2月18日:果糖の代謝すらわかっていなかった(2月6日号Cell Metabolism掲載論文)
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2月18日:果糖の代謝すらわかっていなかった(2月6日号Cell Metabolism掲載論文)

2018年2月18日
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果物を食べすぎると太るというのは主に果糖のせいだ。果糖は、同じ6単糖のグルコースと比べて甘みが強く、また低温で甘みが増すので、これが冷やした果物が甘い理由だ。といっても、わが国では果物も安くないため、バカ食いできる人は限られるだろうが、実際には清涼飲料など多くの食品の甘み付けに使われており、肥満、2型糖尿病、心血管疾患、脂肪肝など、代謝病と果糖の消費の相関が疫学的に指摘されている。

ただなぜ果糖のとりすぎが危険なのかについては、実はよくわかっていなかったようだ。一般的には、甘さが満足感を抑制し、食べ過ぎを促すこと、そしておそらくグルコースより毒性の強い中間代謝物が生成するのではと考えられてきた。

いずれにせよ、原因追求のためには、まず果糖を摂取した時、どのように代謝されるのかを把握する必要がある。今日紹介するプリンストン大学からの論文はアイソトープ(炭素13)で標識したグルコースや果糖をマウスに摂取させる実験を精密に行い、これまで考えられていたように果糖は腸管で吸収後すぐに肝臓に送られ代謝されるではなく、一定の量であればほぼ全てが小腸で、小腸特異的な方法で代謝されることを示した、果糖代謝の分野では重要な研究でCell Metabolismに掲載された。タイトルは「The small intestine converts dietary fructose into glucose and organic acid(小腸は食品中の果糖をグルコースと有機酸に転換する)」だ。

この研究のハイライトは、私たちが摂取する程度の果糖を口から食べさせた時に、血中の果糖がほとんど上がらないという発見が全てだろう。アイソトープ標識を手掛かりに何に変わったかを調べると、グルコースに転換されており、またグルコースと比べて多くのグリセレートに転換されることを見出している。すなわち、果糖はすぐに肝臓に行って代謝されるというこれまでの通説は間違いだった。

次にこの経路を追求し、果糖の代謝のほとんどは小腸の細胞で行われており、最初小腸に存在するケトヘキソキナーゼ(Khk)によりリン酸化されて下流の経路に流れることを明らかにしている。実際Khkをノックアウトすると、果糖はそのまま門脈を通って肝臓に行く。すなわち、小腸は果糖が直接肝臓に行くのを防御する働きがある。

ただ、この処理能力には限界があり、このレベルを超えると肝臓に直接入って、肝臓で代謝されるようになる。また、一部は腸内細菌で代謝されるが、腸内細菌の代謝物で直接体に影響するのは短鎖脂肪酸と想像している。また果糖を前もって摂取しておくと、G6Pcの発現量が変わり、より高い果糖を小腸で処理できることも示している。

話はこれだけで、なぜ果糖が様々な生活習慣病、特に脂肪肝の原因になるのかについてはこれからの問題だろう。小腸での果糖の特殊な処理により肝毒性のある中間体が多く生成されることや、果糖自体が小腸や肝臓で、インシュリンでコントロールできない糖代謝の酵素系を誘導してしまうことを、果糖が代謝病により強く関連する可能性として示唆しているが、研究が必要だ。

食後に甘いものをとるという生活の知恵が、果糖の処理能力を果糖が高めるこという今回の結果に合致しているのには驚くが、一方食事中、あるいは食間に果糖で甘みのついた飲料を摂取することが、最も危険なことだと教えてくれている。

この研究の最も重要なメッセージは、腸内細菌の処理能力も含め、私たちは体の代謝能力について実際にはよく知らないことだ。この点について理解して食の科学をさらに推進することは、21世紀の課題だと思う。疫学と生理学が一体になってこの課題に取り組むことが必要だと、この論文を読んで実感した。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月17日:古生態ゲノム学(2月13日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2018年2月17日
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生態学にゲノムテクノロジーが導入され、大きな進展を見せている。例えば、川の水を調べればどんな魚や昆虫、あるいは藻類がどの程度生息しているのか推定できるようになった。このブログで何度も紹介している腸内細菌叢も、考えてみれば一種の生態学と言える。

この生態学で最近最も用いられている方法がメタバーコーディングと言われる方法で、DNAをユニバーサルプライマーで増幅した後、次世代シークエンサーで配列決定し、特定のバーコードを指標に存在している生物の個体数を推定する方法だ。

