一つとしての教育改革について次のように述べている。
「日本では、みんな横並び、単線型の教育ばかりを行ってきました。小学校6年、中学校3年、高校3年の後、理系学生の半分以上が、工学部の研究室に入る。こればかりを繰り返してきたのです。しかし、そうしたモノカルチャー型の高等教育では、斬新な発想は生まれません。」、そして続けて 「だからこそ、私は、教育改革を進めています。学術研究を深めるのではなく、もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な、職業教育を行う。そうした新たな枠組みを、高等教育に取り込みたいと考えています。(Rather than deepening academic research that is highly theoretical, we will conduct more practical vocational education that better anticipates the needs of society. I intend to incorporate that kind of new framework into higher education.)」と述べている。
まともな科学者なら、これを読んだらこの国の科学はおしまいだと思うだろう。もちろん原稿は、優秀な内閣府の官僚が書いたのだと思う。知識をひけらかす才気紛々とした原稿だ。しかし「Rather than deepening academic research that is highly theoretical(極めて理論的な学術研究を深めるのではなく)」といったフレーズを平気で使える官僚が日本の高等教育政策を担っているのかと思うと暗澹たる気持ちになる。

実際今年3月、Natureは日本の科学力が14分野中11分野で大きく低下していることを指摘した。この主な原因をNatureは政府の研究投資の停滞のせいにしていたが、平気でこのようなフレーズを首相の演説に盛り込む、科学について無知な官僚が科学政策を担っていることも大きな問題だと思う。

こんなことを考えながら、新しく発行されたNatureを眺めていたら、Abbottさんの記事「Germany’s secret to scientific excellence(ドイツの卓越性の秘密)」という記事が目に止まった。

この記事で3つのグラフが示されている。最初は、科学技術への投資だが、着実に増加しているものの、ドイツは我が国より低い(民間も合わせた統計)。しかし、論文の引用レベルを示す指標でドイツは米国と肩を並べるまでになって、科学研究の着実な進歩を示している。ところが最後に示された特許取得数の統計は、ドイツが日本の半分にも満たないことを示している。すなわち、ドイツ政府はOECDでの安倍演説の逆、「すぐ役立つ職業教育ではなく、理論的学術研究を深める」方針を科学技術政策の根幹にしている。

記事の中心は、「広く深く教育を進め、政治宗教から自由でなければならない」というフンボルトの思想をドイツ教育のDNAと捉え、将来展望に立って安定的に科学技術を推進するためメルケル政権が行った2つの政策についてだ。一つは大学改革で、これまで州政府の予算で運営されてきた大学に、連邦政府も「卓越クラスター」として直接予算を導入し大学の学術研究を促進する政策、そしてもう一つは大学やマックスプランクやヘルムホルツなどの研究機関を競わせるだけではなく、垣根を払った共同研究を促進するために行った政策だ。

この結果、先に述べた学術研究が急速に進展しただけでなく、もう一つ我が国の大学の凋落を印象付けたタイムズ高等教育トップ200に、なんと22大学がランクイン(2005年には9校だけ)している。この結果ドイツの大学の魅力は増して、今や外国人教員数は全体教員数の12.9%に達している。

他にも参考になることの多い記事だが、この成功が全てドイツ政府の政策の結果であることがこの記事の要点だ。そして、「ドイツの研究者になぜドイツの学術が花開いているのかと質問すると、誰もがメルケル首相のおかげだと答える」と述べている。 これは記者の誇張だというかもしれない。しかしこのことを私自身は実感として感じている。現役最後の2012年、ベルリンにあるマックス・デルブリュックセンターで行われた幹細胞のシンポジウムのオーガナイザーの一人として手伝ったことがある。この時、メルケル首相が若い研究者と公開討論会を行うので、シンポジウムを一時中断して、そちらに参加することになった。そこで、メルケル首相一人と、あとはセンターの若い研究者三人(だったと思う)が科学者の前で討論をしていた。内容はドイツ語のせいもあって全く覚えていないが、我が国で行われる研究所見学名目の大名行列の様子と比べ、首相が施設の説明より、研究者の生の声を聞きに研究センターに来ているのを見て感銘した。

