10月24日:統合失調症の理解を深める拡散テンソル画像検査(Molecular Psychiatryオンライン版掲載論文)
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10月24日:統合失調症の理解を深める拡散テンソル画像検査(Molecular Psychiatryオンライン版掲載論文)

2017年10月24日
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私が学生だった時代、統合失調症を理解するために、患者さんとの会話を通じて病気が発症する要因を探り、それを取り除く社会精神医学という分野についての本が多く出版されていた。中でもRD レインの「引き裂かれた自己」やH グリーンの「デボラの世界」を夢中で読んだのを覚えている。結局精神科医を目指すことはなかったが、学生時代に読んだ多くの精神医学の本は、私自身の文科系指向の根っこにあるように思う。しかし、最近の論文を読んでいると、統合失調症の理解に、解剖学やゲノム科学、さらには新しい技術を用いた人間の行動記録が欠かせないことがはっきりわかる。特に最近、脳内の各領域の結合性を調べる拡散テンソル画像検査が可能になって、統合失調症の背景に前頭前皮質や側頭葉を中心とする脳内各領域のネットワークを維持する神経結合の異常があることがわかってきた。ただ、これまでの研究のほとんどが少数例で、また検査方法もまちまちで、この方法を疾患の診断や、病態理解に使うためには、標準化のための共同作業が必要だった。

今日紹介する世界各国29施設の協力による論文はこの拡散テンソル画像解析をなんと2000人近い統合失調症の患者さんと2000人を超す正常人で行い、その差を調べた研究でMolecular Psychiatryオンライン版に掲載された。我が国からも、生理学研究所や大阪大学が参加している。タイトルは「Widespread white matter microstructural difference in schizophrenia across 4322 individuals: results from the ENIGMA schizophrenia DTI working group(4322人の解析から明らかになった統合失調症での広範な白質微小構造の違い:統合失調症DTIワーキンググループENIGMAの結果)」だ。

私も含めて、結果の詳細を完全に理解するのは難しい。ただ、定性的な理解とはいえ、統合失調症が確かに脳のネットワークの異常を背景に持つことはよく理解できたので、以下のようにまとめてみた。

1) 調べられた25箇所の領域のうち20箇所でFraction Anisotoropy(FA)と呼ばれる方法で定量できる神経の方向を持った結合性が低下していることが、大規模試験で確認され、統合失調症が脳領域の神経結合の低下を背景としていることが明らかになった。中でも、脳梁を介する両方の脳半球の結合低下が最もハッキリしている。今後、今回大規模かつ詳細に検討された結合性の低下と、症状との対応関係を調べることが重要になる。例えば視床と脳皮質をつなぐ放射冠の減少は幻聴などと対応できる。
2) FAの低下で見る限り、女性患者の方が低下の程度が強い。
3) 症状の程度と領域間の結合性の低下は平行する。特に脳梁、内包、視床での変化との相関が強い。
4)FA低下に対する有病期間、治療、生活習慣などの影響は少ない。すなわち、診断的価値も高い。
要するに、大規模調査で神経結合を反映するFA値を統合失調症の診断や理解に使える値として使えるところまで持ってきたという研究で、今後はこの結果と、患者さんの脳の解剖学的変化を対応させること、そして精神医学的症状と対応させることが必要だろう。

最初社会精神医学の話を出したが、この考えを信奉する多くの医師は主に政治的な理由で、統合失調症は社会が誘発する病気で、遺伝的、器質的疾患とすることを完全に拒否していた。統合失調症を社会的差別から守ろうとしての考えだが、やはり政治的理由で一つの病気を断じるのは間違っていた。現代では、器質的変化を認めた上で、社会の役割など多くの要因を総合的に考え、差別を排除することが普通になっているだろう。卒業して45年になるが、この分野の著しい進展を実感している。
カテゴリ:論文ウォッチ