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11月25日:音楽の喜びを操作する(11月20日号Nature Human Behaviour掲載論文)

2017年11月25日
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自分の経験から音楽の鑑賞に関わる脳過程が、絵画の鑑賞過程から絶対違うと確信するのは、聞いた音楽、見た絵を思い出す時だ。もちろん画家や絵にいつも強い感動を覚える人はまた違うのだろうとは思うが、私自身はどんな好きな絵でも、言葉でもう一度記述し直さないと、詳細を思い出せない。これがまんざら私だけの問題ではいことは、エミー・ハーマンの「観察力を磨く名画解読」(早川書房)を読んでみるとわかる。要するに見たものを丹念に言葉に直して記憶し直すことが観察力に必須であることがわかる。一方音楽は、演奏会場から出たときから頭の中でぐるぐるメロディーが回っているし、好きな音楽の詳細に至るまで思い出して頭の中で再構成するのはそれほど難しくない。今日はこの違いについて解説するわけではないが、この違いの大きな原因の一つは、音楽がその起源から感情を伝えるメディアであったからだと思っている。

この音楽の喜びを感じるメカニズムについては、脳イメージングを使った研究が進んでいるが、今日紹介するカナダ・モントリオールのマクギル大学からの論文はさらに踏み込んでこの喜びの感情を操作できるかを調べた研究で、11月20日発行のNature Human Behaviourに掲載された。タイトルは「Modulating musical reward sensitivity up and down with transcranial magnetic stimulation(経頭蓋磁気刺激を用いて音楽の喜びの感受性を上げたり下げたり操作する)」だ。

研究では、被験者の好みのタイプだが、それほど馴染みのない音楽を、前もって選び出し、その音楽に対する好感の度合いを頭蓋の外から磁場を当てるTMSを用いて操作をしようと試みている。これまでの研究で、喜びの感覚にはドーパミンが関わっており、ドーパミンの分泌には分泌する神経の存在する線条体と前頭前皮質の後ろ側方との回路が関わっていることが知られている。

このグループは、この回路の感受性をTMSを用いて高めたり、抑えたりする方法を2005年のNeuronsに報告している。この研究では、この操作法を用いて音楽を聴いた時の「ご褒美回路」の閾値を変化させ、音楽に対する好き嫌いの気持ちを変えることができないか調べている。

このような心理的評価を複数の被験者で調べる実験は、評価の指標が妥当かどうかが勝負で、このために多くの予備実験が必要だが、それを信頼すると、結論はわかりやすい。この実験の詳細を全て省いて結果だけ紹介すると、感動の度合いを自己申告させるテスト、一種の嘘発見器のような仕組みで感動の度合いを客観的に捉えるテスト、そして音楽を聴いた後にその音楽をお金を払ってダウンロードするかどうか、するならいくら払うか申告させるテストの全てで、TMSは音楽を聴いた喜びを変化させられるということを示している。

話はこれだけで、何度も紹介してきた頭蓋の外から電磁波をあてて脳を操作するTMSの方法が急速に進歩していることを実感するとともに、同じ場所の刺激方法を変えるだけで、興奮の度合いを上下させられるようになると、この技術の利用について早く議論を進めた方がいいように思う。

これまで拷問というと、痛めつけて自白させることだが、今後快感の回路を操作して、結局言うことを聞かせることは簡単になると予想できる。音楽が覚えやすいように、感情は理性を簡単に超える。ついに倫理委員会で、「倫理とは何か」本質的議論が始まるときが来た。
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