つまるところ、大学の凋落を招いている我が国の問題は、「生の声」と「データ」に基づかず、ウケを狙う思いつきを政策にしてしまう、内閣府に集まる少し頭のいい官僚の問題ではないかと私は思っている。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月9日:子宮頸がんとパピローマウイルス(9月7日号Cell及びThe Lancet オンライン版掲載論文)

2017年9月9日
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子宮頸がんがパピローマウイルス(HPV)の感染なしに発症する可能性は理論的には存在しても、実際にはほぼすべての子宮頸がんでHPVの感染が見つかる。これは、HPVがコードしているタンパク質に、私たちが持っているガンを抑制する仕組みを無効にする働きがあるからだ。すなわち感染した細胞はガンへのスイッチが入りやすくなる。

とはいえ、感染したからといってほとんどはガンに発展しない。何がこの差につながるのか? 今日まず紹介する米国国立衛生研究所からの論文は、全部で5570人という数の、ガン、前癌状態、正常の組織から分離したHPVの遺伝子配列を解読し、ガンを強く促進するウイルスの特徴が見つかるか調べた研究で9月7日号のCellに掲載された。タイトルは「HPV16 E7 genetic conservation is critical to carcinogensis(HPVのE7タンパク質は発がんにとって決定的)」だ。

実際に子宮頸がんにつながる危険のあるHPVの種類は数多いが、半分のガンはHPV16の感染が原因になっている。この研究では、可能性のあるすべてのウイルスを調べるのではなく、このHPV16だけに焦点を当てて遺伝子配列を比べている。この大規模調査から明らかになったことを以下のようにまとめることができる。

1) HPV16は極めて多様で、感染している人により、どこか遺伝子配列が違っている。要するに多様性の極めて高いウイルスだ。しかし、同じ人から調整したウイルスは同じで、何回も感染しないことを示している。
2) 感染するウイルスが最初からこれほど多様であることから、感染後細胞内でウイルスが変異するという考えは再検討が必要。
3) これほど変異が多いウイルスなのに、E7タンパク質の変異はほとんどなく、特に前癌状態や、子宮頸がんから分離されたウイルスのE7タンパク質は強く保存されている。
4) UPRやL2領域の遺伝子タイプから、ある程度発がんリスクを計算することができる。
以上の結果から、HPVの発がん性の中核はRB1と呼ばれる増殖抑制分子に結合して機能を抑え、細胞の増殖を促進するE7タンパク質で、このため他の部分にどれほど変異が重なっても、E7だけは変異が起こっていない。すでにHPVに感染してしまった場合は、元に戻れないので、今後E7を標的とする薬剤の開発が望まれる。

現在日本ではHPVワクチンはタブーになってしまったが、HPVがE6,E7とダブルでガン抑制機構を壊す分子を持っていることを考えると、感染を防げるなら子宮頸がんを撲滅することが可能だ。ただ、HPVの種類は多く、すべてのHPVに効くワクチンを製造するのは難しい。このため、最初は先に述べたHPV16とHPV18の2種類、それにHPV6、11を加えた4種類のHPVを用いたワクチンが開発されてきた。それでも約70%がカバーできるだけで、残り30%のウイルスへの対応が望まれていた。これに応えるべく、HPV6,11,16,18,31,33,45,52,58と9種類のウイルスをカバーするワクチンが製造されその効果が調べられ、今日紹介するアラバマ大学を中心とする18カ国の国際チームからの論文として発表された。タイトルは「Final efficacy, immunogenicity, and safety analysis of nine-valent human papillomavirus vaccine in women aged 16-26 years: a randomized double blind trial(9種混合HPVワクチンの効果と免疫原性と安全性:無作為化二重盲検治験)」だ。

この研究では組織的にもウイルスが感染していないことが確認されている16−24歳の女性を14000人集め、片方には9種ワクチン、もう片方には4種ワクチンを投与、子宮や膣のガンの発生が防げるか6年間追跡している。この研究では、ワクチンを打っていないコントロールはなく、あくまでも9種と4種の効果を比べる研究だ。

