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11月20日:肺線維症の治療薬開発の可能性(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2017年11月20日
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肺が線維化するびまん性肺線維症には、慢性型と急性型がある。私の7年余りの短い臨床経験では、幸いというか、残念というかハマンリッチ症候群と呼ばれる急性肺線維症を経験することはなかったが、多くの慢性型肺線維症の患者さんを経験した。おそらく現在も、根本的な治療法はないのではと思うが、少しでも進行が遅くなるよう祈るしかない病気だった。急性肺線維症では線維芽細胞が増殖し細胞外マトリックスが増えて呼吸不全が起こるが、線維芽細胞が平滑筋細胞のような形に変化し筋線維症と呼ばれる病像を示すことも特徴の一つだ。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、上に述べた肺線維症の特徴を全て再現し、新しい治療法の開発の可能性を示した研究でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「ADAM-10 mediated ephrin-B2 shedding promotes myofibroblast activation and organ fibrosis(ADAM10により切断されたephrin-B2が筋線維芽細胞の活性化と組織の線維化を促進する)」だ。

この研究はまず、肺線維症患者さんの細胞の遺伝子発現が公開されているデータベースを調べなおし、EphrinB2の発現が亢進していることを見つけ、この現象をもう一度自分の患者さんで確認するところから始めている。私たちも経験があるが、公開のデータベースは宝の山で、常にアクセスして自分の考えを確かめてみることはIT時代の科学者にとっては基本的素養だと思う。いずれにせよ、標的分子が決まると、あとは常法に従って、その分子の機能を調べればいい。

この研究では、昔から肺線維症研究に使われていたブレオマイシン肺線維症モデルを用い、コラーゲンを作る細胞だけでephrinB2をノックアウトすると肺線維症の発生を強く押さえられることを確認し、次に肺の洗浄液を調べ、肺線維症ではephrinB2が大量に分泌されていることを発見して、この分子の分泌が肺線維症誘導の主役であることを明らかにした。

もともと細胞表面に発現しているEphrinB2が分泌されるということは、細胞表面からプロテアーゼで切り出され、それが線維芽細胞を活性化されていることになる。これを確かめるため、まずephrinB2の細胞外ドメインを免疫グロブリンFcと結合させたキメラ分子をマウスに投与、分泌されたephrinB2が線維芽細胞の遊走、組織への浸潤、そして筋線維芽細胞への転換を誘導し、さらにマウス体内で肺線維症を引き起こすことを示している。すなわち、期待どおりこの分子が線維化の主役として働いていることになる。 最後に、ephrinB2を細胞膜から切り出し分泌させる分子がメタロプロテアーゼ分子の一つADAM10で、この分子の酵素活性を阻害してephrinB2の分泌を阻害すると線維芽細胞の筋線維芽細胞への転換が抑えられることを示している。実際の急性肺線維症の患者さんでもADAM10とephrinB2が上昇していることから、ADAM10を新しい標的とする線維症の治療が可能であることを示している。

これまで治療標的として研究されてきたTGFβやPDGFβ、そして今回明らかになったADAM10などは阻害剤が存在するが、それを患者さんの数の多い慢性線維症に使うとすると、副作用などまだまだ克服すべき問題が多くあると思う。しかし治療の難しい急性肺線維症で坂道を転がるように病気が進むのを抑えることに使える可能性は十分あるように思う。ぜひ臨床研究を期待したい。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月19日:現象論から因果論へと転換する腸内細菌研究(11月15日発行Science Translational Medicine掲載論文)

2017年11月19日
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腸内の炎症や免疫機能との関連でいうと、腸内細菌叢の研究が注目されるきっかけになったのは、無菌動物に個々の細菌を移植し、細菌の持つ免疫系への影響を丹念に調べ上げるスタイルの仕事だ。その後、次世代シークエンサーを用いて細菌叢全体の構成を調べるメタアナリシスが可能になり、細菌叢の変化と病気の相関を調べる研究がブームになった。しかし、このような現象論からだけでは論文は出ても、なかなか因果関係に迫れる可能性は少ない。この反省から、細菌叢の現象論を無菌動物を使った因果論的研究と結ぶ努力が重要になっている。
今日紹介するペンシルバニア大学からの論文はこれまでの現象論的研究から因果論的研究を導き出した典型とも言える研究で11月15日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「A role for bacterial urease in gut dysbiosis and Crohn’s disease(腸内の細菌藪異常とクローン病に関わる細菌由来ウレアーゼの役割)」だ。