今日紹介するオーストラリア・アデレード大学を中心とする国際チームの論文はこのメタバーコーディングを鳥の糞が集まった糞石の解析に応用して、絶滅したモアの生態を調べようとする面白い研究で2月13日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Coprolites reveal ecological interactions lost with the extinction of New Zealand birds(糞石は絶滅したニュージーランド固有種とともに失われた生態系の相互作用を明らかにする)」だ。

ニュージーランドには現在も飛ばないキウイが存在するが、かっては体重250Kg、体高3mの大きな鳥モアが生息していた。しかし入植が進んだ後、13世紀より急速に個体数が減り、絶滅している。ただ骨は採集されており、最近ゲノム解析も報告されている。

この研究の目的は、モアの食生活、さらには腸に住む寄生虫などを調べ、いつか絶滅の原因を明らかすることだが、このために著者らが注目したのがモアが残した糞が化石化した糞石だ。この目的で、ニュージーランドの様々な場所から、ジャイアントモア、little bush moa, upland moa,heavy footed moa, kakpoなどが生息していた地域から糞石を集め、糞石からDNAを抽出してメタバーコーディングで糞の中に見られる植物、きのこ、寄生虫を特定している。

最も重要な結論は、糞石から様々なことがわかり、今後「古生態ゲノム学」の材料として役に立つことが明らかになったことだろう。

あとは、モアの種によって食生活がかなり多様化していたこと、またキノコ類は生息地域により食べたり食べなかったりだということがわかった。他にも、様々なことが推察されているが、モアが絶滅した理由を食生活の観点から明らかにするには至っていない。

寄生虫については、種による差より、地域差が大きいようで、同じ川の水を飲むことで感染したことなどが推定されている。このことは、川の近くでは様々なモアが共存していたことを意味しており、古生態ゲノム学の有用性を示している。また、ホストが絶滅すると同時に寄生虫も絶滅する場合は、寄生虫側でのホストに合わせた適応に関わるゲノム背景を調べることもできるかもしれない。

要するに、残されたものにDNAが残っておれば、過去を知るための最も重要な材料となること、そして私たちの大便も生態を「代弁」してくれていることがわかった。

アデレード大学には、古代のDNAを調べる施設があり、人類学分野で優れた論文を発表しているが、」生態学、古生態学、そして古生態ゲノム学、など楽しい学問を、オーストラリアではしっかり支えていることがよくわかった。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月16日:うつ病に関わるグルタミン酸作動領域の特定とケタミンの効果(2月15日号Nature掲載論文)

2018年2月16日
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我が国でどの程度用いられているのか把握していないが、麻酔薬として利用されているケタミンが、即効性でしかも長く続くうつ病の治療薬として注目を集めている。ただメカニズムのわからないケタミン使用には抵抗があり、どの領域がケタミンのターゲットになっているのか調べ、新しい治療薬を開発するための熾烈な競争が始まっている。実際、うつ病患者さんの数を考えると、製薬会社の新しい抗うつ剤に対する期待は大きいと思う。

2015年7月このサイトでケタミンにより下辺縁皮質領域の興奮が高まり、またこの領域を活動させるとうつ病が治ることを示した論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3687)。ただ、この研究で特定された領域は、ケタミン注射により興奮する領域で、ケタミンがグルタミン酸受容体の阻害剤であることを考えると、ケタミンの直接標的ではなかった。

今日紹介する中国・抗州市、浙江大学からの論文は、これまでうつ病の起源領域として証拠が集まっていた外側手綱領域(LHb)の異常興奮がうつ症状の原因で、ケタミンのこの部位への局所投与で症状を抑えることができることを示した論文で、今週号のNatureに掲載された。タイトルは「Ketamine blocks bursting in the lateral habenula to rapidly relieve depression(ケタミンは外側手綱領域の連続的興奮を抑制してうつ症状を改善する)」だ。

研究では、最近うつ病の原因領域として注目されたLHbに最初から決めて研究を行い、まず遺伝的に学習性無力症をおこすラットモデルを用いて、LHb局所に少量のケタミンを投与する研究を行い、このラットのうつ症状が改善することを確認した後、詳しい実験を行っている。結果をまとめると、