あらゆる詳細を省いて結論を述べると、4種でガンの発生が7割抑えられるのに対し、新しいワクチンによりガンの発生を90%抑制できることが明らかになった。一方、臨床的にはっきりした副作用はどちらのワクチンでも認められなかったという結果だ。

HPVが明らかにガンを誘導する分子を持っていること、その感染を9割減らすことができるワクチンが開発されたことを受けて、もう一度我が国でも冷静なワクチン議論が行われるが必要だ。それでもワクチンが進まないなら、中年になった時点で少なくとも感染ウイルスを調べてリスクを計算するぐらいのことはしてほしい。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月8日:ジカウイルスも使いよう(Journal of Experimental Medicineオンライン版掲載論文)

2017年9月8日
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1年前大騒ぎになったジカウイルス流行はほぼ制圧できたようだが、この時の集中的な研究の結果、ジカウイルスは最も研究の進んだウイルスの一つになった。このおかげで、試験管内の感染実験方法、感染実験が可能なマウスモデル、などが急速に整備された。このウイルスは増殖の盛んなラジアルグリア細胞を主な標的にしており、その結果胎児発生に大きな影響を持つ一方、大人の脳には影響が軽微で止まっていることも明らかになった。

この研究成果をうまく利用してジカウイルスを役に立つウイルスに変える可能性を追求したのが今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文でJournal of Experimental Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Zika virus has oncolytic activity against glioblastoma stem cells (ジカウイルスはグリオブラストーマ幹細胞を溶解させる)」だ。

この研究ではジカウイルスが増殖している神経幹細胞に選択的に感染し殺すなら、増殖力の強い神経細胞の典型であるグリオブラストーマの幹細胞も特異的に融解できるのではないかと着想、まず試験管内で増殖するグリオブラストーマ細胞株にジカウイルスを感染させている。結果は期待通りで、幹細胞だけを溶解し、分化した細胞にはほとんど影響がない。

次に細胞株ではなく、摘出したガンを培養したオルガノイドや、摘出組織のスライスにウイルスを感染させ、幹細胞の増殖を抑えられることを示している。

次にガン治療に使えるか調べる目的でマウスにも感染するよう順応させたウイルスを用いてグリオブラストーマを移植されたマウスにウイルスを注射、ガンの進展と生存を調べると、ウイルスの感染量に応じて強いガンの抑制効果があることを示している。

最後に、今後様々な変異を導入してウイルスをより治療に適したものに作り変える可能性を考え、インターフェロン感受性を落としたウイルス株を作成し、変異株でも同じようにガン幹細胞を融解させる効果があること、また抗がん剤との併用でさらに効果が高まることなどを示している。

グリオブラストーマは今も治療が難しいガンの一つで、効果があるならなんでも試したい気持ちになる。ただ、ウイルスを用いる治療法は、人工改変したウイルスが流行して新しい問題を引き起こすのではという公衆衛生学的な懸念を払拭する必要がある。したがって、かなり有望には思えるが、臨床応用までには多くのハードルが待ち受けているように思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月7日:もし「のっぺらぼう」に育てられたら?(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2017年9月7日
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言語能力が生まれつき備わっているのか、あるいは学習によって初めて得るものなのかは現在も議論が続いて決着がつかない。しかし個人的にはどちらかと決めるのは難しいように思う。というのも、言語のような高次機能が成立するために学習が必要だとしても、それを可能にするそれ相当の生まれついての能力(脳構造)が必要になり、結局先天的な過程と後天的な過程を完全に分けることができない。

同じ問題は、顔認識にも言えるようだ。すなわち、様々な顔を認識できるのは、私たちが本能として顔を見るように生まれついているからと考えることもできるし、コンピュータのディープラーニングのように、学習しているうちに顔というカテゴリーを脳内に成立させるとも考えることができる。しかしこの2つの説をどう区別すればいいのだろう?