このグループは小児の腸炎症性疾患のコホート研究を進めており、この研究の中からクローン病では大腸菌やクレブシエラなどのプロテオバクテリア類が上昇していることを報告してきた。そして、これらの変化が腸内でバクテリア全体の窒素代謝の結果として現れるのではと着想した。

この研究ではまず、窒素代謝の元となるアミノ酸の便中の濃度をクローン病と正常人で比べ、食事による変化とは異なる細菌叢の変化に関わるアミノ酸がクローン病では上昇すること、そしてこのアミノ酸の上昇がプロテオバクテリアの上昇と平行していることを突き止める。このアミノ酸上昇がバクテリアがアミノ酸の原料となるアンモニアを尿酸から合成する代謝機能の結果であると考え、次に窒素同位元素を用いた追跡実験を行い、ホストが合成できないアミノ酸が同位元素でラベルされることを確認し、このアミノ酸の変化が確かに細菌叢内の窒素代謝変化によることを明らかにしている。

この結果から、腸内での変化の一因が、バクテリアのウレアーゼによりアンモニア合成が高まるためだと考えられるので、ウレアーゼを持つ大腸菌と、持たない大腸菌を準備し、抗生物質で腸内の細菌量を低下させたマウスに移植し、ウレアーゼ有無で回復する細菌藪を比べ、ウレアーゼを発現する大腸菌が存在するだけで、プロテオバクテリアの多い炎症型の細菌藪が成立することを示している。そして、この腸内細菌叢の変化の結果、腸の慢性炎症が誘導されることも確認している。

細菌藪を回復させる実験系はかなり凝っており、どこまで一般化できるのか難しい点もあるが、腸内細菌叢の構成が窒素代謝のネットワークで決まるというのは説得力がある。また、条件を絞った実験系とはいえ、ウレアーゼの有無で、腸内細菌叢が炎症型に変化したという結果も、ただバクテリアの増減を記述するだけの仕事と比べると、はるかに先に進んでいると言える。次は、細菌叢のウレアーゼを抑えて炎症を治療できるかが勝負になるだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月18日:リソゾームの細胞生物学(11月10日号Science掲載論文)

2017年11月18日
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細胞内にはミトコンドリアを始め、様々な小器官が存在するが、それぞれの機能を調べるには、目的の小器官を細胞内からできるだけ正常な形で取り出してくる必要がある。この精製方法の開発には、プロの知識とヒラメキが必要で、例えば京大時代に仲の良かった、亡くなった月田さんから細胞接着領域を精製する話を聞かされるたびに、構造にこだわってこそが細胞学であることを思い知らされた。

今日紹介するMITからの論文は細胞内分子を分解し再利用するときの中心器官リソゾームの精製の話で11月10日号のScienceに掲載された。タイトルは「Lysosomal metabolomics reveals V-ATPase and mTOR-dependent regulation of amino acid efflux from lysosomes(リソゾームの代謝産物の包括的解析によりV-ATPaseとmTOR依存性のリソゾームからのアミノ酸輸出の調節が明らかになった)」だ。

タイトルを見て今頃リソゾームかと思ったが、リソゾーム内では様々な分子の分解が進んでいるため、これまでの方法で精製しても時すでに遅しで、細胞内の現場で何が起こっているのか知ることが難しかったようだ。この研究のハイライトは、リソゾーム表面に発現している分子を標識にリソゾームを抗体で精製する方法の開発に尽きる。これにより細胞内での状態を反映したリソゾームが得られるようになっている。