1) ラットうつ病モデルのスライスを用いてパッチクランプで神経興奮を調べると、LHb領域でバーストと呼ばれる連続的神経興奮が高まっている。
2) うつ病モデルのLHb神経では静止期の膜電位が過分極している。
3) この連続的神経興奮はグルタミン酸受容体依存性で、ケタミンにより抑制される。
4) 静止膜電位のレベルはT-VSCCカルシウムチャンネルとリンクしており、この機能を阻害剤で抑制すると、LHbの連続的興奮が治まり、抗うつ効果が得られる。
5) 光遺伝学的に、LHbの連続的興奮を再現すると、うつ病症状が現れる。
同じ号のNatureに合わせて投稿された論文で、この静止膜電位の分極を決めているのがアストロサイトのカリウムチャンネルKir4.1であることを明らかにしており、少なくともこのモデルでのうつ病の神経生理学的背景の全体を解明したと言っていいだろう。この状態の転換を引き起こす神経学的要因の特定が次の問題になるだろう。

もちろん、人間のモデルで同じことが起こっているのかはわからない。しかし、ケタミンの効果を考えると、その可能性は高い。場所が特定できれば、自ずと人間の研究も進むので、このモデルが正しいかが確認されるのは時間がかからないと思う。
中国は論文引用数で2位に躍進したことが科学者の間で話題になっているが、もう一つ重要なのは、優れた論文が北京や上海からだけでなく、地方の多くの大学から発表されていることだ。先日紹介した臨床に基づいたガンの間質についての研究は中山大学からだった。このように高いレベルの研究が様々な場所で行われるようになった中国の勢いは当分止まることはないだろう。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月15日:多発性骨髄腫の治験論文(2月8日発行The New England Journal of Medicine掲載論文)

2018年2月15日
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久しぶりに治験論文を紹介する。

京大の医学部の教授を務めていた頃、治験研究に関わった医師が金銭の授受で逮捕される事件が起こった。結局不起訴で決着がついたが、教授会でも真剣に対策を議論した。議論の内容はほとんど忘れたが、「病院で治験を行うのを自粛する」と意見が出た時、「臨床医学にとって、治験は最も重要な研究のはずで、これを自粛するということは、基礎医学の私たちが研究をやめると宣言するのと同じではないか」と、自粛は行うべきでないと意見を述べたのだけは覚えている。

その後もわが国で治験問題は発生し続けているが、捏造は問題外としても、参加する側の医師の姿勢も様々な問題の発生に関わっているような気がする。研究の対象となる薬剤のほとんどは製薬会社から提供されるため、医師の側にも自分の研究という気持ちが希薄で、「世間」から企業の手先になって研究していると思われるのではと後ろめたさがつきまとうのだろうか。有名なディオバン事件の時も、ノバルティスの存在を隠した医師主導の治験だった。しかし、多くの場合製薬企業なしに薬剤の開発はないし、薬剤の開発を最も望んでいるのは患者さんだ。現在のところ治験以外に科学的に効果を確かめる方法がないとするなら、プロセスを透明にして、企業と患者さんの間を積極的に取り持つことこそ医学研究者の使命だと思う。

今日紹介するスペインを中心にした国際チームからの論文は(我が国も参加している)、ヤンセンファーマが開発した多発性骨髄腫治療のための新しい抗体薬の治験だが、製薬企業の関与について明確に書かれているのを見て妙に清々しい印象を持ち紹介することにした。論文は2月8日号のThe New England Journal of Medicineに掲載され、タイトルは「Daratumumab plus Brotezomib, Melphalan and Prednisone for untreated myeloma(多発性骨髄腫に対する抗CD38抗体ダラツムマブとボルテゾミブ、メルファラン、プレドニソロン治療)」だ。

多発性骨髄腫は高齢者に多いため、骨髄移植など根本的治療が難しい。幸い、武田薬品からプロテアソーム阻害剤ボルテゾミブが発売され、増殖阻害剤のメルファラン、プレドニソロンと組み合わせることで、ガンの進行をある程度抑えることができるようになったが、それでも五年程度が平均生存期間だ。

ヤンセンファーマはこの状況を、様々な機能を持つCD38に対する抗体が大きく改善する可能性を見出し、ダラツムマブを開発した。我が国を含む多くの国で認可され、すでに臨床に使われている。ただこれまで認可されている対象は再発例が中心で、今回の治験は、これまで未治療患者さんの治療として行われてきた組み合わせに、最初からダラツムマブを加えることで、高い効果が得られることを示すために行われた。

結局結果の最終判断は、認可当局と医師が決めることで、詳細は省くが、ヤンセンファーマの期待通りの結果で、2年経過しても6割の患者さんが再発なく過ごすことが可能になっている。様々な条件で層別化しても、全ての条件でダラツムマブを加えたほうがよく、肺炎の合併は高まるが、他の副作用についてはダラツムマブを加えたほうが少ないという結果だ。おそらく大成功の治験と言っていいだろう。