今日紹介するハーバード大学からの論文は、サルが顔というものを見ないで育ったらどうなるかを手の込んだ実験で調べた研究で、Nature Neuroscienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Seeing faces is necessary for face-domain formation(顔を見ることが顔認識領域の形成に必要)」だ。

手の込んだ実験といったのは、生まれたばかりのサルをすぐ親から隔離し、人間の手で育てている。その時、世話をしたり、実験をする人間はつねに顔を溶接の時に使うマスクを着用し、決して表情を見せない。もちろん他のサルとも出会うことがない環境で1年近く育てる。この時親代わりに人形が必要だが、これにも顔がない。ようするに「のっぺらぼう」の家族に育てられたらサルはどうなるのかを調べている。

論文を読んでみると、このような実験は以前にも行われており、例えばプリンストン大学の杉田さんという研究者が2008年に、顔を見ることなく成長したサルが最初に見た顔(実験ではサルか人間の顔を見せている)以外の顔の認識がうまくできないことを示している。

この研究の重要性は、行動解析に加えて、MRIによる脳の反応を調べた点で、これにより顔に反応する脳領域が形成されているかどうか分かる。

詳細を省いて結論を急ぐと、顔を見ないで育ったサルは、顔に反応する下部側頭葉内の領域が全く形成されない。しかし、手や体に反応する領域は正常に形成される。また、網膜の空間地図がそのまま投射された脳領域も正常だ。そしてこの結果、顔を見ないで育ったサルに人間の写真やビデオを見せても、顔を見ることはなく、視線は体の他の部分に集中する。しかし、例えばハンマーを見せたときの視線の集中は、他のサルと変わることはない。

これらの結果から、網膜の空間地図の投射領域は発生過程で形成されるが、この領域の刺激が顔というカテゴリーとして認識するためには、顔を見て育つ必要があり、またこの結果は脳内の顔反応性の活動領域として維持されることが分かる。著者らの結論は、顔を認識するためにはまず顔を繰り返し見ることが重要な点を強調している。しかし、刺激を受け取るための網膜の空間図が投射された領域の形成は発生学的にまず形成されることを考えると、もちろん学習をするための脳構造は前もって形成する必要があることも間違いない。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月6日:アフリカ原住民腸内細菌叢の季節変化(8月25日号発行Science掲載論文)

2017年9月6日
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「腸内細菌叢を調べようと計画しているのですがどうでしょうか?」と仕事で聞かれることが最近多くなった。確かに腸内細菌叢は様々な介入が可能なもう一人の自分と言えるため、人間の一つの性質として調べるに越したことはない。ただ、16Sリボゾームのユニット配列を用いたメタ解析で平均値をはじき出したところで、細菌叢の構成は複雑で、その意味を知ることは難しい。結局、細菌叢を調べたことをうまく宣伝に使ってマーケティングするのが関の山ということになる。実際、2014年に紹介した一年365日毎日細菌叢を調べた論文では、旅行に行くと構成は大きく変わるし、平静な生活を送れば変化は少ない。また個々の細菌を追いかければ、1日単位で消長がみられる(http://aasj.jp/wp-admin/post.php?post=1944&action=edit)。結局、細菌叢全体を追いかけた論文は、例えば無菌マウスに各細菌を再構成するような地道な研究と比べると、解釈が難しい。

とはいえ、生活スタイルで細菌叢の構成が大きく変わることは確かなので、これまで生活スタイルが先進国とは大きくかけ離れた民族の研究から何かヒントが得られないか調査が行われている。今日紹介するスタンフォード大学からの研究もそんな一つで、農耕に携わらず、古代の生活を続けているハッツア族の便を集め、季節変化を調べている。タイトルは「Seasonal cycling in the gut microbiome of the Hadza hunter-gatherers of Tanzania(タンザニアの狩猟採集民ハッツァ族の腸内細菌叢の季節変化)」だ。

腸内細菌叢の研究を読むときの最大の問題は、生データまでさかのぼることはないので、結局著者らの結論に誘導されてしまうことだ。私も例外でないので、前もって断っておく。