こうして精製したリソゾーム内の57種類の代謝産物を調べると、これまでリソゾームに濃縮されていることが知られていたシステイン、グルクロン酸、核酸に加えて、幾つかのアミノ酸では細胞質での濃度と大きな差を示すリソゾームに特徴的なパターンが明らかになり、リソゾームがタンパク質を壊して再利用のために輸出するプロセスの中心にいることが確認できる。

そこでこの輸出に絞って、まずリソゾーム内を酸性に維持して輸送に関わるATPaseの機能を阻害すると、リソゾーム特異的にシステインの流入低下と、必須アミノ酸の輸出が低下することが明らかになった。さらに、アミノ酸飢餓条件で培養する実験から、細胞質で合成できない必須アミノ酸が低下すると、リソゾームからの輸出が止まることを明らかにしている。そして、このアミノ酸飢餓によるリソゾームの変化が、アミノ酸代謝調節経路の主役mTORを介していることを明らかにし、mTORが直接リソゾームからの必須アミノ酸の輸出を調節して、細胞質のアミノ酸量をバランスさせていることを明らかにしている。

話はここまでで、今後mTORがリソゾームのアミノ酸輸送を調節しているメカニズムの詳細など明らかにする必要があるが、いずれにせよフレッシュなリソゾームが得られることが重要で、その意味でこの研究はリソゾーム研究を大きく前進させるように思う。構造を精製することが細胞生物学の入り口であることを教えてくれる論文がまた一つ付け加わった。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月17日:米国では抗がん剤新薬の保険適用価格が上がり続けている:薬価の自由競争の結末(Journal of Clinical Oncology10月号掲載論文)

2017年11月17日
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現役時代は、再生医学実現を支援する様々なプログラムに関わってきたが、新しい治療法が現実になるたび、地球温暖化問題を議論するレベルで21世紀の医療技術開発のあり方を世界中で議論する必要があるように思っていた。例えば、TPPで経済自由化が議論された時、我が国など医薬品開発では劣勢にある国々はデータ保護期間を短くするよう主張した。しかし、もし薬剤の特許をもっと長くして開発を行った会社の利益を保護することで、最初の薬価を大きく抑えられるなら、逆に保護期間をもっと伸ばすのが患者の利益になる。

もちろん薬価の決め方は複雑だ。我が国や、英国では国が薬価決定に強く介入するが、米国では国の介入を徹底的に排除する仕組みになっている。米国の薬価は自由競争で決まると思ってしまうが、国の介入がないというだけで話は簡単ではない。薬価は、まず薬剤の効果の高さ、次にクリニカルパスと言われる標準医療プロトコルに組み入れられるか、そして最近になってそれをさらにチェックし患者のケアの質を向上させるための組織ACOの意見などが関わって決まる。ただ、クリニカルパスは医師が決めるように思っていても、そのための費用など創薬企業の影響が必然的に大きくなることから、完全に自由競争と言えるのかも難しい。この疑いは、今日紹介するアトランタ・エモリー大学からの論文を読んでより強くなった。

タイトルは「Trajectories of injectable cancer drug costs after launch in the United State(米国で注射用抗がん剤の上梓後の価格変動)」でJournal of Clinical Oncology10月号に掲載されている。

米国の保健システムは複雑なので、この研究では企業保険に入っていない人を対象にするメディケアパートBに絞って、外来での点滴治療で使われる抗がん剤のうち、1996年から2012年に認可された新薬の価格の推移を8年近くにわたって追跡している。

結果は明瞭で、医師、患者さんからあまりにも値段が高すぎると批判が出たアフリベルセプトを除く全ての抗がん点滴薬の価格が、発売時点より増加し続けているという結果だ。この傾向は、他に方法がない進行癌に対する薬剤で著しく、ブレンツキシマブやトラスツマブなど抗体薬は上梓後2倍近くに跳ね上がっている。

この要因について、例えば競合薬の出現や、FDAからの様々な改善要求の有無、あるいは適用外の利用などを調べているが、影響があるようには見えない。すなわち、何の外的要因もなく上昇を続けている。競合薬が出ても上昇が続くのが当たり前で、例えば抗PD-1ニボルマブが競合薬として出現した後も、同じ会社で先に認可されていた抗CTLA4イピルムマブの価格は3割程度上昇している。

