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1月12日:アルコールは本当にDNA障害を介して発がんに関わるのか?(1月11日号Nature掲載論文)

2018年1月12日
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最近Newsweek日本版に「アルコールとガンの関係が明らかに」と題した、アルコールがあたかも発がんの張本人のような書き方をしている記事が出ている(https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/01/dna2.php)。Facebookでシェアされていたので気づいたのだが、記事を読んでみると、確かに見出しはセンセーショナルだが、読んでみるとアルコールでハイドロゲネース(ADH2)の欠損した動物ではアルコール摂取によりDNA切断が起こるという話が紹介されており、見出しほどのインパクトはない。しかし、ADH2欠損がガンのリスク因子であることならとうの昔にわかっていることで、簡単にNatureが掲載するはずはないと思って昨日出版された論文を読んでみた。

英国医学協会の研究所からの論文で、タイトルは「Alcohol and endogenous aldehydes damage chromosomes and mutate stem cells(アルコールと内因性のアルデヒドが染色体を障害し幹細胞の突然変異を誘発する)」だ。

確かにタイトルはNewsweekが報道する内容に近い。しかし論文を読んでいくと最初に世界には5億人ものADH2変異がある人がいるのに、アルデヒドで起こると予想される異常がほとんど問題になっているのは不思議だという話から始まっている。実際、ADHが欠損して内因性のアルデヒドが細胞内に発生してしまうと、DNAへの塩基の付加が起こったり、DNAとタンパク質が架橋されたり、様々な異常が起こると予想される。となると、この研究の狙いは、アルデヒドにより起こるDNA障害を修復しているシステムを明らかにすることであることがようやくわかる。逆に、アルコールを処理しきれないとアルデヒドができてDNAが障害されるが、私たちはそれをしっかり修復するメカニズムを持っていることを知り、酒好きの私にとっては逆に安心できる論文だった。

この研究では、ADH2欠損マウスを、修復機構が欠損したマウスと掛け合わせ、アルデヒドによるDNAが修復される過程を明らかにしようとしている。まず最初に掛け合わせたのが、ファンコニ貧血の原因遺伝子であるFancd2欠損マウスで、とADH2遺伝子両方が欠損したマウスを作成して、DNA複製依存的にDNAを切断、組み換えによって修復するFancd2型修復メカニズムが、アルデヒドによるDNA障害の修復にどの程度関わるかを調べている。

  ADH2/Facd2欠損マウスの腹腔にアルコールを直接注射すると、期待通りDNA障害が修復されず、染色体異状を持つ細胞が増加、最終的に血液ができなくなりマウスは死亡する。すなわち、アルデヒドによるDNA障害の修復にFancd2が関わる修復機構が中心的役割を果たしていることがわかる。

さらに、アルコールに暴露された血液幹細胞の骨髄再構成能力を、単一幹細胞移植を用いて調べ、造血能がほとんどの幹細胞で失われていること、そしてこれが各細胞のゲノムに多くの変異が蓄積する結果であることを確認している。

  次に2重鎖切断されたDNAの修復に、組み換え以外の断端修復も使われている可能性についても調べ、Fancd2が欠損する血液細胞では、それを補うようにKu70が関わる断端修復が起こることを示している。
さらに、p53の変異により、チェックポイントが働かなくすると造血幹細胞数は正常化することを示しているが、何かとってつけたような実験で、ほとんど詳しい解析はできていいないので紹介はやめる。

まとめると、アルデヒドはDNA障害を起こすが、2重の修復機構で問題が起こらないようにしており、最も重要な修復系はFancd2のかかわるDNA切断と相同組み換えを用いる修復機構であるという結論だ。

いずれにせよ、この研究を引き合いにアルコールはDNA切断すると報道するのは、間違いではないが、ちょっと脅かしすぎだと思った。
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