もちろん結果も印象的だが、私が最も驚いたのが論文の率直さだ。研究のスポンサーがヤンセンファーマであることをはっきりと方法に明示するだけでなく、データはすべてヤンセンファーマに集め、管理したことが書かれている。さらに、ヤンセンファーマがプロの医学ライターを雇って論文を書かせ、最終版を全ての著者が確認したと書いている。 しかし、治験は医師主導であるべきで(もちろんこの治験も医師主導にはなっている)、このようなデータ処理や、論文作成を製薬に任せてはならないと考える人も多いのではないだろうか。実際、ディオバンの捏造論文では、スポンサーは明示されず、費用を大学から出す医師主導の治験を行ったように書かれていた。

製薬会社がデータをまとめ論文を書くこと自体が問題になるわけではない。重要なのは、治験という複雑で膨大なデータを扱う研究を、どれほど正確に行えるかだ。データ処理の各プロセスで著者全員が確認作業を行い、必要とあれば第三者にもデータがアクセスできるなら、誰が主導であれ問題はない。率直さと、透明性、これが必要な全てだと思う。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月14日:遺伝子発現から主要精神疾患の共通性と差異を調べる(2月9日号Science掲載論文)

2018年2月14日
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久しぶりに、精神疾患のオミックス解析の論文を取り上げる。

ゲノム解析が可能になってから、多くの精神疾患の遺伝的背景に関するデータが蓄積し続けている。ただ、身体的な病気と比べると、想像以上に多くの遺伝子の関連が示唆され、病気の成り立ちを理解するにはあまりにも複雑であることがわかって、はっきり言って研究者も途方にくれているというのが現状かもしれない。

この複雑さを、neurodiversity(脳の多様性)と片付けるのは簡単だが、ゲノム解析を疾患理解と治療に結びつけるためには、モデル動物で遺伝子多型の因果性を調べることが次の一手になる。ところが、自閉症や、統合失調症など重要な疾患をモデル動物で再現することは実際には不可能に近い。そこで、遺伝的背景と、遺伝子やたんぱく質の発現を関連させて、疾患の成り立ちを理解することが行われるが、膨大なデータをどう処理するか研究者の構想力が問われる。

今日紹介するUCLAからの論文では、脳の皮質での遺伝子発現の違いを手掛かりに遺伝背景を理解しようとしているが、データは増えても、疾患理解にまで至るのが難しいことを思い知らされる。結果、「Shared molecular neuropathology across major psychiatric disorders parallel polygenic overlap(主要な精神疾患共通に見られる分子病態は多くの遺伝子の重なりと並行する)」という消極的な論文のタイトルをつけざるをえなくなるようだ。

少し否定的に紹介し始めたが、それでもなんとかしようとする気持ちは重要だ。この研究では、まず自閉症、統合失調症、双極性障害、大うつ病、アルコール中毒症の5種類の主要精神疾患の脳皮質の遺伝子発現を比べることから始めている。とはいえ、自分の患者さんで調べるのではなく、これまでの研究によって集められた大脳皮質細胞の遺伝子解析データベースから、多くのデータを集め、まず相互に比べられるように平準化したデータで、各疾患の同一性差異を浮き上がらせようとしている。

書くと簡単だが、別々に集めたデータを統合して比べることは決して簡単でない。様々な困難を経て、異なるデータベースを統合したことは高く評価できると思う。

こうして統合したデータベースを用いて、各疾患での遺伝子発現異常の重なりを調べると、統合失調症と双極性障害が最も関連が深く、ついで自閉症と統合失調症、自閉症と双極性障害と続き、主要な精神疾患で多くの遺伝子発現異常が重なっていることが明らかになった。

次に発現異常を示す遺伝子を、様々なタイプのニューロン、アストロサイト、ミクログリア、血管内皮などに分類し、アストロサイトが発現する遺伝子の上昇が自閉症、双極性障害、統合失調症で重なっている一方、ミクログリアの発現する遺伝子の発現異常は自閉症特有であること、一方様々な神経で発現する遺伝子は自閉症、双極性障害、統合失調症で抑制されていることを明らかにしている。特にシナプス機能に関わる遺伝子の発現抑制が自閉症で最も著名に見られることも示している。論文では詳しく議論していないが、発現で見ると自閉症が発現異常の程度が最も大きい印象を持った。

このように、各疾患で遺伝子発現の異常があることはわかったが、この背景に遺伝要因があるのかをゲノム解析データと送還させ、遺伝子発現異常のかなりの部分が、遺伝的な背景を持つことを明らかにしている。