なぜこんなことになるのか結局よくわかないが、末期で選択肢のなくなった患者さんに対して効果がある場合は、強気で売れると解釈するしかないように思える。我が国の薬価決定は公定価格制度で、2年ごとの見直しがある。これが自由競争を阻害すると批判されているが、少なくとも公的介入を全て排除する米国型の自由競争よりはずっとマシと言えないだろうか。

とはいえ、創薬のインセンティブとは何かも含め、もう一度薬価の決め方、さらに新しい医療技術の開発の支援方法を議論する時が来たように思える。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月15日:組織適合抗原(MHC)が発ガン遺伝子を選ぶ:免疫監視機構の証拠。(11月30日発行予定Cell掲載論文)

2017年11月16日
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2日間にわたってチェックポイント治療の研究論文を紹介してきたが、言うまでもなくこの治療はガン細胞に蓄積する正常細胞にはない突然変異を持ったタンパク質由来のガン特異的ネオ抗原の存在が前提になっている。そして、このネオ抗原は突然変異タンパク質がプロテアソームで分解されできる短いペプチドが組織適合抗原と結合してT細胞に提示される。

これについてはしっかり理解しているつもりでも、MHCにより発ガン遺伝子が選ばれる可能性について今日紹介するフォックスチェースがん研究所からの論文を読むまで考えもしなかった。論文のタイトルは「MHC-I genotype restricts the oncogenic mutational landscape(MHC-I遺伝子型が発ガン遺伝子のレパートリーを制限する)」で、11月30日発行予定のCellに掲載される。

著者らは、発ガンに細胞の自発的増殖を誘導する分子のアミノ酸置換を伴う変異が必要なら、変異分子由来のペプチドがMHCと強く結合すれば、異物として排除されるはずで、特定の変異がガンのドライバーとして働くためには、異物として認識されないこと、すなわちMHCとの結合力が弱いことが必要となるのではと着想した。クラスI MHCは発ガンの初期過程では、細胞に例外なく発現しており、このためMHCと強く結合するドライバー分子を持った細胞はすぐに除去されるというわけだ。

この研究ではこれまでネオ抗原を予測するプログラムを改良し、変異ペプチドとそれぞれのMHCとの結合を定量する指標を開発している。次に五種類のガン細胞株を用いてこの指標から強く結合していると予測されるペプチドと、実際のMHCと結合しているペプチドが強く相関することを確認している。

次に患者さんの持っている六種類のMHCそれぞれの結合の強さを統合したPHBRと呼ぶ指標を開発し、ゲノム解析が行われたガンのデータベース(TCGA)を使って、MHCと発ガンに関わる突然変異との相関を調べ、発ガンに関わる遺伝子の種類がMHCの種類と一定の相関があることを見出す。しかし、ガンによっては全く相関を示さないもの、また突然変異も生まれつき持っている場合はMHCとの相関がないこと(トレランスによる)を見出している。

特に相関が高いのは、発ガンに特定の遺伝子変異が関わる場合で、例えばBRAFの変異が60%近くで見つかる甲状腺癌や、IDH1の変異が70%近くで見つかるグリオーマでは、ガンになる人のMHCにバイアスが強くかかる。すなわち、変異ペプチドと弱くしか結合しないMHCが選ばれる。

最後に9000人余りのガンゲノムデータベースをもう一度サーチして、発ガンが突然変異だけで決まるのではなく、MHCに関わる免疫反応の影響を受けており、MHCとの結合が低いほど高い頻度で同じ変異がガンで起こることを確認している。

これまで、発ガンを抑える免役監視が起こっていることが繰り返し提唱されてきた。ただ、確たる証拠が人間のガンで示されたことはなかったと思う。その意味で、何十年来の免疫監視の証拠がついにつかまったと少し興奮する。またMHC型から将来なりやすいガンをリストすることも可能で、期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