伝統的生活を続けるハッツァ族はもう200人に減っているようだが、乾季には主に狩りで得た動物中心、雨季には蜂蜜や木の実を中心の食生活を送っている。この研究では27人のハッツァ人から季節ごとに350の便サンプルを集め、そのまま液体窒素に入れて研究室へ持ち帰り、リボゾームの標準配列を用いたメタアナリシス、場合により全ゲノムのショットガン解析を行っている。

結果は期待通りで、腸内細菌叢は季節ごとに大きく変化する。面白いのは肉食が中心になる乾季には、現代人に近づく。全ゲノム解析で細菌叢の代謝経路を再構築して調べると、不思議なことに動物タンパク質を食べる乾季には食物繊維を処理する細菌叢の機能も同時に高まる。一方、現代人で高い肉食に関わるムチンなどの代謝経路は、雨季、乾季を問わず低いままで、肉食と言ってもハッツァの場合基本は食物繊維が中心であることがよくわかる。雨季ではあらゆる細菌叢の機能が低下しているのも面白い。乾季はよく食べるが、雨季には食が細るという印象を持った。

最後に、どの細菌叢の変化が多いかについて検討し、変化のほとんどは都会人にはほとんど存在しない細菌が季節変化の主役になっていることを示している。

結論としては、食生活が細菌叢を変化させる原動力であるという当たり前の結論になる。また研究自体は現象論で終わっている。

そろそろ、トップジャーナルもハードルをあげて、現象論だけでなく、なぜ特定の細菌が現代人では消えてしまったのか、さらに古代型の細菌叢は健康にいいのか悪いのか、など因果性の問題に突っ込んだ論文でないと採択しないようにするのがいいように思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月5日:初期胚の微小管オーガナイザー(9月1日発行Science掲載論文)

2017年9月5日
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微小管は細胞分裂時に染色体分配に関わるだけでなく、細胞極性などの構造、さらには細胞内の分子輸送に関わっており、細胞生物学でもっとも研究されてきた分子の一つだと思う。これらの機能は、微小管が中心体をオーガナイザーとして方向性を持って伸長できる性質に依存しており、この点についても研究が進んでいる。

ところがこの中心体は卵には存在しない。では卵はどのように分裂するのか?この論文を読むまで、私自身は受精により精子から供給された中心体がオーガナイザーとして作用すると思っていた。しかし、中心体が構成されるのは6回程度分裂が終わって、胚の外と内が決まってからで、それまでは明確な中心体を形成せず分裂が起こっているようだ。

今日紹介するシンガポールの分子細胞生物学研究所からの論文は、この時期の微小管の伸長が細胞膜直下の彼らがブリッジと呼ぶ構造をオーガナイザーとして使っていることを示した研究で9月1日号のScienceに掲載された。タイトルは「A microtubule-organizing center directing intracellular transport in the early embyo (初期胚では微小管オーガナイズ中心が細胞内輸送の方向を決める)」で、9月1日号のScienceに掲載された。

極めてオーソドックスな細胞生物学研究で、まず微小管を生きたまま観察できるようにした初期胚の分裂をビデオで撮影、二個の娘細胞で微小管が細胞膜を挟んで細胞内へ放射されているのを発見する。もちろん中心体を構成する分子はここには存在しないが、微小管のオーガナイズ中心に存在する幾つかの分子がブリッジにも存在し、そこの微小管のプラスエンドがアンカーしていることから、このブリッジが微小管オーガナイズ中心として機能していると考えた。

この考えを確かめるため、ブリッジをレーザーで破壊したり、あるいは微小管重合阻害剤処理を行い、ブリッジが中心体と同じように微小管オーガナイズ中心としての機能を果たしており、この機能を中心体分子ではないCAMSAP3という分子が肩代わりしていることを明らかにしている。

以上がこの論文の一つの重要な発見だが、このあとこのブリッジ近くに多くの細胞内小器官が集まってきていることに気づき、細胞内の分子輸送の方向性を決めることがブリッジの機能である可能性を追求している。この目的で、初期胚の構成に最も重要なE-カドヘリンの輸送を調べ、微小管にそってブリッジへと輸送されること、そして胚の外と内の細胞でこの輸送速度が異なり、この結果、極性が維持できていることを示している。

