過去記事一覧
AASJホームページ > 2017年 > 11月 > 13日

11月13日:遺伝子導入した培養皮膚による遺伝性表皮水疱症の治療機会を利用した人表皮幹細胞の動態の研究(11月10日号Nature掲載論文)

2017年11月13日
クリスパー/ Casを用いた遺伝子編集の利用がすぐ先に迫っていることは間違いないが、実際の臨床となるとそれぞれの試薬や遺伝子の安全性など多くの認可が必要な項目があり、その申請に多くの時間と人手がかかるため、臨床応用は先の話になる。この認可を受けるための膨大な作業の結果、現在使用されている方法に代わる優れた方法が開発されても、実際の治療にはすでに許可を受けたプロトコルを完全に守る必要がある。例えば、本人の幹細胞を遺伝子改変してもう一度戻す治療では、遺伝子導入については現在もレトロウイルスベクターが使われる。実際、フランスでの遺伝子改変した血液幹細胞を用いる免疫不全症の治療ではレトロウイルスが挿入された場所の遺伝子が活性化した結果、数人の白血病の発生が起こった。このような問題があるが、レトロウイルスはゲノムの様々な場所にランダムに飛び込むので、移植した細胞クローンを特定する標識として使うことができため、幹細胞治療での細胞動態を詳しく調べることができる。

今日紹介するイタリアのモデナ大学とドイツ、ボッフムのルール大学からの共同論文は一人の遺伝性表皮水疱症の患者さんの皮膚を遺伝子改変した細胞で全て置き換える治療の機会を利用して、移植皮膚幹細胞の動態を明らかにした研究で11月10日号のNatureに掲載された。タイトルは「Regeneration of the entire human epidermis using transgenic stem cells(遺伝子導入幹細胞を用いて人間の表皮を完全に置き換える)」だ。

タイトルにあるように、この研究では、この病気で体の皮膚の大半が剥げ落ちたドイツ人の児童を、欠損遺伝子を導入した培養皮膚を3回にわたって移植することで、ほぼ完全に置き換えることに成功している。ただ、レトロウイルスで遺伝子改変した培養皮膚を移植する方法の開発は、この論文の責任著者の一人ミケーレ・デ・ルカが長年かけて開発してきた治療法で、ラミニン遺伝子の変異により皮膚に水疱ができ表皮が剥けてしまう悲惨な病気表皮水疱症の治療にすでに利用され、成果については報告されている。確かにこの研究では、すべての皮膚を置き換えられることを示した点では、臨床的にこれまでより徹底しているが、これだけでは驚かない。

この研究のハイライトは、遺伝子導入に使ったレトロウイルスの組み込まれたゲノムを標識に、移植皮膚の動態を明らかにし、人間の皮膚が実際にはいくつの幹細胞で再構築できるのかなどの問題を解明した点だ。

まず驚くのは、培養皮膚にレトロウイルスベクターで遺伝子導入すると、増殖するほとんどの細胞に感染するため、培養全体として何万もの異なるサイトにウイルスベクターが導入される点だ。移植後は、その中の特定の細胞が皮膚を置き換えるが、それでも200−400の異なる場所にレトロウイルスが導入された多様なクローンが混じって増殖しており、我が国の専門家はまずここでストップをかけてしまうだろう。しかし、この患者を含め、同じ治療を受けた患者さんで皮膚ガンは発生していないようで、レトロウイルスの危険性も細胞ごとに異なるようだ。文中にもあるが、専門家は常にリスクとベネフィットを考えて議論することが重要だ。

次に、レトロウイルスの標識を利用して、表皮の維持は培養中で分裂していた細胞がそのまま体内でも増殖を続けているのか、あるいは階層的な幹細胞システムが再構築されるのかを調べている。すなわち、前者の場合皮膚全体では何万種類ものレトロウイルス組み込みサイトが検出されるが、後者の場合はHolocloneと呼ばれる少数の幹細胞だけから細胞が供給されることで、クローンの数は大幅に減ると予想される。結果は後者で、この患者さんでは1800程度のクローンによりすべての皮膚の自己再生が維持されていることがわかった。

デ・ルカは私の知っている臨床研究者の中でも豪快で魅力に富む人物だが、治療できればめでたしではなく、この機会を基本的生物学の理解に繋げようとする強い意志のある医学研究者だということを再認識した。
カテゴリ:論文ウォッチ
2017年11月
« 10月    
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930