11月15日:抗PD-1と抗CTLA-4抗体治療の比較(11月9日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2017年11月15日
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我が国ではチェックポイント治療というと抗PD-1抗体と同義になってしまうが、免疫のオーバーシュートを止めるチェックポイント分子は多く存在する。実際、CTLA4に関しては2011年に抗体薬が認可され、ほとんど`PD-1と同じように利用されてきた。T細胞から見ると、免疫機能を落とすという点では両者はよく似ているが、PD-1の刺激因子PD-Lがガン細胞にも直接発現されるのに対し、CTLA−4の刺激因子B7は免疫系の細胞のみで出ており、腫瘍には発現しない。このため、どちらが効果が高いのか、併用はありうるのかなど多くの臨床研究が行われてきた。論文を読んだ印象だけでは、抗PD-1治療の方がよく効くという印象だったが、それぞれの治験は抗がん剤の使用など様々な要因が重なって、明確な答えは出しにくかった。

今日紹介する25カ国、130医療施設からの論文は抗がん剤などの影響を排して手術による腫瘍摘出とだけ抗体を組み合わせ両者を比べた国際治験の結果で、11月9日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Adjuvant Nivolumab versus Ipilimumab in resected stage III or IV melanoma(ステージIIIか IVのメラノーマ患者さんの腫瘍摘出術に組み合わせるアジュバント治療としてのニボルマブとイピリムマブの比較)」だ。

競合する二種類の薬剤の効果を比べる治験は簡単ではない。特にすでに認可を受けている場合、製薬会社の積極的協力を得るのは難しい。どちらか一方に軍配が上がれば、もう一方は売れなくなる。幸い小野薬品とタッグを組むブリストルマイヤー社は両方を販売している。従って、併用療法が行われない限り、結果がどちらでもあまり腹は痛まないのだろう。

治験ではステージIII or IVのメラノーマの患者さん906人で手術療法だけで存在する全腫瘍の摘出した症例を選び、その後ニボルマブかイピリムマブを投与し再発を追跡している。

今回の治験結果は明瞭で、ガンのPD-L1発現が低い症例も含めて、すべての基準でニボルマブ(抗PD-1)の方が成績が良い。また、ガンのステージもIIIとIVを分けて見ているが、治験期間中常にニボルマブの再発率が低いという結果だ。グレード3、4の強い副作用も、ニボルマブの方で1/3でかなり低いことから、使いやすいことも今回明らかになった。

以上の結果は、現在の治療レジメンで行われるメラノーマ治療に関する限り、ニボルマブがチェックポイント療法として優れていることを示している。この結果を示されると、抗CTLA4を選ぶのは余程の理由が必要になるだろう。両剤を持つブリストルにとっては問題ないが、CTLA4のみを標的にしていた会社は胆を冷やすことだろう。ちょっと下世話な興味だが、今後の展開が楽しみだ。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月14日:腸内細菌叢はガンのチェックポイント治療にまで影響するのか?(Scienceオンライン版掲載論文)

2017年11月14日
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我が国のマスメディアの扱いが大きい研究分野で言えば、iPSは別格として、やはりPD-1に対する抗体を用いるチェックポイント治療と、腸内細菌叢と様々な疾患の関係だろう。マスメディアが注目するのは、一般にわかりやすいからという理由だけではなく、多くのトップジャーナルでこの2領域に関わる論文の数は多いからだと思う。NatureやScienceに限ってみれば、現在掲載回数の多い領域は、遺伝子編集、チェックポイント治療、腸内細菌叢の3領域で、iPS関連論文を凌駕しているのではないだろうか。
こんな状況なら必ず調べる人が出てくると思っていたが、今日紹介するフランスINSERMからの論文は腸内細菌叢がチェックポイント治療に影響があるのではと調べた研究でScienceオンライン版に掲載された。タイトルは「Gut microbiome influencees efficacy of PD-1-based immuneotherapy against epithelial tumors(腸内細菌叢は上皮腫瘍に対する血PD-1ベースの免疫療法の効果に影響する)」」だ。