結局データが多すぎて、頭の整理は難しい。しかし、遺伝子発現とゲノム解析を組み合わせてさらに関連を追求することは重要だと思う。 このような研究は、結局明確な因果性を得るチャンスが少ないことを覚悟しながら、データ処理を繰り返して糸口を見つける努力と言っていいだろう。一見論文のための論文に見えてしまうが、それでも様々なヒントは得られているように思える。例えば、なぜ自閉症でミクログリア遺伝子の発現が上がっているのかを理解することができれば、大きなブレークスルーになるように思える。

すでに存在するデータベースを利用する研究とはいえ、大変な努力と構想力の必要な一種の分類学になっている。データがいくら蓄積しても、それを解釈することが最も難しい。データベースが急速に蓄積しつつある今、想像力の勝負が始まっていると思う。ぜひ、我が国の若者も、これにチャレンジしてほしい。
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2月13日:ドーパミンの分泌機序(2月8日号Cell掲載論文)

2018年2月13日
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昨日に続いて、パーキンソン病理解に関わる基礎研究を紹介する。昨日の研究では、ドーパミン神経(DN)の興奮が運動中ではなく、運動を起こす少し前に起こって、その後の運動のスムースさを調節することが示された。運動の前に起こるDN興奮を誘導する上流の刺激は重要な問題だが、DN興奮によりどのようにドーパミンが分泌され、線条体の神経にシグナルを伝えるかという下流の問題も重要だ。

  京大の金子さんたちの解剖学的研究では、一個のドーパミン神経は極めて長い神経突起を投射して多くの線条体神経と接していることがわかっている。ただ、ドーパミンは、シナプスでの神経伝達とは異なり、ドーパミン受容体がシナプスにまとまって存在しないため、ドーパミン分泌する側も、シナプスのような構造を取らずに、ドーパミンを軸索全体から分泌するのではと考えられてきた。この考えが、パーキンソン病の治療として、ドーパミン合成系遺伝子を黒質細胞ではなく線条体細胞に導入する遺伝子治療の基盤になっているように思う。

今日紹介するハーバード大学からの論文は、ドーパミン分泌もシナプスでの神経伝達に近い形で、軸索の一部で行われることを示した研究で2月8日号のCellに掲載された。タイトルは「Dopamine secretion is mediated by sparse active zone like release sites(ドーパミンの分泌はまばらに存在するシナプスのアクティブゾーンに似た分泌部位で起こる)」だ。

通常の脳神経間伝達では、スパインという軸索から飛び出した構造がシナプスを形成し、この場所でだけ神経伝達因子が詰まったシナプス小胞が、アクティブゾーンと呼ばれる足場で神経伝達分子を分泌するように構造化して、効率の良い刺激伝達を行う仕組みを持っている。 一方、ドーパミン神経では、スパインの代わりにvaricoseと呼ばれる軸索の膨らみが存在し、ここにドーパミンを含む小胞が局在している。この研究では、このvaricoseでのドーパミンも分泌でも、アクティブゾーン依存的に行われているのではと着想し、超高感度顕微鏡でDNの軸索を観察し、アクティブゾーンを形成するRIM,ELK,Bassoon分子が一部のvaricoseに局在することを発見する。 次にDNでそれぞれの分子のノックアウトをする実験を行い、RIMが欠損するとドーパミンが全く分泌できないことを明らかにしている。ただ、ELKのノックアウトでは分泌に問題はないので、一般のスパインに存在するシナプスとは異なる独自の分泌メカニズムを構成していることを突き止める。

最後にDN軸索中のvaricoseのどの程度の数が興奮により分泌されるのか調べ、RIMやBassoonが集合した足場を持つVaricoseは30%に過ぎないことを示している。すなわち、スパインと同じように、軸索の一部でだけ神経伝達が起こる構造になっていることを明らかにした。 多くの実験を、脳のスライスを用いて行っており、このようなアクティブゾーン依存性の分泌がDNの生理的機能にどう関わるのかを突き止めるところまでは至っていない。ただ、昨日の論文から、DNの興奮が一過性であること、運動自体にはDNの興奮は必要ないことなどを合わせて考えると、一部のvaricoseでだけシナプス型の早い分泌が起こることは納得できる。もちろん、分泌されたドーパミンを受ける側はvaricose部位とシナプスを形成しているわけではないので、分泌されたドーパミンの拡散が必要だが、濃度勾配だけで相手側の特異性が決定できるのかも今後の課題だろう。