言い換えると、ブリッジは分裂した娘細胞の非対称性を生み出すオーガナイザーとして、細胞の内外を決めているという結論だ。もっと考えると、まず大きな内外が決まるまでは中心体を形成させないことが重要ということになる。さすがに、オーソドックスな細胞生物学は説得力がある。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月4日 あくびがうつる現象の脳科学(9月11号Current Biology掲載論文)

2017年9月4日
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毎日発表される論文を眺めていても飽きないのは、重要な発見や新しい考えに出会うだけでなく、馬鹿げて研究の対象になどなりえないと思うようなことが結構真面目に研究され、論文になっていることを知り、ホッとすることができる点だ。
例えばシマウマのシマができた理由を研究した論文は、2014から約2年間になんと3編も論文が出ていたのに驚いた。しかし一見トリビアのように見える論文にも、本当は深刻な問題がある場合もある。例えば以前「スパイスの効いた食事と死亡率」という論文を紹介したことがあるが(http://aasj.jp/news/watch/3931)、これが中国四川省からの論文だと知ると、その土地の人たちには極めて重要な研究であることがわかる(結論は酒を飲まずスパイシーな食事をしている人ほど死亡率は下がるという結果)。

今日紹介する英国・ノッチンガム大学からの論文もそんな研究の一つで、「また面白いタイトルで人を引きつけて」と読み始め、「あくびの研究は重要だ」と真面目に読み終わることになった。タイトルは「A neural basis for contagious yawning(あくびがうつる神経的基盤の一つ)」で、9月11日号のCurrent Biologyに掲載された。

確かに誰かがあくびを始めると、あくびが広がるという現象は誰もが経験している。個人的には、前の日に飲みすぎたり、話に飽きたり、部屋の炭酸ガス濃度が上がるからではと単純に考えていたが、この現象が真面目に研究されてきたことが論文を読むとよくわかる。

これまでの研究で最も有力な説は、ミラーニューロン仮説だ。

ミラーニューロンは、サルがエサを取る行動時に活動する神経を調べていたイタリアの研究者が、サル自身がエサを取るときだけでなく、たまたまサルが実験に関わる研究をしていた研究者が同じエサを掴んだのを見たサルの脳でも同じように興奮する神経があることに気づいて発見された細胞だ。

要するに、他の個体の行動を自分の行動に映すのに関わる神経細胞だ。この説では、あくびがうつるのは、ミラーニューロンが興奮して行動を真似ようとすることが原因になる。実際、あくびがうつるのは人間以外の動物でも見られる。しかし、MRIを用いた研究では、人間のミラーニューロンがあくびで興奮する証拠はなく、また個人差が大きいことから、ミラーニューロン仮説の可能性は低い。

もう一つの仮説が、他人のあくびが私たちの本能を刺激して、相手を真似る行動を誘発するという仮説がある。実際、生後すぐの赤ちゃんでは、あくびも含めて他人の真似をする回数が多いが、3歳児をすぎるとただ身振りを真似る行動はなくなる。この本能の名残があくびがうつる現象として大人になっても残っているという考えだ。

この研究では、あくびのうつりやすさが、あくびを見ることで起こる刺激に対する運動野の感受性を反映している可能性を調べている。この論文のタイトルはあくびがうつる神経基盤についての研究になっているが、実際にはあくびのうつりやすさの個人差についての研究といったほうがいい。

実験では実験に参加したボランティアにテレビであくびのビデオを見せ、被検者にあくびがうつるか観察すると同時に、被検者が自覚的にあくびをしたいと感じる程度を刻々とレバー操作で報告させる。次に、同じ実験をあくびをこらえるように命令をしたあと繰り返す。最後にこの一連の実験を、運動野を頭の外から磁場で刺激して運動野の感受性を低下させた条件で繰り返し、運動野の感受性があくびのうつりやすさに関わるかを調べている。