「人気の分野を2つ合わせてウケを狙うとは品がないな」と読み始めたが、最初から臨床的には重要な仕事であることがわかった。もし腸内細菌叢が良くも悪くもチェックポイント治療に影響があるなら、抗生物質で細菌叢が変化した場合、抗PD-1抗体の効果が変化するはずだと考えた筆者らは、一般抗生物質とPD-1抗体の併用効果についてマウスで調べ、抗腫瘍効果が一般抗生剤で低下することを明らかにする。次に同じことが人間でも言えるのか調べる目的で、非小細胞性腺ガンの患者さんでPD-1治療を受けた人のデータを集め、生存曲線を描いてみると、抗生物質を併用した人では抗体の効きがはっきり低下していることがわかった。

抗生物質の使用の有無と、がんの進行度など本当はさらに詳しい検討が必要だが、チェックポイント治療を考える時、この結果は重要だと思う。そこで、PD-1治療の効果があった人と、なかった人で腸内細菌叢の構成を調べると、期待どおり大きな違いが認められる。特に、A muciniphiaという細菌が存在すると治療成績が上がること、またこの細菌に対するTh1細胞の反応と治療成績が相関することを見出している。

人間でのこれ以上の解析は難しいので、無菌マウスに患者さんの便を移植する実験で、PD-1抗体の効果が見られた患者さんの便ではマウスでもいい効果を持ち、逆に効果のなかった患者さんの便は抗体の効果を悪化させることを示している。そして最後に、抗生物質投与でPD-1抗体が効きにくくなったマウスにA muciniphiaを移植すると、腫瘍部位のTh1細胞や樹状細胞の浸潤が高まり、効果が回復することを示している。

最初は少し品のない論文かと思って読み始めたが、臨床的データが示されている点で、チェックポイント治療をさらに効果のある治療にするには、重要な貢献である確率は高い。また同じような内容の論文が、テキサスのMDアンダーソンガン研究所からも Scienceに報告されており、信用性もあるように思える。期待が持てる話だと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月13日:遺伝子導入した培養皮膚による遺伝性表皮水疱症の治療機会を利用した人表皮幹細胞の動態の研究(11月10日号Nature掲載論文)

2017年11月13日
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クリスパー/ Casを用いた遺伝子編集の利用がすぐ先に迫っていることは間違いないが、実際の臨床となるとそれぞれの試薬や遺伝子の安全性など多くの認可が必要な項目があり、その申請に多くの時間と人手がかかるため、臨床応用は先の話になる。この認可を受けるための膨大な作業の結果、現在使用されている方法に代わる優れた方法が開発されても、実際の治療にはすでに許可を受けたプロトコルを完全に守る必要がある。例えば、本人の幹細胞を遺伝子改変してもう一度戻す治療では、遺伝子導入については現在もレトロウイルスベクターが使われる。実際、フランスでの遺伝子改変した血液幹細胞を用いる免疫不全症の治療ではレトロウイルスが挿入された場所の遺伝子が活性化した結果、数人の白血病の発生が起こった。このような問題があるが、レトロウイルスはゲノムの様々な場所にランダムに飛び込むので、移植した細胞クローンを特定する標識として使うことができため、幹細胞治療での細胞動態を詳しく調べることができる。

今日紹介するイタリアのモデナ大学とドイツ、ボッフムのルール大学からの共同論文は一人の遺伝性表皮水疱症の患者さんの皮膚を遺伝子改変した細胞で全て置き換える治療の機会を利用して、移植皮膚幹細胞の動態を明らかにした研究で11月10日号のNatureに掲載された。タイトルは「Regeneration of the entire human epidermis using transgenic stem cells(遺伝子導入幹細胞を用いて人間の表皮を完全に置き換える)」だ。

タイトルにあるように、この研究では、この病気で体の皮膚の大半が剥げ落ちたドイツ人の児童を、欠損遺伝子を導入した培養皮膚を3回にわたって移植することで、ほぼ完全に置き換えることに成功している。ただ、レトロウイルスで遺伝子改変した培養皮膚を移植する方法の開発は、この論文の責任著者の一人ミケーレ・デ・ルカが長年かけて開発してきた治療法で、ラミニン遺伝子の変異により皮膚に水疱ができ表皮が剥けてしまう悲惨な病気表皮水疱症の治療にすでに利用され、成果については報告されている。確かにこの研究では、すべての皮膚を置き換えられることを示した点では、臨床的にこれまでより徹底しているが、これだけでは驚かない。

