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1月6日:新しい簡単な耳鳴りの治療(1月3日号Science Translational Medicine掲載論文)

2018年1月6日
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私自身40歳ぐらいから既に30年近く耳鳴りが続いているので、耳鳴りの論文は余計に気になる。2015年にも頭蓋の外から磁場を当てて耳鳴りを治療するJAMA Otholaringology Head Neck Surgeryに掲載された治験研究を紹介したら、読者で耳鳴りに悩む方から、我が国でも治療は行われているが、もちろん保険外で一回5万円かかるという情報を頂いた(http://aasj.jp/news/watch/3789)。副作用はないが十回は治療が必要なのは、ちょっと抵抗があるだろう。

今日紹介するミシガン大学からの論文は大掛かりな機械が必要のない耳鳴りの治療法開発の研究で1月3日のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Auditory-somatosensory bimodal stimulation desynchronizes brain circuitry to reduce tinnitus in guinea pigs and human(聴覚と体性感覚の二峰性の刺激により脳回路を脱同期させてモルモットと人間の耳鳴りを低下させる)」で、耳鳴りに悩む方々の初夢になればと紹介することにした。

耳鳴りを感じる人ならわかるのだが、何か運動をしたり、痛みを感じたりすると感じなくなることが多い。これは、耳鳴りが純粋に聴覚回路の異常興奮だけで成立しているのではなく、体性感覚など様々な感覚を巻き込んだ回路異常であることを示唆している。神経生理学的に詳しく見ると、聴覚神経の入力を受ける紡錘細胞(FC)は、体性感覚刺激を媒介する顆粒細胞から直接、あるいは車軸細胞を介して回路を形成している。原理的には、耳鳴りはFC細胞を中心とする回路が長期的に増強し(LTP)、同調性が高まっている状態と考えることができる。LTPは長期記憶で、シナプス自体が転写レベル、さらにはエピジェネティックに完全に変化してしまうことで起こるため、耳鳴りは治しにくい。しかし、回路は他の神経にも開いているので、このシナプスを抑制する回路を高めることで治療する可能性が出てくる。

この研究では聴覚への刺激と、首への電気刺激を様々な間隔で与えることで、FC細胞の興奮に影響できるか調べ、音を聞かせた後電気刺激をすると、FCの同期性を抑えられ、逆に電気刺激してから音を聞かせると同期性が高まることを突き止めている。この結果に基づき、音に晒すことで耳鳴りを誘導したモルモットのFC細胞の同期的興奮が、音を聞かせた後電気刺激を与える二峰性刺激で抑えられることを確認している。

この結果を受けて、患者さんの耳鳴りのピッチに合わせて選んだ音をイヤフォンから聞かせた後、首の後ろ、あるいは頬に置いた電極を通して電気刺激する機械を各人に持ち帰らせ、1日30分一ヶ月続けさせている。さらに、一ヶ月休んで、今度は対象と実験群を入れ替え、2峰性刺激で耳鳴りが改善するかを調べている。専門家ではないので、TFI指標がどの程度に相当するかを実感できないが、耳鳴りが長期間続いている人ではこの機器による治療効果が確かにあるという結果だ。基本的に、この機械の副作用はない。

これまでの方法と比べ、生理学的にも納得できるし、また動物実験の裏付けもある。何よりも、音を発生し、一定の間隔で電気刺激を与える機械はそんなに高価なものではないだろう。音の調整など、耳鼻科やあるいは店頭での調整が必要だろうが、私も使ってみたいと思う。
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