結果だが、
1) まずあくびはビデオで見ても確かにうつる、
2) あくびをするなと言われると、なんとか押し殺すことができるが、外から見ても抑えたあくびが出ているのがわかる。これをカウントすると、あくびをするなと命令してもあくびの数は減らない。すなわち本能的な行動だ。
3) あくびをするなと命令されると、自覚的には余計にあくびをしたくなる。
4) 運動野を磁場で刺激すると、あくびが強く抑えられる。
とまとめられる。

あくびをするなと命令する実験から、あくびがうつるのは自分の意思ではどうにもならない、本能的な行動であること、そしてうつりやすさの個人差は、運動野の刺激感受性が大きく関わるという結論になる。

最初は興味本位で読み始めたが、最後は結構シリアスな研究だということがわかった。特に、運動野の感受性の問題は、てんかんや自閉症の研究に取っても重要だ。あくびがうつるかどうか、様々な病気で見直してみれば、全く新しい課題が生まれるかもしれない。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月3日:喘息薬サルブタモールによるパーキンソン病進行抑制の可能性(9月1日号Science掲載論文)

2017年9月3日
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先週は京大の高橋淳さんのグループから、ヒトiPSでサルのパーキンソン病モデルを治療する前臨床試験の集大成論文が8月31日号のNatureに発表され、我が国のマスメディアでも大きく取り上げられていた。内容はメディアで紹介されている通りで繰り返さないが、一つだけ強調したいことがある。高橋さんはパーキンソン病の患者さんに多能性幹細胞由来のドーパミン細胞を移植するためには、1)異常増殖の起こらない細胞の調整の仕方、2)万が一細胞が増殖しても治療が可能であることを示すこと、が、細胞移植の効果を示すのと同じように重要であると考え、研究に時間と金のかかるサルにこだわって研究を続けてきた人だ。実際、10万個程度の細胞で治療が望める黄斑変性症と比べると、少なくとも500万〜1000万個の細胞が必要なパーキンソン病は、安全性のハードルが高い。様々な批判を乗り越えてこれを解決した高橋さんの臨床家魂に敬意を表したい。いよいよ臨床試験で、次は患者さんの望みを実現して臨床のトップジャーナルに論文が掲載されるのを心待ちにしている。

細胞治療は失われてしまったドーパミン産生細胞を外から補う治療法だが、パーキンソン病では徐々にドーパミン細胞が失われることから、失われる速度を抑制することも重要な治療の方向性だ。今日紹介するハーバード大学からの論文はパーキンソン病進行に関わるシヌクレインの産生を喘息治療に使われるβ2アドレナリン受容体刺激剤が抑制できる可能性を示す画期的な論文で9月1日号Scienceに掲載された。タイトルは「β2-adrenoreceptor is a regulator of the α-synuclein gene driving risk of Parkinson’s disease(β2アドレナリン受容体はパーキンソン病のリスクを高めるαシヌクレイン遺伝子の調節因子だ)。

この研究では、神経細胞株を用いて、パーキンソン病の進行を促進するαシヌクレインの発現を抑えることのできる化合物の大規模なスクリーニングを行い、30種類近くの化合物を発見している。今後各化合物を検討する段階に入るが、見つかった化合物のうち3つがβ2アドレナリン受容体の刺激剤であることに着目し、まずβ2アドレナリン受容体刺激剤に絞って研究を進めている。

というのも、β2アドレナリン受容体刺激剤は喘息の治療薬としてFDAに認可されている薬剤がすでに開発されており、うまくいけばすぐに治験に入れる。この研究では喘息などの気管支拡張薬として最もよく使われるサルブタモールを使って、この受容体が刺激されると、細胞株でのシヌクレインの転写がヒストンのアセチル化を通して抑制されることを確認した後、マウスへの投与実験でパーキンソン病で失われるドーパミン細胞のシヌクレン発現が3割程度低下することを明らかにしている。

次にヒトでも同じ効果が見られるかを調べる目的で、ノルウェーの薬物治療に関するデータベースを用いて、サルブタモールを使用した人と、使用経験が全くないヒトを比べ、使用した場合はパーキンソン病発症が3−4割低下すること、逆にβ2アドレナリン受容体を抑制して血管を拡張させる目的で使われるプロプラノールを使用している患者さんでは、パーキンソン病の発症率が2倍に上がっていることを突き止めている。