この研究のハイライトは、遺伝子導入に使ったレトロウイルスの組み込まれたゲノムを標識に、移植皮膚の動態を明らかにし、人間の皮膚が実際にはいくつの幹細胞で再構築できるのかなどの問題を解明した点だ。

まず驚くのは、培養皮膚にレトロウイルスベクターで遺伝子導入すると、増殖するほとんどの細胞に感染するため、培養全体として何万もの異なるサイトにウイルスベクターが導入される点だ。移植後は、その中の特定の細胞が皮膚を置き換えるが、それでも200−400の異なる場所にレトロウイルスが導入された多様なクローンが混じって増殖しており、我が国の専門家はまずここでストップをかけてしまうだろう。しかし、この患者を含め、同じ治療を受けた患者さんで皮膚ガンは発生していないようで、レトロウイルスの危険性も細胞ごとに異なるようだ。文中にもあるが、専門家は常にリスクとベネフィットを考えて議論することが重要だ。

次に、レトロウイルスの標識を利用して、表皮の維持は培養中で分裂していた細胞がそのまま体内でも増殖を続けているのか、あるいは階層的な幹細胞システムが再構築されるのかを調べている。すなわち、前者の場合皮膚全体では何万種類ものレトロウイルス組み込みサイトが検出されるが、後者の場合はHolocloneと呼ばれる少数の幹細胞だけから細胞が供給されることで、クローンの数は大幅に減ると予想される。結果は後者で、この患者さんでは1800程度のクローンによりすべての皮膚の自己再生が維持されていることがわかった。

デ・ルカは私の知っている臨床研究者の中でも豪快で魅力に富む人物だが、治療できればめでたしではなく、この機会を基本的生物学の理解に繋げようとする強い意志のある医学研究者だということを再認識した。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月12日:卵子の減数分裂時に起こる染色体の生存競争(11月3日号Science掲載論文)

2017年11月12日
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比較的よく知っている分野だと思い込んでいても、プロからみると全くの無知だったのだと思い知らされることは多い。それでも、だいたいは何が問題なのかぐらいは見当がつくのだが、問題の意味が最初全くわからないことがある。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文は卵の減数分裂時の染色体分配で場合によっては相同染色体同士で競合が起こり得ることを示した研究で11月3日号のScienceに掲載された。タイトルは「Spindle asymmetry drives non-Mendelian chromosome segregation(紡錘糸の非対称性が非メンデル性の染色体分離を引き起こす)」だ。この研究所は、京大時代の大学院生だった金津—篠原さんも留学していたところで、この論文の筆頭著者はAkeraさんという日本人だ。

読み始めて最も戸惑ったのが、減数分裂時に染色体の分配がランダムに起こる訳ではないというイントロから始まっていたことだ。論文を読み進むと、実際に卵の側に残りやすい染色体と、残りにくい染色体がセントロメアの構築で起こることを知ったが、これまで考えもしなかった話だ。

これらを理解して初めて、この研究の目的が減数分裂時に極体に分配される染色体と、将来発生する卵子側に残る染色体の非対称性を決めるメカニズムを明らかにし、極体に行くか卵子に残るかの染色体競合の原因を理解することだとわかる。

研究では分裂開始後分離中の染色体が膜表面に移行した時点で、αチュブリンのチロシン化の程度に非対称性が生じ、膜側の紡錘糸はチロシン化されているが、膜から離れる方は脱チロシン化されていることを発見する。また、サイトカラシン処理により紡錘糸を早めに膜近くに移動させる実験から、分裂開始後の時間ではなく、膜自体がチロシン化の非対称性を誘導すること、そしてこの過程をCDC42と紡錘糸のアッセンブリーに関わるRANが調節していることを明らかにする。

シナリオが固まると、その検証に入るが、光をあてて活性型CDC42を紡錘体の片方の極に集まるようにすると、細胞膜から離れていても少し弱いが、チロシン化の非対称性が起こることを示している。