それでも、漠然とドーパミン分泌として思い描いていた様式が大きく変わることで、症状を新しい目で見る必要が出てくるだろう。この結果が、実際の病態理解へトランスレートされていくことを期待したい。
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2月12日:パーキンソン病のメカニズム(2月8日発行Nature掲載論文)

2018年2月12日
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1月11日パーキンソン病の立ちすくみを軽減するレーザーシューズが開発され、治験により効果を確かめた論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/7912)。このニュースを読んでくれた患者さんの一人中井さんが、レーザーポインターを使って自ら実験を行い、レーザーで目標を与えることの動き出しへの効果を確かめてくれた。Video取りしてあるので、ぜひAASJにアップしたいと思っている。

この論文を紹介するとき、立ちすくみの原因はまだよくわかっていないと書いたが、今日紹介するコロンビア大学とポルトガルのChampalimaud研究所からの論文はドーパミンニューロンの運動に対する機能を詳しく研究した力作で、これを読んで初めて立ちすくみが理解できる気がした。論文は今週号のNatureに掲載され、タイトルは「Dopamine neuron activity before action initiation gates and invigorates future movements(行動開始前のドーパミン神経の活動が将来の動きを強める)」だ。

研究は全て操作が容易なマウスを使っている。したがって、この研究がそのままヒトに当てはめるのは注意が必要だ。ただ、データは病気を理解する上で参考になることまちがいない。まず自由に動き回るマウスのドーパミン神経(DN)を記録できるようにして、運動とともに神経活動を調べると、DNの多くは動き出す少し前に一過性に興奮する細胞が多いことがわかる。また、行動前にDNの興奮が強いほど、運動が生き生きしていることも確認している。もちろん他のタイプの細胞も存在し、これがパーキンソン病の病態理解を難しくしているように思える。

DNが行動前の興奮するのは多くの症状を説明できるので、次に光遺伝学を使ってDN神経の興奮を自由に抑えるようにしたマウスを使い、DNを抑制しておくと動きが低下し、動き出そうとしないことがわかる。一方、動いた後でDNを抑制しても、運動に何の影響もない。すなわち、DNは運動の維持には関わらず、運動を始めるという動機に関わることが明らかになった。

逆に光遺伝学で、DNを自由に刺激できるようにすると、期待どおり刺激により運動開始を強く促すことが明らかになった。

最後に、8回レバーを押し続けるとご褒美がもらえるという課題を訓練したマウスで、DNの興奮を調べると、1回目のレバーを押す前に最も興奮し、その後レバーの回数が増えると興奮は低下するが、8回目に押して褒美を期待する時にまた上昇することも分かった。このように、最初の動機と、褒美を期待する回路にDNが中心的に関わることが明らかになった。

そこでこのように訓練されたマウスを用いて、レバーを押す前にDNを抑制すると、期待どおりレバーを押すまでの時間がかかり、また動き出しの回数も減る。しかし、一旦押し始めるとDNが抑制されても課題は継続する。

以上の結果は、DN神経が運動そのものには影響なく、運動を開始させるシグナルと、それによる満足感に関わっていることを示しており、動き出しのスクミもうまく説明することができる。

最新のテクノロジーを病態モデルに用いて、病気を解明する研究がいかに重要かが理解できるいい研究だと思う。ただ、慢性にDNが失われるパーキンソン病では、その間に様々な変化が積み重なる。この結果から、筋緊張への影響がないと結論するのは早い。ディスキネジアなどはこのような積み重なりで起こるようになるのではないだろうか。従って、この急性刺激、抑制実験をそのまま病気に当てはめるのは危険であることを申し添えておく。
カテゴリ:論文ウォッチ

2月11日:ガン免疫を誘発する戦略としてのNK細胞(2月22日発行Cell掲載予定論文)

2018年2月11日
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我が国のメディアではほとんど報道されなかったが、1月30日Science Translational Medicineに掲載されたスタンフォード大学からの論文は、海外のメディアでは注目されている(Sagiv-Barfi et al., Sci. Transl. Med. 10, eaan4488 (2018))。腫瘍内にメチル化DNAを注射して自然免疫を高め、OX40を活性化してキラーT細胞を高めると、誘導されたキラー細胞が全身に回って、身体中のガンを殺すという話だ。

免疫チェックポイント療法やゲノム解析による最新のガンワクチンの研究から抗がん免疫のポテンシャルが確信されるとともに、古典的な方法で免疫を高める方法の開発にも注目が集まっている典型例だと思う。2月27日から、AASJではガンの免疫療法に取組んでいる現場の先生たちとガンの免疫治療の可能性を探る勉強会をスタートさせるが、この論文は最初の論文として取り上げる。

