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1月26日:膵臓癌の発生・進化過程を再構成する(Natureオンライン版掲載論文)

2018年1月26日
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最近膵臓癌で亡くなった星野監督の例を出すまでもなく、この病気はあらゆる医学界の努力を今もあざ笑うかのように多くの人を絶望に落とし続けている。しかし、無力感がどんなに支配しようとも、医学は挑戦をあきらめない。常に新しい切り口を求め、膵臓癌に関する多くの論文が発表され続けている。この結果、間違いなく相手についての知識は増え続けている。

今日紹介するミュンヘン工科大学を中心に集まった多施設からの論文もそんな一つで、ヒトの膵臓癌とマウスの実験膵臓癌を比べながら、ヒトに近いモデルをマウスで再構成することを試みた研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Evolutionary routes and KRAS dosage define pancreastic cancer phenotype(進化経路とKRASの量が膵臓癌の性質を決める)」だ。

タイトルを見た時は、膵臓癌の発展過程などはとっくにわかっているのにと思った。実際、他の癌と比べても、KRASやp53を筆頭に膵臓癌で変化する遺伝子は共通のことが多い。しかし、論文を読むと、それでもこれまで気づかなかったことが多くあることがよくわかった。

この研究では、まずマウス膵臓にKRAS変異を導入して200日ぐらいから発生してくる膵臓癌と人間の膵臓癌を比べ、突然変異の数などでは人間の癌の方がはるかに多いものの、人間と同じような変異のパターンがマウスでも自然に見られることを明らかにしている。すなわち、マウスでも人の癌を再構成する可能性を確認している。

マウスとの共通性を確認した上で、次にマウスモデルを用いてKRASの状態をゲノムレベル、発現レベルなどを総合して検討すると、導入した変異KRASと正常KRASが1:1で発現しているタイプは30%だけで、、KRASの局所増幅が起こっているもの、変異染色体が増幅しているものなど、ほとんどの例でKRASの量が上昇していることを認めている。

同じことは人間の膵臓癌でも認められ、しかも早期の癌から同じような増幅が見られる。そして予想通り、増幅により転移を含むガンの悪性度も上昇する。すなわち、膵臓癌はKRASの増幅とともに悪性化していくことがわかる。

次に、他の遺伝子との組み合わせをマウスで調べ、膵臓癌で見られるMycやYapなどの増幅は、KRASの増幅前から見られることから、変異KRASの下流で活性化される一方、CDKN2aの欠損はKRAS増幅型のみで見られることを発見する。そして、CDKN2a欠損とKRAS増幅の組み合わせが人間のガンでも一致することを確認する。

これ以上詳細は省くが、このようにマウス実験モデルを用いて膵臓癌の進展過程を特定した上で、同じことが人間でも起こっているかを確認する作業を繰り返して、1)KRAS変異、2)CDKN2a欠損、3)KRAS増幅、4)悪性化と他の遺伝子変異蓄積という順番で進むのが、人でもマウスでも最も頻度の高い経路であることを示している。

重要なことは、マウスに様々な変異を加えることで、人間の癌と同じような性質を持った膵臓癌を再構成できることで、実際これまで行われた人の膵臓癌の遺伝子発現や組織像の分類をほぼ再現できる。

話はここまでで、この結果新しい治療戦略が生まれるのかと聞かれると、残念ながらNoだろう。しかし、RAS変異から、CDKN2a欠損と続いて初めて、RASの毒性への抵抗性が生まれ、KRASの増幅が始まるという経路は、今後ヒントになるように思える。というのも、この研究では触れていないが、先日紹介したようにKRASが働くとき2両帯を形成する必要があり、正常KRASがそれを抑制するという新しい研究結果(http://aasj.jp/news/watch/7935)は、KRAS増幅がないと悪性化が始まらないというこの論文の結果と一致する。その意味で、増幅タイプが何種類か存在し、それをマウスで比較的正確に再現できるという今回の論文は、RAS二量体を標的にする治療開発にとって重要な結果だと思う。
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