次は減数分裂時の染色体分配のプロの知識がないとできない実験で、染色体が卵側に残りやすいCF-1系統と、残りにくいCHPO系統の組み合わせで減数分裂過程を追跡すると、最初はランダムに分配されていた染色体が、紡錘体が膜に近づくと、CF-1由来染色体が膜から遠ざかる方向にフリップすることを見出す。すなわち、強いセントロメアを持つ染色体は膜側の紡錘糸から離れやすくなるのはチュブリンのチロシン化によると考え、チロシン化酵素を過剰発現させると、セントロメアが離れやすくなることを確認している。
これまで考えたこともなかった問題で、いろんな現象があるのだと納得しながら勉強できた論文だった。この結果は、卵の新しい操作方法にもつながる期待がある。
カテゴリ:論文ウォッチ

11月11日:言語の進化学の始まり(11月10日発行Nature掲載論文)

2017年11月11日
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昨年は無生物から生命が誕生するシナリオを考え続けていたが、ある程度整理がついたので、今年になって言語の誕生について考えている。思い余って来年1月27日エンジン01の主催するオープンカレッジin大分で、脳科学の茂木さん、情報科学の原島さん、サントリーホールの真鍋さんと言語と音楽の始まりについて語り合うことになった(http://enjin01.com/program.html)ので、近くの方は是非聞きに来ていただきたい。

言語の面白い点は、脳の産物であるにもかかわらず、独立している点で、私たち個人の脳とinput・outputを繰り返すという制限の中でコミュニケーションに使われるためには、個人の脳構造と延長と、集団で共有する部分の2重構造を維持して進化を続けている(言語の2重構造としてJT生命誌研究館のブログにまとめておいたので是非お読みいただきたい:(http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/post_000015.html)。だた、専門外の人間が直接言語進化を分析した論文を読む機会はそうない(本当は努力すればいいのだが)。ところが今週発行のNatureに英語を対象に、言語の進化研究の入り口と言っていいような論文がペンシルバニア大学から発表されたので紹介することにした。タイトルは「Detecting evolutionary forces in language change(言語の変化での進化の牽引力を検出する)」だ。

学校で英文法を学ぶ時、現在最もよく使われている断面を切り取って習うわけだが、実際には様々な単語の使い方が行われている。特に、時制を表す時、規則変化と不規則変化があり、work/workedとlight/lit, do/didの差がどのように生まれているのかはわかっているようで、わかっていない。実際diveについては現在でもdivedとdoveと両方が使われている。これがどちらかに収束するのが言語の進化の一つだが、この変化を200年近くにわたり描かれた文章を集めたビッグデータの解析から追いかけることができる。

これを行ったのが、この研究で、生態学や集団遺伝学で選択圧を特定されるため使われるnull model(帰無モデル)を用いてどの使い方が選ばれるのかを分析し、例えば規則変化へと収束する選択圧(wove-weaved, smelt-smelled)と、不規則変化型へ収束する(lighted-lit, waked-woke, sneaked-snuk, dived-dove)などが、null modelから見て明確な選択圧の結果だとしている。規則変化型への収束は、楽に覚えたいという私たちの脳から考えると当然だが、不規則型に収束する場合は様々な要因が見えてくる。例えば、自動車が普及して、driveという単語が使われ、droveという単語が頻繁に使われると、divedも引っ張られてdoveになるような例だ。

  これ以外に、doの使い方の選択圧(say not—do not sayなど)や、フランス語型のIc ne secgeからI say notへの変化の選択圧の分析も行っているが省略する。

期待を持って読んだ後の感想としては、まだまだだなという印象だ。結局、言語だけをnull modelなどで分析して分かるのは、何か選択圧がありそうだという点だけで、この選択圧を特定する方法については明確ではない。この選択圧とはまさに文化や文明そのもので、今後バイアスをかけずに文明や文化との相関を調べるような新しい数理の開発とデータの整備が必要な気がする。とはいえ、コンピュータによりそれが可能になるエキサイティングな時代が来たことはわかる。
カテゴリ:論文ウォッチ
2017年11月
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