今日紹介するロンドンのフランシスクリック研究所からの論文は、同じ日に勉強会で取り上げようと考えている論文で2月22日号のCell に掲載予定だ。タイトルは「NK cells stimulate recruitment of cDC1 into the tumor microenvironment promoting cancer immune control(NK細胞はタイプ1樹状細胞をガンの周囲にリクルートしてガン免疫を促進する)」だ。

この研究には伏線があり、もともとはガンのプロスタグランジン分泌を止めるとガン免疫反応が上がるという研究に発している。この原因として末梢血を循環していることが知られているタイプI樹状細胞(cDC1)がプロスタグランジンの分泌できない腫瘍組織で増加していること、そしてそれがガンの増殖と反比例することを発見する。

あとは分かりやすい話で、

1) NK細胞のないマウスでは腫瘍内のcCD1の増加が見られない。
2) NK細胞が分泌するCCL5, XCL1が共同してcDC1を腫瘍内にリクルートする。
3) CCL5,XCL1ケモカイン遺伝子を導入したガンではcDC1が強くリクルートされる。
4) プロスタグランジンはcDC1のケモカインへの反応をブロックする。
5) データベースを用いた人間の腫瘍組織の再検討で、NK細胞、cDC1、そしてXCL1などのケモカインの相関が明確に見られる。

すなわち、NK細胞は様々な抗腫瘍効果を持っているが、ケモカインを分泌してcDC1をリクルートし、この樹状細胞がガン細胞を取り込みガン抗原の発現を高め、キラー細胞を誘導するというシナリオだ。ただ残念ながら、実験はマウスで行われており、今後NK療法を受けた組織の検査など、人間でも再確認が必要だろう。

以前にも書いたが、我が国でも保健外ではあるが、ガンの免疫療法が行われており、樹状細胞やNK細胞の注入はその主役になっている。新しい免疫治療が続々開発される現状で、これらの方法は古典的に見えるが、臨床現場という意味では新しい方法を導入できる体制の整った現場と言える。その意味で、今日紹介したような論文は、まだまだマウス段階だが、現場の先生にも大いに知って欲しいと思っている。

ただ、現場の先生は忙しすぎて、原著論文を読み通す時間がないのが問題だ。そこで、2月27日7時AASJの事務所で最初の勉強会を始める。東京の病院とはスカイプでもつなぐ予定だ。月一回のペースで、面白い原著論文をまとめて紹介する予定だ。今回の対象は医師・研究者が対象で、もちろん参加は無料で、AASJとしては、新しい治療法がいち早く患者さんに届けばNPOの使命は果たせる。
2−3日前に資料をお送りする予定なので、参加希望の先生は私の方に連絡してください。
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2月10日:友達が遺伝的にも似てくる要因(1月23日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2018年2月10日
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第一次安倍内閣成立から、安倍政権は「お友達内閣」と揶揄されてきたが、安倍内閣だけでなく、私たちは気心の知れた友人といると安心する。一般的に、お友達で集まってしまうのは、私たちが育った環境によるものと考えられてきたが、大規模ゲノムプロジェクトが進むことで、話が変わり始めた。

2014年7月に紹介したエール大学の論文はGWASと呼ばれるゲノムの多様性を調べる検査から計算できる遺伝子の類似性を、友人と無関係な他人とで比べ、友人同士の方が遺伝的に類似していることを示して、「え!そんなことがあるの」と私たちを驚かせた(http://aasj.jp/news/watch/1844)。しかし、お友達を選ぶとき、マラソンなどの激しいスポーツで選んだとすると、当然遺伝的に似てくるのもわかるし、社会階層で自然に遺伝的層別化が起こってしまう可能性もある。したがって、お友達は遺伝的に似ているという結果は、様々な原因による可能性があり、ゲノムを取り入れた社会学にも発展する可能性がある。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は友達同士が遺伝的に類似していることをさらに詳しく検討した研究で1月23日号の米国アカデミー紀要に発表された。タイトルは「The social genome of friends and schoolmates in the national longitudinal study of adolescent to adult health(米国の思春期から成人の健康に関する長期追跡研究を用いた友人と学友の社会ゲノム)」だ。

米国では思春期から健康調査を長期間続けるコホート研究が進んでいるが、この研究ではこのコホート研究の中から約5000人のヨーロッパ起源の白人に絞り、自己申告された友人とそれ以外を層別化した上で、SNPアレーで調べたゲノムを比べている。

