2月19日:HDAC3から芋づる式にミエリン形成の分子機構を明らかにする(Nature Medicineオンライン掲載論文)
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2月19日:HDAC3から芋づる式にミエリン形成の分子機構を明らかにする(Nature Medicineオンライン掲載論文)

2018年2月19日
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私たちの学生の頃は、アスピリンですら作用機序が明確になっているわけではなかった。ところが現在は、分子標的のわかった化合物を数多く利用することができるようになった。このおかげで、対象となる生物現象さえ明確に定義できておれば、化合物を用いて知りたい分子の機能を比較的簡単に調べることができる。しかし一般的にこの方法が通用するのは、化合物が作用する分子が対象となる現象に特異的に関わっている必要がある。したがって、DNAのメチル化酵素や、ヒストンの脱アセチル化酵素など、化合物の標的は特異的でも、分子そのものが様々な標的に働く場合、なかなか因果性を特定するのが難しいと思っていた。

今日紹介するシンシナティ大学からの論文は、ヒストン脱アセチル化酵素の阻害剤からでも、うまくいけば因果性がはっきりした生物現象を引っ張り出せることを示した論文でNature Medicineオンライン版に掲載されている。タイトルは「A histone deacetylase-3-dependent pathway delimits peripheral myelin growth and functional regeneration(ヒストン脱アセチル化酵素−3依存性の経路が末梢のミエリンの増殖と機能的再生の範囲を制限する)」だ。

この研究は、様々なエピジェネティックな分子に対する阻害剤を、シュワン細胞のEgr2発現誘導を指標にスクリーニングし、ヒストン脱アセチル化酵素のうちHDAC3にたいする阻害剤を特定するところから始まっている。次にEgr2発現だけでなく、試験管内でのシュワン細胞分化への影響を調べると、期待どおりシュワン細胞への分化がHDAC3阻害剤で促進された。一方、同じHDACでもHDAC1/2は逆の効果を示したことから、ヒストン脱アセチル化酵素でも、作用はまったく異なることが明らかになった。

次に生体内での効果を生後7日から15日までHDAC3阻害剤を注射して調べると、EGR2遺伝子の発現を含む、ミエリン化に関わる分子の発現上昇が誘導され、ミエリン化が促進される。すなわち、生後の神経発生でHDAC3阻害はミエリン化を促進する。

次に、阻害剤の効果を脊髄損傷後の再生モデルで調べると、やはりミエリン化が促進し、運動機能の回復が見られることも確認している。以上の結果から、発生でも再生でもHDAC3阻害により、ミエリン化が促進されることが確認された。

この効果をHDAC3ノックアウトモデルで確認した後、後はこの効果に関わる分子経路を探索し、HDAC3は様々なミエリン化に関わる分子系路を抑制する一方で、p300と協調すると、逆にミエリン形成抑制分子の発現を高めることを明らかにしている。詳細を省いてこの研究から明らかになったHDAC3により調節される腫瘍分子経路をまとめると、まずHDAC3阻害によりニューレグリンとその下流のシグナル分子の発現が促進し、一方でHDAC3+p300で活性化されていたYap下流のTEAD4が抑制されることにより、強くミエリン化が促進されるというシナリオだ。実際、TEAD4をノックアウトするだけでもミエリン化が促進することも確認している。

最初読み始めた時、あまり特異的シグナル経路が明らかになるとは期待していなかったが、HDACはなかなか奥が深いことをよく理解できた。実際には、さらに多くの分子がHDAC3の調節をネガティブにもポジティブにも受けていることから、他の分子の影響もおいおい明らかになるのだろう。現在HDAC阻害剤の抗がん作用が注目されているが、ミエリン化と同じで、ガン特異的効果を得ることが可能かもしれない。HDACについては少し考えを改めることにする。
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