最後に、パーキンソン病の患者さんからiPSを作成し、ドーパミン神経を誘導した後、その細胞でのシヌクレインの発現を調べ、サルブタモールが抑制することを示している。

これまで私が見てきたパーキンソン病の進行を遅らせる薬剤の研究の中では、画期的だという印象を持つ。だからといって、すぐに現在進行中のパーキンソン病の患者さんにサルブタモールを投与するのは、心臓や血管への影響を考えると危険だと思う。ぜひこれまでの喘息患者さんへの投与プロトコルと副作用を分析し、最も合理的プロトコルを作成して、すでに病気が始まった患者さんについて治験を行って欲しいと思う。

高橋さんの治験も、サルブタモールの治験もそう遠い話ではないと私は期待している。
カテゴリ:論文ウォッチ

9月2日:トランスポゾンは卵割期のクロマチン構造のオーガナイザー(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2017年9月2日
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私たちのゲノムのほぼ半分はそれ自身で機能を持たず、しかもその数を増大させる可能性を持つトランスポゾンに占められている(生命誌研究館ブログ参照)。ほとんどはゲノムに入り込むとすぐにメチル化され転写が起こらないように調節されている。しかし、クロマチン構造が大きく変化する受精後の初期発生では、クロマチンが緩んでトランスポゾンが転写されることが知られていた。ただ、これは発生初期の一種の副作用として考えられ、トランスポゾンの転写が初期発生に重要な働きをするとは考えられてこなかった。

ところが今日紹介するドイツミュンヘンのヘルムホルツセンターからの論文はLine-1と呼ばれるトランスポゾンの転写が発生初期のクロマチン調節のオーガナイザーとして働くことを示した論文でNature Geneticsオンライン版に掲載された。タイトルは「Line-1 activation after fertilization regulates global chromatin accessibility in the early mouse embyo(受精後のLINE-1の活性化はクロマチン全体のアクセスのしやすさを調節している)」だ。

もともLINE-1の転写は受精後クロマチンが開くことが引き金になって始まるが、この研究では開いたLINE-1の転写を任意に調節するシステムを開発している。細胞株や個体での実験ではなく、単一卵の操作になるので、簡単ではない。

この研究ではゲノム編集に用いられるTALEをLINE-1の上流の特定の配列に結合するように設計し、これに転写活性化分子としてVP64、転写を抑制する分子としてKRABを結合させ、LINE-1の転写を調節できるようにしている。もともとLINE-1の転写は受精後から上昇し、2細胞期で最高に達し、その後急速に低下して胚盤胞期にはほとんど発現がなくなる。この時、TALE-VP64を卵に注射しておくと、転写は2細胞期を超えてもそのまま続く。一方、TALE-KRABを注射しておくと、転写はほとんど上昇しない。

結果だが、何れの操作でも胚発生が胚盤胞前で止まってしまう。

このように、LINE-1の転写が胚発生に必須だが、LINE-1のメッセンジャーを胚に注射しても同じ効果は全く得られない。また、LINE-1の転写を抑制しても、他の遺伝子の発現にもあまり変化がない。したがって、翻訳されたタンパク質や、mRNAにはほとんど機能はない。

単一細胞レベルでクロマチンが開いたかどうかを調べる方法(DNaseIを注入して開いたクロマチン箇所を切断した後ゲノムの切断をTINELで調べる方法)でクロマチンの開き方を検討し、LINE-1の転写が続くと、クロマチンが開いたままで閉じない。一方、転写を抑制すると、クロマチンの開きが悪いことが明らかになった。

結果は以上で、おそらく広く分布したLINE-1をクロマチン再構成の起点として使うことで、初期発生の極めてダイナミックなクロマチン変化をゲノム全体に及ぼすことができるのだろうという結論だ。しかし、もしそうならLINE-1をこれほど多く残している意味もあると納得する。
カテゴリ:論文ウォッチ
2017年9月
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