詳細を省いて結果をまとめると次のようになる。

1) この研究でも友人同士の方がゲノムが類似していることが確認された。
2) 友人の選択には、たとえば体型が似ているなど遺伝的影響の強い形質の親和性で友人が選ばれるsocial homophilyが背景にある可能性がある。そこで、遺伝的要因の大きい、学業成績、身長、BMIなどの遺伝的要因の寄与を調べると、学業成績が最も強く影響し、身体的Homophily の影響は少ない。
3) どの学校に通うかは社会階層に大きく関わるが、階層により遺伝的類似性が変わることが知られている。友人同士が遺伝的に似る原因のかなりの部分が、階層と相関する遺伝要因が寄与している。
以上の結果は、「友人同士遺伝的に似ている」ことだけを発表して人を驚かせても、何の意味もないことを示している。すなわち、友人選びに影響する私たちが考えている様々な社会的要因が、すでに遺伝学的にも層別化されているということを肝に銘じてゲノムデータを解釈する必要がある。それと同時に、ゲノムデータを相関させることで、我々の社会の差別や階層化をより深く分析する可能性も示されている。その意味で21世紀の人間学には、ゲノム情報が欠かせないこともよくわかった。
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2月9日:胎児発生での神経回路形成(Natureオンライン版掲載論文)

2018年2月9日
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脳の個性形成を、生まれが決めるのか、あるいは育ちが決めるのかは、人類が長く議論してきたテーマだが、実際には両方が統合されていると言えるだろう。

日々大量の情報の中から、すでに形成された「自己」を基準に情報を選択し、その入力により「自己」の脳回路を書きえられるが、この経験の一回性が個性形成に大きく寄与することは間違いがない。しかし、生まれた瞬間からこのプロセスを走らせるのは、発生過程で形成される複雑な脳回路だ。脳各領域での細胞の分化については少しづつ分かっているが、肝心の回路形成についてはほとんど分かっていないようだ。

神戸CDB設立に一緒に苦労した竹市先生は、当時回路形成の特異性にカドヘリンが寄与していると考え研究していたのを覚えているが、この可能性が現在どうなっているのかはフォローできていない。

今日紹介するスタンフォード大学からの研究はTeneurin-3が回路形成の特異性を決める分子であることを示す研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Teneurin-3 controls topographic circuit assembly in the hippocampus(Teneurin-3は海馬での領域間の回路形成をコントロールする)」だ。

Tenurin-3(Ten3)はEGFリピートやYDリピートが数多く集まった、複雑細胞表面分子で、ショウジョウバエでは確かに神経回路形成に関わることが証明されており、またゼブラフィッシュでノックダウン実験から網膜の神経結合に必要とされてきた。

この研究はこの分子のマウス海馬での機能をノックアウトなどで調べた、言って見ればかなり古典的な研究だが、竹市先生がカドヘリンに期待していた神経回路特異性を担うことをはっきりと示したことで、Natureに掲載されたのだろう。

海馬には2本の大きな回路があるが、研究ではこの分子が海馬の近位CA1領域、遠位鉤状回、そして内側内嗅皮質をつなぐ神経回路に発現していることをまず確認し、Ten3がホモトロピックな細胞接着因子として働いている可能性を追求している。

まずTen3遺伝子にノックインして可視化できるようにし、Ten3を欠損させたマウスの海馬を調べると、通常なら鉤状回への特異的回路形成が阻害され、神経が広い領域に投射するのが観察される。 次に、CA1と鉤状回で別々にTen3をノックアウトして、どちらの細胞でノックアウトしても神経がより広い範囲に投射することを明らかにする。

最後に試験管内で神経以外の株化細胞にTen3を導入する実験を行い、カドヘリンと同じようにホモティピックな細胞接着にも関わっていることを明らかにしている。

実際にはもう少し複雑な実験を行って、接着に必要な分子領域を調べたりしているが、要するにホモティピックな細胞接着分子が、確かに神経細胞の回路形成に関わることが示された。ただ、データを見ると、これはほんの入り口で、CA1が鉤状回へ軸索を投射する全分子過程を明らかにするにはまだまだ時間がかかるだろうし、他の領域間の回路形成にはどの分子が関わるのか、発生学の役割は大きいと思う。

間違いなく発生過程で最初の脳回路の「自己」が決まる。光遺伝学の開発で脳科学は今生理学に強くシフトしているが、発生学の重要性はずっと変わらないだろう。
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