10月19日:脳内の2領域の活動を電磁場でシンクロさせて結合を高める(10月9日号米国アカデミー紀要掲載論文)
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10月19日:脳内の2領域の活動を電磁場でシンクロさせて結合を高める(10月9日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2017年10月19日
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今週「レナートの朝」の著者・オリバー・サックスが書いた、「音楽嗜好症」という本を読んだが、この中に雷に打たれた後、急に音楽に目覚め、ピアノが弾けるようになった整形外科医の話が紹介されていた。この例は、私たちの脳がもつ隠された能力を、外部から電気的な刺激で解放できることを示している。事実、2014年9月に紹介したように、頭蓋の外から電磁波を照射して脳機能を操作する研究が急速に進んでいる(http://aasj.jp/news/watch/2132)。私たちの神経がvoltage gated channelによって興奮する性質を考えるとこのような可能性が追及されるのは当然のことだが、これまでの研究では特定の場所一箇所に刺激を与えた後、脳機能を調べるというのが普通だった。ただこの方法だと、刺激された領域とつながる領域が全て変化させられ、特定の領域間の結合のみを特異的に高めることは難しい。

これに対し今日紹介するボストン大学からの論文は、神経結合があることがわかっている脳の2領域を同時に刺激して同期させたり、同期を阻害することで領域間の結合をポジティブにも、ネガティブにも特異的に操作できることを示した研究で10月9日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Disruption and rescue of interareal theta phase coupling and adaptive behavior(領域間のΘカプリングを混乱させたり復活させて適応行動を操作する)」だ。

この研究では、情報に合わせて行動を適応させる反応が起こる時、同じΘリズムで同期する内側前頭皮質と(MFC)、外速前頭皮質(LFC)を選んで、電磁波で刺激し、刺激の適応行動への効果を調べている。刺激はΘリズムと同じ6HZの電磁波を用いるが、それぞれの領域を同じ位相の電磁波で刺激するグループと、位相が逆の電磁波で刺激するグループに分けている。前者では両領域の活動リズムの位相の同期は強まり、後者の場合は同期が阻害される。

この処理を20分続けた後、1.7秒のインタバルを「早い、遅い」という情報に従って正しく推定するゲームを行わせている。このゲームでは、正しい推定ができるまで、早い、遅いと情報を与えてフィードバックを行うが、この時MFCとLFCがΘリズムで同期することがわかっている(この研究でも確認している)。従って、もし両領域を位相をそろえたΘリズムで同期させれば、フィードバックを助けることになり、逆位相の刺激で同期を阻害するとフィードバックが邪魔され正解が出にくくなると予想される。

結果は予想通りで、位相をそろえた電磁波で刺激すると、テストの成績は上がり、逆の位相の刺激を与えると、間違いが増え、最後はやる気をなくしてしまう。さらに、逆の位相の刺激を与えて、両領域間の同期を阻害し、課題がうまくできないようにした後、強制的に電磁波で位相を同期させると、課題を処理する能力を回復させることも示している。

この研究では、行動テストだけで刺激の効果を判断しているため、本当に解剖学的に結合性が上昇したのかなどは分からない。しかしここまで期待通りの結果が出ると、今後MRIの検査などを用いた研究が行われるのも時間の問題だろう。 残念ながら、現在はまだ操作のしやすい、前頭前皮質の領域の刺激が行われているが、今後感情に関わる辺縁系や脳幹など脳の深い領域の刺激が可能になると、自閉症などの結合性を変化させ、社会性を回復させる可能性も出てくるのではないかと、私は大きな期待を寄せている。 最初に述べた例のように、電磁波を用いて能力開発が可能になることがわかってくると、遅かれ早かれ実際の臨床応用に踏み出すだろう。計画どうり安全にこのような脳操作が可能なら、発達障害などの治療には確かに朗報だが、倫理的な問題も間違いなく生じる。何が正常で、何が異常かを含め、そろそろ脳操作についての倫理問題を議論する時期が来たと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